第10話 臨時職員(3)
翌朝、ギルド前で伝言屋の少年を見かけたので、予約を入れた。角ウサギ三百羽とあとはあちこちに配達、主にサジンダケを届けに行くことになっている。一気に持ち込まれた角ウサギとサジンダケでギルドの地下倉庫は容量オーバーなのだ。
昨夜は角ウサギをしまうスペースがなく、待合スペースに置いてギルドを閉めたほどひどい状況だから、嵩張るものから届けに行くことになった。
朝、ギルドを開ける前に待合スペースを片付けるためにも、配達品を荷造りしてから、魔の領域に入るギルド構成員の申請受付を手伝う。その中にベアはいなかった。サンサネズの実はトーコが持っていたので昨日の終わりに引き渡している。ひょっとして今日にも魔の領域に入ってしまうのではないかと心配していたのだが、とりあえずそうではなさそうだ。
朝の仕事がひと段落したら、伝言屋の少年にあらかじめ告げておいた場所へ案内してもらう。一番の大口である角ウサギ三百羽のところには、サジンダケも届けることになっている。ふたつの加工所は別の場所だが、どちらも屋敷のあった町の西側区域ではなく、北東の地域なので、ギルドからは比較的近くて助かる。そこに向いながら途中で他へも依頼品を届けて署名を貰う。御用聞きはしなかったけれど、以前請けたところからサジンダケの追加注文の申し出があった。
「ギルドに伝えておくから、近いうちに窓口に行ってね」
「ええ!? 前は持ってきてくれたじゃない!」
トーコは思わず首をすくめた。すでにベアの忠告遅く、味をしめてしまっている。これはトーコ以外の人には辛い。配達するのだって特別サービスなのに。
「サジンダケなんてあと何日も採れないんでしょ? こっちもサジンダケの処理で忙しいから行く暇ないのに」
「ごめんね」
依頼人は目に見えて不機嫌になった。
「あ、あの。ギルドに依頼書を出すのは直接行ってもらわなきゃダメなんだけど、わたしが採ってきたので良かったら見てみる? それでよければそちらから買い取り票をギルドに出して……出してもらうのはいつでもいいから」
「いいわよ、別に。見せて」
トーコはポーチを開けた。依頼人の今回の買取数量は二百十キロなので、これくらいなら問題ないだろう。
「ええと、大きさが大中小の三サイズあって」
トーコは見本として店のカウンターに三×三の九個ずつ並べた。依頼人は気のない様子でそれを眺めた。
「ふーん。いくら?」
「えっと」
トーコは慌てて考えた。届けた品は大きさは関係なく、株のもはがれたのもまとめて一キロ八クラン。
「小さいサイズは一キロ八クラン二十タス、中が八クラン五十タス、大が九クラン」
ものすごく適当な値付だ。依頼人は眉間にしわを寄せている。あのごちゃごちゃと同じ価格で売るつもりはないけれど、諦めさせるためにふっかけたと思われるのは困る。トーコはあせった。
「あの、無理にとは言わないので。ギルドで書類は用意しておくから、午後ちょこっとだけ寄ってね。時間かからないようにしておくから」
「中を百キロ、小を二百キロ」
「いいの?」
「今、買取票を書くわ。支払はギルドに?」
つっけんどんな口調だったが、とにかく怒らせずには済んだらしい。トーコはほっとした。買取票に署名して店を出ようとすると呼び止められた。
「あんたはすぐギルドに戻るの?」
「ううん、他にも届けないといけないから」
「へえ、どこまで行くの」
例の大口顧客の作業所というとすぐわかったようだ。
「ああ、あそこ」
「そのあとはまっすぐギルドに戻るけど、何か伝言?」
「別に」
そっけなく店に引っ込んでしまう。トーコは待っていた伝言屋の少年と次の場所に向おうとした。
「今日はなんか変じゃねえ? どうしたんだ?」
「ちょっと、色々失敗やらかしちゃって」
「具合が悪いんならギルドに戻ったら?」
「単に落ち込んじゃってるだけ。気にしないで。さ、次行こう」
彼にはギルドを出るときにも今日はやめたら? と言われてしまっている。しっかりしなきゃ。こんな子ども心配されるようじゃダメだ。
「今日は封筒の店に寄らなくていいのか? ここからなら近いけれど」
「私用は言われた仕事が終わってからにする」
「分かった」
少年に案内された作業所は倉庫か何かだったところを流用したものらしかった。十人くらいのひとが黙々と角ウサギを捌いている。角ウサギを渡して署名をもらうと、すぐ近くにある別の作業所へサジンダケを届けに向かう。そこではサジンダケを選別するひと、慣れた手さばきで素早く裂くひと、裂いたサジンダケを干し網の上に広げているひととさまざまだ。中へ声をかけようとすると、伝言屋の少年が袖を引いた。
