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第9話 チーム(2)

 翌日はあたりが薄明るくなると同時に起こされた。眠い目をこすりながら食べた残り物のシチューは美味しく煮えていた。

 「ちょっと煮込みが足りないけれど、お肉はほろほろで玉ねぎはとろとろで美味し~。昨日のあれはなんでああなっちゃったんだろう? 何がいけなかったのかなあ」

 悩むトーコをおいて、大人たちはさっさと準備を整えた。今日はいよいよツムギグモの巣採りだ。生息地に着いたらそれぞれに行動し、明日の朝合流することになっているけれど、最初に糸をとるところだけ見せてもらうことになっていた。トーコの人懐こさと、バベッテのシチューの威力もあるだろうが、おそらくトーコとベア相手に縄張り争いの心配がないのがわかったのが大きいだろう。

 共同野営地を出て一時間も歩いたところで、夫のほうが巣を見つけた。朝もやに濡れて光るだけでなく、真上から照りつける昼の光より、低いところから指す朝の光のほうが巣糸を反射して見つけやすいということだった。夫婦にはすぐに判った巣も、ベアとトーコはかなり近寄らなければそうと判らなかった。

 彼らは持っていた枝を縛り合わせて長い棒を作り、遠くから巣を揺らす。さがってクモが出てこないのを確認すると、背中の籠から旗のようなものを取り出した。これを水が滴るほど濡らして先ほどの棒の先に着け、手早くクモの巣を撫でていく。充分濡れたら、端を外して木の板に巻きつける。ちょっと地引網みたいだ。夫が糸を巻き取り、妻が巣に引っかかったごみなどを取り除いていく。思っていたより、強引で大雑把な採集だ。ふたりの呼吸はぴったりで、あっという間に直径十メートルサイズの巣が巻き取られてしまった。

 「はい、おしまい」

 トーコが音を立てないように拍手した。夫婦が南よりを行くというので、ベアとトーコは北側を探すことにした。三十分ほどで最初の巣を見つけた。

 「だいぶ破けた巣だね。一応、葉っぱがくっついているから粘着力はあるみたい」

 念のため、遠くから移動魔法で揺らしたけれど主はいなかった。

 「やってみていい?」

 ベアが許可を出すと、巣の中心からさあっと水が広がり、消えた。後にはきらきらした水滴をビーズ細工のようにまとった巣が残る。紡錘の先でつつくと確かにくっつかない。トーコは紡錘を水平に構え、中心から延びる太い支糸を巻きつけた。紡錘を回転させながら前へ進み、少しずつ木や地面に張られた糸をはがしながら全て巻き取る。ちょっと時間がかかったものの、移動魔法でタイミングよく糸を外したり、巣についている葉やゴミも取れるので、難しくはない。

 見ていたベアは迷った。どうやらトーコは魔法を使わず手でやるということを考えていないようだ。移動魔法を自分の手足の延長のように流暢に扱っている。繊細なツムギグモの糸を支えにしている枝から外すのも、粘着しているゴミを糸を損ねないように払うにも、見た目以上の微妙な力加減が必要なはずなのだが。少なくともいきなりここまで器用な真似はベアにはできない。

 「見て、ベアさん、こんな感じでいいと思う?」

 トーコが紡錘を頭の上に掲げた。

 「いいんじゃないか。ひと濡らししてしまおう」

 麻袋にでも入れて、時折袋ごと塗らせばいいだろう。ツムギグモの巣を探してそれから三十分ほど歩くがなかなか見つからない。

 「このあたりのは採られちゃってるのかな」

 「そうかもしれないな」

 「探査魔法でもどうやったらいいのかいまいちわからない。ツムギグモ自体を探すのより難しいね」

 「あまり魔力を無駄遣いするなよ」

 言っても無駄だろうと思いつつ、言わずにはいられない。

 「うん」

 小型の魔物は何度か見かけたが、巣を引っ掛けているようなのはいない。大分歩いてやっとふたつ目をベアが見つけた。日が高くなり始め、糸が見えにくい。トーコが巣を揺らす。反応がないのを確認して同じ手順で巻き取ろうとし、高い位置に枕のようなものが葉陰に隠れるようにぶら下がっているのに気がついた。

