第7話 合宿(1)
早朝、ベアはトーコを迎えにヘーゲル家に寄り、ヘーゲル医師と夫人、四女バベッテに見送られて開門時刻ぴったりに東門についた。
「遅かったなー」
門番にギルド証を見せていると、詰所の奥からハルトマンが出てきた。
「ハルトマンさん、何してるの?」
トーコはびっくりしたが、ベアは嫌な予感しかしなかった。何度かヘーゲル医師のところで顔を見かけたことのある青年将校は、大きな荷物を背負い、頭から足元まで完全行軍仕様だった。果たして彼は、
「ベアとトーコが来るのを待ってた。待ちくたびれたぞ」
「なんで待ってたの?」
「サンサネズの実を採りに行くからに決まってるだろ。角ウサギの塩漬け肉を作る時に一緒に入れると美味いし保存性が良くなるんだよな。モリガエルを下茹でするときに入れるといい香りがつくし」
ベアはまじまじとハルトマンを見た。
「言っていることの意味が分かっているか?」
もしかしてアカメソウの実を採りにいくのと勘違いしていないだろうか。どちらも角ウサギと一緒に良く使うし。
「もちろん。片道二日だろ。必要なものは自分で持ってきているから気遣い無用。勝手についていくから心配いらん」
「ええええ! ハルトマンさんも来る気なの!? 昨日はそんなこと一言も言ってなかったじゃない!」
「サンサネズの実は美味いんだけど必需物資じゃないから、うちの予算にあげると上がいい顔しないんだよな」
「で、自分でとればタダだと。仕事は?」
「部下を置いてきたから平気」
「こんな上司ヤダ! 早くクビにしてくださいって、陳情書が回るよ!」
「失敬な。サンサネズの実にかける俺の情熱を理解してくれて、皆の美味い飯のために喜んで送り出してくれたぞ」
「嘘だ。絶対、嘘だ」
「それに、これ以下の左遷先はそうないから、俺としては全然平気」
「ハルトマンさんがついて来たらわたしの取り分が減るからダメ!」
「サンサネズの実って少ししか取れないのか?」
「知らないけど、そんな気がするからダメ! だいたいギルドに登録してないのに魔の領域に入れるわけないでしょ」
「あほか。国境警備隊は入れる。この間も門の外で作業してただろうが」
「あそっか」
トーコの敗色を読み取ってベアは歩き出した。国境警備隊の将校なんかと揉めたくないし、一緒に連れて行けと要請されたのならともかく、勝手についてくるというのだからベアの知ったことではない。一応軍人なんだからトーコに合わせた速度について来れないなんてことはないだろうし、治癒魔法が使える魔法使いと聞いている。トーコ以上の足手まといになりはしないだろう。
「ほら、お前がぐずぐずしている間に置いていかれてるぞ」
「え、ベアさん待って」
トーコが慌てて走ってくる。今からそんなに体力を消耗してどうする。
「おいトーコ、消臭魔法でもなんでも好きなだけありったけかけていいぞ。練習するんだろ」
東門を離れて暫くするとハルトマンが言った。
「忘れてた」
「掛けなおすのも忘れるなよ。どのくらいで切れるんだ」
「消臭魔法は一時間くらいかな。いたたた! 痛い痛いって!」
「あほか、お前。自分の魔法を言うなって教えてやったばかりなのに、ペラペラ喋りやがって。しかも俺がわざわざ消臭魔法とか、ってぼかしてやったのに、今、自分で、かけたのは消臭魔法で、他にもかけてるってバラしたな」
ベアが振り返った先ではこめかみに拳をうけて情けない悲鳴を上げるトーコがいた。
なんだ、まともじゃないか。
ヘーゲル家に夕食を馳走になったあと、それとなく、ヘーゲル医師にトーコの魔法教育について探りを入れたのだが、治癒魔法以外の魔法への評価はというと、全く無関心であることが判ったくらいだ。
治癒魔法使いはお互いの魔法について秘密にするどころか、魔法についての情報交換も活発だと知り、ベアは軽くカルチャーショックを受けた。なんでも絶対数の少ない治癒魔法使いは同じ場所で開業するなどめったになく、むしろひとりで広い範囲をカバーしなくてはならず、魔法技能を継承する弟子の確保も大変らしい。
弟子のほうも何人もの師匠を渡り歩いてなるべくいろいろな治癒魔法を会得すべく励む。次の師匠は当然今の師匠の伝を頼って探すことになり、弟子の斡旋は師匠の大事な役目なのだそうだ。そんなわけで、師匠・弟子・兄弟弟子の関係も非常に錯綜しており、師匠が回り回って弟子の孫弟子だったりするのは普通らしい。
それでも治癒魔法以外は違うだろうと思うのだが、
「治癒魔法以外の魔法? 患者を運ぶ移動魔法とか、体温を維持する保温魔法とか、傷口を洗う水魔法とかか?」
