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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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「嵐」

国際情勢に関するあれやこれや。

見た目は幼女でも、中身は飛び級で大学に進学した秀才……というのを、たまには感じさせるような話を入れておきませんとね。



 ルビーナ・アグラ=アルスヴァリ・ポス-アルステラ


 「火山学者の女神ヴルカノロジスティーナ」の異名を持つ、社交期シーズンシンポジウム地学部門・最強の女にして、私アリエラの実母。

 ただし、実質本日が初対面な上、娘の事を忘れていたと判明。


 噴石が肩に当たってもピンピンしているあたり、幸運はまだまだ機能しているようですが、治療中でも口述筆記で手紙の一つや二つ、下さったって良かったでしょう!

 火山の調査があまりにもお忙しくて、手紙を書く暇がなかったのなら、ともかく!


「私が悪かった。本当に、私が悪かった」

「反省していますか?」

「うん。ものすごく反省している」

「賠償を要求します」


 うっかりサッパリ忘れられていた娘からのお願いを、ここで無下にしたら、さすがに実母として見下げ果てますからね。火山学者としてはともかく。

 ジットリにらむと、何だろうとあれこれ首をひねっています。


「火山学の講義をして下さったら、許します」

「えっ? 今すぐかい?」

「さすがにお風呂で講義をしろとは申し上げません。お風呂から上がったら」

「いや……その、今回、チェンダースクートが噴火しただろう? その調査があるんだが……」

「それは、ご趣味ですか? チェスター子爵様からのご依頼ですか? それともご趣味ですか?? もしかするとご趣味かもしれませんね???」


 嫌味の一つや二つ、許してもらったっていいはずです。

 しかし、母の答えは、こちらの予想を吹っ飛ばしていきました。


「女王陛下からの御下命でね」


 学術貴族。それは王家を支える頭脳。それこそが存在意義。

 コンスタンシア陛下のご命令とあらば、実の娘といえども我儘は言えません。


「調査が終わり次第、絶対に絶対に、絶対に私の所に来て、火山学の講義をして下さるとお約束いただけるなら、駄々はこねません」

「わかった。わかった」

「お風呂から上がったら、立会人の元で誓約書を書いていただきます」


 ユージーンと一緒に、スタンフォード商会に渡すデザイン画の契約で、あれやこれやと失態をさらしたのも、今にして思えば大切な経験でしたね。


「いつの間にそんなに賢く育ったんだい……」

「もちろん、お母さまのいらっしゃらない間にですね」

「耳が痛いね……」

「真実とはそういうものですよ」


 背中を石鹸で流していただき、まぁ礼儀として、母の背中も流します。

 有望な火山学者という点で尊敬申し上げていましたが、手紙を書くことも忘れられていた娘として、母という点での株は、本日でストップ安です。

 そして、有望な火山学者でいらっしゃるという点から、疑念が湧きます。


「お母さま、答えられないならば、お答えくださらなくて構いませんが……私のことを忘れてらっしゃったのは、スカンジアやオルクネイヤ、そしてこのチェスターの『七人騎士』の調査すべてが、女王陛下からの御下命だったからでしょうか?」

「ん……まぁ、学術貴族の存在理由だからね、王命での調査は」


 それはそうです。お父さまだって、幼女を本国に残して、サーマス大陸の調査に行かれたままです。家族より王命を優先するのは、おそらくは学術貴族として当然なのでしょう。


 けれども、お母さまが私を思い出すこともなかったのは、王命のプレッシャーなどではないはずです。ルビーナお母さまは、発表者全員がストレスで体調を崩す予算争奪戦シンポジウムに参加しても、まったくダメージを受けない鋼鉄メンタルの持ち主なのです。


「ヘラン島の大噴火は、250年から300年の周期で発生します。直近の大噴火は266年前……地学的感覚からすれば、明日にも噴火してもおかしくありません。そして、ヘランの大噴火には、大地震と連動する傾向が見られます……その兆候の探査こそ、お母さまの……」

