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第13話 臨時職員再び(1)

 「だめじゃん~」

 「だめだな」

 目の前の盛り土を眺めてふたり同時に同じ結論に達する。移動魔法を駆使して掘った穴に無残な角ウサギの残骸と土を交互に入れ、最後に土で覆ったのだが。

 「あまり深く掘ると水脈を汚すからな」

 「こんなんじゃいくらやっても終わらないよう。やっぱり火魔法のお兄さんを探そう」

 「あとは、肉食の魔物に食べさせるか」

 「どっかにどさって、置いてくるの? 一度にどのくらいの量が処分できるの? 腐って臭わない?」

 「湿原の方に行けば大喰らいの魚がいる。そこに撒いて……」

 「そのお魚食べられる?」

 「食える」

 「じゃ、やめて。お魚食べたい。角ウサギで汚染しないでおいて」

 だめもとで、火魔法の彼に指名依頼を出すことに話が決まる。問題は彼が釣れる報酬だ。

 「空間拡張容器でいいだろう。なんなら、時間凍結をつけてもいい。苦手でも一応移動魔法が使えるんだから、問題なく扱えるだろう」

 ベアもだいぶ自棄ぎみだ。

 「プラス中身だよね」

 「中身?」

 「うん。今はまだ依頼を出さないでおいて、冬になってから新鮮なアケビとかマリブドウとかキノコを詰め合わせる。これで釣れる」

 グッと拳を握り締めるトーコをベアは横目に見た。

 「自分を基準に考えるな」

 「根拠はある。この間の打ち合わせのとき、アケビばっかり三つも食べていた。クリムカゴの焼き加減も絶妙でよく甘みを引き出していた。絶対初めてじゃない。彼はスイーツ男子だと思う」

 「すい……なんだ?」

 「甘いものが好きだってこと」

 その観察眼をもっと他に活かせとベアは言いたい。

 「じゃ、キノコは別にいいんじゃないか」

 「ううん、甘いものに釣られてとは男の子は言いにくいと思う。だからダミーで男の子も好きそうなのを混ぜる」

 トーコは真剣だ。

 「……。まあそちらは任せる」

 「ええー、ベアさんも一緒に考えてよ! 男の子の好きなものってなに? お肉? でも角ウサギはもう見たくないだろうし。モリガエルとか? ベアさん、モリガエルって獲りに行くことある?」

 ダミーでも食べ物なのはやっぱりトーコだ。

 「だったらもうすぐ渡り鳥の猟期だ。欲しかったら自分でも獲っていると思うが」

 「新鮮なお肉が季節じゃないときに、ってとこがポイント」

 本気で長期戦の策を練っているらしい。切実なのだ。渡り鳥は脂の乗った冬場も美味しいのだが、それはいいのだろうか。

 「ベアさん、ヌグイソウがある。少し採っていっていい?」

 大きな葉が脂汚れをふき取るのに使えるヌグイソウは、角ウサギ掃討作戦でも大活躍だった。皮下脂肪の厚い角ウサギですぐに槍や剣の切れ味が鈍るので、戦闘中に拭っては使い捨てられるヌグイソウは重宝したのだ。全部使い切ってしまったので、補充したい。

 ふたりがいるのは、森を抜けた草原だ。角ウサギ掃討作戦直前に薬草を採りに来たところから東へ向って移動している。北西に中央高山地帯を背負い、西に森が広がる。起伏のある草原はどこまでも東に広がり、晩秋の冷たい風が吹いている。

 トーコがヌグイソウの葉を鋏と魔法で一枚一枚切り離して収穫している間に、ベアは草の中に潜む薬草をじっくり探す。

 「トーコ」

 新しい薬草を見つけたので、トーコを呼ぶ。草むらを掻き分けて近づいてくる彼女を追いかけて、ヌグイソウの大きな葉がひらひらと蝶のように舞う。

 「フタイロソウ。種が痛風に効く」

 「ツーフーってなに?」

 「金持ちがかかる関節炎だ。治癒はしないが症状を緩和する。夏、この葱坊主のようなのに青と白の小さな花がびっしりつく。種が熟すと全体が黒っぽくなる。丸ごと採っていい。乱暴に採ると種が落ちるから気をつけろ」

 トーコはメモをしまうと鋏でテニスボール大のポンポンもどきを切り取った。一つの株から三十本近い花茎が伸びてなんだか楽しげな植物だ。黒くなったのを収めた封筒に採集日などを書き込んで、封をあけたままポーチにしまう。ヌグイソウに加えてフタイロソウの種子玉が飛んでくる。ベアは空を見上げてトーコに声をかけた。

