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第37話 知恵のある魔物

「は?」

トーコは間抜けな声をあげてしまった。エンケも首をかしげる。

「どういう意味?」

「言葉通りの意味。最初はギルドのひとだってことも、魔法使いだってことも黙ってて。校長先生と直接話せる。通ってる兄弟がいるわけでもないのに突然編入してきて、しかも学年を跨いで授業を受けて。ここまで特別扱いなんておかしいじゃない」

「特別扱いは事実だけど、単に第五学年の授業についていけないからで、どっちかというと悪い意味の特別扱いだよ」

「わたしもそう思ってた。じゃあ、どうしてあなたの言葉で校長先生が動くの?」

「うーんと。結果的にそう見えるだけで、全部逆じゃないかなあ。順番に話すと、わたしが学校に行きたいけどお金も時間もないって言ったのをベアさん、えっと師匠が覚えていてくれて、付き合いのあるユナグール大学の先生に相談してくれたのね」

「どうしてそこで大学の先生に話を持っていくの? ただのギルド構成員が大学の先生に伝があるってどういうこと」

「ユナグール大学のパウア先生は魔物の研究をしていて、ギルドに助言をくれるの。去年の火竜騒動のときとか。師匠が学校について聞けそうな顔見知りが他にいなかったんじゃない? わたしの学校について聞いてくれて、そしたら、たまたまパウア先生の研究室の学生が自分の母校には女の子も通ってたって、ここを紹介してくれたの」

「学校に行きたいからって、それだけで紹介するかしら。ここは準備学校よ。ギルドの子なら、町の上級学校をあたれって助言すれば十分じゃない」

「そんなこと言われても。師匠もわたしも準備学校がどういうものかなんて知らなかったし」

「あなたの師匠はその大学の先生と仲がいいの?」

「パウア先生には魔の領域について教えてもらうことはあるけれど、仲がいいのはどっちかっていうと、パウア先生が紹介してくれた薬草の研究をしている先生。研究用の薬草を依頼されるから。うちの師匠とふたりで薬草の話を始めるときりないの。わたしにはちんぷんかんぷんだけどね」

「へえ、大学の先生と話が合うようなギルド構成員もいるんだな。なんていうか、槍とかぶんまわしているイメージだったけど」

「うん。もっと粗野なチンピラだと思ってた」

「ふたりとも酷い! ほとんどの人はまじめに活動してるってば」

トーコは憤慨した。やっぱり風竜の幼生を飾ればよかった。

「そうは言うけれど、ろくでもないのが多いぜ。昼間から酒呑んでるような」

「何日も魔の領域に入っていたあとかもしれないから、見逃してあげてよ~」

「何人もで通行人に囲んで金を巻き上げるようなのもいるし」

「それ、本当にギルドのひと? 通りすがりのひとが持ってるお金なんてたかが知れてるよね。人数がいるならなおさら、ひとりあたりの取り分は減るわけだし、角ウサギでも狩ったほうがまだお金になると思うけれど」

「裏通りのお店の用心棒とか、明らかにガラが悪いわよ。そんな話はどうでもいいの。今はトーコのことを聞いているんだけど?」

「えっと、なんだっけ?」

「あなたが怪しいって話」

「怪しい!?」

トーコはショックを受けた。怪しいってなんだ。

「あなたがうちに来た経緯は分かったわ。でも、それだけで校長が言うこと聞くなんて」

「校長先生には国境警備隊と町議会とギルドが大魔周期に備えて合同対策本部を立てたくらいから城壁外の活動は危ないって、教えてあげただけ。三組織の幹部に説明したのが、さっきのパウア先生だから、卒業生のひとに確認とったんじゃない? いくらなんでも、裏もとらずには活動停止なんて決めないでしょ」

「合同対策本部? なにそれ」

「文字通り、合同の対策本部。去年の火竜の時にも立ててたよ。あの時はバラバラに動いたあとだったから、今回は早めに立てたのかもね」

ヴォルフが訊ねた。

「トーコってギルドのお偉いさんに知り合いでもいるの? 随分詳しいね」

「ギルドに顔出していれば普通に入ってくる情報だよ。皆が知らないほうが心配。これから魔物が流入してくるのに、大丈夫なのかなあ」

「魔物がたくさん入ってくる?」

エンケがまだ信じがたいように訊ねる。

「その可能性は高いって。確実じゃないから言いづらいのかもしれないけれど、備えておいて、肩透かしくらったほうがましだと思うんだけどな。少なくとも人の領域近くに風竜の成体がいる確率は高いんだから」

