第12話 臨時職員再び(3)
翌日は朝も早くからトーコは漁師にくっついて昨日近場に仕掛けたという罠を見に行った。川辺に生える葦の類で作った籠罠には小エビや体長二十センチほどのアオマスがかかっていた。
「小エビはこのまま二日ほどおいて泥吐きさせ。朝飯はこっちのアオマスだな」
「うわあ、大きくて立派。美味しそう!」
「馬鹿言っちゃいかん、こんなのは序の口だ」
さっそく二匹のアオマスをその場で締めて出張査定所へ持ち帰る。作業台に立って一匹捌くのを見せてもらって、その後は教えてもらいながらもう一匹を捌く。漁師の十倍の時間をかけて出来上がったのは、えらく薄い身と、逆に厚すぎる中骨だった。酷い出来だがトーコはめげていない。
「よし! 次は……」
「その前に飯にしろ」
ベアはストップをかけた。なにしろここまでに大分時間がかかっている。
「これは鍋に入れていいのか?」
「うん」
ぼろぼろのアオマスはベアお得のなんでも入るごった煮に投入され、トーコには満足な朝食になった。ベアはあきれていたけれど。
夜は森のねぐらに帰るヌマシギの習性を利用した夜明けの猟から戻ってきたチームが持ち込みに来たりして、トーコはたびたび席を立った。何度も中断された食事が終わり、ベアが採集に出てしまうと、漁師が今度は手持ちの魚篭からベニマスを出した。
「これは網がないと獲れないから」
「大きい! お、重い。重いよ、これ!」
「大きくても締め方はさっきと一緒。これは昨日獲った時にやってあるが、そんなへっぴり腰じゃ、ひと暴れであっという間に逃げられるぞ。このくらいの大きさになったら鱗を取るか、皮ごとひいてしまうのがいい」
六十センチ越えの大物だけれどもトーコのナイフでも二枚に開くところまでは意外に捌けるものだ。ただし、その先、三枚に下ろしたり、小骨の多い部位をそぐとなるとちょっとやりにくい。包丁がほしいところだ。
「この水の出てくる道具便利だな」
漁師が流しを使いながら感心する。
「ほんと、大活躍だね。お魚捌く時には必須だね」
血合いを洗い流したり、ぬめりをとったり。
「いやー、作業がはかどっていいわ」
そういう若い漁師は、年配の漁師に見てもらいながらトーコが一匹と格闘している間に六匹を捌き、塩して軒に吊るしている。屋根用の萱を支える木枠が意外なところで大活躍である。トーコがやったのは吊るすと壊れそうなので、そのままそーっとおいてある。
「練習が必要だなあ。朝のお魚も美味しかったし、この猟が終わっても、また時々獲りに来たいなあ。小さいほうが楽は楽なんだけれど、大きいお魚のほうが、わたしがへたくそに捌いても食べるところが残るんだよねえ」
練習はしたいが、もう一匹やる時間はない。漁師たちが荷造りしたら、一緒にユナグールへ転移する。彼らはギルドへ帰還届けを出し、トーコは預かった獲物とリストを持ってこの件を仕切っている薬草に詳しい女性ギルド職員を探した。
「こんにちは」
「ご苦労さん。ちょっと待っててくれる?」
トーコが掲示板を書き写して待っていると、ややあってカウンターから彼女が出てきた。トーコから受け取った紙バサミをめくりながら、そのまま入り口を出る。ギルド前の広場には空樽を載せた二台の荷車があった。車を引く馬はまだ付けられていない。荷車の周りも樽だらけだ。
「昨日の成果はどれどれ……お、大猟大猟。この樽に今から言う数ずつ詰めていってね」
言われたとおり、空に並べて一緒に数を数え、なるべく綺麗に収まるように苦労しながら樽に詰める。曲芸だと思われたのか、子どもたちが集まってくる。見世物じゃないんだけどな。
荷車一台分の樽に詰め終わったら、二台目に移る。そして広場にたむろしていた男の中からふたりほどに手伝わせて手際よく蓋をし、その上に次の樽を置いていく。全部に詰めて、トーコの運んだ分はかなり収まった。
「また大口の依頼人を見つけたの?」