 「そろそろ配達の時間じゃないか」

 「はあい、行ってきます。すぐ戻るから~」

 ヘーゲル家の子ども部屋へ転移したトーコは居間と台所を覗いてバベッテがいなかったので、通いで雑用をしにきてくれているおばさんと一緒に朝食の洗い物と食料庫にキノコなどの補充を済ませるとそのまま表へ出た。

 角ウサギを狩れるようになったので、晴れて一人歩き許可が出たのだ。面倒ごとになりそうだったら、とにかく一度ヘーゲル家に転移するように、ヘーゲル医師にもベアにもバベッテにもしつこくしつこく念を押されたけれど、これで自由に行動予定が立てられるし、ヘーゲル医師やベアに送り迎えさせずに済むのが嬉しい。

 すっかり通い慣れた作業所へ角ウサギを配達して戻ると、ベアはまだ草むらにかがんでいた。

 「ただいま! 何かあった?」

 「新しい薬草はない。まだ教えていないのはノマメぐらいだな」

 ベアは腰の高さで生えている草を指した。エンドウマメに似た茶色い鞘がぶら下がっている。

 「種を採るの?」

 「そうだ。薬じゃなくてただの食料だな。乾燥させれば保管が効く。若いのはさやごと食べられる。干してから豆を外そう」

 「もう、だいぶ干乾びているのもあるね」

 「さやだけ見て判断すると、あとで豆にカビが生えて泣きを見るぞ。ちゃんと干せ」

 「うん、わかった。秋は美味しいものがいっぱいだねえ。森を出ちゃうのがちょっと残念だったけど、草原もいいね」

 「あれだけ採っておいてまだ採る気だったのか?」

 「来年のぶんまで採っておけば、来年の同じ時期に、今度は違う場所に心置きなく行けるもの。それに今年は豊作だって皆言ってるってことは、いずれ不作の年もあるって事でしょ? 備えあれば憂いなし!」

 「そういう考え方もあるか」

 ベアはあごを撫でた。なまじ経験のあるベアのほうが無期限保存袋を活用するという発想にならない。トーコは覚えた魔法を最大限活用するつもりだ。

 「まあ、この先にもトーコの好きそうなのがある。そちらも回ろう」

 ベアの言葉どおり、森と違って日当たりのよい草原にはザクロ、リンゴ、ナシなど果樹の類が沢山あった。リンゴに似た果樹だけでもいろんな種類があり、ただ美味しい果物というだけのものから、薬効の高いものまでさまざまだ。どの果実もトーコが知っているものよりも野性味が強くて、たくましい味がした。

 大抵の果樹は熟していたら片端からもいでしまうが、ロウボクだけは実を採らずに利用する。小ぶりのリンゴにしか見えない果実の皮を傷つけると自然に蝋を分泌するので、針で皮をついて一週間ほど放置すると美しい薄紅色の消炎効果のある蝋を簡単に採集できる。誰かが傷をつけておいた実を見かけたが、流れ出した白っぽい蝋が固まって、元の姿からは想像もできないごつごつした物体に変わっていた。

 集中的に採る人の中には、針をびっしり埋め込んだお手製の道具を使う人もいるらしい。俄然トーコはやってみたくなった。誰も手を出していない樹を見つけ、ベアに教えられたとおり、その前に拾っていたクリのイガでぎゅっぎゅ押してみる。

 「このくらいかな?」

 「少し弱いが、まあいいだろう。皮を破るなよ」

 「一週間後が楽しみだなあ。この場所覚えておかなきゃ」

 今回の入域は一応一週間で届けを出しているが、転移魔法があるので一度顔を出してそのままもぐり続けたっていいのだ。トーコなど、角ウサギの配達に毎日ユナグールに戻る。保管のこともあり、結局そのまま押し付けられてしまったのだ。

