第16話 納会
「あら、やっと戻ってきたのね。納会に間に合わないかと思ったわ」
交渉疲れでぐったりしたベアと、最後に買い物を楽しんだトーコが公都バルカークから戻ってギルドへ完了報告に行くと、薬草に詳しい女性職員が対応してくれた。
「仕事納めの打ち上げのこと? いつなの?」
「来週よ」
「ベアさん、行きたい」
「当日参加だけなら構わんぞ。行って来い」
「行って来い、ってベアさんは? 行かないの?」
「別にいい」
「ええーっ、ベアさんも行こうよ! きっと楽しいよ!」
「わかったから、引っ張るな」
師弟の様子を見ていた旧知の男性職員がベアの窮地を救った。
「ベア、空間拡張容器の貸し出しだけど、正式に採用が決まった。あとで容器を預けるから、魔法をかけてきてくれ」
「ほんと!?」
トーコはベアの横から身を乗り出した。
「本格的に貸し出しするのは春になってからだろうが、冬の間に運用を考えられるから、いいだろう。今度戻ってくるときまでにやっておいてくれ」
容器と規格サイズのメモを預かって、ベアとトーコは魔の領域へ入った。季節は冬に入り、採集物はちょうど端境期だった。このところ効率のよい採集のために一気に草原あたりまで転移していたので、こんな入り口近くは久々だ。
「たまには自分の足で歩かないと道を忘れるからな。今日は採集はいいから、トーコが前を歩け。なるべく魔法を使わないで水場で水を汲む」
「うん、分かった。おさらいだね」
期末試験みたいでちょっと緊張する。初めてこの場所に入ってから三ヶ月と経っていないのに、もうずいぶん昔のことみたいに感じる。ゲルニーク塩沼で飛竜から逃げ回って、角ウサギの掃討作戦があって、火竜の襲来があった。
魔の領域は人の住む場所ではない。沢山の恵みをくれても油断すればしたたかに拒まれる危険と隣り合わせの土地だ。
それでも入域をやめようとは思わない。
イェーガーのチームと共闘して、チョウロウクロネコを狩った共同野営地の場所を確認する。翌日は森を抜けてサンサネズの群生地へ行く。火竜が巣を作ったせいでユナグール側から二つ目の群生地は壊滅的な状況だった。火竜がいたときは熱く熱を持っていた地面は冷めて、寒々しい姿をさらしていた。巨大なすり鉢状に変形した地形は火竜の力の凄まじさを物語っている。
「元通りになる?」
トーコは手前の群生地で摘んできたサンサネズの実を石ころだらけの大地に撒いて風で飛ばないように石と土をかぶせた。こんなことをして効果があるかどうかなんて分からない。
「だとしても再生には相当時間がかかるだろう。暫くはサンサネズの実は値上がりするな。このまま北側へ下ろう」
「まだ行ったことないところだね。何があるの?」
「日陰になっているだけで、南側の森と大差ない。今の時期なら羊歯の類も枯れて歩きやすくなっているはずだ」
北に下る途中の野営地でコウゲンオオカミの群れを遠い尾根に見た。美しい銀の冬毛を月明かりに輝かせていた。
「久々に見たな。火竜を避けて逃げいていたのが戻ってきたんだな。だが、オオヒヨドリは全く見なかったな」
「サンサネズがなくなっちゃったもんね」
「この冬は低い土地までコウゲンオオカミが降りてきそうだな」
「そういうことも注意しておかないといけないんだね」
「今年は角ウサギが多いから、襲われることはないと思うが、気をつけるにこしたことはない」
中央高原地帯の北の森は植生は南の森と代わらないが、中央高原地帯に近い部分は日照が少ないせいか広葉樹よりも針葉樹が多い。オオハリマツを見つけたのでトーコはさっそく木に登った。大きくて細長い松ぼっくりはほとんど落ちてしまっているが、まだしがみついているものもある。枝が折れやすいので、命綱を結んで高いところから採集するのは体重の軽いトーコの役目だ。
「絶対に一本の枝だけに体重をかけない。移動するときは手で他の枝を掴んで体重を分散させること、と」
ベアに教えてもらったことを口の中でおさらいしながら、慎重に手を伸ばす。近くにある二本の木からは魔法で回収する。松ぼっくりを乾かして中から硬い殻に覆われた種をとり、炒って取り出した実は苦味のある独特の風味でトーコは苦手だが、ベアの好物だ。ベアは何も主張しないが、ちっぽけな実のために面倒な作業と硬い殻にもめげずにせっせと割っているのだから分かろうというものだ。自然トーコの採集の気合も入る。
種を取った後の松ぼっくりはいい焚き付けになる。針のようにとがった細長い枯葉も良く燃える上に、見た目に反してかなりの高温を維持できるの有用な木である。
