第10話 臨時職員(1)
夫婦と別れた後、トーコが道具を借りた作業所へ立寄った。卵包糸は夫婦が教えてくれた作業所のほうがいい値をつけてくれたものの、はしりの時期ということもあってどちらもよい値だった。
巣糸は借りた紡錘に巻きつけていたので重量からだいたいの長さを割り出しすぐに値がついた。捕獲糸のほうは、実際に引き出してみて、その長さで決まると言う。急ぐ場合は概算で出してくれるが、どうしても値付が辛くなるということだった。
疑似餌には驚かれたけれど、意外に歓迎された。中の魔物は副収入ではあるが、なにが出てくるか判らない部分もあり過去に事故も起こっているからだ。
キノコを手土産にトーコが顔を出すとおじさんたちに大歓迎された。ベアのたっぷりと糸を巻かれた疑似餌に感心した後でツムギグモにポイ捨てされたトーコの疑似餌を見た彼らは、あまりのへぼっぷりに大笑いした。そしてそれでトーコのロープを作ってくれることを約束してくれた。
ツムギグモの糸は強度としなやかさには定評があるが、何しろ細くて高価なので、必要な太さ、固さにするために目的に応じて別の繊維を一緒に撚り合わせて使うのが基本だ。どんな繊維を使うのか、配合は、などトーコがメモに忙しくなっていたので、ベアは声をかけた。
「俺はギルドにもう一度行って来るからここで待たせてもらうなら……」
「あ、わたしも行く行く」
トーコはさよならを言って急いでベアを追いかけた。ギルドの掲示板からまだあるキノコなどの依頼を探し出し、引き取ってもらっていると、予定通りの日程で戻ったイェーガーに声をかけられた。
「やあ、豊作なようだな」
「そちらも豊作か?」
「今回はなかなか良かった。六頭とはいかないがチョウロウクロネコも仕留めたしな」
「そのチョウロウクロネコの件で何か話があるとか?」
「心配しなくても悪い話じゃない。例の母ネコから結晶石が出た」
「結晶石? 魔物の石ではなく?」
「違う、結晶石だ。飲み込んでいたようだ。しかも滅多にない大きさだ。売って等分にしてもいいが、うちの魔法使い連中ができれば欲しいと言っている。うちのほかのやつらは売ってもくじ引きでもいいと言っている。で、ものは相談だが、くじにするならそっちのお嬢ちゃんも人数にいれてかまわない。どうだ?」
「なるほど」
トーコを数にいれても五人とふたりなら彼らに分がある。リーダーとしてはチーム全体で考えれば魔法使いに持たせておきたいということなのだろう。普段なら乗らないが、先日結晶樹の実も持たずに飛竜の相手をすることになったトーコのことを考えると、安全のためにもひとつは持たせておきたい。
「判った、それでいい」
イェーガーは破顔して仲間を呼んだ。受付で貰ってきた紙を七枚折りたたんで袋に入れる。うち一枚に当りと書いてある古典的な籤だ。
「じゃ、お先にどうぞ」
女魔法使いがトーコに袋を差し出した。トーコが手を入れようとしたとき、待ったがかかった。トーコが怒らせた元兵士の男だ。
「なんでそいつが最初に引くんだ。お情けで入れてやったんだから最後だろ」
トーコは慌てて手を引っ込めた。迷惑をかけたことを思い出すと気まずい。とりなしてくれたのは、トーコに袋を差し出した女魔法使いだ。
「いいじゃない、別に。大人気ないわね」
「リーダーが最初に引きべきだと言っているんだ」
「俺は別にかまわないよ。君、引いていいよ」
「よくない!」
元兵士が大声で割って入ったので、トーコは再度出しかけた手を引っ込めた。
「後のほうが不利なんだ。あんたが先に引くべきだ。次がそっちのリーダー」
「別に変わらないと思うけれど」
トーコが呟くと元兵士がぎっと睨んだ。
「だったら、お前は最後で文句ないな」
「ないけど」
それで話がまとまるかと思ったら、異議を唱えたのはベアだった。
「譲る必要はない。トーコはミスをしたが、役に立たなかったとは言わせない」
「いいよ、ベアさん。何番目に引いたって同じだもの」
「「そんなわけない」」
元兵士とベアが異口同音に言った。
「「先に引くのが絶対有利だ」」
トーコは目が点になった。
「まあ、そうだよな」
「先に引かれたら終わりだしな」
イェーガーの仲間が口々に言う。トーコはあんぐり口をあけてしまった。そのまま息を吸い。
「ええええええ! 何言ってるの、皆して! ベアさんまで! それ本気じゃないよね」
トーコの驚きように逆にびっくりした大人たちを見てトーコは慌てて黒板に駆け寄った。
「くじは七つ。最初の人がこのなかからひとつを選んだ時、当る確立は七分の一。ここまではいい?」
全員頷く。
「二番目の人が残った六つのくじからひとつを選んだ時だけど、最初の人が当りを引かない確率は七分の六、自分が当る確立は六分の一、全てのパターンを数えるには両方を掛け合わせて四十二分の六、すなわち七分の一……」
兵士が大声さえぎった。
「何でかけるんだ? なんで四十二が七になるんだ、おかしいだろう」
「え、そこからなの」
「あー、いいからお嬢ちゃんつづけて」
「じゃあ次、三番目の人が当る確立は最初の人が引かない確率が七分の六、二番目の人が引かない確率が……」
「だからなんでかけるんだよ!」
「黙って最後まで聞いてよ!」
トーコはやけになって怒鳴りつけ、とにかく最後まで黒板に書ききった。スペースが足りなくて、最後のほうが字がだいぶ小さくなってしまったけれど。例の元兵士以外は納得した。というか、不公平ならくじを引く意味がない。
「やっぱりおかしい。だって最初の奴が当りを引いたら、後の奴は引けないじゃないか」
「それはあなたが勝手に、ここの六分の一を六分のゼロにしちゃってるからでしょ。錯覚!」
トーコはくじの入った袋をもぎ取ると、全員に手を出させて配った。
