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第10話 臨時職員(2)

 運よく昨日の伝言屋の少年がギルド前でぶらついているのを見つけたので、トーコはすかさず彼に案内の予約を入れた。午前中は三件の依頼品の配達と、昨日サジンダケの注文を出してくれそうな店に行ってサジンダケの収穫は先であることを説明した上で依頼書に署名をもらってきた。試しに、他の配達先でも何か依頼がないか訊いてみたところ、一軒で同じ品の追加注文を貰えた。請けられるかどうかの判断はできないので、帰ってギルドに伝えるだけだが。

 「そして、質問に答えられないんだよねえ」

 昼の出張査定所に向かう途中でトーコはため息をこぼした。他に依頼はない? と訊いて、じゃあ●●はある? と訊かれてもトーコには答えられなかったのだ。営業職への道は厳しい。なる気もないけど。

 「そんなに深く考えることないんじゃないの? トーコは充分役に立ってるわよ」

 東門まで送ってくれる薬草に詳しい女性職員が気軽な口調で言った。

 「荷運びは速いし、角ウサギの査定もここまで任せられるとは思ってなかったし、わたしも鼻が高いわよ」

 「ありがとう。でも、角ウサギの出張査定は今日までだからね」

 トーコはしっかり釘をさした。事あるごとに延長を炊きつけようとする某男性職員がいるので、予防である。

 「あーあ、明日からまた背負いかごいっぱいの角ウサギを見なきゃいけないのか」

 「他に誰か手伝ってもらえばいいじゃない? 角ウサギなんてわたしにできるくらいなんだから、誰でもできるってば。空間拡張の袋がないと出張査定は難しいかもしれないけれど、専用窓口にひとり置くくらい簡単じゃない」

 「そんな都合のいい人、どっかに転がってないかしら」

 「だから、簡単だって。それより、これから発生しそうな依頼を教えて」

 「採集系は教えてあげる。狩りはあなたを引き込んだ彼に聞いて」

 「今、自分はひきこんでない、って主張した?」

 角ウサギの出張査定は繁盛した。トーコも持ち込む側も要領がよくなって、その辺に積み上げた角ウサギを持ち主が戻ってきたのを見つけたら、出向いて査定する。取り違えや、人の山を売ってしまう人がいるのじゃないかと心配したのだけれど、今のところトラブルはない。どうやらみんなでお金を出し合って見張りをひとり雇ったようだ。

 「金額に納得したら署名を」

 「はいよ」

 「ありがとう。今日で出張査定は最終日だから、がんばってね」

 「えっ!」

 最初から三日間だけと言ってあるのに、〆なきゃいつまでたっても皆の口座帳簿に転載されないのに、どうもよく理解していない人が多いみたいだ。トーコは査定のたびにしつこく確認した。明日東門で査定できるものと思って来てみたら誰もいないなんてかわいそうだからだ。それなのになぜかブーイングを食らう。なんでだよ! と詰め寄られても、最初から三日間限定の特別サービスだからとしかいえない。トーコに出来るのはせいぜい「特別」を強調することくらいだ。

 ギルドに戻って大急ぎでお弁当を食べて、午後配達予定の依頼品をポーチに収め、空いた棚に角ウサギを保管し、雑用を片付ける。思ったより角ウサギの持込が増えたので、昼の分は持ち帰ってきていたのだ。胃がこなれてきたところで、配達に出発だ。依頼品は少量高額なものではなく、重くてかさばるけれど金額はさほどでもないものばかりだ。

 薬草に詳しい女性職員と元狩人の男性職員にアンチョコをもらったので、追加依頼も順調だ。近くギルドにきてくれるよう頼んだ。御用聞きも半端にしかできないトーコだが、休憩はしっかりとった。文字どおり走り回るので、休まないと保たない。今日のおやつはふかしたクリムカゴだ。濃い黄色の実がホクホクとして、塩を振ると甘みが引き立つ。伝言屋の少年と指をやけどしながらほおばる。

 「魔の領域ってうまいものがあるんだな」

 「うん、中に入らないと知らない美味しいものって結構あるみたいだよ」

 このクリムカゴも簡単に採集できるけれど、依頼はあまりない。あっても魅力的な金額ではない。キノコやアケビなど秋の味覚は美味しいが、依頼としてはあまりおいしくないのが実情のようだ。庶民の食卓に乗るのだから、当然だ。はっきり言ってアケビを百個、二百個とってもツムギグモの捕獲糸一個分にもならないのだから、依頼のためにわざわざ行くというよりも、他の依頼のついでにやるのでなければ割に合わない。

 「俺も十五になったら、ギルドに入るんだ」

 「どんなギルド構成員を目指しているの?」

 「もちろん、狩人! でも、こういうのも、採る。あと角ウサギ。自分で獲れたらタダで肉が食べられる。この間、荷物運ぶのを手伝ってやったら、値がつかないからってくれたんだけど、凄く美味かった」

 「角ウサギ、美味しいもんね。わたしは狩れないけれど」

 「え、角ウサギ狩れないの? ギルド構成員なのに?」

 「採集専門だもん」

 「半人前だから使い走りさせられてんの?」

 「違う! これは半分人助け!」

 午後の依頼品の配達を終えて、ギルドに戻り、職員に見てもらって依頼書を作成して、あわただしく出張査定所へ行く。すると東門のところでベアとすれ違った。

 「こんな時間にどこへ行くんだ」

 「そこで角ウサギの査定をしているの」

 「査定? まさかトーコがするのじゃないだろうな」

 ベアは眉をひそめてなじみのギルド職員をみやった。

 「もちろん、彼女だ。なに、角ウサギだけだから、問題ない。持ち込みは強制じゃないし、今の所評判もいいんだよ」

 元狩人の職員はやや言い訳がましい口調になった。ベアは穏やかに、だがきっぱりと言った。

 「査定はさせない約束だ」

 そしてトーコを見る。

 「門からどんなに近くても、そこは人の領域じゃない」

 「ごめんなさい」

 「あー、過保護じゃないか? 彼女も一応ギルド構成員だ」

 ベアは片眉をあげた。

 「トーコ、角ウサギは狩れるようになったか?」

 「えっと。無理」

 さすがにギルド職員も沈黙した。このうえトーコをここに置いてギルドへ戻るつもりだとは言い出せない彼であった。

 「皆待ってるし、先に査定してしまおう。話はそれからで」

 苦しく逃げたギルド職員はそそくさとトーコと査定に入った。ベアはその光景を見て目眩がした。色々な意味でありえない査定風景だ。こんなの初めて見る。が、持ち込んでいる方は珍しがるでもなく、平然としたものだ。その様子からこれが初めてでないことをベアは察した。

