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第32話 ヘレナ(2)

トーコはまたシェール先生の教室で宿題をさせてもらった後、ベアたちが戻ってきそうな時間を狙ってギルドへ行った。魔物が増え、危険が増えている反面、腕に覚えさえあれば楽に獲物が見つかり、採集物も豊作なので、帰還者たちでギルドは混雑していた。掲示板を写していると、ベアが戻るまで暇でしょ、と薬草に詳しい女性職員に中に引っ張り込まれる。台帳探しと荷物運びと競売に出す魔物の競売場への運搬……ではなく、保管で大忙しだ。

「採集も頑張ってほしいところだけど、毎日町にいるなら保管を頼めて便利ね」

「今回は次の競売にゲルニーク塩沼で狩った鳥を出すときに一緒に出すだけだからいいけど、普段はあてにしないで。預かりものに何かあったら責任とれないもん」

「そう言わずにさあ」

言ったのはギルド職員でなく、獲物を持ち込んだ狩人だ。週一回の競売が終わったばかりなので、獲物を持ち込むタイミングとしては最悪だ。でも時間凍結封筒で保存しておけば肉も内臓も値がつく。

バタバタしているとあっという間に時間が過ぎる。溜まった引取り品を地下倉庫の棚に言われたとおりに並べて戻ると、ゲルニーク塩沼からの帰還者たちが到着したところだった。

「ベアさん、お帰り!」

ユナグールの町に入った時点で護衛隊は解散となったらしく、取りまとめていたベアと補佐役二名が全員分の帰還報告をまとめて出していた。

「ああ。ゲルニーク塩沼で獲った鳥は持っているな」

「うん、言われたとおり、来週の競売に掛けてもらうように手続きしたよ。トカゲのほうは競売の邪魔になるから、今朝回収して、この後でまた競売場に置く予定。場所確保のために、来週かけるほかの競売品はポーチに預かってる」

「トカゲについて何か分かったか」

「まだ何も訊きに行ってない。昨日の夕方、亡くなった人の時間凍結魔法をどうするか確認にクレムに行ったんだけど、わたしたちと入れ違いに入った隊が魔鳥に襲われて、死傷者がたくさん出たよ。だからユナグール大学に行く時間がなくて」

竜の血を使い、薬草を医師に渡したことも含めてベアに報告する。一緒に聞いていた他のギルド構成員と職員も深刻な表情になった。

「ギルドからの第二陣は明日出る。魔法使いを五名かき集めたし、薬も多めに用意した。弓の使い手も増やして矢もギルドから補助を出して補充させたから魔鳥の数羽くらいなら大丈夫なはずだ」

「昨日道中に出たのは八羽の群だって」

「八羽……その面子なら対処できない数ではないが、多い。状況によっては無傷というわけにはいかないかもしれんな」

補佐役の狩人が顎に手を当てて考え込む。

魔鳥は狩れればいい稼ぎになるが、<深い森>で狙うギルド構成員は少ない。ヨツキバオオイノシシやチョウロウクロネコと違って追跡できない上に、一矢で落とすには大きすぎる相手だ。生餌を使った網罠で獲るチームもいないことはないが、少数派だ。

地上戦に持ち込めれば、チームで囲んで獲ることも可能なのだが、皮を剥いで持ち帰ることのできるチョウロウクロネコと違って、ダイコクチョウなどは羽や血肉に一番価値があるので運搬するのも大変だ。よって魔鳥を狩り慣れている狩人はある意味貴重だ。

「護衛しながらでなけりゃ、うまい話なんだがなあ。見通しのいい場所で、向うから近づいてきてくれるなら罠で獲るのもよさそうだ」

もう一人の補佐役は残念そうだ。

「移動するからそれは無理だな。塩沼でも人の往来があるし」

「分かってるさ。だが、クレム近くにまで出るなら罠猟もいいかもしれん。<深い森>と違って荷車くらいは使えそうだし」

真剣に検討しているらしい。一転して顔をほころばせたのはギルド職員だ。

「ギルドとしちゃ、魔鳥を持ち帰ってくれるのはありがたいね。特に今回は国境警備隊からの持ち込みも合わせて全部ユナグールへ持ち帰ってくれたし。競売もにぎわうよ」

護衛中に狩った魔物は売却後、手数料を割引いた利益を居合わせた護衛隊で折半だ。他の地域の隊と分け合うので、どちらが持ち帰っても参加者にとっては変わりないが、ギルドとしては自分のところの競売にかけてもらいたいにきまっている。

