第3話 テスカの魂は放浪者のために
「ッててて…」
俺たちは生きていた。時空の狭間に身を投げた後、俺たちは生きていたのだ。俺は、こっちのパラレルワールドにくる時に衝撃を受けたのか、その影響で気絶している綾を見る。
「綾…」
俺たちは地球で唯一、助かったのだ。とは言っても、この世界ではそうではないのだが。
時空の狭間を確認しようとするが、さっきまであったはずの狭間はなくなっていた。もう、帰れないということだろう。いや、帰る必要もない。
「んん…」
「綾…!」
綾がようやく気が付いた。綾は身体を起こし、辺りを確認した後、目線は俺に向けられる。
「助かったんだよ!俺たち!」
俺は綾の肩を掴みながら言った。しかし、綾からは嬉しさが伝わらない。
「どうしたんだ、綾?」
「……あなた、誰?」
綾からの衝撃の一言だった。
「遼河だよ!忘れたのか?」
冗談はよしてくれよ。俺はそう思っていた。
「リョーガ…?」
この後、俺は意識が飛びそうになりつつも、色々確認した。やはり彼女は、綾は、記憶喪失をしてしまったようだ。きっと、先ほどの時空を超えた時の衝撃だろう。
記憶喪失は確か、何かの出来事でフッと思い出すと、聞いたことがある。俺は彼女が綾という名前で俺が遼河であると教えた。
「リョーガ、お腹すいた…」
綾は俺の袖を引っ張り、そういった。そういえば、ここは森の中で、食べ物らしきものは全く見当たらない。
「そうだな…とりあえず、街に出るか」
山ならばふもとへ出れば街くらいあるだろう。森ならば何れ抜けれるだろう。俺は、まず川を見つけ、川の流れにそって歩くことにした。
「リョーガ、あれ何?」
綾が指を指した先には、縦に黒と白と半分にわかれた服装の人がいた。
「おお、よくやった綾!」
俺は街へ案内してもらおうと、その人に声をかける。
「すみませーん!この辺に街はありますかー?出来れば案内してもらいたいのですがー?」
その男は何も返事をせず、俺に向かって歩いてくる。
「綾、これで大丈夫だからな」
とりあえず、俺は安心していた。
しかし…
ボゥッ!
目の前の白黒の服の男は、両手を広げ、その両手の間に赤い火の玉を作り上げた。
「なんだ、アレは!?」
その火の玉は徐々に大きくなっていく。俺はようやく、その正体に気付いた。ここは、パラレルワールドだということを忘れていた。パラレルワールドはもしもの世界。だからこの世界は魔法の世界なんだと。
「くっそ、なんだよ、このありきたりな昔からある物語みたいな出来事は!」
ということは、その男が俺の敵であることが、直感で理解できた。しかし、今の俺には魔法の使い方なんて知っているわけが無いし、戦えるはずがない。
俺は咄嗟に綾の手を取り、走り出す。それと同時にその男も追いかけてくる。
(こんなとこで、意味わからんやつに殺されてたまるか!俺たちはやっと幸せになれるんだ!)
