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第18話 冬星祭(1)

 二ヶ月弱の採集を切り上げてユナグール東門に転移したベアとトーコはその足でギルドに向った。

 トーコが魔法を駆使してもひと月やそこいらで巡りきれないほど草原は広く、果樹は沢山あるので、一旦街に戻ることにしたのだ。それに、二月にはトーコが楽しみにしているコブシガシの実を食べる祭りがある。

 ギルドに顔を出して、まだ方針争いが続いているらしい掲示板から応えられる依頼を探す。

 「なんだか角ウサギとワタリヌマガモの依頼が多いね」

 「冬星祭だからだろう」

 「冬星祭ってコブシガシの実を食べるんだよね。角ウサギと関係あるの?」

 「コブシガシの実は単なる縁起物、他にもご馳走を食べるからだろう。掲出から五日以上経っているのは全部請けよう」

 受付に持ち込むと、数が多いのと暇な季節なのとでふたりがかりで対応してくれる。依頼受付や持込は少ないが、厚くなった個人台帳を分冊したり、長期間依頼を請けていない人をチェックして除籍したりと、書類仕事は山ほどあるのでひとはいるのだ。

 「そういえば、ふたりは冬星祭はどこで参加するの?」

 「俺は下宿先の、トーコはヘーゲル医師の所だ」

 冬星祭は家族・親族だけでなく、ご近所さんと祝う祭りなので大抵住んでいる地区で参加することになる。ヘーゲル家の場合は、ヘーゲル夫人と三女アニは毎年自宅と店との両方に顔を出すし、長女ビアンカ、次女コリーナも実家と婚家両方に参加予定だ。

 「わたしの知り合いのところにも少し顔を出さない? 孤児院なんだけど」

 「コジインってなに?」

 「親や育ててくれる人のいない子どもの面倒を見てくれるところだ」

 トーコは小首をかしげた。

 「どうしてわたしはそこに行かなかったの?」

 「ヘーゲル医師が見てくれたからな。他に引き取ってくれる人がいなかった子どもが行くところだ」

 「常に定員オーバーでそんな簡単には入れてくれないの。ギルドだって養育費を払ってやっと入れてもらってるんだから」

 「ギルドと関係あるの?」

 「なくはない。こういう商売だ、魔の領域で命を落とした親を持つ子どもはいる」

 「そ。誰か面倒見てくれる人がいればいいけれど、そうでなければギルドに残された未受取金から養育費を払って育ててくれる人を探す必要があるでしょ?」

 たいていは親族や知り合いなどが養い親になることになる。ユナグールに居住する限りは三ヶ月に一度ギルド職員が養育費を支払いがてら様子を見にいく。ギルドにある故人の資産から捻出される費用だが、その管理も結構大変らしい。

 社会保障システムが未熟な分、ギルドの互助機能は有用なのだ。

 「あまり手伝えないが、顔を出すくらいなら。何を持っていけばいいんだ」

 「今集まっているのはこんなところ」

 薬草に詳しい女性職員が出したリストをベアはめくった。

 「だいたいあるようだな。保存の効くもののほうがいいか。角ウサギの塩漬けでも作るか」

 「え、その日食べるご馳走を持ち寄るんじゃないの?」

 横からリストを覗いていたトーコはベアに訊ねた。

 「祭りだが、本来は冬の乏しい食料を分け合うための古い智恵だから、保存の効く食料を持ち寄って交換しあうのが基本だ。昨今じゃ別に保存食にこだわらないひとも多いがな」

 「へえ。じゃあ、わたしはジャムにしようかな」

 「作れるのか?」

 「帰ったらバベッテ姉さんに聞く。果物とお砂糖があれば作れるんじゃないの? ツキリンゴとか、ユキカンとか」

 「ふたりとも、これから作るの? だったら孤児院の厨房でやらない? できれば大きい子たちに手伝わせて、作り方を教えてあげてよ。ジャムは簡単でしょうけれど、丸ごとの角ウサギを捌くことなんてめったにないから、いい経験になるわ」