今回は狩ったのもトーコなら楽に保管・運搬できるのもトーコなので当然のように彼女がユナグールに持ち帰っていた。さらにはよその隊が道中で狩ったものも持ち込んでいるので、護衛参加者の懐には関係なくてもギルドにとっては思いがけない余慶だろう。

「トーコ、また行かないかい?」

「強制依頼なしで参加しただけで充分だ」

トーコが答えるより早くベアが釘をさした。各地から派遣された護衛隊も第一陣が戻って今年の塩沼の危険性を聞いて対策をとっているはずだ。

「それより、トカゲのほうは何かわかったか?」

「難航しているみたいだ。ユナグール大学のパウア先生も去年の飛竜は見ていて、これは間違いないだろうってことなんだが、もう一体のトカゲが分からないそうだ」

「パウア先生にも分からないことがあるんだ」

トーコは感歎した。

「ってえと、競売に掛けられるようになるまで時間がかかるのか」

補佐役の狩人が興味を示した。あれだけの大物、珍しくもあるならさぞかし高く売れるだろうと思っていたのだが、正体不明では買い手がつくかどうかも怪しい。

「強力な魔法を使ったということだし、亜竜の一種かもしれないって言っていた。新種の可能性もあるってずいぶん張り切ってたよ」

「張り切ってくださるのはいいが、そういつまでも競売場を占領するわけにもいかないだろう」

「長くかかるなら大学へ持って行ってほしいところだけど、盗まれても困るしねえ」

「いっそ、ギルドの屋根にでもひっかけておく? 大きくて強かったのは確かなんだから、ギルドはこんな危険っぽい魔物を狩って皆さんの安全を守っていますってアピールにならないかな」

「なんで喧伝する必要があるんだ」

ベアに怪訝な顔をされたので、トーコは今日学校であった話をした。

「皆、真面目に活動して、ユナグールの経済を支えているのに、浮ついているみたいに見られるのってとっても不本意だよ!」

大人たちは面白がるか、苦笑いを浮かべた。

「それはちっと大仰だなあ」

「俺も含めてユナグールに来る連中なんて実際その通りだしな」

「労働に対価をもらうのはギルド構成員に限ったことじゃなくて、当然のことでしょ!」

ベアはまじまじと熱弁をふるうトーコを見た。トーコの口からそんな言葉が出ようとは。

「言っていることは立派だが、行動が伴っていないぞ」

指摘すると、トーコはきょとんとした。

「え? だって薬草とか採ったものを売ってるよ?」

「ギルド構成員が売るのは物だけじゃないだろう。今回の護衛がいい例だ」

「人件費ってこと?」

「それは理解しているのか。で、お前は何をここでただ働きしているんだ?」

ギルド構成員たちばかりか、トーコをこきつかってくれたギルド職員までが噴き出す。

「ベアさん待っている間暇だったし、そんな大したことは……」

「魔法を駆使してか?」

トーコはたじろいだ。

「じ、自力で荷物を運ぶのをサボったのはわたしの勝手だから……」

「他人の獲物を時間凍結魔法をかけて預かるのもか?」

「飛竜とトカゲを置かせてもらってる分、他の人の競売品が置けないし……」

「競売品の保管はギルドの職分だ。さらに言うならトカゲはお前の私物か?」

「違います。護衛隊みんなのものです……」

トーコがしどろもどろに言い訳すればするほど笑いが増える。

「事故や間違いがあった時に責任をとれるのか」

「ごめんなさい」

トーコが反省したところで場は解散になった。

トカゲをギルドの建物に飾るのも廃案になり、ベアはトーコを送っていってそのままヘーゲル医師に引っ張り込まれた。ギルド構成員たちも用心して力量にみあった活動に切り替えているので、一時期ほど怪我人の発生はないが、それでもヘーゲル医師のところには常に魔物が増えた、怪我をしたという話が来るので、再び魔の領域での採集に戻るトーコを心配するのは当然だった。