三人がぎょっとする。

「竜は退治されたんじゃないの?」

「去年の火竜のこと? それとは別で<深い森>と山脈ひとつ隔てた<ゲルニーク高山地帯>で風竜の幼生が見つかったんだよ。親が近くをうろうろしてても不思議じゃないでしょ」

「それ、本当?」

「本当」

「全然、噂にも聞かないけれど」

「誰も風竜の幼生なんか見たことないから、正体が分かるのに時間がかかったんだよ。大学三つの合同調査で特定させたの」

「本当だったら怖いけれど、やっぱり信じられないよ。親父も何も言ってなかったし」

「僕も」

トーコは困った。早く正式に発表してくれればいいのに。そもそも正式な発表って概念があるのかも分からないので、余計気が揉める。ヘレナまでが慎重な口ぶりで言う。

「校長先生が先生たちを呼び集めたんだから、危ないは危ないんだと思う。魔物があちこちに出るって話は前からなんだから、大魔周期とは関係なく用心しておこうってことかもしれない」

ギルドの代表でもないトーコには信じてもらうに値する信用などない。肩を落としたところで寮生たちが登校してきて、ヘレナは第三学年へ戻っていった。


課業後、パン屋と肉屋を回ったトーコは結晶石屋へ行った。狭い店の中は鉄ストーブで暖かだった。

「こんにちは!」

「やあ、待ってたよ。さっそくだけど、これよろしく」

言って取り出したのは前にも見たことのある鍵のかかる木箱だった。直径七センチほどの大きな球形結晶石がずらりと並ぶ。

「飛行船がついたの?」

「一昨日、到着したんだよ」

じゃあ、アニが待っている薬の原料も届いたかな、などと思いながら結晶石に残った魔力を吸い上げて空にしてから、自分の魔力を込めていく。店主とおしゃべりしながらすぐに終わる。結晶石をしまい、買取票に署名する。

「はい、お疲れさん。ちょっと待っておいで」

店主はストーブの前を開けて火ばさみで何かを取り出した。

「熱いから気を付けて」

「おイモだ! わーい、ありがとう!」

「外は寒いから気を付けて」

暖かい店から外に出ると晩秋の冷たい風が身に染みる。トーコは紙に包んでもらったイモで両手を温めながらギルドまで小走りに歩いた。今日はいつもの南東の風ではなく北西からの冷たい風が吹いている。

ギルドではちょうどベアが持ち込みの最中だった。半分こしたイモを食べながら、学校であったことを報告する。

「町議会が動かないと市民にまでは伝わらないだろうな。混乱が起きても困るし、難しいところだ」

「早く伝えたほうがいいに決まってるじゃない。知らなきゃ避難訓練もできないじゃない」

「「避難訓練?」」

ベアと計量していた元狩人のギルド職員が異口同音に言った。

「そう。災害に備えてどこに逃げるのかとか、何を備蓄しておくのか、とか。わたしの国、地震が多くて過去に大きな震災も起こってるから、学校とか地域で定期的に訓練していたよ。例えば、揺れを感じたらすぐに机の下に入って頭を守りましょう、とか」

「そういえば、前に火竜を見つけた時も机の下に入っていたな」

ベアは呟いた。てっきり空の敵から身を隠したのだと思っていたが。

「火竜に机……」

ギルド職員に半眼で見られてトーコは赤面した。相手が火竜なら机ごと簡単に踏み潰されるし、燃やされる。

「つ、つい条件反射で」

「まあ、魔物相手だと頑丈な建物に籠るしかないな。竜が相手じゃそれも意味がないかもしれんが」

「ってことを知ってもらうだけでも、だいぶ違うと思うんだけど」

「この間のバッタでそれは皆身に染みたと思うが」

「でも気になって外に出ちゃうひとって絶対いると思う」

「そこまで責任はとれん」

言われてトーコは黙った。避難訓練は有効だと思うのだけれど、馴染みがないだけに実施は難しそうだ。

「じゃあ、災害アナウンスは」

「さい……なんだ」

「災害時のアナウンス。前にルリチョウの町で音声拡張魔法でやったようなの。この間のバッタの時、学校内に向かってはやったんだけど、勝手にギルドの名前を使ってやっていいのか分からなかったから、町ではやらなくて。ギルドからいざっていう時にこれで町に案内できないのかな。鐘だけじゃなくて、具体的な指示や状況連絡ができれば、避難の役に経つと思うんだけど」