「開けちゃダメだよ。はい、今あなたの手に乗ってるくじが当りの確立は?」
「……七分の一?」
なんでそんなに不承不承なの。なんで疑問系なの。むっとしたが無視して次の人に同じ事を聞く。全員が七分の一と答えた。
「配った順番は関係ないでしょ? 以上、今度こそ証明終わり。納得した?」
「さっきのツーブンとかいうのが怪しい」
「なんでーっ!」
トーコは悲鳴をあげて黒板を消しにかかった。中央に大きく丸を描く。
「ここにパイがあります。あなたが食べていいのは今斜線を引いたこの部分です。さて、あなたが食べていいのは何分のいくつ?」
「二分の一」
「正解です。次にこのパイを四等分します。あなたが食べていい部分は同じく斜線を引いてある部分です。さて、あなたが食べていいのは四分の一の何切れ?」
「二枚。つまり二分の一」
八等分の線を引こうとしていたトーコは手を止めた。おお、理解している。
「それが判るなら、さっきのも」
「さっきのはパイじゃないだろう。話をすり替えるな」
「同じだから!」
「確率が食えるか!」
「ベアさん~」
「あきらめろ」
「あきらめたら?」
トーコはきっと外野を睨んだ。
「ベアさんに訊いてるの!」
「あきらめるんだな」
「皆、酷い!」
イェーガーと女魔法使いは腹を抱えて息も絶え絶えに笑っているし、老魔法使いともうひとりの槍使いはすでに興味を失って自分の荷物の整理や武器の手入れを始めている。トーコの味方はどこにもいない。
「まー、彼には一番最初に引いてもらうとして」
「リーダーが最初だ」
「判った、俺が引いたら、次はベア、その次は彼でいいかな」
全員異存はなかった。
「なかなか面白い見世物だったよ」
ぐったりしながら買取票に署名をしていると、対応してくれた元狩人のギルド職員にまで笑われてしまった。結局当りは老魔法使いが引き当てた。
「だめだ、わたし学校の先生に向いていない」
「そのようだな」
ベアは同意した。すくなくともムキになってはだめだと思う。なじみのギルド職員が口を挟んだ。
「でも、読み書き計算は得意そうじゃないか」
「バルク語には毎日四苦八苦しているよ。掲示板だってほとんど単語で読んでる」
「でもよく書き物しているじゃないか」
「わたしの国の言葉だもん。バルク語では厳しい」
「じゃ、計算は?」
「あんまり得意じゃない」
算数はそんなに苦手意識がなかったのだが、数学という名前にかわったとたんとっつきにくくなってしまった。正直不得意科目だ。
「さっきはできてたじゃないか」
「そりゃ、あれくらい簡単なら、さすがにね」
その時ひょいと、隣の窓口から薬草に詳しい女性職員が顔を覗かせた。
「角ウサギ一羽につき十五タスの補助金。三羽でいくら?」
「四十五タス」
「合格!」
「は?」
元狩人の男性職員が続ける。
「今日持ち込まれた角ウサギは十六羽、昨日持ち込まれた角ウサギは十七羽。あわせて何羽?」
「三十三羽」
「採用!」
「へ?」
「心配しなくても大丈夫よう~。二桁の掛け算も、繰り上がり計算もばっちりじゃない」
「二桁同士の掛け算なら、紙と書くものが欲しいけど」
「まて、なんの話をしようとしている」
察しの悪いトーコと違って、ベアは割って入るだけの分別を持っていた。またこの間の角ウサギの調査のようなことは困る。
「いやだ、そんなに警戒しないでよ」
「ご覧の通り、角ウサギの買取でてんてこまいなんで人手が欲しい。一ヶ月だけ、手伝わないか? どうせベアがいないときは魔の領域に入れないんだろ? 都合のつくときだけ、二日に一度程度でいいよ」
「具体的に何をさせたいんだ? 査定など無理だぞ」
「さすがにそこまで任せたりはしないよ。査定した角ウサギの数を数えて、金額を算出して、あとは荷物運び。ひとり腰を痛めちゃっててね。彼女、移動魔法が使えるだろ? そのくらいだ」
「責任が発生するようなことはさせないな」
「ない。単純作業だけだ」
トーコは急いでベアの袖を引っ張った。
「ベアさん、やりたい」
ギルドのことはよく判らないけれど、これはチャンスだ。いつもギルドの人にはお世話になっているし、カウンターの内側に入るなど望んでもできない経験だ。トーコ自身の勉強にもなるはずだ。
「ギルドへの送迎はどうするつもりだ」
「ヘーゲル医師にお願いしてみる」
いいながらもさすがに後ろめたい表情だ。元狩人のギルド職員が助け舟を出した。
「なんなら、帰りは戻ってきたギルド構成員に頼んであげるよ」
「ありがとう!」
ベアはため息をついた。
「あまり迷惑にならんようにな」
「うん!」
ヘーゲル医師に送ってもらったトーコは裏の職員通用口をくぐった。かなり早く来たつもりなのに、もう鍵が開いている。
「とりあえずこれから運んで貰おうか」
見慣れた受付の内側には麻袋が山盛りになっていた。
「そっちの山が、角と毛皮に傷がないもの。反対側が毛皮の価値がないものだ。これを全部地下の保管庫に運んで。場所はこっち……わ!」
説明しながら地下に降り、保管庫の扉を開けて振り向いた職員がのけぞった。
「どうしたの?」
「ひょっとして、全部持ってきたのかい」
「だって運ぶんでしょ?」
「君、見た目よりも力持ちだねえ」
「別に腕力で持ってるわけじゃ」
「ま、いいやそこに入れて。三列くらいまでなら重ねていいから」
トーコのうしろを一列にならんでついてきた角ウサギ入りの麻袋は職員の指示通りに納まった。
「うーん、終わっちゃったね」
「今日はこれだけ?」
「違うけれど、ギルドを開けるまではこれにかかりきりになると思っていたから。それじゃ、掲示の張り出しを手伝ってもらおうか」
昨日の午後にきた依頼のうち、魔の領域から戻ってきたギルド構成員で窓口が混む時間までに張り出せなかったのを、朝ギルドを開ける前に貼っておくのだそうだ。
