表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/56

第39話 溢れる魔物

薬種商をまわって完成した薬を買い取り、不足の薬草や薬入れを卸すうちに昼になった。社交的なトーコのおかげでちゃっかりそのうちの一軒で昼食を振る舞ってもらい、障壁の様子を見に行く。障壁の中に落ち込んでいる魔物を回収しながら、魔の領域を見おろす。草原をよこぎって人の領域に向かう魔物の姿が目につく。

「障壁の中にも水鳥以外の魔物が結構入ってる。これ、障壁のない場所から、もうかなり魔物が入ってきてるんじゃないのかなあ」

トーコは心配そうに言った。

「角ウサギやモリガエルがほとんどだけど、肉食の魔物もそこそこ落ちてる。ここなんか、東門から結構離れているのに」

「これだけじゃ本格的に溢れだしたと言っていいか分からん。南側まで終えたら、一度ギルドへ報告に戻ろう」

トーコから障壁魔法に落ちた主だった魔物とその数量メモを渡されたギルド職員は目を剥いた。

「水鳥は覚悟していたけれど、チョウロウクロネコ十八頭、ヨツキバオオイノシシ九頭、アシナガミズオオカミ二十二頭……これが全部人の領域に出ていたらいくら駆除しても追いつかないよ」

「もう出ているかもしれんぞ。国境全部に障壁を立てられるわけないんだ」

「分かっているよ。こっちもそのつもりで派遣の用意をしている。来年分の強制依頼の前借りか一時的な強制依頼回数上限撤廃もやむなしだ。その前に国から戦時令が出てほしいけどね」

「センジレイ?」

「戦争時の国からギルドへの協力要請さ。国の徴兵に応えるか、ギルドの招集に応じるか選ぶことになる。魔物相手に発動されるか知らんが」

端的に説明したベアは不安そうなトーコに付け足した。

「まあ、女にはあまり関係ない」

「でも、ベアさんには関係あるでしょ? ヘーゲル医師も」

「そんな心配しなくても、ヘーゲル医師は後方要員だし、俺も前線に立つような力はない。武器を持つことはまずない」

昨日の一件で、トーコのお守り役に認定された感はあるが。

「合同作戦本部に行くには少し時間が余るな」

昨日公都に送った伝令の迎えと、追加報告要員を運ぶことになっている。

「転移魔法で思い出した。少しでいいから、アムル村の様子を見に行きたいんだけど。シラー夫人がすごく心配してて。それに夏に預かった野菜も今のうちに返してあげたいし」

「まあ、そうだろうな。三十分で行って帰ってくるだけならいい」

「ベアさん、ありがとう!」

ベアとしてもユナグールの外の様子が知りたい。さっそく転移してシラー夫人の実家を訪ねる。

上空から見た村は一見なんの異常もなかった。しかし、家の窓は固く閉ざされ、誰もいない。

「留守か?」

「近くにはいないね」

ふたりはボードに乗って、村の中心地に向かった。

「ベアさん、ひとがたくさんいる。あそこは……神殿?」

重い鐘の音が鳴り響いた。ボードから降りたふたりの前で神殿の扉が開き、中からぞろぞろと村人が出てくる。みな黒い喪服をまとうか、腕に黒い喪章をつけている。

トーコははっとして足を止めた。誰かが死んだのだ。

女のすすり泣く声と、激しく嘆く声が二重奏になった。運び出される棺はふたつ。どちらも大人が入れないほど小さい。付き従う顔の中に、シラー夫人の家族やヨツキバオオイノシシに襲われた男の家族がいないのを確認してほっとすると同時に後ろめたい。

ベアが葬列に道をあけ、通り過ぎる棺にむかって頭を垂れたので、トーコも真似をした。と、トーコの袖を引く者がある。振り向くと、ヨツキバオオイノシシに襲われた男だった。