「もう話さないこと」


 お母さまの声がこわばりました。当たりのようです。

 海外領土はあるでしょうが、アルビノアの本土はまさにこの火山島。大地震と大噴火、そして大津波の連動は、アルビノアの全てに大打撃をもたらすはず。

 そうなればおそらく、アルビノアは、覇権国家から転落します。


「……ゲルマニウスですか」


 お母さまは、もう何も仰いませんでした。ただ、困ったような、どこか苦しそうな表情をなさいました。こちらの予想も的中したようです。


 アルビノア王国の現女王、コンスタンシア・ビルギット・デルウェーン陛下。

 その王配、つまり御夫君である、アレクサンデル・ジークフリート殿下は、ゲルマニウス連邦王国・リッペ侯家の御出身です。


 ゲルマニウス連邦王国は、4つの自由都市と31の領邦から成る政治共同体。古代ラティーナ帝国の血を受け継ぐザクセン大公家の当主が「諸侯の代表」として王を名乗り、諸勢力を糾合している……という設定です。

 ザクセン大公家を由緒正しき天皇家とすると、諸藩はその血筋に敬意を表しています。しかし、政治共同体の運営方針について、事実上の決定権を握っているのは、諸領邦で最強の軍事国家プルーセン。江戸幕府程の力はないかもしれませんが。


 アレクサンデル・ジークフリート殿下の御実家リッペ侯家は、家格こそ高く歴史もありますが、軍事面ではプルーセンを寄親とする……身も蓋もなく言えば子分の立場。

 女王陛下と王配殿下は恋愛結婚と聞き及びますが、プルーセン公が本気で反対すれば、間違いなく潰されていたでしょう。反対しなかった、という事実の裏側には、暗黙の了解が見えるわけです。




 あるいは、ゲルマニウス貴族が「異端国家」アルビノア女王の王配になる、そのこと自体がすでに、時代の動きを示しているともいえるでしょう。


 プルーセン憎しが骨髄に達しているような、エスターライヒ出身のドーヴァー侯爵夫人アデル様からの情報ではありますが、このところ、プルーセンは大陸教会と徐々に距離をおいているとのこと。総本山があるロンバルディアでは、有力な教会が領主を兼ねています。国家運営に、教会という超国家組織の介入を許したくないのが、プルーセンの本心である模様。


 そこで、大陸教会とすでに明確に縁を切っているアルビノアと繋がりを持ち、覇権国家の周辺で中核国家として色々甘い汁を吸いつつ、教会の権力を削りまくっていこう、と。

 そこで、子分のリッペ侯家から息子を差し出すというか、供出させたというわけで……

 まぁ何とも、狡猾なほどに合理的なことです。

 そして、それが故に、ゲルマニウスは不穏な要素になるのです。


 もし複合大災害により、アルビノア本土が壊滅状態になった場合、コンスタンシア陛下の亡命先は、高確率でゲルマニウスのどこかになるでしょう。御夫君の実家に寄るのは、歴史上も多分自然な流れのはずです。こちらの世界史ではなく、ウェンディ時代に学んだ世界史の知識に基づく推測ですが。


 しかし、ここで陛下がゲルマニウスに移り住むとなれば、それはもう、飛んで火にいる夏の虫であり、鴨が葱を背負って料理屋に突撃するようなものなのです、おそらく。


 フランキア王国やエスターライヒ帝国、オルハン帝国やルシオス帝国といった、明確に統治システムが整備された周辺諸国に対し、ゲルマニウスは未整備にも程のある状況。他大陸への進出が加速する世界情勢の中、これは「遅れている」という思想が広まり、現在ゲルマニウス諸勢力はそれぞれに近代化を推し進めている状況です。


 そして、地球と同じく「国民国家」の形成が必要だという結論に達したわけです。

 古代ラティーナ帝国の時代より存在したという「森の民(ヴァルト)」の文化を中核とし、中世以来の諸勢力の漠然とした集まりを捨て、強大な統一国家を形成する。


 エスターライヒとプルーセンの衝突は、ゲルマニウスに新しい秩序をもたらすための主導権争い。いわば、こちらの世界における普墺戦争。何の因果か、こちらの世界もプロイセンに該当しそうなプルーセンが勝利。地球風に例えるなら、小ドイツ主義が進んでいます。


 この小ドイツ主義、もとい、小ヴァルト主義で、主導権を握るのは?

 すでに軍事衝突が発生している以上、どう考えても軍事強国のプルーセンなのですよね。

 ザクセン大公家が黙って受け入れるでしょうか?