 「いつからやらせている」

 ベアは職員を捕まえて訊ねた。

 「一昨日からだ。今日が最終日だよ。早くて評判いいんだけど、次は……」

 「次はない」

 ベアは断言した。ギルド職員は未練がましくぶちぶち言っていたが、ベアは黙殺し、トーコに声をかける。

 「ハルトマンは知っているのか?」

 「うん」

 知っているというか、知られた。そして昼と夕方に怪我人を送り込んでくる。といっても、兵士たちも角ウサギ狩りに慣れたのか、最初の頃に比べたら微々たる人数だ。角ウサギ狩りをしているギルド構成員にも治癒魔法はサービスしているので、たいした手間ではない。

 「盛況だな」

 出張査定の終了時刻間際、ギルドへ行っていたベアが再び東門から姿を見せた。荷車に山と詰まれた角ウサギ入りの麻袋を見上げている。

 「でも、目標買取数には足りないの。毎日三百羽買ってくれる大口のお客さんができたんだけど、これだと雨の日の納品数が足りるか心配」

 終了時刻になったので、店じまいを始める。人のいない角ウサギの山については、勝手に査定し回収、あとで申し出るよう、ギルド職員がその場にメモを刺していた。荷物が綺麗にトーコのポーチに収まるのを見てベアはため息をこらえた。これだけの荷が入る空間拡張容器を持っています、と大声で言いふらしているようなものだ。高価な品を子どもが持っていると知ればよからぬことを考える人間が出てくるものだ。魔法のない国から来たトーコはどうも魔法に対する認識が甘い。どこかで一度話しておくべきか。

 師匠の気苦労も知らずに、トーコはメモを引っ張りだして報告した。

 「この間採ってきたキノコとかはだいたい、ギルドで引き取ってもらえたよ。クリムカゴとコグルミはまだキロ単位で残っているけれど、これはまた依頼を見つけたら都度引き渡せばいい? 一キロないキノコとかはどうする? 少し価格が落ちるけれど、引き取ってもらう? わたしもちょこちょこ食べちゃったりもしてるんだけど」

 「なんだ、全部自分で食べるつもりじゃなかったのか」

 「ふたりで採ったのに、そんな酷いことしないよ! 食べちゃったのも一キロに満たないのだから!」

 「それは悪かった」

 「あー、アケビは十個以上食べちゃったけど」

 ベアはメモをめくった。いつ何をどのくらいいくらで引き取ってもらったか丁寧に書いてある。金額的にはまあ、こんなものだろう。トーコが魔法を駆使して大量採取しているからこそ、塵も積もればなんとやらだが、まめに掲示板をチェックしていちいち持ち込む労力のほうがもったいない。ご苦労さん、と胸の内だけで呟く。

 「残りは食べるなり小遣いにするなり好きにしていい」

 「本当? わーい。あのね、バベッテ姉さんが作ってくれたシロスジダケとタイラダケと角ウサギの炒め物がとっても美味しくてね……」

 「タイラダケはシンプルに焼いて塩が一番だよ」

 ギルドまでの道すがら、キノコの食べ方についてトーコと元狩人のギルド職員が賑々しく議論を交わし、ベアは時折口を挟みながらついていった。ギルドへ戻るとカウンターの中へ駆け込むふたりを見送ってベアは掲示板の前に立った。新しく増えた依頼を確認していると、角ウサギが大豊作だからか、サンサネズの実がふたつもあった。先日持ち帰った分はあの後すぐにアニに掻っ攫われたが、ギルド経由でまだ残っているなら買い取りたいという申し出もあったのだ。ベアが自分で採ったのを渡したら、トーコが魔法で取った実を期待していた相手ががっかりしていたと言われてしまった。転移魔法をあてにしてよいなら、道中で角ウサギを狩っても、三日の道程だ。ベアは依頼書を取って窓口に向った。

 「サンサネズの実を採りにいくのかい」

 「え、サンサネズの実?」

 書類箱をかき回していたトーコが手をとめて飛びついた。

 「ベアさん、サンサネズの実を採りにいくの?」

 「ああ。行くか?」

 「行く!」

 飛び上がって喜ぶトーコと対照的にカウンターの中からいっせいに不満があがる。

 「勝手に抜けられちゃ困るよ! 角ウサギどうするんだよ」

 「荷物運びだってしてもらわなきゃ」

 「依頼品の配達も。依頼書に署名だって貰ってきてくれないと」

 「角ウサギも狩る。荷物運びは誰でもいいから強制依頼しろ。配達ってなんだ」

 ベアの言葉にいっせいに反論がかえった。

 「狩らなくていいから査定と運搬してくれ。毎日四百羽だぜ。焼却処分だって毎日あるんだ」

 「腕力も必要だけど、依頼品は丁寧に扱ってもらわないと。それに毎日三百羽もの角ウサギを届けなきゃならないんだよ!」

 「嵩張る依頼品をなかなか引取りに来ない顧客に届けて代金を貰って棚を開けてもらわなきゃ。百歩譲って新しい依頼は取ってこなくていいからさ!」

 悲痛な合唱にベアは眉間にしわを刻んだ。トーコになにをやってるんだと言いたい。ただの雑用係じゃなかったのか。確かに角ウサギ四百なんてだれも面倒見たくないだろうが。

 ベアが譲りそうな気配を察して、トーコは必死で彼のローブを掴んだ。

 「最初に二日に一度、気が向いたときだけでいいって約束だもん! わたしもお休み欲しい!」

 「誰だそんなこと言った奴」

 「あなたでしょ。まったく余計なことを」

 「それなのに、毎日毎日働いてるの。昨日も今日も何キロも走らされるし」

 「何キロ? なんで走るんだ」

 「依頼品を届けるのに。伝言屋の子が道案内してくれるんだけど、これ以上増やされたら足が磨り減っちゃう!」

 「伝言屋の子? まさかひとりで行っているわけじゃないだろうな」

 「ひとりじゃないよ。その子が案内してくれるもの。ひとりで出歩かないってヘーゲル医師と約束してるもの」

 「ちなみに歳は」

 「十一歳」

 「そんなの頭数に入るか! ヘーゲル医師に知られたら、俺が首を絞められる。明日は門が開くと同時に出る。一週間くらい入るから、そのつもりで準備するように」

 「わーい」

 「「「鬼! 悪魔! 人でなし!」」」

 ベアは本当に頭痛がしてきた。お前ら今まで自分でなんとかしてきただろうに。人のローブをみんなして引っ張るな。角ウサギの査定が今日で終わりと勘違いしたギルド構成員が騒ぎだし、怒号が飛び交うギルドからやっとのことで逃げ出した。

 

 あいにくの雨模様とは対照的に、すがすがしいほどの笑顔でトーコはヘーゲル家から飛び出てきた。いざとなれば魔物をトーコに氷漬けにさせるつもりで、以前帰ってきたルートを逆に行くことにする。前回は共同野営地を通ったが、当初どおりの人の少ない道を通るつもりだ。

