表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

第26話 ハルトマンの告白

八月下旬。

ベアとトーコは、再び採集生活に戻った。ギルドの駆除作戦の後始末とアムル村での野菜採りにうつつを抜かしている間に、夏の盛りは過ぎ、秋に向かう気配を感じるようになった。

もう一度オオミツバチの巣を採りに行ったトーコは、蜂蜜のお礼に熟れ過ぎたタマゴスモモを巣の近くに置いてきた。ついでに共同野営地の土台にする石をくりぬいたあとの岩も置いてきた。オオミツバチの巣の入り口くらいの大きさの穴をあけてある。

「巣が増えたらいいなあ」

「巣が近い気もするが」

「近いとダメなの?」

トーコがテレビで見て知っている果樹園の受粉風景では、いくつも巣箱が並んでいたような気がする。

「さあ、俺も養蜂に詳しいわけじゃない」

「ダメだったら、場所を移すってことで」

「幼虫や蛹が数取れるに越したことはない」

「蜂蜜も!」

蜂蜜は好きだが、ベアが幼虫を串に刺して炙りはじめると全力で逃げていくトーコである。

「バベッテ姉さんにいいお土産ができた」

夜明け前の蜂の動きが鈍いときを狙って巣を襲撃したトーコは、蜂蜜を集めた瓶を抱えて嬉しそうに声を弾ませた。苦手な早起きをした甲斐があったというものだ。

「今日は俺もユナグールに行く。ギルドに用がある」

これから入域する構成員で混雑するギルドにふたりで顔を出すと、入れ違いに出ていこうとしていた女と目があった。

「あら、お久しぶり」

「リーネさん!」

トーコがぴょんと飛び跳ねて弓を背負った女狩人に駆け寄った。

トーコがまだベアについて入域できなかった頃、アカメソウの実を摘む依頼を一緒に請けてくれたのがリーネだった。先日のユナグール周辺の草原の魔物の駆除作戦でも、チームの仲間とともに中央で勢子に追い出された魔物を鮮やかな手並みで射倒していた。

「この間は助かったわよ」

「え、リーネさん、全然危なくなかったでしょ。リーネさんのチームにはなんにも手助けしてないよ」

トーコはきょとんとした。リーネの矢は十分な距離があるうちに魔物を正確に射抜き、数が多いときでも、近寄られると厄介なのから優先的に倒し、近くまで来ても慌てず、同じチームの槍使いたちに任せていた。

いくらリーネの弓の腕が優れていても、矢は消耗品なのでペース配分を間違えて足りなくなればあとで困る。そのあたりも勘案してうまく振り分けていた。トーコと出会ったときはチームに問題を抱えていて、結局抜けたリーネだが、その後いいチームに巡り合ったようだ。

「そうじゃなくて、わたしの獲物をちゃんと選り分けておいてくれたじゃない。おかげで矢が楽に回収できて良かったわ」

「あ、なるほどね」

矢は使い手によって長さが違う。女武芸者の多いユナグールであっても女性の腕にちょうどいい長さの矢自体あまり出回ってないので、いつも矢は職人に直接依頼なのだそうだ。注文すればすぐに出てくる代物ではないので、彼女にとって矢が戻ってきたことは喜ばしいのだ。折れたり曲がったりしないで再利用できるものがどれくらいあるのかは分からないが、喜んでもらえてなによりである。

ところが。

「え、そこなのか」

「違うだろ」

リーネのチームメイトたちが一斉に突っ込んだ。

「え?」

満足していたトーコは面食らった。その顔を見てリーネが笑いだす。トーコの頭に手を置いてわしわしかき混ぜる。

「あんた、いい子ね! 本当は、誰の獲物かはっきりしていたから、分配で揉めなくて早く後処理がすんだって言いたかったの。こういうのって大抵誰が仕留めたの、回収したので揉めるから」

「えっ! でもふたりで協力して倒したのとかも適当に近くの封筒に突っ込んじゃったんだけど」

「そのくらいはしょうがないわよ」

それは、リーネが大雑把な性格だからではないだろうか。後の分配のことまで考えていなかったトーコは背中に冷や汗をかいた。

「次もよろしく頼むな」

「今回はかなり余裕があったからできただけで、次もできるかは分からないんだけど」

「こんな次があったら困る」

ベアも釘を刺した。

「でも、あんたたちにもいい狩りだったんじゃないのか。結構倒したって聞いたぜ」

「俺たちは取り分に関係ないからな」

後方支援役のベアとトーコは既定の日当だけだが、前線のもっとも危険な場所を引き受けた狩人たちには狩った獲物の所有権がある。今回に限った事でなく、通常の駆除依頼などもそうだ。ギルド構成員たちにも、獲物は倒した人の物という共通認識がある。