 「俺ひとりでか」

 ベアはたじろいだ。子どもは苦手だ。トーコひとりでももてあましているのに、複数なんてもっと無理だ。

 「冬星祭なんだから、誰でも手伝いを呼べばいいじゃない。当日じゃなくて前々日くらいにやればいいし」

 「前々日って、明後日じゃないか」

 「ひとりくらい暇してるギルド構成員がいるでしょう。孤児院のほうで用意しておくものってある?」

 「人数分の包丁とまな板、はかり、お鍋、できあがったジャムを入れる壷かな」

 「どのくらいつくるつもり?」

 「それはお鍋の大きさや作業の進行具合によるんじゃない? 材料はいっぱいあるから」

 トーコはあやふやな口調になった。

 「分かったわ。そっちは孤児院に手伝ってくれる人を探してもらいましょ」

 「できればジャムをつくったことのあるひとで」

 自信のない発言に、薬草に詳しい女性職員は笑って了承した。

 「俺のほうは同じく人数分の包丁かナイフ、塩漬け肉を入れる樽。塩と水は持参する」

 「例の瓶詰めね。ボウルや鍋の類はあるはずだから大丈夫でしょ。話がまとまったら、連絡するわ」


 ベアのお得意さんである薬種商を回るのは翌日にして、ふたりはギルド前で別れて帰宅した。

 「ただいま!」

 「やっと放蕩下宿人のお帰りね。家を忘れたのかと思ったわ」

 台所から出てきたバベッテがぎゅっと抱きしめてくれた。火竜のおかげでヘーゲル医師に借金を返済したトーコはめでたく、居候から下宿人に昇格した。

 「冬星祭までには戻るって言ったでしょ?」

 「まったく、本当に二ヶ月も戻ってこないなんて心配するじゃない」

 「一ヶ月と三週間だもん」

 「その間一度も戻らないなんて! 手紙くらいよこしなさいよ」

 「今度からそうする」

 「荷物を置いて着替えてらっしゃい。お茶にしてあげるから。お茶のあとは溜まりに溜まった下宿代を徴収するとしましょ」

 トーコは大急ぎで屋根裏の子ども部屋へ上がった。久しぶりにバベッテの淹れてくれたお茶でおしゃべりに花が咲く。ヘーゲル医師も診療所から顔を出して娘同様、本当に二ヶ月入っているとは思わなかったとあきれる。

 「まったく、ベアもベアだ。今度また長期で入るようなことがあっても、週に一度は顔を見せるように」

 「えっと、ベアさんにお願いしておくね」

 「俺から言ってやる。トーコは俺の弟子でもあるんだぞ。それを……」

 ぶつくさ言っているヘーゲル医師を無視して、バベッテは言った。

 「ジャムなんて簡単よ。明後日なら手伝ってあげるわ。ビアンカにも手伝ってもらいましょ。冬星祭の孤児院の手伝いなら向うのご両親も気持ちよく送り出してくれるでしょうし」

 彼女は夫の亡くなった婚家に残っている長姉を気遣って、なにかと連れ出そうとしているのだ。そしてそれを聞いてトーコは妙案を思いついた。

 魔の領域で採ってきた果実や野菜、公都で仕入れた食材を食料庫に補充し終えたトーコは、バベッテとジャムの試作をしつつ作り方を教えてもらった。ちょっとスパイスを足すと味や香りが引き締まる。ユキカンもフトジマツツジの実も初めて見る果物なのにバベッテは経験と勘でうまくマーマレードやジャムにして、相性の良さそうなスパイスで仕上げていく。

 「ツキリンゴはなんかイマイチだね。ユキカンのマーマレードは大正解だけど」

 フトジマツツジはそれなりに美味しい。キウイジャムっぽい。

 「ジャムにするのは酸味のある果実のほうがいいのよ」

 手持ちの果実をテーブルの上に広げてふたりで思案する。

 「シマコケモモが有望そうなんだけど」

 「季節が終わりのときに通りすがりにちょびっと摘んだだけだから、前に煮てもらったぶんしかないの。次のシーズンには採りにいけるようにベアさんにお願いしておこ」

 「お肉に添えたら美味しかったわよね。あ、お肉で思い出した。いつものお肉屋さんが干し肉がとっくにできているって言っていたわよ。ついでに冬星祭用に角ウサギが欲しいみたいだったけれど、今からで間に合うかしら。ジャムは考えておくから行ってきたら?」

 「干肉のこと、忘れてた!」

 「パン屋さんでも用があるみたいだったわよ」

 「ありがとう。行ってきます!」

 トーコは脱いだばかりの綿入れとローブを羽織ってバベッテ行きつけの肉屋へ行った。小さな肉屋だが、品揃えと鮮度がよくバベッテのお気に入りなのだ。

 「こんにちは!」

 「おや、トーコちゃん、すっかりご無沙汰じゃないか」

 肉屋のおかみさんが鶏の羽をむしる手を止めて笑顔になった。奥から筋骨たくましい肉屋の主人が出てきて、おかみさんとそっくり同じセリフを言う。ヘーゲル家の人たちといい、家族って言動も似るものなんだろうか。

 「今日、魔の領域から戻ってきたの~。干し肉ができてるって聞いてとんで来た」

 自分で捌けないのでたびたび解体を依頼していたトーコだが、昨年のうちに新年のご馳走用の角ウサギおよびワタリヌマガモと引き換えに、解体だけでなく干し肉まで加工してもらう約束をしていたのだ。

 その場で試食するとかなり固くてしょっぱい。主人とふたりの息子が作ったとのことで、完全に保存食に徹した味だ。そのまま食べるんじゃなくて、調味料扱いだなと思っていると、横からおかみさんが口を出す。

 「ほら、硬くし過ぎだよ」

 「あ、それは平気なんだけれど、結構お塩がきついものなんだね」

 「ハーブかスパイスを入れると塩を減らせるし、味も良くなるよ」

 「それ美味しそう!」

 「材料を持って来たらやってあげるよ。冬星祭用にアカメソウの香りのする角ウサギを都合してくれたら代金はそれでいいよ」

 「やったあ! 何羽いるの?」

 トーコは手を叩いて喜んだ。全く解体という作業さえなければ数十万羽の角ウサギもちょっぴり許せるのに。

 「五十羽あるかい。角は欠けていていいよ。そのほかにワタリヌマガモもあれば五十羽くらい欲しい」

 「うん、大丈夫。冬星祭までは町にいるから、忙しいなら加工用の角ウサギは冬星祭が終わってから持ってこようか?」

 「そうしとくれ。トーコちゃんはいい子だねえ」

 「必要なものはお塩と……胡椒やサンサネズの実でいいのかな」

 「塩とサンサネズの実は手持ちが余分にあるなら売ってくれ」

 「塩は角ウサギの加工と交換でいいよ。サンサネズの実はワタリヌマガモと一緒にギルドに買取票を出してくれる? ふたつある群生地のうちのひとつが、この間の火竜騒動で壊滅しちゃったから、値上がりしているんだけど、大丈夫?」