どんぐりの類はあまりいいのはなかったが、果肉の腐ったオオグルミやコグルミが沢山拾えたのはラッキーだった。とくにオオグルミは中身が美味しいだけでなく、殻が容器として使えるトーコのお気に入りだ。
「トーコ、これを伐り倒せるか」
ベアは若いオオグルミの木を叩いた。
「伐っていいの?」
「構わん。根元から二本に分かれているだろう。このままにしておくとぶつかりあって育ちが悪くなる。太くてまっすぐに伸びているほうを残せ」
トーコは言われたとおり周囲を障壁で保護してから、風魔法ですっぱり伐採した。ベアに教えてもらいながら切り株から病気が入り込まないように切り口を焼く。火竜の炎を細く出してガスバーナーのようにやってみたら意外にうまくいった。
伐り倒した丸太のほうは枝を落とし細い枝は薪にするために大きさを揃えてシズクマメの蔦でくくり、乾燥させる。
「太い枝の芯の部分は燻製を作るのに使おう。乾燥させすぎないようにな」
「燻製のこと、すっかり忘れてた。丸太のほうも乾燥させるの?」
「巧くやらないと割れるからな。そんなに量が欲しいわけじゃないから、残りはあとで日当たりのいい場所においてこよう。一年くらい放置させて乾燥させれば製材所に持ち込めるだろう」
「製材所? 材木にしてもらうの? 何を作るの?」
「特に何も考えていないが。トーコよりかは巧く板にしてくれるだろう」
「転移魔法を使えばできるもん。この丸太、けっこう曲がっているけれど」
「材木を採りに来たわけじゃない。燻製用の木屑が欲しかっただけだからいいだろう」
今度、ユナグールに戻ったら製材所を訪ねておが屑をもらえないか訊いてみよう。トーコはメモをした。
燻製作業は楽しかった。ひらけた場所を見つけて一日塩抜きした後で障壁魔法で煙と食材を閉じ込めて燻す。そのまま出かけて二日後に戻るとベアのワタリヌマガモもトーコのベニマスも見事なあめ色になっていた。
「け、けむい!」
一切れ味見したトーコはむせた。
「燻したばかりだからな。ほうっておけばそのうち落ち着いて食べやすくなる。何回か燻しなおせば、冬中保つだろう」
「スモークサーモンを期待していたのに、焼き鮭っぽい。うーん奥が深い。今度お肉屋さんで聞いてみよう」
たしか自家製の燻製品も扱っていたのだから知っているはずだ。これもメモする。
採集物は少ないし活動できる時間も短いけれど、水場や安全なねぐらを覚え、地形を把握するにはいいペースで歩ける。
これからくる本格的な冬に備えてトーコは倒木を見つけてはせっせと薪を作り、寝床用の木の葉を確保した。ナナメギゴケも冬には枯れてしまうので、あるだけ採集しておく。もう枯れているのも多く、あまりたくさんは採れなかった。
森では最後の冬支度に走り回るフタオリスを沢山見かけた。頬袋をいっぱいにしてせっせと木の実を運ぶフタオリスには親近感を覚えてしまうトーコである。
「冬って食料の現地調達ができないんだよね。外から持ち込むの? 何を用意しておけばいいの?」
「干し肉や木の実、芋や乾燥豆だな。あとは干した野菜か。嵩張ってよければ酢漬けや油漬けがある」
「冬に新鮮な野菜って手に入らないんだよね。栄養が偏らないか心配」
「野菜じゃないが、柑橘類はあるぞ。年が明けてからだが採集にも行く。青菜のたぐいはさすがに無理だが」
「じゃ、それほど心配しなくても大丈夫かな」
「問題は、今から市場を探していいのが買えるかだな。みんな冬支度が終わっている頃だ」
「完全に出遅れちゃってるってこと? しまったなあ。そうと分かっていれば公都で見かけたときに確保したのに。卵の酢漬けは珍しいと思って買ったんだけど、手に入れるべきは野菜だったかあ」
「卵の酢漬けなんてどこが珍しいんだ?」
トーコはびっくりしてベアを見上げた。
「えっ、普通なの? 初めて見たからつい……」
「つい?」
「……ひと樽買っちゃった。あーまずい。現物支払いのせいで感覚が麻痺してるぅ」
トーコはぶんぶん頭を振った。
「そのくらいなら一冬でなくなるだろう」
ベアからしてみれば、一家一冬分の冬支度だ。ベアとトーコだけなら多めかもしれないが、どうせ時間凍結魔法の封筒に入れているのだろうし、さほど問題に感じない
「そうなの? 毎日酢漬けの卵になっちゃわない? 飽きない? 他の卵料理も食べたくない?」
「他の卵料理? 普通の卵も買ったのか?」
「ううん、買ってないよ」
「なら別に問題ないだろう」
「え、この冬は卵買わないってこと?」
「買ってもいいが、どうせ酢漬けか塩漬けになるだろう」
「なんで卵を塩漬けにするの?」
トーコは目をぱちくりさせた。
「なんでって保存するためだ。もしかして、お前の国には塩漬けの卵もないのか」
「聞いたことない」
今度はベアがおどろいた。