しかし実際問題として、共闘することもあれば、高値のつく大物ほど簡単には回収できない事情もあり、後で貢献度などで揉めるのは日常茶飯事だ。今回はすべてトーコが獲物は回収したし、いくらトーコが倒しても所有権がないのは決まっていたので、誰も表立っては文句を言わなかったが、それでもトーコが自分で倒した分は適当に最寄りの封筒につっこんだので、得した人、恩恵にあずかれなかった人がでてくる。そこまで平等にしようと思うと、本来の役目に支障が出るので、どこかで妥協しなくてはならないが、全く不満の出ない分配方法はないだろう。

「えーっ、そうなの? あなたたちの倒したのは傷が一つもないんでしょ? 言えば認めてもらえないの」

「それを全員が言い出したら収集がつかなくなる。事前に分配方法に意見しなかった時点で、どうしようもないな。第一自分の狩りに夢中になって、治癒が疎かになったら本末転倒だ」

リーネの仲間の男が口笛を吹いた。

「お、腕のいいやつは言うことが違うね。安全なところから獲物を横取りする奴は嫌いだ」

「そんなことする人いるかなあ。危ないから助けなきゃって思っただけかもよ」

「いーや、違うね」

どうやら昔何かあったらしい。愚痴りそうになったのを察した仲間たちに連行されてしまったが、ギルドの内実も一枚岩には程遠い。個々での対処が難しいから力を合わせてやりましょう、ということのはずなのに。

「公平も平等も言うは易し、行うは難しだねえ」

リーネたちを見送ってギルドに入ったトーコはいつものように掲示板を写した。

「もうアカメソウの実の依頼が出てる。まだ走りだからいい値段だね。今年はアカメソウもいっぱい採るぞ!」

千年樹の森の手前の草原や、果樹の草原にもアカメソウの群生地がいくつかあった。ユナグール周辺とちがって競合しないので、存分に採集する予定だ。料理では一度にたくさん使うわけではないが、乾燥させておけば一年中使える。角ウサギにも良くあうが、そのままつまんでも美味しい。生の実は二日酔いにも効くので、お酒の好きなヘーゲル医師のためにもキープしておきたい。

掲示板とギルドからのお知らせを読んでいる間に、カウンターが空いてきた。買取のカウンターで持ち込み品を計量していると、ベアの古なじみのギルド職員がやってきて応対してくれる。彼が重量を確認し、トーコが地下倉庫へ品を運ぶのを手伝っている間に、ベアは自分とトーコの台帳をめくった。同じ日付に似たような金額が並んでいる。持ち込みの回数が少ない割に、ちまちました数字が頻繁に出てくるのはトーコが角ウサギや採集物をギルドを通さず売ったぶんだろう。

「トーコ、これはなんだ」

ベアが知らないにしては金額が大きなものがある。地下から戻ってきたトーコはベアの手元を覗き込んだ。メモをめくって該当の日付に近い売却記録を探す。台帳には買取票と違って何の代金か書いていないうえに、ギルドが仲介した買主から入金があってから都度記載されるので、付け合わせるためにも手元の記録は欠かせない。

「えーと、金額と日付から言ってこれだと思う。長距離飛行船の動力用の魔力。わたしの分の報酬は結晶石で貰った」

「ああ、あれか」

「魔力はかかるけれど、時間効率でいうととても割のいい依頼だよね。三分でこの金額は美味しいなあ。また依頼ないかな」

「握りこぶし大の結晶石を同時に十数個満たせる魔法使いなんてそうはいない。また依頼されるんじゃないか」

「でも、飛行船は十日くらいはユナグールに停泊しているから何人かで手分けしてもいいし、数日かかってもいいみたいだったよ。結晶石屋のおじさんに聞いてみようっと。あ、買取票の記載終わったみたい」

帰還報告と同時に翌日からの入域申請も出してふたりはギルドを後にした。

「ベアさんはこのあとどうするの? わたしは一度ハルトマンさんのとこに寄ってからあちこち回ってバベッテ姉さんのとこに行くけれど」

「ユナグール大学に」

「じゃ、大学まで送るね。持っていくものある?」

「俺の手持ちで足りるだろう」

トーコと別れ、ベアはユナグール大学にパウア研究員を訪ねた。彼がいなければゼッケ研究員でもいいと思っていたのだが、運よく彼は研究室にいた。嬉々として魔物のはらわたをつつき回す変人だが、その知見には敬意を払っている。彼のほうも好意的で、諸手をあげて歓迎し、学生たちに紹介してくれた。

「今日は何を聞きに来たんだい」

お見通しである。ベアは最近の魔の領域の異変を順に話した。

「客観的な意見が訊きたいと思いまして」

「今年の魔の領域は豊作だと言う話は聞いていたけれど、そんなことになっているとはねえ。凄く興味深いよ」

「もう一度確認しますが、魔の領域と人の領域の境界が揺らいでいるということはないのでしょうか」

「うーん、自信なくなるなあ。過去を辿るには限りがある。同時にそこから推測される未来にもね。これまでの歴史でなかったから今後もないとは言い切れない。正直、ベテランの君がそこまで気にしているのでなければ、そんな年もあるだろう、と思うところなんだ」

