永遠との出会い
お腹をおさえながら、きれいとは言いがたい駅のトイレに駆け込む。それでも僕にとっては、最高の場所に思えた。トイレから出て来て人の少ないホームのベンチで、しばらく休んでいると腹痛はすぐにおさまった。
入学祝いにもらった時計を見ると、もう入学式が始まってしまう時間だ。次の電車を待つよりは歩いた方が早いかもしれない。特急が停まらない駅だからラッシュを過ぎた今の時間、電車はなかなか来ない。やっぱり歩いた方が早い。僕はそう考えると、駅の案内板を見ながら、高校に近い出口を出た。
高校へはこの出口を出て川沿いに歩いて行けばいいとわかると、僕の足取りは少し軽くなった。昔から川を見ていると落ち着く。歩いていると川沿いの土手に着いた。等間隔で並んでいる見事な桜並木に心を奪われ思わず足が止まる。
「きれい」
思いがけず、大きな声で独り言を言ってしまった。朝の空気の中に僕の声が響き渡った。
視線の先に赤いピカピカとした自転車が停まっていて、先客がいたのだという事実に気がついて恥ずかしくなり、僕は慌てて自転車の持ち主を探す。
背中から何かの衝撃があって、僕は思わず振り返る。長身の女の子が立っているのが視界に入った。体系も細みでスタイルがいい。ブレザーには、僕と同じ星型のエンブレムがついている。制服を着なれている様子からして先輩だろうか。光沢のある黒い長い前髪で表情がよくわからない。
「その制服?私と同じ」
僕の全身に視線をやるとそう言った。中学校は男子校だったから、同年代の女の子と話すのは小学校以来で、どうしていいかわからず、首を縦に振った。
「見たところ、新入生?」
僕は、また首を振ることしかできなかった。
「って、もう入学式始まる時間じゃない。まあ私が行かないと始まらないんだけど。一緒に行く?」
僕は彼女の言う意味がよくわからなかった。彼女はそう言うと、先に停めたピカピカの自転車のサドルに足をかけた。
「ほら。早く乗れば」
彼女は、自分の自転車の荷台部分を見ると、顎でしゃくった。顔が揺れた拍子に前髪が動いて、端正な目元が見えた。
「急いで」
急かされるけれど、僕は自転車の二人乗りなんてしたことない。どうやって乗ればいいかもわからないから固まっていた。
「ほら」
彼女は自転車から降りると、僕のバッグを手に取り、手を勢いよく引いた。女の子に手を引かれたことは初めてのことだったが、不思議と嫌な気はしなかった。
「なに?二人乗りしたことないの?ここに足を掛けて、私の腰につかまって」
言いながら、彼女は僕のバッグを前かごに放り投げるように無造作に入れると、ペダルに足をかけた。今にも走り出しそうだ。おそるおそる荷台にまたがると、彼女の腰にそっと手を触れる。
「もう時間ないから急ぐよ」
彼女はためらうことなく勢いよく漕ぎだした。細い外見をしている割に自転車を漕ぐ力はとても力強い。
春の空気を肌に受けていると、桜並木が遠ざかっていくのが見えた。不思議と学校に行きたくないという気持ちが薄れていくのを感じた。僕は、久しぶりにわくわくとした気持ちを思い出していた。