という有様で、ほとんど治癒にかかわる魔法以外は習得していないようだ。覚える必要性すら感じていないというのがベアには重ねてショックだった。しかし考えてみれば、治癒魔法使いに誰かが悪意をもっても、広い治癒魔法使いのネットワークが報復をはかるだろうし、身の保身というようなことは考えなくてもいいのかもしれない。よほどあこぎな真似をしなければ、ユナグールでも彼に世話になったギルド構成員はたくさんいるのだから、後のことを考えればいらぬ手出しをする者はいないだろう。
ヘーゲル医師がトーコの治癒魔法の才能にこだわる理由はわかったが、今のところトーコにそのつもりはなく、だとしたら、世間一般の魔法使いの常識を学ばなくて大丈夫かと思っていたところに、思わぬ援軍がいたものだ。兄弟子のほうも意外にトーコを心配してついて来たのかも知れない。
「いいか、お前、俺が教えた魔法、安易に人にしゃべったら承知しないからな! よし、今から余計なことを喋ったらサンサネズの実をとりあげる」
「酷い!」
「嫌なら、その駄々漏れの口をなんとかしろ。一回口をすべらすごとに百グラム」
「それって多いの?」
「知らん」
前言撤回。それが目的か。トーコに口を閉じていろというのは、ツムギグモに糸を吐くなというに等しい。
「……ふたりとも、静かに歩いてくれ」
隠形魔法の効果は間違いなく期待できない。
ユナグールに接する魔の領域<深い森>。その名の由来になった森は豊かな生態系がたくさんの恵みをもたらしてくれる。多種多様な魔物が棲息する危険な土地でもあるが、産出する資源は危険を押しても侵入する価値がある。
「今、向こうの枝を走ったのがフタオリス。毛皮として需要がある。尾を傷つけないように罠で捕まえることがほどんどだ。人を襲うことはめったにないが、顎の力が強いから獲るときは注意がいる。冬に備えて木の実を蓄える貯蔵庫を地中に持っていて、高さ二メートルほどの卵形の巣をいくつも掘る。木の実の種類ごとに違う貯蔵庫を作る。フタオリスがたくさん穴を掘る年は冬が長い。貯蔵庫を再利用する性質を利用して冬にフタオリスの貯蔵庫を探して採集する連中もいる。たまに木の実に混じって魔物の石があるそうだ」
「魔物の石ってなに?」
「魔物の体内から稀に出てくる魔力が凝った結石だ。使い捨ての結晶石と思えば判りやすいか。元はといえば魔物の魔力でできていてるから、魔法を使うための魔力としてなら二割程度しか使えない」
「他人の魔力が込められた結晶石とおなじなんだね。それで一回しか使えないの?」
「そうだ。魔力に還元してしまえば、跡形も残らない。だが、魔法道具の維持魔力源としてなら結晶石の代用品として充分使える。他に粉にしたものを魔法薬の原料として使うらしいが、俺はよく知らん」
トーコがメモをしまったので、歩き出す。このあたりの浅い層には人が多く入りすぎていてベアには用がない。しかし、トーコがギルド構成員として活動するなら、まずはこのあたりから始めることになるだろう。初心者が活動を始めるならこれから秋の恵みが増える今がちょうどいい。
ベアはトーコでも採集できそうな木を見つけたので進路を外れた。
「ミツノキ。樹皮を剥いで乾燥させたものは薬効がある。この木はもう誰かが剥いだあとだから、これ以上採ると枯れる。樹皮と枝振りを覚えておくんだな。夏になると甘い蜜を蓄えた白い花を咲かせる。この蜜を狙ってさっきのフタオリスが花ごと食べに来る。鳥や虫も集まってくるから、近寄るときは誰かが罠を仕掛けていないか気をつけること」
「その蜜って人間も食べられる?」
「花を摘んでがくを外して後ろから吸えば。そんなに量はない。採集向きじゃないな」
「でも森の中のおやつになりそう。魔の領域にもミツバチとかっているのかな」
「このあたりにはいないが、深く入ればいる。この森を抜けて、高山地帯も超えた先の草原や森だ。場所が場所だからめったに依頼は出ないが、巣ごと持って帰るといい値がつく。巨大な群れを作るから巣に近づくのも容易じゃないが、苦労する価値はあるな」
「蜂蜜いいなあ。普通の蜂蜜より美味しかったりするの?」
「単に珍しいだけじゃないか。蜂蜜より、卵や幼虫、蛹にいい値がつく」
「……もしかして食べるとか」
「もちろん。薬効があるだけじゃなく、うまいぞ」
「わたしは蜂蜜のほうがいい」
「女性なら、あとは蜜蝋か。化粧品に使うとか、前にヘーゲル夫人が言っていたな。あそこでは膏薬の材料と、水薬の瓶の封にも使っている」