「適当に貼っちゃって」
「本当に適当だなあ。もうちょっと見やすく貼ればいいのに」
以前掲示板を勉強しに通っていたときもそう思った。
「そこまでの余力はないねえ」
「あ、この依頼のムカゴ、わたし持ってる。請けちゃダメかな」
「別に構わないよ。ついでに買い取り品の処理の流れについても説明しようか。君に荷物を運んでもらうことになるからちょうどいい」
トーコは他にもツムギグモの森で採集してきたキノコの依頼を見つけて確保した。時間凍結魔法と空間拡張魔法のコンボはなかなか便利だ。依頼があるときに中を出せばいいだけなので無駄にならない。
掲示板の用紙を見ながら、書類箱をかき回して依頼書を探す。同じ依頼物があったりするので、必ず内容をつき合わせること。
「ナンバリングして欲しい。絶対間違いそう」
「番号をふる? 番号がごっちゃになりそうだけど。最初はともかく、千枚をこえたら大変だ」
「どうして?」
「何番を振ったか判らなくなりそうだ」
「別に全部を通し番号にしなければいいんじゃない。例えば今日は1114年10月14日だから、11141014-001から始めて、明日は11141015-001から始めればいいんじゃない?」
「隣の窓口が番号をつかっちゃわないかな」
「それなら111410140-01-001ってすれば? 窓口部分は番号でも記号でも書きやすいので。もしくは受けた人のイニシャルとかでも、やりやすいようにすればいいんじゃないかな? 要は識別できればいいんだから。番号順に並べておけば、こんなふうにかき回す必要ないもの」
中学校の文化祭実行委員だってもうちょっと考えていたぞ、とトーコは思う。いつも窓口が混んでいるのって、忙しい以上にもっと根本的な問題があるのじゃないか。窓口の人たちはよく物を知っていてすごいとおもうけれど、彼らの能力に寄りかかりすぎている。これじゃよほど能力の高い人しか勤まらないことになる。ハルトマンじゃないが、一番能力の低い人でも遂行できるよう工夫すべきだと思う。
「そうしたら掲示板だっていつから貼ってあるのか見分けがつくし、請ける人だって来たばかりの依頼なのか、ずっと放置されているのか判るでしょ」
「なるほどね」
受付順に入っているとは言うものの、書類箱はすでに地殻変動が起こっており、新しいのも古いのもごっちゃである。
「一応依頼の掲出期限が過ぎていないか全部見て確認はしているんだよ」
「全部見なきゃだめなんでしょ。最初から番号順に並んでいれば、一目瞭然、十秒で確認できるじゃない」
大丈夫か、ギルド。トーコは心配になってきた。外からは分からない内情。覗いてはいけなかったかも。
依頼書は所定の書式があるので、それに沿って査定をする。目視で確認してあまりに酷い粗悪品だとその場で拒否することもあるが、季節や状況によってはその程度のものしか手に入らないこともあり、依頼主にそれらを引き渡すかどうか、説明できる理由があるかどうかも大事だ。この辺はベテラン構成員の面目躍如で、逆にトーコには逆立ちしても手をだせない分野だ。
トーコの採取したムカゴとキノコは無事にギルドに預かってもらえた。買取票に内容と価格を書き込み、署名。チームで登録をしてあるので、トーコの署名だけで通る。ここまではトーコも知っている。この先はどうするかというと、依頼人が毎日決まった時刻に確認に来る場合もあれば、持ち込まれたらギルドから使いをやる場合もあり、状況に応じて様々だ。
「そういえばアニが依頼物が来ていないか圧力をかけにきていたときも、確認にやたら時間かかってたんだよね。あれも番号管理すれば解決しそうなのに。病院の処方箋受付とか、銀行の受付みたいにならないのかな」
どうしてもトーコの目にはアナログな部分が目につく。たぶん、これにはこれのよさもあるのだろうけれど、朝から暗くなるまで働いているギルドの人たちの負担って相当なものじゃないのか。
「依頼人への連絡は手のすいた職員が行くか、伝言屋を使うか、同じ方面へ帰るギルド構成員に伝言を頼むか。三つ目が一番多いけれど、急ぐ場合は伝言屋だね。職員が出向くのは難しい顧客とか、大口が多いかな」
そういえばトーコもギルドに頼まれたというギルド構成員から伝言を受けたことがある。伝言屋というのは使い走りで小銭を稼いでいる人だ。専門職というより子どものこづかい稼ぎレベルで、あまり雰囲気のよくない人が多いのでトーコにはちょっと怖い。
他の職員も出勤してきて、彼らの指示通り、昨夜持ち込まれた品を地下貯蔵庫の棚に並べ、片付けて、掃除して。ギルドが開く時間になると、どっと人が入ってきた。入域の申請、依頼品の持ち込み……すぐにトーコ以外の人はてんてこまいになる。
トーコはといえば、依頼品の査定をする窓口職員の指示に従って、依頼書を探したり、口座帳簿を探したり。さすがに口座帳簿は名前順になっているので助かった。ベアのように分冊されてもなお分厚い人もいれば、トーコのようにペラペラの人もいる。
入域するギルド構成員の申請が一息つくと、今度は依頼人のくる時間だ。窓口職員と相談しながら、どのくらいの価格だったら受け手が出るかなど相談にかなりの時間を割いている。依頼書を作成し、依頼人の署名をもらったら、掲示板用の紙に必要事項だけ転載する。トーコがするのは掲示板への貼り出しくらいである。
そして、品物の引き取りになるとやっとトーコにまともな仕事が回ってくる。昨夜の持ち込み品を引き取りにきた依頼人に地下からとってきた品を検めてもらい、納得がいけば買取票に署名してその場でお金を支払う。一部の大口顧客や安定して依頼を出すお得意さんは月に一度まとめて支払うこともある。