「あれ、さっきのひとじゃない?」
振り返ると先ほどトーコのサジンダケを買った依頼人が走ってくるところだった。なにか間違いでもあっただろうか。彼女は息せき切ってくると、前置きもなしに言った。
「中サイズをもう二百キロと大きいの全部もらう」
「えっ!」
「全部」
「そ、それは困る。だってそもそも自分たちで食べる用なんだから」
ベアがそうしていいと言ったのだ。つまり、その程度の価値しかない採集にベアをつき合わせてしまったという事実がトーコの胸に刺さる。
「一キロあたり、もう五十タスずつ出す」
「いや、そういう問題じゃなくてあれは自家消費用だから。わたしひとりのものじゃないし。第一全部って……」
どれだけあると思ってるの? 採っている間はほとんど無意識なので、あとでポーチから出したのを見てベアがあきれるくらいたくさんあるのだが。
「自分のはまだ採りにいけるでしょう?」
なにげない言葉がまたもや胸にぐっさりささる。
「行けない。もう今シーズンは入れないから無理」
「人の店の前で何をもめているんだね」
トーコの背後から覚えのある声がした。落ち着いた、人に命じることに慣れた声音。振り返ると、前にギルド長について訪ねた商人の屋敷の主がいた。
「なんでもない」
「うるさくして、ごめんなさい」
依頼人があごをしゃくった。
「用を済ませてきなよ。待ってるから」
「ええーっ! 待っててもらっても無理なものは無理だから! わたしはチームのを預かっているだけだから!」
さすがにこのしつこさには辟易する。一度譲ると次もまた、となりそうで妥協案も提案しにくい。待っていないで欲しいと思いながら、とにかく配達を済ませにかかる。中の人に声をかけようとすると、なぜか、主人である商人までついてくる。帰るところじゃなかったのかと思いながら、でも彼が先んじて指示してくれたので、引渡しはスムーズで助かった。
受け取りの署名をもらっていると、商人に訊ねられた。
「トラブルかね?」
店前でもめていたことを言っているのだ。
「なんなら、力になろうか?」
トーコが譲れない、といえばすむはずの問題で、他人の力を借りるまでもない問題だ。どんなに力のある商人でも、彼も同じくギルドからサジンダケを買っている以上、意味のある助力は期待できない。
「ありがとう。でも大丈夫だから」
「そのわりにしつこかったようだが」
「……いつから見ていたの」
「ほぼ最初から。嫌でも中まで聞こえたよ」
「あう。うるさくして、ごめんなさい」
トーコはもう一度同じ謝罪を繰り返すことになった。
「何を売れと迫られていたのかは聞かないほうがいいのかね」
「ううん、ただのサジンダケ。急ぎで欲しかったみたい」
「サジンダケ? 今年は豊作だろう。うちもだが、どこも干し場が足りないほどだ。どこか特別な場所に生えるとか?」
「ううん、ユナグールから徒歩で五日の範囲内だもの。手当たりしだい採っていたし、別に普通だと思う」
徒歩五日、と商人が呟いた。
「なぜ君は売らないんだね?」
「自分たちで食べようと思って採った分だから。それをさっき少しだけ譲ったらやっぱりもっと必要だったって。これじゃきりない」
トーコはため息をついた。サジンダケは美味しいけれど、所詮は庶民の食卓にも乗るキノコだから、すごく高価というわけではない。
「まだギルドにも少しなら余分の在庫があるから、午後に来てくれってお願いしたんだけど。面倒くさいのかな」
「そんなことで、彼女がわざわざ追いかけてくるかな?」
「知っているの?」
「狭い町だから、同業はもちろん知っている。彼女が欲しいものが気にならないと言ったら嘘になるね」
「え、だから、サジンダケだけど? ひょっとしてあの人も好物?」
「他に誰の好物なんだ?」
「わたし。でもそれはこのさい関係ないと思う」
「魔法使いにサジンダケ採りを依頼するのはどういう場合だろう」
「別にサジンダケの依頼は請けてないよ。請けたのはサンサネズの実で、サジンダケは自分用についでに採っただけだもん」
トーコはこっそり入り口を覗いた。本当に待っている。ここまで追いかけられると怖い。食べ物の恨みはおそろしい。
「そのサジンダケをわたしに見せてみないか。彼女が何にこだわっているのかが判れば話し合いもできるんじゃないか」
「ただのサジンダケなのに。えーと、あのひとが買ったのはこの中サイズと小サイズ。で、中サイズの追加と、大サイズが欲しいんだって」