採集に行くなら、ちゃんと依頼主が何に使うつもりなのかも知っておいたほうがよさそうだ。この間のアカメクサグモも依頼主の意図を把握しているのいないのとでは、対応が違ってくる。
森を東に向かって歩きながら、見かけた動物や植物についてベアが詳しく教えてくれる。さすが二十年以上のベテランなだけあってよく知っている。役に立つ動植物も大事だが、危険だったり、危険とまでいかないもののやっかいな生物ももっと大事だ。
「オニウルシ。触るとかぶれる。熟した実から蝋を採ることができるが、大した値はつかない。人の領域に生えているハゼノキと同じだが、オニウルシの木自体、群生しないから、採取が非効率なうえ、精製に普通のハゼノキより手間がかかって、木蝋自体は高価になりがち。用途としては一部の高級磨き剤や膏薬の材料くらいだ。さっき話した蜜蝋のほうが労力のかけがいがあるな。なにかのついでに採っておくくらいで、わざわざ採りにはいかない」
「かぶれると痒いの?」
「らしい。漆のたぐいにはコキキョウの茎を折って出てくる白い汁を塗ると効くが、このあたりには生えていない」
「どこに生えているの?」
「南側の森の外れで見たことがある。三年くらい育った根には薬効がある。根を採集するなら魔の領域のもっと深いところまで行かないとダメだな」
森の中は意外と平坦で歩きやすい。しょっちゅう足を止めてメモを取るので休憩は少なめだ。それでも、水場がどこにあるかは大事で、魔物に襲われにくい場所などは誰かが組んだ炉がそのままになっていたりする。歩きながら薪になりそうな枝を拾い集めた。初日なのでお昼はバベッテが作ってくれたお弁当がある。
「このあたりを流れている水は飲めるが、必ず火を通すように」
水を汲むときのこつ、簡単なろ過の方法を習っていると、
「トーコ、お湯」
ハルトマンが自分の荷物から小鍋を外してトーコに向けた。中に皮を剥いて小さく割った芋と干し肉を削ったもの、乾燥トマトが入っている。熱湯を入れてやると、蓋をして上着でくるんだ。それを見ていたベアはトーコを見た。
「水をお湯にできたのか?」
「もちろん。油汚れのお皿はお湯で洗うもん」
そういえばそんなことをギルドに登録に行ったときに口走っていたような気もする。あの時は魔法でお湯にしているとは思わなかった。先日、お茶を沸かすときには何も言っていなかった。魔法で代行できても水汲みも火熾しも必要ないわけではないが。
「でも、お茶はちゃんと火で沸かしたお湯のほうが美味しくはいるよ」
ハルトマンがトーコの手元を覗き込んだ。
「そっちは時間かかりそうだな」
ホムラギの樹皮に火を熾そうとしているのだが、うまくいかない。一緒に角ウサギの調査をしたリーネはいとも簡単にやっていたのに、火打石を打ち付けるのでさえ難しい。
「おっかなびっくりやるな。勢いよくやれ」
「そうすると今度は当たらないの」
「打ち金を持つ手を動かすな。あまり手間取ると、音で魔物に気付かれる。一度でつける練習をするんだな」
「……宿題にしてください」
悔しいことにハルトマンは一度でつけた。軍人さんってこういうことも出来なきゃいけないんだろうか。
「この樹皮、火のつきがいいな。そのぶん保管には気を使いそうだが。魔の領域で採れるのか?」
「そう。ホムラギの樹皮だよ。一度火がついたら、ちょっとくらいの雨なら消えないって。燃え尽きたところが灰になって崩れないから、安全だし」
「トーコが採ったのか」
「うん」
「ベア、この樹皮はいくらぐらいで取引されているんだ?」
「なぜ俺に聞く」
「知ってそうだから」
ベアはため息をついた。
「知らん。依頼されるようなものじゃなし。軍の行軍なら火種くらい用意するだろう」
「火種の管理もうちの管轄だ。火口箱も当然複数用意するが、雨の中で全軍に行き渡るように火種をまわすのは楽じゃないんでな。松明より嵩ばらなそうだ。なにより俺が個人的に欲しい。夜中の読書によさそうだ」
「勉強熱心だね」
「誰が勉強なんかするって言った?」
「違うのか」
ハルトマンは心外そうにベアを見た。
「あんたまで何を言う。男の夜中の読書なんて決まってるだろ」
「……理解した。採りに行く機会があれば融通しよう」
「湿地に行くならわたしも……」
「「トーコはいい」」
「ふたりして何!? なんで結託してるの」
ひとを仲間はずれにして、とふくれるトーコの注意を焚き火に向けていると、ハルトマンが三人のカップに鍋の中身をあけて持ってきた。
「こっちを食いながらお茶が出来るのを待つとするか。火が小さいな」
「なかなか枯れ枝に燃え移ってくれないの。煙はそんなに出ていないから生木じゃないと思うんだけど」
