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この島は周囲が二千メートル程しかない小島なので、直線距離なら先程いた島の南側から野菜畑がある島の中央までは五百メートル程の距離しかない。なので走ればすぐに着くのだが、「…………」今、突然ではあるが俺は発狂しそうだ。
早速、野菜畑に着いた俺の目に飛び込んできたのは、おっ、俺の野菜畑が彼女らの船によりものの見事にV字型に抉れている光景だった……。
「なっ、なっ、なんじゃこりゃあああ!」
この世に性を受け、おそらくワースト2に入るであろう出来事に思わず声を張り上げる。
「どっ、どうかされたんですか」
彼女達も俺の後を追い掛けてきてたのかありきたりな心配台詞をエリーヌが投げ掛けてくれた。
そんな彼女達の方を俺は振り向くと、「どうしたもこうしたもねぇよ! 俺の野菜畑がめちゃくちゃじゃないか……」
まるで九回裏ツーアウト満塁でサヨナラホームランを打たれた投手のように俺は肩を落とした。
そうしていると、ひよ子が近寄ってくる。
(俺を慰めてくれるのか?)
そう思い俺はひよ子の顔を直視していたのだが、ひよ子は俺の横を無言で通り過ぎると船の方に向かって行く。
「洋華姉様ぁ、これスイカですよお」
船の下に落ちていたスイカをひよ子は指差すと、洋華もひよ子のもとに駆け寄って行った。
「確かにスイカだ」
「洋華姉様ひよ子はスイカが食べたいですよお」
「わかった、ひよ子そこにある枝木を持ってきてくれ」
「わかりました」
今からスイカ割りでも始めようかとする流れを俺は冷静沈着に見守る。
「えいっ」とひよ子がスイカに向かって枝木を垂直に振り下ろす。パカっと真っ二つに割れたスイカを見てひよ子は悲しそうに呟いた。
「ああああ、これじゃエリーヌ姉様の分が……」
「大丈夫、エリーヌの分は私のを二つにしよう」
洋華は自分の分のスイカを更に二つに割る。
「エリーヌ、お前もこっちに来てスイカを食べないか」
「あわわわわ、エリーヌ姉様、このスイカ美味しいですよお」
ここまでの流れを朗らかに眺めていた俺ではあったがそろそろ良心が尽きてくる。堪忍の尾が切れるとはまさにこの事であろう。
「スイカ美味しいですじゃねぇよ! 何で人が育てたスイカをお前ら当たり前のように食べてるんだよ。俺が言いたいのはお前らのせいで畑がめちゃくちゃだって事なの、わかるか? ったく……ふざけんじゃねぇよ!」
こいつら俺の存在を空気とでも思っているのか舐めた態度にも程がある。だが、言った相手がどうやら悪かったらしい。
ひよ子は瞳に涙を浮かべると徐々に肩をヒクつかせ、次の瞬間だった。
「うわああああん、うわあああん。ひよ子はスイカを食べたかっただけなのに」と号泣しだしたのである。
その瞬間、何とも言えない雰囲気が辺りを包み込む。
「満足か?」
「はい?」
洋華は鋭い眼光で俺を睨みつけるやこちらに向かって迫って来た。
「幼い少女を泣かせて満足かと言っているんだ」
どうやら俺は彼女に変な誤解を与えてしまったらしい。
「いや、違うんだ。たまたまタイミングがだな」
「タイミング? 幼い少女がスイカを食べた程度の事をお前は見逃せない程ちっぽけな人間なのか」
「っぅ……」
こう言われると何も言い返せない。が、俺にだって当然言い分はあるんだ。
「そも……そも……」
「そもそも? 声が小さくてよく聞こえないな」
「そもそも、お前らがこの島に来るまではずっと俺が住んでいたんだ。この野菜畑も俺が耕して作ったんだよ。それをお前らが事情はどうであれ土足で踏み込んできて、早朝の一件もあるし、畑もめちゃくちゃだし、お前らには遠慮とか悪いとかいう気持ちはないのか!」
ああ、言ってやったね、等々言ってやったよ。じゃないと俺が浮かばねぇよ……。が、洋華の表情には反省の色はまったく見えず、それどころか、益々いきり立つように見えた。
「戻せ」
「はい?」
(いきなりこいつは何を言っているんだ)
「お前の発言から察するに私達はどうやら邪魔者らしい、ならばすぐに出て行くから船を海に戻せと言っているんだ」
「戻せと言われてもな……急にそんな事出来るはず……」
「ああ? よく聞こえないな」
「だから、そんな事出来るはずないだろう」
「奇遇だな、私達もお前と同意見だ。だから私達がこの島にいるのは偶然ではなく必然的だって事になる。ならばお前がこの島を開拓した先駆者だとしてもだ。私達と共存していくしかないだろう」
「は! 共存?」
「そうだ。だから畑のスイカを食べる権利は私達にも当然ある。何か間違った事を言っているか?」
「いえ、言ってません。すっ、すいませんでした」
気が付けば俺は大手チェーン店の業務マニュアル張りのお辞儀を洋華に向かって深々としていた。
不思議だ、怪訝には思っても、洋華の発言が正論に聞こえてくる。このままでは洋華に全ての主導権を奪われ兼ねないと危機感を募らせた俺はエリーヌに助けを求めるように視線を送った。
「まあまあ、お二人さん。ひよ子も彼の許可なしにスイカを食べたのはよろしくないですね」
「うぅ……ごめんなさい」
助かった。エリーヌが俺と洋華の仲裁に入ってくれたのだ。
「エッ、エリーヌ!」
不満なのか洋華が何かを訴えかけようとするのだが、
「洋華も洋華ですよ、強引にこじつけすぎです。確かに彼の立場なら怒って当然でしょう。野菜畑が一晩でこの様な有様になのですから。それに洋華言いましたよね、共存と。共存ってのはお互い信頼し合わないと成り立つものではありません」
エリーヌに言われ「っぅ……」と洋華は不満気な表情で黙り込んだ。
「いろいろとご迷惑をお掛けしてすいません」
「いや、わかってくれるならいいんだ」
エリーヌは俺に視線を向けると改めるようにして頭を下げてきた。
こう素直に謝ってくれるのなら俺だって男だ。目の前に困っている女性がいるのであれば手の一つや二つくらいは貸してやってもいいと思う。
「俺も言い過ぎたな、スイカくらいで悪かったよ」
(あれ?)
仲直りにでもと握手を求め手を差し出すと突然俺の目の前からエリーヌが消えている。ふっと、足元に視線を向けた時だった。
エリーヌは地面に座り込みシスター服から肩をさらけ出して気色の悪い色目使いで俺を見上げていた。
「本当に私達、船があんな状態でして他に行くとこも頼るあてもないのです。サバイバル経験などした事もなく、どっ、どうかお助けを!」
(…………)
「なあ、そんな格好をしていてお前の言う神とやらはそんな淫らな行為を許しているのか?」
エリーヌは下顎に指を添え少し考えている様子だったが、
「時と場合によっては……」
(ああ、神よお許したまえ)
「もういい、もういいから立ってくれ、さっきの場所に戻ろう。俺もお前らにいろいろと聞きたい事があるんだ。ここにいても何も解決しないだろう」
俺がそう言うとエリーヌはすーっと立ち上がり、シスター服を正すと土埃を手でパンパンと払い落とす。
「そうですね。それでは行きましょうか」
俺の方を振り向いたエリーヌの表情はケロッとしていた。
「…………」
まあ、こんな奴らだとはわかっていたんだ。少しドキッとしたのは無人島暮らしが長いせいだろうな。