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第21話 結晶石(4)

「何やってんの?」

慌てるあまり、ヘーゲル家の階段の半ばで足を踏み外して滑り落ちたトーコは、涙目で上から降ってきた声に頭をあげた。

左手にジャガイモの入ったボウルを、右手にマッシャーを握ったディルクがあきれた顔をしている。

「ディルク、来てたんだ」

察するに、遅刻したトーコの代わりにバベッテの手伝いをしていたらしい。ディルクに引っ張り起こしてもらう間に、バベッテとヘーゲル医師までが驚いて見に来て、トーコは大恥をかいてしまった。

いつも採集物でバベッテに料理を作ってもらうのを楽しみにしているトーコだが、残念ながら今日はもう作り始めてしまっていた。

いらぬ心配をさせてしまったトーコは再会そうそうバベッテに叱られてしまった。しばらくはしょげていたトーコだが、バベッテの美味しいお昼ご飯を食べたらたちまち復活した。

「魔力を込めるのをみてもらおうと思ってたんだけど」

「うん、いいよ。お昼ご飯のあとで結晶石を借りに行こう。どう、うまくいってる?」

「全然」

「やっぱりね」

ディルクは憮然とした。

「やっぱりってなんだよ」

「あの装置じゃダメだってこと。不安定だし、正確性に欠けるし。なんかいい案ないかなあ」

魔力を通したら変化が起こる、というのは意外に難しかった。電球と電気のイメージが離れないせいか、いい発想も生まれない。

昼食後、洗い物と食糧庫への補充を済ませてトーコはディルクを連れて結晶石屋へ行った。いつ行っても暇な店だが、手土産片手に顔を出すと歓迎してくれた。

「この間借りた、質のいい結晶石をまた貸してほしいの。二時間くらいで返しに来れると思う」

「魔力を込める練習だっけ?」

「うん、この子なの」

「この間のはもう売れてしまったから、他のでいいかい。好きなのを選べばいいよ」

そういって奥からいくつか結晶石をだしてくれた。品揃えはいい。その上なにかと顔が広くて結晶石に関することならなんでも面倒見てくれるので、常連は多いようだ。

「ディルク、どれにする?」

「え、俺が決めるの?」

「そうだよ。どれなら魔力が入っていきそうな気がする?」

「どれでも同じじゃあ」

「そうかもしれないけれど、違うかもしれないじゃない。イメージだよ、イメージ」

ディルクが悩んでいる横で、結晶石屋が奥からもうひとつ持ってきた木箱を開けた。

「彼が選んでいる間にトーコちゃん、依頼をひとつ。これに魔力を補充して欲しいんだけど」

「わ、きれいな結晶石! すごーい」

ビロードの上に丁寧に並べられていたのは、直径七センチほどの球形に磨かれた結晶石だった。しかも質もよい。そんなのが三十個もある。ディルクも自分の結晶石選びを中断して思わず目を見張った。

「どうして全部丸いの? 明りにするとか?」

結晶石の質や魔力貯蔵量に形状は関係ない。

「長距離飛行船の動力に使う石だからだよ。ひとつの結晶石じゃ保たないから、一度に複数を使うんだ。キリナン国の技術だ」

「へえ」

結晶石をいくつも使えるとは初耳だ。常に一つの魔力補充に結晶石は一つなのかと思っていた。

「初めて聞いた。じゃあ小さい結晶石をいくつもつなげて大きな結晶石と同じように使えたりするのかな」

「キリナンは魔法道具に限らず技術で名高い国だからねえ。たぶん国家機密レベルの技術だから簡単にはまねできないと思うよ」

トーコはきっちり収められた結晶石をさっと撫でるようにして中に残っている魔力を一度吸い取った。全体量からすればわずかだけれど、集めればそこそこの量だ。ひとつひとつの結晶石に残った魔力量にはムラがある。続いて空になった結晶石に順に触れて、魔力を補充していく。質の良い石なので、ゆっくりめにひと撫でするだけですんだ。

「終わったよ」

「相変わらずの魔力量だねえ」

結晶石屋はすべての石にちゃんと補充されたか確認して箱を閉じた。ギルドへの買取票を書いてくれたのでトーコはサインした。魔法だけであってもギルドを通さない依頼は請けないことと、ベアから言われている。

「全部の石から同時に魔力を補給してるのかな。それともひとつずつ使ってるのかな。気になるなあ」

「聞いても教えてもらえないだろうけれど、今からこれを届けに行くよ。ついてくるかい? 飛行船を外から眺めるくらいはできるよ」

「「見たい!」」

トーコとディルクは声をそろえた。

「どこなの?」

「町の西区の外だよ。何しろ大きいから、原っぱを整地して着陸できるようにしているんだ」

「遠いなあ。あんまり時間ないんだよね。飛んでいい?」

「早く着くならなんでも構わないよ」

トーコは結晶石屋とディルクを障壁魔法に乗せて町の上空を一直線に突っ切った。飛ばせば十分とかからない。飛行船は遠くからも見えて、しかも見物に来ているのはトーコたちだけでないらしく、遠巻きにしている人が結構いる。