商人はトーコのポーチから飛び出て、目の前に飛んできた三株のサジンダケをややのけぞって眺めた。
「サイズ?」
「大雑把に分けただけ」
「それは大きさを分けたという意味かね?」
「他にある? 分けておいたらあとで使うときに便利だし。乾燥させるときにも同じくらいの大きさのほうが同時にやりやすいもの」
「君は面白いことをするね」
「もしかして、この町では大きさ別にしたりしないの?」
トーコはめんくらった。スーパーの野菜が入っているダンボールによくMとかLLとか表示されているんだからそういうものだと思い込んでいた。サイズ別に分けたと言っても、たった三サイズだし。
「少なくともギルドでそこまで対応しないね。我々は状態によって使い道を考えるが」
「それって、自分たちで選別する手間が省けるからちょっと高くても買ってくれたってこと?」
「高く売ったのかね? ちなみにいくらで?」
言うと、軽く首をかしげるようにした。
「なかなか商才があるね。だが、彼女がそこまで執着するかな」
結局彼にもわからないようだ。トーコはあきらめて、入り口で待つ依頼人のところへ出て行くことにした。
「サジンダケを忘れているよ」
サイズ見本のサジンダケを忘れていた。
「よかったら、休憩のときにでも皆さんでどうぞ。生のも炙って塩すると美味しいよ」
忙しいのに下っ端のトーコの相談に乗ってくれようとしたお礼だ。大きいサジンダケを十個ばかりポーチから手近の机に置いて作業所をでる。
待ち構えていた依頼人には根負けして、結局、中サイズと大サイズをそれぞれ二百キロずつ一番最初にトーコが提示した値で売ることで妥協した。その代わり、追加の販売はなしだ。依頼人の店まで戻ってサジンダケを置いてくると、トーコは付き合ってくれた伝言屋の少年を誘って休憩にした。いらぬ時間を食ったのでギルドに戻ってもお昼を食べている時間はなさそうだ。あまり食べると走れなくなるので、お弁当のサンドイッチとお茶を伝言屋の少年と半分こする。
たかがサジンダケでこんなトラブルになるとは想定外だ。
「これ食べたらギルドに戻ろう」
「封筒はいいのか?」
「うん。時間なくなっちゃったから今度にする」
「そんなに時間変わらないと思うけれど」
「封筒は午後寄れるようならお願いするね」
ところがそうはならなかった。ギルドを目指して再び伝言屋の少年の背中を追って走っていたトーコは細い路地の行き止まりにぶつかった。いつも少年はびっくりするような裏道や抜け道を通るので、きっとここもそうだと思っていたのだが、彼は足を止めると顔を伏せるようにして振り返った。
「道、間違えたの? 珍しいね」
「おい」
背中から太い威圧的な声がした。振り返ると、すさんだ雰囲気の大男と、やはり体格のよい禿頭の男が狭い道をふさぐように立っていた。どちらも腕っ節の強そうな、あまりお近づきになりたくない気配で、トーコは思わず後ずさった。
「な、何?」
「その腰のもん寄越せ。有り金も全部置いていけ」
「ええっ! だ、ダメ」
ずい、と男たちが前に出る。ポーチを両手で押さえ、彼らが踏み出した分だけトーコも後ずさった。顔から血の気が引いた。これって、もしやカツアゲとかいうやつ!?
「ど、どどどうしよう!」
少年に助けを求めると、大男が横目で彼を睨んだ。
「いつまでいんだ。とっとと消えろ」
伝言屋の少年はビクリと肩を揺らすと、聞こえるか聞こえないかの小声でごめん、と言った。ほとんど壁に張り付くようにして男たちの脇を通り抜けようとしたところを、禿頭の男が胸倉を掴んで引き上げた。少年の痩せた足が空に浮く。
「いいか、余計なこと外でしゃべりやがったらどうなるか判ってんだろうな」
伝言屋の少年は慌てて何度もうなずいた。禿頭の男が突き飛ばすように手を離し、彼は背中から転んだ。
「あ、危な……」
思わず駆け寄ろうとしたトーコの目の前に太い腕が突き出された。進路を妨害されたトーコはたたらを踏んだ。
「聞こえなかったか、嬢ちゃん。そいつを寄越せって……った!」
大男が勢い良く伸ばした手は自動的に展開した障壁魔法によってはじかれた。思わず目を瞑ったトーコは男の悲鳴と突き指した手を振り回す様子にやっと自分に身を守る魔法があることを思い出した。そうだ、魔の領域で肉食の大型魔物だって相手をするのに慣れたはずなのに、こんなチンピラ相手に負けてたまるか。いくら体格が良くて腕っ節が強くても、爪も牙もない、動きだって遅い人間じゃないか。