 秋の味覚狩りに熱中して、嫌な角ウサギのことは忘れるに限る。

 果樹は頻繁に見かける。果物が多いのはトーコには嬉しい。誰かが植えたみたいにたくさんある。草地にはキノコも色々生えている。

 「ベアさん、あそこの地面なんだかへんじゃない? ぼこぼこしてる」

 「イボダケだ。食えるから採っていいぞ」

 「やった。美味しいの?」

 「まあまあだな。生でも食える」

 「絨毯みたいだね」

 「そんな一個ずつ、ちまちま採らずに、山刀でざっくりやれ」

 ベアは高さ十センチにも満たないキノコを地面すれすれに山刀を入れて、採りやすいところだけ採った。

 「土の香りのする茸だね」

 「直土に生えるからかもな。どこかで飯にするか。このあたりは水場が少ない。水が欲しければ南の湿地帯まで行く羽目になる」

 「だからこんなに果物が人に採られないで残ってるの?」

 「単に誰もまだ来ていないからだろう。転移魔法が使えるのでなければ、他の連中がここまで来るのに一週間かかる」

 「あそっか」

 ベアは顎を指先でなでた。どうもトーコには自分ができることは人にもできると思い込む癖がある。特に魔法について顕著だ。

 「あの大きな木はなに? 赤い実がいっぱいなってる」

 「オニザクロだ」

 「さっきのフタゴザクロやワレザクロに比べてずいぶん大きいね」

 どちらも美味しいザクロだ。特にフタゴザクロはひとつの木にびっしりと成るので一本見つけると沢山収穫できる。

 「あれも美味しそう」

 「薬効は薄いがワレザクロのほうが断然美味い。オニザクロは果皮が虫下しの薬になる。樹皮にも同じ効果があるが効能が強いから自己判断で服用するなよ。素人が使うなら、果皮を干してお茶にするまでにしておけ」

 「効果があればいいってもんじゃないのね」

 「今日はまだ見つけていないがクロザクロも同様だ。こちらは止血だが」

 「強い止血効果? じゃあ、角ウサギの掃討作戦前に採りに来れればよかったね」

 「いや、内服用だ。外傷性の出血ならシケツソウのほうがいい」

 「ナイフク?」

 「煎じて飲む。出産後の妊婦とか、下血に効く」

 「ゲケツ?」

 「尿や便に血が混じるような時だ。樹皮の煎じ薬は効果が高くて、その分高値で取引されるが、量を誤ると逆に害になる。絶対素人判断で飲むなよ」

 「うん。果皮のお茶は?」

 「そっちは効果が穏やかだから、大樽で飲むようなことをしなければ大丈夫だ。砕いて乾燥させた果皮は香りがいいから、普通にお茶として飲む。中の実も、種ごと乾燥させてお茶に混ぜるとほどよい酸味がでて疲れたときなんかに美味い」

 「捨てるところのない果実だね。葉っぱも何かに使えたりするの?」

 「葉はとくに聞かないな。沢山実が採れたときには中の小さい実を乾燥させて保存してもいいが、絞って果汁にしても……トーコには関係ないか」

 「関係あるよ。乾燥させておけばいつでもお茶に入れられるし、バベッテにも分けられるし。ジュースはいいな。あとでやっていい?」

 歩きながら話すうちにオニザクロの大木にたどり着いた。トーコは木の天辺近くに陣取ってもぎにかかる。

 「売れるのは果皮だけだから、実は好きにしていい」

 「お茶用に果皮も少し貰っていい?」

 「刻んで乾燥させたら他のと判りにくくなるから気をつけろ。樹皮に比べて穏やかとはいえ薬になるくらいには強い効能があるんだ」

 「じゃ、これも枝と一緒に保管しておこう。えーと、生の丸ごとの実用でしょ、乾燥させた小さい実用でしょ、刻んで乾燥させた実用でしょ、果汁用でしょ、刻んで干した果皮用でしょ、丸ごとの果皮用でしょ」

 トーコは指折り数えた。

 「樹皮は採らないの?」

 「一度採ると次に採集できるまで何年もかかる。だからいつもは依頼が出てから採る。トーコの封筒があるから、少し採っていってもいいんだが。初夏の木が成長しているときのほうが樹皮が浮いて採りやすい。うまく樹皮にだけ刃を入れて剥くようにしてはがすんだ。下手な取り方をすると樹勢がなくなったり、最悪そこから先が枯れる。トーコはまだひとりでやるな」

 「うん。それじゃ今回は樹皮の採集はなしで、っと。実のついた枝をすこし余分に採ってもいい? 観賞用だから無理には言わないけれど」

 「観賞用? なんだ観賞用って」

 「そのまま飾ったり、花瓶に活けたり」

 「食べるんじゃなくて眺めるためってことか? 別に構わんが」

 ベアには理解不能な行動原理である。トーコは大喜びで枝ぶりがどうの、形の悪い実のほうが味があっていいとかわけのわからないはしゃぎ方をしていた。そのあとの他の果樹でも同じように熱心に枝を選んで、採る枝が決まるまで採集を始められないあほっぷりである。

 時々気に入ったのを「リソーテキ!」とか言って見せに来るが、ベアにはさっぱり違いが判らない。ベアは近くで薬草を探したり、トーコが採らないことにしている低いところの果実をもぎながら、トーコが採り終えるのを待った。