トーコは結晶石屋の指示で原っぱに張られた天幕群の近くに降り立った。駆け寄ってきて誰何する国境警備隊の兵士に結晶石屋が来意を告げていると、機械油の臭いのする男たちが数人駆け寄ってきた。中のひとりに向かって結晶石屋が手を挙げると、

「それはなんだ!? 見せてくれ!」

突然取り囲まれた。

「動力は魔力か!?」

「今の、急停止はどうやって!?」

いきなり障壁魔法に取り付く男たちにびっくりしていると、結晶石屋が咳払いをした。

「残念だが、これは人を乗せるただの容器で、コントロールしているのはそっちの魔法使いのお嬢ちゃんだ」

「あー、もしかして、飛行船みたいな乗り物だと思った? ごめんね、見せかけだけなの」

全員ががっかりする。しかしすぐに興味の対象を移す。

「これ、すごく軽いな。なにでできてるんだ?」

「この色も不思議だ。見たことのない素材だ。さすがユナグール。魔の領域で採れるんだろうか」

「これだけ軽ければ、かなり動力を節約できるな」

「ただの障壁魔法に幻惑魔法で色を付けて、時間凍結魔法で固定しただけだよ」

トーコが言うと、全員が一斉に振り向き、トーコに詰め寄った。

「障壁魔法? 障壁魔法ってあれか、魔法使いが攻撃から身を守るのに使う?」

「ああ、うん、そういう風にも使うね」

機関銃のように質問が飛んできた。

トーコが苦労して答えていると、見かねた結晶石屋が割って入った。

「こらこら、質問はそのくらいにしてやってくれ。お嬢ちゃんがびっくりしている。飛行船の動力用の結晶石の補充が終わったから届けに来たんだ」

「今日の昼前に届けたのに、随分早かったな。早い分には助かるが」

年配の整備員が箱を受け取った。

「確認してもらうから、天幕の中で待っててくれ」

「この子たちに飛行船を見せてやっていてもいいかい。近くには寄らないよ」

「触らなきゃ構わないよ。おーい、お前、案内してやれ。そんで終わったら天幕に戻ってきてくれ」

若い整備員の案内でトーコとディルクは飛行船の周囲を一周しながら、今度はこちらから質問を浴びせかけた。どうやって飛ぶの? 空で迷子にならないの? トンボみたいな恰好はどうして? どのくらいの距離を飛ぶの?

「魔法使いが飛ぶのと同じ理屈で飛んでいるよ。最初に魔法使いが魔法をかけてその魔法を結晶石に蓄えた魔力で維持しているんだ。飛行船の進む方向は航空士が見定めるんだ。天体や下に見える地形からね。海の上では完全に天体頼みだけど、嵐にあたると大変でね」

「海の上も飛ぶの?」

整備員は笑った。

「もちろんだよ。帝国南部からキリナンを経由してユナグールまで来るんだ。海と山を越えるから飛行船を使うのが一番いいんだ」

「魔法で飛んでいるのに、トンボみたいな羽根は意味あるの? 羽ばたくの?」

ディルクの目は飛行船にずっと釘付けになったままだ。

「羽ばたくというより、操舵に使うんだ。向きを変えたり、左右のバランスをとったりね。上空の風は君が思ってるより強いんだよ。なんでトンボみたいかというと、設計者がトンボをヒントに作ったからだね。トンボってかなり自由な飛行をする昆虫なんだ。ちょっとだけ前に進んで停止したり、逆に急加速したり回転したり」

「言われてみればそうかも。目の付け所が凄いなあ」

「あとはやっぱり羽根があると、下からの風を受けやすいからね。前に進む力を強くすると下からの風でかなり魔力を節約できるんだ」

「飛行船って落ちたりしないの?」

「するよ。飛行船の歴史は墜落の歴史さ。嵐の空は海の上と同じくらい危険なんだ」

「魔力が切れて落ちたりしない?」

「過去にはそういう事故もあったよ。なんといっても飛行船に使えるような魔力は高価だから」

「魔力が高価? どうして?」

結晶石を魔力源とする魔法道具自体高価だが、魔力の補充は高価ではないはずだ。以前、ギルドの貸し出し用空間拡張容器のメンテナンス費用のために治癒魔法使いの医師たちやハルトマンに調べてもらった限りではお小遣い稼ぎ程度だったはずだ。

「結晶石の魔力はできればあまりたくさんの人の魔力が混じらないほうがいいんだ。するとどうしても魔力を切り売りする必要なんかない、高位の魔法使いに何日もかけて大量の魔力を提供してもらうよう頼まなくてはいけないからね」

