第13話 絶滅危惧種(2)
トーコはハルトマンにぶら下げられたまま、火竜が吐こうとしている火炎に障壁をあてる。
「ハルトマンさん、角ウサギ掃討作戦のとき、ギルドがザカリアスさんから借りた結晶石! 返すときにわたしが半分以上魔力を込めたの!」
前置きもなにもないが、ハルトマンはそれだけで理解したようだった。背後の部下を振り返り、命じた。
「ザカリアスがなんと言おうと、店中の結晶石をひとつ残らず掻っ攫ってこい。嫌とは言わせん。もしも御託を抜かすようなら、自分で卵を竜に返しに行けと言ってやれ」
「へ?」
トーコは目をぱちくりさせた。
「とりあえず、結晶石が届くまでこれで凌げ」
ハルトマンが自分の懐から結晶樹の実を二粒トーコの手に乗せた。
「いいの?」
「あとでザカリアスに請求してやるから心配いらん」
「あの、さ。もしかして撤去した竜の卵って」
「ザカリアスが買った。知らなかったのか?」
「知らないよ! そりゃお母さん竜が取り返しに来るはずだよ! なんであの竜がこの門を通ろうとがんばっているのかやっと分かった。卵か盗りに行った人がここ通ったでしょ!」
「そこまでは知らんが。もしそうなら他へ行かれなくて済むのは幸運だったな。あちこち動かれたんじゃ、こっちの対応が間に合わん」
前向きなハルトマンに対し、トーコは頭を抱える。
「何で卵割っちゃわなかったのかなあ。人の領域で孵化しちゃったらどうするのよ」
「そこまで俺が知るか。それよりあの火竜だ。倒せないか」
「無理無理無理! こっちの魔力がはじかれるちゃうの」
「あの障壁魔法はどうして大丈夫なんだ?」
「たぶん、魔力じゃなくて魔法として発動しているからだと思う。魔力を送り込んでも、魔法を発動させる前に散らされる」
「障壁の維持は大丈夫か? あとどのくらい持つ」
「障壁自体は簡単に壊れないし、これ以上維持する魔力はかからない。問題は障壁を持ち上げて、火竜からの圧力を押し返す移動魔法にかかる魔力だけ。でもこれにすごく魔力を持っていかれる。たぶん、あと十回は保たない」
ハルトマンが色々と聞いてくれるのでトーコも少し落ち着くことができた。
「しかし、これじゃ、背後の味方も攻撃できないな。今、付近の住民を避難させている。早くギルドのほうで魔法使いを招集してくれんとまずいな」
「すぐには難しいと思う。魔法使いがいるようなトップクラスの狩人チームはみんな火竜を見張りに魔の領域に入っているから。もちろん、交代要員は確保しているはずだから、全員じゃないけど。あ、また」
「また、ってなんだ」
「こっちが石や矢を放とうとすると火を吹くの」
トーコがいい終わると同時に火炎が障壁魔法に広がる。
「ね?」
「埒があかんな。音か光でこっちの動きを察しているんだろうな」
「タイミング的には合図の声のような気がするんだけど」
「合図を変えてみるよう進言するか」
火竜がいらただしげに尾を振る。重い衝撃が肉体にまで伝わってくるようだ。
トーコは散らされるのを覚悟で探査魔法の魔力を送り込む。探査魔法は魔法として完成したものを送り込むというより、まだどんな形にもなっていない魔力を送り込んで、その触れたものの情報を持ち帰るものだ。だからソナーなのだ。どんなに魔力を散らされても、トーコにとって未知の生物である竜のことが分からなくては対処のしようもない。
トーコは火竜が火を吐くためにのけぞった瞬間を狙った。散らされても残るように一気に大量に送り込む。あの竜がなにで攻撃のタイミングを計っているのか、どうやって飛んでいるのか。
火竜は侵入した魔力に一瞬気を取られた。身をよじってトーコの魔力の残滓を振り払う。無防備な腹に投石が当たり、うろこが落ちた。石と矢より魔力のほうが嫌らしい。考えるまでもなく、トーコだってどっちのほうがより危険かといえば間違いなく魔力だと答える。
少なくとも火を吐くタイミングをずらすことはできる。トーコはしつこく魔力を送り込みつづけた。
そのうち、散らされる前に形になった情報のかけらがわずかながらもトーコの中で知識として蓄積しだす。飛んでいるのは羽の力じゃない。体格に比して貧弱な羽は飛翔のためというより、制御の役割を担っているようだ。
あの巨体を持ち上げているのは魔法。
「重力に干渉している?」
尻尾の一撃が重いのは竜の筋力と遠心力によるもので、尾自身の重量はさほどではない。おそらく、地に足をつけているときはまた違うのだろうが。
そして火炎も。火竜は体内から火を吹いているのではなく、呼気のように魔力を吐き出してそれを炎に変換している。トーコが大気中に水が無いときでも魔力を水に変換できるのと一緒の原理だ。