 浅い領域では目視で見つけたもの以外の採集を禁じ、草原を歩きながら、トーコの探査魔法に引っかかった角ウサギを集中的に狩る。トーコが見つけて移動魔法で引き寄せ、ベアがナイフでとどめを刺す。獲物はすぐにトーコのベルトポーチへ飛んでいって収まる。

 「なるほど、これは作業だ」

 ベアは納得した。これでトーコが自分で仕留められるようになればいいのだが、まだ難しいようだ。

 以前来た時から一ヶ月経っている。前回採れた果実などはなく、別のものが採集できるようになっていた。定期的に目の前に飛んでくる角ウサギをしとめながらやがて森に入る。引き続き角ウサギを狩りながら、薬草を探す。

 「時間凍結魔法とは便利なものだな」

 依頼のあるなしに関らずとりあえず採っておき、依頼が出たら袋から出せばいいというトーコの主張に従い、見つけたら採集する。

 トーコは袋ではなく、障壁魔法で内側をコーティングした封筒に吸い込みと空間拡張と時間凍結を施したものを大量に持ってきていた。採集物をぺったんこの封筒に収め、なにがいつどこで採れたものか直接封筒に書き込んでいる。

 「寝る前に魔力を空にするためにも作っていたの。使い捨てだけど、結晶石がなくても一年くらい保つよ。整理しやすいし、中身がわかりやすいの」

 ベアも小さい封筒を十枚ほどと、それらを入れておく大きい封筒を貰った。大きい封筒にだけ維持魔力を注げば、中の小さい封筒は時間を再凍結されるので、出し入れしている時間を除けばほぼ無限に保てる仕組みだ。魔力に物を言わせた力技だが、これなら結晶石がなくても充分使える。ベアにはペラペラの紙の封筒に空間拡張を施して容器にする発想がなかったが、おかしな障壁魔法がここでも活躍している。

 ベアに褒められてトーコはすっかり浮かれている。

 「依頼品を届ける途中に封筒の品揃えのいいお店を見つけて思いついたの。ユナグールに戻ったらまた作るから、封筒の大きさとか、中身のサイズとか、時間とか、どんどんリクエストしてね!」

 ナナメギゴケをそっとはがして封筒に収めたトーコがふと上を見上げた。

 「ベアさん、キノコがある。なんだかさかさまにはえているみたいだけど。あれは?」

 「サカサダケ。食べられない」

 「残念」

 「だが、薬になる。乾燥させて煎じたものを解熱剤として使う。これはまだ小さい。雨も降っているし、あと二三日すれば傘が開いて採集できる」

 「帰りにも通るならちょうど良かったのにね」

 「心配しなくても、キノコなんかこれから嫌というほど採れるようになる」

 「あの蔓はクリムカゴかな? まだ小さいみたい」

 「クリムカゴじゃない。ナガムカゴだ。ムカゴは種類が多い」

 「あ、ほんとムカゴが丸くなくて長いんだ。変な形。これで色が緑だったら小さいゴーヤーだな。これも食べられる?」

 「食べられる。葉の形がクリムカゴより少し細めだろう」

 「この蔓採ってもいい?」

 「かまわんが、どうするつもりだ」

 ムカゴは触れば簡単に採れる。高いところのムカゴを取るために、普通は蔓を引き卸すが、トーコは障壁魔法と移動魔法で取ってしまう。

 「蔓と葉っぱも一緒に封筒に入れておこうと思って。そうしたら、今度見つけたときに見比べられるし、なんのムカゴが判りやすいでしょ」

 「なるほど」

 肉食の魔物とは二度ほど行き会ったが、全て氷の壁でトーコが隔離し、溶ける前にその場から充分な距離を稼いだ。天気が悪いので暗くなるのも早い。しとしとそぼ降る雨から飲み水を集めて直接お湯にし、途中で採集したキノコをベアが捌いた角ウサギと干したアカメソウの実と一緒に煮て、ナガムカゴとクリムカゴはトーコが電子レンジの魔法で手早く加熱し夕食にする。食べ比べると、ナガムカゴはメークイン、クリムカゴは男爵イモのように食感からして違う。

 キノコの鍋は大量に作って、あとでまた食べる予定である。何しろ肥えた角ウサギの肉は一度で食べられる量ではない。ベアは二羽捌き、今夜食べる分以外はヤネの葉に包んで時間凍結魔法のかかっていないところへしまわせた。

 少し迷ったものの、前回使った安全なねぐらまでトーコはちゃんと行けた。

 「雨も吹き込まないで、乾いてる。やっぱりいい寝床は大切だね」

 湿った薪しか手に入らない時にどう火を熾すか一応教えたが、乾いていても難儀するトーコには難しい課題だ。安全な飲み水のためだけなら火を熾す必要がないのでなおさら必死にもなれないのも一因だとは思うが。

 翌朝は晴れた。たっぷりと水分を含んだ森は濃い霧を吐いたが、日の光が明るい。

 「トーコ、ご所望の品があったぞ」

 「ショモー?」

 「サジンダケだ。欲しがっていただろう」

 「これがサジンダケ? こんなに大きいの?」

 「これはまだ小さい。そうか、はがして干したのしか見たことがないんだな」

 「うん。このひだをはがしていたのか。全然違うキノコみたい」

 「そのほうが早く乾燥するし、使いやすいからな。丸のまま干したのもないわけじゃないが、虫がつかないように完全に網に入れなきゃならんし、時間がかかる。でまわっているのは大抵はがしているな」

 「大きいと水で戻すのも大変そうだもんね」

 「だが美味いらしいぞ」

 「そうなの? やってみてもいい?」

 「気の済むまでやればいい。サジンダケなんぞ、時期には生える場所を選ばない無節操なキノコだ。根こそぎにしたって全くかまわん。一晩で元通りだ。ついでにムカゴもアケビも山葡萄も魔法で採っていいぞ」