「怪我人がいる。助けてくれ」

男は言って、通りゆく葬列へ目をやった。

「何があった」

「魔物が出た。大きなオオカミのような魔物だ。学校から帰る途中の子どもが襲われて、ふたりが死んだ。首を折られて即死だったようだ」

トーコはぎゅっと胃が縮んだ気がした。死んだのは子ども。

逃げた子どもから話を聞いた大人が棒や農具を持って駆け付けた時には腹を食われた子どもの遺体ともうひとりの子どもの血痕が残されていた。

「村中総出で探したんだが、もうひとりの子はなかなか見つからなくて、今朝やっと農場の土手で見つけたんだ」

「魔物を探すなんて危険な真似を。アシナガミズオオカミかコウゲンオオカミか知らんが、ギルド構成員だってチームを組んだ狩人でもなければ相手をしない魔物だぞ」

男の案内でボードを飛ばし、一件の農家に到着した。勝手に開けて入る男に続いて入ったベアたちを、家の主人にむかってギルドの魔法使いだと紹介する。

「俺の腹も治してくれた名医だ」

「できることに限りはあるが、まずは子どもの傷を見せてくれ」

ベアは穏やかに訂正した。暖炉脇のベットでは小さな男の子が苦しげな息をしている。うわがけの外にでた腕には包帯が巻かれ、顔にも布が充てられていた。

「ちょっとごめんね。傷を見せて」

トーコが布を外すと目をそむけたくなるような爪の痕が無残に走っていた。腕のほうが傷は深いが、見た目のインパクトはそれ以上だ。

「これは、アシナガミズオオカミやコウゲンオオカミじゃないな。もっと大きい。いったい何に襲われたんだ? まさかハクギンオオカミか?」

「黒っぽい、大きな犬だと思ったんだけど……」

十歳くらいの少年がおずおずと言った。

「黒? じゃあ違うな。脛骨をひと噛みならチョウロウクロネコでもないし。他に覚えていることは?」

「耳も鼻も歯もとがってて怖かった」

「お、弟をおいて逃げちゃった」

少年の目からぽろぽろ涙があふれ、ベアは少年の肩に手を乗せた。

「それでいいんだ。ギルドの狩人だって、武器もなしに肉食の魔物と戦ったりしない。君が生き延びたおかげで、どうやって君の弟を助ければいいか教えてもらえる」

「で、でも弟は友達を助けようとしたんだ。鞄を投げて」

「……その時、魔物は口に何かをくわえていたか?」

「今朝見つかった弟の友達を……」

「それであの爪痕か。とするとやはりイヌ科の魔物のようだな。君がきちんと覚えていて、生きて情報を伝えてくれたおかげで魔物の検討がつきそうだ」

「そ、そうなの?」

「ああ。あとはギルドの領分だ。君は弟についていてやれ」

ベアはちらりと治療に取り掛かっているトーコを見やった。竜の血も使っていないし、落ち着いている。どうやらがっかりさせずにすみそうだ。

「ベアさん、こっちは終わった。解毒と消毒をかけてから治癒したの。傷は酷いけど、そんなに出血してないから休めば良くなると思う。ただ、怪我から発熱していて、今は魔法で下げているけれど、もしかしたらあとでまた熱があがるかも」

「傷自体は治ったか」

「うん、顔もきれいに治った」

「腕は? 腕は動くんですか?」

「問題ないよ。まだくっついたばかりだから、無理に重い物を持ったりしないほうがいいと思うけど」

家族が安堵してベットを取り囲んだ。

「ベアさん、魔物を探すの?」

「先に使者の送迎だ」

ベアは案内した男を振り返った。

「悪いが先約がある。この件についてはギルドに伝えるが、あんたたちも不用意にひとりで出歩くな。既に魔の領域から魔物があふれ始めている。その魔物を駆除したところで、安心はできない」

「魔物があふれる? どういう意味だ」

「悪いが時間がない。広場まで送る。話はその中で」

ベアはボードの中で、大雑把に大魔周期について説明した。動揺する男を人の集まっている村の広場まで送り届けて、質問攻めにあう前にユナグールへ転移する。

アムル村の被害をギルドに報告しても誰も驚かなかった。これからこんな例が増えるのはトーコにでも予測できる。

「その魔物の駆除に行くつもりか」

「乗り掛かった舟だ」

「勝手にユナグールを離れられるのは困る」

ギルド長がきっぱり言い、ベアは眉をひそめた。

「一日、二日離れたところで維持できないようなやわな障壁じゃない」

「不測の事態が起こらないとは限らない。君たちにはここにいてもらう」

ベアがはっきりと不快な顔をし、トーコははらはらした。

「代わりの狩人をアムル村に派遣できるか」

「しない。一匹二匹の魔物を追いかけても意味がない」

「そんな! 人を襲ってるんだよ! 子どもがふたり死んでるのに!」

「今は非常時だ。一週間探索して一匹魔物を駆除しても、その間に次の魔物が入り込む。いずれ根絶するにしても、今戦力をばらけさせるのは愚策だ」

「見捨てるの!? あ、ベアさん」

ベアが勢いよく身をひるがえしたので、トーコは慌てて後を追った。その口元が硬く引き結ばれているのに気が付き、トーコは心配になった。血管が浮き出るほど強く握りしめられた拳を思わず両手で包んだが、ベアは正面を見据えたままだった。

「先に仕事を済ませてしまおう」

「ベアさん」

「大丈夫だ。ギルド長が正しい。アムル村は別の方法を考える」

「う、うん……」

トーコの気持ちとしてはベアのように物わかりよくなれないが、ベアにそういう風に言われてしまうと、ギルド長に腹を立て続けるのも難しい。シラー夫人を安心させるどころか、心配させる話だけ持ち帰らねばならないのも気が重い。

転移魔法で公都に運んだのは、国境警備隊長、町長、ギルド長の三者だった。最初からそのつもりで昨日の使者は先ぶれだったらしい。出迎えたのは、昨日使者として送ったハルトマンだった。場所が彼の次兄の屋敷の階段なので、当然の人選だ。

三組織の長は先に送っていた使者と打ち合わせして、その後、共に偉い人に会いに行くらしい。それらの調整兼連絡はハルトマンの次兄が担当しているらしく、手際よく現在の状況を説明した。バルク公国の政治機構がさっぱりのトーコにはかろうじて、大公に直接会うのではなく、政治を牛耳っている位の高い貴族たちに会うらしいとだけ分かった。

子どもの使いじゃないので、ギルド長たちはすぐにユナグールに戻れるわけではない。そこでの報告や国の対応をユナグールに持ち帰るのは先に送っていた使者たちで、それまでベアとトーコは暇になる。

「アムル村へ転移しろ」

解放されたベアはさっそくトーコに指示した。ヨツキバオオイノシシに襲われた男を訪ねる。

「昨日の魔物の件だが、ギルドも狩人を派遣する余裕がない。俺たちも探すが時間があまりないし、これからも侵入が続く可能性が高い。だから、取り敢えず逃げ込める避難所を村の広場にでも作ろうと思う。といっても、やったことがないんで、ここで実験させてもらいたい」

「実験?」

「見たほうが早い。トーコ」

「うん」

トーコは男の家を中心に、半径五百メートルほどの円柱形に障壁を張った。いつもの障壁だと風通しが悪いので、格子状にしてみる。

「目が粗いからネズミくらいなら通っちゃうけど、大型の肉食魔物は防げるよ」

「牢獄みたいだな」

ベアが呟いた。トーコも首をかしげる。

「色が灰色だから? 白くしてみようか? どう?」

「まあ、ましか」

「障壁部分をもっと細く、目を細かくして網っぽいかんじにする? ただ、あまり細かくすると雪が降った時に詰まりそうな気がする」

ベアと男の見ている前で障壁が変化して蜂の巣のようになる。格子よりもハニカム構造のほうが障壁魔法自体にかかる魔力は減らせる。

「そうだな。出入り口はどうした」

「いつものスライド式。道と接しているところには作ったけれど、他にもいくつか作っておいた方がいいと思う。大きさも人が通れればいいのか、馬車が出入りできなきゃいけないのかで違うと思うし」

