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第20話 青い鳥の襲来(1)

街道沿いのチョウロウクロネコは依頼のあった町に向かう途中でトーコの探査魔法にひっかかり、あっさりと仕留めることができ、村で時間を食った分の埋め合わせができた。州境のクロオチョウは情報の場所に行ったら、遠くからすぐに目視で見つけられたので、こちらも時間を食わなかった。

「全部、本当に魔物がいたね」

今回の被害は家畜や農作物を除けば、重傷者四名、死者五名、行方不明者一名の惨事だ。

アムル村ではベアが村人の安否を確認して回った結果、村はずれの小さな家に住んでいた老婆と家畜が襲われた痕を見つけた。偏屈で近隣と付き合いらしいつき合いがなかったので、ただでさえ、雪のせいで行き来が困難なこともあり、誰も気がつかなかったのだ。

人の被害は街道のチョウロウクロネコが最も多く、死者だけで四名。最初は食いでのある馬を狙ったようだが、後ろ蹴りでしたたかに反撃されて以来、狩りやすい徒歩の人間を標的に変えたらしいという話だ。

州境の山に住み着いたのは事前情報のあったダイコクチョウではなくクロオチョウだった。家畜を多く襲ったが、人もひとりさらっている。生死は定かでないが、望みは薄い。

「今年の冬は異常だな」

ユナグールに戻る道中、新しい障壁ボードを試走させながらベアは渋い顔だ。今回、ベアが単独で使うことが多かったので、新しく作ったのだ。ひとり乗り用と四人用をそれぞれベアの細かい注文に応じて作るのは、障壁魔法の変形に慣れているトーコでも難しかったが、その分ああだこうだ言い合いながら作りこむのは楽しかった。障壁自体に重量はないので、いかに空気抵抗を減らすか、接地面の摩擦を減らすかがカギだ。

「このぶんだと、ギルドだけでなく、軍のほうでも魔物の駆除をしている可能性があるな」

「手が回らないってこと?」

「それはわからんが。小さい村に魔物の一匹二匹がでたところで動くかは知らんが、街道の警備は彼らにとっても優先事項のはずだ。もしかしたら、駆除に失敗したのかもな」

「そんな話聞いてないよー」

「自分たちでできなかったので、ギルドに押しつけました、とは言えないだろう。まあ、ただの憶測だ」

何しろ、見つけた瞬間にもうトーコが駆除してしまっているので、手ごわい相手かどうかもわからない。問答無用で打ち倒すトーコのほうこそ、魔物たちにとっては災厄だろう。

ギルドに戻って報告すると、ベアの馴染みのギルド職員が軍が街道の魔物の駆除に手がまわらない理由を教えてくれた。

「公国の南のほうの魔の領域から渡り鳥の大群が人の領域に入り込んで大騒ぎらしいよ。たぶん、軍はそっちに動員されているんじゃないかな」

「鳥の大群? 人を襲うのか?」

「ルリチョウという鳩くらいの小さい鳥だ。人を襲うわけじゃないが、数が多くて、うっかり町にあたると大変らしいよ。大量のルリチョウにぶつかられて大怪我をした人間もいるらしい。鳥のほうも、家の壁にあたったり、人にぶつかったりで、死んでいるらしいがね」

「自分から障害物にあたるなんて、そんなことあるのか?」

「高いところを飛べばいいんじゃないの? ルリチョウのほうにも被害が出るような移動をどうしてするの?」

トーコも首を傾げた。

「詳しいことが知りたければ、イェーガーのところの女魔法使いと、角ウサギ掃討作戦で活躍した彼に聞いてくれ。ギルドからは彼らを応援に出したから」

応援期間は昨日で終わりなので、早ければ今日明日に戻ってくるだろうという。

「彼らを応援に出すとはよっぽどの状況なんだな」

ユナグールでも一、二を争う大魔法の使い手をどちらもとは。

「なにしろ、公国を北に向かって横断にかかっているから、被害の範囲が広いんだ。渡りのルートが変わった理由もわからないし、迎え撃つ以外に対処のしようがない。不意打ちを食らった最初のほうに遭遇した町では死傷者が相当出たらしい」