 「シズクマメだ。蔓ごと引き下ろして採っていい」

 小ぶりのリンゴに似た木に盛大に絡まる蔓を見てベアが言った。垂れ下がった長い莢の先端がぷっくりふくれている。 

 「これは薬? 食べられるもの?」

 「ハガネフジと一緒で、薬だが食べられる。薬として使うなら、さやが茶色く枯れて、中の種子が黒く熟してから採る。いまの季節だな。もう二ヶ月早ければ、未熟な青豆を莢ごと食べることもできた。大味だからがっかりする必要はないぞ」

 「何に効くの?」

 「貧血に効く。これもこの間あればよかったが、さすがに無理だったな。このあたりの地面が少し赤っぽいだろう。こういう鉄を含んだ土壌でよく繁茂している」

 トーコは蔓ごと丁寧に巻き取って封筒にしまった。

 「しっかりした蔓だね」

 「ひっぱったくらいでは簡単に切れないから、ロープ代わりに使える。ツムギグモの糸には及ばないが、荷物をくくるくらいなら便利だ。莢も後で刃物で切り離したほうがいい」

 木を覆っているシズクマメを除去してあらわれた木から果実を採集する。

 卵を抱えたフキヤムシのメスが活発に獲物を探しているのを朝から何度も見ていたので、昼の休憩は岩場でとる。黒っぽい岩の上で、緑のフキヤムシは目立つ。障壁魔法があっても、なるべくお近づきになりたくない。

 トーコは散々苦労したあげく、結局はベアに火を熾してもらった。

 「そういえば、火の魔法は覚えなかったのか? このところ見る機会があっただろう」

 「さすがに魔力がもったいなくて必要以上の探査魔法は自粛したもの。今度会ったら火魔法のお兄さんに教えてもらえないかな」

 「火種をその封筒に保管すればいいんじゃないか」

 「あそっか。ベアさん、さすが!」

 「扱いには気をつけろよ。オオハリグリのイガをひとつくれ」

 「イガ?」

 トーコは封筒からイガごと拾ったオオハリグリをベアの前に置いた。その名のとおり、普通のイガよりも数は少ないものの長大な針を持つ。テレビで見たなんとかというウニのようだ。

 ベアはその針をナイフと鋏で根本から折り取って、以前トーコが渡した封筒から角ウサギの下味をつけた肉とキノコを刺した。

 「これも焼こう」

 「わ、賢い。さすがベアさん! こうすればフライパンがなくても直火で炙れるね」

 長さ二十センチほどの針なので、充分だ。さっそくトーコは移動魔法で火にかざし始めた。

 「火に近づけすぎだ。それじゃ外はこげて中は生になる。火の上じゃなくて横で、熱で炙る感じでやってみろ」

 「このくらい?」

 「もう少し離せ。イガが燃える。そのくらいでいい」

 お湯が沸くのを待ってベアが茶葉とザクロの実をひとつかみ落とす。

 「生のザクロもお茶になるの?」

 「知らんが、ま、大丈夫だろう」

 適当だが、確かに大丈夫だった。ちょっと甘酸っぱくてフルーティなお茶は体を動かした後に美味しい。バベッテが持たせてくれた芥子がピリッときいたサンドイッチも串焼きも美味しくてお腹がいっぱいになってしまった。

 食後の休憩がてらザクロの実と果皮を分けていると、トーコの探査魔法に大きな魔物がひっかかった。

 「ベアさん、チョウロウクロネコがいる。一頭」

 ベアは岩場の上から草原を見下ろした。

 「多分襲ってこないと思うが、油断はするなよ」

 「うん。ベアさんは、見晴らしがいいからここを休憩場所に選んだの?」

 「このあたりは草丈があるからな。そうでなければ別に高いところを選ぶ必要はない。要は先に気がつければいいんだ」

 トーコは念のため幻惑魔法と消臭魔法をかけなおした。

 「前はよく木の傍で休まなかったっけ?」

 「見通しがよければ、そのほうがいい。少なくとも背中に大木があれば、死角から一直線に襲われるのは避けられる。魔鳥からも身を隠せるしな」

 「魔鳥ってオオヒヨドリみたいなの? それともゲルニーク塩沼で見たような大きいの?」

 「どっちもだ。巨鳥で多いのはダイコクチョウとクロオチョウ」

 「たまに町の上に飛んで来て、警告の鐘がなってる奴だよね」

 「遠くからでも見つけられるから、近づいてくるようなら適当な木の下にはいるといい。地上に降りるのは嫌うから、滑空で攫えなければ大抵諦める。逆に、真上に来るようなら狙われているから、絶対に気を抜くな。一回やってダメなら二度は狙わないから、障壁魔法があれば大抵しのげる」

