表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万魔殿攻略記  作者: 縞白
GAME START
9/51

エディの約束





 食後、4人は地下5階タウンのサポートセンターへ移動した。


 エディはシウの指示に従ってサブクラスを鍛冶師から調合師へと変更。

 サブクラスは魔獣使い・鍛冶師・細工師・調合師で、シウは細工師を選んでいたため、エディの変更によってパーティ内に4種が揃う。


 ついでにメインクラスの武器とサブクラスのスキルを見て、シウが当面の育成方針を定めた。



 大剣装備でメインクラス戦士のハートレスは、ボーナス・ポイント“力”極振りで主戦力、アイテムも魔力も使わずに体力回復ができる〈調息〉のスキルを育てる。

 サブクラスの魔獣使いは序盤ではあまり役に立たないが、ある程度強いモンスターが出てくるようになると必要になると思われるので、生産スキル〈魔獣装備作製〉のレベルを上げるのに隷属の笛を作り、戦闘中に余裕があればモンスターを〈調教〉していく。

 (アクティブスキル〈調教〉はモンスターを隷属の笛に封じ込めることに成功すると多くの経験値が入り、失敗すると少しの経験値が入る。)


 片手剣と楯装備でメインクラス戦士のザックは、ボーナス・ポイント“防御”極振りで後衛の護衛役、ハートレスと同じく〈調息〉のスキルを育てる。

 サブクラスの鍛冶師は生産スキル〈防具製作〉を特化し、既存の装備品のステータスをアップさせる〈強化〉と、装備品に設定された耐久値を回復させる〈修復〉のレベルも上げていく。

 (装備品はどんな物でも耐久値がゼロになると“折れた剣”や“壊れた鎧”など、再利用不可能なゴミアイテムになる。)


 白杖装備でメインクラス魔法使いのシウは、ボーナス・ポイント“知力”極振りでパーティの回復役、魔力を回復させる〈瞑想〉のスキルを育てる(〈調息〉と同じく、まぶたを閉じて動きを止めることで発動)。

 サブクラスの細工師は生産スキル〈宝飾品作製〉を特化してステータスをアップさせるアクセサリを作るのと、〈強化〉や〈修復〉のレベルも上げていく。


 短剣装備でメインクラス盗賊のエディは、ボーナス・ポイント“敏捷”極振りで索敵と〈分析〉によるシウのアシスタント役、そして可能であれば〈盗む〉でモンスターからアイテム収集、加えて〈調息〉のスキルも育てる。

 サブクラスの調合師は今のところ生産スキル〈薬品調合〉しか使えないが、全フィールドでの使用が可能なので、素材と時間があれば積極的に行って消耗アイテムを補充し、スキルレベルを上げていく。

 (パッシブスキルの索敵は魔法使いが小範囲、戦士が中範囲で、盗賊が広範囲詳細。盗賊は最も広範囲をカバーでき、レベルを上げればトラップの存在も探知することができる。)



 方針確認後はサポートセンターで納品クエストをいくつかクリアし、先へ進む途中でクリアできそうな討伐クエストを受けられるだけ受けて防具屋へ移動。

 品ぞろえを確認したシウが言う。


「追加装備にマントがありますね。すこし防御力が上がりますし、寝る時の毛布代わりになりそうですから各自1枚は買ってください」


 灰色のマントを1枚購入したハートレスは、メニュー画面から装備した。

 他の商品についてシウとザックが相談している間、マントを身につけることで行動が制限されるようなことがないかどうか、店の中で軽く動いて確認する。


「おー。マスター、マントひらひらしてなんかカッコイイっす。でも灰色はだいぶ地味かなー。マスターは髪が長くて黒いから、赤いマントとか良さそうなのに」

「赤色は、好き」


 ハートレスは動作の確認を終えると隣にきたエディに答えて、ふと気になったことを訊いた。


「そういえば、盗賊の専用スキルの〈盗む〉はどうやるの?」

「あー、〈盗む〉ね、簡単そうでちょっと難しいんスよ。右手でも左手でもできるけど、人差し指を内側に曲げて釣り針のような形にすると、〈盗む〉可能な対象のどこかに半透明な輪っかが付いているのが見えるようになるんス。それにうまいこと釣り針指を引っかけてやると、レベルに応じた確率で成功か失敗。でもこの輪っか、相手の体から生えてるから、近づかないと指が届かねーのが問題で」