ベアはスープのカップを受け取りながら横目でトーコを見やる。薪拾いはできる、と自信満々だった姿はどこにもない。
「何故か知りたいか」
「うん。学校のキャンプで習ったとおりに乾燥した枝を拾ったし、空気が入るように組んだのになあ」
「その枝はヒブセの枝だ。山火事でもびくともしないくらい、火に強い」
「があん」
ハルトマンが噴き出した。
「ベアさんの意地悪。拾っているときに教えてよー」
「火がつかない。だから焚き火を囲うときに使える」
「あ、そっか。そういう使い方もあるんだ。枝に油を染みこませた布を巻いて即席松明にもできそうだね」
トーコは運動会のトーチを思い出した。
「表面が黒っぽくてつるつるしているのがそうだよね。火をうんと弱く保ちたいときにも使えるかな」
「その発想はなかったが、できるかもしれんな」
火のあつかいは苦手だが、苦手なりに考えているようだ。今度はちゃんと燃える枝を入れ、手間取ったものの火を移すことに成功した。
「意外だ。美味しい」
ハルトマンのスープをすすってトーコが呟いた。
「失敬なやつだな。俺がまずい飯を出すと思うか。補給担当を舐めるなよ」
「だって、この間のスープ、ニンジンが生煮えだったじゃない」
「新人と俺を一緒にするな。炉をお前に譲って熱湯だけで火を通すために、芋は小さく刻む。干し肉は出汁をとることを前提に塩と香草きつめにしてあるのを使う。干し野菜も出汁の出るものを使う。肉も野菜も主食も一度に摂れるパーフェクトさだ」
「ほんとだ、炭水化物、たんぱく質、野菜がちゃんと入ってる」
食事は腹が膨れればいいベアは、ほー、と思っただけだが、トーコは感動しきりだ。さすが兵士の健康と食事に気を配る衛生・補給兼任だけある。
「恐れ入ったか」
「うん、恐れ入った。干し肉はどこで買ったの?」
「気に入ったのがないから、角ウサギを肉屋に持ち込んで作らせた。言っとくが、俺の私物だからな」
「私物? じゃあこのお芋や干しトマトは」
「細かいことを気にするな」
「もしかして、ベアさんとわたしを横領の事後共犯にした!?」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ?」
「ごまかさないで!」
「備蓄糧食の抜き打ち検査だ」
「後で報告書を書くんだよね? ちゃんと書くんだよね?」
「仕方ない」
「……ふたりとももう少し静かに」
ハルトマンのスープを食べ、バベッテの弁当を平らげる間に沸いたお湯にお茶になる葉を投入する。湯を沸かすのは飲用水を煮沸するため、茶葉を入れるのは湯を飲みやすくするためなので、なんでも適当に入れる。ベアの場合は自分で採取した植物でギルドに売って余ったものや、ついでに採取して干したものなどだ。それぞれに薬効があるが、二十年もやっていると自然飲みやすい味の組み合わせがいくつかある。その場の気分などでかなり適当だ。お茶が気に入ったらしいトーコにそういうと、彼女は小首をかしげた。
「適当に飲みたいのを入れるの?」
「そうだ」
あいにく学がないので、ハルトマンのように細かく考えたりはしない。
「でもそれって大事だと思う。暑い時に水が欲しいって思う、運動の後にしょっぱいものが食べたいって思う、疲れたときに甘いものが食べたいって思う。全部体が欲しているからだって聞いたことがあるよ。なんとなく食べたいって、体が必要としていることを無意識に判ってるからだって」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ。昔から食べられてきた食べ物の組み合わせだって、結構合理的だったりするんだって」
「トーコ、俺は今バベッテの弁当を猛烈におかわりしたい気分だ」
「ユナグールに戻ったら?」
トーコは大急ぎでバベッテの作ってくれたサンドイッチの最後の一切れにかぶりついた。
トーコが火の始末についてメモを終えると、水場を出てふたたび歩き出す。
日帰りの距離を外れるとまだ採集できる実や植物が残っていることがある。ベアは森の樹冠部に絡まる蔓性植物を見上げた。
「ハガネフジだ。上にあがれ」
ベアがトーコを連れて移動すると、ハルトマンも地を蹴ってついてきた。
「大きい莢だね」
「形も変わってるな。馬の蹄鉄みたいだ」
ベアは茶色い莢をナイフで切り落とし、トーコに渡した。振るとからから音がする。ハルトマンが拳で軽く叩くと硬い音がした。
「中の種には薬効がある。外からでも種の数はわかるから、ギルドには莢ごと持っていく」
「取り違えないように?」