 「あの中に獲物が入っているのかな」

 「いや、卵だ」

 「わ、ラッキー!」

 トーコは早速蓑虫のように卵のうを吊り下げている糸を外し、先ほど防水を放り込んだ麻袋に入れた。

 「トーコ、卵は別の袋に入れたほうがいい」

 「そっか、一緒になったらあとでより分けなきゃいけないものね。専用の袋も借りたし」

 「それ以前に、卵は濡らさなくていいんだろう? 巣糸のほうは時々袋ごと濡らしてやればいいか」

 トーコが不思議そうな顔をした。

 「なんで?」

 ベアはあきれた。話を仕入れてきたのはトーコ自身だろうに。

 「濡らしておかないとくっつくんだろう?」

 「うん」

 「そのままにしておいたら糸が乾く。乾くとどうなる?」

 「乾いたらくっつく。でも乾かないよ?」

 ベアはめんくらった。話がかみ合っていない気がする。

 「乾かない? 何故?」

 「だって、時間凍結魔法かけてるもん」

 「は?」

 「時間凍結魔法をかけておくと、カチンコチンになっちゃうの。水分も飛ばないの」

 「いや、そうではなく。時間凍結魔法? 使えるのか?」

 トーコはきょとんとした。

 「だってこの間見せてもらったじゃない。自己流だから使いこなせているわけじゃないけれど」

 ベアはもう一度、は? と言った。この間? いったい何の話をしているんだ? 

 「サンサネズを採りに行った帰りに、おじいさんの魔法使いが使うところを見せてくれたじゃない。そんで、その前にベアさんが魔法使いの目で見るやり方を教えてくれたじゃない」

 ベアは記憶を辿り、やっとトーコが何を言っているのか飲み込んだ。

 「一回見ただけで使えるようになったのか?」

 「六回だったよ。チョウロウクロネコは六頭いたから」

 トーコはベアが考え込んでいる間に巣糸の回収を終えていた。さっきより厚みのある紡錘をベアに渡し、拳で糸をたたく。固い音がした。

 「ね、カチンコチンでしょ」

 「……どのくらい保つんだ、これは」

 「このくらいの魔力だと三日くらいかなあ。とりあえずそれでいいよね」

 「……ああ」

 頷きながら、ベアはまだ混乱していたい。トーコには魔法の才能がある。それは認める。だけど、これはちょっと破格すぎやしないか?

 「皆、ツムギグモの巣ってもっと簡単に見つかるような口ぶりだったんだけど、意外に見つからないものだね。なにかコツがあるのかな。あ、ベアさん、キノコ。これは?」

 「食べられない。触っただけで酷い目にあうから気をつけろ。こっちのカエシダケは食える」

 ベアは傘が反り返った色鮮やかなキノコを採った。

 「なんて毒々しい色。こっちのほうが食べられなさそうなのに」

 「茹でると色が抜けて白っぽくなる。味は、まあまあだな」

 ツムギグモの巣は見つからないが、秋の森は楽しい。特にキノコは頻繁に見つかるので、小袋に溜めて量がある程度まとまったら時間凍結魔法でカチンコチンにしてしまった。木の実のたぐいも豊富だ。ベアは細長いハート型の葉を巻きつけている蔓を引き剥がした。トーコのこぶし大の丸い実が無数になっていて、蔓を剥がした衝撃でぽろぽろ落ちるものもある。

 「これはクリムカゴ。茹でても焼いても美味い。依頼はたまに出ているくらいだか。いくらでもあるから、遠慮なく蔓ごとはがしていいぞ」

 あけびに似た蔓性の植物もあちこちにあり、ベアもトーコも味見と称してつまみ食いをしているうちに、お昼はまだいいか、という気分になってきた。トーコは口をもぐもぐさせながらあけびに似た実をたわわにつけている蔓を見上げた。

 「この蔓で籠を編んだりするの?」

 「さあ。籠を編むなら、湿地帯に生えているヌマカズラやフキヤナギをよく使う。あとはこの間のハガネフジ。他にもありそうだが、よくは知らん」

 「ふうん。あ、ツムギグモの卵見っけ」

 「どこだ」

 「あっち」

 卵もあったが、巣もあった。

 「ここか」

 「ううん、違う。卵はもっと先。ひょっとしてツムギグモが巣を張りやすい場所とかって偏ってるのかな?」

 「そうかもしれんな。開けたところを歩いていたが、木が密生している場所も歩いてみるか」

 巣を揺らして主がいないのを確認して糸を巻き取る。卵のほうへ歩いていくとすぐに次が見つかった。

 「さっきのより新しいみたいだね」

 トーコは巣を揺らしてから用心深く、さっきより長めに待った。ツムギグモは必ずしもその巣の傍にいるとは限らない。巣と呼んではいるが正確には獲物を捕らえる罠であって、これをいくつもかけてツムギグモ自身は隠れ家で獲物がかかるのを待っている。だからこの隠れ家こそが巣なのだ。その隠れ家がどのくらい遠いのかまではトーコも知らなかった。というより、夫婦がやるのを見るまで、てっきりすぐそばでいるものだと思っていたのだ。