「はいはいはいっ!」

トーコは手を挙げた。

「わたし、残ってた魔力をちゃんと吸い出してから全部詰め直したよ!」

おお、えらい、わたし。異なる使い手の魔法と魔法が接触すると危険だっていうのが頭にあったので、なんとなくやったことだが結果的には良かったようだ。

「でもそういうのは先に言っといてもらわなきゃ~」

「君が詰めたの? 全部?」

「うん」

「え、結晶石を届けてからまだ半日も経ってないけれど。君、魔力多いの?」

「そうみたい」

「へえ、試験飛行に使ったらどんな飛行記録が出るか興味あるな。他の結晶石も使うから、単一魔力で飛行というわけにはいかないけれど」

「他の結晶石? いくつあるの? 予備の魔力もあるし、やろうか?」

「心そそられる提案だけれど、これは試験飛行じゃないから。経理もうるさいしね」

「そっかあ。飛行船には魔法使いも乗っているの?」

「もちろん。万が一動力の魔力交換に手間取って魔法が途切れたりしたら一大事だからね、専任じゃないけれど、再点火のために魔法使いの乗組員もいるよ」

「あ、やっぱり魔法って一度途切れちゃうと、あとから魔力を追加してもダメなんだ」

「当然。どうして」

「魔力が通ったかどうかわかる方法があればいいなって」

「それならカンクス産の結晶石があるよ」

「カンクスってどこの国?」

「キリナン南部のカンクス海岸に流れ着く結晶石だよ。魔力を蓄えるとごくわずかに発光するんだ。魔力を蓄えた先から消費してしまうから魔法使いにはあまり用のない石かもね。魔法道具を整備する僕らには必須の仕事道具だけど。結晶石の魔力残の有無をチェックするのに使うんだ」

ほら、と言って彼はポケットから金属棒の先端に取り付けた豆粒大の結晶石を見せてくれた。試しに魔力を通してみたが、光ってるのか光っていないのかよくわからない。

「光ると言っても、明りの魔法みたいじゃなくて、暗闇でじーっと見て分かるくらいだからね。夜か、光の入らない部屋で見るか、黒い布をかぶって外の光を遮断しないと」

「そんな結晶石初めて知った。いくらぐらいするんだろう。ユナグールで手に入るかな」

これは結晶石屋さんに訊いてみなくては。

「欲しいの? お古で良ければそれあげるよ」

「え、いいの!? 高価なものなんじゃないの?」

「全然。用途が特殊だし、さっきも言った通り、動力源としては燃費が悪い。いくつも持ってるから気にしないでいいよ」

「結晶石に魔力が残っているかどうか簡単に判別できるんだから便利そうだけど」

「別に結晶石の魔力残量が分かるわけじゃなくて、残ってるかどうかが分かるだけだから。残ってなかったら魔法道具は動かないし、残ってれば動くわけだから、普通の人には無用の品かな」

「空間拡張容器とかパッと見に切れてるかどうかわからない魔法道具とかには?」

「そのためにいちいち布をかぶってじーっと何分も見つめているんじゃ、早めに魔力を補充したほうがよっぽどいい。空間拡張容器を買えるくらいならそこまでして維持費を切り詰めるのは労力がかかりすぎる」

「判別に何分もかかるの?」

「目が慣れるのにね。最初は特に時間かかると思うよ」

「なるほど、普及しないわけだね」

でも、魔力を注ぐ練習には使えそうだ。夜、カーテンを閉めた部屋で寝るときにでもやればいい。ディルクは礼を言って結晶石のついた棒を受け取った。

おしゃべりしているうちに飛行船の周りを一周してしまった。他にも見物客がいて、彼らは柵の外から眺めている。

「飛行船がユナグールに来ることって珍しいの?」

「そんなことはないよ。年に三回くらいだ」

単純計算で四か月に一度だ。一度の飛行で一か月以上飛び続けるから整備や物資の積み込みなどを考慮して、帝国~キリナン~ユナグールの航路をその頻度で回すには二艇の飛行船が必要らしい。

「でも、どうして公都じゃなくてユナグールなの?」

「国の都に乗り入れるには色々と政治的、軍事的な問題があるらしいよ。そのかわり北の都市にも飛行船が就航している。ユナグールもだけど、魔の領域の産物の一大集積地だからね」

「へえ。ユナグールの中にいると実感がないけれど、ひょっとしてユナグールってすごいかも?」

整備士は笑った。

「キリナンから来た僕にはユナグールはどこを見ても魔の領域の品があふれている、それこそ魔法の町だけどね。たとえばクモの魔物から採れるっていう糸はとても細いのにしなやかで強度が高くて、この飛行船にも使われているんだよ」