 そして、大陸教会との繋がりを重視してきた歴史を持つザクセン大公家に対して、プルーセン側も、現在表向きは尊重していますが、ほぼ間違いなく本心では目障りに思っています。

 そこで、アルビノア王家の血筋ですよ。リッペ侯国は明白なプルーセン派。

 コンスタンシア陛下とアレクサンデル殿下との間には、五人のお子様方がいらっしゃいます。


 第一子。長女のクラウディア・アレクサンドラ・ラヴィーシャ・グレンダ様。

 第二子。長男のアントニウス・フレデリック・シーヴラハック・カドワレン様。

 第三子。次男のベネディクトゥス・ダレル・フォーサイス・グリフィズ様。

 第四子。次女のコーネリア・ジェニファー・イーファ・シェレン様。

 第五子。三男のルシウス・アンドレアス・ポードリグ・サウェリン様。


 いやぁ、頑張りましたね、私が。

 王室の伝統とはいえ、長いのですよ皆さま、お名前が!!!

 ちなみに、ルシウス・サウェリン様は、生まれた瞬間からシムス大公の爵位をお持ちであり、名目上とはいえ、軍功学術問わず、シムスの全ての貴族に目を光らせる存在なのです。ですから、結構優先度が高かったような気がします。


 え? その他の順位? 黙秘権を行使しますよ。このアルビノアが、そんな基本的人権を尊重する国であるのなら、ですが。まぁでも、死刑執行人一族・スキア=アルスメディカ家の存在を思えば、そんなことは無さそうな気もします。

 エレンお姉さま経由で得た情報には、フランクスがフランキアに変貌する時期には、いわゆる断頭機ギロチン的な機械が猛威を振るっていたとかで……そう、フランス革命的なやつです。


 ハッ! 話がずれました!!

 無論、長男アントニウス・フレデリック様は、生まれながらにして、首都ロンディニウムを擁する低地地方ロウランドの大公。次男のベネディクトゥス・フォーサイス様も当然、生まれながらにして高地地方ハイランドの大公。ファーガス様もきっと、ベネディクトゥス様のお名前を真っ先に覚えられたと推測します。




 また脱線しました。もっと話を戻します。プルーセンの企み。

 父系が優先されるヴァルト文化圏では、コンスタンシア陛下とアレクサンデル殿下の間に生まれたお子様方は皆「ヴァルト人」とよばれる資格があります。


 プルーセン公国の公子殿が何歳かなど、この幼女は存じ上げませんが、クラウディア様かコーネリア様が政略結婚の駒にされるであろうことは、想像に難くありません。重要なのは姻族になること。

 そしてもしアルビノア本土が壊滅したら、プルーセンは王配殿下に圧力をかけて、アルビノア王族の亡命先をリッペ侯領にさせた上で、長女のクラウディア様を要求してくるでしょうね。


 教会の伝統的な見解に対して従順なザクセン大公家は、異端国家の王女なんて絶対に御免でしょう。そしてその保守性が、プルーセンが立つための名分になってしまうはず。

 アルビノアとの共同君主を戴けば、もはやプルーセンは大陸教会から完全独立。そして大陸でも指折りの軍事力で、ゲルマニウス諸勢力を統合し、世俗権力の新国家を樹立……と。


 向こうもこっちも、権力者のやることというのは変わらないのですから、理系でもこのぐらいの推測は立てられるのです。

 まして、人伝の話の他にも、きちんとクライルエンの屋敷の図書室ライブラリで、それなりにこちらの世界史を勉強したのですからね。


 そうして、やはり大陸はナショナリズム勃興期、という結論に戻りました。


 ナショナリズム。私のきらいな言葉です。もちろん解釈によりますが。

 問題は、「国民ネイション国家ステイト」と訳すのか、「民族フォルクス国家シュタット」と訳すのか。つまり、共同体の一員になるにあたって、誓いと血統のどちらが重視されるのか、というところ。私は「国民国家」賛成派で、「民族国家」反対派です。


 だって、民族を選んで生まれてくる子どもなんていないんですよ?!