「半分はこの間の角ウサギの人と同じ。もう半分は南区の肉屋ギルドからの依頼。トーコがあちこち配達して回ったのが評判よかったでしょ? それで大量に入荷のあるこの一週間、自分たちで運送業者を雇って順番に店に持ってこさせようってことになったみたい。楽だし、来てみてまだ届いていないなんてこともないし、皆でお金を出せば今だけ大量のワタリヌマガモを手に入れられるしね」
「いい考えだね。沢山売れればギルドも嬉しいし」
「だから、お願い、トーコは絶対に風邪を引いちゃダメよ。湿地は寒いから、厚着しときなさいね」
「大丈夫。ベアさん特製のすっごくまずいお茶を飲まされているから。すっごくまずいけれど、体はぽかぽかしてくるの。すっごくまずいけど」
「わかった、わかった、トーコのギルドへの献身は理解した。これであともう一週間やってくれたら言うことなしなんだけどなー?」
「勘弁して。落ち着いてご飯食べる暇もないんだから」
「でもワタリヌマガモは美味しいでしょ?」
「美味しいけれど、初日に四羽獲っただけで、しかも調理は全部ベアさんがやってくれたんだよ。これ以上はつき合わせられないよ~」
「別にベアには依頼してないけどね」
「無理だよう。ひとりで野営なんておっかないことできない! それにいつまでもワタリヌマガモにかかっていたら、他の依頼が困るでしょ?」
角ウサギ掃討作戦後、ギルドが受付再開したとたん殺到した依頼に、ベアとトーコは手持ちの採集物をかなり放出したのだから、これくらい我侭言って良いはずだ。
「怖がりねえ。ツキリンゴを採りにいけるんだから、平気なはずでしょ」
「ツキリンゴを採りにいける技能を持ってるのはベアさんで、わたしはくっついて行ってるだけだもん。あ、ツキリンゴの種を採った後のジュースってベアさんの苦いお茶のあとに飲むと甘くて美味しいの」
「あ、いいな~。ワタリヌマガモも羨ましいけれど、そっちのほうが十倍羨ましい。お金出しても売ってないもの」
「おすそ分けするよ。コップか水差しかある?」
「あら、いい子ね! 水差しはちょうど昨日出したばかりよ。これ出す時もトーコがいてくれたら楽だったのに」
「どういう意味?」
ちょうど依頼品を樽に詰め終わってふたりは地面に降り立った。ギルドの建物に戻ると、女性職員はそのまま二階へ上がった。この間まで薬品類を詰め込んでいた部屋をあけると、今度はコップや水差しでいっぱいだった。
「お皿がいっぱい?」
「渡り鳥の解禁猟が終わって最初の雪が降ったらみんな春まで入域をお休みするでしょ。だから最後に打ち上げするの。ギルド構成員と職員なら誰でも参加できるから、トーコもおいで。ついでに寄付もよろしく」
「寄付?」
「音頭取ってるのはギルドだけど、飲み食いするものはみんなの持ち寄りでやってるの。ヨツキバオオイノシシの丸焼きが出た年もあったわねえ。ギルドは広場を飲み食いできるように整えたりとか、食器の用意とか、お酒なんかが主ね。いつもは地下にしまいっぱなしのお皿なんだけど、今年は角ウサギ掃討作戦の炊き出しで活躍したばかりだから、ごしごし洗わなくて済むのは助かるわ。鍋も買ったし、なんか暖かいものを作るのもいいわよね」
「楽しそう!」
「楽しいわよ」
「何持っていこうかな」
「お願いだから、使えるものにしてね」
「使えない物なんか持ってくるひといるの?」
「少なくとも、お祭り騒ぎの場には必要ないものとかね。どんなに貴重な鉱物でも飲み食いには必要ないでしょ? あと、明らかにいらないものとか。角ウサギの毛皮十枚とかどうしようかと思ったわよ」
「ビンゴの景品にしちゃえば?」
「なにの景品ですって?」
「ゲームの景品。断るのも悪いようなものだったり、それなりに価値があるものなら、賞品としてみんなに持って帰ってもらえばいいんじゃない?」
「あら、よさそう。ねえ、トーコ」
トーコはびしっと両手を突き出した。
「ストップ。ベアさんに聞いてみないとまだ参加できるかどうかもわからないんだから」
「察しがよくなったわね」
「お姉さんに鍛えられたから。ところで、あの鍋と水差し、すぐには使わないなら、借りていってもいい? ベアさんの小鍋だと何回もお茶を沸かさなきゃいけなくて、それでも全員には回らないの。査定で待っている間、寒いでしょ?」