 「新しい巣は外しやすいし、壊れていないから巻き取りやすくていいね」

 続けざまにふたつの巣糸を見つけてトーコはご機嫌だ。ベアは足元から固いからに包まれた木の実を拾い上げた。

 「コグルミだ」

 「小さいクルミなの? 普通の大きさに見えるけど」

 「深いところには、もっと大きい実をつけるオオグルミがある。ツムギグモはこの実を食べに来た魔物を狙って巣を張っているのかも知れんな」

 「なるほど! ベアさんもツムギグモも頭いいね! この実美味しい?」

 「美味い。好きなだけ採っていいぞ」

 「わーい」

 トーコはさっそくかがんで拾い始め、やがて魔法でも集め始めた。なにかの群れのように飛んできた木の実は、トーコの手元に吸い込まれるようにして消えた。

 卵に到達するまでに、さらにふたつの巣を採ることができた。

 「これだけ巣があってもツムギグモには会わないね」

 「ツムギグモは日に巣を三つ張るという。誇張にしてもかなりの頻度で張るのは確かだな」

 「これとかまだ使えそうなのに。もったいない」

 卵のうを麻袋に収めながらトーコは呟いた。理由は次に見つけた巣で判った。そこに主がいないのは揺らしてみなくてもわかった。半分破けた巣の真下には鮮やかな縞模様の残骸が転がっていた。

 「チョウロウクロネコに襲われたな」

 巣糸についた黒い毛を見てベアが呟く。トーコは探査魔法を周囲に飛ばした。

 「この近くにはいないね」

 「夜行性だからな。昨夜かそこらで襲われたんだろう。先日の事もあるし、早めに野営地に戻ったほうがいいな」

 「今朝の野営地なら転移魔法でいつでも飛べるよ」

 いつもベアまかせだったけれど、今日は教えてもらいながらだけど、ちゃんと方向を確認しながら歩いている。

 「うまく野営地に飛べなくても、ユナグールには戻れる」

 「なら、もう少し先まで行くか」

 死んだツムギグモの巣を回収し終えたふたりは、次の巣を探して奥へ進んだ。ほどよく木が密集しているところを探すと、思ったとおり巣があった。

 「ツムギグモの巣にしては小さくない?」

 小さいといっても直径五メートルはあるが。揺らしてみると、ややあって一匹のクモが滑るように近づいてきたが、くすんだ茶色をしている。

 「もしかしてオス?」

 「いずれにせよ、主のいる巣だから無理だな。捕獲糸が採れるといいが」

 オスのツムギグモはトーコが揺らしたあたりをしつこく探っていたが、やがて引き上げていった。クモが去ったほうを確認して追いかける。途中うっかり巣をひっかけないように気をつけて歩かなくてはならないので、上背のあるベアは大変だ。隠れ家は漏斗状に厚く糸を張ったものだった。隠れ家の外には枯葉や葉っぱがくっついていてうまく隠れている。そして巣からはぐるぐる巻きになった白い物体が下がっていた。

 「どっちが食べかけかな」

 できれば見たくない、という顔でトーコが訊ねた。

 「小さいな。フタオリスか鳥あたりか?」

 先ほどの巣を移動魔法で揺らすとツムギグモは隠れ家からすっ飛んでいった。ベアがすばやく右の獲物を横取りし、トーコは障壁魔法と時間凍結魔法をかけて麻袋にしまった。中の魔物は麻痺毒をくらっただけで生きているらしいので用心しすぎることはない。家主が戻ってくる前に泥棒たちはそっと退散した。

 昼食にはキノコは焼いて、クリムカゴは塩茹でにして食べた。

 「ツムギグモの森は美味しいものがいっぱいだねえ」

 トーコは満悦だが、ベアは浮かない顔だ。

 「そのかわり薬草のたぐいはあまりないな。薬草探しには見切りをつけて、午後はツムギグモに集中しよう」

 というわけでトーコはさっそく、探査魔法で卵を探しだした。卵を採った後、巣を揺らすと大きなメスのツムギグモが出てきた。ひきあげていくあとを追い、隠れ家を見つける。しかし下がっている獲物はひとつだけだ。

 「次へ行くか」

 「ちょっとまって。偽の餌をやったらどうかな?」

 「偽の餌?」

 子どもの頃クモの巣に葉っぱを投げ込むとクモが飛んで来た。獲物じゃないと判ると離れていくが、葉を動かすと獲物と間違えて糸を巻きつけようとするのを何かで見たことがある。ツムギグモも視覚や嗅覚はよくないと聞いている。枯葉を角ウサギくらいの大きさにまとめて障壁魔法で包み、最初に見つけた巣に投げ込む。適当に動かしていると、飛んで来たクモが急いで長い足先で転がすようにして糸を巻きつけ始めた。途中でバレて捨てられたものの、糸の量はそこそこある。