「怪我した人がいるの?」

角ウサギ掃討作戦の時を思い出して、トーコはぎゅっと手を握りしめた。積極的に襲ってくるわけではないからあそこまでひどい傷ではないかもしれないが、角ウサギの脅威が去った後でも国境警備隊や州軍の負傷者が収容されていた療養所には苦しむ人々が長く横たわっていた。

「あ、いた!」

突然大きな声がギルドの入り口からして、振り返ると、件の火魔法使いがトーコに向かって指を突き付けていた。

「どうしたの、その包帯! 怪我したの?」

「ひでえ目にあったぜ」

「ルリチョウの群れ? 治していい?」

「いいぜ。まったく、ユナグールにいるならいると教えておいてくれよ。<深い森>に探しに行くとこだったぜ」

探査魔法を走らせると両腕をあちこち怪我しているのがわかった。怪我自体は深くないが数が多い。

「トーコを探していたのは、怪我人の治療か? そんなに酷いのか」

「酷いが、怪我人の治療なんかいくらやったって無駄だ。それより、連中が町の上空を移動している間だけ、障壁で防護したほうがいい。で、でかい頑丈な障壁ってんで、お前を思い出したんだ」

「ええと」

「俺たちはなんの依頼も請けていない。勝手に首を突っ込むわけにはいかん」

「ベアさん~」

「相手は得体のしれない魔物の群だ。危険を見極められないうちは、お前もうかつに動くな。彼ほどの魔法使いでさえ、手傷を負っているんだ」

「あ、これ? これはうっかり、障壁の外に手を出しちゃったからなんだけど。俺たちの仕事は魔物の駆除って聞いていたけれど、実際にはルリチョウが飛んできたときに町や村の人が避難する時間を稼ぐことと、屋外にいて逃げ遅れたやつの保護だった。道理で、俺と氷の姐さんしか呼ばれないわけだよ。狩人の出番じゃない」

「軍は出ているんだろう?」

「出ている。穴掘り要員としてな」

「「穴掘り?」」

ベアとトーコは異口同音に訊ねた。

「ルリチョウが飛んできたときに隠れるための穴と、死骸を葬る穴さ。何しろガラス窓なんて簡単に突き破ってくるから危なくて仕方ない。町中の窓に板を打ち付けてたぞ。馬を守るのが一番大変だった。人間は地下室に避難できるが、家畜はそうはいかないからなあ」

「お家の被害もありそうだね」

「土壁の家なんて、南側の壁が崩壊寸前になるってよ」

「どうして、障壁の外に手を出したの?」

「逃げ遅れたちびちゃいのを拾い上げようとしたんだが、ちょいと手間取ってな。ったく、なんで子どもってのは家の中に入れって言ってるのに、出てくるんだ」

火魔魔法使いはぼやいた。

「どうやら、いつもは人の領域を迂回して公国のずっと南のほうにある越冬地から、北の魔の領域に渡っている群が、まっすぐにつっきりにかかったんんじゃないかってのが、えらい学者先生たちの見解らしいな。だから、ほっとけばこのまま飛び去るだろうってんだが、進路にあたった町や村は悲惨だ。今のところ一直線に移動しているから、進路が読みやすいのが救いだな。伝令を飛ばして、町なら安全な場所に引きこもらせるし、村なら他へその間だけ移動させているらしい。去ったあとの死骸の始末も大変らしい」