「音声拡張魔法ねえ。あまり用がない魔法だから習得している人がいるかな」

ギルド職員は乗り気薄だ。ノリのよいひとなのに、このところの騒動で疲れているらしく、顔色もよくない。よく見たら、他のギルド職員も疲労の色が濃い。みんな大変なのだ。トーコの思い付きにいちいち付き合ってられなそうだ。

「避難指示まではトーコには難しいだろうが、音声拡張魔法で状況を知らせるのは悪くない案だ。ギルドの名を使うのはまずい。あくまでトーコからギルドへの報告と言う形にするといいだろう」

魔の領域で魔物と遭遇した時は、とっさの判断が生死を分ける。そんな状況は何度も経験したし、話ではもっと耳にする。ましてトーコの広範囲の探査魔法で得られる情報は精度も高く、貴重だ。機転のきく者ならそれだけで行動できる。

「一度にたくさんの内容を案内しても混乱する。全部伝えようと思わないで、同じことを繰り返し伝えたほうが通じやすい。伝える内容はせいぜいが三つくらいだ」

「分かった。優先順位はどんな魔物が、いつ、どこにだよね」

「そうだな。それで何度も繰り返したほうがいい。聞きなれない単語なんかは音声拡張魔法だとどうも聞き取りにくいようだし」

「うん、わかった。ところで、今日も障壁魔法の設置はないんだよね。飛行船が到着したみたいなんだけど、城壁外を皆がうろうろして大丈夫かな」

言って、結晶石屋の店主から預かってきた買取票と代金をカウンターに出す。

「あまり良くはないな。だが、ギルドから警告する義理もないし、余計なことを他国に知らせるのも。下手をすれば交易の足が遠のくうえに、諸外国がかさにかかってくる可能性もある」

「その発想はなかった。でも、危険なのに」

トーコは不満だ。外交のことは分からない。でも、魔物に対してもう少し人間も結束したほうがいいと思うのだが。いくら合同対策本部を立てても国境警備隊、町議会、ギルドの連携は緊密とはいいがたいし、現に今も方針が割れている。魔物に対して矢面に立つ国境警備隊とギルドは一刻も早く障壁魔法を立てたいのは同じだが、いざ魔物が押し寄せて来た場合の掃討については意見が割れている。城壁に籠って魔物の攻撃に耐え、必要であれば城壁上からの遠距離攻撃に徹するべきという国境警備隊と、角ウサギの時と同じように打って出るべきと考えるギルドと。

「結晶石と結晶樹の実は入荷が薄いって。ギルドの魔法使いの人が買ったのかな。ヘーゲル医師もこの間のバッタ騒動で結晶樹の実を使い切っちゃったから買い足したんだけど、高くなってたって」

「そうだろうな。魔物が増えて結晶樹の実を採りに行く者も減っただろうし」

以前ベアとトーコが採ったのはおそらくギルドが温存しているだろう。そして採掘組も今は手元で結晶石を温存してくれているはずだ。

買取の終わったベアはトーコを連れて町に出た。訊ねたのは採掘組の片割れの家だ。要件は、ギルドへの結晶石の貸し出し依頼だ。あらかじめ話を通してあったので、ふたりとも待っていた。ギルド長の押印のある強制依頼書を持って訊ねたベアはトーコに材木屋で手に入れた丸太を一本渡した。

「結晶石の保護と管理を兼ねてこれで枠を作れるか」

石同士や何か硬いものにぶつければ結晶石も割れることがある。

「どの石に誰の魔力を込めたか分かるようにしておくのね? だったらラベルを着け外しできるようにしたほうがいいよね。直方体の枠にしてぴったり動かさないようにすれば……こんなかんじでどう?」

トーコは丸太から刳りぬいた立方体の枠にころんとした丸い結晶石をはめ込んだ。探査魔法と転移魔法でぴったりの大きさにしているので、壊さない限り中の石は取り出せない。指で触れることはできるので、魔力の吸い上げは問題ない。

「これなら石も傷つかないしよさそうだ。使い終わったあと、このまま木枠ごとくれよ」

所有者の許可ができたので、残りは一気にやる。木枠にギルドの名前とナンバリングを焼き入れて完成だ。

「ついでに、裏に転がってる残石も持っていくかい」

「ありがとう。助かる」

狭い作業場と家の後ろには結晶石を取り出した後の残りが無造作に積みあがっている。彼らには邪魔なゴミだがトーコには宝の山だ。全部集めて転移魔法で残っていた結晶石を砂粒大のまでもすべて取り出す。