角ウサギを引き取りに来た肉屋の荷台に依頼品を積んであげると喜ばれた。数が数なので、何度もカウンターと荷車を往復しなくてはならず、しかもギルドの入り口は階段なので結構大変なのだ。この力仕事を当てにして、臨時仕事を求めて集まってきている力自慢のならず者のような人たちもいるが、中にはトラブルになることもあって、やっぱりトーコにはちょっと怖い。
そして午前の依頼者たちがいなくなり、昼頃になるといよいよトーコのメイン業務である。朝から角ウサギ狩りに草原へ出ていたギルト構成員が仕留めた獲物を持ち込んでくる。彼らはここで荷をおいて、また狩りに行くのだ。窓口担当者はろくにお昼を食べる間もない。
「よし、よし、よし、角に欠けあり、よし、よし、ダメ、毛皮に傷あり……」
職員が査定した角ウサギを査定内容にあわせて順番に浮かべていく。五羽ずつ並べて、最後にカウント。
「良品三十五、角欠け四、毛皮損傷十八、買取不可品一。合計五十八羽の駆除でギルドからの報奨金は八クラン七十タス」
ギルドが預かった角ウサギはどんどん地下倉庫に運び込む。ギルドからの特別依頼が出たのはほんの一週間前だが、記録を見る限りかなりの角ウサギが狩られている。それでも草原と森にはまだ沢山の角ウサギがいるらしい。少なくとも狩るために角ウサギを探して歩き回るようなことはしなくて済むくらいに。長歯化した角ウサギも頻繁に見るようになった。ギルドに持ち込まれる角ウサギが十羽いれば一羽くらいは混ざっている。
「毎日、凄い数だね」
トーコは今日一日で持ち込まれた角ウサギの数を集計して記録用紙に書きつけながら、急激な伸び数に目を見張った。それを聞きつけた元狩人のギルド職員がため息を漏らした。
「今の数じゃ、全然足りない。このままじゃいずれ人の領域に溢れかねない」
「それって大変なの?」
「一大事だ。ユナグールは魔物への防御が厚いし、ギルド構成員が多いから感じることはないだろうが、魔物が人里に出たなんて普通は大騒ぎなんだよ。基本的に魔物は魔の領域を出ないが、物理的に出られないわけじゃないからね。魔の領域の生き物は人の領域では繁殖しないし、植物も根付かない。たぶん、彼らには生きにくい場所というだけのことなんだろう」
「へえ。じゃあペットとして飼うこともないんだ?」
「研究のために飼うことはあっても、食べ物があわないのか、他の何かがいけないのかあまり長生きしないね。だから魔の領域の生き物のことは判っていないことが多いんだ。それはさておき、大量の角ウサギが人の領域に入り込んだとする。角ウサギ自身も作物を荒らすし、駆除しようとすれば人も襲う危険な相手だが、角ウサギを追って普段魔の領域にいる肉食の魔物が出て行くことが一番の問題だ。前の角ウサギの大繁殖時にそういうことが起こって大変だったんだ。軍も駆除に乗り出すけれど、魔物を相手にしなれているギルドや国境警備隊でなければ対処に苦労するのは目に見えているね」
「じゃあ、角ウサギが溢れたら、ギルドに駆除の依頼が来たりするの?」
「当然。人の領域に入った魔物の駆除依頼は普段でも時々あるけれど、その比じゃないな。そんなことにならないよう、ここで駆除したいんだが。前の記録のように溢れたら、ギルドも大損害だ」
「ギルドの損害なの? 依頼が増えるのに?」
「残念ながら、魔物の駆除はギルドの役目。請求できるのは実費程度だね。派遣したギルド構成員に全く報酬を払わないわけには行かないし、みんな行きたくないから大抵強制依頼だし、いいことなし」
「世間様にはギルドがお役に立ってますってアピールするいい機会じゃない」
「あれだけの角ウサギを一羽一羽探して国中追いかけて、って……想像するだけでうんざりしちゃうね。引退者に強制依頼をかけても人手のほうが足りなくなるよ」
「う、たしかに、あの角ウサギがあちこちに勝手に行っちゃったら大変だ」
やっぱりここで駆除しておかないと。
「だったら、もっと組織的に、大々的にやらなきゃだめじゃない?」
正直焼け石に水だと思う。ツムギグモの森への往復で見た角ウサギはひとひとりが運べる数を駆除したって追いつかない気がする。
「ギルド構成員って何人くらいいるの?」
「登録しているだけなら一万人以上いるけれど」
「えっ、そんなにいるの? 一万人?」
そのわりに魔の領域で人と会うのが少ない気がする。ツムギグモの森だって皆が行く狩場だというのに、滞在中同行者以外に会わなかった。
「実際に活動しているのは二千人に満たないだろうな。行方不明になってそのままのも多少はあるけれど、二年以上依頼を一件も請けないと除籍されるから」
「それにしても活動していない人が多くない? 市民権が欲しいから?」
「ある程度稼いで悠々自適という人が大半かな」
「そんなにいるの!?」
「強制依頼がくる可能性はあるけれど、他はたいしてデメリットないからね。自分で魔の領域にキノコだけ採りに行きたいという人もいるし」
なるほど、それはありそうだ。
「一番の理由はギルドに報酬を貯めこんでいるからだね。自宅に隠し持ったり、銀行へ預けるより安心だから、現役時代に稼いだ人ほどそのままにしているよ」
銀行統制の緩いこの国にあって少なくともギルドは預金者の金をもってドロンはない。日々魔物を相手にする猛者をかかえるギルドに強盗に入る馬鹿もいない。
「その腕に覚えのある引退者に協力してもらえないの? せめて移動魔法が使える角ウサギの運搬要員を確保するとか、草原に買取所を設けるとかしないと、角ウサギを狩る技量のあるなしじゃなくて、持ち込むのが大変って問題は解決しないと思う。あ、あんまり持ち込まれると報奨金が嵩んじゃう?」