 交換や売買の交渉にも慣れてきた。ワタリヌマガモとサンサネズの実はギルドの管理品なので個人への贈り物ならともかく、肉屋に卸すのならギルドを通さないとまずい。逆に塩は売買すると法に触れるのでおすそ分けということにして口裏を合わせてもらう。角ウサギはギルドのお墨付きがあるので、堂々と人にあげたりギルドをもう一回通さず売買できる。

 買取票にサインしたら、空樽に塩をあけ、サンサネズの実を計量してもらう。

 労働を提供すればトーコが角ウサギと塩をいくらでも出すので、肉屋夫婦はすっかりこの取引に味をしめている。トーコも解体作業をしないで肉が手に入るので万々歳。双方満足して別れた後、トーコはこれまたバベッテ御用達のパン屋へ行った。

 パンを焼くには火力のある窯が必要なのと、一度に大量に焼かなくては高コストなので、町では基本的に個人の家では焼かない。

 以前来たとき、トーコは帝国商人から手に入れた上等すぎる小麦粉を渡す代わりに普通のパンをもらった。時間凍結封筒に入れておけば、いつでも焼きたてパンが食べられる寸法だ。そのときは急だったうえに入域間際だったので、店頭のパンを他のお客さんの迷惑にならない数だけもらって封筒に入れ、残りの代価はヘーゲル家のツケと相殺してもらった。

 時間のある時に前もって連絡くれれば、欲しいパンを焼いてくれるという話だったので、ついでに頼んでおこう。

 ここでも冬星祭当日用に上等の小麦粉を欲しいとのことだったので、遠慮なく依頼する。小麦粉はパンではなく、お菓子になるらしかった。

 「冬星祭はコブシガシのパンを食べるんじゃないの?」

 「もちろん、それも作るよ。欲しいなら取り置いておこうか?」

 「ううん、コブシガシの実は拾ってあるから、うちで焼くつもり」

 冬星祭までやらなきゃいけないことがいっぱいあって大変だ。


 翌日はベアと一緒に、ヘーゲル夫人の実家を初めとした薬種商めぐりだ。昨日のうちに情報を手にしていたアニは満面の笑みでふたりを出迎えた。当然一番に来るものと決めてかかっており、遠慮なく注文を出す。

 大抵ベアが押し負けるのだが、ここでの交渉にはトーコは口を挟めない。アニはベアとトーコが大量の薬種を時間凍結保存しているのを知っているので、季節外れの品だろうが容赦なく吐き出させる。ユカンの精油も小瓶が足りなくて詰めた大瓶から真っ先にかっさらってゆく。

 押されるベアと活力に満ちたアニとのやりとりをハラハラして見ている羽目になるトーコは店を出てほっと息をついた。

 「ベアさん、お疲れ様」

 「沢山買ってくれるいい顧客ではあるんだが……」

 店を後にしたベアは生気まで吸い取られたようだ。ふつうにしてさえくたびれて見えるのが、襤褸雑巾のようである。

 「元気だしてベアさん。明日の孤児院の手伝い、ハルトマンさんが部下の人と来てくれるって」

 「それは有難いな。彼は角ウサギの塩漬けについては一家言あるようだし。しかしよく手伝ってくれたな」

 トーコはくすくす笑った。

 「ビアンカがジャム作りのほうは手伝ってくれる、って言ったら一発だったよ」

 「分かりやすいな」

 彼はヘーゲル医師の長女ビアンカにお熱、とはトーコから聞いた話だ。

 顧客を回りながら、瓶を買い足したり、ベアの山刀をとぎにだしたりと二ヶ月の間に溜まった雑用も片付けていく。

 「封筒はこんなかんじでいいかなあ。あとラベル用の厚紙ももらっとこ」

 「ラベルの紐はいいのか」

 「あ、いるいる」

 「店主、この封筒、次来るときまでに箱で用意しておいてくれ。毎回ちまちま買い足していたら手間がかかってかなわん」

 ギルドにも寄って明日、孤児院の厨房が使えることを確認する。思ったより手伝いの人数も増えて大掛かりになりそうだ。

 ベアと別れたあとも、留守にしていた間の用事をあちこちで片付け、ヘーゲル家に戻ってからは冬星祭の準備をするバベッテを手伝いつつ、ときおりヘーゲル医師やご近所の治癒魔法使いに急患で呼び出され、と魔の領域にいるときより数倍忙しい。忙しいが充実していて楽しい。

 「にやにやして、なんだ」

 テーブルに並んだ炒ったばかりの木の実や燻製を味見していたヘーゲル医師が言った。どうやって四女バベッテと下宿人トーコの目をごまかして秘蔵の蒸留酒を隠してある診療所にこれらのつまみを持ち去ろうかと考えながらのことだった。

 トーコはぺたりとテーブルに頬をつけて笑った。

 「ううん、ベアさんがわたしを預けたのがヘーゲル医師のおうちでよかったなあ、って思って」

 「そう思うなら、あとでこのワタリヌマガモの燻製をちょいと持ってきてくれ」

 「バベッテに言って食べやすく切ってもらった方が」

 「いい、いい、今忙しいだろうから」

 つまみを盛り合わせた皿を持って、隣家へ出かけたバベッテが戻ってこないうちに大急ぎで診療所へ逃亡するヘーゲル医師を見送って、トーコはくすりと笑った。気に入ってもらえてよかった。