採掘組が覗き込んで感嘆する。

「相変わらず見事だな」

「結構残ってるもんだな」

彼らの手元に戻ってきた石は二十個余り。さすがに豆粒大より大きいものはないが魔の領域でしか採掘できない貴重な品である。トーコのほうは値のつかない大きさの結晶石を貰えて嬉しい。ひとつひとつは米粒のようでも、全体で込められる魔力量に変わりはない。

今度、結晶石の加工所を紹介してくれるというので、是非にとお願いしておいた。

「確かに魔力は込められるが、使いにくいだろうに」

採掘組に受取証を渡して次の場所へ歩きながらベアが言った。トーコは自慢げに十センチ四方の革の切れ端を取り出した。

「ふっふっふ。じゃーん」

何をするのかと思ったら、革の上にざらざらと結晶石を広げ、時間凍結魔法で接地面だけ固定する。袖をまくって非力そうな生白い腕にぺったりと張り付けてみせる。

「これならまとめて魔力を入れたり吸い出したりできるでしょ? 見た目はイマイチだし、いい接着剤をいずれは探したいと思ってるけど、とりあえず」

「紐かなにかで腕に括り付けられるようにしたほうがいいな」

「ベアさんとこの大家さんに相談してみる」

ふたりは漁師を訪ねて魚を預け、ギルドに結晶石を届けたあと、ベアが下宿している靴屋夫婦を訪ねた。いつでもトーコを大歓迎してくれる彼らは、すぐに革の端切れで結びやすい幅と長さの紐を作って縫い付けてくれ、しかもきっちり四辺をも縫って丈夫で使いやすいものにしてくれた。職業柄、革と木や金属を貼り合わせる接着剤も持っていて、ベアはその場で注文を出した。

頼もしく請け負ってくれた靴屋夫婦はたった一日半で十枚仕上げてくれた。魔の領域での採集を終え、ベアの下宿に戻ったトーコが接着剤を広げた革の上に結晶石をせっせと移動魔法で置いていた時だった。警告の鐘が鳴った。

トーコの作った丸薬用の薬入れをチェックしていたベアは顔をあげた。

「またか。今度は何だ」

「なんだろう?」

トーコが首をかしげた。

「分からないのか?」

<深い森>に棲息する主な魔物は把握しているトーコである。まして鐘が鳴らされるような魔物なら分からないということはまずないのだが。

「数は十一。形は……サル? コウモリみたいな羽がある。あ、矢を避けた」

「サル? そんな魔物いたか?」

「でも、そうとしか」

突然、言葉を切ってトーコが息を呑んだ。勢いよく立ち上がった拍子にオオグルミの殻がひっくり返って床に結晶石の欠片が散らばる。

「ベアさん! 城壁の上の兵士が襲われてる!」

言うなり駆け出し、ベアも半瞬遅れて続いた。

「気をつけろ!」

「サルは倒したけれど、怪我人が!」

夕闇押し迫る中、トーコがボードに乗ってすっ飛んで行くのをベアも追いかける。侵入した魔物は、国境警備隊かトーコに駆除されたようだが、あの慌てっぷりからすると傷が深いのだろう。ベアが城壁に着いた時は、トーコが倒れた兵士の傍に膝をついて治療のさなかだった。他に、壁にもたれかかるように座り込んで仲間に手当てされている兵士がふたりいる。

兵士とトーコの話を総合すると、こういうことだ。見慣れぬ魔物の群が上空からユナグールに侵入しようとしたので、弓矢を射こんだ。群から二頭が墜落し、それを見た群は一斉に射手に襲いかかった。それだけなら、ままある。しかし、魔物の迎撃に慣れた兵士たちを恐怖させ、狼狽させたのは、鋭い牙でも並外れた膂力でもなかった。

「武器を使う魔物なんて、初めてです」

衛生兵に首を固定されながら駆けつけた将校に報告していた兵士は震えていた。

「あいつらは獣じゃなかった。知恵がありました」

サルは明らかに統率されていたという。しきりに吠えながら第二射が間に合わない速度で肉薄し、ひとりの喉笛を食いちぎった。そして救援に駆けつけた兵士を見ると、いったん城壁を離れ、地面に降り立ったという。そして再び舞い上がった時には石を握っていたという。