「報奨金を出すほうが、後から角ウサギを追いかけてあちこち人を遣るより安上がりだからそこは問題ない。問題なのは人手だ」
「そこを協力してもらおうよ。今十月だけれど、年が変わったら年三回の強制依頼もゼロカウントになるんでしょう? まだお願いしていない人とかいないの?」
「一応冬になったらそういうのは確認して何かしら依頼は出すけどね。でないと不公平感が出るから」
「それ今じゃだめなの?」
「チェックする人手が……」
堂々巡りである。他の方法でなんとかみんなに角ウサギをがんばって狩ってもらわねばならない。
「出張買取所はいいアイデアだと思ったんだけどな」
「様子を見て提案するよ。さて、ヘーゲル医師のところまでは、あっちで査定中の彼らに頼んでおいたから、帰る支度をしといで」
「ありがとう。それじゃお先に失礼しまーす」
「ごくろうさん。じゃあまた明日」
「……また明日?」
「今日と同じ時間に」
「はい?」
二日に一回程度、いつでも来れる時でという話ではなかったか。
「人手がないんだ」
「……はい」
翌日も角ウサギが持ち込まれ、窓口は大混雑だった。角ウサギの査定は角と毛皮の価値が損なわれていないか、肉屋に渡せないほど損傷していないかだけなので簡単だ。ただし、一緒に他の品も持ち込まれるので、その査定や所定の手続きに通常通り時間がかかる。
「特別依頼って非常時に出されるんでしょう? だったら受付も非常事態に対応すればいいのに」
だいぶずれこんだお昼を食べながらトーコは素朴な疑問を呈した。
「角ウサギ専用窓口を作らない理由って何?」
「専用って?」
同じく昼がずれていた薬草に詳しい女性職員が聞き返した。
「角ウサギの買取だけする窓口」
「他の品は買い取らないの? それって窓口って言わないんじゃないの?」
「そんなことない。角ウサギを一日三回持ち込む人がいるでしょ? そのたびにあの長い窓口に並ぶのは大変だと思うし、角ウサギを持ってくる人も何回も並びたくないと思う。それより、たくさん角ウサギを持ってきてくれる人も、少しだけの人もなるべく手間なく荷物を引き取るのが親切だと思う。普通の査定は一日一回まとめてでもいいけれど、角ウサギだけ先にやって貰うことができたら、また狩ってこようって気になるでしょ。なによりそのくらいギルドが本気だって皆にわかるし」
「でも、口座帳簿への書き込みの手間なんてそんな変わらないでしょ」
「それ、すごく時間がかかるんだよね。今は価格は固定なんだから、それは誰の口座帳簿につけるのかと角ウサギの数だけわかれば、計算は後でいいと思うの。つまり、角ウサギ専用の帳簿を作って、三日分後でまとめて集計するとかあらかじめ告知しておいて、とにかく持込にかかる双方の手間を省くのが最優先」
「まとめ集計が大変そうだけど」
「パソコンないもんね。でもそのくらいしないと角ウサギなんて薬草とちがって嵩張るんだし、駆除が進まないよ。それにこの方法のいいところは、個人の口座帳簿がなくても済むところ。東門のところででも買取できる。三日分で〆て一週間後までに転載くらいならどうかな」
「あら、いい考えね」
元狩人のギルド職員には響かなかった出張買取所の提案だが、反省して少しアプローチを変えてみたら、女性職員が賛同してくれた。ただし、トーコの予想しなかった角度で。
「それなら、トーコでもできるわね!」
「はい?」
朝の混雑がひと段落ついたあと、東門のすぐ外に屋根だけのテントが張られ、椅子と机が置かれた。背後にはこれ見よがしな荷車と預かった角ウサギを入れる麻袋が山ほど。ギルドはこのくらい買い取りたいと思っていますよ! というアピールである。
最初の受付にはトーコと採集に詳しい女性職員が座った。いきなりトーコひとりでは詐欺師と間違われかねないので、ギルドに提案した彼女が付き合うことになったのだ。何日かすれば、みんなも臨時受付とトーコの顔に慣れるだろうということだが、何日もやらされてはたまらないので、ベアがひとりで魔の領域に入っている間の三日間、一番需要のありそうなお昼前後の二時間と、夕方の早い時刻に一時間だけやることになった。
ギルド構成員は大抵一日魔の領域で狩りや採集をして、夕方戻ってくるのが普通なので、この時間に東門をくぐろうとするひとに声をかければかなりの確率で角ウサギを持っている。結果は集まった角ウサギの量だけ見ればまあ成功。ただし、有能な窓口要員をひとりつけるとなるとギルドの受付業務全体の効率は落ちる。ほぼ毎日角ウサギを持ち込んでくれるメインターゲットには知ってもらえたはずなので、夕方の回と残り二日は送ってもらったらトーコひとりでやる予定である。万が一に備えて、ギルドの強制依頼を発動できる権利を一回分だけ貰った。いざとなれば、東門の警護についている国境警備隊に助けを求めることもできる。
次回は夕方四時からです、と張り紙をして、一式まとめて時間凍結魔法をかける。テントが風で飛ばされたり、角ウサギを勝手にもって行かれないようにである。角ウサギは肉屋にひきわたすため、夕方引き上げるときに回収するが、テントはこの方法で宣伝も兼ねて三日間張りっぱなしにするつもりだ。
夕方、東門に行ったトーコは仰天した。
「なにこれ?」
受付の周囲に角ウサギが山になっている。正確にはあちこちに角ウサギの小山が出来ていて、その傍で休憩している人がちらほら。
「遅いぞ、受付」
「待ちくたびれた」
まだ時間前なのに。トーコは大急ぎで紙バサミを抱えて飛んで行った。そこにいたのは四人なので、先に来た順番に査定する。
ちゃっちゃとやることにしてトーコは探査魔法で状態を確認し、移動魔法で並べなおした。要領は昼間にやっているので判っている。探査魔法を使うと、角ウサギの死骸と直接顔をあわせなくて済むので助かる。最初はいちいちびっくりされたものの、彼らは昼のうちにトーコの査定方法に慣れたようだ。それぞれの数量を書き込んで、身分証と名前の確認、大抵複数人なので報酬の分配方法の確認。三分とかからず署名。