「その鳥は何を食うんだ?」

「北のほうの魔の領域にいるときは虫や草の実を食べるそうだ。だが、渡りの間は特に食べていないようだ。渡りの間は食べない鳥というのは結構いるらしい」

「へえ。海を渡るなら仕方ないけれど、陸でもそうなんだ。不思議だね」

「餌を求めての移動でなくて何よりだ」

村や街道の被害を思い出してベアは顔をしかめた。

「どうして、その渡り鳥は人にぶつかるようなところを飛ぶの? もっと高いところを飛べばいいのに、って今話していたんだけど」

「数がすごいと言っただろう。空がルリチョウで覆いつくされて、まともに飛べる場所がないくらいだ。ここへ戻る途中に町だけじゃなくて、木や土手にぶつかって死んだルリチョウもたくさん見た。さすがに夜は飛ばないから、伝令が次の進路にあたる町に先回りして情報を伝えているんだが、そうでなきゃ、情報を伝える間もなく襲われてる」

たかが鳥の群と侮るなかれ、なかなかに大変な状況のようだ。

「魔物の侵入が続くな……」

ベアは渋い顔でつぶやいた。それを聞きとがめたトーコが小首を傾げた。

「前にユナグール大学の研究員の先生が、魔の領域と人の領域は長い年月で見ると、その境目が動いているって言っていたよ。今境目が変わろうとしているということはないの?」

「境目が変わる? そんなことあるのか?」

火魔法使いが聞いたことがない、と言う。

「何万年とか何億年って単位での話。昔はユナグールも魔の領域だったから発掘調査をしているってユナグール大学の先生が言ってた」

「ああ、そういう話。一年かそこいらで変わるのかと思ってびっくりしたわ」

ギルド職員は興味をそそられたような顔をした。

「ひょっとして、その研究員の先生って火竜騒動の時に合同対策本部が招聘したあの先生かい」

「うん。知ってるの?」

「ギルドの競売でよく変なものを買う人だからね」

「変なものって?」

「チョウロウクロネコの胃袋とか。中身を調べて何を食べているか調べたりするんだそうだ。他にも色々普通競売に出ないようなのを依頼していくことがあるよ。だけど、チョウロウクロネコの糞なんか依頼されても、なかなかねえ」

ベアは何か考え込んでいるようだったが、ギルド職員に声をかけた。

「ひとつ頼みがあるんだが。今回の討伐依頼の獲物だが、次の競売に出すときに、その先生にどこでも欲しい部位をさしあげてくれ。獲物は直前までこちらで預かっておく」

「いいとも」

「パウア先生のところに行くの?」

「ああ」

火魔法使いがひらひらと手を振った。

「ご苦労なことで」

「何、他人ごとの顔をしているんだ。君も来るに決まっているだろう」

「はあ!? 俺はそんな眠い話に興味は……」

「聞いておいたほうがいいぞ。今回のようなことがあったとき、真っ先に依頼が行くのは君のところだろうが」

火魔法使いは顔をひきつらせた。

「去年の角ウサギに、ルリチョウ。この上まだ何かあるなんて言わないでくれよ」

「俺もそう願っている」

先に立って歩き出したベアの後についていきながら、火魔法使いはこそっとトーコにささやいた。

 「お宅の師匠、うちのリーダーと同じくらいいい性格してるよな」


 「やあやあ、よく来たね」

 幸運なことにパウア研究員は家にいて、しかも昼間だというのにばっちり起きていた。ただし、全身埃まみれ、土まみれであった。一週間の発掘調査から戻ったところだという。

 「冬に調査なの? 土が凍って大変じゃない?」

 「大変だけど、夏は夏で、草の根がはびこってやっぱり楽じゃないんだよ」

 ベアと同じく年中無休らしい。奥方の警告を受けて彼が風呂に入っている間、ベアたちは廊下や部屋の棚に並べられた奇妙な標本や剥製を眺めた。<深い森>以外の魔の領域の生物も収集しているようだ。

 「お待たせ、さて、話はなんだったかな」

 雫のたれる頭にタオルをのせて、パウア研究員が戻ってきた。

 ベアは最近魔の領域から侵入する魔物の多いこと、ルリチョウの渡りの変容を伝え、魔の領域と人の領域の境が変わろうとしているのではないかと訊ねた。

 「それはない」

 パウア研究員はあっさりと言った。

 「境の変化はものすごく長い時間をかけてゆっくりと起こるんだ。魔物がひょいと境をまたいだからといって変わるものじゃない。なにより、領域の変化は植物相から始まるんだ」