「冬に卵は食べなかったのか?」
「食べるけれど、なんで保存食にするの? 卵なんてスーパー、じゃなくて市場でいつでも売っているじゃない」
「まさか。鶏は冬には卵を産まないだろうが」
「えっ!?」
トーコが心底驚いているのを見て、ベアがあきれる。
「ええーっ! そうなの!? 知らなかった!」
「普通、鳥は春から夏にかけて卵を産む」
「い、言われてみれば。ってことは! もしかして、来年の春まで卵食べられないの!?」
「当然だ」
常識知らずの弟子がカルチャーショックに沈んでいる横でベアはオオハリマツの松ぼっくりから種を外す手を止めない。いちいち付き合ってられない。
「しまった。そうと知っていれば、夏の間に卵を買って保存しておいたのに!」
「その頃はまだ時間凍結魔法を使えなかっただろう」
「そうでした……」
更に深く沈没したトーコにベアは軽く息を吐いた。
「春になったらヌマガモやヌマシギの卵が出回る。湿原に行くか」
「カモの卵って食べられるの?」
「当たり前だ。食べたことないのか」
「ない。美味しいの?」
「鶏の卵と大してかわらん」
「わー楽しみ!」
トーコはたちまち復活して笑顔になった。安上がりなご機嫌だな、とベアはいっそ感心する。
「そろそろユナグールに戻るか。結局準備を手伝うんだろう」
「うん、テーブルを出したりとか手伝うことになっている。あとお皿洗い」
ベアとトーコからの提供品はキノコと角ウサギの丸焼きだ。角ウサギはバベッテ行きつけの肉屋で解体をお願いしてあり、受け取るだけだ。
ユナグールに転移したベアは得意先に顔を出すことにし、トーコは手伝うためにギルドへ行った。
椅子とテーブルをギルド本部の地下から出して広場に配置していく。荷車で運ばれてきた酒樽を薬草に詳しい女性職員の指示に従って下ろし、食器やグラスを洗って積み上げる。
大物の配置が終わったところでいったん抜けて角ウサギを肉屋から引きとってくる。丸焼きは時間がかかるので、勝手に確保した焼き場で先に焼き始める。火竜の炎の上で六羽の角ウサギがくるくる回る様子はシュールだ。
まだ夕方じゃないのに早くも人が集まってきている。主に飲食物の提供を前もって約束していたギルド構成員たちだ。彼らに大皿を渡して料理を盛り付けて出してもらう。そのまま準備を手伝って、いつしか広場は人がいっぱいだ。
「盛況だな」
「遅いよ、ベアさん! 席がなくなっちゃったよ」
陽が落ちてからやってきたベアにトーコは忙しくキノコを焼きながら言った。椅子とテーブルが足りなくて、ギルド入り口の階段に座り込んだり、立っている者も多数いる。ベアは麦酒を注いだコップを片手に広場を見渡した。仕事納めの納会に顔を出すのは久々だ。顔見知りを見つけて情報交換がてら挨拶を交わす。
チームで固まっているテーブルの中に、主のいない席がポツポツある。手をつけられていない酒と皿に盛られた料理に今にも誰かが来そうだが、永遠にそれはないことをベアは経験から知っていた。
「いつ亡くなったんだ」
「夏の終わりだ。チョウロウクロネコに不意を突かれてな。がんばったんだが、ユナグールまで保たなかった」
「いい仲間を亡くして残念だ」
ベアは空の席に向かって酒盃を軽くあげた。死者を悼むのはこれで終わりだ。次のシーズンには彼の席は他の誰かで埋まる。ユナグールのギルドはそうやって毎年前へ進んできた。
彼は弔ってくれる仲間がいるだけ幸せだ。チームごと全滅すればいつどうやって亡くなったのかさえ分からない。誰かがギルド証を見つけて遺品を持ち帰ってくれれば少なくとも生死ははっきりするが、それさえも見つからなければ、二年経ってギルドから除籍されるだけだ。
ベアのように長くユナグールをあけがちだと互いの生死も知らないまま、何年も行き違うことも珍しくない。冬の間も入域を続ける者も顔を出すのは、お互いの無事を確かめ合うためのような気がしてならない。最近ではちょくちょくユナグールに戻っているベアだが、人と言葉を交わすこともない一月の後では、この賑わいに疎外感を覚えることもあった。
「ちょっとそこあけて~」
一周して焼き場に戻ると、トーコが手を振ってよこした。手際よく場所を確保すると、以前湿地で使った椅子とテーブルを出してベアの席を作る。目の前に焼きたてのキノコと角ウサギを毟ったものが皿に盛られて出てきた。
「お、美味そうだな」
勝手にベアの前に座る者がある。
「ハルトマンさん、なんでいるの?」
「あなた関係者じゃないでしょ」
薬草に詳しい女性職員が警告する。
「細かいこと言うな。ギルドと国境警備隊との交流を深め、互いの理解を深めるための親睦交換の一環であって、決してただ酒目当てでは」