トーコは氷の壁で彼らを伝言屋の少年と隔離すると、自分は勢い良く地面を蹴って移動魔法で氷の壁を飛び越えて行き止まりの道を脱出した。
「なんだこれ!」
「まさか、魔法使い!? 聞いてないぞ、そんな話!」
壁の向こうから悲鳴じみた声がする。
「大丈夫? 怪我は?」
尻餅をついたままの少年の前にひざを着くと、彼は呆然とした顔でトーコを見上げた。
「魔法使い……?」
「うん。知らなかったの?」
別に隠していない。というか、あちこちへの配達にポーチに荷物を入れているのだから、当然判ると思っていた。そういうと、少年は気まずげな顔をした。
「たくさん物が入る魔法道具があるのは知ってる。半人前……えっとあんたが魔法使いだと思わなかったから、ギルドのもんだと思ってた」
なるほど。そういえば彼はトーコがお茶やおやつを出すときしかトーコがベルとポーチを使っているのを見ていない。一瞬取り出す間だけしか移動魔法を使っていないので、トーコ自身が魔法を使っているとは認識していなかったようだ。
「それより怪我は? うわ、派手に摺ったねえ」
「こんくらい平気。それよりあいつら」
少年は怯えた目を氷の壁の向こうに向けた。
「放っとこ。氷が解けるまで追いかけてこれないし」
「このままにしておくの? 氷が解けたら出てくる?」
怯えた様子を見てトーコはまた自分の考えの足らなさに赤面した。トーコにとっては通り抜けた災難だけれども、彼はひょっとして彼らとこれからも顔をあわせることがあるかもしれないのだ。彼が脅されてトーコをここにおびき出したのは明白だったのに。
「そうだね、ギルドに報告してちゃんと対応してもらおう。大丈夫、君は悪くない。彼らが逆恨みして何かするようだったら困るしね」
少年は怪我をしている。これは立派な強盗未遂だ。
「先にその怪我治しちゃおう」
トーコが水魔法で傷口を洗って治癒すると少年は目を瞠った。
「凄い。痛くもなんともない。最初から怪我なんてなかったみたいだ」
トーコは少年の手を引いて立たせると、氷の壁を水に戻し、蒸発させた。
「自分でギルドまで歩いてくれる?」
男たちは引きつった顔をした。
「それとも自分で歩くのは嫌?」
重ねて訊ねると男たちはしぶしぶ歩き出した。と、大男が走り出した。
「ええっ! この期に及んで逃げる!?」
トーコが仰天していると、少年が繋いだ手を引っ張った。
「危ない!」
禿頭の男が殴りかかってきていた。トーコは絶句した。彼らが魔法使いでないのは探査魔法で確認済みだ。さっき障壁ではじかれたばかりなのに。氷の壁で逃げ道をふさがれたばかりなのに。
「学習能力なさすぎでしょーっ!」
トーコが叫ぶのと、禿頭の男が障壁に自分から激突するのが同時だった。放っておいても体近くに張っている自動障壁にはじかれただろうが、そんな目の前に暑苦しい顔を寄せて欲しくなかったので一メートルほど先に障壁を張ったのだ。大男のほうは、めんどくさいので角ウサギと同じ要領で首根っこを掴んで引き寄せる。ひっくり返った禿頭の男も同様にして、路地から歩き出す。
「走らなくていいからギルドに戻ろう。なるべく人のいる道を歩こうね」
少年と手を繋いでギルドに向かう。背後でなにか大声でののしっているのがうるさい。
大通りを歩くとみんながこちらを見るのが恥ずかしいが、仕方ない。悪いことをしているわけではないのでなるべく堂々と歩く。後ろの騒音は間に障壁を一枚立てたらだいぶ耳が楽になった。
「魔法使いの姉ちゃん、国境警備隊が来た」
少年がぎゅっと手をひっぱって強張った声で言った。
「ほんとだ。走ってる。何か事件かな?」
「えっ!?」
「えっ、って何?」
少年がもごもご言っている間に、そろいの制服を着た五人組の国境警備隊員が駆け寄ってきた。
「おい、そこの!」
「あ、こんにちわ」
「「「「「ハルトマン隊長の!」」」」」
知っている顔があったので挨拶すると、五人揃って急ブレーキを踏んだ。靴の角度まで一緒。見事だ。日ごろの訓練の賜物だろうか。トーコが感心していると、年長の兵士が咳払いした。
「ちょっと苦情があったもので、そこの詰め所まで来ていただけますか?」
「苦情?」
「ええと、その後ろのお連れさんがですね、あらぬことを大声でわめいていたと通報がありまして」
「あ、うるさかった? ごめんね」
トーコは男たちの頭部を潜水士の被り物のように障壁魔法で覆った。空気穴はあけてあるが、中で大声をあげれば反響して自分に跳ね返ってくる仕組みだ。
「これでいい?」
「そうじゃなくて、喚いている内容がですね」
「内容? 何か言ってた?」