ベアは落胆した。どうやら彼にならもやもやした気分を晴らしてもらえるのではないかと期待していたようだ。

「自分でも何がひっかかっているのかわかりません。ですが、俺だけでなく、他のギルド構成員も魔の領域がいつもと違うことを気にしています」

ギルド長は何か知っていそうなのだが結局会えずじまいだ。本当にタイミングが悪いのか、避けられているのか。結晶樹の実の強制依頼の時、ギルド長は「今は言えない」と釘をさした。そしてわざわざ納会の人ごみに紛れてベアに直接口頭で依頼を告げた。なぜあんな風にこそこそする必要があったのだ。

結晶石の採掘者たちにも同じタイミングで、同様に依頼した。魔の領域の異変と関係あるのかないのか。ベアはあの時のギルド長の表情を思い出そうとした。好んで同席したい相手ではないので、まともに顔を見なかったせいか、記憶があいまいだ。

納会に行きたいと言い出したのはトーコで、ベアは必ずしも顔を出すつもりはなかった。今までも顔を出したり出さなかったりだった。とすれば、ギルド長はベアを待ち構えていたのではなく、採掘組を待っていて、たまたまベアにも依頼したということなのだろうか。

あの時、どんなタイミングでギルド長は現れた? 宴は進み、だいぶ賑やかで、誰も影のようにひっそりとやってきたギルド長に気を払っていなかった。たしかトーコはもう席を離れていたはずだ。いや、最初から思い出さないとダメだ。トーコが先に行っていて、ベアに遅いと文句を言った。文句を言いながら、ベアの席を作ってそこへ……。

「ハルトマン」

「国境警備隊の将校? 彼がどうかしたのかい」

「いえ……」

ハルトマン。彼は何故あそこにいた。単に宴の賑わいと酒の匂いに釣られてだと思っていたが、よく考えればギルド長と前後して現れた。

そしてもうひとつ思い出した。

以前、トーコがギルドの使い走り中にならず者に絡まれてトラブルになったことがあった。通報されたのはトーコのほうだったのだが、駆けつけたのがたまたまハルトマンの部下だったので、ギルドへ戻ったトーコにハルトマンが説教を食らわせた。ハルトマンの部下がご注進に走ったとトーコはぼやいていたが、彼はそもそもギルド長へ角ウサギの人の領域への侵入事件の情報供与とそれに伴う協同作戦の連絡に来ていたのだ。だが、それだけなら何故滅多にいないギルド長を訪ねてギルドにいたのだ。普通ならギルド長の屋敷を訪ねないか。

しかも、その直前に彼はヘーゲル医師を訪ねていなかったか。恩師のところにはよく顔をだしているようだが、こうなると気になる。

「魔力が食物連鎖を通じて、濃縮されることはありますか」

ベアはパウア研究員に尋ねた。

「濃縮?」

ベアはためらいがちにトーコの思い付きを話した。ハルトマンには一掃された案だが、どことなく彼を信用できないと感じる。

「斬新で面白い考えだ」

「子どもの思い付きなので、聞き流していただいてもいいんですが」

「いや、彼女の考えは僕や僕の師匠の考え方と矛盾していない。君がハルトマンに指摘された問題は残るけれど、考察に値すると思うね。君たち意見は?」

パウア研究員は周りで興味深そうに話を聞いていた学生に問いかけた。負けん気の強そうな学生が真っ先に発言を求めた。

「まず、植物や昆虫の魔力を本当に見分けているのか実験・検証する必要があると思います」

「そうだね。どうやってやろうか」

最初に発言を求めた学生が言葉につまり他の学生が手をあげる。あっという間に賑やかな議論の場になり、ベアはたじろいだ。パウア研究員がうまく舵をとり、三十分ほどで議論はひと段落した。すなわち、本人がいなくてはどうしようもない、という結論に。

「君たち冬も魔の領域に入るんだろう? こっちはいつでも待ってるから、今度は弟子を連れておいでよ」

「そのことで、ひとつお願いがあるのですが」

 ユナグール大学を辞したベアは自分の用事をすませたあと国境警備隊の宿舎へ足を向けた。夕刻で、そろそろハルトマンも戻っているのではと思ってのことだが、宿舎前でばったりとトーコと鉢合わせした。