「それもあるが、莢が硬くて割るのには斧がいる。春先の新芽は食べられる。中の種も莢ごと焼くとほくほくして美味いが、一度に大量に食べると体に障る。ひとりひと莢くらいにしておくんだな」
「これはもう食えるのか? だったら今日食べる分は俺が持とう」
ベアは三つ採ってハルトマンに渡し、自分の荷物にもくくりつけた。ギルドに持ち込みたいが、嵩張るので今回はこれだけにしておく。ハルトマンがいなければ別の方法を使うのだが、よく知らない相手に手の内を見せるつもりはない。トーコは自分も持つと言ったが、背が低くて引きずりそうだったのでやめさせた。まだ採集できるものがあるはずなので、それを持たせることにすると納得して引き下がった。
採集しながら、初日の野営地を探す。水場に近くて魔物を避けやすい場所はいくつかある。今回はひとりではなく、三人なので適さない場所もあるが、このあたりは深い領域に入るときに通る場所でよく知っているから困らない。一度大型の肉食獣に行き会いそうになって、樹上に逃れてやり過ごしたが、ハルトマンも素直にベアの指示に従ってくれたので助かった。最初は厄介さしか感じなかったが、身分を振りかざすようなこともないし、意外に器用で役に立つ。
ただ、おとなしくついてきているだけだったのが、だんだんベアとトーコの話に加わるようになって、それ自体は文句ないのだが、トーコがおしゃべりになる。ベアは幾度となくふたりに「もう少し静かに」と繰り返し、注意した直後は両者とも口をつぐむのだが、またすぐにうるさくなる。どうやらトーコが半年でかなりのバルク語を習得したのはへーゲル家のおしゃべり姉妹のおかげだけではなさそうだ。
魔の領域では水のあるところ、火を炊けるところ、寝られるところが必ずしも一致しない。なるべくこの順番で離れず歩ける場所を組むのが楽に野営するコツだ。あれこれ説明しながらの移動に思ったよりも時間を食ってしまったので、水場は省略し、岩場へ移動する。時間がないので火はハルトマンに任せる。
「ハガネフジは燃やすつもりで火に入れていい」
「了解した。重ねないと三つは無理だな。今日は二つでいいか」
「トーコ、これを洗ってしばらく水につけておいてくれ。すぐもどるから、そうしたら適当な大きさに切って鍋にいれろ」
トーコはベアから受け取った紐のようなものを言われたとおり水洗いしてから水塊で包んだ。
「なあに、これ」
「ヒモダケだ」
「キノコなの? あ、ほんと、すぐにもどるんだね」
水で戻したキノコは縦には裂けるが、横にはなかなか行かない。まな板がないので、水で洗った岩の上で切っていたら、そのくらい手の上でできるとふたりに言われてしまった。
ベアは道中採集した食べられる野草や干し魚を鍋に削りいれた。トーコが熱湯を注ぎ、ハルトマンが火の上に具合よく据える。煮えるのを待つだけなので、ぽっかりと暇になった。人手があって手分けすると早い。ベアのいつもの感覚が狂うが、決して嫌な感じではない。ハルトマンとトーコは鍋の位置について議論している。ベアは木の実をひとつトーコに投げた。障壁にはじかれて落ちたのを確認し、ふたりに声をかける。
「ふたりとも、もう少し静かに」
ぴたりとおしゃべりがやむ。いつまで保つかはともかく。静かに夕食を終え、トーコが洗った調理器具と食器を仕舞い、暗くなりきる前に移動する。
「ここで寝るのか?」
ベアが選んだのは岩場の端、落ち葉がふきこんで半ば埋もれた岩陰だった。真上に突き出た岩が半ば屋根のようになり、二方向にふさがっている。
「囲まれはしないが、逃げ場もない。大丈夫か?」
「どのみち魔物に見つかったら力づくで排除することになる。顔を動かさずにすむ視界の範囲で来てくれたほうが対処しやすい。それに夜露がしのげるほうがいい」
「なるほど。不寝番はトーコ、俺、あんたの順でいいか?」
「フシンバンって何?」
「誰かひとり起きて魔物がこないか見張るんだ。お前どうせ今すぐ眠れないだろう。夜中に起きられる自信があるなら代わってやるが」
「不寝番はいらない。魔法で対処できる」
「魔法で?」
「詳細は省くが、これで二十年間不寝番なしでひとりでやってきた」
「フキヤムシの障壁のことなら隠さなくていいぞ、とっくにトーコが喋った」
ベアはトーコを見た。トーコはたじろいだ。
「喋っちゃまずかったの?」
「……秘密にしているわけではないが、むやみに言いふらされるのは嬉しくない」
「ごめんなさい。ヘーゲル家のひとたちとハルトマンさんには喋っちゃった」
「で、俺に怒られたと。トーコにこれくらい言わなくても分かるだろう、は通用しないから、あんたも気をつけたほうがいいぞ」