そして、それだけじゃない。凄まじい火炎を産むのは火だけじゃない。風。正確には風に似たもっと別のもの。燃える風。でもそれほど複雑な精製をしているわけではなく、既にあるものを集めているかんじ。トーコが大気中の水分を集めて水として利用するように。
トーコは手を打った。
「酸素!」
だったら、こちらはそれに対抗すればいいのだ。幸い、火竜が酸素を消費すればするだけ増えるのが二酸化炭素だ。
トーコは前準備として障壁魔法に空間拡張魔法を施した。見た目は薄っぺらい障壁だが、内部は火竜の炎を丸ごと飲み込めるよう、かなり深くしている。そこへ大気中から集めた二酸化炭素を満たしにかかる。
「よし! 行ける!」
火竜の炎は障壁の内部に飲み込まれて消えた。見よう見まねで大気の中から目指す成分をより分ける。できるのかなんて、やってみなきゃわからない。とりあえず、炎は多少漏れたものの、成功は成功なので方向性は良しとする。内部空間が衝撃を吸収するので、障壁を支えるのも楽だ。
そして、火竜のほうも、体内に送り込まれるトーコの魔力は不愉快だが、そこまで害があるものとは見なさなくなったようだ。以前は瞬時に散らされたのに、今ではわずかなタイムラグがある。うるさいハエを追い払うように不承不承といった感じだ。尻尾の攻撃も拡張空間に飲まれて空振りする竜は体制を崩し、立て直すのによけい時間がかかる。そんなふうに竜の相手をして一時間近くが経過した。
「トーコ!」
ハルトマンが見知らぬ民間人の男を連れて、トーコの元へ移動してきた。
「間に合ったようだな。結晶石だ」
「うん、まだハルトマンさんに借りた結晶樹の実は使ってない。火を防ぐいいやり方がわかったの」
「そうか、おい、結晶石を出せ」
「こ、こんなことして、わたしはくびだ! あんたもただで済むとは思うなよ! ザカリアスさまは都の偉い人にも伝がおありなんだ!」
「そーかそーか、都の偉い人たちは金の卵を産むユナグールがひとりの強欲商人が火竜から卵を掠め取ったせいで滅びたと聞いたらどう思うかな? ついでに、家や身内を焼き払われた町の生き残りはあんたをどう思うだろうな? なに、皆にはちゃんと本当のことを教えてやるから安心しろ」
地上十メートルに吊り下げられても主人の物品を守る立派な使用人だとは思うが、もうちょっと回りを見て欲しいな、とトーコは思う。それに用があるのは、結晶石ではなく、そこに蓄えられたトーコ自身の魔力だ。他人の魔力でも使えなくはないが、効率悪すぎる。
「開けてくれる?」
使用人は泣き言を言いながらしぶしぶ蓋を開いた。二段になった箱に敷き詰められたビロードの上に淡い色合いの結晶が丁寧に収められている。トーコは以前自分が魔力を込めた結晶石を触っていった。乾いた砂に水が染み込むように魔力が戻ってくる。
「ありがと。空にしちゃった魔力は後でちゃんと元通りにするからね。気をつけて帰ってね」
トーコは火竜に向き直った。火竜の魔力もまだまだ底が見えないが、現時点での消耗はトーコのほうが少なく、ここまでで作ったものを少ない魔力で運用できる。
負けるもんか。卵をとられちゃったお母さん竜もかわいそうだけど、だからといってヘーゲル医師やバベッテのいる町に入れるわけにはいかない。
トーコは気合を入れて魔力を放った。探査するのは竜自身ではなく、竜の炎。その火炎がどのように魔力から変換されているのか。トーコは火竜と城壁の間から少し前へ出た。水を生成し、凍らせた氷塊を重力のままに落下させる。不意を撃たれた火竜は一瞬よろめいたが、ひと睨みで氷は水に、水は水蒸気になって消えた。
「あぶないあぶない、蒸し焼きにされちゃう。でも、魔力はダメでも、魔力で作った氷をぶつけるのは有効、と」
先ほどの仮説が補強できる。
火竜がトーコを睨んだ。うるさいハエの正体をやっと看破したようだ。胸がふいごのようにふくらみ、火炎が一直線に走る。トーコは障壁の後ろに隠れながら火炎に向かって自身の魔力を飛ばした。波長ともいうべきリズムを合わせて重ね。
「できたーっ!」
「トーコ!」
慌てふためいたベアの声がした。振り返ると、城壁を越えてベアが飛んでくるところだった。トーコは手を振った。
「ベアさーん」
「よそ見するな! 後ろ!」
「うん?」
火竜がトーコと同じ高さまで上昇していた。どうやら、トーコを排除すべき敵と認定したらしかった。火炎が襲い掛かる。
「ラッキー。も一個ゲット!」
歓声をあげるトーコの右手に炎が吸い込まれて消えた。ベアは唖然として空中で器用に飛び跳ねている弟子を見やった。
「……無事か。いや、無事だな。見れば分かる」
分からないのはこの浮かれようだ。火竜にびびって逃げ腰だったくせに、なぜにこにこしていられるんだ。