「ベアさん! どうしたの?」

跳ねるような足取りでベアに並ぶ。

「ハルトマンに用があってな。トーコは何の用だ」

「角ウサギの回収だよ」

「捌いてもらっていたのか?」

「ハルトマンさんとこの人たちが、毎週大量に角ウサギを捌いているの。その日に食べきれない分を取り敢えず預かってる。冬用の毛皮目当てみたい」

「預かってる?」

「うん。食べてもいいって言われてるけれど、冬になったら出せって言われそうな気がする。ベアさん、欲しかったらいつでも言って。たっくさんあるから」

しゃべりながら宿舎の門をくぐる。トーコがフードを背中に落として元気よく挨拶しただけで、誰何もされなかった。待っていた案内の兵士が怪訝そうにベアを見る。

「ベアさんがハルトマンさんに用なんだって。ハルトマンさんいる?」

兵士は「ベアさん」という単語を聞いてああ、あの、という顔をした。

「そのうち顔を出されると思いますよ」

ベアは中庭を目いっぱい使って作業している光景に呆れた。トーコも兵士も慣れた様子で樽を受け渡している。

「いつもこんななのか」

「うん」

預かったものをメモしながらトーコは頷いた。

「骨とか頭も、後で煮てスープにするんだって。そしたら分けてもらおうっと。ハルトマンさん来ないねえ」

「いつも来るのか?」

「いたりいなかったりだよ。ベアさんはハルトマンさんに何の用? ギルドのお使いじゃないよね」

「違う。そうだ、トーコ、秋から学校へ行くか」

深く聞いてほしくなかったので、ベアは違う餌をぶら下げた。トーコはメモの手をとめてびっくりした顔でベアを見上げた。

「学校?」

「ああ。パウア先生のところの学生が通っていた学校が東区にあるそうだ。上級学校を目指している子どもが通う塾のようなものらしい」

「塾ってことは、週に何回か、学校が終わる時間に行くってこと?」

「いや、町の初級学校に通わないで、上級学校を目指して勉強をするということだ」

「え、えーとよく分からない。初級学校の次が上級学校で、その次が大学だよね?」

「だいたいそうだ」

「なのに、初級学校に通わないで、上級学校に行くの? いいの、それ?」

「俺もよくは知らんが、町の初級学校よりこっちの方がいいんじゃないかって話だ。どのみちトーコは上級学校に行くわけじゃないからどっちでも構わんだろう」

「そうなの?」

「俺も詳しくは知らんと言っただろう。アニの旦那にでも聞いてみたらどうだ。町役人なら最低でも初級学校くらいは卒業しているはずだ」

「うん。あの、その塾って、普通の学校みたいに週に五日とか六日とか行くの?」

「そうじゃないか」

「そうすると、一日の半分が入域できないってことになる……?」

「学校がある間は入域は無理だな。学校が長期の休みの時にでも、除籍されない程度に入域申請を出せばいい。初級学校よりは費用がかかるが、向う三年くらいは保つくらいの採取物はあるから、それをギルドへ持ち込めば大丈夫だ。ゲルニーク塩沼だけはもう請けてしまったからその間は学校を休ませてもらえ。ハルトマンから一筆貰うといい。どうした」

ベアはトーコが妙に静かなので怪訝な顔をした。トーコは暫く手を握ったり開いたりした後で恐る恐る訊ねた。

「……チームはどうなるの? か、解散?」

「いや。ギルドへの持ち込みのほうを任せる」

「そ、そっか。そう言ったよね」

「何か問題があるか? どこか行きたい学校があったか?」

「ううん。ちょっとびっくりしただけ。えと、学校の事ありがとう」

「まだ行けると決まったものでもない。パウア先生のところの学生が母校に訊いてみてくれるそうだ」

「そうなんだ」

沈黙が下りた。なんとはなしに居心地の悪い沈黙だ。

「トーコ、行きたくないなら無理に行く必要はないぞ」

「う、ううん! 行きたい。ありがとう、ベアさん。週末だけ合流すればいいのかな」

「無理だろう。どう移動するかは分からんのんだし、学校もそんな呑気じゃないと聞いている」

「そ、そうだね」

再びの沈黙。ベアはいらただしくなった。

「言いたいことがあるならはっきり言え」

トーコは慌てて首を振った。

「ううん、ない! ありがとう。バベッテ姉さんの手伝いがあるから戻るね。ベアさん、また明日」

「ああ」

バタバタと走っていくトーコの前方にハルトマンが現れた。出会い頭にぶつかりそうになり、首根っこを掴まれている。すぐにトーコは走り去り、ハルトマンは怪訝そうに視線でその背中を追った。そして見ていたベアに気が付くと器用に片眉をあげた。

「今度は何をやらかしたんだ?」

「家の手伝いを忘れていたらしい」

「はあ? それが泣く程の事か」

「泣く? 誰が?」

「今、トーコが」

「なんでだ?」

「俺が知るわけないだろう」

ハルトマンが呆れた顔をする。ベアも首をひねった。

「実は学校は嫌いなのか?」

「学校? 何の話だ」

「秋から学校に行っていいという話をしていたんだが。様子が変だった」

てっきりもっと喜ぶかと思っていたのに、煮え切らない様子だった。

「そら、勉強が好きな子どもなんて希少だろう。嫌いな子はいくらでもいるが。そういやあいつ、神殿の慈善教室に一時期行っていたな。再開するのか」

「それだと物足りなそうだったんで、違うところだ。なんと言ったか……」

名前が出てこない。

「なんだ、お前たち」

ハルトマンが近くにいた兵士たちに目を向けた。こそこそと互いをつつきあっている。上官の視線を請けて彼らは姿勢を正した。

「彼が言いたいのは準備学校のことだと思うのですが」

「ああ、そんな名前だった」

「準備学校? トーコが? 本気か?」

ベアはハルトマンに身を乗り出されて、気持ち体を引いた。

「なんだ。問題あるのか」

「確認なんだが。準備学校に通ったことはあるか」

「まさか。村の初級学校に数年がせいぜいだ」

「だよな。それが普通だ。準備学校ってのは基本的に上級学校に入学することを前提に、上級学校での授業についていけるだけの基礎知識を身につけるところだ。初級学校で習う程度の初歩的な読書計算だけじゃまるで足りないからな」