 草原で危険なのは大型の魔物よりもむしろ、フキヤムシに代表される小型の虫たちだ。そしてそれらの虫を狙う爬虫類や魔鳥。

 やっかいな幻惑の魔法や、音の風魔法を使う魔物も棲息している。

 異性を呼ぶ昆虫の鳴き声を真似て餌をおびき寄せるナキマネトカゲはうっかり前を通ろうものなら噛みつかれる。目の前で動くものを反射的に飲み込もうとするのだ。牙はあまり鋭くないので、簡単に振り払えるが、問題は振り払ったあとで、身を守るために、振動性の攻撃的な風魔法を使うのだ。致死性ではないが、まともに喰らうと、しばらく平衡感覚を失うはめになる。

 サンサネズの好きなオオヒヨドリの中にも似た魔法を使う固体がいるが、あちらは相手を縄張りから追い出すため、ナキマネトカゲは怒らせた格上相手に逃げる時間を稼ぐためなので、なかなか強力なのだ。

 そんな話を聞いている間にチョウロウクロネコは行ってしまった。

 片付けはじめるトーコを見てベアはあごをなでた。めでたく角ウサギを狩れるように、しかも遠距離から安全確実に仕留められるようになったトーコだが狩人の世界には興味がないようだ。今のチョウロウクロネコもおそらく射程圏内だったし、一度に数百羽の角ウサギを仕留めることに比べたらずっと簡単だったはずだ。

 「チョウロウクロネコは仕留めなくて良かったのか」

 「え、チョウロウクロネコって食べられるの?」

 基準はそこか。

 「薬として肉を食べることはある。美味いものじゃないらしいが」

 「なんの薬?」

 「怪我の治りや病気の快癒を早くする滋養強壮薬だな。大型の肉食の魔物の血や肉には力があるんだ。肉は火を通して乾燥させたものが出回ってる。血は血凝に加工した物が高価だ。新鮮な血でないと作れないから難しいらしいが」

 「イェーガーさんのチームならできそうだね」

 「ああ。それもあって、いい値だった」

 ポカの罰としてその分け前には預かっていないトーコは、やらかした記憶がよみがえり思わず首をすくめた。


 「今夜の野営はここにしよう」

 ベアが選んだのは丈高い草むらに囲まれた大木だった。草が多いので煮炊きはできないが、大きく張り出した根が背中を守ってくれ、草が姿を隠してくれる。こちらからの視界も悪いことになるが、そこまで贅沢は言えない。

 草原での野営は元々水場が少ないこともあって、寝場所優先で探すことになる。ベアは大木や大きな岩などで大型の肉食魔物が入ってこれないほど狭い場所を好んで使うが、そんな都合のよい場所はそうそうない。森の中のように通る道が決まっていればまだしも、往復する者が少なく、広大な草原には道などない。だいたいの方向で歩いているだけなのでその都度探すのが殆どだ。

 まだ陽が高いのでその木を見失わない範囲で採集し、草を刈って安全に煮炊きできる場所を作って夕食を作る。鍋を煮る横で今日採れたキノコやムカゴを炙ったり蒸したりする。ベアお得意の何でも入るごった煮で腹が満たされた後は、火事が怖いので、ねぐらに行く前にお風呂の魔法に使った水を念入りに撒く。

 「近くで見ると大きな木だね」

 「クモハライという。クモが寄らないし、巣をかけない木だ。なんでかは判っていない」

 「クモがいるの?」

 まだ陽が落ちきらないうちに寝床を作り、あとは潜り込むだけに準備しておいてから、シズクマメをベルトポーチから取り出す。ふたりがかりで鋏で豆の莢や枯葉を切り離す。手元が見えるうちに済ましてしまいたい。

 「クモなんてどこにでもいる。ツムギグモほど大きいのはめったにいないが。そういえば、ツムギグモもこの草原にいるぞ。例の森ほど木がないからそんなに沢山いるわけじゃないが、たまに巣を見かける」

 「卵は十一月まで採っていいんだっけ。でも、この間いっぱい採っちゃったから探すのはやめておく?」

 「別にいいんじゃないか。草原のツムギグモは森のツムギグモより沢山卵を産むらしい」

 「そうなの?」

 「草原のツムギグモは沢山卵を産まないと生き残れないんじゃないか、と前に虫を専門に獲っている奴から聞いた。長く篭るから、卵は自分で食べるとか言っていたな」

 「虫を専門に獲るひともいるんだ?」

 「成虫だけでなく、卵や幼虫、さなぎなんかも獲る。獲るだけでなく、飼う」

 「虫を飼うの? ミツバチを飼うみたいに?」

 「代表的なのはコハクチュウの幼虫だな。天敵の鳥やクモなんかに食べられないように卵や小さい幼虫のうちに集めて、飼育箱の中に毎日餌の葉を入れてやる。大量の餌を一日で食べつくすから、餌の確保と世話が大変らしい。当然世話している間は魔の領域から出られない」