トーコは少年に尋ねた。喧しいのでスルーしてた。バルク語が母国語でないトーコにとっては難しくない。少年はあきれたように、ぼそりと言った。
「ずっと、助けてくれ! 殺される! って喚いていた」
「われわれが到着したときもそう聞こえました」
「失礼しちゃうなあ、もう。話は歩きながらでいい? ギルドに戻って説明しないと。たぶん、この人たちはあとでギルドから国境警備隊に突き出されると思うけれど」
「けっこうです」
年長の兵士が目配せすると、ひとりが詰め所に走っていった。トーコたちには年長の兵士と残り三人がついてきた。道々説明しながらギルドに戻ると、職員用の入り口前でハルトマンが待っていた。その傍には先ほどいなくなった兵士がいた。どうやら彼がご注進に及んだらしい。よく先回りできたなーなどと思っていると。
「なにやってんだお前」
のっけからあきれと説教半々の口調である。
「わたしは何もしてない。巻き込まれたただけ」
「ほう?」
そこでトーコと年長の兵士が事情を説明する。ハルトマンは少年を見た。
「その怪我ってのは? まさか治してないだろうな」
「えっ、どうして? ちゃんと治したよ。って、いたたたた! 痛い、痛いってば!」
「お前ほんと碌なことしないな! せっかくの証拠を消すなんてアホか! ギルドで誰か大人に見て貰うまでそのままにしておけ」
「酷い! かわいそうじゃない!」
「男ならそのくらい我慢させろ! ったく、大人ふたりと子どもふたり、互いの主張しかなかったら、どっちが信用されるかなんて考えてみるまでもないだろ!」
「嘘なんかついてない!」
「知るか。お前らが襲われたのは誰も見ていない。お前らが彼らを引きずってきて、大通りで彼らが助けを求めたのは大勢が見ている。どっちの証言が信憑性があるか角ウサギにでもわかるわ」
「そ、そんな!」
「証拠があれば楽なものを、あいつらの前科探して誰が書類漁りをさせられると思ってるんだ。これであいつらを牢にぶち込めなきゃ、お前はいいが、そっちのガキが報復される羽目になるんだぞ。どうせ今度のことだって、お前がちょろい相手だと思われたんだろ」
「初対面だよ!」
「そこのガキに前にも案内を頼んだことがあるって言っていたな。大方そいつが、『ギルド構成員とも思えない、とろくてびびり屋の奴がいてさー』とかどっかで話したのを聞きつけたんだろ」
少年は目を見開いた。
「すごい、当たってる」
まて、なぜそこでハルトマンを尊敬のまなざしで見る。そして、誰がとろくてびびり屋だ。そりゃ、体力がちょっとばかしないのは認めるけれど。ひとり歩きできないのも認めるけど。角ウサギに凄まれるのは怖いのも認めるけど。
「そこで何をやっているんだ」
ギルドの職員用の出入り口から何故かベアが出てきた。うしろに元狩人のギルド職員もいる。
「あ、ベアさん」
トーコはあせった。またヘマをやったとばれたら、今度こそ破門されるかもしれない。それなのに、ハルトマンはちょうどいいとばかりにそのまま全員を連れてギルドのなかに押し入ってしまう。ならずものふたりはハルトマンの部下に渡して魔法を解除した。ここまでくると、さすがに彼らもおとなしい。倉庫の片隅でギルド側に事情を説明すると、ベアは小さくなっているトーコに顔だけ向けた。
「トーコ、次に同じことがあったら……」
今度こそ破門か。背中に冷や汗をだらだらかいていたトーコは続く言葉に目が点になった。
「氷づけにしていい」
「はい?」
「遠慮はいらない。氷づけにしろ」
ベアからこんな過激な発言を聞くとは思わなかった。
「そうだな、それがいいな」
「ハルトマンさんまで何言ってるの? そんなことしたら死んじゃうよ?」
「死人は喋らん。余計な事情聴取の手間も書類漁りの必要もない。報復の心配もなくて万々歳だ」
「いやいや、それまずいから! その発言、明らかに問題だから!」
「あほか。お前、いつから手加減できるほど強くなったんだ。追い詰められば猫だって水に飛び込むんだ。たとえお前が大丈夫でも、そっちのガキに被害が及ばないとは限らないんだぞ。未熟者は未熟者らしくしっかり自分の身を守ることだけ考えていろ。相手の心配をしてやるなんざおこがましいにもほどがある」
「ハルトマンの言うとおりだ」
ベアまできっぱりと賛同する。伝言屋の少年に大口を叩いておきながら、報復の危機が迫る今、トーコには返す言葉もない。
「……はい。あの、ハルトマンさん、本当にあの人たちが牢屋に入れらなかったら、この子まずいことになるとおもう?」