 「次は俺がやろう」

 ツムギグモの巣採りについてはずっとトーコに任せて見学に回っていたベアだが、魔物に対する経験値が違う。ツムギグモの反応を見ながらうまく疑似餌の動きを調整し、ツムギグモは隠れ家の下に獲物を吊り下げた。

 「凄い! さすがベアさん」

 疑似餌を仕掛ける巣を換えて三つ溜まったところで、ぐるぐる巻きになった糸を回収する。あまり一匹のツムギグモに負担をかけるのもかわいそうなので、次のツムギグモを探すことにする。ツムギグモをトーコが探査魔法で探し出し、同じ手で疑似餌を持っていかせる。

 「効率はいいが、魔力を使うな」

 「じゃあ次はわたしがやってみてもいい?」

 「ある程度糸が巻かれたら、あまり激しく動かすな。自分の手に負えない獲物だと看做すと撤退するようだ」

 「判った。生きがいいだけじゃダメなのね」

 二回目も途中でクモが疑似餌を放棄したものの、三回目ではかろうじて成功した。一度クモが怪しむように動きを止めた時はドキッとしたけれど。そしてツムギグモが一生懸命獲物を運んでいる間は薪拾い、木の実集めである。

 「この季節だけだろうけど、いろんな意味で効率いいなあ」

 夕方、早めに共同野営地に戻り、採集したキノコや木の実をベアにチェックしてもらい、種類別により分けてしまっていると、作業を見ていたベアが言った。

 「ずいぶん空間拡張した袋を作ったな。維持する魔力も馬鹿にならないから気をつけろよ」

 「大丈夫。町にいる間に空間拡張魔法に時間凍結魔法を重ねがけしているから、今は魔力を消費していないよ」

 「重ねがけ?」

 「うん」

 トーコは説明した。立て続けにそれだけの魔法を使えるトーコならではの方法だが、確かに魔の領域に入ってから魔力を消費する必要はないし、考えたものだ。だが、ひとつ気になったことがある。

 「トーコ、バベッテの鍋はどこに入れた?」

 「どこって……あ! もしかして」

 トーコも気がついたようだ。トーコは急いでお椀を取り出した。あまり大きくすると判りづらいので、一辺一メートルほどに空間拡張し、すかさず時間凍結を重ねる。野球ボール大の水塊を落とす。すると、しずく形に固まった水が底に転がった。

 「水には時間凍結魔法をかけてないのに、かかってるってこと?」

 「そうとしか考えられないな。時間凍結魔法にかかる魔力はかけている時間に比例するのか? それとも対象の大きさに比例するのか?」

 「両方だよ。でもあとから物が入った場合、変わるのかな?」

 「多分変わらない。時間凍結魔法はこの空間拡張魔法が作用しているこの空間自体に効果をおよぼしているんじゃないか」

 時間凍結魔法などめったにお目にかからないのでベアも推測でしかない。トーコは器をひっくり返した。転がり出た水塊は液体にもどって床を濡らした。トーコは障壁魔法で一回り小さい深皿を作り、そこに水を満たした。空間拡張を施した器を立てて、そこへ半分だけ入れる。漣が半分だけ消える。そのまま九十度縦回転させると、空間拡張の効果範囲に入っていた水は器にはりついたまま、上半分はざっと落ちて無数の粒になって底に散った。

 「お水は予想通りだけど、お皿には張り付いたままなんだ」

 メモを取り出したトーコにベアは問うた。

 「ここへ俺が手だけをいれたらどうなる?」

 「手だけ時間凍結魔法がかかるんじゃない? ってそれ危険!」

 ごく単純な現象だけでもそこで血流が止まったら。

 「今まで入れるときは移動魔法か落としていたし、取る時も底が遠いから移動魔法でしかやってなかったけど、うっかり手を突っ込んだり、落っこちてたらやばかったかも~」

 想像してベアもぞっとした。ハルトマンが言っていた、いずれ何かやらかす、という言葉が思い出された。

 「でもなんで移動魔法は凍結されないんだろう? ツムギグモの卵のうもちょっと魔法がかかりにくい感触があったんだよね ひょっとして魔力は影響を受けないのかな?」

 「トーコ、空間拡張魔法も時間凍結魔法もあまり使い手のいない魔法だ」

 「そうなの?」

 「そうだ。だから両方を同時に使ったことがある魔法使いに弟子入りして指導してもらえればいいんだろうが、あいにく俺の知り合いにはいない。たぶん、ユナグールにはいないと思う」