 「へえ」

 養蜂というより、養蚕っぽいかんじかもしれない。

 「幼虫は餌を食べて背中から琥珀色の分泌液を出す。乾くと固まって直径五ミリ程度の樹脂のようになる。これを集めてギルドに持ち込むんだ」

 「それは薬になるの?」

 「いや、芳香剤だ。たぶん、トーコも町中の神殿なんかで花のような甘い香りを嗅いだことがあるはずだ。高価だがユナグールの神殿にはギルドからの奉納があるから、祈祷日にはよく焚いている」

 祈祷日というのは神殿がまとめて祈祷してくれる奉仕の日で、赤ん坊のためのお祈りだったり、病人のためのお祈りだったり、テーマを設けて無料でご祈祷してくれる日だ。

 「お香なんだ?」

 「練香水とかの需要もあるみたいだが、よく知らん。そのうち嫌でも会うだろうから気になるなら自分で聞いてみるといい」

 「会えるの?」

 「この草原で数少ない壁と屋根のある場所だ。夏の間は彼らはそこに住んでいると言ってもいい。当然、草原で採集する者が安全な寝床を求めて集まる」

 「泊めてくれるの?」

 「彼らを怒らせるようなことをしなけりゃな。俺が知っているのは三つ程度だが。代わりにこちらも手紙や伝言を届けたり、足りない物資を融通したり。もちつもたれつだ。もっとも、安全は安全だが、寝心地がいいわけじゃないから、それは覚悟しておくように」

 「建物が高い木の上にあるとか?」

 「違う。幼虫とその排泄物で酷い臭いだ。それこそ魔物も寄らないほどの」

 「安全ってそういう意味!?」

 トーコは思わず声を高くして慌てて口を押さえた。

 「餌の草は草原中から集めてくるんだが、どうやって道中の安全を確保するかというと」

 「わかった、言わなくていい。なんとなく判ったから!」

 ベアは唇の端で笑った。

 「ギルド構成員にとっては、芳香剤より幼虫の糞のほうがよっぽど利用価値があるんだがな。人気は今ひとつだそうだ」

 「そうでしょうとも!」

 魔物すらよけるって、どれほどの悪臭なんだ。

 「行きたくなくなってきた」

 「そうはいかん。この草原でなにかあったとき駆け込める唯一の場所だ。なるべく顔を出して覚えてもらうんだ。夏になって虫小屋が開いたら真っ先に行くぞ」

 「夏が終わってて良かった~」

 全身で安堵したあと、ふと思いついてトーコは訊ねた。

 「草原には共同野営地はないの?」

 「ない」

 「どうして? こんなに果樹があるんだもの、人が来そうなものじゃない。広すぎるから?」

 「それもあるが、誰もが空間拡張容器持っていたり、時間凍結魔法を使えるわけじゃない。たどり着くだけで一週間というのは、物資の面でも、魔物から身を守る意味でもしんどいんだぞ」

 「そっか。また空間拡張容器の問題か~。ギルドで貸し出す話はどうなったかなあ」

 「俺は嵩張らず腐らない薬草だからまだいいが、大物を狩る腕のいい狩人ほど、荷の運搬能力とギルドへの持込時間に制限がある。仕留めた獲物を売りものになるように持ち帰ってこそ一流なんだ」

 「イェーガーさんのチームみたいに?」

 「そうだ」

 頷いてから釘を刺しておく。なにしろトーコが知っている狩人と言えば彼らくらいだが、あれを普通だと思い込まれては困る。

 「言っておくが、一チームに魔法使いがふたりなんてのは例外中の例外だからな。その上時間凍結魔法なんて反則もいいところだ」

 「え、時間凍結魔法って反則なの?」

 「そのくらいうらやましいという意味だ。妬まれる事だってあるだろうから、うかつに見せびらかせて歩くなよ」

 「う、うん。でも角ウサギを保管していたから皆わかっちゃうかも。アケビとかも出したし」

 「察している奴がいるかもしれんが、確信はないだろう。トーコは氷魔法も使えるからな、単に凍らせて保存していただけと思うかもしれん。余計なこと言って墓穴を掘るな」

 「自信ない……」

 トーコは情けなく眉の端を下げた。

 「果樹にしたって、美味いだけの現地調達食料を採るのはお前くらいのものだから、遠慮せずに採っていいぞ。薬になる果皮や種を採りに来る連中だって、必要な部分だけ採って、果肉なんて捨てるのが当たり前だ」