「あっ!」
俺の足がいきなり固まりだし、足だけがとまり、見事に転んだ。
「だいじょうぶ?」
綾は俺を心配してくれたが、今はそれどころじゃない。速く逃げないと、逃げないと、逃げないと…
俺の呼吸が荒くなる。その男は俺の前に立ち、一言告げた。
「死ね、放浪者よ」
放浪者?何を言ってるんだ。
「綾ッ!」
俺はせめて、隣の綾を助けようと、覆いかぶさるようにして守ろうとした。
「死ね!」
最後の一言で俺は死んだかと思った。しかし、その言葉から少し経っても、殺される気配はない。俺は恐る恐る、顔を上げた。その男は灰のように粉々になりながら消えて行った。
「何が…?」
俺は何が起こったのかわからず、辺りを確認する。
「ほっほっほーっ!大丈夫かの?」
すると現れたのは俺より少し年のとった中年くらいの男だった。
「あ、あなたが…?」
俺がそう言うと、いかにもっと言いたげに黒くて少し生えたヒゲを触る。
「当然じゃ、ところでお主ら、ここでなにしとる」
中年くらいなのにお祖父さんのような話し方をする。
「何してるって…」
俺は言葉に詰まった。まさかパラレルワールドから来ました、なんて巫山戯たことを言っても信じてもらえるわけがない。男は俺の表情で察したのか、「まあ、いいわい」と言って話を続けた。
「ここは侵入禁止A地区じゃぞ?」
「侵入禁止…?」
いきなりこの世界の常識みたいなのを言われても困る。
「まさか、お主ら…」
男は目を丸くして俺たちを見る。
「着いて来い」
男は俺たちにそう告げると、背を向けて歩き出す。
どちらにしろ、街か何処かに案内でもしてくれるんだろう。着いて行っても損はないはずだ。
俺たちはとりあえず、その男に着いていくことにした。
「あの、あなたの名前は?」
「…わしか?わしはトルネじゃ。皆、トルネ爺さんと呼んどるよ」
彼の名前はトルネというらしい。愛称はトルネ爺さんらしいから俺もトルネ爺さんと呼ぶことにしよう。
「トルネ爺さんはこれから何処へ?」
「いいから着いてきなさい」
おとなしくトルネ爺さんに着いていき、しばらくすると、一軒の小さな家に着いた。俺たちは中へ案内され、ポツンと計ったかのように三つの椅子が置かれていた。俺はそれに腰掛ける。
「一つ、聞いてもいいかの?」
お茶を淹れてきたトルネ爺さんがコップを机に置いた。
「なんですか?」
「…正直申して欲しい。お主たち、放浪者か?」
「…放浪者?」
いや、だからこの世界の常識で聞かれてもわからない。
「…言い方を変えよう。別世界からの移住者か?」
俺は思わず肩をビクつかせた。
「はぁ…やはりか」
それに気付いたのか、トルネ爺さんは顔を下に落とした。
「あの、俺たちこの世界について知らないんです。教えてもらえますか?」
「ハッハハハハッ!お主たちの存在はこの世界の驚異なんじゃぞ?」
この世界の驚異?俺たちがか?
「いいだろう…説明してやる」
お前たちのように別世界から来る者は全て、放浪者と言われておる。何故か?それはこの世界を荒らすからじゃ。この世界にはテスカの魂というものがある。テスカの魂はこの世界の核となり、人間が触れてはいけないものなのじゃ。ある日、そのテスカの魂を手にいれようとする者が現れたのじゃ。そいつはつまり、お主らと同じ、放浪者じゃ。放浪者は我私欲のためだけにテスカの魂を手に入れた。テスカの魂を失ったこの世界は、終末へと向かったのじゃ。その時、偶然この世界を見ていたテスカ神が救いの手を差し伸べてくださったのじゃよ。本当に、あの時は運が良かった…あ、いや、そうじゃなくてじゃな。それからというもの、テスカの魂は八等分に分けられたのじゃ。放浪者に盗られないように。しかし、その事件があってから、放浪者の量がかなり増加した。いままで一世紀に一回、あるかないかだったのじゃが…
それからトルネ爺さんからいろいろな話を聞いた。まず、この世界の在り方だが、この世界の住人は魂を使って生活しているそうだ。簡単に言えば魔法といったとこだろう。そこ魂は俺たちが思っているオカルトチックな魂ではなく、人の持つ秘めた力のことを言うようだ。
「ところで、そのテスカの魂を手に入れて、何があるのですか?」
「…まさか、お主」
まるで犯罪者を見るような目で俺を見る。
「違いますよ、そんなこと、するわけないじゃないですか」
「……テスカの魂を手に入れると、人間が持つ欲望を一つ、叶えてくれるのじゃ」
欲望…願いを叶えてくれるのか?
「残念じゃが、我々がテスカの魂を手に入れても、何も起きない。ただ世界が壊れるだけじゃ…」
「…つまり、それって」
「ああ、そうじゃ。テスカの魂は、お主ら放浪者の為にあるようなものなのじゃ…」