男と一緒にボードで障壁内を一周し、適宜出入り口を増やしていく。ベアが障壁魔法に手を出し入れして大きさを確認する

「外からも手をつっこんで掛け金を外して入れる。うっかり開けたままにしないように気を付けろ」

「問題は雪が降った時か」

「網目が詰まらないようにもう少し大きくする? それとも細くする?」

「むしろ、積もった雪でドアが動かなくなる危険が」

「地面の高さも変わるな」

「あそっか。ドア周りは網じゃなくて、ただの板のほうがいいね。高さは……近くに高さを変えて入り口を三つくらい作る? それともドアを大きくして、梯子を壁につける?」

「坂を障壁の内外に作って、そこだけ雪かきすれば通れるようにしたらどうだ。それなら雪があってもなくても関係ないし、家畜も通れる」

「いいね!」

結局、納得のいく試作品ができるまでに一時間以上かかった。基本設計ができたので、村長と神殿に話を通して、神殿を中心に同様の障壁を展開して固定する。

「どうして、広場じゃなくて神殿を真ん中にしたの?」

設置を終えて、シラー夫人の実家に向かうボードのなかでトーコは訊ねた。広場の周りにはお店もあるし、村のあちこちへ向かう道も集約されている。信仰の問題かな、と思ったが、トーコの周りには敬虔な信徒がいないのでよく分からない。

「村で一番大きい石造りの建物で、大人数が収容できるうえに、煮炊きする炊き出し用の道具もそろっている」

「……」

すごく現実的な理由だった。

学校が障壁の中に入るように頑張ったので、大きな障壁の中には酒場も鍛冶屋も万屋もある。寝る場所さえ何とかなれば、村人全員を収容することは可能だ。実際には中心部から離れた農地に住んでいる人のほうが多いので、非常時だけ逃げ込むことになるだろうが。

「ベアさん、魔物がいる」

「ものは」

「オオミミヤマイヌ」

「駆除しろ。子どもたちを襲ったのはそいつかもしれんな。こんな南の方に出てくるとは、森の獲物が少なくなってきたのか」

「今年は肉食魔物も増えたからライバル多そうだしね」

トーコの手元に採集玉が戻ってきてオオミミヤマイヌをふたりの前に吐き出した。ベアはまだ温かい死骸の足をひっくり返した。

「爪痕からいってもこいつの可能性が高いな。何頭も入り込んでいるかもしれんが」

シラー夫人の実家に障壁を巡らせる間に聞いたところでは、子どもたちが魔物に襲われて、村人、特に子どもを持つ女たちの間で動揺が広がっているという。

「それは、そうだろうねえ」

「学校をやめさせる家も出てくるだろうな」

農家の子どもが学校に通うとなると農閑期の今だが、どうしても人気のない野原や牧場をつっきっての登校になる。オオミミヤマイヌ一頭仕留めたところで、もう大丈夫と言えないのが辛いところだ。

トーコが障壁を張ったり、夏の間に預かっていた野菜などを出している間、ベアは大魔周期と現在の状況について説明した。シラー夫人の父親と弟は渋い顔はしたが、慌てふためいてはいなかった。

「クマやイノシシに対するのと同じ対応でいいのかい」

「基本的には同じだ。肉食の魔物は血の臭いに引き寄せられるから、それは気をつけておくといい。何かの大群が来たら、過ぎ去るまで家の中に隠れていることだ」

ベアとしてもたいしたアドバイスができるわけではない。アムル村での用を済ませてハルトマンの次兄の屋敷に戻っても、伝令が戻る用意は整っていなかった。ベアが調達してくれた材木から膏薬入れを転移魔法で切り出していると、ハルトマンがやってきた。

「こんな場所でやるなよ」

「お家の中じゃ狭いもん」

ふたりが作業しているのは屋敷の屋根の上である。頭上に丸太から取り出した軟膏入を並べて、ベアが受け取ってきた説明書を側面に焼き付けているところだった。

「ベアさん、三百個終わった」

「次はこれだ」

屋根に上ってきたハルトマンのあきれた視線を無視して師弟は作業を続ける。ベアが障壁魔法で作った試作品の中からひとつを示す。

「容器の形はこの二種類。大きいのは百、小さいのは五百個、蓋の屋号と薬の名は四番のがいいそうだ。説明書きはこれ。文字数が多いが大丈夫か」

「五百ミリリットルのは容器が大きいから大丈夫。百ミリリットルのは板を紐で結び付けるね」

「器用なことをやってんな」

空に浮いたひとつをとり、ハルトマンは眺めた。説明書きを読んで、

「よさそうな薬だな。ギルドのか」

「いや、私物だ。いざとなったら売りつけるつもりでいるが」

「ほう。価格は」

ハルトマンが興味を示したので、トーコは価格表を渡した。そこに記載されているのは薬種商と折り合った基本価格で、これに原材料調達が難しい時などは追加発注分は上乗せされる。

「それに、おれたちの手数料を加えてだいたい一番右にある価格になるな」

「高いぞ」

「市価だ。こんな時期外れに薬を作れるだけありがたいと思ってくれ」

ハルトマンは顔をしかめた。

「他にどんな薬があるんだ」

トーコはこれまで作った薬容器をハルトマンに見せた。効能の高いものに絞っているのでそんなに種類はない。ベアの説明を聞きながら、うなっていたが、予算の都合上断念した。