 はー、とため息をついて「へたに近づくと攻撃くらうから、紙防御の盗賊にはツライっす」とエディが言うのに、ふぅんと頷いてハートレスが「プレイヤー相手にもできるの?」と訊いた。


「たぶん。とりあえずプレイヤーは、釣り針指を作るとカバンを身につけてる辺りに輪っかが見える、のかなー。モンスターと同じでレベルによって成功とか失敗とかになって、フツーにアイテム盗めると思うけど。バレると面倒なんで、やる気無いっす」

「さっきプレイヤー同士の殺し合いは嫌だって、言ってたやつ?」

「そうっす。だってゲームだし、そこらじゅうに倒していいモンスター出るし、人間の形したモノに攻撃するとかなんかヤだし? せっかくのMMOなんだから、オレは他のプレイヤーと仲良く楽しみたいかなー。そこらへん、マスターは?」

「私は人間同士のトラブルは面倒だから、嫌い。そんなのよりモンスター狩りたい」

「それじゃオレ、やっぱりプレイヤー相手には〈盗む〉やらねーっす。システムで可能になってるならやっていいんだろ、って言ってやるヤツもいるけど、そんなの泥棒だろって真剣に怒るヒトもけっこーいるし」

「うん。エディの〈盗む〉は、モンスター限定ね。危なそうな時は、できるだけ助けに行く」

「おおー! それは嬉しいっすね!」


 じゃあ〈盗む〉はマスターの近くでやる、と笑顔でエディが話すのに、相談を終えたシウとザックが「次の店行くぞ」と声をかけた。



 武器屋はクリスタル・シティと同じ物しか売っていなかったので、すぐに道具屋へ移動。

 各自〈伐採〉に必要な木こりの斧と〈採掘〉に要るツルハシ、ハートレスは〈魔獣装備作製〉用のハンマーと細工道具、ザックは〈防具作製〉用にハンマー、シウは〈宝飾品作製〉用の細工道具、エディは〈薬品調合〉のための調合道具を購入。

 先ほどの食堂でステーキを食べるのにお金を使いすぎていたため、シウ以外は所持金が残り1桁、という状況になった。


「とりあえず必要な物は買えましたし、先に進みますか」

「おう、行くか」

「うん」

「うぃーっす」


 タウンを出て草原フィールドに入り、モンスターを倒しながら下層へ進む。

 木こりの斧とツルハシを手に入れたため、採取点を見つけるごとに立ち止まっていたので地下8階から9階へ降りる階段を見つけたところでゲーム内時間が19時になった。

 他のプレイヤー達も階段で夜が明けるのを待つかどうか相談し、行く者はさっさと先へ進んでいくが、夜はモンスターがステータスアップするので残る方が多い。


「18時半から太陽が落ち始めて、きっかり19時に日没。わかりやすいですね」

「12時間昼で12時間夜か。夜に進むのは危ないよな。モンスターのステータスがどれくらいアップするのかは分からんが、こっちは確実に見える範囲が限定されて奇襲を受けやすくなる」


 シウとザックが話し合い、今日はこのまま階段で夜を過ごすことにして、二交代制で休むべくその順番が決められた。


「えー。オレ、マスターと一緒がいいのにー」

「ふむ。それはわたしの決定に異議があるということですね?」

「……イエ。言い間違えただけっす。ザックさんとイッショ、ウレシイナー」


 ちょうど戦士が2人いるので、緊急事態を警戒してどちらか一人は起きていた方がいいだろう、という判断から最初にハートレスとシウが休み、次にザックとエディが休むことになった。