 「じゃあ、これはただの偶然なの?」

 「それは難しいねえ。ベテランの彼の言うように単に冬を越した個体が多いからというのが一番ありそうだけれど」

 「ルリチョウは?」

 「渡り鳥のほうは、違う理由だろうね。個体数が増えたからといって渡りのルートが変わるというのは普通ではない。それこそ、竜が現れていつもの飛行順路をふさいでしまったとか」

 「ええっ! また竜なの?」

 「例えだよ。本当にそう思っているわけじゃない。渡りは鳥の本能だ。竜がいたくらいでルートを変えるほど賢いとも思えないし。第一障害があってルートを代えたにしては、ずいぶん早い渡りだ」

 「そうなの?」

 「ルリチョウが北の魔の領域に現れるのは三月末から四月にかけてだ。時期がぴったりと合うこと自体おかしいんだ」

 「ふうん。先生、他の魔の領域のことも良く知ってるんだね」

 パウア研究員はくすりと笑った。

 「残念ながら、これは妻から仕入れた知識だ」

 「奥さんも研究しているの?」

 「まさか! 妻が知っているのはルリチョウの羽は帽子のいい飾りになるってことだよ」

 そこへノックする者があり、今しがた話題に上がった夫人が夫の同僚を案内してきた。

 「あなた、ゼッケ先生がお見えよ」

 「入ってもらってくれ」

 「では、我々はこれで」

 ベアが立ち上がろうとすると、パウア研究員は押しとどめた。

 「時間があるようなら紹介するよ。彼も君たちの話が聞きたいだろうし」

 パウア研究員と同年代のひょろりと背の高い男を紹介してくれた。

 「専門は<深い森>の植物相。薬効植物にとても詳しいよ」

 ベアの目の色が変わった。

 「ベアさんよりも詳しいの?」

 「彼は薬草に詳しいのかい?」

 「うん。薬草採りの名人だもん」

 トーコは胸を張った。

 「それだけじゃなく、彼は竜の血を実際に怪我人の治療に使ったそうだよ。話を聞きたいんじゃないかい」

 「竜の血? 本当ならぜひ話を聞きたいな」

 「お会いできて光栄です」

 ベアは丁寧にのっぽの研究員にあいさつをしていた。ギルド構成員たちの訪問の概要を聞くと、彼もパウア研究員の意見を支持した。

 「魔の領域の植物が根付き始めたならともかく、動物が超えたくらいなら、心配するほどじゃないと思う。歴史は詳しくないけれど、こんなに魔の領域に近いユナグールでさえ、魔の領域の植物は育てられないんだ。なんとか枯らすのを遅らせるので精一杯だよ」

 「普段はどんな研究をなさっているんですか?」

 「主に古い研究記録を分析して、見逃した薬効がないか探している。あとは、薬草同士の組み合わせの研究だね。こちらは僕というより、僕の師匠が主にやっている研究だけど。僕自身の研究のほうは、魔の領域の植物を手に入れるのは簡単じゃないからなかなか……。資金の都合もあるし」

 「それでも、わたしみたいな金にならない研究より、薬効品の研究には薬種商の援助や、行政の補助が出るからいいじゃないか」

 パウア研究員が言った。なんだか、大学と企業の合同研究みたい、とトーコは思った。そういえば、ハルトマンがパウア研究員の奥さんが裕福だと言っていた。自前の資金があればスポンサーがいなくてもやっていける、というより、そうでなくてはできないのだろう。

