赤い石の家系
イケメンとフラグを立てようと思ったのに、鉱物マニアな主人公すぎて話が進まないのですが、もともとそういうずれた展開を狙っているはずなので、これはこれで正道なのかしらん……
おじいさまの親ばか……もとい「じじばか」が炸裂し、いたたまれない雰囲気の私。
恥ずかしすぎて俯いていると、そっと焼き菓子が一つ、私の方へ。
「差し上げます」
ファーガス様が、少し照れくさそうに、そうおっしゃいます。
ありがとうございます。ありがとうございます。
こんな美少年に気遣われて、もう私の今生の幸福メーターは振り切れそうです。
無菌室から出られなかったウェンディには、医療関係者以外の知り合いなんていませんでしたし、もちろんのこと、子どもの知り合いだなんておりませんでしたとも。
外見は5歳児ですが、中身は20歳を超えている私としては、なんだかお姉さんな気分で、すごく微笑ましいですよ。ドラマティック!
「いただきます」
いつもよりも美味しい気がします。労りの味というやつですか。
紅茶もすすみますね。いえ、いつでも最高ですけども。
「ところで、クロード様がおっしゃっていたように、本当に宝石の鑑別ができるのですか?」
ぐほっ、げほっ。
いえ、これはむせたのでして、呼吸器の異常では……いえ、誤嚥というのは、気管に誤ってものが入ってしまうという点では、呼吸器の異常なのでしょうか……
とにかく、大丈夫ですから、アルバート様!
「我が家の石の見分けなら、きっとできると思いますけれど、まだまだですよ」
「ははぁ。菫青石は、たしかに特徴的な鉱物ですね」
ん? ファーガス様は、我が家の石をご存じなのですか?
いえ……というか、気づいたのですが、アルスメディカ家も「アルス」家系なのですから、「家系の石」を持っているのでは……
たしか、ばあやが言うに、古い家系には家門の象徴の石があるはずで……
「あの……アルスメディカ家にも、お家の石があるのですか?」
気になって問うと、ファーガス様は、年相応のいたずらっぽい笑みを見せられます。そして、何故かアルバート様と、意味ありげな目配せを交わされました。
「これが、我が家の『家門の石』なのですが」
ファーガス様は、内ポケットから、赤い石のついたペンダントを取り出されます。
おお……すごい、動脈血のように鮮やかな赤色です。ルビー?
「手にとってみても、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
テーブル越しに渡していただいた石を、間近でじっと観察します。
内包物は肉眼で見えないレベル。透明度も高く、傷もほとんどない、実に素晴らしい石です。
角度を変えて眺めますが、色は変わりません。つまり、多色性はない。あっても、ほぼ分からないほどに微か。
さらに、焦点がずれないように片目で観察すると、テーブル向こうのカットの稜線は、1本のまま。ダブリングなし。単屈折か、非晶質か。
「……尖晶石ですか?」
「ええ。レッド・スピネル。それが、ノヴァ=アルスメディカ家の石です」
おお! と思うと同時に、おや? とも思います。
アルスメディカ家の本家は、ウィンチェスター侯爵家ですが、ウィンチェスター侯爵家は「ノヴァ=アルスメディカ」とは名乗りません。「マグナ=アルスメディカ」です。
ということは、レッド・スピネルは、アーガイル子爵家だけの石?
いえ、それ以前に気になるのは、コランダムとスピネルが、家系の石の段階で、きちんと区別されているという点です。中世ヨーロッパでは混同されていたのに……
疑問に目を白黒させていると、ははは、とおじいさまが笑い出されました。
「アルスメディカ家は、分家が増えたので、わしが一門の家系の石を、細かく鑑定して区分したのだよ。それまでは『赤く美しい石』としか定まっておらなんだが」
それまでは、アルマンディン・ガーネットや、ロードライト・ガーネットや、ルビーや、レッド・スピネル、挙げ句の果てには紅玉髄までも、ひっくるめて「アルスメディカの石」扱いしていたと。
……いやいやいや! 違いすぎますよ!!