 「いいの?」

 「このあたりまでくれば、他に人もあまりいない。ほどほどにしておけば、まあいいだろう」

 「やったー。あ、ここにもサジンダケ見っけ。うわ、すごい沢山ある!」

 両手でそっと株を包んで引っ張る。

 「中々採れない」

 「まっすぐじゃなく、傾けるようにすると裂けて簡単に採れる」

 「あ、ほんとだ。簡単」

 トーコは早速封筒を出してサジンダケ、日付、採れた場所を記入している。他の既にとったものにも日付を書き足す。

 「ベアさん、ハガネフジがある。けっこう大きいよ。これはどのくらい採っていいの?」

 「五分の一残しておけばいいだろう」

 「ベアさん、向うに黄色いぶどうがある。ちょっと感じが違うけれどやまぶどうの仲間?」

 ベアは歩いてきた道を外れ、トーコの示したぶどうを見上げた。人の背丈ほどの、つる植物が絡まりあって塊になっている。

 「いいものを見つけたな。マリブドウだ」

 ベアが一粒とって口に入れたのでトーコも真似した。

 「甘い! お砂糖舐めてるみたい」

 「干すと本当に砂糖の塊のようになる。春先の若い蔓芽は食べられる。夏に勢いのある葉を採って干したものに薬効がある」

 「実も薬になるの?」

 「疲れたときにいいとか聞くが、単に甘いからかもしれんな。葉は依頼が出るが、実はあまり見ない」

 「採ってもいい?」

 「五分の一位残しておけばいい。棘があるから気をつけろよ」

 「蔓も少し貰っていいかな」

 「かまわん」

 収穫物を収め、トーコはベアに手のひらを差し出した。小さく縮んでしわになったマリブドウだ。

 「試しに二粒だけ干してみた。わ、砂糖の結晶みたいに口の中でじゃりじゃりする。本当にお砂糖代わりになりそう」

 「それには相当数がいるな。マリブドウに絡まっているのがカラカラマメ」

 「この細い蔓?」

 「そうだ。もう少しして蔓も枯れると中の豆が熟してカラカラいうようになったら採集できる」

 「薬? 食べ物?」

 「食べられないこともないが、薬として豆も莢もいい値で売れる」

 「ちょっぴり蔓ごと貰ってもいい?」

 「いいが、採るときには葉も蔓も枯れてあまり参考にはならないかもな。風のある日に音を頼りに探すと早い」

 せっせとメモをとるトーコの元にサジンダケが飛んできてはポーチに吸い込まれていく。トーコはベアに質問するのとメモをとるのに忙しく、まるで注意を払っていないようなのが尚不思議だった。一度訊ねてみたが、トーコにはおしゃべりしながら足元の小石をよけて歩くのと同じ程度のことでしかなく、何が不思議なのかすらわかっていないようだった。

 薬草の採取もトーコがいると見つけるのが早い。特に下草のさらに下に隠れるように育つ、カゲソウはかがんで下草の下を覗いていかなくてはならないので探すのが大変だが、もちろんトーコには関係ない。薬効のある根が深く、さすがに移動魔法でちぎってくるわけには行かないので、こればかりは膝を突いて掘り出す。一度立派なのをトーコが転移魔法で取り出したが、根がベアの背丈ほども伸びていた。

 「これくらい大きくなるなら、あまり短いのは掘らないほうがいいよね」

 「そうだな、一メートルに満たないのは残しておこう」

 「一メートルくらいならちらほらあるよ。これもウズラソウみたいに成長に時間がかかる植物?」

 「そうだ、三十センチに育つまでに二年かかる」

 「大きいほうがよい値がついたりする?」

 「当然だ。長さが倍なら、金額が三倍だと思っておけばいい」

 「だったら、採るのは一.五メートル以上にしようよ。このくらいの距離ならいつでも採りに来れるし」

 ベアは目の前に飛んできた角ウサギを仕留めた。十歩歩くごとに一羽のペースで、全くきりがない。トーコは半径二十メートル以内でしか角ウサギは探索していないというが、昨日一日狩ったあとなので、右腕がだるい。

 午後になるとサジンダケも目に見えて増えてきた。木の幹だろうが、枯葉の上だろうがおかまいなしなので、トーコが採らなければ、踏んで歩くこともしばしばだ。

 「サジンダケって本当にあっという間に生えるんだね」

 「なくなるときもあっという間だが」

 「人や魔物に食べられたて?」

 「それもあるが、いっせいに胞子を飛ばして一週間もすれば見なくなる」

 「それって、他のキノコより魔力が多いのと関係あるのかな」

 ベアはまた次の角ウサギをしとめながら訊ね返した。

 「魔力が多い?」

 「うん。シロスジダケやサカサダケよりずっと多い。だから見つけるのは簡単、というか押し付けがましいくらい。十キロ単位で依頼がでていたのは一度にたくさん採れるからなんだね。キノコの単位じゃないって思ったけれど、妥当だね」

 そしてトーコはギルドに持ち込む気らしい。彼女のポーチに流れるようにサジンダケが集まってくる。もはやポーチの蓋は開きっぱなしだ。

 森を抜けて草地に出てからは角ウサギを入れる封筒を増やした。ユナグール周辺の角ウサギとは少し形が違うし、なによりアカメソウを食べていない。角で簡単に見分けがつくので、それぞれに格納していく。

 ナガクサの群生地ではあちこちでナガクサネズミの巣を見かけた。木の実が多いこの時期に一生懸命蓄えているのだろう。

 「今のところ冬は例年通りだな」

 巣の高さを見たベアが言う。ナガクサネズミは降雪が多いと巣を高くする習性があるのだ。ナガクサの繁みは歩きにくいし、視界は悪いけれど、たまにはいいものを隠している。

 「ナガクサカズラ。熟して実が割れると薬効のある種を採集できる。これもあと一週間くらいしたら採れそうだ」

 黄色い実をぶどうの房のように連ねた蔓草はなぜかナガクサのあるところにしか生えていないのだそうだ。今回は見送りだが、簡単に採集できるし、魔物からの受傷に効くので、狩人のチームが季節には採りに来るそうだ。もちろん、ギルドへ持ち込んでもいい値がつく。

 「イシウリだ」

 草地の一部を大きな葉が覆っている。太い蔓の先には濃緑色の楕円の実がついている。ベアはたたいてみて、ひとつを山刀で切り取った。ずっしりと重い。

 「ひょっとしてカボチャ!?」

 スーパーで売っているのより小さいが、片手で持てないくらいには大きい。

 「時間凍結の封筒には入れるな。このまま寝かせて年代わりのころには美味くなる。そのままでも冬中保つ」

 「わー、ほんとにカボチャだ。冬至に食べたりしないの?」

 「冬至? ないな。冬至には五種粥を食べるが」

 「どんなの?」

 「五種類の雑穀を入れた粥だ。大麦とソバと、あとはなんだったかな。バベッテなら知っているんじゃないか」

 帰ったら料理上手のヘーゲル家の四女に聞くべくメモをする。

 トーコも山刀で採ろうとしてみたが、固くて苦戦する。さっさとあきらめて、小さな風の刃で切り離す。

 「トーコ、その魔法で魔物が倒せるんじゃないか」

 今日も二頭の大型肉食魔物を氷の壁で隔離してきたトーコである。一頭倒すことができれば、いい値になる。それこそサジンダケ百キロ採るよりずっと高値だ。

 「無理だよ。あんな大きな刃には怖くてできない。わたしは精々このくらいの大きさで使ってる」

 親指と人先指をめいっぱい広げた長さを手で作る。

 「でもこの魔法があると、お料理には便利だよ」

 「だったらイシウリが切れるか試してみるんだな。皮が固くて、下手な刃の入れ方をすると、刃こぼれする」

 「もう食べていいの?」

 「味は落ちるが、夏ごろから食えるは食える。鍋にでも入れるか」

 ちょっと手で葉をかきわければごろごろと実が出てくるので探査魔法を使うまでもない。形の良さそうなのを選んで採る。ひねくれた格好の実もあれば、綺麗な楕円のもあり、結構楽しい。重いので現地調達食料扱いだからというのを差引いてもずいぶん実がある。聞けば皮が厚くて食べるところは見た目より少ないらしい。これから山のぼりだろうが、空間拡張容器があれば重量を気にしなくていいので、ベアもどんどん自分のポーチに入れている。よく見ると草地のあちこちにイシウリがもっさり茂っている。