「分かった、気をつけよう。言わなかった俺も悪かった」
本当に悪いのはヘーゲル医師だと思ったが、トーコがしょげているのでそれ以上言うのはやめておいた。ハルトマンもそこで話を切り上げ、今夜の寝床を覗き込んだ。
「俺が一番外側でいいか。奥は落ち着かん」
「君がいいならかまわない。障壁はトーコに任せる」
もちろん、こっそりベアも張っておくが、トーコに言う必要はない。
「トーコは一番奥だな」
言うまでもなく奥が一番安全だ。
「いや、トーコは真ん中にしてあんたが奥のほうがいい。何かあったとき、トーコじゃ起きるか怪しいが、俺かあんたかどっちかが気付ければいい。それにトーコが真ん中にしてもあんたは外へ出られるが、逆じゃトーコはあんたに塞がれて出られないだろ」
ベアにはない発想だ。能天気に見えてやはり軍人だ。常に最悪を想定している。なんだかんだと理由をつけてはいるが、一番危険な場所を引き受けるのも職業柄なのだろうか。
「それでいい」
「寝る前にお風呂入っちゃうね。魔法の簡易風呂だけどふたりも使う?」
風呂? と聞き返そうとしてベアは以前湿地帯でパニックになったトーコが蛭を振り払うために使った水魔法を思い出した。風呂って、まさかあれか。ベアは素早く辞退した。
「俺もいい。早くしろよ」
「うん」
トーコは荷物を降ろし、ローブを脱ぐとたちまち水流に包まれた。
「お前いつから皿になったんだ」
「洗濯込みでいいでしょ」
「あほ。罰金だ」
「あ……」
「いいから早く岩の下に入れ。お前が入らないと俺が寝られないだろう」
「髪を乾かすまでもうちょっと待って。急にやると爆発しちゃうんだもん」
そういえば前回は水面に写った自分の頭を見て悲鳴をあげていた。ベアにはどうでもいいように思えるのだが、トーコはハルトマンに文句を言われても頑として粘った。
「ふたりとも、もう少し静かに」
結局最後はハルトマンに首根っこを掴まれてトーコは寝床に押し込まれていた。
腹をすかせた鳥の声で目が覚めた。体の左半分は暖かく、右半分は冷たかった。冷たいほうには岩があり、暖かいほうを見ると連れたちの姿があった。
「おはよう。起こすか?」
ベアが起きたのに気がついたハルトマンが言った。彼はとっくに起きていたらしい。
「まだいい。もう少し朝もやが晴れてからだ」
「しかしこいつはよく寝るな。俺なんかいつもよりずいぶん早く寝たから、起床ラッパより早く起きちまったぞ」
「なかなか寝付けなかったようだからな」
「ごそごそとうるさいのなんの。小石を投げてみなくていいのか? 昨日はしょっちゅう抜き打ちテストやっていたろ」
ばれていたか、とベアは小石を投げてみた。障壁に当たって跳ね返ったが、トーコは寝返りを打っただけで夢の国の住人のままだ。
「だめだこりゃ。障壁は張れているがまるで起きないじゃないか。意味ないわ」
あきれたハルトマンがふといたずらを思いついた悪がきの表情を閃かせた。
「外に出ていいか?」
「かまわないが」
ハルトマンはそっと起き出すと、昨夜食べなかったハガネフジを荷から外した。軽く何度か水平に振ってみて、いきなり手を離す。トーコにあたって跳ね返る。いい狙いだ。
「わっ、何? 何!?」
さしものトーコ飛び起き、ハルトマンが感心したように足元まで転がってきたハガネフジを拾い上げた。
「いい音がしたな。これ、食料だけじゃなくて武器としても使えるんじゃないか」
「そういうハガネフジの利用方法は初めて見るな。野営地でかなづち代わりに使っているのは見たことがあるが」
「なるほど、結構なんでも使えそうだな」
「……ねえ、もしかしてそれを今わたしに投げた?」
「おう」
「何するの! 危ないじゃない! びっくりするじゃない!」
「おかげで一発で目が覚めただろ」
「ふたりとも、もう少し静かに。移動するぞ」
「ちょっと歩いただけなのに結構濡れるね」
「この森の朝はだいたいこうだ」
「だから、昨日のあまった枯れ枝を寝床に持ち込んだのか」
「それもある。朝はなるべく準備の手間を減らして早く出るのがいい。腹をすかせた昼行性の魔物がうろつき始める。このあたりはさほどでもないが、習慣づけておくといい」
「うん、判った」
「ひとりなら夕飯を多めに作っておいて、朝は暖めるだけにすると早くて楽だ」
さすがにこの人数、しかも若いふたりがよく食べるので残り物はない。だが準備する人手も三倍なので、ベアとハルトマンがスープの中身を用意し、トーコが鍋を煮ながら移動する。初め、どう使い道があるのかわからなかったトーコの魔法だが、水を汲むのも火を熾すのも省略でき、意外に役に立つ。魔物を倒せるわけでも、採集を楽にしてくれるわけでもないが、痕跡を残さず素早く行動できる点で地味に有利だ。