とかなんとか言いながらちゃっかり酒を汲んでいる。
「入れてやってくれ」
ハルトマンには公都の宿を世話してもらった恩もある。ついでにベアは適当なところで切り上げるつもりなので、トーコのお守りを押し付けてしまおう。子守仲間と認定されているとも知らず、ハルトマンは早くも一杯目を干している。
「先日は泊めてもらえて助かった。兄上によろしく伝えておいてくれ」
「下心あってのことだから気にするな。家族から手紙の返事を貰ってきてくれてうちの連中も喜んでいる。公都はどうだった」
「俺のような田舎者には目が回る」
「公都なんて所詮は田舎者の集まりさ。競売はうまくいったらしいな」
「その話はしたくない」
憮然とするベアを面白そうに見やり、ハルトマンは素直に話を変えた。そばで焼きに徹しているトーコに声をかけた。
「トーコ、兄貴の屋敷のステンドグラスを見たか?」
「見た! ハルトマンさんが壊した跡もしっかり見つけたよ! あんな高いところにあるのに信じられないよ」
「見事なステンドグラスだったろ」
「うん、お兄さんが怒るのも当然だね。わたしだったら出入り禁止にするもん!」
そういえば、階段の踊り場に印象的なステンドグラスがあった。下から見上げるしかできない位置にあるのに、何をやってハルトマンが壊したのか知らないが、きっとろくでもないことに決まっている。
「お、美味いなこの角ウサギ。アカメソウの香りがたまらん。魔法でやると炭の匂いが移らなくていいな」
「ちょっと、それ、ベアさんの!」
「火魔法を使えるようになったお祝いに、どれもう一杯」
「なんかそれおかしくない? 第一火魔法なんか使えるようになってないよ」
ベアは怪訝な顔をしてキノコを焼くトーコの手元を見た。
「その火は誰が操っているんだ?」
「操ってるというか、単に火竜の火を障壁魔法から漏らせているだけだよ」
二秒ほど話を理解するのにかかった。こんなに人がいるなかで、あの凄まじい炎を扱うとか。
「あ、危な……」
「大丈夫。これは難しくないから」
ハルトマンはと見れば二杯目に手を出し、ついでに美人を見かけて熱心に話しかけている。トーコのことなど完全に放置だ。話すら聞いていない。
「入れてやるんじゃなかった……」
ベアは恨めしく後悔した。
ハラハラする師匠の気も知らず、トーコは楽しそうに焼いている。同時に汚れたお皿やコップを洗って積み上げるのも楽しんでやっているようだ。
「おーい、このソーセージもちょいと炙ってくれよ」
「はあい」
少し離れた席からソーセージの皿が空を飛んでトーコのそばに中身をばら撒いた。宙に浮いたソーセージの下に炎があらわれて、いい香りが漂う。それを見た別のギルド構成員が注文を増やす。
「それが終わったら、こっちのパンもあたためて」
「任せて!」
なんだかいいように使われている。
「キノコ適当にひと盛りくれ。派手にやってるなあ」
空いた皿を差し出して呆れたように言ったのは火魔法使いだ。
「こんばんは! もうすぐ焼けるからちょっと待ってね。そのお皿洗っちゃうから、頂戴」
「はいよ」
魔力がかかるのを感じて火魔法使いが手を離すと、皿は浮いてゴミはゴミ入れに入り、皿は熱湯に包まれてあっという間に脂汚れまで綺麗になる。綺麗な水ですすいだ皿にバランスよくキノコを盛りつける。
「ついでに、あれもあっためらねえ? 四つ」
右手がコップ、左手がキノコの皿でふさがっているので顎だけで、火魔法使いが近くのテーブルに出ている料理を指す。
「小さい揚げパンみたいの?」
「そ。暖めると中のチーズが溶けてうまい」
「えっ! 見た目は地味なのにそんな隠し技が!?」
「食ったことねえの? よく屋台で売ってるだろ」
「まだ食べてない! そういえば、ベアさんって揚げ物あんまり食べないんだよね」
「あー、わかるわかる」
コップを傾けていた火魔法使いが同意する。
「うちのじーさまも同じだ」
「誰がじじいいだ! 俺はまだ五十前だ」
「あいてっ」
背後からどつかれ、火魔法使いがつんのめる。トーコは皿から転がり落ちたキノコを空中でキャッチして戻す。ささやかなファインプレーに満足するトーコの前で、焼き場に顔をつっこみそうになった火魔法使いが憤然と振り返る。しかし文句を言うより先に言われてしまう。
「いつまでたってもつまみが来ねえと思ったら、なに口説いてんだ。彼女に言いつけるぞ!」
キノコの皿を分捕ったのは、彼のチームのリーダーだ。そのままベアと話し込んでしまう。火魔法使いはどつかれた頭をさすっている。
「くっそー、いつか見てろよ!」
「すぐに報復できないところが、立場を物語ってるよね。はい、あたたまったよ」