「よくこんな値の薬を集めるな」

「材料持ち込みだからな」

「ユナグール周辺の草原で採れるものはあるか?」

「ほとんどない。昔は採れたものも、効果が高くて高値で売れるものはすぐに採りつくされてなくなる」

「道理だな。栽培できればいいんだが」

「そういう話は聞かないな」

「できない理由があるのか?」

「さあ。考えたこともなかった。興味があるならユナグール大学の薬効植物が専門の研究員を紹介するぞ」

「このごたごたが終わってからだな」

ハルトマンは肩をすくめた。

「ベアさん、終わった。次は?」

「次は……」

「さっきから気になってるんだが、それはなんだ」

ベアが膏薬入れの見本を出すとハルトマンが訊ねた。

「ガラスにしちゃ、いやに軽そうだな」

「ただの障壁魔法だ。容器の形を決めてもらう参考にトーコが作った」

「ああ、前に椅子やらスプーンやら作ったあれか」

容器をもてあそびながら、ハルトマンはふと考え込む表情になった。

「これはどんな形でもできるのか?」

「構造が分かれば、だいたいは」

「服は作れるか?」

「服? 板切れ状の障壁をつないで服の形にはできるが、布のように動かないから着心地云々以前にろくに腕も足も曲がらない代物になる。柔らかい物には向かない。鎧にでもするつもりだったか」

「ああ」

「金属製鎧のパーツを作ってそれを鎧職人がつなぎ合わせるようになら、できなくはないが、魔力が切れれば消えるし、維持しようとしたら結晶石も魔力も必要だぞ。現実的じゃない」

「では、武器のほうはどうだ」

「形だけなら可能だが、重さが全くない。それで使い物になるのか」

「とり回しは楽だろうが、飛ばすのは無理があるか……」

せっせと作業していたトーコが小首を傾げた。

「槍を投げるの?」

「大型弩の矢だ。空からの侵入が一番課題なんだが、これがいつまで続くか分からん以上、矢を無制限に使うわけにもいかん。追加分が来ても、足りるかどうかもわからん。矢のない大型弩なんぞ無用の長物だ。射程を外れたものはギルドの魔法使いに任せるとしても、城壁近くくらいはうちで防御できないと」

頭が痛い、とぼやく。

「障壁魔法の中を空洞にして水を入れたらどうかな」

「水?」

トーコは以前見た大型弩の矢の形に障壁魔法を変形させた。できる限り薄くして内部に水を生成する。ハルトマンは手に取って上げ下げしてみた。

「全体の重さはまあまあだが、もっと先端を重くできないか?」

「先の方だけ、粉鉄とかを詰めれば重くはなるかもね」

「お前の魔法でなんとかできる範囲だと?」

「内部に仕切りを作って、後ろの方に水を入れないってやり方ならできるけど」

「全部水でも軽い気がするのに、更に抜くのか。一度持って帰って試射してみるしかないな。ベア、いいか」

「試射するだけならいいが、実際の提供は約束しかねる」

「ベアさん?」

トーコは驚いでベアを見上げた。ハルトマンは眉ひとつ動かさなかった。

「理由は」

「ギルドが国境警備隊に武器を供与したと思われるのは困る。今後あてにされるのも困る。もっと言うなら、渡したものを他で使うのは絶対にやめてもらいたい」

「誓約書でも書くか?」

「トーコの矢を提供するのであれば用意してもらう」

「ベアさん、どうして?」

トーコは困惑してベアのローブを引っ張った。これまでにもハルトマンには色々魔法や物資を融通しているが、ベアがこんなことを言うのは初めてだ。

やれやれ、という顔をしたのはハルトマンのほうだった。

「弟子がこれだと苦労するな」

「え、なに。どういう意味?」

「前にパウア先生を訪ねた時に教えてやったことを、もう忘れたのか。このままだとお前、いいように国に使われるぞ」

「徴兵の話? わたしには関係ないんじゃ」

「大公からギルドに要請があったら、ギルドはお前じゃなくてギルドの立場を優先するぞ。話がギルドとユナグールを出ればベアが守ってやるのも限界がある。これまでのようにはいかない」

ハルトマンの口調はいつもの軽口とは全く違う声音だった。彼の言うことを芯まで理解できたわけではないが、不穏な響きを感じてトーコは不安になった。

「ハルトマン、そこまでにしておいてくれ」

「じゃあ最後にひとつだけ言わせろ。トーコ、お前の魔法は大したものだ。軍からしたら、喉から手が出るほど欲しい」

トーコは目を丸くした。魔法についてハルトマンから鉄拳制裁を食らうことはあっても、こんな手放しに誉められたことがあっただろうか。

「ハルトマンさん、どうしちゃったの?」

「俺が大公なら、何が何でもギルドから引き抜いて直下に置く。これがどういう意味か分かるか?」

「ううん」

「他国に取られると脅威だってことだ。バルクの人間じゃない、という発言は絶対にするな。その時から全力でお前を殺そうとする勢力が出てくる。お前の周囲の人間が巻き添えになる」

トーコは顔を引きつらせた。

「考え過ぎじゃないかな」

「考えが足りないのはお前のほうだ。物資を無制限・無期限で携帯。軍隊丸ごと任意の場所に転移。武器の精製は無限。即死者以外の負傷者もすぐに戦線に復帰。どれか一つだけでも怖いのに、魔力さえ確保できればお前ひとりで勝利確定の戦争が起こせるな」