 採ったイシウリはベアの提案どおりさっそく夕食の鍋に入れられた。ベアの野営料理は大抵鍋でなんでも煮てしまうか、直火で炙るだけだ。一緒に角ウサギの調査に行った女狩人のリーネはうまく蒸し焼きなど作っていたけれど、今思えば彼女は料理にマメなタイプだった。あの蒸し焼きは美味しかった。今度ちゃんとヤネの葉を持って帰って練習しよう。

 イシウリはトーコの風魔法でちゃんと半分に割ることができた。固い固いと言うので思い切りスパッとやったのが良かったかもしれない。その下の石まですっぱり割れて、ベアにはやりすぎだと言われたけれど。

 横真っ二つにしたイシウリの中身をスプーンでくり抜いて鍋に入れる。鮮やかなオレンジ色が食欲をそそる。中身のなくなったイシウリの皮のほうはそのまま使い捨ての器になった。ずっと手に持っているには重量のある器なので、ベアが底を削って安定よくおけるようにしてくれた。

 「鍋は体が温まっていいなあ。やっぱり冬は鍋だよね!」

 「冬はまだ先だ」

 「ここの気温はもう冬だからいいの。ベアさんは冬も魔の領域に入るの?」

 前回サンサネズの実を採りに行ったとき当然のように冬も入る口ぶりだったが、ギルドで小耳に挟んだところでは冬、特に雪が降ると動きにくくなるので春になるまで町で骨休みするギルド構成員は多いということだった。活動する人間が減ればギルドの仕事も減る。今が一番忙しく、それもあってトーコにお声がかかった。

 「冬にしかないものもある」

 「冬の野営って大変?」

 「寒いのは確かだな。だが、危険な昆虫類はほとんどいないし、肉食獣の動きも限られているから警戒は楽だ。雪が降ると薪の調達は苦労するが、雪に穴を掘ってどこででも野営できる。沼地も凍れば楽に渡れるようになるしな」

 「そういえば、沼地に来る水鳥の依頼がもうすぐ来るって言っていた」

 「湿地帯に水鳥の大群がやってくるんだ。一斉に飛ぶと、空が暗くなるほどだ」

 「どうやって捕まえるの?」

 「弓で取ったり、罠を仕掛けたり、網を投げたり。解禁日にはギルド構成員で湿地も大賑わいだ。この時期だけ人手を集めて追い込み猟をしたりな。肉はうまいし、風きり羽はペンや飾りに、羽毛は寝具や服にと嘴以外捨てるところがないというくらいだ」

 「ベアさんはどうやって獲るの?」

 「移動魔法とナイフだな。俺の場合はタイミングがあえば晩飯用にというくらいで、獲るとしても移動中、ユナグールとは反対側でだな」

 「羽根布団があったら冬の野営も過ごしやすそう! 人がいっぱい行くんでしょ? その時だけ魔の領域に入っちゃダメ?」

 「誰と、どういうやり方で獲るつもりかによる。……考えておこう」

 ベアもたびたびトーコを連れて行ってやれるほどユナグールにいるわけではない。今はヘーゲル医師に頼まれたトーコの事があるので、マメにユナグールに戻ってきているが、ずっとというわけには行かない。トーコのギルドの手伝いも繁忙期の今だけだ。入域できないというのはすなわち収入の道がないわけで、さすがに厳しい。

 「秤が欲しいなあ」

 「秤なんてどうするんだ」

 「採ったものの重さを量るの。この間、ギルドに引き取ってもらおうとしたキノコが一キロギリギリだったんだよね。あのときあと一個余計に食べていたら足りなかった。キリのいい重量に分けておけば、持込みもしやすいし、どの依頼の分を受付にもっていけばちょうどよく収まるか計算しやすいじゃない? 食べていいぶんの優先順位もつけやすいし」

 できることが増えたら悩みも増えたらしい。ベアにしてみればどうでもいいちっぽけな悩みだが、トーコは真剣だ。

 夕食が煮える間、採集したキノコに食べられないものが混じっていないか見てやったのだが、そこでも大きさ別に並べ替えて封筒を分けてしまっていた。買取は重量制なので意味ないのだが、気になるらしい。そういえば虫食いも絶対に採らない。木の実と違ってキノコは多少の虫食いくらいと思うのだが、トーコは見向きもしなかった。数少ない入域の機会は最大限に生かす貪欲さと裏腹にえり好みが激しい。

 翌日は以前ハルトマンと来たサンサネズの群生地はトーコの魔法でおざなりに採集しながら通り抜けるだけにして、尾根を越えてもうひとつ先の群生地まで行く。

 「こっちのは根こそぎ全部採っていいぞ。今年は角ウサギのせいでサンサネズの実の依頼がまだありそうだ。もう一度来なくて済むように、採れるだけ採れ。魔法で採ったやつは俺が手で採ったのよりも評判がよかったからがんばれ」

 「ほんと? 嬉しいな!」

 トーコは新品のロープで一本の木に体を固定すると手でせっせと摘みながら、他の木からは魔法で収穫する。前より腕を上げたようで、まるであらかじめ木に巻きつけておいた黒い紐がはがれるように、木のてっぺんから螺旋を巻いてサンサネズの実がトーコのベルトポーチへお行儀よく流れ込んでいく。

 およびでないベアは二日間の角ウサギ狩りで酷使した腕を休めさせてもらうことにする。さすがにこのあたりに角ウサギはいない。壊れた道具を修繕していると、トーコが移動魔法ですい、と飛んで来た。

 「ベアさん、なんか魔物が来る。大きくないけれど、三十羽くらいいる。飛んでるからたぶん鳥。前に言っていたうるさい鳥かな」

 「去るまで幻惑魔法で隠れて静かにしていろ」

 素直に頷いたトーコはベアの隣に座ってサジンダケの入った封筒を取り出した。中からサジンダケをひと株出して、じっと見つめる。見る間にキノコが縮む。丸ごと乾燥できるか試しているらしい。トーコが摘み上げようとするとあっけなく、粉々になった。