ベアは顎を撫でた。

「もしかして、トーコには難しかったか」

「準備学校にも色々あって、家に教師を置けるような金持ちの子どもが通うようなところもあるし、商人や役人の子が行くような実際的なところもある。どんな上級学校に行きたいかにも左右されるしな。だけど、さっき言っただろう。上級学校に行く子どもが通うところだと。上級学校に女が行くか?」

ベアもやっと自分の迂闊さに気が付いた。上級学校の上は大学。そしてそれなりの規模のユナグールに大学がひとつしかないように、公国全土でも大学などいくらもない。上級学校を出ただけでも十分エリートで、上級官吏や軍の将校は大抵上級学校出だ。

「パウア先生のところの学生は何も言っていなかったんだが……」

「じゃあ、そこが女の入学も認めるようなところなのかもな。俺は聞いたことがないが、準備学校なんて名乗っていてもひとりかふたり上級学校へ学生を送り込むのがやっとというようなところもあるそうだし。考えられそうなのは慈善的な運営の学校とかか? パウア先生の研究室に入るくらいなら、相当優秀だろうから裕福な家の子どもじゃない奨学生ってのも考えられる。だが、問題はそこじゃない」

胸をなでおろしかけていたベアは身構えた。まだあるのか。

「準備学校となると一日のほとんどが潰れるんじゃないのか。授業自体が昼過ぎに終わっても、課題やら授業の準備があるのに、それでギルドの活動までできるのか?」

「それなら折り込み済みだ。向う三年くらいはギルドの活動を休んでも大丈夫なはずだ」

「三年!?」

ハルトマンが声を高くした。

「三年もギルドの活動を休ませるのか!?」

「長期の休みの時にでも近場の依頼を請ければ除籍もされんし。ああ、国境警備隊依頼のゲルニーク塩沼行きはちゃんとやらせるつもりだから、心配いらん」

「正気か? あんなあほでも、いるのといないのとじゃ、採集効率も危険の度合いもまるで違うんじゃないのか」

失礼な物言いに、ベアもむっとした。二十年以上魔の領域で単独活動しているのに随分と見くびられたものだ。

「この一年が異常だっただけで、元通りになるだけだ。問題ない」

「今は魔の領域に異常があると聞いている。せめて学校を来年にできないか」

「物覚えのいい年齢なんて限られている。今年の魔の領域はたしかに異常だが、これがこれからの普通かもしれん。そこまで俺の身を案じてくれるとは意外だ」

いくら兄弟子でも立ち入りすぎじゃないか。さすがのベアも腹が立つ。

「当然だ。あんたに何かあったら、誰がトーコを抑えておけるんだ」

ベアは怒るのも忘れて、めずらしくも失言を重ねるハルトマンを見た。気が付かず、ハルトマンは口の中だけで小さく呟いた。

「三年もトーコに魔の領域から離れられるのは、まずい」

「どういう意味だ」

独り言をしっかり聞いていたベアは語気を強めた。ハルトマンははっとし、舌打ちした。

ベアは彼に抱いていた確証のない疑念が増幅するのを感じた。彼は何かを知っていて隠している。そしてそれは魔の領域の異変と関係があるのではないかという疑い。都合のよい食糧調達源がなくなるというようなことではないはずだ。

「ハルトマン、いつからギルドとつながっている」

ベアは直観でかまをかけた。

ハルトマンは舌打ちをこらえる表情になった。ベアに時間があるか、と尋ね、部下に出てくると告げた。どこか適当な店はないかと聞かれたので、以前採掘組と話をした店へ足を向けた。同じ席が空いていたので、そこへ座る。

「大魔周期って言葉を聞いたことがあるか」

「建国史に出てくるあれか?」

バルク国の人間ならだれでも知っている物語だ。魔物の跋扈する土地から魔物を一掃し、バルク国を建国した英雄譚。それこそ子どもの時に聞くお伽噺と史実がないまぜになったおはなし。

「正確には違う。人の領域で不作の年と豊作の年があり、寒冷な年と温暖な年があるように、魔の領域でも年ごとに変化がある。パウア先生によれば、ユナグールが魔の領域だった時代は、このあたりは今よりもっと寒い土地柄だったそうだ」

「今より寒い? どういう意味だ」

「今言ったような、年ごとの違いが、世界の長い歴史ではもっと大きい規模で長い年月をかけておこっていると思えばいい。そして、気温や降雨量と同様に変化するものに魔の領域ならではのものがひとつある。なんだと思う」