 「厨房、広い! 鍋、でかい!」

 案内された厨房は孤児院の北の端にあって、地下だけれども、高い位置に設置された窓からは明かりが充分に入る。煙とにおい対策で天井が高いのでますます広く見える。

 「百五十人からの食事を作るんだから、当然よ」

 そういったのは太った年配の女性料理人だった。彼女は自分の聖域に他人が入ることを喜んでいないのが明らかで、トーコは思わず首を縮めた。しかし、バベッテとビアンカ、ご近所のシラー夫人はてんで気にせず、どの鍋を使うか、火を使う順番は、と物色にかかっている。

 トーコはエプロンをかけ、三角巾を頭に巻いて、格好だけは一人前に、運び屋に徹した。皆の指示で棚から鍋を下ろしたり、鉢に使う予定の果実や砂糖を出したりする。孤児院を支援しているご婦人方が他にふたりいて、トーコ以外の女性陣が材料の果実を齧ってみて砂糖の量をどのくらいにするかなどと話し合っている脇でまな板や包丁をセッティングしていると、孤児院の職員に連れられて十名くらいの女の子たちがやってきた。トーコと同じくらいの歳の子もいる。孤児院で預かってもらえるのは十三歳まで、そのうちの年長者が来ているので、自然、トーコより少し年下になる。

 棒砂糖や黒砂糖を細かく砕くところからバベッテがお手本を見せて、あらかじめ皆で切っておいた果実を砂糖と一緒に鍋で炊いて灰汁をすくい、最後は陶器の壷に詰める。トーコはてっきりぐつぐつ煮るのかと思ったが、そんなことはなく、あっという間に終わった。

 皮が入ると食感が悪いとのことで、ベニリンゴは皮を剥いて炊くことにしていた。どの子もトーコに負けない危なっかしい手つきである。トーコはちゃっかり指導されるほうに入り込んで、リンゴを四つに割ってから皮を剥いていった。この六ヶ月でナイフの扱いにはだいぶ慣れたつもりだが、バベッテのようにするするとはいかない。

 そしてまわりの子はトーコ以上に慣れていないようだった。

 「トーコ、こっちのベニリンゴはしまっていいわ。手がまわらなそう」

 「ジャムの量が少なくなっちゃわない?」

 「マーマレードの作り方も教えたいし、仕方ないわ」

 「二種類は欲張りだったかな」

 「そうね、どっちかを来年に回せばよかったかも」

 「あれ、来年もやるの?」

 「砂糖と果物の提供者がいればね。聞いてみたら今日手伝ってくれているのは、九歳から十三歳の子なんですって。だから、九歳の子にはイチゴとかベリーとか包丁を使わないジャムにして、翌年はリンゴ、三年目はマーマレードって少しずつやればよかったわね。ここまで包丁がつかえないとは思わなかったわ。ほとんどトーコ並みじゃない」

 「えーっと……」

 「孤児院にいられるのは十三歳まででしょ? 世間に出てやっていけるのかしら。孤児院の食事を作るのを手伝わせるとかして経験積ませられないの? 自分の食事くらい作れないと困るじゃない」

 十八歳にしてヘーゲル夫人を差し置いて家政を切り盛りするバベッテは真剣にあやぶむ口調だ。

 料理といえるほどの料理ができないトーコは視線を泳がせた。逃げるように片づけを命じられたベニリンゴの鉢のところへ行く。

 「じゃ、せっかくだから、こっちのベニリンゴは刻むところまではやるね。炊くのは皆でやるとして」

 トーコはこのところの採集ですっかり慣れた魔法を起動させた。

 空中でしゅるしゅると皮がむけていくベニリンゴを見て、バベッテが訊ねる。

 「それも魔法なの?」

 「うん」

 ひとつやって要領がわかったので、今度は一気にやる。鉢の中のベニリンゴが浮き上がり、一斉に皮がむける。背後からどよめきがあがり、トーコはびっくりして振り返った。

 孤児院の女の子たちも手伝いの女性たちも目を丸くして見ている。

 「すごーい! 魔法!?」

 「うん、魔法」

 「そんな魔法があるの? すごい!」

 「正確には、探査魔法と障壁魔法と移動魔法の併用だけど」

 浮いた十数個のベニリンゴから落ちた皮は空を飛んで皿に収まり、くりぬかれた芯は鉢に、果肉は細切れになってボウルに収まった。拍手があがる。完全な見世物だ。トーコは照れ笑いを浮かべた。

 曲芸に気を取られて指を切った子の治癒をしてトーコは自分の剥きかけリンゴのところへ戻る。

 「ん?」

 視線を感じ、顔を上げると同じテーブルで作業している皆が注目していた。

 「どうして、魔法は凄いのに、自分でやるとだめにしちゃうの?」

 素朴な疑問が発せられ、バベッテがこらえきれない笑いをこぼした。

 「魔法は思い通りになってくれるけれど、手とナイフは思い通りに動いてくれないの」

 まじめに答えたのに、今度は全員が爆笑する。とうとうバベッテから戦力外通告を受けて、魔法での皮むきに戻ることになった。

 「魔法使いってどうやったらなれるの?」

 ベニリンゴを刻み終わって銅鍋三つにベニリンゴと砂糖を計りいれ、火にかけているときだった。溶けていく砂糖を眺めていると、女の子のひとりが意を決したようにトーコに訊ねた。