「今日は終わり? 明日と明後日もここで今日と同じに査定するから、お願い、また来てね。良かったらお知り合いにもお声がけよろしく!」
次の人も同用に。大口四人が終わったので、時間凍結魔法を解き、麻袋に十羽ずつ角ウサギを詰めて荷台に乗せていたら、早めに引き上げてきたギルド構成員が角ウサギをぶら下げているのを見つけた。自分用かもしれないけれど、トーコは机に戻った。
「角ウサギのギルドへの持ち込みはこちらで受け付けてまーす! ご利用どうぞ~!」
めちゃくちゃ怪しげな目で見られた。やっぱりトーコひとりだと怪しまれてしまう。めげずに声をかけていると、何人かが説明を聞いてくれた。三日分とりまとめで、口座台帳に記載されるのは一週間後だというとやっぱりやめる、という人もいたけれど、応じてくれた人もいる。信用がないとこういう時辛い。窓口職員のひとたちなら誰でも知っているからこんなことないのだろうけど。
それでも、今日ギルドの窓口でここのことを聞いてくれた人は、これが詐欺なんかじゃないって分かってくれるはずだからと自分にいいきかせ、せっせと声をかける。やってるうちにギルドの出張所というより、文化祭の屋台のノリになってきた。
「ギルドに持ち込みの角ウサギはこちらで査定しまーす。一羽から受付まーす。時間かかりませーん。すぐに終わりまーす。明日と明後日もやってまーす」
終了時刻間際になると、昼にも来た大口たちが集まってきた。ぎりぎりまで狩っていたのだろう、かなりの量だ。例によってトーコが移動魔法で数えやすいように状態別に並べ替えていると、東門に入ろうとしていたひとが何人か引き返してきて、何しているのか尋ねている。そのままウサギを売ってくれたので、サクラのような効果かもしれない。あと、角ウサギが整然と空に並んでいるのがインパクトあったか。
閑古鳥と仲良くなるつもりのないトーコは一計を案じた。査定が入ったら真っ先に空に並べて、その後ゆっくり身分証を確認して書類仕事をする。相手の署名が終わってからこれまたゆっくりとしまう。名づけて「現物こそが最高の看板でありのぼりである」作戦だ。
「これも頼む」
「その手!」
「角ウサギにやられた。矢の入りが甘かったようだ」
昼も来たチームのひとりが手に厚く布を巻いていた。痛そうな顔を見れば怪我をしたのは明白だ。しかも包帯代わりの布と服の汚れ具合からしてかなりの出血だ。
「治癒魔法使えるから、診せて。いつ怪我したの?」
「そろそろ引き上げようとしていた時だ。長歯化したやつだったのが運が悪かった」
「角ウサギに噛まれただけだよね。それなら治せると思う。ちょっと痛いけど我慢して」
鎮痛魔法は痛覚を鈍らせるだけでなく治りも悪くなるので、よほどの怪我でなければ使わないほうがいいのだ。トーコは水流で傷を洗い、治癒した。チームの仲間がほっとした顔をする。
「謝礼は」
「明日、また角ウサギをたくさん持ってきてね」
貴重な戦力をここで手放してなるものか。彼らは笑顔で了承して引き上げていった。
それから間もなく終了時刻になったので、トーコも店じまいしてギルドに帰還報告に行くというギルド構成員にくっついてギルドに戻ると、中は大忙しの真っ只中だ。さっそく預かり品を地下倉庫に運び、依頼書や口座帳簿を探し、雑用に走り回っていると窓口職員から呼ばれた。
「トーコ、角ウサギ」
「はーい」
十羽以上持ち込んだ人がいる。といっても今日一日で鍛えられたトーコの査定方法をもってすれば一瞬で終わる。
「良品九、角破損ゼロ、毛皮損傷二、両破損ゼロ、不良品一。不良品は焼却処分。報奨金はつくけど査定金額はゼロ。どうする? もって帰る?」
「処分でいい」
「じゃこの金額で」
トーコは窓口職員に買取票へ記載してもらう。
「トーコ、こっちもだ」
別の職員に呼ばれてトーコはそこでもカウントする。角ウサギを数えていると、横合いから声を掛けられた。
「角ウサギだけ先に買い取って貰えるって聞いたんだけど」
「今じゃないんだけど、ちょっと待っててね。これが終わったらすぐやるから」
紙バサミを取ってきて、草原の出張査定所と同じように対応する。するとそれを見ていた何人かが角ウサギを持ってきた。そのたびに草原の出張査定所の説明をして、査定する。
明日はもっと草原の出張査定所に角ウサギが持ち込まれるといいなあ。そんなことを思っていたら、元狩人のギルド職員に呼ばれた。
「明日、ギルド長が大口顧客を訪ねるから、角ウサギの良品を全部運んで」
「大口顧客?」
「そう、角ウサギの引き取り先を探すのも大変なんだ」
「昼の出張査定所に間に合うよね」
「大丈夫だ。向うも忙しい人だから長居はしないよ」
訪ねた先はトーコが今まで行ったことのない町の西側の地区だった。ゲルニーク塩沼へ行く時に通り過ぎはしたものの、通りからは外れなかった。馬車に乗るのも初めてなら、こんなに大きな屋敷を見るのも初めてだ。ゲルニーク塩沼で潤うクレムの町の塩商人の屋敷にも勝るとも劣らない。広く取った前庭には美しく整えられた花壇が秋の花を咲かせ、まるで美術館か博物館のようだった。通された客間も立派な家具や置物がこれでもかと詰め込まれている。
大分待たされた後、主人が忙しそうに使用人に指示を出しながら入ってきた。ふたりはあいさつもそこそこに話し始めた。話が難しくなってくるとトーコの語学力ではついていけない。退屈なので部屋の中を眺めていると、やっとお声がかかった。
「君、角ウサギをお見せしなさい」
「全部?」
「全部だ」