「そういうことなら構わないわよ。でもみんなにまずいお茶は勘弁してあげて」
「大丈夫。あれは半分風邪引きかかってる人にしかあげていないから。カゲソウってほんとまずい」
「うわ、また高価な薬草を! そりゃ確かに全員には振舞ってられないわね」
「お鍋、自分たちのご飯を作るのにももうひとつ借りてもいい?」
「いくらでもどうぞ。最後に洗って返してくれれば好きに使って」
「鍋と竈が増えている……」
「あ、ベアさんお帰りなさい」
「ただいま。どうしたんだ、これ」
「ギルドで借りた。ギルドで見たときはこんなに大きいと思わなかったんだけど、ここの竈に置いたら火が足りなそうだったから、もう一個作ったの。今ね、アラを煮てる」
「アラってなんだ?」
「お魚のそのままだと食べにくいところとかから出汁をとるの」
「鶏がらみたいなものか?」
「そう。わたし下手だから骨のところとかにも身がいっぱいくっついちゃって、勿体ないから煮てる。お母さんがどうやってたのか、もっとちゃんと見とけばよかったなあ。なんとなーくで作ってるから、味は期待しちゃダメ」
「で、こっちの鍋では何を作る気だ」
「今作ってる鍋の中身を濾すのに使う。ベアさんがお茶作りたかったら他に、もう少し小さいのも借りてきた。いつもの小鍋だと追いついていないみたいだから」
「別に追いつかなくていい。これ以上、あいつらをつけ上がらせることないぞ。なに笑っているんだ」
「ううん、別に」
「えらくご機嫌だな」
「そう? そうかもね」
トーコは本日二匹目のベニマスと格闘しながら、こっそり笑った。
「持込が来ないうちにお昼にしちゃおう。角ウサギのシチューがあるよ」
言ってトーコはポーチから毛布でぐるぐる巻きになった鍋を取り出した。
「今日はえらく手際がいいな」
「秤に大分慣れたもの。それに今日は大工仕事がなかったしね」
「これ以上広げんでいい」
「うん、わかった。ベアさんのほうの収穫は?」
「ヒバスとツノビシくらいだな」
「ヒバス? わ、これレンコンだ!」
細くて穴なんかかなり小さいけれど、レンコンだ。
「どっちも盛りを過ぎているからたいしたのはないな。午後からは、作業していたほうがよさそうだ」
ひとが入りすぎていて、いい薬草は残っていないし、猟の邪魔をしないように気を使うしで採集は諦めたほうがよさそうだった。
「このツノビシって何? 虫のさなぎ?」
ごつごつした扁平な菱形の両角が虫の触覚のように突き出している。
「水草の実だ。このまま皮ごと乾燥させて保存できる。砕いて煎じて飲めば解毒効果や自然治癒力を高めることができる。他の薬と併用しても害が出にくい。茹でると簡単に皮がむけて食べられる」
トーコは早速受け取ったツノビシを水洗いして、軒下に干し場を作って広げた。
午後は草原で採集したものの掃除や整理をすることにする。いつもならねぐらを確保した後の空いた時間や、安全な人の領域に戻ってからするのだが、せっかく広くて使いやすい作業場があるのだ。
採集物は基本的にその日のうちにまずいものが混じっていないか確認しているが、量が多くてそれ以上は手が回っていない。
トーコにクロザクロを出すように言うと、封筒が一束出てきた。収穫日別になった封筒のうち、先に収穫したものから加工しているので、新しい日付のものは、まだ収穫したままの状態だ。加工が終わっているのは、果皮、乾燥させた果皮、乾燥させて適当な大きさに砕いた果皮、外した実、外した実を干したもの、絞った果汁などに更に細かく分けられている。
「このあたりのは全部日付を纏めていいぞ」
「わかった、そうする。計量は森の分が今日で終わりそう。秤の使い方も慣れたし、同じものならだいたい目星が付けられるようになったから。最初は一週間で計量終わらないかと思っていたけれど、ギリギリなんとかなるかなあ」
計量に拘りはないのでベアは曖昧に頷いておいた。トーコは封筒に書き込む背中でコグルミの計量をしている。ざっとコグルミを秤に設置した籠にあけて、針が止まった頃に振り返って確認し、次を入れるというかんじだ。初めの頃のように一粒ずつ足して、などということはしていない。保険として、気持ち多めにしている。
