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「ええ、六年前に本土から……」
「なあ、今日本本土はどうなってるんだ?」
「それが私達にも良くわからないのです、おそらくですが陸地のほとんどが水没していて標高が高い山々がこの島みたいに離島のようになっているかと思いますが」
「お前達も知らないのか」
「ええ。私達はシスターアリアにはんば強引に船に乗せられましたので……」
「ならお前達も海に避難させられたんだな。そのシスターアリアって誰なんだ?」
「アリア先生はひよ子達のお母さんだよお」とひよ子が言う。
「そうですね、シスターアリアは私達の母であり、先生なのです」
「母? 先生? そういやあ、ずっとひっかかってたんだけど、お前らって姉妹なんだよな?」
俺がそう言った瞬間、エリーヌの目が一瞬泳いだ。
「ええ、まあ、そうなのですが、なっ、何か?」
「いや、そのな。お前らまず名前の性がそれぞれ違うだろう。それにな、エリーヌ。お前が一番疑わしいんだよ、どう見てもお前は純な日本人には見えないんだ」
「ええ、まあ、よく言われます」
(なっ、こいつ否定しちゃったよ)
と、その時だった。
「エリーヌ! 何もかもこいつに話してやる必要はない!」
突然洋華が立ち上がる。一瞬ビクッとしたのはここだけの秘密にしておきたい。
「まあ、まあ、洋華落ち着いてください、こんな状況で隠し事をしても何の得にもならないですよ。少なくともこれから海斗さんにはお世話にならないといけません。ならば信用も大事です」
「フンっ」とまたまた洋華は面白くないとそっぽを向く。
「海斗さんがおっしゃる通り、私はイングランド人の父と日本人の母との間に産まれたハーフらしくて」
「らしくて?」
「はい。私が物心ついた時には既にシスターアリアが私の母代わりでしたので、両親の記憶なんてまったくありません」
「という事は施設か何かに」
「いえいえ、施設ではないんです。経済的に苦しい家庭だったり、色々な事情で行き場を失った子供達をシスターアリアは個人的に引き取っていたのですよ。それが私と洋華とひよ子という訳です」
「そっ、そうだったのか、すまなかったな。変な事聞いたみたいで……」
「いえいえ、そんな事はないですよ。シスターアリアは血の繋がりがない私達に本当に良くしてくださいました。時には笑い、時には怒り、時には真剣に向かい合ってもくださいました。そんなシスターアリアが常日頃から私達によく言い聞かせてくれた言葉が、『血の繋がりがなくとも、お前達は姉妹なんだから姉妹同士一生助け合って生きなさい』と。今ではシスターアリアのおかげで心細くありませんし、妹達は私の心の支えです」
エリーヌは満面の笑みで話してくれた。
「シスターアリアって良い人なんだな」
「うーん、そうでもないですよ、ちょっと変わってますね」
「今が今まで感謝の言葉並べといて、変わってるはないだろう……まあ、それはそれと、お前達って六年前に本土を出たんだよな? 今までどっかの島にでも住んでいたのか」
「へ?」
「いや、『へ?』じゃなくて」
「何処の島にも移住した事はないですよ。私達、風の吹くまま気の向くままに海を彷徨っていただけですから」
「……よくそんなんで、今まで生きてこれたな」
「きっと運が良かったのでしょうね」
エリーヌは真剣な眼差しで俺を見つめている。この発言に対し俺は一体どう答えればいいんだ。現に彼女達は今現在ピンピンしている訳で、もしここに第三者がいるのであれば是が非でも聞いてみたい、『運だけでどうにかなるものなのか』とね。
「それでお前ら食料はどうしていたんだ」
何故か気になる、この島に来て彼女達は俺に助けを求めた。そうなると一番疑問に思うとこだ。
「風を食べてた」
「は?」
洋華がぼそっと呟いた。