自分用にもひとつあたためて齧りつく。火魔法使いもリーダーのところに皿を持ってくと、自分のぶんを持って戻り、食べ始める。
「年寄りの話は長え」
ふたりが揚げチーズパンを食べているのを見た人から暖めのオーダーがかかる。
「火魔法を覚えたんだな」
「ううん」
ベアにしたのと同じ説明をすると、なんともいえない顔でキノコをあぶっている炎を見やった。その場を離れてすぐにイェーガーのチームの女魔法使いを連れて戻ってくる。
「事故が起こったら、消火よろしく」
「火なんだから、あなたなんとかできるでしょ」
「火竜の火なんか扱えるわけねえだろ」
「ふたりとも心配性だね」
ふたり同時に冷たい視線でトーコを見る。
「しかも、全然コントロールしてないで、駄々漏れだとか、ありえねえ」
「そもそも火竜の炎を障壁で防ぐのだって大変なんじゃない?」
「火竜が来たときに、ふたりがユナグールにいてくれれば良かったのに」
火魔法使いが勝手に焼き場からキノコをつまみ上げて口に放り込む。女魔法使いも真似をする。
「卵の運送の護衛についていたもの」
「俺は草原側で警戒中だったし。そんでも、仲間を置いて苦手な移動魔法で全力で森の上を飛んで先に戻ってきたんだぜ。そこのソーセージも焼いてくれ」
「わたし、サジンダケ。彼に火魔法を教えてもらいなさいよ。そしたら、こんな物騒なの使わないですむでしょ」
「俺、師匠に『お前は絶対人に魔法を教えるな』って言われてんだけど」
「なんとなく分かるわ。あなた、見るからに感覚で魔法を使うタイプだものね」
「タイプがあるの?」
トーコは焼きあがったキノコを皿に移しながら、訊ねた。
「大雑把にだけど、感覚で魔法を使う人と、論理的に把握して組み立てる人。魔法によっても違うけれど」
「へえ」
「お前はごちゃごちゃ論理っぽいことを言う割りに、明らかに感覚で使ってるよな。あんな教え方じゃ、俺くらいしかわからねえよ」
「だったら、あなた火魔法を教えられそうね。似た者同士じゃない」
「教えて教えて。そしたら、浮遊の魔法を教えてあげる。これ知ってる?」
「浮遊の魔法? そんなの使えるのか? 意外にお前んとこの師匠多才だな」
「ううん、これは火竜が使ってるのを見て真似しただけ」
「言ってる意味がいまいちわからねえんだが」
「同じく」
「言葉どおりの意味だけど。浮遊の魔法は物にかかる重力の影響を軽くする魔法みたいだから、併用すれば移動魔法の負担がかなり減るよ。だから、お兄さんにぴったりかと思って。ただ、直接自分にかけると酔うから、足場のほうにかけるのがお勧め」
角ウサギ掃討作戦の折、移動魔法が苦手な彼に代わって移動魔法を行使してやっていた女魔法使いがにやりとした。
「ぜひ習得しなさいよ」
三人で魔法を教えっこしていると、誰かが呼んだ。
「おーい、魔法使いの嬢ちゃん!」
そちらを見ると皿が飛んで来たところだった。トーコはあわてて移動魔法でキャッチした。
「な、なにすんの!?」
暢気に拍手している投げ手は酔っ払っている。それを皮切りにあちこちから皿が飛んでくる。
「こらーっ! お皿投げるなーっ」
「おー、うまいうまい」
被害を避けて、酒のコップを持ったまま火魔法使いと女魔法使いがトーコの後ろに逃げてくる。手伝ってくれる気はなさそうだ。ふたりとも、浮遊魔法と移動魔法併用の練習と称して、いい具合に焼きあがったキノコや肉をつまみ食いしている。
「お皿の上のゴミやお汁が飛ぶでしょう! 人の頭の上に落ちたらどうするの!」
投げて寄こされた皿を洗って積み上げながらトーコは両拳を振り上げて怒った。が、得られたのは反省ではなく、拍手。完全に芸あつかいである。
投げるのが酔っ払いなので全然見当違いの方へ飛んでいく皿や、飛距離の足りない皿の回収までトーコが面倒見ることになる。汚れた皿の回収はできたが、子どもか! と言いたい。ヘーゲル家の次女コリーナの三歳と五歳の息子たちと変わらぬ幼児性だ。
いつどこから皿が飛んできてもいいように探査魔法を起動する。それでも暫くすると投げる皿の方が尽きて平穏になる。
「おい、向うの鶏のモモ揚げもひとつ暖めてくれ」
「火は得意なんだから、自分でやろうよ~」
ベアがわぁわぁやってる若い魔法使いたちを見るともなく眺めていると、火魔法使いのチームのリーダーと入れ替わりに顔見知りのギルド構成員ふたりが座った。ベアと同じく薬草採取の得意な連中なので、ときおり情報交換する。
「弟子をとったんだってな。その噂でもちきりだ」
サンサネズの群生地が半分壊滅した件を嘆いてから、彼らは切り出した。
「ギルドの連中も意外に物見高いな」