「征服王ウィリアム1世陛下は、軍事以外はきわめて大雑把な方だったのだ」
「大雑把にもほどがありません?」
「『赤と青と白と黒が分かれば、たいていのことは困らない』というのが、ウィリアム1世陛下のお言葉として、歴史書に記録されていますよ」
アルバート様……それは……
……それが史実だったら、宝石鑑別がザルなのは納得です。
「ごちゃ混ぜも味があると思うのですが、鑑別技術が発達した現在、いい加減なジュエリーを作るわけにも参りませんで……それで教授に、一門のうち、アルス称号を継承する有力な分家ごとに、家門の『赤い石』を設定し直していただいたのです」
ということは、古い時代のアルスメディカのジュエリーは、ルビーとスピネルとガーネットがごちゃ混ぜに仕上がっている可能性もある、ということですか……
それはそれで時代の味を感じられるとして、近代はそうもいかない、と。
「ウィンチェスター侯爵家はルビー。アーガイル子爵家はレッド・スピネル。そして、我がスノードン伯爵家は、この石となりました」
アルバート様からも、赤い石のついたペンダントが渡されます。
えっ? もしかして私、鑑別の抜き打ちテストされてます?
まぁいいや……これも素晴らしい、眼福の一品です。
片目でじっと、息を詰めて観察します。
赤とはいっても、こちらは静脈血のような濃い、黒っぽい赤。
本当によっぽど目を凝らさないと気づかないような、針状の内包物。
……ガーネットではあるのでしょうが、さて。アルマンディン?
アルマンディンなら、もっと黒みがかっていてもいいかもしれませんが、アルマンディンでも色の明るいものもあります。
ちなみに、アルマンディンの和名は、鉄礬石榴石です。
たしかにあれは、鉄を感じる濃い赤をしてますよね。
なお、アルマンディンは、トルコの地名に由来する名前だそうですが、この世界にも似た地名はあるようで、アルマンディンで良いようです、ややこしくなくてありがたい限り。
暖炉のあかりに、軽くかざして見ます。
体の弱い私は、もっともぬくぬくした席をいただいているので、暖炉が近いのです。
「パイロープ・ガーネット?」
和名は、苦礬柘榴石。
苦がマグネシウム、礬がアルミニウムを指します。
パイロープの名前は、ギリシア語の「炎のような」に由来し、そのとおり、光にかざすと、赤い炎が石の中で踊っているように感じられます。
ちなみに、こっちの世界では「ギリシア語」ではなく「エリニカ語」。
しかし、純粋なパイロープは無色であり、この赤は固溶体……ようするに、境目がわからなくなるほど混じり合ったもの……を形成している、アルマンディンによります。
混じり具合によって、密度なども変わってくるので、ぶっちゃけ非破壊検査の場合、高価な機材で調べないと、現代地球でも明確な鑑別は出せなかったようなブツですが。
「ええ。エスターライヒ産のものです」
……なるほど、産地で決めているのですか。
エスターライヒ……地球だとオーストリアですね……カンガルーがいない方です。
イギリスっぽいアルビノアが火山国だったり、地形に差があるので、オーストリアっぽい国でパイロープが出たりもするのでしょう。
なお、地球でのパイロープの有名産地だったのは、チェコのボヘミア地方です。
「そのお年で、そこまで鑑別ができるのですね……」
ファーガス様が、尊敬を込めた目で、私を見てらっしゃいます。
うっ。ちょっと照れくさいです……
「おじいさまの教育の賜です!」
私はドヤ顔で胸を張り、気恥ずかしさをごまかしました。
征服王ウィリアム1世は、仕事を部下に丸投げし、でも責任は取るというタイプのカリスマ設定。部下の失態は上司の責任、部下の手柄は部下のもの。
作中時間で800年前の人物なので、変な逸話でしか登場しないと思いますが。
「赤くてきれいな石だな! 医者のお前にぴったりだ!」
……そういうノリで、とにかく赤くてきれいな石は、アルスメディカ家の石ということになったのですよ。ちなみに、アルスメディカ家初代当主は、征服王の侍医で専門は外科。だから赤。
中世ヨーロッパで、外科は内科に見下される存在だったのは、知られておりますが。
細かいことを気にしないのが、征服王の性格です。
あと、外科医を軽んじて、戦場に出られるわけがないでござろう。
でもその裏に「内科医の薬苦ぇんだよ。外科の方が、傷口縫い合わせたりとか、すっげー治療してる感じがするよな!」という、小学生のようなシンプル思考もある。多分。