 「もったいない! でもそっか、持って帰れないもんねえ」

 ベアとていつもならクロザクロを一本見つけたら、一日とどまって、もいでは果皮をはがし、もいでは果皮をはがし、可食部はほとんどそのまま捨てていた。トーコがいると、一本の樹に三十分と留まっていない。

 「手元が見えなくなってきたな。今やっているのでおしまいにしよう」

 「まだ寝なくていいでしょう? さやから外して乾燥させるだけなら見えなくてもできるもの」

 陽が落ちるのが早いだけで、眠くない。ベアの許可が下りたので、トーコはせっせと種を乾燥させ始めた。ベアは蔦部分を丁寧に束ねてすぐ使えるようにしてしまっている。

 「そういえば、鳥をあまり見ないけれど、果実は食べないのかな?」

 「今はまだ虫が豊富だからな。冬になると残った実をつついているのを見かける。鳥で思い出した。どうしてこんなに沢山の果樹がこの草原にあるんだと思う?」

 「分からない。誰かが植えたの?」

 昼間もそんなことを思った。

 「半分正解だ。ユナグールがちっぽけな砦だった頃、この公国が帝国の一地方だった時代に、皇子のひとりが調査隊を率いて<深い森>の探検に乗り出した。食べられるものと食べられないもの、薬効のあるものとそうでないもの、危険な土地や危険な魔物。三十年近い調査が今のユナグールのギルドに受け継がれているわけだ」

 トーコには初めて聞く話だ。

 「ところが、この草原には貴重な動植物や鉱物が沢山あるのに、魔鳥もまた多い場所だった。そこで調査隊は考えた。いざというとき、逃げ込める木陰を作ろう。どうせなら役に立つ樹木がいい。魔の領域の植物は人の領域には根付かないが、魔の領域で育てるには問題ないとその頃にはわかっていたんだ」

 調査隊は薬効の強い樹、味の良い樹を選んで、接木や挿し木で殖やしていった。人の領域にある果樹園のように、大勢の園丁が働いて、毎日世話をした。魔鳥に襲われて命を落とす者も少なくなかったという。

 「しかし調査が始まって三十年後のある日、皇子が不慮の事故で死んでしまう。残された者たちは二派が四派に、四派が八派に分かれて争い、調査のために魔の領域へ入ることもなくなった。世話するもののない果樹園はたちまち荒れ果てて自然に飲み込まれた。しかし、調査隊の育てた沢山の果樹から落ちた種はやがて芽吹き、実生の若木が親木を倒した自然の力に勝って今残っているというわけだ」

 「うわあ。ホントなの!?」

 「史実だ。ついでに言うなら、魔鳥は獲物の取りにくくなった草原から姿を消し、森のチョウロウクロネコが進出するようになった」

 「すごいねえ。これ全部誰かが育てた樹の子孫なんだね」

 感動するトーコにベアは苦笑した。

 たしかに皇子は偉業を成し遂げたが、その意志の強さは時に独善的であり、調査で多くの囚人が使い捨てにされた。魔物に抗する城壁を築くために、未知の領域で安全な場所かどうかを確認するために、魔の領域で果樹の世話をするために、食べられるものであるかどうか確かめるために、薬効があるかどうか調べるために、命を落としたのだ。

 やがては使役する囚人が足りなくなり、たいした罪でもないのにユナグール送りを宣告される人々が増えた。それでも帝国が皇子を支援したのは、魔の領域の貴重な産物の確保が、この地に一国を成り立たせるほどの富をもたらしたからだ。後のバルク公国だ。

 皇子の死の真相については今も多種多様な説がある。

 ユナグールは皇子の功績と、無数の屍の上に立っているのだ。


 トーコはシズクマメをしまい、枯葉を集めて作った即席マットレスの上に寝転がった。クモハライの根の形にぴったり合わせたので寝やすいはずだ。毎晩枯葉のマットレスを作っているのでだいぶ要領もわかってきた。今回は枯葉マットレスを敷く地面が木の根でかなり凹凸があるので、厚みをもたせてみた。逆にもともと平坦だったり、枯葉が多いようなところで厚いマットレスにすると中の枯葉が偏ってかえって寝づらい。

 「冬になる前にマットレス用の落ち葉を確保しておかなきゃ。マットレスにも時間凍結魔法を使えればいいんだけど、カチンコチンになっちゃうからなあ」

 「ユナグールに戻る前に森に行ってやるから、いい加減寝ろ」


 遠慮しなくよいと分かって以来、トーコは他の人に残しておく基準を下げて、だいぶ下のほうの実も採るようになった。もちろん少しは残しておくが、薬になる果樹にあたると残念そうな顔をするほどだ。完全に目的をはき違えている。