 おかげでトーコたちは助かっているのだから、奥さんには感謝だ。

 「植物の採集なら、少しはお役に立てると思います。必要なものがあればおっしゃってください」

 おお、めずらしくベアさんが張り切っている。やっぱり同じ分野なので気になるようだ。

 「ありがとう。雪が解けたらぜひお願いするよ」

 「冬でも魔の領域に入っていますので、お気兼ねなく」

 ゼッケ研究員が軽く目を見張った。

 「冬も入るの? それは頼もしいね。もしかしてアカヒの樹皮を採りに行ったりするの?」

 「アカヒがご入り用ならありますよ。トーコ」

 トーコは採集封筒をベアに手渡した。

 「どのくらいご入り用ですか」

 「あ、じゃあ十センチ四方くらいの大きさのをひとつ」

 「どうぞ」

 ベアは巻物のように巻いた樹皮を一本差し出した。

 「ええと、切る物、切る物……」

 「全部お持ちいただいて結構ですよ」

 ゼッケ研究員は困った顔をした。

 「残念ながら、資金の都合があってね」

 「なるほど。では、ギルドの手数料分だけで結構です」

 「え、ほんとに!?」

 ゼッケ研究員は嬉しそうにアカヒの樹皮を握りしめた。おもちゃを手にした子どもみたいだ。

 「他にもあれば、遠慮なくおっしゃって下さい。昨年秋以降の主な採集物はだいたいあります。研究にお役立ていただけるなら、もちろんギルドの手数料ぶんだけで結構です」

 「いいのかい!? 秋以降というと、シロヤドリギとか?」

 「ごめん、シロヤドリギの実は全部売っちゃった。ザクロとかリンゴとかならいっぱいあるんだけど」

 「ザクロ? リンゴ? もしかして、君たち森を抜けた先まで行ったりする?」

 「行きます。むしろ近場ではあまり採集していないので」

 「本当に名人なんだねえ。クロザクロとかもあれば……」

 「どんなのがいいの? 皮を刻んで干したの? 丸ごとの生の実? 種を干したの? 樹皮はないけれど……」

 「え、生? 生って? この季節に成る木があるのかい!?」

 「違います、先生。昨年の秋に採ったのを時間凍結魔法で保存しているだけです」

 トーコはベアに指示されて生の果実をごろごろと机の上に出した。

 「時間凍結魔法! なんてすばらしいんだ! 採集日まで分かるとは!」

 頭上にザクロを掲げて感動するゼッケに対し、あきれているのが火魔法使いあらためキースリング青年だ。さっきパウア研究員に名乗って初めて彼の名をトーコは知った。

 「ザクロに時間凍結魔法とか……あほか」

 「新鮮な果物は美味しいよ?」

 「食い物かよ! ほんっと魔力の無駄遣いだなー。秋からずっととか信じられん。にしても勝手にえらく気前のいい話をしてるがいいのか、お前」

 「いいんじゃない? 別に不足しているものを横流ししてるわけじゃないもの。それに誰かが研究して新しい薬草を見つけてくれないとギルドだって困るでしょ。いつまでたっても古い知識に頼って同じものばかり扱っているんじゃ、よその魔の領域でもっといい薬草がたくさん簡単に取れるようになったりしたら、負けるよ」

 「負けるってなんだ。誰と勝負してるんだ」

 「何言っているの。<深い森>で採れるものに商品価値がなくなったら、ギルドもユナグールも衰退するだけじゃない。せっかく研究してくれるっていうんだから、ギルドはお手伝いすべきだよ。むしろ、ギルドがお金を払って研究してもらうべきだと思う。ちゃんと研究の成果が出たら、十年後、二十年後には、新しい採集物が増えるかもしれないんだよ。ギルドもユナグールここまで発展したのは魔の領域の産物のおかげなんだから、もっと積極的に活用すべきだと思う」

 「あー、なんだか頭痛くなってきた。俺に難しい話をすんな」

 ベアは外野を無視してゼッケ研究員に向かって言った。

 「他にもいろいろ採集間もない状態で保存しているのもあります」

 「よかったな、ゼッケ。羨ましい話じゃないか」

 「パウア先生もよろしければ、明日のギルドの競売にお越しください。さっきお話ししたヨツキバオオイノシシ三頭、チョウロウクロネコ一頭、クロオチョウ一羽がでます。事前に係員に言っていただければ、どこでも欲しい部位を差し上げるようにギルドに話はつけてありますから」

