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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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アルスメディカ家よりの来客

そろそろイケメンを出さないと……





 さて、今生の私は呼吸器が弱い。

 というわけで、またもお医者さまのお世話になる人生であります。


「こんにちは。定期検診に来ましたよ」

「ご機嫌麗しゅう……」


 にこやかにご挨拶下さった、渋いロマンスグレーのおじさまが、私の主治医。

 スノードン伯爵、アルバート・ヒール・ハルバ=アルスメディカ様。


 アルスメディカ家は、ウィンチェスター侯爵家を本家とする、学術貴族の一族です。

 スノードン伯爵家は、その有力な分家の一つに当たります。


 つまり、アルスメディカ家は、ウィンチェスター侯爵領を継承する「ウィンチェスター侯爵家」や、スノードン伯爵領を継承する「スノードン伯爵家」など、いくつもの家系にまたがるわけです。

 この他、学術業績が途切れて、「アルス」称号を失った分家を含めると、その血脈は恐ろしく広い範囲に渡ります。


 当代のスノードン伯爵でもあられる、アルバート様は、クロードおじいさまの大学時代の教え子。

 ……クロードおじいさまは、子爵位を継がれる前は、大学で教鞭も執っていらしたのです。

 その縁で、私の主治医をしてくださっているようです。


「スノーウィ(=雪の)、今日は小さなお客さんも同伴かい?」


 おじいさまが、アルバート様に笑いかけられます。

 小さなお客さま?

 ……あっ。

 アルバート様の黒いコートの陰から、男の子が!


「ほら、ご挨拶なさい」


 アルバート様に引っ張り出されて、男の子は、おそるおそる、といったふうに、それでも貴族家の令息らしく、美しい所作で礼をしました。

 それにしても、どれだけハンサムになるのか楽しみな美少年です。真っ直ぐなのに、ふわっとした感じがする栗色の髪に、青みがかった灰色の目。肌も白くて、お人形さんみたいです。


「学術貴族38代目、ノヴァ=アルスメディカ家当主、アーガイル子爵マーカスが息、ファーガス・マーカス・ノヴァ=アルスメディカと申します」


 うーん、いかにも貴族の名乗りって感じです。

 アーガイル子爵家も、アルスメディカの分家の一つですね。本当多いなぁ。

 しかし、ばあやによると、アルビノアの学術貴族の最大グループは、お母さまのご実家でもある、アルスヴァリ家だそうです。もっと手広いそうな。


「丁寧な挨拶をどうも……アリエラ」


 おじいさまにうながされ、私もちょこんと淑女の礼をします。


「学術貴族41代目、アルステラ家現当主、カーマーゼン子爵エドワード・マーヴィン・アルステラが娘、アリエラ・ウェンディ・アルステラと申します。ご来訪を心よりお喜び申し上げます」


 ウェンディもですが、お父さまのミドルネームであるマーヴィンも、ウェールズ語の「海の友人」に由来します。大洋を渡って新大陸の調査に行ってらっしゃるお父さまには、ぴったりのお名前ですね。

 ウェールズではなくて、シムスというんですけども。


 もっとも、この世界では、色々あって、そのシムスというウェールズっぽい文化はほぼ滅びたらしく、先住民の言語風のミドルネームを入れるのは、おまじない的な慣習なのだそうです。何があったのやら……

 ……知りたくない気もします。




 ファーガス様は、私より一つ年上で、現在6歳だそうです。

 初等教育を控えてらっしゃるようで、アルスの家名に恥じない成績を残さねばと、家庭教師をつけられて英才教育を施されているとのこと。

 本日は、アルステラ家の蔵書を閲覧しに、アルバート様についてこられたそうな。


「我らがクラウディ教授の蔵書は、王国でも有名なのですよ」


 私の診察をなさりつつ、アルバート様はそうおっしゃいました。


「アルバート様は、おじいさまを『くもり(クラウディ)』とよんでらっしゃるのね」

「ええ。大学の仲間内での愛称で。私は『ストーミー』を除けば、もっとも若輩なのですが、教授プロフェッサーは……アリエラ嬢のおじいさまは、この愛称の時には、立場のことは考えるなと」