トーコの魔法はギルド構成員として決め手には欠けるが、魔の領域入りをあきらめさせるほど使えないものはない。ヘーゲル医師のたくらみが通るか怪しくなってきた。
「そういえば豆は煮ないのか?」
トーコの後ろをついていく鍋を見ながらハルトマンが訊ねた。
「豆?」
「あんたが魔の領域に持って入るとトーコが言っていた」
「ああ、持ってきている。昼はそれにするか」
適当な場所でちょっとだけ腰を下ろして朝食を食べ、ベアはトーコの水袋に乾燥豆と新しい水を入れさせた。角ウサギの角でつくった栓をしながら、トーコは訊ねた。
「何時間くらいでふやけるの?」
「四、五時間もあれば」
「いや、六時間は絶対だ」
ハルトマンが強い口調でベアの発言をさえぎった。
「食おうと思えば食えるが、芯が残るし、煮えるのが遅い。何より嵩が充分に膨らまないじゃないか」
「……詳しいな」
食えればいいベアはハルトマンを見た。
「これくらい常識だ。今から水に入れて昼に食べるなんて言うからおかしいと思ったんだ。豆を煮るなら、夜寝る前に水に入れて、朝調理するか、朝水に入れて夕方に調理するのがベストだ。行軍中は水が重いから本当は移動のない夜のうちにふやかしたいんだが、調理の時間がなあ。どうしても急ぐ場合は熱湯で戻すと早いが、味と食感がいまいちなんだよな。ついでに言わせてもらえれば、ふやかすときに一緒になんでもいいから香草を入れておくと豆くささが抜けて食べやすくなる」
どこの主婦だ。ベアはあきれたが、トーコは熱心にメモを取っている。ハルトマンの豆講義はいつまでたっても終わらず、とうとうベアはふたりに出発を促した。トーコがメモのたびに立ち止まってしまうので、移動中は豆の話は禁止にした。
「だんだん上り坂になってきたね」
トーコが息を弾ませながら言った。
「このあたりはまだ平坦なほうだ。森を抜けると一気に高度があがって山登りだ」
「高山病の心配は?」
「そこまでの高度じゃない。普通の速度で昇れば問題ない。寒冷だからむしろ寒さと雨への対策が……大丈夫か?」
「トーコから聞いている。冬入域の練習なんだってな。一応モリガエルの外套と冬用の行軍服で来ている。中も重ね着できるようにはしてきているが、吹雪に耐えられるほどじゃない」
「充分だ」
いざとなれば障壁魔法があるので、水に強いだけでなく、防風効果も高いモリガエルの装備があれば問題ない。高地の冷たい風は容赦なく体温を奪うのだ。
長い登りが堪えたのか、初日に比べてトーコはおとなしかった。息もあがりがちで、口数が少ない。ペースは落としても、そのぶん行程ははかどって、初日の遅れをほぼ取り戻すことができた。肉食の魔物とは二度ほど行き会ったが、身を潜めてやり過ごした。トーコにはほどよい休憩になり、遅い昼食の二時間後には森を抜けた。
「ユナグールにいるとどこまでも森が続いているような気がしていたが、意外にあっけなく抜けられるんだな」
「ここは比較的森が浅い。高原とそれをとりまく草地を抜けたらまた森だが」
「例の蜂の巣を採りにいくという森か」
「そうだ。向こうの森に行くときは高原地帯は迂回するが。草地を行くか、森を行くかは人それぞれだな」
「じゃあ、ここへもよく来るのか?」
「いや、俺は採集の用がなければこのあたりは基本的に森だ。そちらのほうが俺の獲物が多いんでね。こちらへはサンサネズの実を採りに、年に一度通るくらいだな。さて、陽が落ちる前に草原を突っ切って、ある程度登るぞ。草原には身を隠す場所が少ない」
「ここには何が出るんだ?」
トーコに喋る余裕がないので質問役はもっぱらハルトマンだ。気がついたら聞きたがりの生徒がふたりになっていた。勝手についていくから気にしないでくれと言ったその口で遠慮なく質問する。基本的に道中の安全に重点を置いた質問なのでトーコに聞かせるためにもベアは答えている。
「森に出る魔物と高原に出る魔物はわりと何でも出る。危険なのは森のチョウロウクロネコとヨツキバオオイノシシ。丈の高い草をかきわけていかなきゃならないから、お互いの姿が見えなくて難儀する。ヨツキバオオイノシシは鳴き声で判るが、忍び寄るチョウロウクロネコがやっかいだ。高原のほうはコウゲンオオカミだな。角ウサギを狩りに降りてくる。ここらの角ウサギはユナグール周辺に棲息しているのよりも一回り小さくて角が若干細長い。途中で見つけたら狩っていこう」