 6時間交代で、19時から1時までの組みと、1時から7時までの組み。


「周りに異常が無いようでしたら、休憩がてら交代で〈調息〉をしてスキル経験値をためておいてください。体力が全回復状態でも、〈調息〉を発動させておくとすこしは経験値がたまるそうなので。ただしエディは〈薬品調合〉で必ず小回復薬と解毒薬を作っておくように。攻略サイトの情報だと、9階のボスは状態異常の毒攻撃をしてくるようですから」

「へいー」

「語尾を伸ばさない。返事は「はい」か「了解」です」

「リョーカイ」


 へらりと誤魔化すように笑って言うエディを一瞬睨んだものの、シウはそれ以上言わずマントに包まって「ではお先に」と横になる。


 彼と一緒に最初に休むことになったハートレスは、鉄の鎧を装備しているし、ひとつの段が広いとはいえ石造りの階段が寝床なので眠れないかもしれないと思ったが、自覚しているより案外と図太かったのか、疲れていたらしい。

 太陽が落ちて月と星明かりだけの世界となった、現実ではありえないほど暗い“夜”という静寂の中で、マントに包まって大剣を抱き、ころんと寝転がると意識はあっさり眠りに沈んだ。





「レス、交代だ。起きろ」


 ザックが低い声で呼ぶと、ハートレスはとっさに大剣の柄を掴んで体を起こし、腰を低くして身構えた。


「こら待て、俺は敵じゃない。落ちつけ」


 周りに眠っている他のプレイヤー達がいるので、ザックはできるだけ声を荒げないよう気をつけてハートレスに言った。


 少々寝ぼけていた彼女は、周りの様子を見てまだ自分が『パンデモニウム』の中にいることに気づき、交代の時間だから起こされたのだと状況を思い出す。

 するとようやく体から力を抜いて「ふぁー」と子どものようなあくびをしたので、ザックは思わず「お前はどこの戦地出身なんだ」とぼやいた。


「ふぁ、ぁー……。ん? ザック、今何か言った?」

「いや、何でもない。現実では出くわしたくないが、今はお前がお前で良かったような気もする」

「意味がわからない」


 うーん、とやわらかく体を曲げたり伸ばしたりしてその場で柔軟体操をはじめたハートレスは、月明かりの下でザックを見る。

 長身のゴツい男は鉄の鎧を装備しているせいか妙に迫力があって、薄暗い中で見ると古いファンタジー映画に出てくる山賊のお頭みたいだった。


 ザックはそんなことを思われているなどとは露とも知らず、どこか不機嫌そうな様子で言う。


「どうもさっきから誰かがこっちを見ているような気がする。俺の勘違いならいいが、PKはパッシブスキルの索敵ではわからない」


 自分を中心点として自動作成されるマップに表示されるのは現在地の階数と方位、緑の逆三角マークの採取点、青い丸のパーティメンバーと赤い丸のモンスターだけで、他のプレイヤーの位置情報は表示されない。

 ザックが「警戒してくれ」と低い声で言うのに、ハートレスはあっさり答えた。


「うん。気をつける」


 とくに気にするふうもなく頷いて周囲を見渡し、簡単な柔軟体操を終えると大剣の柄に手をかけて階段に座りなおす。

 そのすぐ近くで二人のやりとりを見ていたシウは「わたしの目は間違っていなかった」と満足げに頷き、彼を起こしたエディは「さすがマスター、頼もしいっスねー」とつぶやいて眠たげにあくびした。


 見張り番を交代し、ザックとエディがマントに包まって横になる。

 二人が眠りに落ちるのを待って、シウはハートレスの隣で小声講義を開始した。


「あなたにガイドブックを全部読めと言ってもムリそうですから、一応重要な点だけ理解しているかどうか確認しておきます」



 まずガイドブック『状態異常について』のページから。

 石化などの即死系は無いが、毒・混乱・睡眠がある。

 今のところ混乱と睡眠の状態異常攻撃をしてくるモンスターは確認されていないが、シウが見た攻略サイトに「地下9階ボスモンスターが毒攻撃をしてきた」という情報が載っていたので要注意。