 「ええーっ!」

 小声で悲鳴をあげるトーコにベアはやりすぎ、と口の動きだけで告げた。がっかりしていたのは数秒だけで、トーコはすぐに次のキノコを取り出して練習にかかる。三回目でやっとうまくいき、そこからは次々にキノコを乾燥させていく。サジンダケはそのままでも食べられるが、乾燥させたほうが香りが良くなるので、これで高く買い取ってもらおうというのか、単に自家消費用か。

 「お母さんがキノコを沢山買ったときに家の中で干していたんだけど、食べる前にお日様に半日当てるといいって言っていたんだよね。サジンダケもそう?」

 トーコは小声で訊ねた。

 「さあ」

 「天日干ししたのと、魔法で水分抜いたのとどっちが美味しいのかな。実験してみてもいい?」

 「かまわない」

 「いきなり丸ごとだと時間かかりそうだから、ひだをはがしたのでやってみて……」

 トーコはぶつぶつ言いながら、サジンダケを適当な大きさに裂き始めた。半分はそのまま魔法で水分を抜き、もう半分は膝の上に広げた布の上に貯める。賑々しい魔鳥が去ると、元いた木に戻ってサンサネズの実採りを再開する。ただしその頭上ではサジンダケの破片が糸でつながれてでもいるかのように、くるくると風に舞っている。じっとしていないところがトーコそっくりだ。

 トーコがサンサネズ採りに熱中しているので、ベアはサンサネズの枯れ枝を集めて火を熾した。そこで鍋を持っているトーコを呼ぼうとしたが、大分遠い。試しに指笛を吹いてみたら、きょろきょろした後で文字通り飛んで来た。

 「呼んだ?」

 「呼んだが」

 犬か、お前は。そう言いたいのをこらえて鍋を出させる。トーコが古物市で見つけたという黒光りする鋳物鍋は家族用の大きさで、ベアとトーコのふたりだとゆうに二回分が一度に作れる。

 「手伝う。何を出せばいい?」

 いいから、サンサネズの実を採っていろと言いかけてベアは口をつぐんだ。水を満たし、封筒を取り出す間もサンサネズの実はトーコのポーチに流れ込みつづけている。

 「干したサジンダケに水分を戻したらどうなるんだ?」

 「やってみる」

 トーコはサジンダケを一株取り出し、四つに裂いた。それを一度乾燥させ、水分を戻す。

 「戻しても同じにはならないね。普通に、水で戻した干しキノコってかんじ。細胞が壊れるから? 凍らせたらどうなるかな」

 「それは次回だな。とりあえず鍋に入れろ。あとは角ウサギの肉と、何か煮込めそうなのを適当に」

 トーコはムカゴを二種類と干したアカメソウの実を入れた。

 「アカメソウの実、もっと採っておけばよかったなあ。こんなに角ウサギだらけになるとは思わなかった」

 「来年があるさ」

 「来年もこんなに角ウサギがいっぱいとれるかなあ?」

 「その封筒、一年保つんだろう。そのまま取って置けばいい」

 「換金しないの?」

 「アカメソウや木の実ををたっぷり食べた今の時期の角ウサギが一番美味い。それが一年中食べられるならギルドに持ち込むより、よっぽど価値がある。それに俺たちの目的は駆除だ。ギルドも忙しいようだし問題ない。草地の角ウサギも森の角ウサギも今が一番だ」

 「やったー。角ウサギってアカメソウの実以外に何で臭みを抜いたらいいのかな。サンサネズの実でしょ、ヤネの葉でしょ」

 「モリノビルの根やクロジソ、ミズカクシあたりが角ウサギに限らず肉とよく使うな。魔の領域に拘らないなら、普通に玉ねぎとかじゃないのか」

 「バベッテ姉さんに聞いてみなきゃ」

 「バベッテには弁当で世話になってるからな、角ウサギでもキノコでも欲しいだけ渡してやれ」

 弟子を盗られたヘーゲル医師の機嫌はどうでもいいが、四女のバベッテには最大限ゴマをすっておきたいベアである。古来言うではないか、覇王の台所を制するものが世界を制すると。

 「ほんと!? ありがとう、ベアさん! がんばっていっぱい採るからね!」

 ユナグールに近い群生地よりもだいぶ広かったにもかかわらず、遅い昼を食べている間にトーコがサンサネズの実採りが終わったという。

 「わたしが手で採っている木はまだ残っているけれど」

 そちらは半分も採れていないという。恐るべし、採集特化の探査&障壁&移動魔法。

 「このまま南へ降りる」

 「南には何があるの?」

 「さっきの森の続きだ。来た道を戻っても何もないし、もう少し先まで行こう。転移魔法で戻れる距離に制限はあるのか?」

 「わからないけれど、今のところ大丈夫。ユナグールの東門とヘーゲル医師の家には戻れる。あと、昨日の野営地と、一昨日の野営地と、ツムギグモの森の野営地にも転移できる」

 「どこにでも転移できるわけじゃないのか?」

 「今いるところから大体の場所がわかれば、風景とかを思い浮かべて行けるよ。わたしもあまり意識しないで使っていたんだけど。いざという時のために、安全な場所はなるべく覚えるようにしたの」

 「チョウロウクロネコとやりあった共同野営地は?」

 「たぶん大丈夫だけどちょっと自信ない。あの時はまだそんなに意識してなかったから。次に行ったらちゃんと覚える。ユナグールとここの距離くらいなら、またここに戻ってきてからもう一回転移すればたぶん大丈夫」

 「なるほど」

 万が一だめでも、歩いて戻れる距離だ。ベアにとってはまだ魔の領域の入り口の範囲だから問題ない。

 「なら、もうひとつ先の野営地に行くか。一昨日の野営地よりも広くて安全だ。少し歩くが大丈夫か」

 「平気。今日はほとんど歩いていないもん」

 「そのぶん魔法を使っているだろう」

 「森の中のほうが使ってたよ。採りたいものがいっぱいあったから。ここでは魔物用とサンサネズ用だけだもの」

 「なんだその魔物用、サンサネズ用って」

 トーコが対象ごとに探査魔法を展開していると聞いてベアは絶句した。森を歩いている間トーコが採集したものは量もさることながら種類も多い。今この森で取れるものの中でベアが教えたほぼ全てだ。まさか別々の探査魔法でやっているとは思わなかった。しかし同時に納得する。最初に採取するものを確定させてしまっていて、探査魔法で探し当ててから改めて判断する必要がないから、他のことをしながらでもあんなに無造作に採りつづけられるのか。