「魔物か?」

「違う。魔力だ」

「魔力……?」

「古い時代では俺たちが魔物と呼んでいる大型動物だけでなく、虫でも植物でも魔力を持っていると当たり前に信じられていた。だから、魔の領域の産物は薬というだけでなく、魔力を帯びたものとして珍重され、魔の領域との入り口は神殿にとって重要な拠点だった」

「神殿?」

神殿ならどこにでもある。ユナグールにもあるが、冠婚葬祭を除いてベアはあまり縁がない。

「そうだ。古くは神殿が魔法使い、当時の神秘の使い手を囲い込み、統括していた。大学も神殿付属の神学、薬学、神秘の研究と使い手の育成機関だった。だから当時の記録や文献もユナグール大学には豊富にあって、パウア先生、正確にはパウア先生の師匠もその記録をもとに魔の領域の生き物はすべからく魔力を帯びているという説を展開しているわけだが、トーコはあっさり肯定したな。昔はトーコのような神秘の使い手が大勢いたのかもな」

「話がよく見えないんだが」

「悪かった、結論から言おう。大魔周期とは魔の領域にある魔力が増減する周期の事だ。ある程度安定したサイクルでこれは起こっているらしい」

「一万年とかいうやつか」

「いや。領域の境が変わるほどでなくても単なる魔力の増減だけなら数百年単位でおこっているらしい。一番最近魔力が最も高くなったのが約三百五十年前。バルク公国建国の百年後くらいだな。そして今また周期が巡ってきているのではないかと思う。ただしこれは俺の個人的な考えであって、パウア先生とも国境警備隊ともギルドとも関係がない」

ベアはゆっくりとハルトマンの言葉を脳裏で転がした。

「根本的なことを訊いていいか。その話の真偽はわからんが、だとしたら何が起こると考えているんだ。今よりももっと魔の領域が活性化するのか」

「ピークがどこかはわからん。来月には収まるのかもしれんし、終わっているのかまだ増えている途中なのか。誰も経験がないから、文献しか頼れるものはない。何がおこるかと聞かれても、誰も答えらないだろう」

「雲をつかむような話だな」

ハルトマンは中身の減っていない酒杯を揺らした。

前の発生から三百五十年。パウア研究員の説によればハルトマンが生きている間に来る可能性はあった。しかしこうもすぐに来るとは思っていなかった。

「前にサンサネズの実とりに強引についてきたのも、実際に中の様子を伺いたかったからか」

ベアは付き合いの浅いハルトマンの行動を思い出していてひっかかったことを口にした。

「そんなとこだ。二十年以上魔の領域に入り続けたベテランが素人のトーコを連れて数日入る。そこまで危険ではないはずだし、周辺域をうろつくだけではわからない部分を見る絶好の機会だと思ったんだ。教師は思っていた以上に優秀だったし。それなのに勝手にトーコは転移魔法で俺を追い出しやがって」

転移魔法が使えるなら言っとけよ、しかも帰りは違う場所を通ったらしいじゃないか、と最後が愚痴になった。ベアは納得した。だから査察官が来るというのに無理を押して参加したのだ。

「確信したのは火竜の件だけどな」

「火竜? 竜が前触れなのか?」

「前触れというより単なる現象の一部じゃないか。めったに人の領域に近寄らない竜が火山があるわけでもない場所に現れて営巣したってんだから、魔の領域の内部では相当に魔力が高まって、魔物が増えているはずだ。火竜は卵を産む場所が必要だったが、充分な縄張りが得られずにこんな辺境まで押し出されてきたんだろうな。訊けばこの数年、魔の領域は不作とは無縁らしいじゃないか。魔の領域のはじっこであるはずの<深い森>でさえ魔物がいつもよりたくさんの仔を産んで育ちあがっているんだろ? 去年、サジンダケも例年よりかなり多くの胞子を飛ばしたそうだが、パウル先生の発掘調査でサジンダケの胞子の体積した地層というのがあってな、それが大魔周期を知る目安になるそうだ。……魔の領域全体の魔力が高まっているとしか考えられない」

とすればその後に何が来るかは明白だ。

「魔物が魔の領域からあふれ出てくる……」

自分で口にしておきながら、不吉な言葉にベアは肌が泡立った。

「角ウサギの周期発生などかわいいものさ。やつらはせいぜいが噛み付くか引っかくかだからな。魔物は魔力の薄い人の領域で繁殖しないが、殖えないからといって越境した魔物を殲滅するのには年単位の時間がかかる。人の領域になだれ込んだ魔物がどれほどの被害をもたらすと思う?」

「想像もつかないな」

「三割だ」

ベアがなんとなく打った相槌に思いもかけない明確な答えが返った。

「三割?」

「当時の人口の三割が犠牲になった。直接魔物に襲われただけじゃなく、魔物の流入を止められず放棄した町や村の住人が魔の領域から離れた土地に逃げ込む。魔物のうろつく畑での耕作は放棄され、兵士の損耗も激しいから食糧生産にまわせる労働力が減る。魔の領域近くの物流や産業は壊滅的な打撃を受け、あっという間に国全体が飢えることになる。食料をめぐって暴動が起こり、城壁のある都市は安全を求めて際限なく押し寄せる難民を排除しようとする」

