新事実続々
まだ序盤of序盤なので、基礎知識の拡充で、手間取る、手間取る……
ちなみに作中の地名などは、アルビノアの場合は、イギリス(グレートブリテン島)から取ってます。
話が進んだら、フランスとかドイツとか、色々出てくる予定です。
話し込んで、気づけばとっぷりと日が暮れています。
んん? もしやファーガス様……いえ、アルバート様も、本日はお泊まりなのですか?
「ええ。おじ上も、教授との話を楽しみにしていましたから。私は図書室をお借りするだけの予定でしたが、アリエラ嬢と話す方がずっと楽しい」
きらきら貴公子スマイルがまぶしい。
こんなイケメンが、私の鉱物同志でいいのでしょうか。いや、いい!
「ということは、明日もまたお話できるのですか?」
「むしろ、こちらからお願いしてもよろしいでしょうか?」
「是非! 私も楽しみです!」
もう私だって、自然と満面の笑みが溢れ出してしまいます。
同い年で、これほどまでにディープな話ができる人材がいるなんて!
私の中身は20歳を超えていますけれど、つまり、そういうレベルで平然と話ができるわけです、リアル6歳のファーガス様は。
アルビノア王国「アルス」家系の英才教育、おそるべし。
「ところで、アリエラ嬢は、少なくともこの屋敷に関しては、石綿による健康被害の心配は不要です」
「え?」
「この屋敷の断熱材は、コルクなのです。貴女がこちらで療養しているのも、ここが石綿を用いていない建物だからですよ」
えっ。お父さまが新大陸の調査に、お母さまが火山の調査に行ってらっしゃるから、私はおじいさまの元に預けられているのかと……
でもたしかに、別にばあやをつけて、本邸に残してもいいわけで……
……もしや。
「あの、カーマーゼンの本邸って、断熱材は石綿、なのですか?」
「おそらくそうだと思います」
よーし、解体工事と安全処理が終わるまで、意地でもおじいさまの屋敷を離れませんよ! 私は健康に生きるのです!!
「ついでですから、この国の建築の工夫についても、お話しましょうか?」
「はい、是非とも!」
ぱっと見た感じ、この国の建築物は、イギリスに似ているのです。
しかし地震大国にとって、石造建築とは、崩落の恐れと常に背中合わせの、まさに危険物。
ということは、発達した耐震・免震構造が存在する可能性があります。
「まず、この国の建築物は、木造を基本としています」
「……石造に見えるのですが」
「あれは石材の化粧張りですよ。骨組みは全て木です。それでなければ、地震に対して、あまりにも脆弱になります」
なんと! なるほど、そういうからくりだったのですか!
そういえば、エリザベス朝時代のロンドン大火までは、イギリスの建築物も、基本的には木造でした。建築資材はあるのですね。
その後、木造の建物は火災に弱い、ということで、石造建築が主流になるのですよ。
「ん? ということは、化粧張りの石材は、火の粉などによる延焼を防ぐ、防火・耐火作用を期待したものですか」
「ケネス……アルステクナの、リンカン侯爵家の令息ですが、彼はそう説明してくれましたね。彼は耐震建築に興味があるのです」
「ファーガス様と同い年でらっしゃる?」
「いえ、ケネスは私の一つ年上です。彼の伯父であるリンカン侯爵が、私の話相手にと連れてきてくださったのです」
アルビノア王国貴族社会の豆知識。
特に「アルス」の家系は、二男や三男や四男に至るまで、英才教育を施して、知の水準の維持、あるいはさらなる向上を目指します。
そのため、曾祖父の兄弟の家系、などというものが、別家を立てずに一緒に生活していることは、まったく珍しくありません。
ケネス・アルステクナ様の場合は、当主の甥ですから、まだまだ本家嫡流との血筋は近い方ですね。
えっと、リンカン侯爵家は、何アルステクナでしたっけ……まぁいいか。
「そのうち、私、ケネス様とも、お話する機会を得られるのでしょうか?」
「現場主義者なので、図書室にはあまり来ない気もしますが」
なんとうらやましい……さぞかし健康な肉体をお持ちなのでしょう。
でも、それはそれとして、図書室も素晴らしいと、私は力説しますよ。
「でもいずれ、機会が得られるかもしれません」
「私が、是非とも、この国の建築技術のお話をうかがいたいと申していたと、そう、お伝え願えますか?」
「ええ」
さわやかに頷いて、しかし、とファーガス様は、まるで不思議なものでも見るような目で、私をご覧になりました。
先ほどの、元素探求に理解を示した時の反応とは、少し違います。
疑っているというより、面白がっている、という雰囲気です。
「アリエラ嬢は、地質や鉱物以外のことにも、大いに興味を示されるのですね」
「私、この世界の大いなる自然の、すべてが気になるのです」
「世界はとても広大ですよ?」
「だからこそ、一生をかけて探求する価値があると思われません?」
素直な感想を伝えると、ファーガス様は、ははっ、と、6歳児の割には妙に大人びた……どこか達観したような笑い声をあげられました。
じじくさいですよ……
「アリエラ嬢は、発想がとても壮大ですね」
「そうでしょうか?」
「貴女の兄上とは、本当に、色々と違います」
……?!