「見て見て! ベアさん、これなんだと思う?」
「何って……玉?」
ベアは困惑してトーコの手のひらに転がるピンポン玉サイズの黒い球形の物体を見た。
「ぶぶーっ。それは形状でしょ。これね、火竜の炎」
「はあっ!?」
「これでもう焚き火するのに困らないよ!」
トーコは嬉しそうに笑った。
ベアはそういう問題か!? と言いたいがあいにく声が出なかった。口にしたのは全然違うことだった。
「何故、火が丸いんだ」
「球形の障壁魔法にぎゅっと詰めてあるだけだから。つまり、丸いのは単に障壁の形ね。これだけ力のある炎だと丸いほうが障壁魔法が安定するね」
「……今更気がつくな」
トーコは取り出した封筒にころころと火竜の炎を入れている。
「本当は安全のために一個一個時間凍結魔法をかけたほうがいいんだろうけど、それはこの火竜の件が終わったらね」
「安全のためには捨てたほうがいいと思うが」
「そんなもったいない! せっかくの火なのに! これだけあれば、お風呂も沸かせるし、とろとろのシチューも作れるし、鳥の丸焼きだって!」
火竜の火をそんなことに使うな。もっと他になんかないのか。
「ああ、角ウサギの始末がつけられるな」
ベアは思わず現実逃避した。
「ベアさん、さすが! それを忘れてたよ」
「……そうか。だがそれにしても火力がありすぎて制御が難しそうだな」
だからどっかに捨てて来い、と続けたかったのだが、トーコはポンと手を打った。いい音が出なかったので、ポン、はわざわざ口頭である。火竜はめげず火炎を吐き、それはトーコの手に吸い込まれた。
「これなら、どう?」
トーコは両手いっぱいの球を見せた。手から溢れて移動魔法で浮いている深く濃い真紅の球。
「さっきの火を百個に分けてみた。これで丁度、火魔法のお兄さんが角ウサギを簗で吹き飛ばしたときの威力くらいだと思う。これなら使えるんじゃない?」
そんな弾む声で言われても、ベアとしては返答に困る。物騒度合いが少々下がっただけで、大差ない。町中に持ち込むのは禁止したい。
「あー、それでも風呂用にはやっぱり火力が……」
「そっか。そうだよねー」
トーコは頷き、ベアがとめるまもなく、火竜の火炎から今度は両腕いっぱいの球を抱えた。
「お風呂いっぱい分のお水がこれくらいだとして……」
水塊を浮かべてその中に球をひとつ投げ込む。水は見る間に沸騰し、半分以上蒸発してしまった。
「あちゃー、お水が少なかったか」
「水の量はちょうどいい。火力が強すぎる」
トーコはめげずに火竜の火から大量の球を採って今度こそ適温を成功させた。
「いい湯加減!」
とご機嫌である。ご機嫌でないのは火竜のほうだ。トーコが採集物を封筒にしまって採集日などをメモしている間もひっきりなしに飛び掛り、爪や尾で一撃与えようと必死である。もはやベアもなんの身の危険も感じない。単なる火種扱いされる火竜が哀れになってきた。
「ねえ、ベアさん、わたし、いつまでここでこうしていればいいの?」
「いつまで?」
聞き返したベアの前でトーコはお腹をおさえた。
「今日は疲れたし、なんだかお腹すいて来ちゃった。まだ帰っちゃダメなの?」
「ダメだ!」
トーコはポーチを漁ってカップを二つ出すと、お茶を注いだ。喉が渇いたらしい。ついでに干し果実を取り出して、かじり始めた。
「考えてみたら、お昼ごはんのあと、おやつもまだだった。労働のあとは甘いものが美味しいね。ベアさん、アケビ食べない?」
「……もらおう」
トーコは口をもぐもぐさせながら、火竜の火を回収しつづけた。
「ねえ、ベアさん。火ってどうして見ていると眠くなるんだろう?」
語尾にあくびがかぶさる。
「寝るな!」
ベアは慌てて肩を掴んでゆすった。そういえば陽は沈んでいる。いつもなら寝る時間だ。そして、食べたら眠くなるのは人間の性だ。
「寝ないよ。まだ晩御飯食べてないし」
「そうだな、晩飯がまだだったな」
ベアは強く同意した。まだ食う気か、とは言わないでおく。ここでトーコに寝られては困る。
「どうして、他の人はまだ来ないの?」
「上のほうでまだ揉めているんだろう」
「揉めるって何を?」
「火竜に卵を返すか、どうか。火竜を倒すための戦力をどこから出すかで」
「え、今更!? まだそこで話が止まってるの?」
トーコはびっくりしてベアを見上げた。ベアも渋い顔だ。火竜襲来の報が伝えられた当初はギルド、国境警備隊、町議会の合同対策本部も大パニックだったが、やがて魔法使いひとりで火竜の進攻を止められることが判ったので、喧々囂々の議論を交わす時間ができてしまったというわけだ。トーコは唇を尖らせた。
「結果的に足止めできているだけで、失敗したら一瞬で蹴散らされて突破されていたんだけど。そのへん分かってるのかな」