渡り鳥猟の計量も殆ど秤は使っていない。
「規定重量に足りないのが二羽。念のため、自分でそこの秤で確認してね。こっちは半値になるけれどどうする?」
「それでいいよ」
特にトラブルもなく署名してもらうのをベアは耳だけで聞いていた。そこには角ウサギの時からトーコが築いてきた信頼関係がある。トーコはちゃんとこの町で、ギルドで自分の居場所を作っている。
男たちは査定が終わるとそのまま開放スペースで持ち込んだワタリヌマガモを捌き始めた。いつの間にかこちらにも水のタンクが設置されている。羽は皮ごと落とし、中の肉だけ外して焼き始める。
「生ゴミは下に捨てないで、そこの箱に捨てて。後でまとめて遠くに捨ててくるから」
「この四角いのか? みんな結構捨ててるな」
「そう思うなら処分するの手伝って~」
「そろそろ次の罠を見に行かないと!」
「逃げた!?」
トーコはひとがいなくなった休憩スペースを水で丸洗いし、竈の灰をかきだし、消臭魔法をかけがてらゴミ箱の中身を非開放スペースの生ゴミに合流させた。こっちは遠慮なく空間拡張魔法と時間凍結魔法をかけているので、いくらでも入るし臭わない。
後片付けをしている間に次の持込だ。罠で大量に獲るチームはこまめに持ってくるので、トーコもひっきりなしに対応する。査定して署名もらっての繰り返しだ。
日暮頃になると勝手に寝泊りしている人たちが戻ってきて賑々しくなる。最初は気になって落ち着かなかったトーコも、やっと自分のペースで寝ることを学習し、目隠し板とベアの間の隙間にもぐりこんで目を瞑った。十一月も末の水辺は寒いが、ベアがむしったワタリヌマガモの羽毛を適当に麻袋に詰めてざくざく縫った簡易上掛けが思いがけず暖かい。丈は短いし、羽を洗ったりしたわけでない使い捨てだが、羽毛さまさまである。そんなことを思いながら眠りについた。
出張査定四日目。一週間の折り返しだ。
ギルドへ獲物を届けたトーコは漁師たちを連れて戻った。もちろん、引き続き魚の捌き方を見てもらうためである。トーコに網はないが、探査魔法と移動魔法がある。普段は湿地の深いところにいるアオマスやベニマスだが、産卵のために森近くに来ているので比較的簡単に探せるのだ。
「とりゃっ!」
トーコの気合と一緒に水から跳ね上げられたベニマスが若い漁師が使っている作業台に移動させられてくる。彼は慣れた手つきで暴れるベニマスに止めを刺し、そのまま捌きにかかる。
「うーん、手際が違う」
見学していたトーコは唸った。こちらも一匹確保し、今日は締めるところから教えてもらっている。移動魔法で押さえつけないと一撃与えるのも難しいけれど、そこはズルする事にした。腹を切って内臓を出して、とやっているとクリーム色の塊が零れ落ちた。
「卵だ。ラッキー!」
「卵はこっちによけて塩しときな。どばっとやっていい」
年配の漁師がオオグルミの殻をさしだした。
「このくらい?」
「もっとだ。塩漬けにするつもりでやっていい。塩あるんだろ?」
「ゲルニーク塩沼で採ってきたばかりだからいっくらでも。約束どおり、遠慮なく使ってね」
「言われるまでもなく、あいつはばかすか使ってるけどな」
「いやあ、助かるよ、塩。こんなに高騰すると思わなかったんで、ゲルニーク塩沼からは小さい麻袋ひとつぶんしか持って帰らなかったから。トーコ、次のくれ」
「はあい」
また一匹ベニマスが水揚げされる。
「お、いい大きさだねえ」
「塩、高騰しているの? どうして? この間皆で採りに行ったばかりなのに」
「角ウサギのせいだよ。ユナグール中に角ウサギが出回っただろう。あのときに皆が塩漬けを作ってあっという間に割り当てのうち二割がなくなったらしいよ。塩漬けを作るにはまだ暖かかったから、余分に塩を使っただろうし」
思わぬ波及である。そして、トーコが年配の漁師に教わっている間、若い漁師は暇つぶしがてら冬の保存食作りに励んでいるというわけだ。たっぷりの塩があれば、先日彼が作っていた一夜干よりもっと保存性の高い物が作れる。開いたベニマスに岸辺で取れる香草を干したものと塩をたっぷりまぶして樽にどんどん入れていく。