「ツムギグモの糸のことかな? わたしが採ってきたのもここに使われるかもしれないんだ~」

「君、魔の領域に入ったことあるの?」

「というか、人の領域に戻ってるほうが稀」

ぼそりとディルクが言った。

ツムギグモからどうやって糸を集めるのか話しているうちに天幕についた。中は広くて快適だ。結晶石の確認も終わっていた。

思ったより時間を食ってしまったので、大急ぎで東区へ戻って結晶石屋を店に送り届け、頼まれた買い物を超特急で済ませる。ディルクがお店を知っていて助かった。最後にギルドに飛び込んで、内容を確認する間もなく掲示板を片っ端から転写すると、もう夕暮れだ。ヘーゲル家に寄ってからディルクを送り、出張査定所へ戻ると、こちらはとっくに夕食を終えていた。

ベアにはなにもこの時間になってから、戻ってこなくても、と言われたが、光る結晶石の話や長距離飛行船用の結晶石の話で採掘組とは大いに話は盛り上がった。彼らはトーコの買い出しを待つ間、情報を交換したり、ベアが提供した角ウサギやワタリヌマガモを捌いて過ごしていたらしい。

彼らとは二週間後の再会を約束して翌朝別れた。


「天幕っていいよね」

「なんだ唐突に」

千年樹の森の南に広がる森林湿地帯で、採集物を封筒にしまいながらトーコが思い出したように言った。気候はすっかり春で、不快な昆虫が発生し始める前に水辺の採集を済ませてしまおうと、このところ、湿地を中心に動いている。

「飛行船の整備士の人たちって着陸した飛行船の傍に天幕を張って寝泊りしているんだよね。着陸中は外部整備があるから機材も降ろしてその荷物番の意味もあるんだけど、宿舎は飛行船の着陸の邪魔になるから離れたところに建てなきゃいけないから、着陸した後で一番近くに天幕を張るんのがいいんだって。合理的だよね」

なるほど、とベアは見つけた水草の茂みにボードを停めさせた。天幕が欲しくなったらしい。

「明りがあると虫が寄ってくるからな」

「せっかく、暗くなってからも作業ができるようになったのに、とんだ伏兵だよ」

大抵は小さな羽虫だが、たまに大きな甲虫が飛んできて、トーコに悲鳴をあげさせている。

「天幕でも明りは漏れると思うが」

「障壁魔法を黒く塗って天幕代わりに建てる、とか」

「空気穴から光は漏れる。第一魔力の無駄遣いだ」

「うう……」

「夜は早く寝ろ」

「いつもはそれでもいいけれど、人と会えた時くらい夜更かししたい! ただでさえ、わたしはあんまりおしゃべりできていないのに!」

ベアはミズノキにボードを停めさせ、薬効のある葉を摘むように指示した。

先日ユナグールで時間を使いすぎて、せっかくのお客さんと話が盛り上がったのに、虫に邪魔されて明りを消して寝まざるを得なかったのを根に持っているのだ。

あの後、ベアに頼み込んで飛行船の出航をディルクと見物しに行ったトーコは暫く行船の話ばかりしていた。

「あの飛行船の外壁、ツムギグモの糸で織った布を重ねて作っているんだって。丈夫で水をはじくのは知っていたけれど、火にも強いとは知らなかったなあ。あれで天幕を作ったらどうかな」

「とんでもなく、高価な天幕になりそうだな」

「うっ……」

ベアの指摘はいちいちもっともだ。しかしそれでへこたれてるトーコではない。

「今、待ち合わせ場所に並べてある丸太、あれを壁みたいに重ねられないかな」

「丸太小屋か?」

「そこまでのものは考えてないけれど。丸太小屋ってどうやって作るの? 特に四隅のところ」

「俺も知らないが、四角く組むだけならなんとかなりそうな気がするな。ふむ……丸太小屋なら造ってもいいぞ」

「出張査定所を置く時みたいに、置き場所に合わせて調整するの?」

「いや、置きっぱなしでいい。果樹の草原にはそれなりに活動している連中がいる。共同野営地があってもいいだろう」

「ってことは、土台とかがいるの?」

「雨風がしのげて、魔物から身を守れればいい。ヨツキバオオイノシシの突進とチョウロウクロネコの侵入を阻めるのが最低条件だな」

「今度ユナグールに行ったら、材木屋さんにどんな木で作るのがいいのか聞いてみるね」

「ホムラギとヒブセを何本か伐っていって使えるかどうか見せてこい。本当は冬に伐った木のほうがいいんだろうが、水に強いホムラギが土台近くに使えるだけの強度があるか知りたい」

「ホムラギは野ざらしにしているのが結構あるよ。ヒブセはあんまりないけれど」

「ヒブセは硬いから、たぶん行けるだろう。ヨツキバオオイノシシの突進くらいではびくともしないはずだ」

案は出たものの、実際にはやることが多すぎてすぐに取り掛かるわけにはいかない。早くも実をつける草木もあり、採集は忙しいばかりだ。トーコの採集系魔法も上達して範囲も採集量も格段にあがっていたが、一日に移動できる距離は十キロに満たない。それでも採集中によさそうな樹を見つけたらこまめに回収する。どの樹を伐ってどれを残すかを決めるのはベアで、切り株も薪としてしっかり確保する。空いた穴は落ち葉と竈の灰、それから角ウサギのバラバラ死骸を少々で埋め戻す。トーコとしては全部角ウサギで埋めたいところだが、ベアに却下をくらった。