「このところ、鐘の鳴ることも多いし、あんまり無茶をしないでくれよ」

「トーコにもこれまで以上に用心させますよ。相手が大型の魔物なら探査魔法にも引っかかりやすいからそこまで心配しないで大丈夫です」

ところが、ヘーゲル医師に心配されているトーコにベアは心配されてしまう。

「ベアさん、これ持ってて」

「なんだ、これは」

「緊急用避難所キット」

「ただの、二重障壁魔法を固定したものに見えるが」

封筒の中を覗き込んだベアは首をひねった。ベアが立って中に入れる程度に大きい。それだけなら時間凍結魔法以外はよくある障壁魔法だが、取手のついた扉がある。

「ここから中に入るのか?」

「うん。入ったら、内側からこうやって掛け金をかけて扉を固定して。トカゲに吹き飛ばされても、コハクチュウの群に襲われても、内側の障壁の中にいれば、外からの衝撃を流してあまり影響は受けないはずなの。摩擦で完全には勢いを殺せないと思うけれど、障壁は可能な限りつるつるにしてる」

「トーコがトカゲに吹き飛ばされたときに使った障壁か」

「うん。内側の障壁の表はつるつるだけど、裏は小さい穴をたくさんあけてその中も拡張しているから、一日二日籠っていても息苦しくなることはないはず。試してみた限りじゃ水もあまり入ってこないけど、万が一しみてきてもここに流れ込むから安心して」

「水? なんで水なんだ」

「だって、あ、だっては禁止! えっと、この間のトカゲみたいに強力な水の魔法を使う魔物がいたら困るもの。そういう意味では一番火が困る。完全に障壁魔法を密閉できれば、障壁と障壁の間を真空にして温度を伝えないようにする方法もあったんだけど、それだとベアさんが出入りできなくなるから」

「いや、十分だ」

「天幕用の障壁魔法も二重構造にして頑丈にしたのをもうふたつ余分に作ったから、これも持っていて。それからただの空間拡張をした封筒、これもたくさん作ったからいざとなったら空気補充用にして。それから」

 「まだあるのか」

「水と氷とお湯の瓶。前に作ってからだいぶ経つからこっちと取り換えておいて」

「そこまでしなくても、時間凍結封筒にはいっているんだから大丈夫だ」

「でも、去年作ったのはそろそろ効果がなくなるころだよ。わたしの魔法もまだそんなに上手じゃなかったし、早めに交換したい」

「わかったわかった」

おとなしく学校に行っているかと思いきや、ひとりでいろいろ作り溜めていたらしい。

「あとね、障壁も後で見てもらいたいんだけど」

「障壁?」

「いつも大きな障壁を時間凍結魔法でつなぎ合わせて使っているでしょ? パネルを並べてから時間凍結魔法をかけるまでにどうしてもタイムラグができるから、その間移動魔法でもってなきゃならないでしょ? 普段はいいんだけど、ルリチョウの群れが来ている中で支えると結構ぶつかって魔力をもっていかれるの。時間凍結魔法がなくてもパネル同士を支えられないかと思って」

夕食後、場所を診療所に移して取り出したのは、三十センチ四方の色とりどりの障壁だ。いつものまっ平らなパネルではなく、上部に噛み合わせ用のおうとつがついている。

「一番最初に作ったのがこの灰色の。下のパネルの上にただ差し込めるようにしただけ。横からも上からもパネルを差し込めるけれど、高さを積めば積むほど内側にたわんじゃうのが欠点。下から上の衝撃があると外れるのも欠点だけど、簡単に外せるのは場合によっては利点かも」

トーコは実際にパネルをたててみせた。十枚ほど繋げるとたしかに上がぐらぐらする。

「こっちの青いのは重ねるパネルの下の部分にもかみ合わせを作ってみた。高さをあげても灰色のほどたわまないし、正面から衝撃を受けても外れにくいけれど、横からスライドさせて入れるから真横から衝撃を受けたら抜けちゃう可能性はある。所々にストッパーを噛ませれば安定すると思うけれど、急いでいるときはこれを間に挟んでいると構築速度が落ちるのが欠点」

そう言って、今度は長さも様々な黄色の棒のようなものを取り出す。

「これ、歪み防止のストッパーだけど、かませるとそこで九十度角度が変えられるから、この間のトカゲに襲われた時にやったみたいに空間を囲いたい時にも使える。で、この緑のは……」

「どれだけ作ったんだ」

「こういうの詳しくないから、取り敢えず思いついた端から作ってみた」

「この水玉模様や縞模様のは?」

「途中で七色じゃ足りなくなっちゃって」

ヘーゲル医師もベアも呆れた。

「子どもが遊びそうだな」

いくつかを手に取って組み立ててみたヘーゲル医師が呟く。

「確かにブロック遊びできそうだけど……」

ふと見るとベアが無言でパネルを漁って組み立てている。共同野営地の模型作りに夢中になっていた時と同じ熱心さだ。ヘーゲル医師とベアを暫く眺め、トーコは肩をすくめてお茶のお代りを淹れに立った。