「角ウサギの状態を確認したい」
「わかった」
十羽ずつ入った袋が約四十。全部出すと部屋が狭くなる。判りやすいように五列ずつ並べ、商人に尋ねる。
「どれから見る?」
「では上から三番目の真ん中のを」
トーコは指定の袋を列から抜き出し、口を縛っている紐を解いた。工場から出荷されたぬいぐるみのように並んだ角ウサギから袋を外す。商人は一羽一羽毛皮の様子、角の状態、そして何より歯を時間をかけて確認した。
「これらは全て昨日一日で捕獲されたものです。しばらくはこの状態が続くでしょう」
そこからはまた難しい話に戻ってしまったが、聞き取れたやり取りもある。
「では明後日から一ヶ月、毎日三百、作業所へ届けてください。作業所が確保できしだい、場所はご連絡します」
「結構です。彼女に運ばせます」
「ん? それってわたしのこと?」
ギルド長がにらんだ。
「他にいるかね」
「無理。わたしは二日に一度程度、気が向いたときにお手伝いしてるだけで、いない日もあるから」
ますます強くギルド長がにらんだ。
「強制依頼だ」
「理不尽な依頼は断っていい決まりでしょ。一ヶ月も魔の領域に入れないなんて話にならない」
「理不尽ではない。むろん、君の直近の成果報酬と同等の報酬を支払う」
「え? それってツムギグモの卵のう十四個、捕獲糸四十八個、巣糸十九個、アケビ二十キロ、ムカゴ五キロ、その他キノコの類をもろもろあわせて四十キロと同等ってこと? 普通に荷車で運んだほうが安いと思うけれど」
トーコがびっくりすると相手もびっくりした。
「新米が嘘をつけ!」
「わたしは新米だけど、ベアさんは二十年のベテランだもの」
ギルド長がぎょっとした。
「ベア? 彼と組んでいるのか?」
「弟子だもん」
ギルド長の視線がトーコのベルトポートに下がる。納得したように、
「それは彼からもらったのか」
「外側は違うけれど、中身はそう」
ギルド長は強制依頼を撤回して角ウサギ三百羽を届けることだけ約束した。そして、大口依頼人の商人と握手を交わしてトーコに言った。
「君、もういいからギルドに戻りなさい」
彼は直接ギルドへは行かず、トーコを送ってくれる気もないらしい。今度からそれを確認せずに荷物運びに呼ばれるのはやめようとトーコは思った。道がわからないし、一人歩きなんてヘーゲル家のひとたちに怒られる。
「それじゃ、お先に」
トーコは彼らに会釈だけして転移魔法でギルドに戻った。ギルドの真上から地上に降り立ち、職員用の入り口をくぐって中へ入ると、今日の出張査定所に行くために待っていた元狩人のギルド職員に首尾を訊かれた。時間がないので、急いで角ウサギを地下保管庫へ戻し、紙バサミと筆記具、麻袋の束を抱えてふたりとも小走りに東門まで歩く。
「明後日から、毎日三百羽、一ヶ月届けるって言ってた。どこか遠い町に持っていって売るみたいなことを言っていたけれど、詳しいことはわたしのヒアリング能力じゃわからなかった」
「三百か。それだけ引き取ってもらえれば助かる。ギルド長もやるな」
「そういえばあの人ベアさんのこと知っていたよ。お友達かな?」
「ベアは長いからね、ギルド長だって貴重な人員くらい把握しているだろう」
「長くやっている人はやっぱり貴重なの?」
「当然。長いだけじゃなくて、魔の領域のかなり深いところまで入って、貴重な産出品を持ち帰ってこれるからね。君もせっかくベアが弟子を取る気になってくれたんだから、がんばってくれよ」
「うん」
草原の出張査定所は盛況だった。
昨日の宣伝が効いたのか、角ウサギの持込が増えた。中には午前だけ角ウサギを狩ってギルドへの義理を果たし、午後からは森へ入るようなひともいる。ギルド構成員の間では角ウサギの大発生の話が広まっており、ここでの封じ込めに失敗すると、あとでひどい目にあうという二十年前の経験者たちの話が出回っているらしい。
夕方の回では目に見えて持込が増えた。トーコの査定に時間がかからないので、近くに角ウサギを積んでおいて、手押し車や台車で運んでくるチームもいる。こうしてみるとやっぱり、ネックは重くてかさばる角ウサギの運搬だ。空間拡張容器がもっと普及すればいいのに。結晶石が高価なのはわかるけれど、使い捨ての容器とかないのだろうか。
査定業務と平行でトーコは移動魔法で草原に穴を掘った。そこに値段のつかない損傷の激しい角ウサギの死骸をあけて均等に広げる。焼却処分するのだ。
「油をかける前に、角ウサギの水分を抜いちゃっていい?」
「もちろんだ」
カピカピのミイラになった角ウサギに油をまいて火を放つ。万が一にも草原へ延焼しないように、周囲はあらかじめ水の壁で覆っている。町中だとこの焼却煙や臭いで苦情が来るので大変なのだ。
「一瞬で灰にできるほど火力のある火魔法が使える魔法使いに頼むしかないんだけど、そう何度もは強制依頼できないしねえ。トーコが使えたら油要らずでもっと良かったんだけど」
「ごめんね」
「まあ、乾燥させただけでもけっこう良く燃えるし。ここでやるならそう苦情もこないだろう」
「でも、ここで出張査定するのは明日が最後だよ」
「評判いいし、延長しないかい」
「もちろん、どうぞ。だけど、明日か明後日くらいにはベアさんが戻ってくるから、わたしはアテにしないでね」
ここ数日、季節のキノコや山菜の依頼が多くあがっているので、ベアと採った森の幸もほとんど底をついてしまった。一キロに満たないと買取価格が低くなるので半端が残っているだけだ。
昼の査定を終えてギルドに戻ると新しい仕事を言いつけられた。依頼人に依頼の品が集まったと知らせる役目だ。
「ひとりで出歩くのはダメなの」
「だって君、ギルド構成員だろ?」
