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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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赤い石の家系

イケメンとフラグを立てようと思ったのに、鉱物マニアな主人公すぎて話が進まないのですが、もともとそういうずれた展開を狙っているはずなので、これはこれで正道なのかしらん……





 おじいさまの親ばか……もとい「じじばか」が炸裂し、いたたまれない雰囲気の私。

 恥ずかしすぎて俯いていると、そっと焼き菓子が一つ、私の方へ。


「差し上げます」


 ファーガス様が、少し照れくさそうに、そうおっしゃいます。

 ありがとうございます。ありがとうございます。

 こんな美少年に気遣われて、もう私の今生の幸福メーターは振り切れそうです。


 無菌室から出られなかったウェンディには、医療関係者以外の知り合いなんていませんでしたし、もちろんのこと、子どもの知り合いだなんておりませんでしたとも。

 外見は5歳児ですが、中身は20歳を超えている私としては、なんだかお姉さんな気分で、すごく微笑ましいですよ。ドラマティック!


「いただきます」


 いつもよりも美味しい気がします。労りの味というやつですか。

 紅茶もすすみますね。いえ、いつでも最高ですけども。


「ところで、クロード様がおっしゃっていたように、本当に宝石の鑑別ができるのですか?」


 ぐほっ、げほっ。

 いえ、これはむせたのでして、呼吸器の異常では……いえ、誤嚥というのは、気管に誤ってものが入ってしまうという点では、呼吸器の異常なのでしょうか……

 とにかく、大丈夫ですから、アルバート様!


「我が家の石の見分けなら、きっとできると思いますけれど、まだまだですよ」

「ははぁ。菫青石アイオライトは、たしかに特徴的な鉱物ですね」


 ん? ファーガス様は、我が家の石をご存じなのですか?

 いえ……というか、気づいたのですが、アルスメディカ家も「アルス」家系なのですから、「家系の石」を持っているのでは……

 たしか、ばあやが言うに、古い家系には家門の象徴の石があるはずで……


「あの……アルスメディカ家にも、お家の石があるのですか?」


 気になって問うと、ファーガス様は、年相応のいたずらっぽい笑みを見せられます。そして、何故かアルバート様と、意味ありげな目配せを交わされました。


「これが、我が家の『家門の石』なのですが」


 ファーガス様は、内ポケットから、赤い石のついたペンダントを取り出されます。

 おお……すごい、動脈血のように鮮やかな赤色です。ルビー?


「手にとってみても、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 テーブル越しに渡していただいた石を、間近でじっと観察します。

 内包物インクルージョンは肉眼で見えないレベル。透明度クラリティも高く、傷もほとんどない、実に素晴らしい石です。

 角度を変えて眺めますが、色は変わりません。つまり、多色性はない。あっても、ほぼ分からないほどに微か。

 さらに、焦点がずれないように片目で観察すると、テーブル向こうのカットの稜線は、1本のまま。ダブリングなし。単屈折か、非晶質か。


「……尖晶石スピネルですか?」

「ええ。レッド・スピネル。それが、ノヴァ=アルスメディカ家の石です」




 おお! と思うと同時に、おや? とも思います。

 アルスメディカ家の本家は、ウィンチェスター侯爵家ですが、ウィンチェスター侯爵家は「ノヴァ=アルスメディカ」とは名乗りません。「マグナ=アルスメディカ」です。


 ということは、レッド・スピネルは、アーガイル子爵家だけの石?

 いえ、それ以前に気になるのは、コランダムとスピネルが、家系の石の段階で、きちんと区別されているという点です。中世ヨーロッパでは混同されていたのに……


 疑問に目を白黒させていると、ははは、とおじいさまが笑い出されました。


「アルスメディカ家は、分家が増えたので、わしが一門の家系の石を、細かく鑑定して区分したのだよ。それまでは『赤く美しい石』としか定まっておらなんだが」


 それまでは、アルマンディン・ガーネットや、ロードライト・ガーネットや、ルビーや、レッド・スピネル、挙げ句の果てには紅玉髄カーネリアンまでも、ひっくるめて「アルスメディカの石」扱いしていたと。

 ……いやいやいや! 違いすぎますよ!!


