第4話 綾のために
それから、トルネ爺さんの話を耳を傾けて聞いた。
「実は、綾は…いや、彼女は記憶を失ったんです」
「…記憶を失う?はっ!馬鹿げたことを言うでない。いや、お主は知らぬから仕方ないか…
記憶を失う。つまり記憶喪失はお主の世界ではどうか知らんが、この世界ではまず、あり得ないことなのじゃ」
「…何故ですか?」
「この世界の住人は魂を使って生きてるといったじゃろ?その魂に記憶が刷り込まれていくのじゃ。つまり、お主らの世界の様に、強い衝撃を受けて記憶がポローンと失うなんてないんじゃよ」
「では、なぜ?」
「…ただ、一つだけ考えられることがある。そいつはお主の知ってる女ではないということじゃ」
綾が、俺の知ってる綾じゃない…?
「別人、ということじゃ」
「別人!?そんなわけありません!顔も、声も髪型も!何もかも記憶以外変わらないじゃないですか!」
「リョーガとか言ったな。お主はパラレルワールドから来たと言った。つまり、その女も別のパラレルワールドから来たと考えられないかの?」
別のパラレルワールドから…?
「パラレルワールドとは、もしもの世界。お主はそうも言った。つまり、全くの同一人物がいて、それも記憶喪失をしていた…なんて考えられないかの?」
そんな、わけない…
そんなわけがない…
「そんなわけがない!!俺は確かにあの時、一緒に時空の狭間に飛び込んだんだ!!幸せを願って!!!」
「まてまて、落ちくんじゃ!」
「はぁー、はぁー…」
つい、取り乱してしまった。でも、そんなことがあってたまるか。あってたまるものか。
「もしかしたら本当に記憶喪失なだけかも知れんじゃろ…」
「そう…ですよね…」
俺は綾を見ながらそう言った。綾は首を傾げて俺を見る。この綾は、本当の綾なのか…?
「お前…綾、だよな…?」
俺は綾の頭を撫でながら綾に聞く。
「……わからない。多分、そう」
綾はただ、それだけ言った。
「わからない…か…」
「……さて、もうこの世界についてはわかったじゃろ?ここに居ても無駄じゃ。何かヒントを探して冒険でもしたらどうじゃろか?」
俺は唇を噛み締めながら、頷いた。
「それじゃ、これは餞別じゃ。きっと、何かの役に立つじゃろう。街はこの先直ぐにある。お行きなさい…」
俺はその餞別を受け取ると、綾を連れて小屋を出た。小屋から出て、綾の手を引っ張りながら街へと向かう。
「痛い…」
「…大丈夫だから」
「痛いよぉ…」
「大丈夫だって言ってんだろ!」
綾はビクッと身体を動かし、怯える。俺はそれに気づいて少し罪悪感を感じた。
「あぁ…ごめん…」
俺は繋いでいた手を離した。
「そう…だよな。良く考えてみたらお前からしてみたら、俺なんて誰かもわからない、ただの他人…なんだよな。ごめん……」
俺はコイツが今まで隣にいた綾とは何か違うとは思っていた。コイツからしたら連れ回されただけだろう。
「もう、街が見えてるだろ?ここからは……俺についてこなくていい…それに俺もお前を連れ回したり、しないから…」
俺はそう言ってアイツを取り残して街へと向かって走り出した。アイツは綾じゃない…そうだ、綾じゃないんだ、そう言い聞かせていた俺がそこにいた。
俺は一人で街へと入った。
「おぅー?見かけない顔だねー!まさか君、冒険者かい?」
冒険者…か。そうか、俺はトルネ爺さんが言ったように冒険すればいいのか。そうすればいずれ、ヒントが見つかるかもしれない…
「そうだけど」
「良かったら買ってかない?今なら安いよぅー?」
なんだ、勧誘か。どの世界にも勧誘はあるものなんだな。
「結構だよ」
俺は勧誘を振り払い街の中央部へ差し掛かった。
「君、冒険者だよね?」
またか…ほんとにしつこいな。
「そうだけど、勧誘ならお断り」
「勧誘…と言ったらそうなるかもしれないが、少し働いてみない?」
働く…か。確かにこの世界に来たのはいいけど、お金というものがない。
「なるほど…どんな仕事か聞いてからにする」
「なーに、単純な仕事だよ。僕がこの街であるものを落としてしまったんだよ。そのあるものを探してほしい」
「探し物依頼といったところか…で、その落とした物って?」
「おっと、ここからは依頼を受けてもらわないと言わないよ?」
ま、そうだろうな。確かに依頼を受けもせずに内容を全て聞くなんてできないだろう。しかも今回は落とし物。どんなのかを教えて依頼を受けずに先に拾われてしまったら困るだろう。
「わかった。その依頼受けるよ」
「ほんとに!ありがたいよ!手のひらサイズで黒い玉のようなものだよ!じゃあ頼んだよ!今日の夕方までにね!じゃ、僕は用があるから」
依頼主はそう言って走り去った。あ、そういえば報酬を聞くのを忘れていた。まぁ、いいか、もし報酬が無かったりでもしたらその物を放り投げてやろう。
「手のひらサイズの黒い玉…」
今更だが、あまりにもヒントが少な過ぎないか?