ハルトマンは淡々と続けた。ベアは背筋が寒くなった。ベアにとってのお伽噺が、急に過去の歴史として迫ってきた。

「周辺国も必死さ。公国民が死に絶えたってかまわないが、なんとしてもここで公国に踏ん張って魔物に対抗してもらわなきゃ魔物は国境なんか理解しないからな。自国のごろつきを集めて傭兵に仕立て、貴族の次三男を指揮官として貸し出す。実際にはていのいい厄介払いさ。そうやって減った人口を補ったから今のバルク公国があるわけだがな」

「何故それを俺に話す」

答えはわかっているが一応言っておかないとなし崩しにされそうだった。

「トーコについててくれ」

ハルトマンにいつもの陽気さはなかった。

「説得ではなく?」

「そこまであいつも馬鹿じゃない。だが、未熟だ。経験が圧倒的に足りない。十年後だったら良かったんだ。あんたについて知識と経験を積んでいれば。せめて五年、いや三年あったらな」

ため息が未練がましかった。

「魔の領域に異変があれば、中に入っているギルド構成員が真っ先に気が付く。火竜のときのようにトーコが転移して町に警告できればいいんだか、それにはあんたの指導がいる。そのあとの溢れる魔物への対処にもトーコを指図できる人間が必要だ」

「俺も攻撃的な魔法は得意じゃないんだが」

「トーコには竜の相手と治癒を最優先にさせる。通常の戦線には軍と義勇兵がでる。俺も実際に部下と<深い森>に入ってわかったが、魔物相手は人間とは勝手が違う。やられながら経験で覚えるしかない。正直角ウサギのときはチャンスだと思ったんだが、ギルドにトーコをとられたのは痛かったな」

「国境警備隊にも腕のいい治癒魔法使いがいたと思うが」

トーコの師のヘーゲル医師などだ。

「うちももちろん必要だが、できれば州軍にまわしたかった」

「州軍に?」

意外な答えだった。自分たちの被害を抑えるのではないのか。

「国境警備隊の連中はなんだかんだいっても魔物を相手にした経験や、ある程度の知識がある。だが、いざという時真っ先に派遣されるのは彼らだ。そこで少しの間でも食い止めてもらわなきゃ、後詰めをすることもできやしない。終わった話はいいんだ。実際にことが起こった後、経験のない軍にどれだけ魔物の相手が出来ると思う? こうなったらトーコを最大限に使うしかない」

「治癒魔法で回復しながら魔物への対処を覚えさせる……?」

あまりに突拍子もないのでベアは自信がなかったが、ハルトマンはうなずいた。

「それしかないと思っている。トーコやギルドの魔法使い数人がいくら大きな攻撃魔法を使えても、あちこちに出没する魔物の群れには対処しきれない。ある程度トーコの援護下で訓練して経験を積んだら他へ回す。新兵を入れて、また訓練する。トーコに攻撃させるのは安全に撤退させる時だな」

ベアにはハルトマンがまったく自分とは別の次元で思考していることだけわかった。目の前のことだけ、自分のことだけで手一杯なベアとは違う。国を、未来を見据え、そのために何が必要で、今何をすべきなのか考える人間だ。

急に彼が遠く感じられた。ヘーゲル家でトーコの失敗を肴に同じ卓を囲んだのはつい先日のことなのに。

「トーコに必要最小限の治療に専念しろといっても、目の前に怪我人がいたら、つい手をだしちまうからな。いざとなったら、あんたにはトーコを連れて逃げてもらう。部隊が崩壊しても人の領域が少し削られるだけだが、トーコが死んだら、後が相当厳しくなる。魔物の群れは犠牲をいとわず戦えばある程度なんとかなる。だけど、竜はな。実際に見てわかったが、千人、一万人の軍じゃあってもなくても同じだ。たとえ縄張り争いに負けて追い出された味噌っかすの竜でも、真っ向から相手できる人間なんてトーコくらいしか知らない。実際に事がおきればそういった能力のある者が出てくるだろうが、現時点で確実に竜を仕留められるトーコは何があっても温存しなくてはならない。だけど、そういうの、あいつ苦手だろう」

「なまじ魔力切れの経験が浅いからな」

ベアもそれは認める。角ウサギのときも、治癒の優先順位のつけ方はかなり大雑把だった。そして負傷者の識別ではなく、より早い段階での治癒という魔力量と魔法技術にものを言わせた力押しで最後まで押し切ってしまった。

トーコは本当に厳しい戦場を知らない。その場に重傷者と軽傷者がいればもちろん重傷なほうを優先するが、今いる命にはかかわりない重傷者とあとからくるかもしれない重傷者のどちらに魔力を残しておくのかの判断ができるとは思えない。

更にいうなら、治癒を施せばすぐに戦前に復帰できる軽傷者十人と、大量の魔力を送り込んで治癒すれば助かるかもしれない重傷者ひとりの命を秤にかけ、後者を見捨てることができるか。戦線の維持が出来なければより被害が拡大する。