 「魔法が使えたら、かな」

 「魔法はどうやって使えるようになるの?」

 「わたしは師匠が兄弟子に教えているのを横で見ていて覚えたよ。ただ、魔力がある程度ないと魔法を使えるようにはならないみたいだれど」

 鍋ではなく真剣な表情でトーコを見つめる女の子たちにトーコはたじろいだ。彼女たちは魔法使いになりたいのだろうか。トーコは探査魔法を起動した。すぐに魔力の有無が分かる。多少の魔力がある子もいる。ベアやハルトマンと比べてごく僅かな量だけれども、だからといって使えないとは言えない。

 なんとなくいたたまれなくて、トーコはベニリンゴの皮に用があるふりをしてその場を離れた。

 「トーコなにしてるの」

 「はわほはむにへひはいっへ」

 「食べながら喋らないの」

 トーコはくわえていたリンゴの皮を飲みこんだ。

 「皮も美味しいからジャムにならないかと思って」

 「で、それは?」

 バベッテは風魔法で切り刻まれる皮に目をやった。障壁魔法のなかで風の刃を複数回す、フードプロセッサーの魔法だ。トーコが勝手に名づけた。略してフープロ魔法。ペースト状にした重量を測りながら小ぶりの鍋にあける。ユカンの汁と砂糖を足して火にかけた。

 「皮を細かくしてたの。少し果汁を入れたほうがいいかな」

 「そうね」

 バベッテが呆れたように言う。かまどがふさがっていたので、目の前に鍋を浮かべ、火竜の火で鍋を暖め始めた。焦げないようにしゃもじでかき混ぜるが粘度が高くて結構大変だ。移動魔法に頼って中身をかき回すことにする。思いつきのわりに結構簡単にできた。

 「バベッテ姉さん、味見して」

 「美味しいけれど……あなた目的を忘れているでしょ」

 「え?」

 振り向くと、全員がこっちを興味津々に見ている。ビアンカがどこか困ったような顔をしていた。

 「どうしたの? 気にしないでジャム作りを続けて?」

 「トーコ、みんなの邪魔だから、そこを片付けて、男の子たちの様子を見てきてくれる?」

 「は、はい……?」

 バベッテが怒っている。トーコはわけが分からないものの、素直に従った。

 トーコの廃物利用のインパクトが強くて、女の子たちがジャムの作り方を忘れていませんように、とバベッテは祈った。

 

 洗い物を済ませてトーコは半地下の中庭に出た。台所や洗濯場から通じる、作業場兼用の中庭だ。

 そこではベアやハルトマンが男の子たちに角ウサギの捌き方を教えていた。生臭くなるので、厨房ではなく外でやっているのだった。こっちは教える側四名、習う側五名でほぼマンツーマンの指導になっていた。

 「ジャムのほうはどうだ」

 ベアが気がついて声をかける。目は男の子の危なっかしい手つきから離さない。

 「ひとつ目はもう炊いて、仕上げのスパイスを入れたところだよ。こっちはまだまだかかりそうだね」

 角ウサギはまだ肉と毛皮が分離していない状態だ。

 「初めてにしては皆よくやる」

 少なくとも手も出そうともしないトーコより見どころがある。そして、ハルトマンが教え上手だ。やはりふだんから部下の面倒をみているのは大きいのだろう。

 制服の袖をまくりあげ、慣れた手つきでお手本の捌きを見せた彼は、いまやすっかり少年たちの尊敬を勝ち得ていた。最初どこか萎縮したようだった少年たちは誰がハルトマンに見てもらうかでくじになったほどである。

 トーコは暫く作業を眺めた後、厨房へ戻った。

 「うーん、いい匂い。バベッテ姉さん、男の子たちはまだ皮を剥いでいた。時間かかりそう」

 「こっちはベニリンゴのジャムが煮上がったわ。今壷に移しているところ」

 お玉で掬ってジャムを壷の首が細くなっているところまで入れて空気を抜いたらコルクと蝋で封をする。

 「ジャム壷が足りなくなりそうだから、買ってきてくれる?」

 トーコは買い物メモを貰って孤児院を出た。言われた品を買って戻ってくると、次のジャムが鍋でふつふつと炊かれていた。

 「ふわあ、いい匂い。厨房の外まで甘い香りがしていたよ」

 「いいところに戻ってきたわね、もうすぐ出来るわ。これから味見するところよ」

 「だったらパンがあるよ。焼きたての」

 トーコはポーチからパンを一本出した。バベッテに切ってもらい、できたてのユキカンのマーマレードをたっぷり塗りつけ、みんなで熱い熱いといいながらほおばる。ユキカンの酸味と香り、黒砂糖のコクが好相性だ。

 「甘ーい」

 すっかり打ち解けた女の子たちも、自分たちの作品にはしゃいだ声をあげた。

 「もうちょっとお砂糖控えめでもいいかな。お茶が欲しくなる甘さだね」

 トーコは水差しに水を生成してお湯にすると茶葉を投入、お皿で蓋をした。

 トーコでもかなり甘いと感じるのだから、これはベアさんには無理そうだな、自分で作るときはお砂糖控えめでやってみよう。どうせ時間凍結封筒に入れるので、保存性を高めるために砂糖を大量に入れる必要はない。

 茶漉し代わりに障壁魔法を張って女の子たちが探してくれたカップに注ぎ分ける。穏やかな風味のお茶だが、ジャムの香りがあるのでこのくらいで丁度いい。トーコは自分の選択に満足した。