 ほほう。礼儀に厳しめらしいおじいさまが、立場を対等にする愛称を認めたと。

 いったい何の仲間なのでしょうね。


「それで、アルバート様は『スノーウィ』なのですね」

「スノードン伯爵家なので……」

「命名者は、クロードおじいさまですか?」

「ええ」


 Snowdonだからsnowy……ああ、おじいさま……なんという……安直。

 申し訳ありませんが、私、おじいさまのネーミングセンスは、どうかと思います。


 しかし、とすると、お母さまの「嵐」は別にして、残る「晴れ(サニー)」や「レイニー」も、どうやらおじいさまの大学時代の関係者のようですね。

 命名権(?)がおじいさまにあるとすると、門下生たちでしょうか。

 そういえば、お父さまとお母さまのなれそめって、いったい……


「お母さまも、おじいさまの教え子だったのですか?」

「ええ。地質教室の常連でした。あの頃からエネルギッシュでしたね……」


 ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、大学は女の行くところではなかったのですが、このアルビノア王国では、女も大学に行けるようです。

 しかし、アルバート様が遠い目になってらっしゃる。

 お母さま、いったい何をなさったんですか、学生時代に……


「もしかして、お父さまとお母さまのなれそめは、おじいさまの教室?」

「そうです。そこで、お互いの研究成果を認め合い、惹かれ合ったのですよ」


 なんというアカデミック・ロマンス……うらやましい……




 本日のティータイムは、おじいさまに、お客さま二人、そして私の四人。

 ファーガス様は、おじいさまにも認められるほど熱心に、文献を渉猟されたようです。


「ノヴァ=アルスメディカ家は、医化学の分野に多くの人材を輩出しているが、ファーガスはその中でも、特に化学寄りの興味を示しているのだな」


 おじいさまの言葉に、ええ、とアルバート様が頷かれます。


「鉱山や工業に興味があるようですよ。あんまりそっちの分野にのめり込むようなら、アルスメディカ家から、アルステクナ家へ入れてもいいでしょうね」


 えっ? 養子に出すの? 出していいの?

 貴族って、家系を継承するのが、大事なことなのでは??


「その言い様だと、アルステクナ家とはすでに繋がりを作っているようだな」

「ええ。この子と同い年のご子息がいらっしゃるでしょう? レスター伯爵家で……」

「ノーフォーク侯爵家にも、二つほど年上だが、ご子息がいらしただろう」

「アルステクナも広い家系ですからねぇ……」

「おかげで領地を記憶しないと、家名では区別がつかん。ははは」


 アルスの家名は減っていますが、分家がいくつも存在するので、かえってどこも同じ家名という、とてもややこしい事態になっているのだそうです。

 なお、アルビノアの学術貴族の三大勢力は、アルスヴァリ家、アルステクナ家、アルスメディカ家。分家を含めた、人数での三大です。

 つまり、領地で区別しないと、どこにいっても「アルスヴァリ」「アルステクナ」「アルスメディカ」の家名にぶち当たるというわけですね。本当だ。ややこしい。


「アルステラ家が、異様に少数精鋭だとも言いますよ」


 アルバート様が肩をすくめられます。

 そうか。アルステラ家は、そもそも分家がないのですね。


「我が家系は地図を扱うのだ。そう簡単に情報を公開することはできんよ」

「この世には、広めるべき知識と、秘するべき知識がありますからね」


 なるほど。地図は軍事機密でもあるから、地理を扱うアルステラ家は、分家を増やさない……というか、国家の安全保障上、増やせない……ということですか。


「好きこのんで閉鎖的な家なのではないよ。ところで……」


 おじいさまはティーカップを置いて、それはもう、うれしそうな顔をされました。


「うちの孫娘が実に優秀だったという話を、聞いてくれるかね?」

「ほう? アリエラ嬢が? それは是非とも」


 ぎゃー! おじいさま、恥ずかしいです! やめてー!!





アルスはラテン語で「技」です。アルステラは「ARS(=技)」「TERRA(=大地)」。安直なのに、それなりに仰々しく聞こえるネーミングを意図しました。


ラテン語で「~の」って言いたかったら、本当は属格に語尾変化しないといけません。ARSは女性名詞なので、単数複数関係なく、属格変化だと「ae」ですね。

つまり、ラテン語的には「アルステラエ」が正確なわけですが、そこは建国者が文法に適当だったのです。


アルビノアの征服王ウィリアム1世は、フランクス語話者であって、ラティーナ語は苦手だったという裏設定なのです。というか、ラティーナ語は教会に丸投げ。

宗教事情の話は、それなりに細かく詰めているので、そのうち書けるかと。


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