「分かっていないだろうな。特に魔法使いでない人間には理屈で説明してもなかなか理解できないものだと思う」
分からないから未だ切迫した状況に動かないでいられるのだ。
「ベアさん、見て」
突然、トーコがベアの視界に割り込んで両手を広げた。
「何をだ」
「今、わたし、どうやって飛んでいると思う?」
「移動魔法じゃないのか」
「さっきまではそう。今は違う。これね、火竜の真似してみたの」
トーコは嬉しそうに報告した。
「移動魔法で持ち上げるんじゃなくて、重力を通常の三分の一程度にしてる。いきなり軽くしすぎるのもどうかと思って。宇宙飛行士だって訓練するんだもんね」
ベアは瞬きした。
「言っている意味が良く分からないんだが」
「えーと、三十キロの重りを移動魔法で上に持ち上げているんじゃなくて、十キロまで軽くした重りを移動魔法で持ち上げているの。だから単体だとただ軽くなるだけだけど、移動魔法と組み合わせると、見た目は同じでもかなり魔力が節約できるよ。迂闊に軽くしすぎると風で飛ばされちゃうから要注意だけど」
「浮遊の魔法か?」
「そういう名前なの? これとっても楽~。ベアさんもやってみなよ」
人間の魔法使いばかりか、火竜の魔法も見ただけで真似できるのか。魔力の無駄遣いをしている場合ではないのだが、ベアは浮遊魔法の習得にかかった。トーコの眠気を散らせるならこの際なんでもいい。とにかく何かやることを与えないと、居眠りしかねない。今だって火竜のことなどどうでも良さそうになってしまっている。物理的な攻撃は障壁であしらい、火炎は回収しているが、完全に火竜のひとり相撲だ。ベアとしては合同本部の話し合いがどうなったのか進捗が気になるのだが。
「火竜の魔力ってほんと尽きないね。これだけ火を吹いてもへいちゃらなんだもの。この火を魔力に戻せないものかな?」
「火を魔力に?」
「そう。私も水を作りすぎた時とか、魔力に還元して散らすから、同じようにできないかなって」
「そうか、気になるならやってみるといい」
ベアはチャンスに飛びついた。
「俺はその間に後ろの話を聞いてくる。ひとりで大丈夫だな?」
「うん。いってらっしゃい」
トーコがのんきな顔で手を振る。ベアは城壁の上に降り立った。すぐに駆け寄ってきたのはハルトマンだ。
「合同本部の連中はまだ方針が決まらないのか」
「揉めているようだ」
予想どおりの答えだ。
「火竜の前で卵を割ってしまえばいいものを」
「ところが難しいらしい。商人がどうこうじゃなく、単純に物理的な問題として壊れないらしいんだ」
「壊れない?」
「そもそも親竜が巣を空けた時に卵を割る作戦だったらしい。巣は高熱で近寄れないから、卵だけ移動魔法で引き寄せて割ろうとしたんだが、殻に弾力があって、二十メートル上空から落としても、槍で突いても衝撃が通らない。それでやむなく持ち帰ったというのが真相らしい」
「魔法でもだめなのか?」
「先ほど皆の見ている前で試したという話だが、風の刃は弾力のある殻に弾かれ、水も氷も卵の熱であっという間に蒸発。川にでもぶち込んで、根気よく冷えるのを待てばいけるかもしれんが、迂闊なことをして親竜に取り戻されたら危険だ」
「既に試したということは、商人は卵を手放すことは了承したんだな?」
「おそらくな。トーコの魔力は保ちそうか」
「大丈夫だ。だが、別の意味で長く保ちそうにない」
ハルトマンが深刻な顔になった。
「何が問題だ」
ベアも深刻な顔を寄せた。
「トーコが火竜の相手に飽きている。居眠りしそうだ」
ハルトマンのこめかみに青筋が浮かんだ。
「誰か水とバケツを持ってこい! 俺が目を覚まさせてやる! あのあほめが!」
「問題は眠気だけじゃない。既にトーコひとりでずっとあの火竜の相手をしているんだ。集中力だって切れているし、そろそろ引き上げさせないとミスして事故が起きる。今のうちに倒す方法を考えるか、卵を返すか、とにかく何らかの方針を出してもらわないと、いずれ押し負ける」
「ベアさーん!」
遠くからトーコが呼んだ。ベアとハルトマンはトーコの傍へ移動した。
「どうした」
「問題か?」
「お手洗い行きたい。ちょっとの間交代して」
「交代?」
「ここ持って、障壁魔法を動かしててくれればいいから。重くないけれど、風にあおられないようにしてね。じゃ、よろしく」
「あ、おい」
止める間もなくトーコは飛んでいってしまった。
ベアとハルトマンは顔を見合わせた。他人の作った障壁を他の魔法使いが触って魔力干渉をおこさないのか? 火竜がトーコを追って火炎を吐き出す。虚を突かれたベアとハルトマンが障壁を動かそうとして二人の魔力がぶつかり合って消えた。