 トーコが不安そうな顔をした。

 「どうしたらいいの?」

 「新しい魔法や新しい使い方をやってみるときは俺に相談するように。最悪なにかまずいことになっても、なにをやったか判らないよりは手の打ちようがあるはずだ」

 「うん、わかった。さっきの空間拡張魔法と時間凍結魔法をかけた入れ物のことだけど。バベッテ姉さんやアニにあげたのまずかったかな」

 「どんな大きさだ」

 トーコは手のひらのうえにちんまりと円を描いた。

 「このくらい。ほら、ベアさんにもあげたお土産の塩」

 「あれに魔法をかけていたのか……。吸い込みの魔法はかけているか?」

 「ううん、それはかけていない。塩を出し入れするのに必要ないと思ったから」

 「ならせいぜい指が入るくらいだろう。だが念のため帰ったら伝えておくように。ちなみにどのくらい中を拡張したんだ?」

 その話が本当なら、時間が経って魔法の効果がなくなれば中から塩がこぼれてくることになる。ベアが気がつかなかったくらいなのだから、さっきの巣糸よりは魔力が篭められているはずだ。

 「大きさはどれも十メートル×十メートル×十メートル。塩の重量でいうなら千二百トンくらいだね」

 「……」

 想像してみるまでもない。ハルトマンの警告は遅かった。あふれる前に別の容器に移そう、などという解決法は意味がなかった。ベアはかろうじて質問を続けた。

 「どのくらいその大きさは保てるんだ」

 「一番小さいのが縮み始めるまで五日、その倍時間凍結にかかる魔力を込めたふたつ目が縮み始めたのが昨日で十日目。ここまでは予定通り」

 言いながらトーコはメモを繰った。

 「ベアさんのは八番目だから、篭めた魔力は百二十八倍で、六百四十日」

 「何故、百二十八倍?」

 「最初につくった袋の倍で次をつくって、その次はふたつ目の倍ってやっていったから。十個目は五百十二倍で二千五百六十日になるはずだったんだけど、魔力が足りなくなりそうだったから、それだけうちに帰ってから作った。だから全部の実験検証には二千五百六十五日かかる計算。予測どおりなら七年ちょっとだけど、途中で忘れそう。一応バベッテ姉さんたちには縮んできたら魔法を掛けなおすからってのは言ってあるよ」

 中途半端な倍数の謎は判ったが……。

 「七年?」

 「うん、さすがに五百倍はきつかったなあ」

 「七年?」

 「予想が正しければだけど。今みたいに予測外のことがからんでいたらもっと短いかもね」

 「トーコ、ひとつだけ約束して欲しい。実験が終わってトーコがもっとこの魔法のことがわかるようになるまでは、絶対にその時間凍結魔法と空間拡張魔法のかかった品を、俺の許可なく人手にわたさないこと。今の状況でトーコの知らない場所でトーコが想像しない使われ方をされた場合、何がおこるか責任が取れない」

 一週間程度ならともかく、結晶石もなしに七年も持つとなったら、持ち主が変わる可能性がある。無知は容易に事故に繋がる。

 「うん、わかった」

 「空間拡張魔法も、あまり大きなものは人手に渡さない、そのへんに放置しない。うっかり落とした袋の口を誰かが踏んで中に落ちたら、場合によっては危険だというのは判るな」

 「うん」

 トーコも神妙な表情になった。

 「大きなものってどのくらい? 前に一辺十メートルくらいからが実用レベルだって言っていたよね」

 なるほど、それでそのサイズで実験をしたわけか。素直に信じたトーコを叱るのは気の毒だ。ベアは余計なことを口走った半月前の自分を呪った。

 「間違って人が落ちても問題ない大きさ……そうだな長持ちくらいの大きさか」

 「ベアさんが作ってくれた大きさだね。わかった」

 「それから塩は、自分で使ったり知人に少しあげるくらいならいいが、国の専売品だ。無許可販売は重罪だから、それだけ気をつけろ」

 「判った気をつける。バベッテ姉さんたちにも言っておく」

 頷いたあと、トーコは世にも情けない顔になった。

 「今気がついたんだけど。時間凍結魔法を重ねがけした袋に入れたら、個別にかけたのと同じ効果があるんだよね。てことは、今日、いちいちキノコや巣糸に時間凍結魔法をかけていたのって、全くの無駄ってこと?」

 「そうなるな」

 トーコががっくりしたところで夫婦が戻ってきたので、魔法の話はそれでおしまいになった。

 お互いに採ってきた秋の味覚を出し合って食べた夕食は楽しかった。干し肉を削りいれた鍋にキノコや掘ったばかりの芋が入る。ところが、いつまでたっても三人組が戻ってこない。明日の朝は決まった刻限に間に合わなかった者は置いていくことになっている。何度もベアに静かにと怒られているトーコとしては、例の初心者くんのミスを他人事と笑えないので心配である。夫婦やベアは集合時刻に間に合わない時は自分でどうにかするだろう、とたいして気にしていない様子だ。もともと彼らは自分たちだけで動くのが基本であり、今回のように往復だけとはいえ他人と組むことのほうが珍しいのだ。