 魔の領域での採集は陽があるうちが勝負なので、朝は早いが、終わるのも早い。陽はだいぶ短くなっており、寝床にひっこんでから作業する時間が増えた。

 初めての作業は目で確認し、微調整しながらでないとできなかったけれど、果皮を使うザクロから外した実の乾燥などは暗闇でも問題ない。サジンダケも色々食べ、実験を重ねた結果、今では天日干と大差ない、香りの良いものを作れるようになっていた。やはり慣れないうちは微妙な調整でお日様に負けていたらしい。

 次の晩もトーコは種からとる油が喉に効くというツキリンゴの実を破砕し、種を取り分けてはついでに果汁を絞っていた。こうした作業をしながら、ベアに魔の領域について色々話を聞かせてもらうのが日課になっていた。

 虫の音がうるさいくらいなので、大型の獣が近づけばすぐに判る。

 「果汁を絞った後の絞りかすはどうしよう。お肉を漬けこんで柔らかくなるかどうか試してみたいけれど、まだ沢山あるからなあ」

 「いらないならその辺に捨てて置け」

 「肥料ってこと? それでもいいんだけど、せっかく採ったんだからなんか使い道ないかな。このまま水と砂糖を足してジャムにするとか?」

 「水を足すくらいなら、絞る前の実でやればいいだろう」

 「乾燥させてお菓子に混ぜてみるとか?」

 「菓子なんか作れたのか?」

 「まさか!」

 十度刻みで温度設定のできるファン付オーブンならともかく、直火ではトーコには無理だ。菓子屋というのはかなりの技能職なのである。

 「うーん、すぐには思いつかない。これは暫くお蔵入りだなあ」

 そういいながら封筒を取り出す気配がする。どうあっても捨てるのは嫌らしい。加工はギルドに持ち込むもの優先でやっているが、その中でも勝手にあれこれやっている。

 「ベアさん、これ試食してみて」

 暗闇の中でオオグルミの器が押し付けられた。

 「砕いたツキリンゴの実を乾燥させたの。殆ど水分を抜いちゃったのは砕けやすくなってるから気をつけて。あとはもうちょっと水分を残したのと、半生程度のと。どれも皮付きと皮なしでやってみた」

 「殆ど抜いたのはなんだか食べた気がしないな。あとのは美味しい。皮はなくてもいいが、あったほうが飽きないな」

 「わかった、皮ありを多めにつくっておこっと。次これも試食してみて」

 「……晩飯食った後でよくそんなに食べられるな」

 「食後のデザートだもん。こっちは焼きリンゴもどき。と言っても、単にレンチンしただけだけど」

 「れんちん?」

 「水分子振動系の加熱魔法であっためることをレンチンっていうの。音はしないけど、意味が通じればよし」

 「いや、さっぱりわからんが」

 ベアは続いて押し付けられた器を手探りした。

 「なんだこれは。棒?」

 「ううん、シズクマメのさや。使い捨てのスプーン代わりになりそうだったから。これだけ堅いなら口に入れても大丈夫かなって」

 「……トーコ。お前なんでも溜め込む性格だろう?」

 下宿の靴屋のおかみさんがそうだ。

 「うん。おかあさんも、おばあちゃんも、そう。お父さんとおじいちゃんがよく言ってる」

 「筋金入りというわけか。空間拡張容器があってよかったな」

 「うん! あと探査魔法も。これがあるとどっかいっちゃってもすぐに探せるの」

 「……」

 ベアの皮肉は嬉しそうなトーコの声に跳ね返ってどこかへ転がって行ってしまった。ベアは無駄なことに口を使うのをやめ、器の底から掬ったツキリンゴを口に入れた。

 「干したのより甘いな」

 「でしょでしょ!? 熱々を冷たいバニラアイスにかけて食べてもいいし、もちろん、パンにも! 香りがちょっと物足りないけれど。シナモンとかの香辛料ってなんであんなに高価なんだろ。ツキリンゴだけだと味が単調だから、ヤマブドウの酸っぱかった粒とかも一緒にやってみて……」

 トーコの夢は広がる一方のようである。

 ベアが器とスプーンを返すとトーコはすぐに洗って乾かしてしまう。使い捨てじゃなかったのか、とは聞かないでおいた。にこやかな肯定が返ってきそうな気がした。

 なんにせよ、トーコは魔の領域を楽しんでいる。満喫していると言ってもいい。

 ベアも持てる荷物の量や日持ちに制限があった頃には考えられないくらい、依頼の発生しないものの採集に時間裂いている。薬草採りの能率はふたりのほうが格段にあがるので問題ないが、明らかに採集したものの大半が金銭にならないものばかりである。

 ギルド構成員の活動内容はさまざまだが、トーコは魔の領域をおやつ調達場と見做しつつあるようだ。

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