角ウサギより多種多様で大量の魔物の群れと新兵との間で戦闘が起こる。トーコが最初のパニックから立ち直り、落ち着いて対処できるまでが鍵だ。ハルトマンが作戦の基点をトーコに置く以上、トーコが失敗すれば、軍も崩壊する。

ベアは酒杯の中で揺れる水面を見つめた。十五の子どもに寄せられる期待と責任の大きさを思うと気が重くなる。

「参考になるものが過去の文献しかないから確実なことは何もない。ただ、魔物の流出は一気に始まる。去年はあっち、今年はこっち、というふうには聞かないから、どこかに臨界点があってそれをこえるとということなんだろうと思う」

「もしかしてギルド上層部に年末ごろにこの話をしていたか?」

「大魔周期についてだけな。<深い森>からあがる大型の魔物の売買記録を調べてもらった。過去十年間分、書類をひっくり返して手作業で数えるわけだから文句たらたらだったけどな」

いい着眼点だ。深い森の産物はギルドを通ることになっている。自家消費したり、需要が多くないものはすり抜けてしまうが、食物連鎖上位の大型の魔物が横流しされることは殆どない。数も多くないから、目視で数えるならこれくらいでないと数えきれなくもある。

そして結果は明らかだったのだろう。

ベアに密かに結晶樹の実をとれるだけ、まだ樹になっているものもありったけとって来いという強制依頼が下されたのはこの結果をうけてのことだった訳だ。角ウサギで消費したぶんの補充などではなく。

「前に軍の官吏をしている兄貴の家に泊めてくれたのは軍の伝達時に使える転移先を覚えさせるためか」

「それだけじゃないけどな。うちの上層部だって俺の話をただの与太だと思っているくらいなんだ。一応兄には話してあるが、荒唐無稽すぎて信じてもらえなかった。ことが起こって初めて報告が行くだろう。下から報告をあげて確認してじゃ、遅い。国の中枢にいる連中に直接自分の目で見てもらって動いてもらわなきゃ被害が広がるのを抑えきれない」

「できるのかそんなこと」

「やるしかない。いきなりお偉いさんは無理だが、下の連中から呼んで見せて送らせて、その上の連中に取り次がせて呼んで見せて送らせて。トーコを使ってでもこれでいくのが一番早い。ユナグールの被害が拡大しても、初手を間違うと後が怖い」

ベアは納得した。

前任者が放置気味だった城壁の修理を他の予算を削ってまで修復していたのも、備蓄にこだわって大量の食糧を確保したのも大規模な魔物の侵入の可能性を考えているからだ。真っ先に塩を取りに行くのも、角ウサギを大量に加工しているのも、魔物の大発生を予測したからこそ、そしてそのときからいずれくる軍の派兵を受け入れるための食料の足しにするつもりだったのだ。

ハルトマンにとって最大の嬉しい誤算はトーコだろう。

竜と対峙できるほどの戦力という意味でなく、空間拡張、転移、時間凍結の各魔法を駆使した食糧確保要員としてだ。予算をやりくりして遠方までトーコを引き連れて大量の食糧を買い付け、さらにそれを長期間備蓄できるようにトーコという時間凍結食糧保管庫を確保した。とにかく腹が減っては戦はできぬ。薬がなくても治癒魔法があるが、食糧だけはどうにもならない。

城壁の修理に、塩の確保に、食糧の買出しに保管と、しょっちゅうこき使われているトーコも口では文句を言いながら、なんだかんだでハルトマンを慕っている。きっと人を使うのがうまいのだろう。

「正直ここまで急に変化が起こるとは思っていなかった。臨界を迎えるまであまり時間的な余裕はないような気がする。俺ももう一度上に具申するつもりだが、取り上げてもらえる可能性は低い。ギルドのほうからアプローチしてもらえればいいんだが、ギルドも下手に動いて自分の首を絞めたくないだろうしな。下手なうわさが広まれば、まず南区から人が逃げ出して、町の経済が混乱する」

「そんなことを言っていられる状況じゃないのじゃないか」

「誰も与太が与太に終わったときの責任を取りたくないからな」

「悠長だな」

「それを思うのは魔の領域を行き来するギルドの構成員だからだ。人の領域にはまだそこまでの脅威を感じる段階じゃない。実際にどこまで魔の領域の魔力が高くなり続けて、本当に溢れてくるかもわからん話だ」

「今の話が本当なら、魔の領域深くに長期滞在するギルド構成員は危険なんじゃないのか。この話は他の人間にしてもいいのか」

「誰も信じていないから戒厳令もない。ただし、俺の名を出すのはやめてくれ。それから警告しておくが、下手に騒ぎ立てるとギルドや町議会から圧力がかかるぞ。気をつけろ」

「トーコにはまだ話さないほうがいいか……」

「あいつの口はダダ漏れだからな。そういえば、トーコはなんで泣いていたんだ?」

「さあ」

ベアは忘れていた問題を思い出して顔をしかめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