「このままでも充分保存できるけど、塩漬けにしたあとで、塩抜きして燻製にしても美味いんだぞ」
「燻製か。それはいいな」
作業しながら背中で話を聞いていたベアが言った。魚の臭いに辟易して消臭魔法をひっきりなしにつかっていた彼だが、燻製は好きだ。トーコはなんとかかんとか二枚に開くことに成功し、骨の多い部位を危なっかしい手つきでそぎ落としている。
「ふーっ、できた! ベアさん、見て! 昨日のよりうまくできた!」
「魚もいいが、お客さんだぞ」
岸辺沿いを獲物を背負ったチームがやってくるところだった。こっちに手を振っている。手を洗って慌てて手を振り返す。ふわりと彼らの獲物が浮いて、受付に飛んで来た。彼らが到着する頃には査定が終わっている。署名した彼らは休憩所で一休みだ。
ベアも実際に歩いてみてわかったことだが、このあたりには座れるほど乾いた地面が意外にに少ない。ベアがいつも行く湿地はもっと人の来ない奥のほうなので、すっかり忘れていた。そちらにしたって、単にベアが休める岩場などを知っているというだけで、年に一度来るだけ、しかも場所を変えながらでは休憩できる場所を探すのも大変なのだ。
「この匂いは魚を煮ているのか?」
「うん。正確には食べにくいところを煮て出汁をとってるんだけど」
「なるほど、魚もいいな。流石に三食鳥ばかりだと飽きてきた」
「ベニマスかアオマスでよければ持ってく? 捌くのは自分でやってもらわなきゃならないけれど」
他の魚は食用かどうか、トーコでは見分けがつかない。彼らは喜んで休憩スペースで頭をとって皮をはいだベニマスを豪快にぶつ切りにして持って帰った。アラはくれたので、血合いを洗ってすぐに鍋に放り込まれる。冬の保存食作りには吊るすために頭を落とさないので、貴重な出汁のでる頭ゲットである。
トーコが査定しながら二匹捌く間に漁師たちはふたつの樽に蓋をして入りきらない分は軒に吊るしている。彼らも魚を運ぶための空間拡張容器を持っているが、決して余裕のある大きさではないので、今度トーコと一緒にユナグールへ移動するときに運ぶつもりなのだ。
「第一、樽が魚篭の口をくぐらん」
「吸込みの魔法が付与されていないの?」
「必要ないと思ってたからなあ。この口の大きさならオオヌマヘビもベニマスもくぐるし」
「オオヌマヘビ? ヘビがいるの?」
「水の深いところにでかいのがいる。何でもよく食う大食漢だから、呑まれないように気をつけるんだな」
「そ、そんなに大きいの?」
トーコは思わず探査魔法を周囲の水に飛ばした。
「丸太ん棒みたいに大きい。たまに罠にひっかかってると、魚は全滅だが、いい値がつく」
「ヘビが売れるの? えーと蛇革?」
「そうだ。鱗模様が美しく、柔らかい。耐水性に優れるのはもちろんのこと、耐火効果もあって、戦場で多用される火矢の魔法くらいなら防げる。鎧の上から羽織るマントや軍属魔法使いのローブになってるのを見たことがあるって話だ」
「皮だけじゃなくて身も食える」
若い漁師が言った。
「魚屋に持ち込むと薬膳料理の材料として高く引き取ってくれるんだ。たまに魔物の石も持ってるし、一匹獲れたらラッキーだな」
「人間を丸呑みにできる大蛇とは遭遇したくないなあ」
トーコが情けなく言うと、漁師たちに笑われた。
昼食は彼らが振舞ってくれたアラ汁で、トーコは舌鼓を打ちながら燻製の作り方についても熱心に質問した。
計量そっちのけで魚と格闘してトーコの四日目は終わった。
五日目。最初はいいように人間に獲られていた渡り鳥たちだが、さすがにこのあたりから移動したらしく、今日は来客が控えめだ。おかげでトーコは自分のベニマスにかなり集中できた。
「あ、ベアさんお帰り。お昼ごはんはもうちょっとかかるから、お茶にする?」
午前中どこかへ出かけていたベアが戻ってくるなり、ポーチからワタリヌマガモを出して羽をむしり始めた。
「晩御飯?」