「石を? まさか」

「俺たちに向かって投げました」

そこに至って、やっと兵士たちはサルが武器を拾いにわざわざ地上に降りたのだと悟った。同時に、群を率いるボスも分かったという。

「いつでも真っ先に動く、でかいのがいたんです。他のはそいつの真似をして行動しているみたいでした。そいつを倒せばなんとかなるんじゃないかと思って石を投げ返したんですが、当たらなくて。俺の頭を掴んで……」

兵士は身ぶるいして言葉を切った。頭と耳を大きな手が掴んで城壁の上から引きはがしたという。さすがに鎧を来た兵士ひとりを一頭でもちあげるのは無理だったが、それを見た他のサルが手を貸したという。よってたかって腕や鎧を掴んで持ち上げ、そして、そのまま城壁を離れて手を離した。

「さすがに死んだと思いました」

ぎりぎりでトーコが受け止めたが、地上との距離はいくらもなかったという。そのすぐあとで落下してきた三頭のサルが地面に張り付いて動かず、城壁の上に戻されても、暫くは口もきけず、瞬きもできず、息をしているのがやっとだった、と告白する。

「ベアさん、あの魔物には殺意があったよ」

治療を終えたトーコが青い顔で言った。

「ボスザルはただ手を離したんじゃない。下に向かって、投げつけていた。たまたま他の掴んでいたサルがまだ手を離してなかったから、あまり勢いがつかなかっただけで、一頭で持ち上げられていたら、間に合わなかった」

他にも二名の兵士が城壁から落とされていた。トーコが受け止めたので命は助かったものの、無傷では済まなかった。一番重症なのは喉笛を食い破られた兵士だ。トーコの迅速な遠隔治癒と竜の血がなければ今頃息がなかったはずだ。

そしてベアも思い出していた。

「このサル、先日のギルドの掃討戦でいた奴だな。トーコ、治療が終わったならユナグール大学のパウア先生に来ていただけ。これからこんなのが侵入するようだと対策が必要になるぞ」

将校も苦い顔だ。

「話を聞く限り、兵士のような魔物だ。攻撃したときに、勢いあまって兵士を城壁から突き落とすならまだ分かるが、明らかに、落とすために引きずり出している。こうやって大きな獲物を相手に集団で狩りをするのかもしれん」

情報がないだけにチョウロウクロネコやヨツキバオオイノシシなみにやっかいな魔物だ、という認識は一致した。ベアはすぐにギルドへ報告に飛び、トーコも大学へボードを飛ばしてパウア研究員と助手の学生たちを連れて戻った。サルの半分は国境警備隊が倒したが、残りはトーコが駆除したので、国境警備隊とギルド双方が立ち会ってパウア研究員は計測と兵士とトーコへの聞き取りをした。

「ハルトマンさんたら、肝心の時にいないんだから」

城壁に沿って飛びながら、トーコがぼやいた。障壁を立てることがその場で決まったので、その設置のために移動しているのである。町議会へは事後連絡になるが、これほど危険な魔物が群で現れたとあっては、国境警備隊もギルドも看過できない。既に他から侵入している可能性もあるので、すぐに他都市や軍に伝令が手配される。

「ハルトマンは留守なのか?」

どうりで見ないはずだ。

「年次休暇で実家に帰ってる。本当はもっと早くとる予定だったんだけど、穀物商と喧嘩しちゃって冬越えの糧食を確保するのに走り回ってたでしょ? それで今とってる」

一緒に走り回されたトーコは、だから王都まで送ってあげたと言う。こんな時にいないのは困りものだが、彼とて人の子だ。家族に警告くらいしたいだろうし、これから状況が悪くなる可能性が高い中、抜けられるぎりぎりのタイミングだったのかもしれない。帰りもトーコに迎えにこさせるつもりらしいが、ベアは目をつむることにする。

作り置きの障壁を立てるだけなので時間はかからない。それでもギルドに完了報告を出したのは夜だった。そんな時間でもギルドでは招集されたギルド構成員が集まっていた。掲示板にはサルに対する警告が既に張り出されている。

城壁の上から来るのは夜目のきかない魔鳥ばかりだと思っていたので、夕暮れの襲撃は、ギルド構成員にとってもそれだけ衝撃的だった。十頭の集団で武器を使って空から狩りをするのだ。ギルドの狩人はそんな大人数でチームを組まない。脅威なのは間違いない。