「腐敗して臭う。無理なく土に返るだけにしておけ」

「全然減らないよう」

「気長にやればいずれなくなる」

「それはいつ?」

「トーコが婆さんになって引退するころにはなくなってるかもな」

「ベアさん~っ!」

それでもそこそこの量が集まったので、合流地点に一日早く転移して、枝や根を払って丸太にし、雨ざらしにすべく並べていると夕刻前に採掘組が姿を見せた。

「何をやっているんだ?」

「あ、こんにちは! 果樹の草原に共同野営地を作るの! そのための丸太をつくっているとこ」

「今のところ天候に恵まれているが、これから暑くなるし、夏の嵐は面倒だからな。このあたりにもひとつくらい共同野営地があってもいいだろう。といっても、丸太を重ねただけの箱以上のものは期待するな」

作業に忙しいトーコに変わってベアが応えた。洗っていた薬草の根を出張査定所の軒に吊るすと、採掘組のふたりを招き入れてお茶を沸かし始める。

「丸太小屋か? 随分伐ってきたな」

「どれが使える樹が分からんからな。とりあえず二重にすれば魔物も入ってこれないだろうと思うんだが」

「二重なら安心だな。俺たちで手伝えることがあるか」

「建てるのはまだ先だが……どこかいい場所がないか気に留めておいてくれ」

「場所か。水場が近いほうがいいな」

「水場の傍は魔物も来るぞ。むしろ、身を隠せる場所の乏しい平地にあったほうが助かる」

「ユナグールから森を出て、水場へ移動する途中にあれば皆助かるんじゃないか」

「それなら、森から二日、水場まで一日くらいの場所がいいんじゃないか」

「雨に備えて、少し小高いところがいい。それか、土台を作るか」

「壁は二重でいいとして、扉が破られた時の事を考えたら、上に逃げ場があったほうが」

「二重壁は大型の魔物向けにはいいんだが、壁と壁の隙間に虫や小型の魔物が棲みつかないか?」

「丸太を伐って並べるだけなんだ。あまり複雑なことはできない。丸太の長さから言っても、六メートル四方が限度だ。いや、端は組み合わせなきゃならんから、もっと狭いか」

「四角くしなければいいんじゃない? 八角形とか」

すい、と落としたばかりの枝が数本飛んできて、空中に八角形を作った。

「空間は確保できるが、必要な丸太も倍だな」

「他のチームとかち合うこともないだろうし、大人数で使うわけじゃないから四角でいいんじゃないか」

枝と根を払った丸太を井形に置き終わったトーコがふと振り返ると、男三人は模型作りに熱中していてトーコは思わず笑ってしまった。孤児院で少年たちと即席バーベキューに夢中になっていた時とおんなじだ。

模型用に丸太に見立てた枝を伐って渡すと、もう止まらない。夕食ができあがってもまだやっているので、トーコが崩さないように障壁魔法で模型を保護してテーブルからどかすと、三人が三人ともおもちゃを取り上げられた子供の顔をする。