その言葉に俺は一瞬自分の耳を疑った。
「かっ、風? じょ、冗談だよな……」
「風を食べてました」
今度は真剣な表情でエリーヌが言う。俺は未だかつてこんな妖精じみた発言を聞いた事がない。だがしかし、こいつらを妖精と思うよりかは信憑性があるのではないか。そう思ったんだ。
「かっ、風を食べてたのか、一体どんな味がするんだ」
「無味」と洋華が即答する。
「だっ、だよな。俺も今食べてみたけど、何も味がしなかった」
「食べたのか?」
急にどうしたのか、洋華は目を見開きながら俺に聞いてきた。
「ああ、食べた」
俺は何の躊躇もなく頷いた。と、その時だった。
「ぷっ」と突然、唇から何やら吹き出す音が聞こえる。
次の瞬間。
「あははははは」や「あひゃひゃひゃひゃ」とエリーヌとひよ子が突然笑い出したのだ。
それと同時に俺は察したね、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかったよ。
「洋華姉様、こいつ馬鹿ですよお。あひゃひゃひゃひゃ」
「嘘だったのか?」
「ふふふ、まさか海斗さんが信じるとは思っていなかったので、洋華に合わせてみました」
(…………)
「そっ、そっか」
「海斗さんもしかして怒ってます?」
俺は別に怒ってはいない、ここで怒ると自分の非を認めない事になってしまう、だから認めよう。俺は何て馬鹿な事を信じてしまったんだ……。
「先程のは冗談ですので気を悪くしないでくださいよ。実を言うと私達は缶詰を食べていたのですよ」
「缶詰? そんな物何処で手に入れたんだ」
「いえいえ、私達が手に入れた訳ではなく、最初から船に積んであったのですよ。アリア先生が用意してくれていたのでしょうね。当初船にはダンボールが山程積んであり中身のほとんどは食料でした。ですが今ではその食料も残りわずかに……」
「そりゃあ、六年も経てばそうなるだろうな」
むしろ良く六年ももったな……。
「ええ、今までアリア先生に甘えてきたのだと自負しております」
「自負してどうすんだ……」
なるほど、どうりでこいつら今までサバイバル生活をしなくても生きてこれた訳だ。
食料の謎も解けたとこで、ふと、空を見上げてみれば、東から出た太陽が頭上まで昇っている。それを確認したとこで俺は考えるより先に本能で立ち上がった。
「どこに行くんだよお」
早朝と同じ事をひよ子は聞いてくる。だが、早朝と違うとこもある。それは俺の返事だ。
「一緒に来るか?」
「ふぇ?」
思ったような返事ではなかったのか、一瞬ひよ子は戸惑いの表情を見せる。
「そろそろ昼食の準備をしないとな。野菜畑はあんな状態だけど幸い収穫時期が近かったからまだ周囲に散らばっていた野菜でも食べられるはずだ」
「さっきのとこに行くのかよお」
「ああ、お前達の分も取ってこないといけないからな。ひよ子手伝ってくれるか」
ひよ子は少し考えている様子だったが、すぐに「しゃあねぇな」とひょいっと立ち上がる。
「それじゃあエリーヌ姉様、洋華姉様、ちょっと行ってきますよお」
と、いう訳でひよ子と野菜畑へ向かおうとした時だった。
「海斗さん」とエリーヌが俺を呼び止めてくる。
「んっ?」と俺はエリーヌの方を振り返った。
「わっ、私達にも何か手伝える事はないのかと」
「そうだな。それじゃあエリーヌと洋華はそこの火打石を使って薪に火でも起こしていてくれないか」
「火打石?」
「ほら、洋華の足元に置いてあるだろう、それが火打石だ。使い方はわかるよな?」
俺がそう言うとエリーヌと洋華は立ち上がり火打石をまるで歴史資料館にでもいるかのように食い入るように見ている。
「だっ、大丈夫です。任せてください」
若干エリーヌの声質に不安があったものの、まあ、少女とは言ってもいい大人二人だ。この程度の事ならば大丈夫であろうと俺はひよ子と二人で野菜畑へと向かった。