 「彼らだってギルド構成員なんだからそんなに心配することないと思うけれど。籠にはまだ入るし、わたしたちはあと一日採集してもいいけど。水を汲みに行くのが面倒なくらいで」

 「ベアさん」

 ベアはため息をついた。

 「弟子のわがままにつき合わせて悪いな」

 それが了承の言葉だった。

 「ありがとう、ベアさん」

 ベアは飛び跳ねたトーコから目をそらし、夫婦に向けて言った。

 「お詫びに水は進呈する」

 トーコは大喜びで夫婦の水筒に空間拡張を施し、たっぷり水を補充した。たっぷりすぎて途中でベアが慌てて止めに入った。


 翌朝になっても三人組は戻らなかった。探そうにもどの方向へ行ったのかも定かでないので、それぞれ採集しつつ、彼らの戻りを待つしかない。

 ベアたちは、昨日と同じ北よりの少し別の方面へ行くことにした。

 一度の探査魔法で魔物も三人組も探すのは難しいので、トーコは試しに何種類かの探査魔法を走らせてみた。一定以上の魔力と動くものの大きさを感知する対魔物用の探査魔法と、魔力の有無にかかわらず移動する人サイズを探す探査魔法と。別れて間もなくだったのでまず夫婦が探査の網に引っかかる。彼らは今日も南側へ行くようだ。

 暫く使ってみて、意外にこの方法が楽なのがわかったので、ツムギグモと、ツムギグモの卵用の探査魔法も走らせる。ツムギグモは前述の対魔物用の警戒探査魔法でもひっかかるが、対象を絞ったほうが早く遠くまで探せるというのがなんとなく判ってきた。少し考えて、昨日ツムギグモの巣のそばで拾った木の実の探査魔法も二種類ほど追加する。

 「ベアさん、向うにツムギグモがいる。この大きさだとたぶんオス。でもそこに行く前に、木の実が沢山落ちてるところがあるから寄って行かない? いらない巣があるかもよ」

 さすがに探査魔法で主のいない巣を探すのは難しい。木の実の場所まで行くと果たして巣があった。ただし、古すぎてとっくに粘着力はなくなっていた。ベアが木切れを拾って巣を壊しはじめる。壊して空間を空けておくとまた巣をかける可能性が高いからだ。昨日、チョウロウクロネコに襲われたツムギグモを見つけた話を夫婦にした時に教えてもらった。

 ツムギグモの巣をとる人たちの中には、彼らのようにそれを専門としているギルド構成員がいる。長期にわたって安定的な採集が可能なのと需要があるから成り立つわけだが、一時期の乱獲によって日帰りできる範囲にツムギグモの生息域がなくなってしまった教訓も彼らによって受け継がれているのだ。昨日はなにも考えず、見つけただけ卵を採ってしまったが、今日は三つ見つけたら三つ目は採らずにおこうとベアとトーコは決めていた。

 夫婦には他にも暗黙の了解事項を色々教えてもらったけれど、明文化されているわけではないので、人それぞれの判断による部分もあり、たまに考え方の違いでトラブルになることもあるらしい。

 あの三人組との間に隔意があるように見えたのもそんなことなのかもしれない。でも、同じ生業同士、共同野営地の維持管理や、往復の団体行動など、協力するところは自然に協力し、情報の共有も早いようだ。たとえば疑似餌で糸を採る方法を教えたら、なんとか魔法を使わず同じことが出来ないか、他の人にも相談するようなことを言っていた。誰かがいい方法を見出せば、ツムギグモの餌を横取りせずに、糸を手に入れることができる。餌を盗られることがなければ、ツムギグモも長生きして沢山卵を産んで、沢山糸を吐いてくれることだろう。

 「作業所でとんでもない魔物が中から出てくるような事故もなくなるし、なにより疑似餌の大きさをそろえれば捕獲糸の値付けも加工所の作業も均一化できるわね。獲物の動きをどう再現するかだけど。ツムギグモは獲物を基本的に横に転がして糸を巻きつけるんだけど、最初は縦にもかけるのよね。それさえなけりゃ、遠くから長い棒でもつけてやれるでしょうけど」

 彼らが真剣なので、トーコは自分の失敗作を進呈した。途中までしか糸が掛けられていないので、中に葉っぱが入っているのがわかるのだ。中身の疑似餌にだけ一月ほど保つ時間凍結魔法をかけなおしたのでしばらくは潰れないですむはずだ。