「明日、わたしがいない間にもやれるじゃない」

「それだが、俺も明日ユナグールに行く。トーコ、知りあいの材木屋はどこだ? 東区だろう」

「うん。案内するよ」

「トーコがすぐに乾燥させられればいいんだがな」

「幹以外のところでやってみてるけれど、割れないように水分を抜くのって難しい。どっかにひびが入るんだよね」

薪用に問答無用で乾燥させるようにはいかない。

「失敗したら薪にしちゃう。薪はいくらあっても困らないからいいんだけど。バベッテ姉さんも喜んでくれるし」

「露天で使う分にはいいが、家の中で使うなら雨ざらしにしてアクを抜かないと、煤が出るぞ」

「え、そうなの?」

「「「常識だ」」」

「があーん。しまった。バベッテ姉さんにあげたの回収しなくちゃ!」

「出にくい木ならいいが、松の類なんか脂がな」

「そうそう。煙突掃除が大変で」

「わーっ!」

「しばらく水に漬けておいたらどうだ。俺の故郷ではよく湖に丸太をぶち込んでいたぞ。危ないから遊ぶなといっても子どもが遊んでな」

「……っていうか、自分で遊んでいたんだね」

懐かしむような口調は絶対そうだ。


翌早朝、ユナグールへ転移したベアとトーコは東区の外れにある材木屋を訪ねた。今日使う木材を仕入れに来た建設業者が大きな板や角材を荷車に運び込んでいる。

「魔の領域に丸太小屋?」

「ヨツキバオオイノシシとチョウロウクロネコの襲撃から身を守れるような頑丈なのを建てたいの。使えそうな樹があるか、おじさんなら分かるかと思って」

「へえ。魔の領域の樹ね。初めて見るよ」

朝の忙しいのがひと段落したころ合いを見計らってトーコが人懐こく話しかけると、製材所の人たちが集まってきた。

「ヨツキバオオイノシシってでかいんじゃなかったか?」

「うん、体高はベアさんの背丈位あるよ。突進されたら細い樹なんか折れちゃう。チョウロウクロネコは爪が鋭くて、木登りもできるの」

「そりゃ硬く締まった重い樹がいいにきまってるが、加工が骨だ。この黒い幹の樹なんかいいが、重いから持ち上げるのも大変だぞ」

「いざとなったら、それは魔法でやるから大丈夫」

ベアはトーコを見た。

「材木の加工なんかできるのか? 丸太を輪切りにするようにはいかないと思うぞ」

「多少複雑な形でもちゃんとイメージさえできれば転移魔法でくりぬけると思う」

「転移魔法で加工? 一本一本やっていたら魔力を食いすぎる」

「安全には代えられないよ」

「丸太を輪切り? そら凄いな」

横から材木屋の主人が言った。

「だったら、丸太じゃなくて厚めに製材して使うって手もある」

「板より丸太のほうが強いんじゃない?」

「まあ、頑丈さは太さに比例するな。こうしたらどうだ。三方向を切り落として組む。壁を二重にしたいんだろう? これなら組みやすいし安定する。隙間風も少ないしな。壁の中はあまり広くしないほうがいいが、きっちり組めるなら、空気の層があったほうがいい」

材木屋の主人は建築業者ほどプロではないが、それでもあれこれと素人に役に立つ助言をくれた。実際に建てる段になったら製材を引き受けてくれることになった。彼らで難しい部分はトーコがやるにしても、指導してもらえれば助かる。

「お礼は樹にしてもらえたら嬉しいな」

「いいぞ。魔の領域から樹を伐ってくるなんてよく思いついたなあ」

「あるものでお手軽に済まそうと思っただけなんだけど。本当は他の共同野営地みたいに石造りがメンテナンスも楽でいいんだろうけれど、樹はたくさんあるから」

「なんの、石の家とちがって木の家は夏涼しくて冬は暖かい、過ごしやすいよ」

「お礼の樹は何の樹がいい? どうしたらいい? 枝を落として雨ざらしにすればいいの?」

「さっきのヒブセとか気になるな」

「意見も聞きたいことだし、ひととおり進呈しよう。明日から森に入って……」

「待った。どうせなら樹の成長の止まっている秋から初春に伐ってくれ。そのほうが腐りにくいいい木材になる。それから、伐ってもすぐに枝葉を落とすな。枝葉が余分な水を幹から吸い上げてくれるから。そのまま一年くらいどこかに野ざらしにしておいていい。雨に打たせたほうがいいが、濡れた場所にいつまでも置いておくと腐ったりカビが生えるから、水はけの悪いところはダメだ。できれば水が切れるように斜めに立てかけられる場所に……」

怒涛の勢いで繰り出される注意事項をトーコはしっかりメモした。お礼と称してちゃっかり角ウサギを押し付けて材木屋を後にする。買い物する店への道を歩きがてら、ベアが言った。

「親切なご主人だったな」

「うん。あの人が一番誠実で熱心でフェアだった」

「ふぇあ?」

「公平って意味。あちこちの材木屋さんを覗いたんだけど、あの人が一番きちんとしていた」

「そうか? 大雑把……いや大らかな人に見えたが」

「でも敷地にゴミなんか落ちていなかったでしょ。少なくとも切り落とした端材がいつまでも転がってる感じじゃなかった」

「関係あるか、それ」

「わかんないけれど、ちゃんと片づける人だってことと、それを従業員に徹底させることができる人なんじゃないかな。あとはお客さんとのやり取りを聞いて」

「どんなやり取りだ」

「ちゃんと話を聞いてた」

「は? そりゃ話くらい誰でもするだろう」

「そうじゃなくて、お客さんが何に使うのか、どのくらい、どう使うのか」

「それは聞くだろう」

「でも、そうじゃないところのほうが多かったよ。わたしが子どもだったからかもしれないけれど。でね、その目的なら、予算があればこれこれが一番いいけれど、値段の安いこちらでも代用できる。ただしその場合のデメリットや注意点もちゃんと伝えていた。つまり、ちゃんと知識があって、お客さんの立場でものを考えていたってこと」

「買う側としてはそれはありがたいが、よく商売が成り立つな」

トーコが珍しくベアを白い目で見た。

「なに言ってるの。あそこで材木を買った人はまた買いに来るでしょ。その知り合いも評判を聞いて買いに来るでしょ。そしておじさんの知識と扱っている商品を信頼しているからうるさい値段交渉もしないでしょ。愛想がよくて人当たりがよくても、自分の売りたいものを売りつける人は好きじゃない」