 「え、ほんとに!?」

 友人だからなのか、ゼッケ研究員とまったく同じ口調で同じことを言うのでトーコはおかしくなってしまった。どこかの家族に似ている。

 「こちらも同じく時間凍結済みですので、お役に立てるかと。ただし、人食いの魔物ですので、その点だけご了承ください」

 「ありがとう、ありがとう!」

 ベアの両手を握りしめてぶんぶんふるパウア研究員にキースリングが鼻白んだ。

 「人食った魔物のはらわたとか、絶対見たくねえ」

 「それは同感。うち一頭は確実に消化前の人のはらわたが入っているもの」

 「げ。お前も顔色も変えずよくそんなこと言えるな」

 「助かったから」

 キースリングが驚いた顔をする。

 「まじか。はらわたを魔物に食われて生きているなんて……お前の治癒魔法すげえな」

 「ううん、治癒魔法じゃ無理。火竜の生血を使った。さすがお高いだけのことはあるねー」

 「へえ、聞きしに勝る威力だな」

 「でもさすがに一滴じゃ無理だった。あと、治癒系の魔法も併用してぎりぎりなんとか生還したんだよ」

 「なんだ、竜の血の一滴は~ってのはやっぱりお伽噺か」

 「それ、前にも聞いたフレーズだ。元ネタがあるの?」

 「子供向けのお伽噺だ。知らないのか?」

 「知らない。でも、治癒魔法じゃ絶対治療が追いつかない怪我も治しちゃうんだから、あながち嘘じゃないよ。火竜を公都にも持っていって競売にかけたあと捌くじゃない? その時に怪我人や病人にもふるまわれたんだけど、ほんとに治ってたもの」

 「へえ、また竜が現れないかなあ」

 「その時はひとりで倒してね。わたしはもう竜はお腹いっぱい」

 「お前がいなきゃ、火竜の攻撃が防げないだろうが!」

 「大変だったんだから!」

 「それは前に聞いた。っと、なんだ」

 いつの間にか、トーコとキースリングの横でパウア研究員が熱心に聞いていた。いや、感動に打ち震えている。

 「いやいや、続けてくれたまえ。竜の生血を実際に試したなんて!」

 「えと、知りたいことがあるなら、どうぞ?」

 「じゃ、遠慮なく。まず与えた火竜の血の保存状態からだけど……」

 「俺、もう帰っていいか?」

 

 キースリングが撤退した後も話は弾み、最後はゼッケ研究員の大学の研究室まで荷物を運んだ。そこでもベアとゼッケは際限なく話し込み、トーコは話の半分もわからなかったが、熱く語り合うふたりを眺めて楽しんだ。こんな前のめりなベアは初めて見る。しかもアニが見たら嫉妬しそうな大盤振舞だ。

 新薬の開発とはいつの時代もお金と時間がかかる物らしい。これで新たな薬効植物が見いだされてギルド構成員に採集できるものならば、結果的にみんなが助かり潤う。

 すっかり長居をしてしまい、陽が落ち始めてから慌ててギルドへ行く。ゼッケ研究員に書いてもらった買取票を提出し、相場価格に応じた手数料をギルドに認めてもらうよう交渉していると、ギルド長が現れた。

 「おや、ベア。ちょうどいいところに」

 「ルリチョウの依頼なら請けない。今、忙しい」

 ベアは先手を打った。

 「少しばかりギルドへ貢献してくれてもいいのではないかね」

 「討伐依頼を三つ片づけたところだ。文句はなかろう」

 「国軍からの非常時の協定に基づく依頼だ。強制依頼がまだ残っているうちで良かった」

 あっさりと返され、ベアは顔をしかめる。本格的な活動が始まる春になる前にもうふたつ目の強制依頼とは。人の領域に入り込んだ魔物の駆除だって、本当なら強制依頼でもなければ引き受け手がいないのに。