 「不思議な味のお茶……これも魔法?」

 「水を作ったのと沸かしたのは魔法だけれど、普通にお茶を蒸らしただけだよ」

 「飲んだことのない味ね。何が入っているの?」

 ビアンカが水差しを覗き込む。

 「アマハッカとヤブウマラの実とシズクビワの葉」

 「魔の領域の植物なのね。売っているのかしら」

 「アニのところで乾燥させたのを買えるかもしれないけれど」

 「つまり、これは薬? またアニが騒ぎそうね」

 「薬ってほどの量は入れてない。口の中がさっぱりするから食後によく飲んでるよ。胃の調子も良くしてくれるし、風邪予防にもなる」

 「お父さんも魔の領域でこんなお茶飲んでいたのかな」

 ひとりの女の子がポツリと言った。トーコははっとした。ここにはギルド構成員の親を亡くした子どももいると聞いている。彼女もそのひとりなのだ。

 トーコには慰める言葉も励ます言葉もなかった。ただその子の手をぎゅっと握った。

 「また一緒にお茶を飲もう。そのときお父さんの話も聞きたいな」

 「うん」

 女の子たちが炊き上がったマーマレードを壷に保存している間に、トーコは使った皿やカップを洗って、バベッテの命令で再び男の子たちの様子を見に行った。きりのいいところでお茶を、と声をかけるつもりだったのだが。

 「何してるの? 塩漬けを作るんじゃなかったの?」

 「せっかくがんばって捌いたんだ、彼らには楽しむ権利がある」

 「はい?」

 かまどを組んで熾した火を調整するやり方を男の子たちに教えているベアは振り返りもしない。ハルトマンの部下ふたりは他の子と一口大に肉と野菜を切って串を打っている。塩漬けをつくるはずの樽を覗くと、底のほうにわずかにあるだけだ。

 「ハルトマンさんは?」

 「院長に許可を貰いにいっている」

 「って、もうやってるし」

 トーコはぼそりと言った。

 男の子たちも夢中だが、教える側も同様である。最初は気乗り薄だったベアまでもが熱中している。珍しいベアの様子をひとしきり眺めてトーコはその場を離れた。

 終わるどころか全然別のことをやっていると報告すると、厨房の女性陣はそろってあきれた。

 「これだから男のひとって」

 「ただの図体の大きい男の子ね」

 「そういうことは星冬祭本番でやればいいのに」

 ジャム班は解散となり、女の子たちは帰っていったが、塩漬け班はまだまだやる気らしい。休憩もいらないと言われた。

 「トーコ、かまどをふたつ出して火を熾しておいてくれ」

 院長に許可を得て戻ってきたハルトマンが張り切ってトーコにまで指示をだす。ベアが男の子たちにかかりきりでつまらないので、帰ろうと思っていたのだが、おかまいなしだ。

 「俺は鍋を借りてくる。ついでにビアンカさんたちも呼んで食べてもらおう」

 「皆、帰ったよ」

 「なに!?」

 「おうちの晩ごはんの支度があるもん」

 せっかくビアンカと会う機会をお膳立てしてやったのに、何をやってるんだか。往路しか一緒に行動できていないじゃないか。

 ハルトマンはがっかりしたが、すぐに切り替えてトーコをこき使い始めた。

 「晩飯を食う許可は貰ったが、一部の子どもだけ優遇するわけにはいかんということなんでな、他の子どもにも作る」

 「串焼き百五十人分作るの? あまり時間ないんじゃない? 第一優遇って、おかしくない?」

 「議論する時間がもったいないから了承した。喧嘩しても後々面倒だしな。小さい子どもに串は危ないから普通にごった煮にする。軍隊の得意料理だから任せろ」

 ハルトマンは部下のひとりと猛スピードで角ウサギを捌き始めた。

 「お前は野菜切れ。なんかあるだろ」

 「ええーっ、わたしが出すの? ベアさんに聞かないと」

 トーコはベアを見たが、彼は男の子たちの世話を焼いていてこちらを見向きもしない。

 「ベアはいいって言ったぞ」

 「ベアさーん、ハルトマンさんが野菜を出せって言ってる」

 「適当に出せ」

 ベアは一瞬振り返っただけで、すぐに目を男の子の手元に戻してしまう。トーコは膨れた。なんか面白くない。

 「時間ないんだ、早くしろ」

 ハルトマンに小突かれてトーコはしぶしぶタマネギをむきにかかった。いつでもすぐ使えるように洗って泥を落としてあったニンジンを音を立てて刻む。

 「そんな切り方してると怪我するぞ」

 「平気! 痛っ」

 「ほれみろ」

 「ハルトマンさんが横からごちゃごちゃ言うからだもん!」

 指をくわえてちらりと見たが、ベアはこちらの騒ぎなど気がついていない。気がついたのはハルトマンのほうだ。まったく余計なことに。

 「お前な、自分より年下の身寄りのない子だぞ。半日くらいベアを貸してやれよ。この二ヶ月ずっとベアにくっついていただろ」

 「二ヶ月じゃないもん。一ヶ月と三週間だもん」

 「これだからお子様は」

 「別に焼餅なんか焼いてないから!」

 虚勢をはったものの、ナイフで皮をむかなければいけない使うジャガイモはやめて、一月に食べごろになって時間凍結袋へ移したイシウリを風魔法で割って、中身に格子状にナイフを入れた後、スプーンでくりぬく。これなら安全だ。