トーコは唖然として声が出ない。

「そ、そんなことしないよ!」

「実際にできるだけの能力があることが問題だ。自分の価値を自覚しろ」

ショックを受けているトーコを置いて、ハルトマンは屋根から降りてしまった。

「ベアさん……」

「ハルトマンの言う通りだな」

頼まれたら何でもほいほい受けてしまうトーコに危惧を覚えて一年かけて「断る」「代価を要求する」ということを覚えさせたベアだが、周囲の状況は予想を上回る速度で流れていく。国家レベルの駆け引きはベアの想像外だ。

ベアはただ、トーコの作った武器が自分たちのあずかり知らぬ場所で、主に対人に使用されることを心配しただけだ。無用の殺生は彼女の望むところではない。守るためであっても、武器は相手を傷つけ殺すためにある。この騒動が収まったあとで、余った武器が勝手に使われて人を殺したら、トーコは深く傷つくだろう。

その程度の浅い考えだった。ハルトマンの視点はベアより一段も二段も上だ。今日、思い切ったことを言ったのも、ここが余人に盗み聞きされない場所だからだろう。

「ほ、ほんとにヘーゲル医師やベアさんに迷惑になるようなことになっちゃう?」

「そんなに深刻になるな。だが、ハルトマンの言ったことは覚えておこう。世の中、短絡的な人間がひとりふたりはいるものだ」

トーコが動揺しているので、ベアはなるべく温和な表現を用いたが、トーコはまだ不安そうだった。


戻りは監察官を伴っての移動になった。こういう時、ギルドには対応できるような人材がいないので、ハルトマンが説明している。トーコの障壁から漏れた魔物の駆除に動かせるのは州軍まで。国軍を動かすと諸外国を刺激しかねないので慎重になっているようだ。

ベアは飛来する魔物の多さに眉をひそめた。国境警備隊も弓兵や対空武器で応戦するが、範囲が広いのでカバーしきれない。打ち漏らしはギルドの魔法使いが対処しているが、群で来られるとすべては狩れない。城壁の範囲外ではもっと魔物が通り抜けているだろう。

東門前には魔物の死骸が山積になっている。この血臭でなるべくこちらに引き寄せようとしているのだが、その数は増える一方で一向に減る様子がない。地上でも森から現れて草原を横切る種々雑多な魔物がかつての角ウサギのような密度で迫ってくる。壁に向かってくれればそこに貼った障壁に落ち込むのだが、東門前の魔物の死骸に群がる肉食獣も多い。

あまり死骸を放置しても不衛生なので、キースリング青年が集められた死骸を群がる魔物ごと定期的に焼き払っている。

角笛が鳴った。ハルトマンは説明を中断して東の空に魔物を探した。森の梢を掠めるように飛来する巨鳥の群。

「トーコ、ここにいる者だけでいい。アムル村のと同じ障壁を。色はいらない」

「駆除は?」

「当番に任せろ」

音声拡張魔法から流れるギルドの指揮役の声が、移動と対応を魔法使いたちに伝達する。トーコの探査魔法は城壁上に散っていた魔法使いたちが、中央やや南よりに移動するのを感知した。指揮役が名指しで魔法を打つ順番とタイミングを告げる。

火炎や突風などの範囲の広い魔法が一斉に飛び、打ち漏らしを国境警備隊の矢と対単体用の魔法で仕留めていく。大方はそれで駆除できたが、一部が町に侵入する。背後で鐘の音が響く。あちこちの鐘楼から飛び立った魔法使いが魔鳥を追いかける。

「ベアさん、三羽手が回らなそう」

「仕留めろ」

「やったよ」

トーコの仕留めたクロオチョウが手元に飛んでくる。

「これはクロオチョウ。本来は一羽入り込んだだけでも大騒ぎになるほど人や家畜も襲う食欲旺盛な魔物です。ここまで大きな群れは作らないのですが、このところ様子が違います」

「魔法使いはギルド所属だけか」

「そうです。国境警備隊に魔法使いは配属されておりません」

自身魔法使いであるハルトマンはしれっと言った。彼は自分を魔法使いだと思っていない。

「昼の間だけ、ギルドの魔法使いを二交代で配備しています」

「夜間は?」

「魔法も弓矢も相手を視認できなくては、狙いがつけられませんので、夜間に飛行する魔物に対しては現状打つ手なしです。ユナグールが国境を塞いでいる部分のうち、中央部分はまだ対処できていますが、他から侵入した魔物が相当数あり、被害も出ています」

ハルトマンの視線を受けて、ギルド職員が前に出た。

「今日寄せられた駆除依頼は八件。ギルドの狩人を向かわせていますが、おそらく焼け石に水でしょう。入り込んだ魔物を一匹ずつ追いかけていたのでは、すぐに駆除能力が追い付かなくなります」

監察官は長居をしなかった。聞くべきことを聞き、見るべきものを見るとすぐに帰還した。

「トーコ、明日は学校に行っていいぞ。ただ、転移魔法を要請されたら来てもらわなくてはならんが」

「いいの?」

待機とはいえやることがないわけではない。薬の取引やそれに関連する雑事が山とある。

「どのみち、俺たちは待機だ。居場所だけはっきりさせておけばいい。あまり学校を休むと授業についていけなくなるんだろう?」

「ベアさん、ありがとう」


登校するとすぐに校長室に呼び出された。校長は当然ながら町の安全について知りたがった。

「ギルドも国境警備隊も厳戒態勢を敷いてるから、城壁内はかなり安全だと思う。……ます」

「しゃべりやすい言葉で話しなさい」

「国境警備隊では城壁上に設置する対空武器を新たに配備して、ギルドも攻撃魔法が得意な魔法使いを城壁に十人以上張り付かせて駆除にあたってる。むしろ、ユナグール外に侵入した魔物の駆除が懸案だって。街道を優先して駆除しているけれど、ギルドだけじゃとても追いつかないの」