 「内容はなんだ」

 「ルリチョウからノイラーデの防衛だ」

 「ノイラーデ? 公国の中北部じゃないか。今から移動して間に合うとでも?」

 「転移魔法があるだろう」

 「転移魔法があってもどこへでも好きなところへ行けるわけじゃない。最低でも行ったことがなければ」

 「だったら、この機会に行ってくるといい。何事も経験だよ」

 「だから、間に合わないと言っている」

 「どんな魔法を使っても?」

 無理だ、と言いかけて沈黙する。

 「……トーコ、クレムへは転移できるか?」

 「塩を採りにゲルニーク塩沼に行ったときの入り口の町? 行けると思うけれど、やってみないと確実なことは言えない」

 「正確な地図があれば、そこから街道を辿ってノイラーデまで行けるかもしれない。ただし間に合う保証はない。道に自信もないしな」

 「地図は用意させる。すぐに出られるか?」

 「今日くらいは休ませてくれ。明日、ギルドの競売に駆除した魔物を出したらすぐに出る。トーコ、大丈夫だな」

 「うん、わかった」

 「それでいい。具体的な指示はむこうで国軍から受けてくれ」

 ギルド長は頷いて、国軍からの正式な依頼書をベアに預けた。

 「俺のほうからもひとつ頼みがあるんだが。長い目で見ればギルドの利益になる話だ」

 手数料の件で揉めていたベアはここぞとばかりにゼッケ研究員に魔の領域の植物を融通する話を持ち出した。以前トーコがお願いしてやってもらった、手数料だけギルドに収めてギルド構成員自身への報酬は別途支払うというのはイレギュラーな特別対応だったようで、暇な季節で、かつトーコの頼みだったから特別にやってくれたものらしい。

 「随分と気前のいい話だな。君がそんなことに興味があるとは知らなかった」

 「チームを組んでから採集効率はいいんでな。だがいつまでも続くわけじゃなし、他の連中の活動を邪魔するつもりもない。ギルド全体の採集能力に余裕のあるうちに次を探さねばギルドもユナグールの発展もここで停まるぞ」

 トーコは耳をそばだてた。さっきトーコが言っていたことと同じだ。ベアも同意見だとわかってちょっと嬉しい。ギルド長は瞬きした。

 「君がそんなことを考えていたとは驚きだ」

 ベアは黙った。

 「……今のは他人の受け売りだ」

 素直に告白すると、トーコはつんのめり、ギルド長はにやりと笑った。

 「君のやろうとしていることはわかった。その研究員についてギルドのほうでも調べさせてもらう。そのうえで任せられるようなら、ギルドとの共同研究という形にしてもいい。だが、魔の領域の産物を管理する立場から、無料提供は論外だ。提供物は必ずギルドを通すのは当然として、相応の売値はつけねばならない」

 「先方はあまり金がなさそうだったぞ」

 「だったらなおさらだ。横流しされても困る。それに、実質無料提供じゃ君が何かの理由で離脱したあと、続けられなくなる。十年、二十年かかる研究ならなおさらだ」

 「それはそうだが」

 「ギルドとしても魔の領域の新しい薬効産出物は欲しい。彼には研究してもらわねばならないし、その成果は共有してもらう。どうだ、この件、わたしに預けないか?」

 ベアはあっけにとられた。なんで彼まで乗り気になるか。手をたたいたのはトーコだ。

 「ギルド長さん、さすが! 話が分かるう! 良かったね、ベアさん。ギルドが大学と話をつけてくれるって!」

 そういうことになるのか? ギルド長が頷いたので、そういうことになるらしいが。

 「彼のほうで文句がないなら、俺はかまわんが」

 「では決まりだな」

 ギルド長はいやに機嫌よく自室に戻って行った。

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