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「よし、ひよ子はスイカ持って行くなあ。それじゃ海斗、ばいばい」
野菜畑に着いて早々幼い少女は自分の仕事を終えようかとしていた。
「おい、待て」
俺が慌てて呼び止めると「んっ?」とひよ子は振り返る。
「いや、スイカでもいいんだけどな、今朝食っただろう」
「そんなのまた食えばいいんだよお」
「ひよ子知ってたか?」
「なんだよお」
「スイカばっか食ってるとな肌が緑色になるんだぞ」
「まっ、まじか?」
ひよ子は唖然とした表情をするとその場で抱えていたスイカを落とした。
「ああ、まじだ。それに俺達もだが、ひよ子、お前は特に育ち盛りだ。この畑にはスイカの他にもいろんな野菜が植えてあるんだ。だからスイカもいいが他の野菜もバランス良く食べた方が体には良いんだ」
俺がそう言うと何故かひよ子は自分の胸をパンパンと衣服の上から二度、三度叩く。
「なあ、海斗の言うとおりにしたらここ大きくなるのか?」
「なっ……どうしたんだ急に」
ひよ子は自分の胸を抑えながら聞いてきた。俺は焦ったね、何て答えればいいんだ。
「エリーヌ姉様が言ってたんだよお、女性はここが大きくなると一生安泰だって」
「……そっ、そっか」
なっ、何を妹に吹き込んでいるんだあいつは……。
「コホン」、俺は一つ咳払いをすると、「そっ、そこが大きくなるかはわからないが、少なくともスイカばっか食べてるよりは大きくなる可能性はあるかもな」
「ほっ、本当か」
あまりにも嬉しそうな顔をするのでちょっとした罪悪感を感じたが、これこそ今は平地でも数年後にはどうなっているのかわからない。と、俺も一体何を言っているんだろうね。
「よし、それじゃあ、茄子とトマト、それにジャガイモを人数分持っていくんだ。ひよ子はトマトを人数分採ってくれ」
「わかったよお」
野菜採取を仕切り直した俺達。船の近くに植えていたジャガイモを掘り起こそうと移動した時だった。
ふっと、顔を上げるとこいつらの船が目に入ってくる。船は野菜畑の柔い地面に前方は埋もれていて後方が浮いている状態だった。
まるで空から降ってきたかのような船の体制に不気味さすら感じるが、それより更に不気味さを感じたのは奴らの船の外装だった。
船そのものは小ぶりのボートだが、船の色は水色で船の後方には『海上教会』と表記してあり、更に上に目線をやると船上の一本マストからは何故か鐘が吊るしてある。
(あいつら、海の上でチンドン屋でもやっていたのか)
個性的と片付けてしまえばそれまでだが、なかなかユニークな外装の船にしばらく俺は見入っていた。
それからしばらくして我に返った俺は船底を確認して見る事に。
(割れていない)
この時代の小型船も一世紀前と同じで『FRP』と呼ばれる繊維強化プラスチックで造られている。なので少々の傷くらいならまだ使えるのだが、船がどういう軌道を描いてここに乗り上がったのかは知らないが俺が想像していたよりも船底に目立った外傷はなかった。
「これなら海に戻せばまだ使えるぞ」
「んあ? 海斗、ひよ子はもうトマト採ったぞお」
「ああ、すまない、それじゃあそろそろ……」
振り向くと、ひよ子の腹部には先程まで見られなかった妙な球体状の膨らみができている。
「ひよ子、その腹どうしたんだ」
ひよ子は自分のお腹をしばらくじっと見て顔を上げた。
「お前の子だろう、責任逃れしてんじゃねぇよお」
「ああそうか……悪かったな」
正体なんてのは明白だったが、俺はあえて何も言わなかった。
食いたきゃ食えばいいさ、そう何度も止める程俺だってちっぽけな人間ではない。道中はあまりにも重そうにしているから「ひよ子スイカを出せ」と結局俺が持つはめになったけどな。