「それはお前次第だろ」
「わたし次第?」
「これは俺の独り言だ。あいつらを連れて魔の領域に行くとする」
「何言ってるの? 魔の領域には許可証がないと入れないよ?」
「あほかお前! 誰が馬鹿正直に東門を通れと言った。とにかく手段については聞かないでおくが、あいつらを連れて魔の領域の中央高原地帯あたりまで行くとする。そこで質問する。ここから勝手に歩いてユナグールを目指すか、罪を認めて牢屋に入り、こいつやこいつの知り合いに手を出さないでおくのと、どっちを選ぶか?」
「それ、脅しじゃない?」
「独り言にいちいち質問をはさむな。とにかくそういうわけだ。後は俺は知らん」
嫌だな、そんなことしたらあいつらと同じじゃない。そう思ってならず者たちを見ると何故か震え上がって叫んだ。
「認める! 認める! そいつにもう関わらない!」
「この子だけじゃなくて、家族や友達や知り合いとかにも関わらないでほしいんだけど」
「「関わらない!」」
彼らが合唱したところでハルトマンがベアを見やる。関わりたくないのはトーコにだろうが。
「じゃ、そういうことで後はこっちで引き取る」
「手間をかけるな」
ギルド職員にも異論はない。
「そう思うならしっかり教育してくれ。手間賃はサンサネズの実とサジンダケでいいぞ」
「え、ハルトマンさんなんで知ってるの?」
サンサネズの実とサジンダケを採って戻ったのは昨日のことなのに。油断も隙もない。
「今朝、ヘーゲル医師がそんなことを言っていたぞ」
「手間賃は後でトーコに請求してくれ」
ハルトマンたちが出て行き、伝言屋の少年にまた午後の配達の時に来てくれるよう頼んで送り出すと、ベアとふたりだけになってしまった。ギルド職員も上に戻ってしまっている。
「あ、ベアさん、そのサジンダケなんだけれど」
ベアに出された宿題が終わっていないので、話しかけるのは非常に気まずいが、管理を任された以上は内緒にはできない。
「サジンダケ、売ってしまったの。全部で七百キロ」
「構わないと言っている。それとも何かトラブルになったのか?」
「トラブルと言うか……」
「おーい、トーコ、今朝サジンダケを届けた先に、サジンダケを売ったか?」
良すぎるタイミングで依頼人窓口の職員に呼ばれた。その前にいるのは、追加でサジンダケを売った依頼人と、例の大口顧客の商人だ。
「先に向こうを済ませて来い」
「ごめんね、ベアさん。ありがとう」
窓口に駆けつけると、うんざりした顔の職員の頭越しに、依頼人は睨むように、商人が不適な笑みでこちらを見ていた。
「売ったけれど」
「また欲しいってさ」
「それは困る。追加なしの約束で譲ったんだもの。約束が守れないなら返してもらわなきゃ」
すると依頼人が強い口調で言った。
「別にあんたに売ってくれとは言っていない。わたしはギルドに指定の大きさで、折れ欠けのいっさいないサジンダケの依頼を出したいだけだ」
トーコは不思議そうに職員を見た。
「だったら別にいいけれど。なんで呼ばれたの?」
「あのな、大きさ指定はともかく、折れ欠けのいっさいないサジンダケなんていくらなんでも無理だ。ここで選別しても、保管と運ぶのにどれだけ神経使うと思ってるんだ。そしてどれだけ棚のスペースを使って、運搬に人手がかかると」
トーコは気まずいのも忘れてベアのローブを引っ張った。
「そうなの?」
「……そうかもしれんな」
だとしてもベアにもそこにこだわる理由がわからないが。
そこで大口顧客の商人が口を挟んだ。
「わたしはそんな約束していないからね。堂々と指名依頼に来たわけだ。先ほどのと同じ大きさと品質のサジンダケ、あるだけ全部。これから採れるだけ全部。そのまま加工所まで持ってきて欲しい。他の人に運んでもらってもいいが、折れ欠けのあるものは引き取らない」
「そんな依頼は請けない。これは自分で食べる分だし、もうサジンダケのシーズン中に魔の領域には入れないから」
「なぜ入れないんだい」
「わたしの個人的な問題。説明する義務はない」
さすがのトーコも辟易した口調になった。
商人はなるほど、と言い、ギルド職員を見た。
「ギルド長を呼んでくれ。ザカリアスと言ってくれれば判る」
ギルド職員は顔を引きつらせ、トーコの袖を引っ張った。
「請けてしまえよ」
「無理。ここの手伝いだってあるのに!」
「この場合は手伝いより、依頼対応が優先だろうな。どのみち、強制依頼になるぞ。ギルド長が出す。それとも角ウサギ三百羽一ヶ月の取引をパアにするか?」
「横暴だ! そんなの請けない。第一わたしひとりじゃ無理だから!」