「いや、昨日の連中を見ていて燻製が食いたくなった」
「燻製!? 燻製作るの?」
トーコの声が弾んだ。小鍋を持ったまま、ベアの手元を覗きに来る。
「もしかして、昨日台所使いたかった? ごめんね」
「使いたかったらそう言う。トーコのベニマスも一緒に燻すか」
「やりたい! 燻製ってどうやって作るのか分かる? 一応やり方は聞いたけれど加減が難しそうで」
「塩を一度中まで入れて一日二日煙にあてておけば、なんとかなるだろう。俺にただの保存食以上の味を期待するなよ。ついでに角ウサギもやってみるか」
「わーい」
ベアはワタリヌマガモと角ウサギを、トーコはベニマスとアオマスを捌きにかかった。
最終日前日、問題が発生した。
「どうしたの!? 今日はやけに少ないじゃない」
「鳥たちがみんなが狩をしている場所から離れだしたみたい。東のほうまでいかないと群れがいないって言っていた。足りないの?」
足りない、と女性職員は即答した。
「特にワタリヌマガモが足りないわ。ヌマシギやワタリヌマシギは余り変わらないわね?」
「夜はねぐらの森に戻ってくる習性があるからじゃない? ワタリヌマガモはどのくらい足りないの?」
「ざっと百羽くらいかしら。とりあえず、昨日までに捕獲してもらったぶんのを残りでまかなうけれど。明日は大丈夫かしら」
女性職員の懸念をベアに話すと即答だった。
「大丈夫なわけないだろう。最終日は皆早くに切り上げてここへ戻ってくるに決まっている」
「うわー、それってまずい。ちょっともう一回ギルドに行ってくる」
「今戻ってもギルドも方針が出ていないだろう。たぶん、明日お前が行くまでになんらかの指示を考えるだろうが」
「毎日何百って仲間が狩られているんだもん、鳥だって学習するよねえ。失敗したなあ。出張査定所を一週間同じ場所にするんじゃなくて、東に移動させるべきだった」
「それはどうだろうな。普段狩りをしているのより東に拠点が移動すると、ついてこれない者が出てくる。こんなに大量に狩り続けるなんて初めてのことだ。来ているのだって、あの漁師たちのように普段から湿地を拠点にしているわけじゃなくて、今だけ、場合によってはこの一週間だけのつもりの者もいるだろう。毎年来ていても、そんなに遠くまではいけないはずだ。よく知っていてさえ、湿地は人が歩くには危険な場所なんだ。下手に踏み込んで、安全な岸辺まで戻る道を見失ったなんて事故は毎年起こっている」
「毎年? それは多くない?」
トーコの出張査定所に持ち込んでいる全員を合わせても百五十人に満たない。トーコは不安になって、査定結果を書き込む用紙をめくった。
「ベアさん、このひとたち、大丈夫かな」
トーコは十枚ほどのリスト表を広げた。今回の出張査定は、一週間限定なので、入域申請を兼ねてメンバー名を記載したチーム用紙を用意している。解禁猟だけはいつもと違う相手と組んだり、違うチームと合同でやったりすることが多いと聞いての措置だった。単身でやるひともいるが、罠を張るにも獲物を回収して運ぶのにも、人手があったほうが効率よいからだ。
今、自分で罠を仕掛けているひとも、最初は誰かの手伝いに呼ばれて経験しているという。だから報酬分配の割合も道具を用意して人を集めたリーダーに厚く入るようにしたりと、イレギュラーが多い。だけど、おかげでリストが役に立つ。
「最初から一度も来ていないチームは除いて、初日だけ来たのが一チーム、三日目から来ていないのが一チーム、四日目から来ていないのが二チーム、昨日から来ていないのが九チーム。昨日来ていないところについてはなんとも言えないけれど、最初の三日間毎日来ていたのに、そのあと来なくなったチームとか心配なんだけど。最初から三日間だけ参加するつもりで、他に移動したとか、もうユナグールに戻っているとかならいいんだけど」
「それが分からなきゃ心配するだけ無駄だ。第一、湿地で溺れなくても、アシナガミズオオカミや巨鳥に襲われることもある。アシナガミズオオカミは森林湿地帯でシギなんかの罠を仕掛けているときなんかに被害にあうこともあるだろう。逆に草原湿地帯のほうなら、大きな木が少ないぶん、巨鳥に狙われやすい」