「……トーコが彼を買っているのは分かった」

ベアにはイマイチ理解できない。それよりもトーコがあちこちの材木屋を覗いていたことのほうに驚いた。そう言うと、

「だって、なかなかよさそうなところがなかったんだもん。ツムギグモの事を調べていた時は三件目でいいとこを見つけたのに、材木屋さんは九件だよ!」

「……そうか」

ベアは意外の念に打たれた。

ツムギグモの時もてっきり行き当りばったり見つけた工房に、持ち前のなつっこさで入っていったのかと思いきや、トーコなりに教えを乞う相手は見定めているらしい。しかもさっきの言葉を真に受けるなら、図々しいくらい要求基準が厳しい。もちろん、先方のほうで相手にしてくれないのも多いだろうが、受け入れてくれそうな相手をちゃんと探しているのだ。

採掘組に頼まれた買い物を急ぎ足で済ませると、パン屋と肉屋に寄ってギルドに飛び込む。ベアをギルド職員の生贄に差し出した隙に、トーコは猛烈な勢いで薄板を並べ、掲示板を転写していく。その光景にベアは目をみはったが、職員たちは慣れっこなのか興味を示さない。トーコが写し終わったのでさっさとヘーゲル家に逃げる。来るとき、一緒にヘーゲル家の子供部屋に転移していたので、昼食に呼んでもらったのだ。

バベッテを手伝って台所と居間を行き来するトーコを眺めながら、ベアはヘーゲル医師とテーブルの隅っこであてがわれたお茶をすすった。男ふたりは明らかに邪魔者扱いである。

それにしてもトーコも忙しない。バベッテの心づくしの料理を堪能したら、光る結晶石を使ってディルクの魔力をコントロールする練習だ。はっきり言ってヘーゲル医師の古い外套をかぶってテーブルに突っ伏しているふたりは滑稽だ。

「これ、ほんとに光ってるの?」

「動いちゃダメだったら! 光が入るだろ! 目が慣れてこないとダメなんだってば!」

「この姿勢、結構辛い」

「だから、最初に楽な恰好でって言ったじゃんか!」

トーコよりよっぽどしっかりしているディルクに怒られながら、外套の下からイマイチ、今のは惜しかった、などと論評を加える。

「苦戦しているようですね」

食後の茶菓子を摘まみながらベアはふたりの師匠に話しかけた。ヘーゲル医師は完全に傍観者だ。

「本人も粘り強く努力はしているんだがなあ」

なるほど、トーコとは性格も才能も正反対のようだ。

「よく、めげませんね」

ベアも魔法を実際に使えるようになるまでの地味で退屈な修行が苦痛でたまらなかった記憶がある。魔法が使えるようになって、努力が形になりだすと面白いのだが、結果が目に見えないのは子どもにはつらい。

ヘーゲル医師はま目じりにしわを寄せて笑った。

「この子のいいところだよ。トーコに言わせれば魔力量はあるらしいんでな、コントロールくらいは覚えないとなあ」

「ぷはっ! もう限界!」

「あーっ! なにするんだよ!」

「これ以上やったら酸欠になるよ~」

外套がばさりとめくれて先にギブアップしたトーコが大口開けて息をする。

両手で顔を仰ぐトーコにディルクが抗議する。こちらはただ見ていたトーコと違って、必死に息を吹き込んでいたのだから、顔を真っ赤にしている。

「なるほど、彼よりトーコは我慢が足りないな」

ベアが納得し、ヘーゲル医師は苦笑いを浮かべた。

「んーでも、この間より○の数は増えたよ」

忘れないうちにメモをつけていたトーコがひらりと紙面をディルクに向ける。それを食い入るように見つめ、ディルクはがっかりした声をだした。

「増えたって一個だけじゃん」

「一個だって増えたは増えたんだからいいじゃないの~」

「トーコ、もいっかい!」

酸素を補給し終えたふたりはふたたびヘーゲル医師の外套をかぶった。が、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

「トーコ、寝ちゃダメだってば! ちゃんと見てよ!」

「お腹いっぱいで、暗くて、暖かいし、無理……」

「起きてよ! 起きてってば! 起きろ!!」

ベアもヘーゲル医師に習って苦笑した。

「これ、昼間にやるのは無理があるよ~」

「だって、夜はトーコがいないじゃないか」

「やっぱりこっちを使おう」

トーコはポーチから結晶石を出してディルクの前に置いた。

「あれ、この結晶石……借りてきたの?」

「ううん、貰った」

「えっ!」

「この間の長距離飛行船の動力用魔力のお礼」

「それって、代金を現物でもらっただけじゃ」

「とも言うね。ディルクはこれに魔力を込めたほうがいいと思う。こっちのほうが質はいいから、魔力を込めやすいはず。もし光る結晶石を使うとしたら、この結晶石にあててディルクの魔力が入ったかどうか確認するためだね。ひとりで練習するときはそうすればいいんじゃない? 一度入れた魔力が霧散しないと再度はできないけれど、そこはうまく吸い出せなかったら、時間を置いてさ。今はわたしが見てるから布かぶらなくていいよ」