「正当な理由があれば、わたしだって考えるよ。むやみに君を困らせるつもりはない。なぜ理由が言えないのかね」
「あなたに関係ないからよ! もう、どうしてこうなっちゃうの!」
トーコは泣きたくなった。するとギルド職員が横から余計なことを言った。
「おい、ベア、トーコの入域禁止解いてやれよ」
トーコはぎょっとした。なんでベアを巻き込むか! きっとにらんだけれど、ギルド職員はトーコのほうなど見てもいなかった。そしてザカリアスはしっかりとギルド職員の発言と視線の先に立つベアを認識した。視線を受けてベアは顎を撫でながら口を開いた。
「弟子の教育に口を出さないでもらいたいんだが」
「もちろん、そんなつもりはない。わたしはただ、商人として、良い品には相応の価値を認める用意があるだけだ。双方にとって悪い話ではないと思うがね」
「あいにく、すでに他の依頼を請けていて遠出する予定だ。今シーズンはあきらめてもらうよりないな」
「行き先が魔の領域なら、道中で採れるんじゃないか。そっちの彼女に譲ったサジンダケも、サンサネズの実を採りに言ったついでだと聞いている。多少時間がかかるくらいならかまわない」
商人もベアものらりくらりと互いの発言をかわし合っているのをトーコははらはらして見ていた。そこへギルド長が出てきた。普段いないことのほうが多いくせに、なぜ今日いるの、とトーコは恨めしくなった。
「ザカリアス殿、ベア、なにか問題でも?」
「ギルド長、先日以来ですね。なに、彼らが採集したサジンダケが良い品だったので、ぜひ譲って欲しいと思いましてね。指名依頼をかけようとしたのですが、断られてしまいまして。途方にくれていたところです」
ギルド長は眉根を寄せてベアを見やった。トーコはひたすら小さくなるしかない。こんなことでベアを矢面に立たせてしまうなんて。弟子失格どころの話じゃない。
「サジンダケ? 君がキノコ採りかね?」
「自分で食べようと採集ついでに採ってきただけで、どのみち明日からひと月ほど遠出になるので、無理だと説明していたところだ」
「一日二日、出発を遅らせるわけにはいかないのかね」
「サジンダケが本格的に胞子を飛ばし始める前に森を抜けてしまいたい」
「こちらとしては枯れてさえいなければ、胞子のとんだサジンダケでも構わないよ。味に変わりはないからね」
「胞子で視界の利かない森に入るなど自殺行為だ」
ベアはそっけなく言った。そのベアに向かってギルド長が奥へ顔を向けてみせた。
「立ち話もなんだ、わたしの部屋へ来てもらおう。君、そちらのおふたりを案内して」
ギルド長は先に立って歩き出した。その後ろにベアが続き、トーコは駆け寄ろうとした。
「べ、ベアさん」
「手伝いに戻れ」
こちらを見ようともせず言葉だけ残して階段を昇って姿を消すベアをトーコは呆然と見送った。勝手なことをして、揉め事を呼び込んだのはトーコなのに、ベアは一言もトーコを言い訳にしたりしなかった。
ベアの拒絶よりも、自分のあまりのふがいなさに涙が零れ落ちた。昨日も泣いたのに、今日もだなんて。袖でを目をごしごしこすっているトーコの前をギルド職員に案内されたザカリアスと依頼人が通り過ぎ、ベアを飲み込んだ階段を昇っていった。
「いずれにせよ、しばらく遠出はしないでくれ」
ギルド長室に入ったとたん、ギルド長が前置きなしに話し始めた。
「先ほど、国境警備隊から連絡が来た。南へ五キロばかり行ったところで、角ウサギが群れで人の領域に侵入した。近く掃討のために軍が派遣されてくる。われわれと国境警備隊も協同して大規模な掃討作戦が実施される。他の地域に角ウサギをあふれさせないために、またしても生贄はユナグールというわけだ」
二十年前、角ウサギが大発生したとき、組織的な駆除活動を始めたとたん、角ウサギの群れが押し寄せた。まるで人と角ウサギの戦争が勃発し、それを察知したかのような動きだった。同族の血の臭いが彼らのなにをたぎらせたのか不明だが、ユナグールの被害は甚大だった。ただしこれにも一点だけ利点があり、角ウサギの移動をある程度統制できるということだ。少なくとも無差別に国中へ出て行かれるよりましだ。
「ハルトマンが来ていたのはその件でか」
古馴染みなのでベアもヘーゲル医師に対するのとは違って言葉遣いに遠慮がない。どちらも二十年前の大発生を経験している。
「知り合いかね」
「彼がヘーゲル医師のところに半年くらい弟子入りしていた時に。俺の弟子ももともとはヘーゲル医師の弟子だから、その縁で」
