ミヅキの秘密
閉館の合図は、古風なベルだ。ベルを鳴らしながら図書委員が、「閉館です。お帰りの準備をしてください」と言う決まりになっていた。トワが嫌がったから、この役目は僕だった。ベルを鳴らした直後は、荷物をまとめて帰る生徒、カウンターに滑り込んできて、本を借りて帰る生徒がいてにぎやかだ。
ある日、その流れが終わって、図書室が静かになった頃、ミヅキがやってきた。ミヅキとはクラスで仲良くしていたが、図書室で会ったことはなかった。
「ミヅキ、どうしたの?もう図書室閉まるところだよ?」
僕が問いかけると、ミヅキは周りをキョロキョロ見回しながら、僕たちに近づいてきた。僕たちの他の生徒がいないことを確認しているように見える。ミヅキは大きく息を吸うと、僕に話しかけてきた。いつもの笑顔だったけれど、少し強張っているように見えた。
「あのさ。借りたい本があるんだけど、いいかな?」
「うん。大丈夫だよ」
なんだ。そんなことかと僕は少し意外に思う。
「ありがとう。ちょっと待ってね」
ミヅキは本棚の奥に消えていく。
「トワ。なんか様子おかしくない?本くらいいつでも借りればいいのにね」
僕がそういうと、ミヅキはいつになく深刻な顔で、
「人には知られたくないことっていうのがあるんだよ」
と、僕にはよくわからない言葉をつぶやいた。
僕が首を傾げても、トワはそれ以上教えようとする気はないらしく、入り口近くにある新しく入った本のコーナーで、本を手にとってはパラパラと開き、元に戻すという作業を繰り返していた。トワの本の扱い方は妙に丁寧で、本好きなのが伝わってくる。ミヅキはしばらく戻ってこなかった。
僕はすることもなく、カウンターの近くに立ってミヅキが去って行った方をぼんやりと見ていた。ミヅキがゆっくりと歩いて戻ってくるのが見える。少し困っているようなそんな顔に見えて仕方なかった。
「本あった?」
僕が聞くと、ミヅキは少し下を向いた。僕と目を合わせないようにしているのか、下を向いたまま、本を僕に差し出す。いつものニコニコしたミヅキの様子とは違うから、僕はさっきから気になっていたのだけれど、とりあえず受け取る。
裏表紙が上になっているから、バーコードのある表表紙を上にする。男性同士が手を繋いでいるシルエットがまず目に入り、続いて「同性愛とは?」というタイトルを見てドキッとした。
僕は、何も気にしていない様子を装うことにした。バーコードを読み取って、貸し出しの処理をするとミヅキに渡した。
「はい。五月十日までだよ」
「ありがとう」
ミヅキはうつむいたまま本を受け取ると、少し本を見つめ、もたもたとした手つきでカバンにしまった。
「僕たちももう帰るから一緒に帰ろう」
僕がそう言ったのだが、ミヅキは早口で僕に言った。
「ごめん。僕、急いでて」
ミヅキは足早に僕たちの前を去っていく。僕は何も言えずにそれを見ていた。入り口近くで本を見ていたトワが僕の方を見て、真顔で言う。
「今日のこと、不必要に人に話さない方がいいよ」
「うん。なんかそんな気がする」