「トーコが寝るもんな」

「息苦しいからだもん! ほら、早くやる!」

トーコはディルクが息を吹きかけるのを見て満足そうに笑った。

「うん、やっぱりこっちのほうがちゃんと魔力がこもってる。なんだ、随分上手くなったじゃない」

トーコがにこにこして○の増えたメモを見せると、ディルクも嬉しそうな顔をした。

「やっぱり目で見て分かるとやり易いかも。感覚にも慣れてきた気がする」

「じゃあ、練習方法はさっきので継続。夜寝るときにやって、ついでに魔力をからっぽにしちゃえば魔力の貯蔵量も増えていいね」

「増えるかな」

トーコは笑った。

「現に先週より増えてるじゃない。ちゃんと毎晩やってたんでしょ?」

「え、わかるの」

「うん。魔力を放出するほうはだいぶできるようになったから、その恩恵だね。次の課題は放出した魔力のコントロールってことになるのかな。今は放出した魔力の大部分がその辺に漂って消えている状態だから、次は結晶石に込められるように……最初の目標は、ちょっと高めだけど放出量の一割にしよう」

ヘーゲル医師とベアは同時にむせた。

「「一割!?」」

それは、九割無駄にするほどコントロールできていないということか!? ディルクがコントロールに苦労しているのを知っている大人ふたりもびっくりの値だ。そりゃ、豆も動かないはずだ。

そこまで魔法の才能がないとは。愕然とするヘーゲル医師とベアを前に、トーコはけろりとしている。

「九割使えなくても、その一割で何かできればいいんだから、問題ないよ。慣れれば使える割合も増えるだろうし、それでいったら、最初の一割三分くらい使えている計算になるんだから」

「なんだその微妙な数字は」

「ディルクの魔力が最初練習始めた時から三割くらい増えてるから、結果的に使える魔力は増えているってだけ」

「「三割!?」」

ヘーゲル医師とベアはもう一度仲良くハモった。ヘーゲル医師が前のめりになって訊ねる。

「三割って、そんなにディルクの魔力が増えたってことか?」

「うん。このペースなら来週にはハルトマンさんを抜くかな。ハルトマンさんは全然魔力貯蔵量を鍛えてないしねー。鍛える気もないみたいだし」

「それはそれでもったいない話だが……ディルクの伸びにも驚いたな」

ベアは感心した。

「えー、最初にディルクは魔力量はあるって言ったじゃない~」

トーコはなにをいまさら、という顔だ。

「伸びしろまでわかるのか?」

「分からないけれど。ベアさんが前に、魔法を覚えたての若いうちは伸びるって言ってたから」

「にしても、この短期間に三割はないだろう」

「そうなの?」

首をかしげるトーコを見て、ベアははっとした。

「トーコ、お前、今、魔力量はどのくらいだ」

「今? 魔力量に単位をつけるの挫折しちゃったから、どういえばいいのか……うーんとね、ギルドに入ったころの六倍くらい?」

「六倍!?」

「うん、七倍にはちょっと足りない。ベアさんに魔力量を鍛えろって教えてもらって鍛えていたつもりだったんだけど、角ウサギ掃討作戦や火竜やルリチョウのことがあって、やっぱり魔力量が足りないなあって思って最近まじめにやってる」

ベアに向かってトーコは平然と頷いた。

「真面目にって……」

「人の領域にいるときだけだけど、ほとんどの魔力を凍結保存した後で、結晶石に残った魔力を全部送り込むの。で、そのまま結晶石を握ってればすぐに魔力切れから回復するでしょ。あとはひたすらこの繰り返し。って言っても、途中で寝ちゃうんだけど」

ベアは声が出なかった。あっさり言うが、とんでもない話だ。魔力切れによる失神から結晶石に込めた魔力を再度取り込んで回復するのは分かる。しかし、魔力切れによる失神自体、めまい、息切れ、動悸など肉体的な負担を伴う。それを何度も繰り返すなど、ベアならやりたくない。

「あまり無理をするなよ」

「体育会系の部活の練習だと思えば、そこまで無理じゃない。運動部の練習はもっと大変そうだったよ。わたしは眠くなったら寝ちゃうから。そりゃ、疲れるけれどいざという時になって慌てるよりよっぽどいいし」

ベアは言葉に詰まった。

お気楽なトーコだが、何も考えていないわけではない。彼女なりに寄せられる期待を感じているだろうし、応えるための努力や工夫をしているというだけだ。前線での広範囲の即時治癒にしろ、火竜の防衛にしろ、トーコでなくてはできないことは誰かに振るわけにはいかないのだ。自らを鍛えるしかない。

色々と規格外な弟子だが、ベアもそれを言い訳にせず、もう少し身を入れて魔法の指導をすべきだったかもしれない。


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