「ディルク、魔法の調子はどう?」

「いきなりだな。別に変わりないけど、なに?」

ディルクが魔法を見てもらいに来ると聞いて、トーコはベアに頼んで休みを貰った。正確にはヘーゲル家に夕食を食べに来たビアンカについてきたのだ。台所は姉妹が占領しているのでトーコはヘーゲル医師の診療所にお茶を持ち込んだ。

「いや、移動魔法はどうなったかなって」

「移動魔法なら、トーコを持ち上げるくらいできるようになったよ」

ヘーゲル医師が答えた。

「えっ、いつの間に!?」

トーコはびっくりした。豆も動かなくて苦労していたのに、凄い進歩だ。

「やってみて、やってみて!」

「なんでだよ」

「見たいから!」

めんどくさいとか言いながら、ディルクは患者用の丸椅子の前にかがみこんだ。少し時間はかかったものの、椅子はちゃんと浮いて、着地した。

「よしっ! 倒れなかった!」

「おおーっ!」

トーコはめいっぱいの拍手を送った。魔力の送りこみにはムラがあり、コントロールも甘いが、普通に学校にも通いながらこれだけできるなんて、頑張ったんだなあ。トーコなんかせっかく学校に通わせて貰っていながら、ちっとも勉強できていないというのに。

「これだけじゃないぞ。この間水の魔法も教えてもらってな。ディルク、やってみろ」

失敗しても大事にならない魔法ということで、たまたま茶飲み話に来ていたご近所の治癒魔法使いにヘーゲル医師が頼んで教えてもらったという。

ディルクは姿勢を正して呼吸を整えた。これもやっぱり少し時間はかかったものの、両手で作ったお椀の中に水が染み出した。一度出てくるとそれはあっという間に膨れ上がって両手から溢れた。

「うわわっ! こぼれた!」

「わー、ちゃんと自分の魔力から水を生成できてるじゃない!」

「それが、大気中から集めるほうがうまくいかなくてな、試しに直接生成させたら見てのとおりの出来だ。水との相性はよさそうだ」

「わたしも水魔法は大好きだよ! お皿洗いもできるし、お茶も淹れられるし、すごく役に立つよ!」

「普通、そうゆうのに使わないよ。雑巾借りてくる」

「あれ? 魔力を水にできるのに、逆はできないの?」

ヘーゲル医師が弟子たちを見やった。

「もう少し魔力の扱いに慣れてからと思ったんだが、せっかく水魔法の得意なトーコがいるんだからやってみるか?」

もちろん、感覚的に魔法を使っているトーコにはディルクのような初心者に魔法の使い方を教えるような真似はできないので、ヘーゲル医師という通訳のできる指導者がいる。何度目かの失敗のあとで探査魔法でディルクを見ていたトーコは首をかしげた。

「うーん、水になったものを自分の魔力だと思ってる?」

「え? 水は魔力と違うだろ?」

「そうだけど、こーやって水を動かすことができるよね?」

トーコは自分が生成したコップ一杯分の水をリボンのように引き伸ばしてくるくる回した。

「移動魔法じゃなく?」

「移動魔法でもできるけれど、自分の魔力から生成した水なら、自然の水よりもっと簡単に操れる。さっきから見てると、どうもディルクが別物扱いしているような気がして。水の魔力への還元はいったん置いておいて、先に水流操作をやらない?」

「いいけど……トーコの言うとおりにしてると、どんどん本筋からずれていくんだよな」

「なに~」

「移動魔法の時だってそうだったじゃん。なんでか最後は明かりをつける魔法の練習になってたし」

「違うよ! あれは全部魔力操作の練習だもん! 基本だよ、基本! 基本は大事なんだよ!」

トーコは反論したが、ディルクの視線は冷たい。トーコが一生懸命あれこれ考えてくれたのは分かっているが、一生懸命やったからといって成功するわけではない実例が増えただけだった。