 野菜が煮えたら、ハルトマンたちが捌いたのに男の子たちがやったのもまとめてフライパンで表面を焼きつけ、どんどん鍋に入れていく。脂が凄い。トーコはここでも洗物係だ。

 やがて焼きあがった串焼きの相伴に預かり、バベッテたちが男の子たちのために用意していってくれたジャムサンドを出す。

 串焼きは血抜きが甘いからか、捌き方が下手だからか、いまいちだった。それでも男の子たちは美味しいを連発しながら、ギルドや国境警備隊についてあれこれ質問攻めにしていた。

 男の子たちを解散させてから、大人四人はやっと本来の目的である角ウサギの塩漬け肉に取り掛かった。

 「トーコ、ここに台所だせるか」

 トーコにすれば実に久々にベアが声をかけてよこした。

 「その物干しをどけたら置けると思う。ちょっと待って」

 場所を作ってから出張査定の時に作った作業スペースを出す。

 「固定したか」

 「うん、できた。入って大丈夫だよ」

 どこで使うにも設置面とのずれがあるので、足の高さは都度調整が必要だ。

 「ひとりはそっちで、残りはそこの作業台でやってくれ」

 トーコは以前ギルド構成員に自由に使わせていたタンクを作業台のそばに設置した。ベアとトーコで使い方を説明し、さっそく作業にかかる。

 「えらい便利だな」

 「よく出来ているだろう。トーコがつくった。ゴミの始末も楽だ」

 ベアは角ウサギを捌きながら答えた。棚にボウルがわりのオオグルミの殻を置いて、スペース配分も慣れたものだ。ハルトマンは得意げな顔をするトーコを見やってあきれた。

 「よく二ヶ月も魔の領域に篭っていられると思ったら、こんなものがあったのか」

 「ワタリヌマガモの群れを捕まえたときくらいしか使わないぞ」

 台所と作業台は便利だが、平らな広い場所が必要なので、ワタリヌマガモを大量捕獲したときに一回使っただけだ。何でも真冬のワタリヌマガモは脂が乗って秋とは違う旨さなのだそうで、湿地近くを通ったときにベアがナイフと移動魔法で獲ったのだ。

 慣れた四人が本気でやりだすと早い。トーコは彼らが捌いた肉を樽に敷き詰めては塩とサンサネズの実を振りかけていく。そんなに大きな樽でなかったのもあり、陽が落ちきる前に樽に蓋をすることが出来た。ハルトマンなど角ウサギを捌きながらトーコに指示してモツ煮にする臓物の下処理とレバーパテまで作ってしまう手際の良さだ。全て片付けて洗浄して消臭魔法をかけてから、孤児院を後にする。

 「腕も肩も今日は使いすぎだ」

 肩をまわしながらベアが言った。

 「明日はゆっくり休ませて貰う。トーコは冬星祭の手伝いか」

 「うん、バベッテ姉さんがご馳走作ることになってるから、そのお手伝い」

 「冬星祭の翌日はどうせはしゃいだ反動で疲れているだろう。冬星祭の二日後から入れるか」

 「大丈夫だよ!」

 「じゃあ、次はギルドで」

 「待った待った、ベアさん! コブシガシの実のパンを忘れてる! 明日焼いたら持ってくね!」

 「……期待しておこう」


 ベアと別れ、ハルトマンとトーコ、ハルトマンの部下二人は国境警備隊の宿舎に向かった。荷物はトーコが持っているので、一緒に宿舎まで行く。

 「トーコ、ジャム作りはどうだった。うまくいったか?」

 「わたしは洗い物しかしてないけど、みんなには楽しんでもらえたと思う。ジャムも上手にできたし」

 「孤児院の職員は誰か顔を出したか?」

 「最初に、料理人の人が厨房に案内してくれたよ。でもそれだけだったよ」

 「こちらも同じだ。こっちから押しかけていかなきゃ、院長は挨拶もよこさないつもりだったな」

 「冬星祭の直前だし、忙しいんじゃない? 授業中だったのかもしれないし」

 「授業? なんの授業だ?」

 「お裁縫の時間があるとか言っていたよ。他にも神殿から読み書き計算の先生がくるって。ほとんど外に出ないって言っていたから、全部中にあるんじゃない?」

 ハルトマンは難しい顔をした。

 「今日、ジャムを一緒に作った子と友達になれたか?」

 「友達かは分からないけれど、お父さんがギルド構成員だった子とまた今度一緒にお茶しようねって約束はした」

 「そうか、今度の入域から戻ったら会いに行けよ。お前、同い年くらいの友達いないだろ」

 「あれ、そうだっけ? 学校ではいたんだけどな。わかった、そうする。どうしたの? 怖い顔して」

 「百人からの子どもがいるにしては静かすぎる、と思っただけだ」

 「静かだとダメなの?」

 トーコなどしょっちゅうベアに静かに、と注意されている。

 「静かにしろと言ったって、できないのが子どもだろう。乳児院から移ったばかりの幼児もいるんだ」

 「そう言われると。今日、ジャム壷が足りなくて途中で買いに行ったんだけど、厨房は一番門から遠い北のはじっこだから、孤児院の中をほぼ横断するじゃない? でも誰とも会わなかったし、声も聞かなかったなあ。百人いる感じはしなかったよ」