 親が「純血の○○民族」を企図して家族計画をしたって、そこに子ども自身の自主的選択なんかありませんからね! 否応なく組み込まれ、あるいは弾き出される。


 ウェンディ自身が、出る杭を打つ日本文化が嫌いだったという、私怨も否定しませんけれど。院内学級の先生方には本当に申し訳ありませんが、私には物足りなく……アメリカで大学まで行けたことは、まったくもって幸運でした。出生地が日本な上に、早死にしたので、私が米国籍だったことは1秒もなかったかと思いますけれども。


 そういえば、前世の先生方……二重国籍者だらけだった記憶が……

 主治医のアイゼンスタイン先生と、病棟担当のバーンスタイン先生と……免疫機能研究者のルビンスタイン先生にもお世話になりました。それと、遺伝子治療研究センターのゴールドスタイン先生と……


 お察しのとおり、全員、アメリカ=イスラエル二重国籍のドイツ系ユダヤ人(アシュケナジーム)です。「スタイン」はこの地域にルーツが関わる皆さんの、典型的な姓。ハプスブルク家による差別政策の結果だとか。ソースは先生方なのでウェンディ時代の私は話半分に聞いていました。

 とりあえず、バーンスタイン先生が笑いながら仰ったことが、忘れられません。


「僕たちユダヤ人は世界中の嫌われ者だから、腕一本で食っていける仕事を身につけるのさ。つまりは技術者と芸術家、そして商業と金融業か。一番いいのは芸術家だな」


 退屈な無菌室生活の彩りにと、バーンスタイン先生は時折、古風にもレコードを差し入れしてくれました。デジタルの音なんて均質化されていて味気ない、というのが、先生の持論でした。同胞意識の故か、ユダヤ系の作曲家・演奏家・指揮者の差し入れが主体でした。


 あと残念だったことも。クリスマスが近づく頃、ユダヤ教には「ハヌカ」という油にまつわる祭りがあり、小麦粉の生地にジャムを包みこみ、さらに砂糖をまぶして油で揚げたという、暴力的カロリーを持つ菓子を配り回るそうなのです。しかし、ウェンディはアレルギーのため、一度も食べられませんでした。


「技術者は、おすすめじゃないのですか?」


 そう問うた私は、ティーンエイジャーでも、愚かだったと思います。

 バーンスタイン先生は、ただ「科学は諸刃の剣なんだよ」とだけ仰いました。

 そりゃあ言いにくかったでしょう。母の出身地が長崎なんですもの。

 あとで、ああなるほど、先生は科学者も技術者としてカウントされていたのか、と気が付いて、しばらく大変気まずかったです。


 とりあえず、光線過敏症以外のアレルギーは無さそうな今世は、美味しい物を堪能しまくってやるのです。あの、小麦粉の生地にジャムを包み込み、さらに砂糖をまぶして油で揚げた、暴力的カロリーを持つお菓子も、きっと食べてやるのです!


 ……あ、なんか、フワフワしてます?


「飲め!!」

「ぐっ、ごぼっ……」


 湯あたりと脱水でしょうか。塩味も含んでいるはずのレモン水が、まったくしょっぱく感じません。思考に没頭しすぎる、この悪い癖は、どうも前世から変わっていないようです。生まれ変わっても治らないものがあるのですね。

 塩気を感じるようになるまで、ひたすら水分補給。


「こういう形で、母親らしいことをしたくはないよ」

「返す言葉もございません」





プロイセンをプルーセンに変更したので、ちょこちょこ過去投稿部に訂正をいれていますが、見落としがあるかもしれません。地味地味と修正していきます。

あと、あと一話で、長かったこの章が終わる……ッ!!


【王室ジュニア世代のお名前(一部)】

Claudia(クラウディウス氏族の女性・ラテン語(ラティーナ語)系)

Alexsandra(人民の統治者・女性形・ギリシア語(エリニカ語)系)

Labhaoise(女戦士、アイルランド語(セルト語)系)

Glenda(公正な、ウェールズ語(シムス語)系)


Antonius(計り知れないほど貴重な・ラティーナ語系)

Frederick(平和をもたらす者・ゲルマン語系)

Saebhreathach(高貴で公正な・セルト語系)

Cadwallene(戦闘を手配する者・シムス語系)


Benedictus(祝福された・ラティーナ語系)

Darrell(愛される・原ヴァルト語系)

Forsyth(平和の男・セルト語系)

Gruffydd(強い主・シムス語系)


Cornelia(コルネリウス氏族の女性・ラティーナ語系)

Jennifer(〔伝説の〕美しい王妃・アルビノア低地地方ロウランド系神話)

Aoife(〔伝説の〕美しい女戦士・セルト系神話より)

Sheren(星・シムス語系)


Lucius(光輝く・ラティーナ語系)

Andreas(勇敢な・原ヴァルト語系)

Padraig(高貴な生まれの・セルト語系)

Llywelyn(統治する人・シムス語系)



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