「町の中にいれば安全なんだね」

「城壁の外よりは安全だと思うけれど、この間のバッタみたいな小さい魔物の大群が来たら、対処しきれない。最近では見たことのない魔物も現れるから、油断できないし」

翼あるサルの魔物もちらほら現れる。国境警備隊はトラウマになったようで、最優先で排除している。

「新年を挟んだ冬休み、生徒たちを親元に返すのはどうするか……」

「大型の肉食魔物がかなり入り込んでいるから、護衛を雇って集団で動くのじゃないと危ないと思うよ。二百羽のクロオチョウの群がどこに行っちゃったかも分かってない状況だもの、集団でも危険はあるよ。単独移動は絶対にやめた方がいいと思う」

「親へ手紙をやらせて、迎えにこれるものだけ返すか……」

校長室を辞すときまで、校長は難しい顔で考え込んでいた。


教室へ行くと、始業前ぎりぎりだったにも関わらず生徒に囲まれた。寮と学校の往復だけで情報の入ってこない寮生は自宅通学生を通じてしか状況が分からない。その自宅通学生たちも聞きかじりのうわさ程度でしか知らない。

「軍が大規模な掃討作戦をするってほんと?」

「知らない。第一掃討って、どこをどう掃討するの? もうすでに国中のあっちこっちに魔物が入り込んでいるし、まだ入ってきてるんだもの、一部だけやっても意味ないよ」

「人食い魔物の大群が入って来たってほんと?」

「クロオチョウのことかな? 千羽の大群が入ってきて、大方は駆除したけれど、まだ二百羽くらいがどこに行ったか分からない」

「ギルドは何やってるんだよ」

「現役で活動しているギルド構成員は二千人。そのうち狩人は半分以下。全員が単独行動しても空飛ぶ相手を探して動き回るのは現実的じゃないよ。ユナグールの城壁で入り込む魔物の数を減らすのと、ユナグール近くの街道の魔物の駆除で手いっぱい。国境警備隊も同じだね」

「街道にもそんなに魔物が出ているの?」

「街道に出るというより、国中に入ってきてるから優先的に安全を確保する場所を決めているってこと。こういう状況で他の都市と連絡が取れなくなったら困るでしょ?」

「うち、田舎なんだけど、ユナグールからそんなに離れてないんだ。大丈夫かなあ」

ひとりの生徒が心配そうに言う。

「どのくらいの距離?」

「馬車で一日ちょっとってとこ」

「クロオチョウにはひとっ飛びの距離だね。武器を持たない単独での外出はお勧めしない」

「実際、どのくらいの魔物が入り込んでるんだ?」

「数えようもない。国境警備隊とギルドがユナグールで駆除しているだけでも毎日何百って数なんだよ。小さいのも合わせての数だけど。コウモリなかひと群だけで数百になるしね」

ほとんどはトーコの障壁に呑み込まれているが、それでも相当な数が毎日人の領域に押し寄せているのだ。

「それ、全部駆除できるのか……?」

「分からない。いつまでも魔物の流入が続くわけじゃないけど、いつ終わるのかなんて誰にも分からないんだから。全部駆除するには年単位の時間が必要だよ」

生徒たちが息を呑む。

「こんな状況が何年も!?」

一斉に詰め寄られてトーコは肩をすくめた。あまり心配させすぎただろうか。

「前の時はそうだった。わたしたちは恵まれている。昔のひとが経験したことをきちんと記録に残してくれたから、今何が起こっていて、少なくともこれに終わりがあることが分かってる。だから、今何をやらなきゃいけないのか、この先のために何を準備しておく必要があるのか分かっているんだから」

トーコは言って生徒たちを見渡した。

「バッタのときは出遅れたけど、そのあと魔物の群が町になだれ込むようなことは起こってないでしょ? 国境警備隊とギルドが城壁で食い止めているんだよ。国境警備隊にもギルドにも無能な怠け者はいないから、それだけは安心していいよ」

言いながら、本当にその通りだと思う。ギルド長も国境警備隊の補給を担うハルトマンもまだ確証のない段階から準備だけはしていた。今、ギルドの魔法使いが落ち着いて防衛に専念できるのは温存している予備魔力があるからだ。余力はすなわち余裕だ。

国境警備隊も新配備の大型弩の矢が間に合っていないものの、糧食に関してはハルトマンはきっちり確保している。限りある資金の中でよくやったと思う。

「トーコは今日はその格好で授業を受けるの?」

カレルが訊ねた。今日のトーコはいつもの入域スタイルだ。綿入れやローブまでは羽織ってないが、ベルトにはポーチも下がっている。

「うん、いつ招集があるか分からないから、当面この恰好。スカートじゃ空飛ぶのに支障があるもん。教室の窓から出入りするのはダメってシェール先生に言われたけれど」

また非行型の魔物の大群が来るようなことがあって、当番だけで対応しきれないときは街中のギルド構成員に即時掃討指示が出る。

「ああ、いきなり窓から飛んでったときはびっくりしたもんな」

「急いでいたんだもん」

「だからって女の子が窓はないよなあ」

「非常時だったんだってば!」

男の子たちが運動の授業に移動したあと、トーコはシュミット教師の教室にヘレナを訪ねた。

「ヘレナ、これ貸してあげる」

「封筒?」

「緊急用の避難所だよ。空間拡張と吸い込みの魔法がかかっているから扱いには気を付けて」

「魔法道具なの?」

「そう。逆さまにしてみて」

「透明な箱? 白い面と黒い面がひとつずつあるけれど」

「白い部分が出入り口。黒い面を下に立てて、白い面の取っ手をひくを開く」

「まさか、この中に入れっていうんじゃないわよね。狭いわよ」

「大丈夫。中も空間拡張しているから」

トーコはヘレナを連れて中に入り、内側から扉をロックする方法を教えた。入り口をくぐるには身をかがめる必要があるけれど、中では背を伸ばせる。せいぜい畳二枚分の広さだが、ヘレナと一緒に登下校しているヴォルフとエンケが入っても充分な広さ。怪我人が出ても、ふたりくらいなら横になれる。三人で夜明かしするとなるとちょっと窮屈だが。

