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彼女の秘密

「じゃあ、列に加わります」


 彼女はまだ何か言いたそうな西先生にそう言い切ると、歩き出した。僕も彼女の後ろに着いて行く。彼女は列の一番後ろに並んだ。僕もその後ろに並ぼうとすると、ふいに前の方から名前を呼ばれた。


「牧瀬君?こっち、こっち」

 笑顔を浮かべた男子生徒が手招きしている。知り合いではないが親しそうな様子に僕は首をかしげた。


「名前順で並んでいるから、牧瀬君は俺の後ろ」

 理解した僕は、頭を下げながら、並んでいた新入生たちをかきわけて、男子生徒の後ろに並ぶ。


「俺、星野満月。牧瀬君、よろしくね」

 僕は初日から話しかけてもらい少しほっとした。


「はい。じゃあ、入場開始になります。みんな、静かにして」

 西先生の声がした後、体育館のドアが大きく開いた。

「新入生、入場です。拍手でお迎えください」

 僕は背筋を伸ばして、息を吸い込んだ。


「では、新入生、着席してください」

 建て替えたばかりとあって体育館はきれいだった。舞台の中央にあの星型のエンブレムが輝いている。腹痛はまだ続いていたが、入学式最中にトイレに駆け込むようなことをして、これ以上目立ちたくはない。入学式に集中することにして、なんとか気を紛らわせようとする。


「新入生の皆さま、有意義な学校生活を送ってください」

 校長の長い話が終わる。プログラムによれば、次は新入生代表のあいさつだ。代表は入試の成績でトップだった人がなるから、校長の話よりも気になった。


「では、次は新入生のあいさつです。新入生代表、竹沢永遠子」

 会場は静寂に包まれていた。返事はない。


「新入生代表、竹沢永遠子」

 司会者が厳しい声で、もう一度名前を呼ぶ。


「ふぁーい」

 あくび混じりの間延びした返事が聞こえ、会場がどよめいた。くすくす笑う声が保護者席から響く。僕は目を疑った。通路を歩きだしたのは、一緒に二人乗りをしたさっきの彼女だったのだ。


「私が行かないと入学式が始まらない」

という不可解な発言の意味をやっと理解する。永遠子は、気だるそうな足取りで舞台に向かって歩いていく。永遠子のあいさつは、あくび混じりのやる気のなさとは一変。舞台に上がると、さっきまでとは別人のようになった。

 

 原稿も見ずに前を向き、堂々としたあいさつをしていた。永遠子の表情は相変わらず、前髪に隠れていてよくわからなかった。

入学式が終わると、教室に戻ることになる。途中、列から外れて自転車に置きっぱなしにしておいたバッグを取った。すると、永遠子が近づいてきた。


「ね。間に合うって言ったでしょう」

 永遠子は、また少し笑った。


「同じ学年だとは思わなかった。なんで、あんなに詳しいの?」

 ついとがめるような口調になってしまう。

「総代やれって言われて、春休み中に練習させられたから。それに、兄がこの学校なんだ」


「へぇ。お兄さんは何年生?」

「兄貴?去年死んだ」

 そのとき、突風が吹いて永遠子のスカートが舞い上がった。永遠子は、慌ててスカートの裾をおさえる。永遠子の前髪が風にさらわれた。

 

 不意の風で、永遠子の長い前髪が舞いあがると、顔がはっきりと見えた。それは、日本人ばなれしたとても端正な顔立ちで、私は思わずじっと見てしまった。永遠子はそれに気がつくと、それきり黙ってしまった。表情は前髪に隠れてあまりよく見えなかったが、ひどく悲しそうに見えた。


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