 食後の休憩は充分なので、ベアは腰をあげた。すっかり慣れた手順で調理道具を片付けてトーコもすぐに出発の準備を整えた。山を降り始めて暫くするとベアが進路を変えた。

 「そういえば、ここらに少しあったな」

 「何が?」

 答えはすぐに分かった。日陰になった岩肌に背の低い木が這うようにして広がっていた。赤い果実がつやつやと輝いている。

 「シマコケモモだ。アカメソウの実とはいかないが、肉に添える。北側に下りればもっとあったはずだ」

 「酸っぱい!」

 「そういう果実だ。生より、火を入れた方が美味い。ちょっと時期を過ぎているな」

 トーコが茂みに入って実を採り始める。ややあって、茂みからシマコケモモの実がトーコの元に飛んでくる。すぐに採り終わって茂みから出てくる。まだ赤い実がたくさん見えているが、トーコのおめがねにかなわなかったのだろう。

 岩陰に生える薬草を採りながらいつしか植生は草原、そして森のそれへと変わっていた。ふたたびトーコのベルトポーチが採集物を飲み込み始め、ベアは角ウサギの始末に追われる。角ウサギを狩っている時点で、身を隠していないので肉食の魔物に四度も遭遇した。全てトーコの魔法で隔離し、先を急ぐ。

 「飛ぶぞ」

 トーコに声をかけて、ベアは自分の体を持ち上げた。地上十五メートルほどの崖の一部に亀裂が見える。そこへ入った。ひとひとりがやっとすり抜けられるほどの狭い亀裂を抜けると、中は広々している。上のほうに亀裂がいくつもあって、そこから光が入ってくるので真っ暗ではない。まっくらでないのが幸いして蝙蝠も棲みついていない。

 「すごーい。ここなら横殴りの大雨でもなければ濡れないし、魔物も簡単に入ってこれないね」

 「明日と明後日はここを拠点に角ウサギを狩って、採集をする。今回はそれで一度戻ろう。この場所を忘れるなよ」

 「うん、覚えた。魔法使い専用の野営地だね」

 この野営地を基点として翌日は南へ、二日目は更に東へ足を延ばし、森の中での採集に専念した。薬草を主軸に秋の味覚もしっかり採る。

 間違いが怖いので、採ったものはサジンダケ以外、休憩の時などにベアに全部確認してもらうけれど、今のところ問題はない。一度間違いやすい毒キノコをベアが見つけて見せてくれたけれど、似ているのは見た目だけで、魔力組成が全然違った。

 こうなると逆に魔力組成が似たものが出てきた時が怖い。やっぱり目視確認は必要だということで意見が一致した。サジンダケは数が多いし、間違いやすいキノコもないのでトーコがサイズ別にしまいなおすときに目視確認することにした。

 「それにしてもサジンダケの殖え方って異常だね」

 今や森はサジンダケだらけだ。地面も枯葉も木の枝も幹も、サジンダケが生えている。一度など、背中に小さなサジンダケをくっつけた角ウサギがいた。

 「今年はたしかに多いが、毎年こんなものだ。発生して一週間もすると胞子を飛ばし始める。森全体が胞子でけぶってろくに視界が利かないから、この時期には森に入らない。これも一週間程度で収まって、サジンダケも枯れる」

 「不思議なキノコだね。でもこんなにいっぱいあったら、ギルドに持ち込んでも、食べる分が残りそう」

 好物というだけあってトーコは嬉しそうだ。

 「魔法で乾燥させるのは楽だけど、やっぱり風とお日様の力で乾燥させたほうが美味しいんだよね」

 「そうか? たいして違わなかったと思うが」

 「違うよ! 香りも食感も全然違う! 丸ごと乾燥させたサジンダケも美味しかったなあ。かみ締めるとじゅわっとお出汁が出て。これもなんとか天日干ししたいんだけど、場所がなあ。ねえ、わたしは魔の領域に入らないから、城壁の上からサジンダケだけ草原に出して干してもいい?」

 「そんな理由で登らせてくれるわけないだろう」

 「だったら西門から出てどっか空き地でやるとか?」

 どうあってもあきらめる気はないらしい。ベアは呆れて真剣に悩むトーコの注意を前方へ向けた。

 「オオグルミだ」

 「前に言っていた?」

 ツムギグモの森のコグルミは一本見つけるとたっぷり二十キロくらいの実が拾えた。割るのにちょっとコツがいるけれど、バベッテがヘーゲル医師の晩酌用に炒ったのは香ばしくて美味しかった。保存は目の粗い麻袋に入れて屋根裏に吊るしておくと言っていた。

 「実はほとんど落ちてないね。誰かに拾われちゃったのかな」

 「上を見ろ」

 トーコじゃあるまいし、こんな嵩張るもの誰が大木一本分も持っていくか。トーコは言われたとおり、木を見上げ、途方にくれた顔をした。

 「上にもないけど」

 「あの実が見えないのか?」

 「実? もしかしてあの青くて丸いのを言っている?」

 「他にあるか?」

 「あんまりクルミらしくない実だね」

 「……木になったクルミを見たことがないのか?」

 「うん」

 木には大きな球形の実が鈴なりだ。鳥につつかれたのか、先が割れているのが多い。

 「頭の上に障壁魔法を張っておけ」

 言うなりベアは移動魔法でオオグルミの木を揺らし始めた。それこそ大嵐かという勢いである。そして頭上から青い実が落下してきた。実とはいってもバレーボールくらいの大きさだ。それが雨あられと降ってくるのだからたまらない。トーコは悲鳴をあげてしゃがみこんだ。やっと人工の嵐がおさまってベアの声がした。

 「拾っていいぞ」

 あたりには緑色の実で緑の絨毯がひかれたようだった。

 「え、これ?」

 ベアはひとつを選んで、果肉をはがした。中から出てきたのは、しわのある茶色い物体。

 「クルミだ!」

 「コグルミのほうは落ちて実が腐って種がむき出しになっていただけだ。これもほうっておけば果肉は腐ってトーコが知っているクルミが残る」

 「クルミって、実じゃなくて種なの? 知らなかった」

 言われてみればなんだか梅干の種みたいだ。

 「果肉は渋が強くて食べられない。果肉をはがす時に渋がつくと落ちないから気をつけろ。手ではがしてもいいが、暫く地面に埋めて外が腐った頃に掘り出してもいい。あとは水につけて腐らせるという手もあるな」

 実はすっかり割れて中の種が丸見えになっているのもあれば、固く覆っているものもある。ベアは山刀を殻の割れ目にあてがい、ナイフを使っててこの原理でこじ開けた。

 「結構大変そうだね」

 「一ヶ月くらいどこかに吊るして乾燥させればもう少し楽に開くようになる。油が多くて、殻を外すと不味くなるから保存は殻ごとがいい」

 ベアが割った実を半分くれた。クルミの部分は白っぽくてしっかり殻に張り付いている。これも乾燥させて水分が抜けると多少は外しやすくなるらしい。ベアがナイフで中身を掘り出して食べているのを見てトーコもナイフを入れた。