「巨鳥が出るの?」
「この時期、渡りをする水鳥がたくさん飛来するから、それを狙って頻繁に現れる。ダイコクチョウとかだな」
「全然気がつかなかった」
「ここは湿地側からは見えづらいからな」
次第にトーコの顔が青くなる。
「他人が心配したところで始まらない。ここは人の領域じゃない。入るも入らないも決めるのは本人で、身を過ぎた場所に踏み込んで報いを受けるのも本人だ」
手厳しい言葉にトーコはうなだれた。トーコがピクニック気分で浮かれていられるのも、本当にまずい状況ならば、<深い森>を知り尽くしたベアが止めるだろうと高をくくっているからだ。トーコも、勝手に休憩所を使っている人たちとなんら変わらない。ベアの優しさ、甘さにつけこんで、その知識を当てにしている。
トーコは査定に来たひとたちに彼らを見かけなかったか聞いてみたが、役に立つ話は聞こえてこなかった。狩場が遠くへ移動して査定に来るひとたちが少ないのを差し引いても情報がない。
最初の頃に動けなくなったりしたのだとしたら、声をあげてひとを呼べるはずだ。普段に比べればかなりの人数が査定所から往復できる範囲で活動しているのだから。
計りとったツキリンゴの種の重量を封筒に書き加えていたトーコは探査魔法に引っかかるものを感じ、手を止めた。
「どうした」
ワタリヌマシギの羽をむしっていたベアが気がついて尋ねる。
「大きい魔物が近づいてくる」
トーコは思わず声を潜めた。反射的に消臭魔法をかけなおし、出張査定所では使っていなかった幻惑魔法もかける。物音を立てないようにそっと立ち上がり、ベアの袖をひいた。
「作業台の下に入って」
ベアは眉をあげたが、トーコの手が震えているのに気がついて床に座った。
「何が来る」
「分からない。今まで見たことないと思う」
「大きさは」
「大きい。家より大きい」
「飛んでいるか? だとしたら、話していた巨鳥だ」
作業台の下に入るというのは空からの襲撃者を警戒してのことだろう。屋根もあるが、より確実だ。
トーコが息を呑んだ。食い入るように虚空を見つめ、そして全身で息を吐いた。
「行った……良かった」
「怯えすぎだ。巨鳥なら障壁魔法で一度はじけば大抵大丈夫だ」
「鳥じゃない。ううん、巨鳥もいたけれど、大きい魔物に襲われて死んだ」
「種類が違えば巨鳥同士で争うのもよくあることだ」
ベアは作業台の下から出ようとしてまだトーコが袖を掴んでいるのに気がついた。外そうと触れた手は冷たく、まだ震えていた。
「トーコ?」
「鳥じゃない。もっと大きい」
「もっと?」
「うん。サイズじゃなくて、魔力が大きい。こんな大きい魔力ははじめて見る」
「魔法使いか?」
「ううん、体は家より大きい。飛竜より大きかった。……そう、ちょっと飛竜に似ている。ぱっと見のかんじとか」
「見えたのか?」
「視力で見ているんじゃないから、だいたいの形くらいだけど、トカゲにこうもりの羽が生えたみたいな感じが似てる。魔力は段違いだけれど」
ベアは沈黙した。飛竜に似ているけれど、飛竜じゃない。そして、飛竜より大きくて、魔力があって、巨鳥を狩る。――まさか。
「他にどんな特徴があった?」
「分からない。振り払われた」
「振り払われた?」
「探査魔法の魔力を散らされた」
ベアはぎょっとした。
「気がつかれたということか!?」
「うん。でも、目の前のご飯優先で見逃してもらえたみたい」
トーコの顔も青いを通り越して蒼白だ。
「魔法ってあんなふうに散らされちゃうんだ。たぶん、心臓を沸騰させる前に、魔力を送り込んだ時点で気がつかれて散らされそうな気がする」
半信半疑だったベアだが、やがてチームのひとつが慌てふためいて戻ってきた。
「竜が出た!」
「……巨鳥を襲っていたか?」
「他にも見た奴がいるのか。そうだ、そのまま北へ飛び去った」
その情報もトーコの証言と一致している。最悪だ。どう最悪なのか想像もつかないが、飛竜よりやっかいなのが人の領域のすぐそばに現れたのは間違いないようだった。