 「毒」状態になると体に紫色の斑点模様が浮かび、めまいと吐き気に襲われて時間の経過とともに体力が減り、動けば動くほどよけいにマイナスされていくが、残り体力1になると解除される。

 毒状態になったらあまり動かず解毒薬を使うか、誰かに回復してもらうのを待つこと。


 「混乱」状態になると視界が悪くなって周りの様子がよくわからなくなり、モンスターが襲ってくる幻覚が見えるようになる。

 異常を感じたらパーティメンバーに声をかけて確認し、気付け薬を使うか、回復してもらうのを待つこと。


 「睡眠」状態はパーティメンバーからの攻撃で解除されるので、誰かがそうなったら「蹴飛ばしてやりなさい」(パーティメンバーからの攻撃でダメージを受けることはない)。

 そのかわり自分が睡眠状態になった時も誰かから攻撃されないと起きられないので、攻撃されて飛び起きた後、その相手に怒らないこと。



 説明の途中、二度ほどハートレスが片手をあげてシウを止めた。

 手に握る大剣の重みを意識しながら、じっと耳を澄ませて夜闇に沈む階段を睨む。


 確かにザックが言った通り、誰かがこちらを見ているような気がしたが、姿が見えるほど近づいては来なかった。

 緊張した沈黙がしばらく続いた後、ハートレスが手をおろして体から力を抜くと、シウは説明を再開する。



 次は体力が限界に近く減った場合。

 8割減ると視界が赤く染まりはじめ、だんだん暗くぼやけていく。

 毒などで残り体力1などという状態になると、ほぼ何も見えなくなる。


 できるだけ〈調息〉やシウの回復魔法で8割以上の体力をキープするよう注意し、体力が6割以下になったらすぐに回復薬を使用すること。

 モンスターが逃げた場合はあまり深追いせず、一撃のダメージが重すぎるようなら撤退して別のモンスターでレベルを上げること。



「システムの言葉が本当なら、時間はまだたっぷりあるんです。焦らず着実に行きましょう」


 やや遠まわしに「勝手に突撃するなよ」と釘を刺して説明を終えたシウに、理解したのか聞き流したのか、ハートレスは素直に「うん」と頷いた。


 シウはひとまず休憩し、まだ夜明けまで時間がありあまっていたのでハートレスに見張りを頼んで二つのアイテム、タウンの道具屋で皆とは別に購入していた白紙の本と羽根ペンを取り出す。

 これは魔法使いの生産スキルである〈魔法書執筆〉に使うアイテムで、スキルを発動させて使用すればレベルに応じた数の呪文を記した魔法書を作ることができるのだが、彼は別の使い方をした。


「何してるの?」

「今日あったことと、分かったことを書いているんです。メニュー画面にはメモに使えるようなものが無いので。フレンドメールに下書き保存機能でも付いていれば良かったんですが。でも、これは意外と便利ですよ。月明かりでもなぜか問題なく書いた字が見えますし、インクなしで書けます。間違えた時は、羽根の部分で文字を払うと綺麗に消えますね。……あ。アイテム名が“白紙の本”から“魔法使いシウの雑記”に」


 ふぅん、とハートレスは興味無さそうに頷いた。

 自分から質問しておいてそれか、とシウは思ったが、彼女は戦力、見張りとして役に立っている。

 それ以上を求めることはすまいと、引き続き警戒を任せて記録に戻った。


 だから彼は気づかなかった。


 夜闇に沈む地下9階の草原フィールド。

 その奥にいる万魔殿の最初のボスであり、彼らが明日戦うことになるだろう、テストプレイヤーに「ソロ殺し」と呼ばれたモンスター。


 テストプレイの時に戦ったそれを思い出し、ハートレスが月明かりの中で微笑んでいたことに。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