俺はブツブツと手のひらサイズの黒い玉、手のひらサイズの黒い玉、と何度もつぶやきながらそれを探していた。
「きゃっ…」
俺の後ろ側からそんな声が聞こえて、俺は振り返る。その声の正体はアイツだった。
「なにしてんだよ、嬢ちゃん」
「どこ見て歩いてんだよ!」
アイツは男二人にぶつかり、見事絡まれていた。
「ちょっとこっちこいよ。可愛がってやるから」
「いや……」
「いやじゃねーんだよ!お前がぶつかったんだろーが!」
「やめて…」
アイツがどうなろうが、俺の知ったことじゃない…俺の、知ったことじゃない…
「リョー、ガぁ…」
その時、アイツと目が合った。
「リョーガぁ…!」
アイツは、俺の目を見て泣いてきた。その時、俺の目にはアイツが綾に見えた…
「綾ぁ!」
俺はいつの間にか走り出していて、その男達に殴りかかる。
「やんのかぁ!?」
しかし、その男にはアッサリと避けられ、腹に一発パンチが入る。
「うぐっ…」
それに追い打ちをかけるように、腹を抱えた俺の背中に肘打ちをいれて来た。
「うがぁ…」
俺はそのまま地面に倒れこみ、男は俺の横顔を足で踏んづける。
「へっ、こんなもんかよ。お前も他のやつみたいにおとなしく見ておけば良かったんだよ」
「ぐぁ…」
俺の頭をグリグリと踏み締める。その度に耐え難い激痛が走る。
綾は…綾は…お前達には渡さない。
「渡さないっ!!」
俺が叫んだ時、ポケットの中の何かが光出した。
「ぐああああっ!何だ!何が起きたんだ!?」
俺を踏んでいた男は目を抑えながら苦しみだした。やがてその男は口から泡を吹きながら地面に倒れ込んだ。もう片方の男はそれを見ると一目散に走り去った。
「綾…ぁ!」
俺は何とか立ち上がり綾を抱きしめる。
「大丈夫だったか…?」
「うん…ありがと、リョーガ」
その時、はッと何かが覚めた。そうだ、やっぱりコイツは綾じゃない。でも、今は何故か心が通じ合っている気がする。
「私も…だよ?リョーガ」
「え?」
まさか、本当に心が通じ合っているというのか。でも、それならなんでコイツの心はわからないんだ。
「リョーガ…今、リョーガに助けてもらった時、記憶、戻ったんだ」
「ほんとか!?」
俺は綾と顔を向き合わせる。
「でも……」
「でも?」
「ううん、何でもない。好きだよ、リョーガ」
「俺もだ。綾…」
もう一度、抱きしめた。もう綾は失いたくない。
「そうだ、今 、仕事の依頼を受けてる最中なんだよ」
「しごと…?」
「そう、仕事。手のひらサイズで黒い玉みたいなんだけど…」
「…まさか、それってこれのこと?」
綾はポケットからその黒い玉を取り出した。
「あ、多分ソレだよ!流石は綾だ」
「いやぁー、それほどでも」
「この世界で、幸せになろうな、綾」
「…う、うん!」
何か綾から隠し事をしているような雰囲気が感じる…
「どうしたんだ?」
「あ、いいや。なんでもないよ!し、幸せになろっ?」
「おう!」
俺たちはまた、抱きしめあった。
夕方になり、依頼主は予定通り現れて俺は依頼を達成した。報酬も確かにいただいたが、金額がどれくらいのものなのかがわからない。一応、100ガメと1ラテというのをもらった。
「じゃあ、今日はホテルにでも泊まるか」
「そうだね!」
俺たちはホテルを見つけると、直ぐに入っていった。お金は後払いらしくて、100ガメと1ラテがどんな金額なのか知らないまま今日は泊まることになった。
「じゃあ、俺はシャワー浴びてくる」
「あ、私も一緒に、いいかな?」
「え、あ、ああ。いいよ??」
綾がそんなことを言い出すのは珍しいことだ。
というわけで、狭い風呂場に綾と二人になった。
「あ、背中洗うよ」
俺は赤くなった顔を見られないように後ろの方へとまわった。少し無言な状態が続く。
「私、まだ完全に記憶は戻ってないんだ…」
「そう、なのか?」
まぁ、それくらいは仕方ない。全部を一気に思い出す必要はない。
「それで、私達はどういう関係で、元の世界のことはあんまり覚えてないんだ」
「そうか、なら教えてやるよ」
俺は俺たちがどういう関係で元の世界のことについても事細かに説明した。
「そっか…私達の故郷、消滅したんだね…」
「ああ、でもいいじゃないか。俺は綾がいてくれれば、なんでもいい」
「そ、そう…」
俺たちは風呂を上がるとそのままベッドに横になった。俺たちはそのまま、今日の疲れを癒すように寝てしまった。