頼んだ職員はあきれた。トーコもちょっと情けないとは思うが、ヘーゲル家の言いつけを破るわけにはいかない。第一道も詳しくない。
「伝言屋さんじゃダメなの?」
「向こうが伝言屋を嫌うんだよ。前回、伝言間違いがあってね。使ってくれるなと言われた」
「わたしも道がわからないから」
横から薬草に詳しい女性職員が口を挟んだ。
「じゃあ、こういうのはどう? 伝言屋に一緒に行ってもらう。その代わり、品物も一緒に持っていって、依頼人がいいって言えば、その場で荷とお金を引き換えてくる」
「え、それはちょっと責任重大じゃ」
トーコはたじろいだ。日雇い臨時アルバイトとしては、直接金銭の絡む仕事は避けたい。ところが、元狩人のギルド職員までいいね、という。どうやら最大限にトーコを空間拡張のポーチとともにこき使うつもりだ。
「だったら、他にもいくつか頼むよ。いつまでたっても荷を引き取りに来てくれないと、棚が空かなくて困る。ただでさえ、角ウサギが場所ふさぎなのに。難しいのはさせないから大丈夫だよ。もし先方が説明を求めるようなら、そのまま戻っておいで」
「伝言がメインで、あくまで荷の受け渡しは今回限りのオマケってことでいい?」
それだけ念押しして、トーコは行き先のメモと買取票、地下倉庫に収められていた依頼品を持ってギルドを出た。案内してくれるのは、貧しい身なりと、きかんきそうな顔のトーコよりも年下の少年だった。ギルド職員が四箇所の行き先を伝えると、彼はメモも取らずにうなずく。
「彼女を案内して、ここへ戻ってきてくれ」
「分かった。ちゃんとついて来いよ」
言うなり走り出し、トーコはびっくりした。ついて来いって、走れって意味? そういえば、町で見かける伝言屋っていつも走っているけれど、自分も走らされるとは思いもしなかった。慌てて追いかけるトーコをちらりと見て、伝言屋の少年は角を曲がる。見失わないようにトーコは必死で小さな背中を追いかけた。
「あんた本当にギルド構成員?」
最初の依頼人の店でやっと足を止めた少年は、ぜーぜー言っているトーコを不審そうに見た。言い返してやりたいが、息があがってしまってそれもままならない。かくなるうえは、道案内だけでなく、ひとり歩きできないから彼を雇ったということは絶対知られないようにしなくては。
短距離は苦手だけと、これでも体育の授業のマラソンは完走していたのだ。もうちょっと鍛える必要があるのは認めるけれど。今度ジョギングでもしようか。
「こんにちわ! ギルドから伝言です」
なんとか呼吸を整え、店の裏から声をかける。出てきた店の人間がトーコを見下ろす。
「ご苦労さん。何が届いたって?」
「クリムカゴ百キロ、コグルミ三百キロ。持ってきているので、確認してくれたら支払いと引き換えに引渡しも可能だよ」
「持ってきてくれたの? そりゃ助かる」
四件回る頃にはトーコはバテバテだったが、どこでもお届けサービスは好評だった。どれも、重くて日持ちのする依頼品ばかりだったから、急いで取りにいかなくていいや、とずるずる先延ばしになっていたらしいものもあった。皆、すぐに買取票に署名して支払ってくれた。
「ふー、ちょっと休憩しよう」
トーコは朝は市でもたっていそうな広場の階段に座った。ポーチから半端のアケビとお茶を出すと、走り出そうとしていた少年は素直に横に座った。
「甘い!」
「そーでしょ。とれたてだもん」
時間凍結魔法ってほんと便利。お弁当の残りのお茶をふたりで分けて、おやつに没頭する。運動の後は甘いものが美味しい。ふと見ると少年がアケビを半分残している。
「どうしたの? 美味しくなかった?」
「持って帰る」
そのままポケットにしまおうと四苦八苦しているのでトーコはあわててとめた。
「ちゃんと皮を紐か何かで押さえないとポケットが汚れるし、アケビだって汚れるよ。今食べちゃったほうがいいよ。お腹一杯なの?」
「弟たちと妹にもやらなきゃ。俺だけ食べるわけにはいかない」
半分になったアケビを見る少年の目に後悔があった。トーコははっとして恥ずかしくなった。彼が貧しいことは言われなくても分かる。それなのに馬鹿なことを訊いた。時間を消せるものなら消してしまいたい。
「お兄ちゃんなんだ。わたしは兄弟がいないの。何人兄弟がいるの?」
「弟が三人、妹がひとり」
「だったら、それは食べちゃいなよ。ちゃんとわたしをギルドまで連れて帰ってくれたら、アケビをお礼する。できればもうちょっとゆっくり目の速度でお願い」
「うん、いいよ」
リクエストどおりのペースでギルドへ辿り着き、アケビを渡して少年と分かれた。署名をもらった買取票とお金を元狩人の職員に渡して確認してもらう。お金は金庫に納まり、買取票の内容は依頼を果たしたギルド構成員の口座帳簿へ書き込まれる。
「問題なかったかい?」
「大丈夫。道案内がしっかりしていたし、皆、喜んでくれたし。あと、二番目の人にサジンダケを一キロ八クランで、五十キロ欲しいって言われたよ。ひと雨きたら取れるようになるみたい、とだけ答えたけれど、依頼をとってきたわけじゃないの」
「一キロ八クランなら妥当だろう。それじゃ依頼書の作り方教えるから、明日署名もらってきて」
「はい?」
それ、単純作業なのか? 別に判断のいる仕事じゃないから作業と言えば作業だけど、なんかちょっと違う気がする。
「はい、これ、明日行ってもらうところのリスト。午前中にこの三件に行って、そのときに近いから依頼書に署名をもらってくるといいよ、午後は残りを。夕方の出張査定所に間に合わなければ途中で戻ってきてもいいから」
「わたし、角ウサギ係じゃなかったっけ」
「人手がないんだ。保管庫の棚の空きもないんだ」
「……はい」
ベアなじみのギルド職員はハルトマン並みに人使いが荒いことにやっと気がついたトーコだった。