「登下校中に魔物の群が町に入り込んでくるようなことがあったら、近くのお家に入れてもらうのがいいと思うけれど、間に合わなかったときなんかに使って」

「なんだか、すぐ壊れそう……」

「竜が踏んでも壊れないし、きっちり入り口を閉めておけば火竜の火だって防ぐよ。ただ、狭い空間に大人数で籠ってると息苦しくなるから、それだけ気を付けて。中で火を焚くのはやめた方がいいよ」

「そこまで馬鹿じゃないわ。この取っ手みたいなのは何?」

「外から蹴っ飛ばされたりして箱の向きが変わって、入り口が上になっちゃったときに使う用」

「壊れないんじゃなかったの!?」

「壊れないけど、軽いから動かすのは簡単」

「大丈夫なの、これ」

懐疑的なまなざしを向けつつも、ヘレナは携帯避難所を受け取ってくれた。

これでベアに許可を貰ったトーコの知り合いへの携帯避難所の配布は完了だ。学校を出てあちこち寄り道してギルドへ行くと、ギルド前の広場が騒然としていた。

「何があったの?」

ギルド入り口の階段で休憩しているベアを見つけて訊ねると、渋い顔が返ってきた。北側の障壁から中身の回収にかかりながら理由を話してくれた。

「掃討作戦が決まった。州軍が出てくる」

「どこでやるの? ユナグールの東門じゃないよね?」

「東門前だ」

「えっ、それ意味あるの?」

トーコはびっくりした。東門に集まってくる魔物は追いやれば勝手に障壁に落ちて捕獲される。わざわざ危険な戦闘を行うなら、ここではなく、ユナグールで食い止められなかった魔物が入り込んだ場所でやるなら分かるが。

「ユナグール南方の湿地からミズトカゲの大群が現れた」

<深い森>の南に広がる湿地は人の領域の湿地とつながっている。目に見えない国境によって隔てられている両地域だが、溢れた魔物が人の領域の湿地を越えて上陸したらしい。

「ミズトカゲの革って火に強くて、消防隊の制服につかってるよね」

先日のオオアゴバッタ侵入騒動の時に見た。

「戦場でよく使われる火矢の魔法くらいなら防ぐから軍の鎧の材料によく使う。<深い森>では火の魔法を使う魔物が少ないからあまり需要はないが、北のほうのギルドでは流通しているらしい。たしか罠猟で獲るんだったか。乱獲で生息数が減っているって聞いたが、村ひとつ壊滅したそうだ」

トーコは驚きに目をみはった。

「壊滅!?」

「馬で逃げた村人が近隣の町に助けを求めて発覚した。駆除に出た軍も数が多すぎて村に近づくこともできないそうだ。おそらくひとも家畜も食われただろうという話だ」

トーコはぞっとした。

「鎧にもなるミズトカゲだ。背の鱗は固くて矢程度じゃびくともしない。火の魔法に耐性も高いから、先ほどイェーガーのところの女魔法使いと狩人が三チーム掩護に出た。軍の被害も甚大らしい」

「ミズトカゲって大きいもんね」

クロコダイルのような大型ワニほどじゃないが、体長一メートルはある。

「気温の低い朝方にひっくり返して、腹側から槍で突けばいいんだが、普段から湿地を縄張りにしているギルド構成員でもなけりゃ囲まれて冷静に対処するのは難しいだろうな」

「本当にあちこちから溢れてきているんだね」

「予想の内だ。そういうわけで、俺たちはこの後南の湿地帯の境界に障壁を立てにいく」

「水の中にたてるのなら、空間拡張タイプの障壁だとすぐ水でいっぱいになっちゃうから、ただの壁型の障壁?」

「水中は網状で、その上は空間拡張を施せないか? 障壁部分で水中からあぶれた分だけでも回収できればいい」

「それならできそう。水位はあまり変わらないことを前提でいいのかな」

「三か月それで様子見だな。障壁でこれ以上の流入を防ぐとは言っても、全部には無理だ。そこで東門での掃討作戦だ」

「血の臭いで魔物を引き付けるって言っても、障壁は三十キロあるんだよ。どのみち障壁に入る魔物しか集まらないと思うけれどなあ」

「今回主に参加するのは国境警備隊と州軍だ。ギルドは完全に遊撃に回る。目的は州軍の訓練だ」

「訓練!? そんなことしてる場合じゃ」

「実際魔物との戦闘訓練なんか積まないからな。どの魔物が危険で、優先順位が高いかも分からんだろう。今回参加するのは地元のカウン州の軍じゃない。北に隣接するケンプテン州と南のロッサウ州だ。ここである程度経験を積んでから、国内に侵入した魔物の駆除に回されるんだろう」

「でも、ここで戦闘なんかやったらあっという間に魔物が集まってきて、危険だよ? 国内のあちこちに散ってるのとは訳が違うんじゃない?」

「軍のことにギルドは口出しできない。実際、ミズトカゲのようなことも起こっているしな」

提案にハルトマンが一枚噛んでいるのは確実だと思いながら、訊ねる。

「トーコ、お前は治癒係だ。断るか?」

「断れないよう。いかにも怪我人がいっぱい出そうじゃない」

「まあ、半分はお前の即時治癒をあてにした荒修行だからな」

「わたし、あてにされてるの!? お腹痛くなってきた……」

トーコは情けない顔で背中を丸めて両腕で腹を抱えた。

障壁の中身を回収を最南端まで終えたら、湿地の中に向かって延長だ。十キロほど建て増ししても湿原の終わりはまだ見えない。境は探査魔法で植生から分けられるが、だいぶ魔の領域の生き物が入り込んでいる。ミズトカゲもおり、鋭い歯がずらりと並ぶ長い口吻、固い背中は間違っても手ぶらで出会いたくない魔物だ。