城壁に降りる寸前だったトーコはちらりと振り返って右手に火炎を収めた。そのまま町に入ってしまう。
「俺がやろう」
ベアは用心深くトーコの言っていたあたりに手を伸ばした。棒のようなものがあり、持ち上げると障壁も持ち上がる。なるほど、これなら魔力干渉を起こさない。
「重くはないが、空気抵抗が大きくて動かしづらいな」
「馬鹿でかい障壁だから、たしかに風圧が一番厄介そうだ」
尾の一撃が障壁魔法の外枠に触れた。凄まじい力に、ベアは慌てて踏ん張った。魔力が移動魔法にごっそり持っていかれる。急いで結晶石から魔力を吸い上げる。
「こんなの、あと二、三撃も受けたら、魔力がなくなる! 直撃を受けたら終わりだ。ハルトマン、交代の用意をしておいてくれ!」
「俺は本職じゃないんだ。無茶言うな」
「俺だって魔力量がそんなにあるわけじゃない!」
「ギルドの魔法使いは何をしているんだ」
「知らんが、ひとりふたりの魔法使いでどうなる話じゃないぞ」
「トーコはまだ戻ってこないのか! あいつ、さぼってたら承知しないぞ!」
ハルトマンの声が聞こえたわけでもないだろうが、火竜の二撃目をなんとか障壁に収めたところへトーコがのこのこ戻ってきた。
「ただいま~」
目ざとく見つけた火竜が火炎を吐き、トーコが右手で回収する。
「早く交代しろ」
「ありがとう、ベアさん。手放していいよ~」
トーコは言いながら障壁を動かして、火竜の尾の一撃をうまく障壁の中の空間に入れた。火竜も空振りに慣れてきて、すばやく体勢を立て直す。
「竜の力というのは凄いな。魔力がごっそり持っていかれた」
「わたしも、最初まともに受けていたら、魔力の消耗が激しくてびっくりしちゃった。あれ、受け止めようとしたらダメだね。もっと早く、この方法を思いつけばよかったよ」
「空間拡張障壁があっても、タイミングを合わせるのには慣れがいるな。慣れる前に魔力切れになりそうだが」
「本当。ザカリアスさんが結晶石を貸してくれた良かった~。正確にはハルトマンさんが脅して持ってこさせたっぽいけど」
「人聞きの悪いことを言うな」
「ザカリアス? ああ、例の大口顧客か」
「前に角ウサギ掃討作戦で借りた結晶石にわたしの魔力を込めて返しておいたのが役に立ったよ。情けは人のためならずって本当だね!」
「なさ……?」
「あ、わたしの国の格言」
トーコが意味を説明していると、城壁を越えて魔法使いが飛んできた。
「お前ら余裕だな」
呆れた声は火魔法使いのもの。
「こんばんは!」
トーコの声が弾んだ。ユナグール一の火魔法の使い手が来てくれたのは心強い。火に火で対抗できるかわからないが、一番火魔法の事を知っているはずだ。
「ギルドの使いで来たんだが、交代要員はいらなそうだな」
「代わってくれるんなら喜んで。もー疲れた。眠いし」
「この状況でよく眠いとか言えるなお前。おわっ」
火竜が火炎を吐いた。それを吸い込んだトーコの右手を覗き込む。
「今のどうやったんだ? 一瞬しか見えなかったが、とんでもない火力だろ」
「うわ、火竜もお兄さんに言われたくないでしょ」
「俺の火どころの威力じゃないのは見りゃ分かる」
「凄い。さすがだね」
「得意魔法だからな。で、どうやった」
「火炎をぎゅって集めて圧縮した」
火魔法使いはあきれた顔で頭を振った。
「わかんねーよ、それ。じゃ、俺はギルドに戻るから」
「ええーっ、交代してくれるんじゃないの」
「できるか! こら、ローブを引っ張るな」
「そういえば、俺も一度戻らないとな」
ベアが呟いた。火竜の足止めをしているのがトーコがひとりと聞いて慌てて飛んできたのだ。
「しょうがない、俺が残ってやるからお前は働け」
「ハルトマンさんは戻らなくていいの?」
「よくないが、まだ怪我人が出ていないし、後方部隊が今できることなんかたいしてない。それより舟なんぞ漕いだら強制的に目を覚まさせてやるから覚悟しろよ」
「ひええっ」
トーコは青くなって指をぽきぽき鳴らすハルトマンから距離をあけた。火竜の火炎には対処できるが、ハルトマンの攻撃には未だ対抗できないでいるのだ。どっちが危険か言うまでもない。
ベアと火魔法使いはギルドへ報告に戻ってしまい、トーコはふたたび退屈な作業に戻った。
「トーコ、大丈夫か」
ややあって、火竜の相手をするトーコを見張っていたハルトマンが訊ねた。心なしかトーコの顔色が悪い。限界か。
「なんか気持ち悪い……気がする」
「無理をするな。三十分で交代要員を呼んでくる。それまで頑張れ」
ハルトマンはなるべく平静を装ってトーコを励ました。彼が慌てるとトーコが狼狽する。今崩れられるのは困る。
「なんか、酔った、ぽい」
「酔った? 何に?」
ハルトマンは怪訝な顔をした。酒は呑んでないよな?