「いや、俺が聞いたのは薬草を持ち込んだ先でだ」
「……商売の邪魔をしたか」
ベアとトーコの採集量は個人の域を超えて問屋並みなので、そういう苦情が来るかもしれないとは思っていた。余計な摩擦を生みたくないので一定の配慮はしていたが、それでも他の採集者が割を食うのは変わらない。
「だとしても、文句を言う筋合いじゃない。俺たちはそういう商売だ」
「そう思ってくれるならありがたい」
「しかし、あんたも巧くやったな! どこであんな弟子拾ってきたんだ?」
文字通り拾ってきた、とは言わずベアは曖昧に濁した。
「弟子にするつもりはなかったんだが」
「羨ましい話だな! 聞けばすごい魔法の使い手で、魔法道具もどっさり持っているんだってな! 魔法で採集物を何倍にも殖やせるって本当か?」
「そんなわけない」
「でも、扱い量が凄いってもっぱらの噂だ。小さなポーチから何でも出て来るそうだな。しかも季節遅れのが採れる採集場も持っているって評判らしいじゃないか」
食い下がられて、ベアは少々うっとおしくなってきた。
「空間拡張容器はギルドでも貸し出しを始めたから、使ってみたらどうだ」
「そういえば、そんな話も聞いたな。面白いことをやりだしたもんだが、あんたには不要だよな。弟子なら只だ! 治癒魔法もあるし、あんた、魔の領域でも怖いものなしだな!」
すっとベアのみぞおちのあたりが冷たくなった。酔った上での冗談交じりの口調だが、妬みは本物だ。
トーコはギルド構成員としても魔法使いとしても未熟で、見ていてハラハラするのだが、余人に真似できない有用な魔法が使える。男の指摘どおり、トーコと組んでベアの安全性、採集効率は飛躍的にあがり、長期入域につきものの不便は軽減されているのも事実だ。
そして、トーコの代わりはそういないが、ベアと同じくらい魔の領域の知識を蓄えているベテランはそれなりにいるという事実が不快さに拍車をかける。ベアは薬草についてなら相応の自負があるが、それ以外の分野は平均的な知識しかない。
魔法使いとして教えられる新しい魔法もないし、季節が一巡したら、ベアをうらやんだ同業者のように薬草だけでなく、虫や鉱物にも詳しいベテランにつくのが長い目で見てトーコのためかもしれない。
もちろんそれはギルド構成員として身を立てる場合であって、魔法使いとして身を立てるのであれば話は別だ。ユナグールしか知らなかった時分はギルド構成員を目指していても、公都を知り、自分の魔法の価値に気がつき始めた今、もっと広い道があることに気がついたはずだ。そしてベアよりはるかに優れた公都の魔法使いたち。
彼らは公国におけるトーコの価値を正確に知るだろうし、弟子として取り込むことに躊躇しないはずだ。なぜならトーコは彼らの立場を強化することはあっても、その地位を脅かすには若すぎ、野心ある性格でもないからだ。
次席魔法使いインメルがトーコに話しかけたのは旧知についておしゃべりするためだったとは思えない。トーコはたいして気にかけていないようだが。
「ひとやすみ、ひとやすみ」
そこへ浮かれた声がして若い魔法使いたちがやってきた。トーコは椅子を追加で三つだした。それを見ていたギルド構成員が口笛を吹く。
「便利だなあ」
「いいでしょー?」
トーコはにこにこと答える。
「お前さんのおかげでベアも助かってるだろうよ」
「え、そうかな」
いいながらベアを見るトーコの目が期待に満ちている。仕方なく頷くと、両手を握ってよしっ、と意味不明な行動を取っている。
ギルド構成員たちが席を立つ。
「竜と張り合えるなんて凄いな。もしベアが引退するようなことがあったら、声をかけてくれ。一緒に入ろうや」
「わーい、ありがとう」
「お、約束だぞ。それまでベアにいい目を見せてやんな。そしたら、あんたがリーダーで俺は文句ないから。じゃあな」
「…………うん?」
最後のセリフの意味を取り損ねてトーコは笑顔で手を振る格好で固まったまま考えた。その隣でイェーガーのチームの女魔法使いが不愉快そうに言った。
「ずいぶん失礼な引き抜きの勧誘もあったものね」
「えっ! 引き抜き!?」
「なに今更びっくりしてんだよ。はっきり誘われただろうが」
「社交辞令だと……」
「お前、今まで他から誘いはなかったのか?」
「ないよ。そもそもベアさんの弟子の資格で連れて行ってもらってるんだもん」
「規程年齢のことを言っているのか? そんなもん、大半の奴が問題ないだろう」
二年以上の経験者なら誰でもトーコを連れて行ける。入域四ヶ月目のトーコであっても、かなり深いところまで行って野営しているようだし、遠出する者たちには欲しい人材だ。もしもベアが二十年以上の活動暦を持つ優秀なベテランでなければ、魔法の師匠であることを差引いてもとっくに引き抜きの声がかかっているはずだ。