そうして野菜採取を終えた俺達が野菜畑から島の南側に戻っている最中だった。
「うるさい、うるさあい!」
突然、島の南側から洋華の叫び声が聞こえてくる。
(何かあったのか)
進むにつれ、今度はエリーヌと洋華の言い争うような声が聞こえてきた。
「あいつに騙されたんだ。こんなので火がつくなんておとぎ話しもいいとこだ」
「洋華落ち着くのです」
「うるさい! エリーヌはさっきから見ているだけじゃないか」
「わかりました、今度こそわかりましたよ。洋華それ擦るんですよ」
「だからさっきから擦ってるだろう! もう限界だ……すごくイライラしてきた」
「ダメです。洋華ストップです、それだけはダメです!」
「うるさぁい!」
「ダメぇぇ!」
ちょうど俺が着くと、洋華の腕は天高く伸びていて、エリーヌはそれを制止しようとしていた。咄嗟のことで事情はよく掴めなかったが気が付くと俺は海岸の方に向かって走っていた。
そして、自分でもよくわからい言葉を叫んでいたと思う。
「ファイアアァァ!」
そらからすぐに何かが海面に『ポチャン』と落水する音が周囲に虚しく響き渡った。
「わっ、私は悪くないからな。あんな物で火がつくと言ったお前が悪い」
俺の背後から洋華がすぐに弁解してくる。
「洋華、貴方が悪いんですよ。そのすぐ短気になるとこをやめなさいと常日頃から言ってるのに」
「……海斗さん、もしかして怒っています?」
俺はしばらく海を眺めていた。
夢でもいいから泉の精霊でも出てきやしないかと願っていたんだ。
だけどここは海だ。やはりというか案の定というか泉の精霊もどうやら海までは管轄外のようで、いくら待っても出てくる気配すら感じなかった。
「もう誰が悪いとか関係ないこの島ではあれしか火をつける方法がないんだよ。というか、それしか俺は知らないんだよ……」
そう言って振り返ると、二人共部が悪いと思ったのか、お通夜みたいな表情で黙り込む……。
「何かあったのですかあ」
と、その時ちょうど俺から少し遅れてひよ子が戻ってきたので、九歳の少女にもわかりやすいように説明してやった。
「火がなくなったんだ」
するとそれを聞いたひよ子はポケットに手を入れると何やらもぞもぞと探り出す。
「ひよ子マッチ持ってるよお」
(なっ、何っ!)
一番最初にその言葉に反応したのは洋華だった。
洋華の表情たるやまるでこうなる事がわかっていたかのようなドヤ顔をし、ひよ子からマッチを受け取ると意気揚々と俺の方に歩み寄ってくる。
「ふははは、わかるか先住民。これが現代科学の結晶だ」
明治時代からあるマッチを現代科学の結晶と洋華は誇らしげに言う。
『なくなったらどうするんですかあ?』と喉元まで出掛けていたが現実と向かい合うにはまだ少量残っているマッチを俺は無言で受け取った。
(何はともあれ、ひよ子様々だな)
「よし、それじゃあ飯の準備に取り掛かろう。エリーヌと洋華は野菜に串を差してくれ」
「串?」とエリーヌ。
「今朝魚に刺していたやつだ。そこに木を削って作ったそれっぽいのがあるだろう」
「ああ、あります、あります。わかりました」
そうして食事の準備に取り掛かる俺達、洋華から受け取ったマッチを使い藁に火をつけている最中だった。
何か妙に鋭い視線を背中側から感じたので俺は後ろを振り返る、するとそこには洋華が立っていて俺の手元をじっと見つめていた。
「それって最初は藁に火をつけるものだったのか」
「ああ、小さい火じゃ薪に直接火をつけても薪火は起きないからな」
「そっ、そうか……」
「まさかお前ら薪に直接火をつけていたのか?」
「えっ? まっ、まさか、ははは」
そう言って洋華は苦笑いを浮かべるとエリーヌのもとへと戻って行く、どうやら俺が言った事は図星だったらしい。こうなると頼んだ俺も悪かったようだ。