ベア馴染みの元狩人のギルド構成員によれば、この状況下でも果敢に狩りに出てくれるチームには格安で空間拡張容器の貸し出しを始めたが、全体の物量の落ち込みは補えない状況らしい。

「今度はモリガエルを狩ってきてくれ」

「無茶言うな。こっちも、忙しい合間を縫って入域しているんだ。薬草優先に決まっているだろう。中央高原地帯の先の草原中のナガクサカズラを採りつくしたと自負している」

「いやー頼もしいよ」

「おじさん、セリフが棒読み」

「水鳥と魚の流通は確保したんだ、残りはなんとかしろ」

水鳥は約一週間分の必要量を封筒ごとギルドに預け、魚は漁師の魔法使いに預けて市場に流れていくようにしている。漁師に言わせるとベニマスとアオマスとシッチエビばかりだが、ないよりマシのはずだ。

「それより、結晶石は確保できたのか?」

ギルド職員は渋い顔をした。

「それが、ザカリアスも手持ちが薄いとかで、借りられたのは前回の半分程度。確かに品薄だろうし、借りる期間も定かじゃないし、仕方ないとは思うが。うちの採掘者から借りられたのは助かるよ。一部には不評だけど」

「不評?」

「あの木枠が持ち運ぶのに邪魔だってことだ。自前で空間拡張容器を持っている奴は多くない」

チームでは持っていても、個人で所有するには、高価な道具なのだ。ベアはため息を落とした。

「さすがに、魔法使い全員にとはいかないぞ。容器は自前で用意してもらう。結晶石は半日程度しか保たないのでよければこっちで用意する」

その一言で決まった。戦略的な大魔法の使い手や、特殊な魔法の使い手など、優先的に結晶石を貸与している魔法使いには空間拡張魔法を進呈することになった。あまり大きくしても底が遠くなって手が届かないなんてことになりかねないので、大きさは背嚢ひとつぶん程度だが、結晶石を持ち運ぶ程度なら事足りる。


慌ただしい日々の中で、トーコは学校帰りにハルトマンを迎えに公都へ転移した。

「遅い。待っていたぞ」

「遅くないよ! 校門出てすぐに転移したもん!」

「まあ、いい。倉庫へ行くぞ」

「倉庫?」

食糧不足が懸念されるので、休暇がてらか、休暇にかこつけてか追加で買ったのかと思ったら、倉庫に鎮座していたのは全く違うものだった。食べ物でさえない。

「これって弩?」

「そうだ。使う矢はほとんど短槍と言っていい大きさだがな」

弩ならトーコもユナグールの城壁やゲルニーク塩沼で見知っている。ただし、それらに比べて大きく、とり回しは鈍重そうだ。スペースの少ない城壁では場所塞ぎになりそうでもある。

「魔鳥程度ならともかく、竜となると人力の投槍や弓じゃどうにもならんのは去年でよくわかったからな。投石器を増やしても動かすのが大変だ。大型弩のほうがまだ柔軟な運用ができる」

「だから、こんなに増やすの?」

ずらりと並んだ木箱は三十ほど。単純な休暇ではなく、軍務込みだったらしい。

「数で言うなら全然足りない。飛距離と貫通力はあるが、一矢構えるのに今配備されている弩よりも時間がかかる。連射できないから単独運用できんし、一台につき兵士がふたり以上かかりつけになる」

「その分、威力はあるんでしょう?」

「もちろんだ。人の腕でひく矢なんか、刺さるどころか羽ばたきひとつで簡単に吹き飛ばされたからな。竜に矢は射るだけ無駄だ。なんとか間に合ってよかった」

「竜は来てないけれど、サルは来たよ」

トーコはサルの群の襲来について教えた。

「あほ! そういうことは真っ先に言え。また兄貴の家に戻って伝えなきゃならんじゃないか」

「あいたっ。ごめん~」

「罰としてこれ運べ」

「最初から運ばせるつもりだったくせに~」

トーコは思い切りつまみあげられた耳をさすりながら木箱を収納した。

「こっちの箱は?」

「それもだ。矢が入ってる」

「これ何本くらいはいってるの? 少なくない?」

ハルトマンは渋面になった。

「少ない。注文しているが、今日間に合ったのはこれだけだ。残りは後日だ。使いこなすにも訓練がいるから、練習用だな」

後日、という単語に嫌な予感がする。

「残りはユナグールに届くの?」

「ここに届く」

ってことはやっぱりトーコがお使いさせられるらしい。

ハルトマンの次兄にユナグールの状況を共有してふたりはユナグールへ戻った。ハルトマンは当然のように城壁へ大型弩を設置するのをトーコに手伝わせる。試射を見せてもらったが、かなりの飛距離と命中率だ。角度の自由が低いのが難点で、工兵たちが足場で角度を調整できないか大型弩を囲んでいたが、反動も大きいので城壁事体に手を入れないと、下手したら落下しかねないらしい。