 午前中に空の巣をふたつと、ツムギグモを六匹見つけたので昨日より断然効率がいい。ツムギグモの餌には手を出さず、疑似餌ぶんだけ糸を貰うことにしたので、一匹のツムギグモから四つまで糸を吐いてもらうことにした。

 「うーん、さすが。どっちがベアさんの疑似餌か一目瞭然だね」

 疑似餌は交代で動かしたが、ベアがやったほうが、糸の巻きが厚く、しかも放棄されない。トーコも色々試してみたのだが、動かしすぎて捨てられたり、早く動きを弱めすぎて早々に巣に持って帰られてしまったり。

 「うまくいかないなあ」

 ベアに聞いてもクモの様子を見ながらという漠然とした答えしか返ってこない。魔物を相手に二十年のキャリアは伊達でない。

 「ツムギグモの身になって考えろって事だよね。でも、ツムギグモの気持ちが判らない……」

 やりすぎて捨てられた疑似餌を拾い上げてため息をつく。

 「こればっかりは経験だな」

 ベアは薬草が少ないこの森に魅力を感じないが、トーコにとってはなかなかいい狩場だ。魔力は消費するが、このやり方なら確実に捕獲糸を採れるので悪くない。安全な野営地もあるし、ツムギグモは探査魔法で探せる。危なっかしい部分も多いが、大型肉食魔物なら障壁魔法と氷魔法で充分に身を守れることを考えると、今回のように往復を一緒に行ってくれる信頼できる人間がいればしばらくここで稼ぐのも悪くはないだろう。時間凍結魔法と空間拡張魔法があるので、一週間程度は共同野営地を拠点にできるのも大きい。普通は糸の粘り気があるうちに工房に持ち込まなくてはならないからだ。それらの魔法の提供と引き換えに同行者を見つけるのは難しくないはずだ。

 何度かベアが一緒に入って危険な動植物が自分で判るようになれば、ギルド構成員としてひとまずひとり立ちできる。ユナグール周辺の草原で角ウサギを狩るより危険はあるが、トーコは性格的に狩りより採集のほうがあっている。というより、狩人に向いていない。ツムギグモの巣採りくらいなら、いざとなったら転移魔法もあることだしめったなことにはなるまい。

 師匠の気などは知らず、探査魔法の平行展開に味を占めたトーコは今度は美味しいもの探しにかかっていた。

 「ベアさん、ベアさん、あっちにツムギグモのオスがいる。そんでその手前にシロスジダケの大きな株があるから寄って行っていい?」

 「いいぞ」

 「その手前には左側にはアケビが三本、右に行ったらハガネフジがある。どっちに行きたい?」

 「ハガネフジだな」

 「じゃ、ハガネフジのところに行くのにちょっとだけ寄り道してタイラダケを採っていい?」

 「……いつになったらツムギグモにたどり着けるんだ?」

 「だって美味しいものがいっぱいでどっちの方向に行こうか迷う~」

 種類ごとに沢山張ったので見つかるには見つかるのだ。ただし、手が足りない。ベアを引っ張るようにして、アケビ、クリムカゴ、やまぶどう、キノコ、木の実を採る。

 ベアはとうとうツムギグモ最優先、寄り道はツムギグモへの最短距離から五メートル以内のお触れを布告した。


 ベアはツムギグモが疑似餌を巣に持ち帰るのを見送った。彼もだんだん疑似餌を動かすコツが判ってきて魔力消費は最初よりは効率化されている。普段、魔物を間近に観察することなどないので、これほど一匹の魔物を長々と眺めるのは初めてだ。

 疑似餌を仕掛ける巣を換えよう。そう思って後ろを振り返ると、両腕いっぱいにあけびの実を抱えて笑うトーコがいた。

 「見て見て、移動魔法で採っちゃった。正確には障壁魔法をはさみみたいにして採ったんだけどね」

 さっきベアが選択しなかったあけびに未練があったらしい。あきれるベアの前に今度はキノコが飛んで来た。

 「キノコは簡単にはがせるから楽ちんだね」

 同意を求められても困る。ベアも採りにくい場所に生えている薬草などを採る時に移動魔法を使うが、それは自分の体を移動させるためで、薬草のほうを移動させたことはない。実際に目で見なくては状態がわからないからだが、トーコには高精度の探査魔法がある。その証拠にトーコのもとに時折飛んでくるキノコは傘が開きすぎていたり、逆にまだ熟していない果実もない。

