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夏の名残

 夏の名残りの空気は嫌いだ。朝、ドアを開けた瞬間、ねっとりした夏の空気を感じて、僕は嫌な気分になった。家の外で考え事をしていると、ドアが開いて、母親の厳しい声が追いかけて来た。

「葵、何、突っ立ってるの。早く会社行きなさい」

「今、行く。行ってきます」

 駅までの道を夏の空気を振り払うように、大股で早足で歩く。少し小走りで家の裏手にある皆瀬川公園に寄った。今は花壇になっている事故現場に行くと、僕はそっと手を合わせた。


 大学を卒業し、就職して三年。学生のとき何より嫌いだったスーツ姿にも、今ではすっかり慣れてしまった。仕事にもスーツにも慣れ、良い大人と言われる年になってしまったが、情けないことに僕は、母親に頭が上がらない。無駄遣いをする性質ではないから、一人暮らしを始める蓄えはある。会社が実家からの通勤圏内にあるから、母親に実家を出ると説明してもわかってもらえそうにない。だから、諦めていた。

「良い大人なんだから、勝手に家を出てしまえばいいのに」

 大抵の人は、僕が「母親の干渉がすごくて」と言うと、そう笑って言った。でも、そんな簡単な問題ではなかった。それに、仮に母親を説得できたとしても、一人暮らしを始めた方がもっと面倒になることは想像できた。毎日電話をしなければ母親の気が済まないだろうし、一人暮らしの部屋の掃除や家事をしょっちゅう手伝いに来てしまうだろう。

 仮に居場所を教えなかったりしたら、母親は半狂乱になって、僕の会社に連絡したりといった手段に出る可能性もあった。待ち伏せされるという恐れもある。母親の目の届く実家にいて、僕のことを把握できるような環境を作った方がいい。


 それに僕が実家を出ない理由はもう一つあった。ミヅキが亡くなった原因を作った自分への戒めだ。事故現場の裏にある実家に住んでいれば、ミヅキのことを忘れることはない。

 

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