「征服王ウィリアム1世陛下は、軍事以外はきわめて大雑把な方だったのだ」

「大雑把にもほどがありません?」

「『赤と青と白と黒が分かれば、たいていのことは困らない』というのが、ウィリアム1世陛下のお言葉として、歴史書に記録されていますよ」


 アルバート様……それは……

 ……それが史実だったら、宝石鑑別がザルなのは納得です。


「ごちゃ混ぜも味があると思うのですが、鑑別技術が発達した現在、いい加減なジュエリーを作るわけにも参りませんで……それで教授に、一門のうち、アルス称号を継承する有力な分家ごとに、家門の『赤い石』を設定し直していただいたのです」


 ということは、古い時代のアルスメディカのジュエリーは、ルビーとスピネルとガーネットがごちゃ混ぜに仕上がっている可能性もある、ということですか……

 それはそれで時代の味を感じられるとして、近代はそうもいかない、と。


「ウィンチェスター侯爵家はルビー。アーガイル子爵家はレッド・スピネル。そして、我がスノードン伯爵家は、この石となりました」


 アルバート様からも、赤い石のついたペンダントが渡されます。

 えっ? もしかして私、鑑別の抜き打ちテストされてます?

 まぁいいや……これも素晴らしい、眼福の一品です。




 片目でじっと、息を詰めて観察します。

 赤とはいっても、こちらは静脈血のような濃い、黒っぽい赤。

 本当によっぽど目を凝らさないと気づかないような、針状の内包物インクルージョン


 ……ガーネットではあるのでしょうが、さて。アルマンディン?

 アルマンディンなら、もっと黒みがかっていてもいいかもしれませんが、アルマンディンでも色の明るいものもあります。

 ちなみに、アルマンディンの和名は、てつばん石榴ざくろいしです。

 たしかにあれは、鉄を感じる濃い赤をしてますよね。


 なお、アルマンディンは、トルコの地名に由来する名前だそうですが、この世界にも似た地名はあるようで、アルマンディンで良いようです、ややこしくなくてありがたい限り。


 暖炉のあかりに、軽くかざして見ます。

 体の弱い私は、もっともぬくぬくした席をいただいているので、暖炉が近いのです。


「パイロープ・ガーネット?」


 和名は、ばん柘榴ざくろいし

 苦がマグネシウム、礬がアルミニウムを指します。

 パイロープの名前は、ギリシア語の「炎のような」に由来し、そのとおり、光にかざすと、赤い炎が石の中で踊っているように感じられます。

 ちなみに、こっちの世界では「ギリシア語」ではなく「エリニカ語」。


 しかし、純粋なパイロープは無色であり、この赤は固溶体……ようするに、境目がわからなくなるほど混じり合ったもの……を形成している、アルマンディンによります。

 混じり具合によって、密度なども変わってくるので、ぶっちゃけ非破壊検査の場合、高価な機材で調べないと、現代地球でも明確な鑑別は出せなかったようなブツですが。


「ええ。エスターライヒ産のものです」


 ……なるほど、産地で決めているのですか。

 エスターライヒ……地球だとオーストリアですね……カンガルーがいない方です。


 イギリスっぽいアルビノアが火山国だったり、地形に差があるので、オーストリアっぽい国でパイロープが出たりもするのでしょう。

 なお、地球でのパイロープの有名産地だったのは、チェコのボヘミア地方です。


「そのお年で、そこまで鑑別ができるのですね……」


 ファーガス様が、尊敬を込めた目で、私を見てらっしゃいます。

 うっ。ちょっと照れくさいです……


「おじいさまの教育の賜です!」


 私はドヤ顔で胸を張り、気恥ずかしさをごまかしました。





征服王ウィリアム1世は、仕事を部下に丸投げし、でも責任は取るというタイプのカリスマ設定。部下の失態は上司の責任、部下の手柄は部下のもの。

作中時間で800年前の人物なので、変な逸話でしか登場しないと思いますが。


「赤くてきれいな石だな! 医者のお前にぴったりだ!」

……そういうノリで、とにかく赤くてきれいな石は、アルスメディカ家の石ということになったのですよ。ちなみに、アルスメディカ家初代当主は、征服王の侍医で専門は外科。だから赤。


中世ヨーロッパで、外科は内科に見下される存在だったのは、知られておりますが。

細かいことを気にしないのが、征服王の性格です。

あと、外科医を軽んじて、戦場に出られるわけがないでござろう。

でもその裏に「内科医の薬苦ぇんだよ。外科の方が、傷口縫い合わせたりとか、すっげー治療してる感じがするよな!」という、小学生のようなシンプル思考もある。多分。


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