 「柔らかい。これならスプーンでもいけそう」

 ナイフの扱いにあまり自信のないトーコはすぐに道具を変えた。思ったとおり、金属製の先の鋭いスプーンならちゃんと入る。ほのかに甘くて美味しい。炒ったものとはまた違う味わいだ。あっという間に食べてしまった。大きいので食べでがある。手にはどんぶりサイズの厚い殻だけが残った。

 「ベアさん、この殻はどうするの?」

 「油を含んでいるから削るといい焚き付けになる」

 「他は? 器にしたりしない?」

 「器? そういえばユナグールの市でたまに加工したのを見るな」

 「殻もとっておこうっと。果肉を外したあとは乾燥させる? このまま時間凍結させる?」

 「よく使うのは乾燥させたものだと思うが、どっちでも好きにしていいぞ。生の実はつぶしてペースト状にしたものを傷に当てたりもするな。急ぐものじゃなし、時間があるときにゆっくりやればいい。もう少し行った先にも確か何本かあったはずだ。行くか?」

 「うん!」

 二本目の木はトーコが揺らしたが、その後でベアが揺らすとまだまだ落ちてくる。木によって味が違うというので、これは別の封筒に収める。

 存分に採集をして夕暮れ時にユナグールのギルドへ戻ると、カウンターはまるで戦場だった。角ウサギとこれまた大量のサジンダケが一斉に持ち込まれてギルドの外まで人が並んでいた。

 「遅いよ!」

 今日は止めて明日出直そうとしていたトーコの肩をがっしりと掴んだのは並んでいた見知らぬギルド構成員だった。

 「は?」

 「五日もどこへ行っていたんだ! おかげでこっちは大損だ!」

 いきなり怒鳴りつけられてトーコはびっくりして固まった。他にも何かわめいていたが、よく聞き取れない。それより肩が痛い。トーコの肩を掴む男の手首を掴んだのはベアだった。移動魔法で力を重ねてやると、すぐに手を離して痛む手首をさすった。

 「俺の弟子に何か用か」

 男は顔をひきつらせ、小さく魔法使い、と呟いた。

 「彼女のせいで大損とはどういうわけだ?」

 「そ、そいつが角ウサギの査定を休んだせいで、わざわざギルドまで来て、何時間も並ぶわ、査定に時間かかるわ、散々だ! そいつがサボらなきゃ、倍は持ち込めたんだ」

 トーコは目を丸くした。それって逆恨み?

 ベアは努力してため息をこらえた。

 「誤解があるようだ。彼女は職員じゃない。人手が足りないので一時的に手伝っていただけだ」

 「なんで急にやめるんだよ!」

 「ユナグールにいる間だけ、都合のつくときだけ手伝う約束だったからだ」

 「だからって五日もはないだろう」

 男の怒りは収まらない。期待が大きければ失望も大きいのだ。

 「サンサネズがある高原地帯までの往復には五日かかる」

 男が一瞬ひるむ。魔の領域で野営するのはよほどの手練だ。

 ベアは、彼と男の間でおろおろいているトーコにも厳しい声をかけた。

 「トーコ、魔法は便利な部分もあるが万能じゃない。最後まで面倒を見られないなら最初から手を出すな。喜んでもらえて嬉しいのはわかる。だが、調子に乗って半端な手の出し方をしたおかげで今皆が迷惑している。何故叱られたのか理解できて反省するまで、魔の領域へは連れて行かない。判ったな」

 「うん……はい」

 トーコは狼狽した。ベアにこんなに厳しく怒られたのは初めてだ。どうしてこんなに怒っているのか、まだうまく飲み込めないけれど、よっぽどのことをしでかしたのだということだけは判る。

 今までもベアには沢山迷惑をかけて、今も掛け続けているけれど、そのことで不機嫌になったりはしなかったのだから、根本的に違う問題だ。ベアが本気で怒っているのに、何がいけないのかトーコにはわからない。それが情けなくて、ベアに見放されるのが怖くて、涙が出てきた。慌てて下を向くと、瞬きするたびに水滴が落ちた。嫌だ、叱られて泣くなんて小さい子のすることだ。絶対ベアに見らられたくない。

 「とりあえず、請けた以上はこの状況をなんとかしろ。手伝うなら最後までやれ」

 「で、でも、魔法を使わないでどうやって……」

 語尾が小さくなった。魔法が使えないトーコにできることなんてたかが知れている。本当に情けない話だが、事実だ。今まで自分がどれほど浮かれていたか気付かされて頬を張られたような気がした。ちょっと魔法が使えるようになったからといって、いい気になっていたことを否応なしに自覚させられる。

 「別に魔法を使うなと言っているわけじゃない」

 ベアの声が少し和らいだ。

 「今まで手伝っていたのと同じようにやればいい。ただし、新しいことをやるときは良く考えてからにしろ。お前がお前の魔法に頼るのは勝手だが、他の人間まで頼らせるな。お前が抜けた時のことを考えろ」

 「うん」

 ちょっとだけベアが言いたいことの尻尾がつかめた気がする。

 「あー、俺も悪かった。あんまり待たされるんでイライラしていたみたいだ」

 トーコの肩を掴んだ男が遠慮がちに声をかけた。彼は彼で師弟のとばっちりを受けて気まずかっただろう。ベアが男に言った。

 「弟子にも非があった。謝罪にはおよばない」

 「いや、俺も八つ当たりだったから」

 「だったら、ギルドが閉まる時にこいつを送り届けてくれ。それで手打ちにしよう」

 「わかった」

 和解の申し出に男はほっとしたように頷いた。そのままギルドを出て行こうとするベアに慌ててトーコは問いかけた。ちょっと鼻声になっちゃったけど、これだけは聞いておかなければ。

 「ベアさん、次はいつ魔の領域に入るの?」

 「まだ決めていない」

 「そ、そっか。それじゃ、お手伝いにいくね。おやすみなさい」

 「ああ、おやすみ」

 振り返りもせずにギルドを出て行くベアの背中から視線を引き剥がしてトーコはカウンターに入った。泣いている場合じゃない。トーコが迷惑をかけた人たちが待っている。少しでも取り戻さなきゃ。はい、と用意よく紙バサミと書くものを渡してくれたのは薬草に詳しい女性職員だ。

 「並んでいる順に角ウサギだけ査定していって。買取価格も報奨金も変わってないから」

 余計なことを言わない親切が身にしみた。

 「うん、わかった。ありがとう」

 トーコは紙バサミをしっかり抱えてカウンターを出た。

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