「まー、でかい魔法をぶっ放せるからって安全を保障できるわけじゃないけどな。たまに勘違いしている奴がいるけれど。リーダーとかもっとありえねえわ」
チームは運命共同体だ。誰かひとりだけ優遇されるなどありえない。現に、戦力としてもチームへの貢献度でも充分なはずの火魔法使いの彼も、仲間にパシられている。
「組む相手を変えるのは悪いことじゃないけれど、時々こっちに寄りかかる気満々の輩もいるから気をつけなさい。魔法使いは万能じゃないの。それを忘れているようなのは論外」
「いやに具体的だな。姐さんなんかあったかい」
「長くこの家業をやってればそりゃ、色々あるわよ。女だからって舐めてかかるのもいるし」
ギルドには女性も所属し活動しているが、社会全体で見れば少数派だ。ただし、腕に自信があれば、男性と違って軍という門戸が開かれていないので、ギルドには優秀な女武芸者、魔法使いは比較的多い。
それでも魔の領域での活動は、体力・筋力で男性より劣る女性に不利だ。武芸の冴えや採集技術では勝てても、荷物は全て自力で運ばなくてはならず、なにより長時間の活動をしつつ魔物に対抗できることが大前提なのでスタートラインが厳しい。チームに入らず単独で活動する女性も、ベアのように単身入域する男性に比べて極端に少ない。
「魔法使いはあんまり男女関係ないと思うけど」
「うん、腕力じゃないもんね」
「甘いわね、ふたりとも。女だからって料理や裁縫をさせようとする男って最低」
「ベアさんのご飯は美味しいよ。わたしよりお裁縫も上手だよ」
「おいおい。弟子が師匠の身の回りの世話をするのが当たり前なのに、なに世話されてんだ、お前」
ベアを擁護したつもりが、容赦なく突っ込まれる。
「さ、最近ではわたしも作るよ!」
「まー、弟子をとったのはいいことだと思うわよ。男ってひとりだとどうしても不精しがちだから。少なくともまともに食事はしているんでしょう? 秋口に見たときは昔のイェーガーみたいにガリガリ痩せてたけれど、今は丸々しているじゃない」
邪気のない発言に何気なく聞いていたベアは軽くショックを受けた。世間一般では肥満は富裕の証、美徳だが、俊敏な魔物を相手にするギルド構成員にとっては決して褒め言葉ではない。
トーコがいけない。三食しっかり食べるうえに、午後のおやつを絶対忘れないトーコのせいだ。彼女の人生で夕食後のデザートは必須だ。ちなみに、採集物の「味見」はおやつにカウントされない。
師匠の怨みも知らず、キノコを焼きつつもしっかり美味しいものをチェックしていたらしいトーコはあれこれつまんで幸せそうである。
「あーお腹いっぱい」
トーコが満足して焼き物係兼皿洗い係に戻ると、ふたりの魔法使いもそれぞれ席を立った。ベアもアドバイスしたが、この短時間で酒を飲みながら片手間に浮遊魔法を一応習得してしまうとはさすがに優秀だ。火魔法をトーコに教える件については、危ないので、後日、人のいない壁外でと釘を刺した。教えるのは初歩的な火魔法だ。ベアには使えない魔法なので、教えてくれること自体は有難いのだが、角ウサギ掃討作戦時の火力を思うに、酔っ払いに町中で使って欲しくない。
トーコはと言えば食べたことのない料理を賞味したり、作り方や入手方法をメモするのに忙しくて、途中から浮遊魔法を教えるのは完全にベアに丸投げしていた。
仕事納めの宴も酒が入ってだいぶたつと賑わいを超えて、荒っぽくなってくる。もともとが気性の荒い流れ者やならず者の集まりだ。喧嘩が始まり、酒と料理が宙を舞う。つまみ出そうとしたギルド職員が逆に巻き込まれる。
殴りとばされたひとりが、ベアのテーブルに突っ込んできた。ベアは顔をしかめた。
「トーコ、まとめてつまみ出せ」
「わかったー」
空飛ぶ皿と料理を回収し、安全圏へ避難させていたトーコは問答無用で何人かを広場の外、ギルドのほうへひきだす。
「広いところでやってねー」
トーコの声が突然大きくなった。誰もが大声で喋っている中で、広場中に響く声はいつものトーコの声とは少し違って聞こえた。公都で熱心に見ていた音声拡大魔法を試したらしい。
「お、喧嘩か?」
ハルトマンが嬉しそうに参戦する。
「ベアさん、オオハリマツの実を炒ったけど食べる?」
ベアは女魔法使いの言葉は聞かなかったことにして頷いて見せた。
「もらおう」
「熱いから気をつけてね」
いい炒り加減だ。塩加減も申し分ない。やっぱり酒にはこれだな。オオハリマツの実を口に放り込み、続けてコップを傾ける。誰かが持ち込んだ蒸留酒は、強いのだけがとりえの最低の味だ。