 「もちろん、ちゃんと食べごろで虫の食ってないのを選んでるよ」

 ベアはなんと言えばいいのか判らなかった。この上なく手抜きで怠惰な採集方法だが、やりようによっては簡単にその地域の資源を根こそぎにできてしまう。トーコなりに選別しているのはわかっているが、知らない人が見たら驚くだろうし、それ以前に面白くないし、危機感を覚えるだろう。この森にトーコが一週間本気で篭ったら、彼女のあとにはろくなものが残らないことになる。

 ベアは冷や汗をかいて先ほどのプランを破棄した。なにしろ彼女の辞書に採り過ぎという言葉はない。無限の貯蔵庫を手に入れた今となっては、一年中いつでもあけびが食べられる! くらいのことしか考えていないのは明白だ。

 夕刻早めに共同野営地に戻った。運良く空の巣にひっかかっていた若い角ウサギがいたのでそれをベアが捌き、その傍でトーコは本日の収穫物を整理している。午後、歩いている間中あちこちからキノコや木の実が飛んできて勝手にトーコのベルトポーチに収まっていたのは知っていたが、改めて並べると店でも開けそうな具合だ。特にあちこちに無造作に生っている木の実やクリムカゴなど、あきれるほど大量だ。収穫物、特にキノコのチェックを求められたベアは人前では絶対やらないことを約束させた。

 「今夜のお鍋にはどれを入れる? デザートはあけびとやまぶどうでいい?」

 ベアはクリムカゴと昨日と違うキノコを選んだ。

 「他の人が来る前にしまえ」

 「半径五百メートルくらいだけど、人がきたらわかるから大丈夫。結局あの三人はわたしたちが今日行ったほうにはいなかったね」

 「探していたのか?」

 ベアは聞き返した。秋の味覚採りにばかり熱中していたわけではなかったのか。

 「探査魔法の優先順位は魔物が一番だけど、その次にはちゃんと人間を探したよ。なんのために一日残ったと思ってるの」

 キノコ狩りのためでないのは確かだ。

 鍋が煮えるころ、夫婦は戻ってきたが、三人組は戻ってこなかった。

 こうなればまずはギルドに報告だろうというわけで、早朝野営地を出た四人は自分たちの帰還報告と同行者未帰還の報告のためまっすぐにギルドへ行った。窓口の元狩人の男性職員は入域管理帳をめくって怪訝な顔をした。

 「彼らのチームは昨日戻っているよ。思い出した。午前の早い時間に戻ってきたんだ。立派なオオミミヤマイヌを持ち帰っていたよ」

 オオミミヤマイヌ?

 どっかで聞いた単語だ。

 「もしかしてあれを倒したの? 凄いなあ」

 「まて。ずっと思っていたんだが、君ちょっと呑気すぎやしないか」

 突然夫婦の夫のほうが怒り出した。

 「あれを氷付けにしたの君だろう!」

 トーコは目を白黒させた。寡黙な夫とおしゃべりな妻の組み合わせなので、彼がこんなに一度に喋るとは思わなかったのだ。

 「で、でも置いてきちゃったし」

 「だとしても一言断ってしかるべきだ! 俺たちにはツムギグモの巣を採りにいくようなことを言って、あのあとこっそり引き返したんだ。こっちは戻ってこない奴らのために一日余計に野営までしたんだぞ!」

 それは彼らのせいでもあるが、半分は残りたがったトーコのせいでもある。小さくなって謝ったが、あまり聞こえていないようだった。なだめたのは妻だった。

 「まあまあ、あれはトーコちゃんも悪いんだから。それにひょっとしたら共同売却の届けが出ているかもしれないし」

 「出てないよ」

 さらっとギルド職員が言った。そこは嘘でも出ていると言って欲しかった。トーコは目で訴えたけれど、彼はベアに声をかけていて気がついてもらえなかった。

 「共同売却といえば、以前イェーガーのチームとチョウロウクロネコを持ち込んだだろう。取り分の件で彼らから話があるそうだ。今から糸を作業所へ卸しにいくんだろう? 予定では今日戻ってくることになっているから、終わったら戻ってきてくれないか?」

 「わかった」

 ベアは平静を装ったが、内心は穏やかでない。取り分の話はついているはずなのに、その場では納得しても後になって物言いがつくことはままある。やっかいなことにならなければいいが。幸い、トーコは取り分については無関係だ。あとで自分だけ戻ってくればいいか。

 夫婦は採ってきたキノコの依頼が出ていないか掲示板を確認しはじめた。ベアたちは今回は譲ることにしていた。毎日のようにキノコの依頼があがるので、彼らの荷は明日でも問題ない。それに、夫婦にはツムギグモの包卵糸の引き出しに定評のある工房を紹介してもらえることになっている。つまり高く買ってくれるはずなのだ。持つべきものは社交性に富んだ弟子である。


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