「草が凄いね。障壁魔法を使っちゃだめ?」
背が低く、そのぶん腕も短いトーコはかきわけるだけで一苦労だ。ベアがかき分けた後の草にさっきから何度も顔を叩かれている。
「体力が限界か?」
実はベアもひとりのときは障壁魔法でつっきっている。そのほうが音を立てないし、危険な草原を早く踏破できるからだ。
「……そこまでじゃないけど」
「俺が前を歩いたほうがいいか? 殿を任せていいなら前に出るぞ」
「意外に親切だな」
「は? 一番体力がなくて足の遅いやつに合わせるのは行軍の基本だろ」
「……なるほど。トーコ、自分とハルトマンのぶんだけ障壁を張れ。どうせもうすぐナガクサの群生地は抜ける。止まれ。ナガクサネズミの巣だ」
ベアは地上五十センチほどの草の固まりをふたりに示した。サッカーボールくらいの大きさで形も丸い。
「この巣はまだ新しい。越冬用だな。中に枯葉や草の実を溜め込んでいるのが見えるだろう。この越冬用の巣が高い年は降雪が多くなる」
「これは高いの?」
「普通だ。だが、ナガクサネズミはいくつも巣を作るから、後から高いところに作るかも知れんな。秋の初めだからまだなんともいえない」
「巣の中にいい物が入っていたりする? フタオリスみたいに」
「残念ながらそういう話は聞かない」
「入り口が大きいな。そのネズミも大きいのか」
ベアは両手でモルモットくらいの大きさを作った。
「このくらいだ。人を襲うことはまずない。チョウロウクロネコやコウゲンオオカミの獲物だな。特に角ウサギをまだうまく狩れないような幼獣が狙っているのを見るな」
「味は?」
「え、ネズミを食べるの?」
「ウサギだってネズミみたいなもんだろ」
「違うと思う……」
「それより、ウサギがいてネズミがいると、ヘビもいそうな気がするが」
「いるぞ」
「え!」
トーコの体力が回復してきたようなので、ベアは障壁を張って歩き出した。歩きながら話すために、三人まとめてだ。足を止めておしゃべりしている時間はない。
「オオアゴヘビ。角ウサギくらいなら丸飲みにする」
「そ、それってかなり大きいんじゃ」
「小さい」
「ベアさんの小さいはアテにならないもん」
「顎は大きいが、体長はせいぜい一.五メートルくらいだ。毒も牙もない。万が一のまれたところで人間なんぞ呑みきれん」
「そりゃ、ベアさんやハルトマンさんは大きいからいいけれど、わたしは危ないじゃない!」
ちょっと想像したくない。
ため息をついてトーコはベアと障壁を張るのを交代した。
「ほう、考えたな」
トーコの障壁は先端を船のように鋭角にして波ではなくナガクサを左右に流していく。変形のために魔力は余計に食うが、ナガクサを押し戻す力は少なくてすむ。そして上と後方は魔力節約のためかがら空きだ。
「どうせ張るなら上は空いたままでいいが、後ろは張っておけ。チョウロウクロネコは背後から忍び寄ることが多い」
「うん」
ナガクサの群生地を抜けて、今度は膝丈の草地を歩く。途中で役に立つ草の実についてベアの講義をうけたりしながら、ところどころに生えている木に寄って今夜の薪にする枝を集める。途中角ウサギを夕食用に一羽捕まえてそれはハルトマンがその場で処理して血抜きのために自分の荷にさかさまにくくりつけていた。トーコは水係に専念した。
野営地についたのは夕方に入ってからだった。草原を横切って岩だらけの急斜面を登り、切通しの下の平らな場所にベアは荷物を下ろした。すぐ下を水が流れていて、水も汲める。少しえぐれた崖壁に縄を張り、刈り取ったナガクサを吊るせば夜露くらいはしのげる。
「よくこんなところ見つけたな」
水場といい、平らで隠れやすい野営地といい、年に一回しか来ない割りに熟知している。コウゲンオオカミは火を避けるので、焚き火さえあれば暗くなってからでも比較的安全だ。たとえ近くまで来られたとしても、よく遠吠えするので、気付かないなどということにはならない。
トーコにハルトマンが手を貸して火を熾し、豆を煮て、肉を焼く。ヤネの葉はないが、ベアの手持ちの香草をまぶして焼いた。なかなか豪勢な夕食になった。
食事と休息をとって元気を取り戻したトーコは、昼間書きとめきれなかったメモを埋め、ベアはハルトマンがハガネフジの実のやけ具合を見ているのを眺めながら、際限のない質問に答えていた。この野営地で他人と一緒になるのは十数年ぶりだ。当時チームを組んでいた年嵩の仲間から今のトーコやハルトマンのように、水場や安全な寝場所を教えてもらったものだ。立場が逆になったけれど奇妙な、しかしどこか懐かしい既視感を感じた。