「とりあえずこの水を自由に動かすこと! それができなきゃ還元だってできるわけないんだから!」

「まあ、その辺はトーコの言うとおりかもしれんな」

ヘーゲル医師が調停し、水の魔力への還元まではできなかったものの、夕食後もやったおかげで、水に漣を立てることくらいはできるようになった。

「ディルク、結晶石に魔力は込められるようになったんだよね」

「当然だろ。寝る前の練習も続けてる」

「おお、偉い。じゃ、これあげるから、暇なときにでも練習に使うといいよ」

ビアンカとディルクを送った別れ際、トーコはディルクに木製の容器を渡した。お菓子が入っていた小箱だ。底に製作日を、蓋にディルク練習用、と焼き付けた。

「ダサい。これで何を練習するんだ?」

「空間拡張魔法と吸い込みの魔法をかけて、小さいけど結晶石もつけてある。自分で魔力を補充するのを忘れないようにね」

「見た目と性能があってない。魔力を込める練習用?」

「移動魔法の練習用でもあるよ。中にクルミを入れたから、それを移動魔法で取り出すこと。一粒ずつ出してもいいし、まとめてがさっと出してもいい」

「まとめてはちょっと難しそうな……」

「うん、水魔法のかんじからしてもそうだろうね。単体じゃなくてひと連なりのものっていうふうに捕らえられるようになるといいね」

「分かった。やってみる」

「美味しいクルミだから、がんばって!」


ギルド経由でユナグール大学のパウア研究員に呼ばれたのは塩沼から戻って半月ほど経ってからの事だった。トカゲの件でベアとトーコに話を聞きたいと言うことだったので、学校が終わった後、<深い森>での採集に戻っているベアを迎えに行って、一緒にパウア研究員の研究室を訪ねる。

「あのトカゲと同じ魔物は過去にバルク公国に現れていない」

パウア研究員は前置き抜きに話し始めた。

「新種なの?」

「ところがそうとも言い切れない」

トーコの疑問を否定したのはパウア研究員ではなく、研究室にいた年配の男だ。ユナグールではなく、公都バルカークの大学で研究をしているという教授はベアとトーコに質問を重ねた。どこで遭遇したか、飛ぶ速度は、飛び方は、魔法の威力は……。既にパウア研究員に聞かれたことなのでベアとトーコは同じ答えを繰り返した。パウア研究員と違うのは、魔法について詳しく知りたがったことだ。

「トカゲが使った魔法は君を吹き飛ばしたという竜巻の魔法だけ?」

「ううん。浮遊の魔法も使っていたよ」

「浮遊の魔法というのは?」

「重力の影響を減らす魔法。こういうかんじ」

トーコは近くにあった水差しを渡して浮遊魔法をかけた。

「ほほう。なるほど、これほど軽ければ、君の言う急な方向転換も可能だろうね」

「まて、トーコ。あのトカゲは浮遊魔法を使っていたのか!?」

ベアは慌てて口を挟んだ。

「うん。言わなかったっけ?」

「聞いていない。問題だぞ、それは」

「どうして?」

トーコは目をぱちくりさせた。

「他にも浮遊魔法を使う魔物がいただろう。火竜だ」

「本当かね!?」

教授が身を乗り出した。

「そうだけど……」

「仮説だが、あのトカゲは風竜の幼生ではないかと推測している」

「なるほど」

トーコは教授の言葉に納得しているらしいベアを見上げた。

「浮遊魔法を使うから火竜と同じってのは飛躍しすぎじゃない? だって、飛竜も浮遊魔法を使うよ」

「そうなのか?」

「うん。第一、ユナグールに現れた火竜とあのトカゲじゃ、格が違うよ。火竜はもっと圧倒的だったし、あれだけの威力の炎の魔法をひっきりなしに使っても底なしの魔力をもっていたけど、トカゲはあの一回だけ。そのあとも何回か使おうとはしていたから、一回しか使えないわけじゃないだろうけれど、わたしにも簡単に阻害できたよ」

「阻害、というのは?」

訊ねたのはベアではなく、教授だ。

「魔力を構築して魔法として発動させ……もが」

「魔法使いはそういうことはしゃべらない」

トーコは慌てて両手で自分の口を押えた。

「ごめんなさい。えっと、とにかく、魔法の威力だけなら竜巻級だったけれど火竜に比べたら全然たいしたことない。形だって似ていないし」

火竜はどっちかというとずんぐりしていているのに対し、ゲルニーク高原地帯で遭遇したのはトカゲのようにスマートで尾が長い。この長い尾を振り回してトーコの高速移動に追随できるコントロールをしていたように思う。

