ロールプレイ
「こいつはウチの主戦力だ。観賞用の女が欲しけりゃ他を当たれ」
ザックが一言で切り捨てたので、ハートレスは彼らに背を向けて地下3階の草原フィールドへと歩き出した。
その隣にシウが並び、後ろに続いたザックを青年が慌てて追いかける。
「待って待って! オレ攻略したいんで、観賞用とかイラネーっす! でも男だけのパーティとかしょっぱすぎて萎えるんで、できれば美人なお姉さんがいるトコ希望で!」
「大声を出すな。うるさい」
「スンマセン。でもオレ、手は出しませんよ。女王さまと犬なロールプレイの感じで行きますんで、言うこと聞きます。見たとこ戦士と魔法使いのパーティですよね? オレ盗賊なんで、〈分析〉とかでお役に立ちますよ!」
盗賊の専用スキルである〈分析〉は、スコープやゴーグルを装備している時に使えるアクティブスキルで、モンスターや他のプレイヤーの情報を調べることができる。
万魔殿の初期クラスは戦士と魔法使いと盗賊なので、彼を入れれば3種揃うことになり、確かにバランスは良くなるだろう。
しかしMMOゲームの場合、役に立つスキル持ちでも性格に問題がある場合はいない方がマシ、というのはよくある話だ。
パーティ内でトラブルを起こす味方は、へたなモンスターよりはるかに厄介な敵になることがある。
ザックとシウは無視して進もうとしたが、その先頭にいたハートレスが追いかけてくる青年の言葉を聞いて、ふと足を止め振り向いた。
小首を傾げて質問する。
「本当に言うこと聞くの?」
「ハイ! 忠犬になるっす!」
「わんと鳴けと言われたら?」
「わん!」
こいつはプライドというものがないのか、という冷たい目でザックとシウは即答した青年を見たが、彼はまるで気にせず愛嬌たっぷりの笑顔で「ニャーもいけます!」と付け加える。
屈託のないその反応に、ふ、と唇がゆるみ、ハートレスは声をあげて笑った。
本当に言う人がいるとは思わなかったと、無邪気な子どものような声で笑う。
それは彼女にとって1ヵ月前にロキと初めて会った時以来の、久しぶりの笑いだった。
一方、ザックとシウは、思わず顔を見合わせる。
テストプレイ中も今日も、ハートレスがこんなふうに声をあげて笑ったことなどなかったから驚いたのと、彼女を笑わせた青年にかすかな興味を持ったので。
「入れてみるか?」
「……そうですね」
ザックが訊くのに、すこし考えてからシウが頷いた。
パーティの最大人数は5人で、近くには顔見知りがいない(正確に言うならザックとシウのVRゲームでの知り合いがいるはずなのだが、現実の顔がわからないので誰が誰だか判別がつかない)。
問題を起こすようならシウがリーダー権限で「追放」を使って放り出せばいいし、素直に従うなら本人の言う通り盗賊のスキルを活用して役立ってもらえばいい。
そうして青年、クラス盗賊のエディは、シウの指示にも従うと約束してパーティに加わった。
「やった! よろしくお願いしまっす!」
ザックより低いがシウよりは高い背丈で、男性にしてはひょろりと細い体に革鎧、腰には短剣を装備している。
キャラメル色の髪に緑の目、人懐っこい犬のような顔立ちをしているが、やや猫背。
年齢はハートレスと同じくらいだ。
軽い調子で喜ぶエディを改めてきちんと見たハートレスは、「よろしくお願いします」と笑いを含んだ声で挨拶してから、もうひとつ訊いた。
「身の危険を感じたら叩き斬るけど、いい?」
「大丈夫っす! 下僕は自分から手を出したりはしないんで。あ、踏んでもらえるなら喜んで踏まれるんで、いつでもどうぞ!」
爽やかな笑顔で答えたエディに、ザックとシウは呆れた様子でため息をつき、ハートレスはまた笑った。
◆×◆×◆×◆
地下3階の草原フィールドから戦士2人、魔法使い1人、盗賊1人の4人パーティで攻略を開始したハートレスたちは、とくに何の苦労もなく半日ほどで地下5階のタウンへ辿り着いた。
その間に10回、ピコンと音がして空中に「システム・メール受信:プレイヤー死亡確認映像」というメッセージが出たが、それについては誰も何も言わない。
4人中3人がテストプレイ参加者で、地下9階にいる最初のボスモンスターを倒して10階のシティに到達していることもあり、時々休憩を挟みながらさくさく進む。
「ホントに女王さまが主戦力なんスねー」
道中、鼠や犬、イモ虫やカマキリなどをモンスター化したような敵が出てきたが、ほとんどすべてハートレスが叩き斬ったのでエディは目を丸くした。
しかしハートレスは、リアルなモンスターより本当に「女王さま」と呼んでくるエディに内心戸惑う。
「女王さまじゃなくて、レスでいい」
「えー。そこはロールプレイの基本っすよ。犬が女王さまの名前呼び捨てにしてたら雰囲気ブチ壊し。でも女王さまが気に入らないなら、別の呼び方にします。んーと。陛下とか、ご主人さまとか、主さまとか?」
エディは時々くだらないお喋りをするものの、指示に従って自分の役割はこなしていたので、その話もザックとシウは聞き流した。
そしてハートレスは延々と呼び名の提案をし続けられるのに飽きて、「マスター」で妥協。
「あ。マスター、右前方に敵出現」
盗賊のパッシブスキル〈索敵・広範囲詳細〉で敵を発見したエディの報告を聞くと、一瞬で戦闘モードになって狩りに行く。
通り道の採取点・草むらでアイテムを〈採取〉しつつ、さほど強いモンスターもいなかったのでほとんど回復の必要もなく4人はレベル5か6に上がり、地下5階の草原フィールドの真ん中にある石造りのタウンへ入った。
「なんか旨そうな匂いがするな」
20mはありそうな高くて分厚い石壁で守られたタウンへ入ると、ザックが気づいて辺りを見まわした。
NPCなのかプレイヤーなのか、見ただけでは判別のつかない人々が行き交う石畳の街並みには、道具屋や武器屋、防具屋に混じって食堂が建っている。
ハートレスは顔を上げ、くん、と空気の匂いをかいだ。
甘くてこうばしい、いい匂いがする。
「腹は減ってねぇが、何か食ってくか」
「そうですね。確認したいこともありますし、ドロップ品を売って、どこか入りましょう」
「うん」
「おおー。VRの初メシだー!」
近くにあった道具屋で、今すぐには使わなさそうなドロップアイテムを売って所持金を増やすと、他のプレイヤーもNPCもいないがらんとした食堂へ入る。
そうしてザックやシウに続いて木製のイスに座ったハートレスは、何の反応もない空のテーブルを(あれ?)と不思議そうに見つめた。
彼女が現実の世界で行ったことのあるレストランは、イスに座った瞬間テーブルにメニュー画面が開いて店員の立体映像が「いらっしゃませ!」と満面の笑みで挨拶し、新しく開発された野菜を使った流行の料理を映像付きで紹介してくれるのが普通だった。
しかしここは店員のホログラフィーどころか、食事を選ぶメニュー画面さえ出てこない。
これまでハートレスが入った店やサポートセンターでは、店番や桃色髪の受付嬢が「いらっしゃいませ」と言って空中にメニュー画面を表示してくれたのだが。
いったいどうやって料理を頼めばいいのか。
ハートレスは無言で木製のテーブルを見おろした。