広場外の騒ぎを見るともなく見ていたのだが、なにか変なものが視界にはいった気がする。
「トーコ、ハルトマンが変じゃないか」
「ハルトマンさんはいつも変だよー。ビアンカの前が一番変だけど」
「ビアンカというのは、たしか嫁いだヘーゲル医師の長女か」
「そう。ご主人は亡くなったけれど、義両親と一番下の義弟と暮らしてる。アニが結婚しちゃったあとは、バベッテ姉さんしか家事できる人がいないから、こっちにもよく来るけれど。で、ハルトマンさんはしょっちゅうヘーゲル医師のとこに顔を出して、ビアンカがいるとビアンカが帰るまで粘ってる」
「分かりやすいな」
「バベッテ姉さんは勝率は五分五分って言っているけれど、わたしは厳しいと思うな。だっててんでビアンカは相手にしてないもの。眼中にないってあのことだよ」
焼きあがったサジンダケを皿に移しながらトーコが笑った。完全に面白がっている彼女の視線を追うと、そこでは大乱闘の真っ只中だ。誰が誰の味方で敵なのやら。椅子やら武器やらを持ち出すギルド構成員たちに混じってハルトマンが狩人の男を殴り倒したところだった。それはいいのだが、頭の上に振り下ろされた棒を素手で受けて殴り返している。
「もしかして、障壁魔法か」
「うん」
トーコに劣らず器用なもんだ。
「ベアさんの障壁魔法は丸くてきれいなのにねえ」
ベアは酒を吹きそうになった。
お前か! ひょっとしてトーコに障壁魔法を教えたのはハルトマンか! そして、もしかしなくても、基礎をすっとばして自分の体を覆って打撃武器とするような特殊応用を障壁魔法だと言って見せたな!
そりゃ、トーコが自分にはいらない魔法だと思うのも無理はない。トーコが妙な障壁魔法の使い方をするのも、障壁魔法を最初にこういうものだと思ったからか!
サンサネズの実を採りに行ったとき、トーコの障壁魔法の展開に動じていないと思ったら、そもそもの元凶はハルトマンだったとは。
お前のせいで、トーコは障壁魔法を習得せずに魔の領域に入るところだったんだぞ!
ベアの心の叫びに呼応したわけでもないだろうが、どこからか飛んできた椅子がハルトマンの頭にヒットして、彼は沈んだ。障壁魔法は完全に防護ではなく攻撃にしか使っていないようだった。魔法使いとして間違っている。
彼も多様な魔法を会得している優秀な魔法使いであるのは確かなのだが、トーコが自分の才能に無自覚なのは、絶対兄弟子にも責任がある。
「ハルトマンさん、もう食べないなら、そのお皿片付けていいかな」
トーコは負傷してひっくり返っているハルトマン自身よりも彼が置いていった皿のほうが気になるらしい。
魚を焼きながら、使われていないお皿を回収し、ごみを捨てては洗っている。
図太くなったものだ。感慨にふけっていると、ベアの隣に誰かが座った。見ると酒杯を片手にしたギルド長がいた。
「火竜の運搬、ご苦労だったね」
「運搬だけと聞いていたんだがね」
交渉でことごとく敗戦を重ねたベアは思わず苦情を言った。
「ギルドへの貢献は覚えておこう。ところで、強制依頼だ」
「今、ここでする話か。第一強制依頼は使い切っていると言っただろう」
「年が明けてからで構わないよ」
ベアは嫌な顔で酒をすすった。くたびれた四十男に、同年配の颯爽としたギルド長は悠然と言い放った。
「結晶樹の実の採集依頼だ」
「……数は」
「全部だ」
「全部? どういう意味だ」
「君が採取できる全て。樹に実っているものも全て」
ベアは眉をひそめ、警戒した。これはただ事ではない。先の角ウサギ掃討作戦でギルドの手持ちが尽きているだろうことを考え合わせても樹に実っているものも全てとは尋常じゃない。
「理由は」
「言えない。弟子を連れて行くといい」
「結晶樹のある場所は秘密にしているんだが」
「君もそろそろ引退を考える歳だ。先日の火竜の襲来のようなこともある。君の身に万が一のことがあったときのためにも、後進に場所は教えておいてもらいたいね。もちろん、ギルドに情報を公開してくれるのでも構わんが」
「チームへの強制依頼と見做すぞ」
「わかった。できれば早いうちに行ってきてほしい」
「冗談を言うな。往復二ヶ月は見てもらわないと」
「それでいい」
言質をとられたことに気がついて、ベアは舌打ちした。用の済んだギルド長はさりげなく席を離れていった。ベアはむっつりと酒を舐めた。
トーコはと見ると焼き場で女性陣と焼きリンゴなどを作っているらしかった。臨時職員をやったおかげで顔見知りも出来て、すっかりギルドに馴染んでいる。
今のところ、ユナグールを離れたがっているようには見えない。それを確認してなんとなくベアは安堵した。