「ほう。すると彼女は治癒魔法が使えるのかね」
「使える。未熟だが、角ウサギ程度の受傷なら問題ないだろう。おそらくヘーゲル医師のところには彼が国境警備隊からの協力要請に直接出向いているはずだ。あのあたりの治癒魔法使いたちは抑えられたかもしれん」
「……抜け目ない男だ。こちらも救護班の編成を急がんとな」
「ところで、俺は丸ごと乾燥させたものに贈答需要があるくらいにしかサジンダケに詳しくないんだが、有力商人が欲しがる理由があるとすればなんだ」
「知らん。もうひとり、別口の依頼人もいたから、単に質がよかったというだけじゃないのか。まあ、ザカリアスについては、君の弟子と縁がほしいだけかもしれんが」
「なぜ? 彼女は魔法使いとしてもギルド構成員としても半人前以下だ」
「だとしたら魔の領域に何日も篭って採集できる優秀なギルド構成員とでも誤解しているんだろう。向こうは君の事を知らないしな。あとは魔法が魅力的だったか。転移魔法というものを初めて見たよ」
ベアは眉をひそめた。
「なぜそんなことをあんたも彼も知っている」
「先日彼との商談のさい、荷を運んだのが君の弟子だ。帰ると言って突然目の前で消えうせたときは、さすがの彼も驚いていたね。彼女を指導しているのが君と知ったからには、今度はそちらへ擦り寄ってくるかもしれんな。ギルドには大事な大口顧客なんで怒らせない程度にうまく相手しろ」
そこまで話したとき、ギルド職員が依頼人たちを連れてきたので話は切り上げになった。
結局、サジンダケはかなりふっかけてやったものの、採りに行くはめになった。依頼人たちが出て行った後、残って角ウサギ掃討について言葉を取り交わして分かれる。ギルド長室から出ると、最初に指名依頼を持ってきた依頼人たちを相手にしていたギルド職員があわててやってきた。
「ベア、ごめんよ、余計なこと言っちゃって」
「トーコが自分で招いたことだ。こっちこそ忙しいのに騒がして悪かったな」
「そのトーコからこれを預かったんだけど。彼女、午後の配達にもう出たから」
「……まさかひとりで行ったわけじゃないだろうな」
「伝言屋が一緒だと聞いているよ」
なんの解決にもならない。そして、午前中にあんなことがあったのにまたほいほいと出て行くとは。少しは学習しろ。一歩間違えればサジンダケで呑気にべそをかいていられない事態になっていたというのに。
今回、後処理も含めて無事ですんだのは幸運だったからだ。たまたま対応したのがハルトマン配下の兵士で機転をきかせてくれたから、こんな簡単に納まったのだ。これが見知らぬ国境警備隊だったら、面倒この上ないことになっていた。最悪ギルドからの追放だってありえた。
預かりものはいやに可愛らしい巾着だった。中は遮光瓶や封筒の束。
茶色の遮光瓶は明らかに水薬用の薬瓶だった。首に糸が巻いてあり、先にはラベルが下がっていた。
水、熱湯、氷。
「なんだこれは」
封筒には裏には製作年月日と使用期限。表には、「角ウサギ モモ肉 タマネギ塩だれ 百グラム×二十」「角ウサギ モモ肉 香草塩胡椒 百グラム×二十」「角ウサギ 背肉 香草塩胡椒 百グラム×二十」「イシウリ 横半カット×四十」「乾燥サジンダケ 四分の一×百」「タイラダケ 百グラム×五十 汚れはおとしてあるのですぐ使えます」まだまだある。ほとんど食材のようだ。唯一違うのが「薪用枝 百束 乾燥済」。
ベアはため息をついた。こんなものを作っている暇があればちゃんと寝ろ。慣れない魔の領域で野営続き、その後すぐにギルドの手伝いに入って、今日も朝から走り回っている。ベアにとって疲労をためないことは大事だ。自覚がなくても疲れは判断力の低下、ミスを招く。しっかり休むことも大事なのに、本当になにをやっているのだ。
「いや、それは俺か」
ベアにとって当たり前でもトーコにはユナグール、魔の領域の区別なく慣れないことだらけなのだ。多少言葉が喋れるようになったからといって、ベアがあたりまえとして受け取っている事柄を、トーコが同じように受け入れられるはずと思い込むのはベアの傲慢だ。経験しなくては、失敗しなくてはわからないこともある。
それにしても、師匠というのはこういうことまで教えなければならないものだろうか。トーコに魔の領域と魔法について教えてやるつもりではいたが、一般常識までとは想定外だ。これもすべてヘーゲル医師が悪い。そうだ、彼の責任だ。
責任を問うべき相手を見つけ、少しだけ溜飲を下げたベアは行き違いになったときのために、ギルド職員に伝言を頼んでギルドを出た。