障壁をたてながら探査魔法にひっかかった範囲の魔物をベアの指示で駆除する。上陸の可能性のあるものだけに絞って駆除したのに、報告を兼ねてそのままギルドに持ち込むとその数に嫌な顔をされる。

「ミズトカゲ、オオヌマヘビ、カオリカワウソ……結構あるな」

「水深のある場所だからカオリカワウソは少ないけどね」

「それでも一時間で十頭か。確かカオリカワウソは依頼が出てたな。あとはいらないよ」

「また? そう言われてずっと障壁に入り込んだ魔物も駆除したのも引き取ってもらえてないんだけど。駆除した魔物は一律にキロいくらで引き取ってくれるってお知らせが出たじゃない。あれは嘘なの?」

「そうでなくとも、これはギルドに依頼された調査の報告資料だ。受け取れ」

ベアが強い口調で言った。

「数も分かってるし、報告は紙で充分。あ、忘れてたけど、はいこれギルド長から」

詰め寄ったベアの鼻先に元狩人のギルド職員は一枚の紙を突き付けた。透かしの入った立派な用紙の右下には大らかな筆跡の署名。

「特別許可証? なんの許可?」

背伸びして横からのぞき込んだトーコにはタイトルしか見えない。

「去年の角ウサギ掃討作戦の時にも出たのだよ。作戦参加者は好きに角ウサギを持って帰っていいってやつ。これはそれの個人版」

「個人版?」

「ベアが早急にダイコクチョウの処分をしたいと言うから、ギルド長も君の貢献に感謝しての特別措置だ。感謝してくれていいぞ」

「俺は血凝りを作るのに、ギルドの手続きは後回しにさせてほしいと相談しただけだ。曲解にもほどがある」

「ギルドにとっても君にとっても、いい案じゃないか」

「こんなの個人で処分できるか」

「いや、もうギルドは君たちの獲物には関知しないから。頑張って自分で売りさばいてくれ」

ことここに至って、トーコも理解した。去年の角ウサギと同じってことは……。

「まさか、ギルドは処分を手伝ってくれないってこと!? ギルドの依頼でやってるのに!? おかしいでしょ、それ!」

「いやいや、おかしくない」

「何のための魔の領域への入域管理ギルドなの? 魔の領域の産物の売買はギルドが取り仕切るって一番最初に聞いたよ!?」

「うん、だから数量報告だけくれ。紙切れ一枚でいいからね」

ギルド職員は紙切れ一枚、にアクセントをおいて念を押した。

「俺たちがごまかさないとも限らんぞ。ちゃんと自分たちで数え直したほうが良くはないか」

「そんな人員も場所もない。第一ごまかすことになんのメリットがあるんだい」

言い返されてベアは言葉に詰まる。焦るあまり、よく考えずに言っただけだ。代わりにトーコが攻勢に出た。

「冗談じゃないよう! 去年のバラバラ角ウサギだって、水脈を汚さないように、無理なく土に返るように埋めるのにどんだけ気を使っていると思ってるの! 一年たってもまだ終わらないんだから!」

「え、そんなことしてたの? 真面目だなあ」

「オオアゴバッタは何十トンもあるし、ダイコクチョウだってまだ何百羽も! 障壁の中の魔物なんて毎日どれだけあると思ってんの!」

「ちなみに許可証の対象は君たちの懐にいったん収まった魔物すべてだから。他の人に押し付けても引き取らないから、そのつもりで。更にいうなら魔物じゃない薬草なんかは対象外だから、ちゃんとギルドを通すように」

「こんなものは破棄だ!」

許可証を両手で握りつぶす勢いでベアが声をあげた。勢いよく破り捨てる。

「破り捨てても発令は有効だから。はい、予備の許可証。さすがギルド長、ベアの行動をよく読んでるよねえ。もう一度破られないよう、これはトーコに渡しておくよ。あとで直接取引するときにないと不便だろ?」

「ギルド長はどこだ!」

ベアが珍しく声を荒げているので、トーコはびっくりした。その隙に許可証を押し付けられてしまった。

「あいつ、姑息な嫌がらせを!」

「君たちがギルドにおしつけようと虎視眈々伺ってるのも充分、嫌がらせだから。あ、十年くらいして値が落ち着いたら、その時はまた持ち込んでくれてもいいけれど」

「明らかにゴミのほうが多いんだけど! 十年も不良在庫を抱えてるなんて嫌だよう!」

「ギルドは忙しいんだ、さあ散った散った」

ギルドから追い出されたふたりは顔を見合わせた。ベアは憤然と、トーコは途方に暮れて。

「ベアさん、どうするの……?」

「以後いっさい障壁の延長はなしだ! 誰がなんと言おうとやらん!」

「……ベアさん、この発効日、けっこう前なんだけど」

許可証を眺めてトーコが言った。

「血凝りの相談をした日じゃないか。俺たちが障壁の延長と魔物の回収をしぶると思ってわざとすぐに見せなかったな!」

「魔物、とりあえずパウア先生のところに持っていく?」

「そうだな、それで誰か研究している知り合いを紹介してもらおう」

処分できる数量などたかが知れているが、少しずつでも減らしていかねばならない。しかし、角も毛皮も肉も使える角ウサギだけでも処分に苦労しているのに、ゴミにしかならないのが大半の魔物の大群……頭が痛い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