「おや、火竜と風竜の身体的特徴はまさにそんなふうに違うよ。知らなかったのかい」

「え、そうなの?」

ベアもトーコも初耳だった。ふたりして教授とパウア研究員の資料を覗き込む。

「ほんとだ、全然違う。てっきり色違いくらいの差かと思ってた」

「なんで色違いなんだ。トーコの障壁魔法と一緒にするな」

「なんでって……ゲームのグラフィックの刷り込みかも」

トーコは頭をかいた。思い込みって怖い。

「竜ってほかにどんな種類がいるの?」

「飛竜は種類が多いよ。確認できているだけで、十種類はいる。一番小さいのは体長二メートルもない」

「そんなちっちゃいの!?」

「飛行する爬虫類型の魔物のうち、強力な魔法を使ったり並外れて巨大なのをなんとなく竜と呼んでいるだけだから、もちろん小さいのもいる。ほとんどは君たちの獲ってきたトカゲくらいはあるがね」

「じゃ、あのトカゲも一応竜のうちなんだね」

「あのサイズが標準なのか」

ベアは眉をひそめた。ハルトマンが危惧するとおり魔の領域から魔物があふれてきたとき、あんなものに何匹も人の領域に侵入されてはたまらない。

「地の竜もいるんだ? わあ、硬そう!」

トーコは呑気に絵図を見てはしゃいでいる。

「地の竜は滅多に人の領域には現れなくて、記録がないんだよ。これも、三百年前のつづれ織りからの写しだ。デフォルメされていて、大きさも定かじゃない。伝承では水晶の鱗に、瑪瑙の瞳とうたわれているけれど、どこまで本当化は不明だね」

「きれいな竜かあ。ちょっと見てみたい。ひょっとして水の竜もいる? 龍みたいな感じなのかな」

「水の竜も人の領域と接している海域自体少ないから人の領域に侵入することも稀だけれど、船乗りの目撃情報だけなら豊富だ。信憑性については怪しいのも多いが、たまに水竜の死骸の一部が流れ着いたりすることはあるよ」

「この絵は……龍じゃなくて、首長竜っぽいね。ひれがあるし」

日本昔話のオープニング的なものを想像していたので、ちょっと残念。

「でもこうして見ると、確かに風竜とあのトカゲ似てるね。尻尾はここまで長くなかったけれど、これから伸びるところだったのかな」

「わたしが知っているもののほとんどは記録に残されたもので、実物を見たのは少ないんだが、あのトカゲは飛竜の特徴とは一致していなかった。逆に風竜と歯の数や爪の形は同じ、鱗の形状も非常によく似ている。明確な違いは、これまで退治された風竜は顔から首にかけての鱗が大きく発達していたんだが、それがとても小さいことだ。もしかしたら、年齢とともに変化するのかもしれんな」

「風竜の幼生という証拠もないなら、普通に飛竜の一種として売却するしかなさそうだな」

ベアが顎をなでながら呟いた。風竜とただの飛竜ではその価値に天と地ほどの違いがある。

「君にとっては残念だがね」

「ギルド構成員としては残念ですが、本当にこれが風竜の幼生だったら、それも頭が痛いことです。昨年<深い森>で営巣した火竜は卵をふたつ産みました。風竜も同じなら人の領域に近いところに親竜か兄弟竜がいる可能性も否定できないのでは」

「むろん、ある。というわけでわたしは大急ぎでブラクールへ戻って報告しないと。営巣した火竜に、風竜の幼生。魔の領域が落ち着かないことと合わせて大学から大公へ報告する事になるだろう」

ベアは一瞬ためらってから訊ねた。

「魔物が増えた原因は判明したんでしょうか」

「いくつかあるけれど、どれも証明しようがないからねえ」

「その中に大魔周期のことは」

「大魔周期なんて言葉をよく知っていたね。もちろん大魔周期の可能性もある。ただ、大魔周期による魔物の流入はある日一気に始まるらしい。対して今の状況は少し違う。色々な魔物が少しずつ侵入しているだけだ」

「今、一番有力な説はなに?」

トーコが訊ねた。

「近年稀にみる大豊作の影響だ」

教授はあっさり言った。

「昨年も豊作だったし、その前もだ。それで魔の領域全体が活性化していよいよ溢れたというのが大方の見方だ」

「ってことは、根本的な解決策はないのかあ」

素人に毛が生えた程度のトーコにとって不作は痛いが、どっかで大凶作がくれば沈静化するのだろうか。


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