「浮遊の魔法。火竜の魔法を真似したんだけど……うぷっ」
トーコが青い顔で口元を押さえる。ハルトマンのこめかみに本日二度目の青筋が浮かんだ。励ましてやって損した。
「今すぐ余計な魔法は解除しろ! 実験は後にしろ!」
「うー、解除したけど、まだ車酔いっぽい感じが……これ、直接自分にかけたら良くないや」
しばらく具合悪そうに手で顔に風を送っていたトーコは障壁魔法のボードを取り出し、それに浮遊魔法をかけて足場にした。文句を言うくせに、ハルトマンも便乗する。ふたり分の体重と相殺できるほど過剰に障壁魔法を浮遊させれば、ちょうど良い感じだ。
「火竜の魔力っていつになったら尽きるのかな」
「俺が知るか。火竜が魔物の石を持っていたら、さぞでかいんだろうな」
「それにしてもほんと魔力の無駄遣いだよね。通じないのわかってて火吐いてるのかな」
「そんだけ火竜も必死なんだろ」
「そっか。そうだよね。卵盗られちゃったんだもん。お母さんだもんね」
「同情するなよ。卵を返せるわけないんだからな」
「釘なんか刺さなくたって分かってるもん。もっと人の領域から離れたところに巣を作ってくれればお互いよかったのにねえ。どうしたの、ハルトマンさん? 黙っちゃって」
「……いや。まったくそのとおりだな、と思っただけだ」
「だけど、ほんと魔力もったいないなあ。ちょっとやってみようかな」
「何を?」
トーコは火竜に向き直った。火炎に向かって手を伸ばす。火炎を千分割し、圧縮する工程はいつもどおり。そのうちのひとつに追加で手を加える。
「お、できた!」
「何が出来たんだ?」
じゃーん、と効果音付でトーコは手のひらのビー玉サイズの球を見せた。
「これなーんだ?」
「ガラス玉、じゃないよな?」
「外れ。火竜の魔力だよ」
「はあっ!?」
ハルトマンは期せずしてベアと同じような奇声をあげてしまった。
「ハルトマンさんが魔物の石のこと思い出させてくれたから、火竜の魔力で作られた火炎を魔力に還元して作ってみた。どうやって炎に変換しているかは嫌ってほど探査魔法を使ったから分かっているの。思ったよりすんなりできたね」
「専門じゃないからよく分からんのだが、他人の魔法に干渉して魔力に戻したってことか?」
「うん」
「おいおい。魔法使いの天敵って、竜じゃなくてお前じゃないか」
「初見の魔法だとダメだよ? ちゃんとどうやって魔力を魔法に変換しているのか、仕組みが分からないと。あだだだだ!」
「だから、そういうことをペラペラ喋るな! それが分かってりゃ相手は同じ魔法は二回使わなければいいってことだろが!」
「だ、だからどうしてハルトマンさんは発想が物騒なの!? 普通、人間相手に攻撃魔法なんか使わないでしょ! いたたた」
「お前のおつむが単純だからって、他人もそうだと思うな! このあほめが! ほれ、火竜がくるぞ」
トーコは痛むこめかみをさすりながら、火竜の火炎を魔力に還元圧縮した。封筒に採集日を書いてしまう。次いで最初に採った千分の一の火炎から作った魔力を取り込んでみる。
「やっぱり自分の魔力として使えるのは二割程度だなあ。せめて百分割サイズじゃないと使い道なさそう」
「自分の魔力としてならだろ。魔法道具の維持魔力としてなら使い道があるんじゃないか? 飛行船とか」
「ひこーせん?」
「暖かい空気は上へ、冷たい空気は下へ行く。この性質を利用して空を飛ぶ乗り物だ。単純な火力としての維持魔力なら、他にも色々使えそうだな」
「ハルトマンさん、これいる?」
「どうやってその形にしてるんだ?」
「ぎゅっと圧縮して障壁魔法で覆ってる。ハルトマンさんが自分の障壁魔法で覆ったあとにわたしが、自分でかけた最初の障壁魔法を解除すれば、ハルトマンさんでも使えるようになるんじゃない? 火と違って、そこまで強固な障壁じゃなくても平気だよ」
「障壁魔法じゃなきゃダメか? 魔物の石みたいに結晶化はできないか?」
「結晶って凝るのに時間がかかるから結晶になるんじゃない? それとも即席でもできるものなの?」
「即席でそこまでは求められんか。だが障壁魔法じゃ、かけた当人しか自由に解除できんし」
「水と氷をあげたときの封筒持ってる? あれに入れておけば、障壁魔法は解けないよ。あの封筒も永続的に使えるわけじゃないけれど、一年くらいは大丈夫」
「その期間延びないのか?」
「作り直せば……ととベアさんに相談してからね」
トーコは慌てて口と頭をガードした。
時刻が深夜に近づき、いい加減トーコの眠気が限界になったころ、やっと合同対策本部の結論が出た。
「国境警備隊、ギルドの総攻撃で火竜を倒す」
「その結論が出るのに何時間だ」
「眠い~」
ベアは肩をすくめた。
「全員が配置につくまでの一時間、トーコはそのまま足止めを」