既存の弩用の矢よりも長い矢を狭い城壁上でどう運び込むのか、保管はどこに、などの問題も大きい。武器の種類が一つ増えれば、全体のオペレーションだって丸ごと変わるのだ。

大変そうな国境警備隊を抜けてベアに報告すると、そうだろうな、と言う。

「ユナグールの町は中にこもるためにあって、本格的な防衛を旨とした城塞じゃないからな」

国境の先によその国があるならまだしも、魔の領域との狭間ではこれで充分だったのだ。

「町の雰囲気も変わってきたな」

それはトーコも感じている。国境警備隊とギルドが本格的に戦時体制に入ったことが、少しずつ浸透している。国境警備隊とギルドが大量の物資を集めているだけでなく、ギルド経由で流通する魔の領域の産物が激減しているのも大きい。

トーコの学校だけでなく、ディルクの通う準備学校でも場外での運動が見合わせになったそうだ。ディルクはがっかりしていたが、トーコは安心した。こんな時期に塀の外に出るのは危険が大きすぎる。

「明日の合同訓練、うまく行くといいな」

「やることは角ウサギ掃討作戦と大差ないから大丈夫だと思うが」

国境警備隊とギルドの東門を防衛するための実践を想定した訓練だ。トーコも学校を休んで参加する。例によって治癒係だが、今度はギルドだけでなく国境警備隊も診る。なぜなら、角ウサギと違ってチョウロウクロネコやヨツキバオオイノシシを相手にするとなると、ギルドから参加する戦闘要員ががくっと減ってしまったからだ。本職の狩人の中でも強制依頼に応じなかった者もいる。

逆に魔法使いは前回同様の遊撃専任ではいられない。危険な大型魔物を優先的に排除するため、各所に配備され、交代で仮眠をとって戦力を回すことになっている。

「個人的には明日はもう少し暖かくなってほしい」

フタオリスのように両手をすり合わせてトーコは背中を丸めた。今日も北風が冷たい。

「今日はどこに採集に行く?」

「そうだな……」

さすがに冬の気配が近く、収穫も少ない。今日は時間もあまりないことだし、とベアが顎に手を当てて考えた時だった。鐘が鳴った。

ベアは東を振り返った。

「何が来る? ……トーコ?」

いつものように探査魔法で探ったはずの弟子に訊ねるが、反応がない。見ると口をぽかんと開けていた。

「どうした」

「ワタリヌマガモの大群。ヌマガモやワタリヌマシギなかもいる」

「危険そうか?」

ただの群なら、こちらから出向かなくても、ごちそうが自分から来てくれたことになるが、大群の怖さはルリチョウとバッタで経験済みだ。

「ものすごい数。これは駆除したほうがいいと思う。でも、なんで急に?」

「知らんが、音声拡張魔法を――」

「ベアさん、クロオチョウ!」

トーコが叫び、ベアのローブを握りしめた。

「この水鳥たち、クロオチョウに追われて逃げて来たんだ!」

「水鳥は無視していい。クロオチョウを先に仕留めろ。数は多いのか」

トーコは血の気のひいた顔をベアに向けた。

「数百……下手したら千」

「千!?」

ベアは絶句した。

クロオチョウは群れる鳥ではない。巣立ちの季節ならまだしも、とっくに過ぎている。ゲルニーク塩沼で異常なほど多数の巨鳥が出現しても十羽前後。それが千? トーコの探査魔法の精度を信用していなかったら、まず信じられない数だ。

「トーコ、アナウンスは俺がする。クロオチョウを最優先に片づけて、水鳥は障壁で防げ!」

ベアに音声拡張魔法のかかった輪っかを残し、トーコはすっ飛んで行った。

自分も空に飛びあがりながら、ベアは不吉な思いが湧き上がるのを抑えられなかった。まさか、これがはじまりか、と。


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