「お兄さま……?」
兄がいたなんて、初耳ですよ!
えっ、どうしてファーガス様がご存じで、私は知らないの?!
「ファーガス様は、兄をご存じなのですか?」
「私に鉱物を教えてくれたのは、貴女の兄上ですよ」
……ということは、お兄さまはファーガス様の鉱物師匠?!
待って、私、兄の名前すら知らないのですが……
「私、兄さまにお会いした記憶がありません」
「それはそうでしょう。アラン・ローリン・アルステラ様は、アリエラ嬢より四つも年上です。アリエラ嬢が物心つかれる前には、カーマーゼンの初等学校に通われていましたからね」
それは……お会いする機会はないでしょうね。
この屋敷があるクライルエンは、カーマーゼンからは、何十マイルも離れています。気軽に会える距離ではありませんし、お兄さまもアルステラ家の息子として、厳しい教育を課されているのに相違ありません。
むしろ、おじいさまだけでも傍にいて下さって、なんと幸運だったのでしょう、私は……
「いつか、家族の皆と、食卓を囲みたいものです」
「ルビーナ様はともかく、カーマーゼン子爵は、しばらく難しいでしょうね」
ええ。新大陸の地質調査なんて、さくっと終わるわけがありません。
「ご無事を祈るばかりです」
「まぁ、大いなる方の気まぐれは、避けたいものですね」
ん?
大いなる方……って、女王陛下という意味ではない、ですよね?
「神様?」
首を傾げた私を、えっ?! という顔で、ファーガス様はご覧になります。
「アリエラ嬢のような、アルビノアの学術貴族の子女から、そんな大陸的な形容を聞くとは思いませんでした……」
んっ?! ちょっと、これは最優先で学ばねばならない事項ですか?
「あ、あの、私……どうにも常識には疎くて……」
「ああ……そういえば、まだ5歳でらしたんですっけ」
貴方の眼前にいるのが、5歳児じゃなかったら何だとおっしゃるのですか。
まぁ、中身が20歳を超えているからでしょうかね……
「アリエラ嬢……あの、私は、哲学や歴史学系は、得意な方ではないのですが……」
「教養ならば、私も学ばねばなりませんから!」
理系宣言なんてどうでもよろしい。私は、今のうちに、知りたいのです!
「アルビノアは、約300年前に宗教改革を断行し、大陸の教会とは絶縁状態になっているのです」
……なんですって?!
今、知れて良かった……これは知らないと危なかった……
「絶縁状態になったきっかけというのは?」
「ええと、当時……中期アルビノア王国時代ですが……その頃、大陸の教会で聖職者の堕落が著しかったとか、教義最優先で、最新の科学的知見に弾圧を加えたとか、そういうことがあったので、国王陛下がお怒りになったとか……」
ガリレオ裁判みたいなことが、こっちの世界でもあったということ?
そして、最新の科学的知見を守るために、教会を敵に回して下さる国王陛下って……進歩的な方ですね……
「でも、本当にこのあたりの状況はややこしいので、歴史学が専門の方から、きちんとした説明を受けるべきだと思います」
「分かりました!」
正しい知識を大切にする。それが、アルビノア学術貴族ですものね!
「で、それで大陸系とは異なって、『大いなる方』と、および申し上げるようになったのですか?」
「簡単に言うと、そういうことだそうです」
ファーガス様の目が泳いでらっしゃいます。これは、逃げましたね。
しかし、理系の6歳児に、宗教学を教えろというのも酷です。
まずはおじいさまの図書室で、独学することにしましょう。
……完全に専門外ですけど、関連書籍はあるんでしょうか?
アリエラの兄、アランのミドルネーム「ローリン(Laughlin)」は「湖の土地」の意。
でも「Allan」もケルト系なんです……意味は「石」……実に、アルステラ家です……
「ケネス(Kenneth)」は「火から生まれたもの」。工業系な家のイメージですが、これもケルト系の名前だったりします……
アングロ・サクソン系の名前は出せそうなのですが、聖書ヘブライ語由来の名前を、候補からガンガン削除した結果、ネーミングは結構苦労しています……
ヨーロッパからキリスト教を引き算したら、本当に、古代しか残りませんなぁ……
アルビノア宗教改革については、その時が来たらじっくり書こうと思います。今書くと展開がダレてしまいますので……
なお、政変その他については、「アルビノア史概説」を書ける程度には固めています。