「あと一時間もかかるの!?」
もーやだ、とトーコが泣き言を漏らしたが、これは黙殺された。トーコの障壁魔法を他の魔法使いで支えても、慣れるまでに魔力を使い切りかねないし、後方から総攻撃の準備で人が大勢出てくるのに、ミスをしたら被害が大きい。障壁本体へ直撃されなければ魔力の消耗もないので、当然トーコにやらせるのが一番だ。他の魔法使いたちの魔力はそのまま温存し、少しでも一斉攻撃に回すのが賢いだろう。
自分の部隊に戻ったハルトマンと入れ替わりに残ったベアが作戦を説明してくれた。合図があったら障壁を解除。火竜の炎は回収し、物理的な爪や尾による体当たり攻撃などはトーコは手を出さない。国境警備隊とギルドのもてる攻撃手段の全てをもって総攻撃、というシンプルな案だ。
「火竜を地面に落とせれば近接戦闘の出番もあるんだが」
「それって危なくない?」
「危ないが、槍や剣が使えないのは痛い。ギルドの狩人の主武器は槍だから。矢が通る相手とも思えんし」
「それでもやめたほうがいいと思う。たぶん、地面に降りたら、尻尾の威力ってあんなもんじゃないと思うもの」
「どういうことだ?」
トーコは浮力魔法による火竜の尻尾攻撃力の軽減についての推察を説明した。ベアは眉間にしわを寄せた。
「なるほど、もっともな話だ。火の魔法は通じないだろうし」
「水の魔法も要注意だよ。やるなら風向きを考慮しないと」
トーコはあやうく蒸し焼きになるところだったのを説明した。
「水も氷もだめか。卵と一緒だな。一番行けそうだと思ったんだが。いっそ、岩でも投げ落としたほうがよさそうだな。ギルドへ警告してくる。しばらくひとりで大丈夫だな」
「早く戻ってきてね。でないと寝そう」
「絶対、寝るな」
火竜の相手は暇だが、かといって採集物の仕分けができるほど気が抜けるわけではないので、トーコとしては手持ち無沙汰だ。眠気と戦っていると、やっと準備ができたとベアが戻ってきた。合図は角ウサギのときと同じくラッパと太鼓。トーコはベアに言われて城壁まで下がった。
太鼓がひとつ鳴る。投石器に石が置かれ、弩に矢がつがえられる。間を置いてもうひとつ。投石器がきりきりと音をたてて動き出し、弩の弦が絞られる。三つ目の太鼓はひときわ強く。そして一斉に石が矢が槍が放たれた。町のほかの場所に設置されていたものを全て移動させたらしく、その数は最初の比ではない。
そしてラッパが鳴る。最初の旋風を皮切りに巨大魔法が立て続けに火竜を襲う。三つの巨大魔法を受けて火竜はたまらず背を向けて丸く防御姿勢をとる。再びラッパ。わずかにうろこがはがれたところを狙って今度は中小の魔法が互いに干渉しあうのを覚悟でいくつも投げ込まれる。
そしてふたたび、太鼓。武器による攻撃の間に魔法使いたちは魔力を練り高め次の魔法を準備する。全く同じ手順で三度の連続攻撃を受けてさしもの火竜も血を流している。しかし、致命傷には程遠い。
「流石にタフだな」
最初の火炎を回収してから出番のないトーコの横でそのさまを見ていたベアは呟いた。相手が堅固な防御力を持っているのは分かっていた。はじめのはがれた鱗をトーコが回収していたので、それをギルドに持ち込んで強度を確認していたのだが、傷をつけるのも一苦労という代物だった。鱗を破壊するよりはがす方向で風の大魔法を打ち込み、うまく剥がれたらそこから体内に向けて攻撃を重ねる。作戦は成功しているが、成果は余り出ていない。
「まずいな」
「どうまずいの? ちょっとずつだけどダメージを与えているように見えるけれど」
「この程度じゃ先に味方の魔力が尽きる」
「結晶石は?」
「事前準備なしだからな……」
「傷のところから、大きな魔法か矢、えーとなんて言ったっけ、あの機械で放つ矢を打ち込めないの?」
「相手も動くからな」
したたかに攻撃を食らった火竜は身を丸めている。トーコは心配そうに下を覗き込んだ。今のところ火竜に反撃の機会を与えていないが、これが途切れたときが怖い。
トーコの不安はまもなく現実になった。人間の攻撃が五周目に入ったとき、花火のようにはじけていた中小の魔法が、二度目の太鼓が鳴り終わった時点で尽きた。
一瞬の静寂。投石器はまだ用意が終わっていない。
火竜が羽ばたき上昇する。備え付け型の兵器はとっさの角度の変更に対応できない。火炎と突風。火炎はトーコが回収したが、突風はこれまであまり使っていなかったので完全に反応が遅れた。
城壁の上から、人や物が吹き飛ばされてゆく。トーコはとっさに探査魔法を広げ、まるで洗濯物のように吹き飛ばされた人たちに浮遊魔法を送った。物までは手が回らない。