 「俺のときもそうだった。おかげで院長室がどこなのか聞くのにえらい手間取った。誰かいないかと思って結構あちこちドアを開けたんだが」

 「誰に聞いたの?」

 「門番に聞いた」

 「入り口まで戻ったってこと? ハルトマンさんもそこまで誰とも会わなかったんだ」

 トーコも壺を買い足しに行った時、途中で誰にも遭遇しなかったし、気配も感じなかった。

 「いや、子どもたちに会ったには会ったんだが、しゃべらないんだ。知らない人間と口をきくなといわれているのかもしれんが、あれは異様だな」

 「ハルトマンさんの顔がおっかなかったんじゃないの?」

 「お前、最後に厨房に鍋を返しに行っただろう。何人いた?」

 「料理人のひとが三人。忙しそうだったよ。何が言いたいの?」

 「鍋を借りに行ったときに、ついでに食材も探したんだが、この季節にしては在庫が少なかった。粥用の挽き麦は大量にあったけどな。壁に貼ってあった一週間分のメニューは立派なもんだったが、あれは職員用だろう。子どもたち用のメニューがないのが嫌な感じだ」

 「どうして?」

 「十数人の食事に使う食材より、百人分の食材のほうが食品在庫管理の観点から見て影響が大きいのは当然だろ。別にあるのかもしれんが、作るまでもないってことかもな」

 「……あのさ、毎日同じメニューとか言わないよね」

 「毎日毎食同じでも驚かん。軍隊も孤児院も金のないところなんて、どこも同じだろう」

 トーコは黙った。

 いつも予算がない、予算がないと言っているハルトマンが、兵士の食料調理調達に苦労しているのを知っている。同じ軍隊でも、将校と士官と兵士の予算は別なのだそうだ。

 今日だって私用で突然仕事を休んだ上に部下までつき合わせているけれど、モツはしっかり持って帰って皆で食べる気だし、片手間に作ったとは思えないできのレバーパテも手伝わせた部下にあげていたし、勝手ばかりしているようだけれど一応はちゃんと埋め合わせている。

 毎日色々な食材が食卓に乗るのはトーコにとって当たり前だが、食料生産技術も保存技術も未熟なこの国では、今あるものを最大限生かし、保存するのに多大な労力を割く。市民として比較的裕福なヘーゲル家でだって、同じ食材のメニューが続くのは普通だ。

 魔の領域での料理は、大抵食い意地の張っているトーコが率先するので、同じ鍋を夕食と翌朝食で食べたりはするが、調理する時にはなるべく同じ食材を続けないようにしている。どうしても調理方法が煮るに偏ってしまうが、せめて食材は朝に角ウサギを食べたら、昼はベニマス、夜はワタリヌマガモとする。時間凍結袋に溜め込んだ大量の食材があるからできることだ。

 トーコとしては、春になったら、青物の類を採りに行きたいと思っていて、ベアにもお願い済みだ。ダメなこと、無理なことははっきりと言うベアだが、トーコがやりたい、欲しいと伝えた要望はちゃんと覚えておいてくれる。ギルドに依頼のあがらないただの果物の採集にだって付き合ってくれる。

 「孤児院の食料、足りなそうだったの?」

 食べていくのって大変だ。実家にいたときは思わなかった。アリとキリギリスのイソップ童話じゃないけれど、夏のうちから計画的に冬の食料を用意しておかなければ飢えるだけだ。

 「分からん。冬の終わりに飢えていないのはよほどの金持ちくらいだろう。どう食い延ばすかは人それぞれだ」

 「ごめん、何が言いたいのかよく分からない」

 ハルトマンは息をついた。想像力の足りないトーコのために、結論から言う。

 「院の予算とギルドからの養育費が適正に管理運用されているか疑問だ。よくある話だけどな」

 「よ、よくある話なの!? それでいいの!?」

 「一介の軍人にはどうしようもないな。軍が行政に口を出すとろくなことにならん」

 「それについては同意。だけど、見てみぬふりをするの? ギルドに言うとかしないの? お金を払っているのはギルドでしょ」

 「正確にはギルドに金を預けたまま引き取りに行っていなかった親だ。死人じゃ抗議しようがない。ギルドだって煩いことを言えば引き受けてもらえなくなるのはわかってるさ」

 「孤児院を運用するお金って税金から出ているんじゃないの? だったら行政の窓口に通報するとかないの?」

 「証拠もないのに通報できるか。第一どこへ話を持ち込むんだ。下手なところに言えば出入り禁止になっておしまいだ。孤児院の院長なんて、それなりの伝がなけりゃ就任できない」

 「そんな……」

 「お前も勝手に余計なことをするなよ。ガキの感情で突っ走ってもっと悪いことになったら目もあてられない」

 「友達に会いに行くのはいい?」

 「余計なことを言ったり聞いたりしなけりゃな。むこうを警戒させるような言動はするな。お前は気に入らなけりゃ、顔を出さなければいいが、子どもたちは他に行くところがないからいるんだ。いっておくが、衣食住が補償されるだけ、孤児院に入れた子どもは恵まれているんだ」

 ハルトマンに厳しく釘を刺されたトーコはしゅんとなった。彼の言うことは全く正しく、トーコが路頭に迷っていないのはひとえにベアとヘーゲル医師の温情ゆえだ。

 「そんな顔で帰るなよ。ヘーゲル医師とバベッテが心配するぞ」

 国境警備隊宿舎の厨房に荷物を置いて帰り際、ハルトマンに注意されてますますヘコむトーコだった。

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