そして飛ばされた人たちの回収よりも防御が先だ。トーコは上空へ上げていた障壁魔法に移動魔法を強くかけて火竜の真上に落とした。ただ垂直に下ろしただけなので残念ながら直撃とはいかない。でも火竜を空で一回転させることはできた。そのまま強引に城壁と火竜の間に障壁を割り込ませる。火竜は空間拡張が嫌いなのか、決して中に入ろうとしない。今も火炎をしきりに吐き散らしながら少し後退した。
それを見届けてやっとトーコは吹き飛ばされた人を城壁の下に集め、探査魔法で様子をさぐった。建物にぶつかって怪我をした人も、気を失っている人もいる。怪我を治療しながら、ベアに指示を仰ぐ。
「ベアさん、今、元通り障壁を立ててるけど、これどうしよう! 外したほうがいい?」
「そのまま防御しろ。俺は連絡に行く」
トーコが障壁を立てている間は味方の攻撃も届かない。とにかく体勢を立て直さないと。下を見ると城壁の上にあげて使う、小型の投石器がいくつも落ちてしまっている。すぐに同じサイクルで攻撃するのは難しそうだ。
火竜が天を仰いで火を吐いた。しかしそれは、今までのように攻撃的な噴射ではなく、卵を包んでいたような柔らかな炎で、まるで流れるように火竜の体を覆い、滑り落ちてゆく。
「ありゃ?」
トーコはしょぼしょぼする目をこすった。なんだか火竜がきらきらして見える。
「じゃなくて、傷が治ってる? あ、ひょっとして鱗も」
トーコは探査魔法を飛ばした。鱗の傷やひび割れが消えている。さすがにはがれた鱗までは即時に再生されていないが、肉の傷はふさがって癒えている。
「えーっ、今のは火竜の治癒魔法!? わー、ひょっとしてレアだった? そうと分かってればちゃんと探査魔法で見ておいたのに! 火竜だから火で直せるの? それとも他の生物にも応用可能? ほんとに火だったのかな?」
などと考えている場合ではなかった。火竜がぶん、と太い尾を振った。空間拡張障壁のなかで空振りさせるが、勢いに全く衰えがない。
「これって、元の木阿弥ってやつ……?」
ベアが戻ってきた。
「トーコ、交代要員が来たら休め」
「いいの?」
ベアは疲れた顔に厳しい表情を浮かべていた。
「こうなったら長期戦だ。火竜が飢えて諦めるか、こちらが突破されるか」
「一時的に卵を返すわけにはいかないの? 火竜は卵を守るのを優先しない?」
「それで卵が孵化したら二次被害が怖い。竜の卵を人の領域に持ち帰ったのはある意味正しいんだ。魔の領域の植物は人の領域に根付かないし、芽吹かない。獣も同じだ。人の領域で親竜が温めていない卵は孵化する可能性が低いんじゃないかと思う」
「そういえばさっきの竜の治癒魔法、卵を温めるときと同じ炎だったね」
「ああ。生命力が強く、すぐに傷もふさがるとは聞いていたが、まさか治癒魔法とはな。これじゃいたちごっこだ」
「あのね、ちょっとだけやってみたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「レンチンしてみていい?」
ベアはトーコを見返した。
「角ウサギにやった魔法か。通じないんだろう?」
「うん、いつものやりかただとダメだった。でも今ベアさんと話していて思いついたの。竜はたぶん魔力に敏感なんだと思う。すぐに気がつかれて振り払われるから。でも、火竜自身の魔力だったらどうかな?」
「火竜自身の魔力?」
ベアは聞き返し、すぐに気がついた。トーコは火竜の魔力を持っている。
「いきなりできるのか?」
「やってみないとわからない。でも一度気づかれたら次は警戒されると思う。やらないメリットよりやるデメリットが大きいとは思わないのだけど」
「そうだな。これ以上は悪くなりようがない。具体的にどうやる」
「さっき火竜は治癒魔法のための炎を口から吐いて傷に吸収させたように見えた。体内から直接鱗には魔力を送れないのか、こっちのほうが早いのかも。治癒魔法に偽装して入り込めないかな? 火竜の魔力をコントロールするのはわたしの魔力だから、完全に火竜の魔力だけではできないけれど」
「わかった。やってみろ」
「うん」
トーコは火竜が狂ったように噴射したばかりの火炎から作った魔力を手のひらに集め、自分の身内に取り込む。取り込んだ時点でその魔力はもはや火竜のものではなくトーコのものだ。変換された魔力を使ってまだ取り込まない火竜の魔力を集め、火竜にそっと送り込む。さっき見た光景を思い浮かべ、やさしく、淡い光のような炎に変えて送り込む。
するとはがれた鱗の付近の皮膚が自然な動きで魔力を吸い込み始めた。その力を鱗の再生のために必要としているのだ。充分に入り込んだところで、トーコの支配する魔力は動きを急変させた。瞬きにも満たない刹那のうちに火竜の体内を駆け上がり、目指した部分へたどり着く。
「チーン」
トーコの呟きからわずかの間を置いて、火竜が落下した。魔法による浮力を失った巨体が地響きを立てた。




