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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GAME START
6/51

パーティ





「狙われるって、PK(プレイヤー・キラー)に?」


 首を傾げたハートレスが訊くと、シウはため息をついて答えた。


「その様子だとガイドブックを読んでいませんね。たぶん読まずに突っ走るタイプだろうとは思いましたが、この状況だと危険ですよ。

 いいですか、女性はPKより酷いことになる可能性があるんです。『パンデモニウム』は戦闘のリアルさを売りにしたゲームですから、もともと女性のプレイヤーが少ない。しかも本来再現されてはならない感覚への接続制限が解除されて、何と言うか……」


 言葉をにごした彼の様子から何が言いたいのかを察したハートレスは、メニュー画面からガイドブックを開く。

 そして『デスゲームについて』のページの中に「全感覚の接続によって現実と変わらないレベルでの飲食、喫煙、性行為が可能」という文章を見つけると、納得した様子で言った。


「PKじゃなくレイプされる可能性があるのか」

「お前、さらっと言うなよ。だけどまあ、そういうことだ」


 ちょっと複雑そうな顔をしてザックが頷き、シウがもう少し詳しく説明した。


「ただしゲームの仕様として、相手が現在装備しているものを他のプレイヤーが引きはがす、ということはできません。行為そのものは可能ですが、一応は双方の同意が無ければできない、ということになっているようです。それに転移石を持っていれば、どこからでもポートへ逃げられます」


 けどなぁ、とザックは不機嫌そうに言う。


「脱がすことはできなくても触ることはできる。しかも転移石は高いだろ。序盤はすぐ金欠になるもんだし、転移石無しの状態でどっかの袋小路にでも追い込まれて囲まれたら、逃げるのも返り討ちにしてやるのも難しい。とりあえず俺とシウにお前を襲う気はないし、こっちもひとりでも多くの使える戦力が欲しいからな。声をかけてみることにしたんだ」

「戦力として見てくれるのは嬉しいけど、ザックとシウが私を襲わないと断言できる理由は?」

「俺は襲わないというか、お前みたいなガキは頼まれてもムリだ。女は最低でも30歳以上じゃないとな」

「なるほど。私は最低ラインより12歳も下だから、熟女専門のザックにとってはただのガキ。それじゃあシウは?」

「……若い女性の口から“熟女専門”などという言葉を聞く日が来るとは」


 メガネをかけた優男は力なくため息をついて、ハートレスの体の一部をちらりと見てから視線を外して答えた。


「わたしはもっとつつましいタイプの方がいいので」

幼女趣味(ロリコン)?」


 直球で訊いたハートレスの言葉に、ぶはっ、とザックが噴き出し、鋭い目で一瞬睨まれるのに慌てて自分の手で口を押さえ、ぷるぷると肩を震わせた。

 その隣で吹雪のように冷たい空気をまとったシウは、視線だけで人を射殺せそうな目にハートレスを映し、極寒の口調で答える。


「真っ向からそんなことを訊かれたのは初めてです。そんな趣味はありません」

「ごめんなさい」


 ハートレスは素直に謝ったが、シウにとってお前はロリコンかと訊かれるのはものすごく腹立たしいことだったようだ、と多少は察した。

 謝罪ひとつだけでは足りないような気がしたので、自分についての情報を付け加える。


「私は友だちも恋人もいない。だから自分の好みはわからない」


 なぜか一瞬、ハートレスの脳裏にロキの姿が浮かんだが、驚いたザックの声でかき消えた。


「なんだそれ。処女ってことか?」

「うん」

「いや、お前な。だからそういう事をあっさり言うなと」

「答えを聞きたくないなら質問しない方がいいよ」

「そりゃそうだが。本当にその体で恋人無し?」

「襲われたことならあるけど。恋人がいたことはない」

「……そうか。訊いて悪かった」


 笑いをひっこめて謝ったザックに、ハートレスは「気にしない」と答える。



 現実の世界で体目当てに襲われた時、彼女は全力で戦ったから無事だったし、容赦なく抵抗して相手にかなりの傷を負わせるのに、歯や爪というのはそれなりに役立つ武器であることを学んだ。

 人という生きものが、意外と脆いものだということも。


 それを学ぶ代償は周囲から危険物であると認識され、遠巻きにされることだったが、元から友人などいなかったので何のマイナスもなかった。

 周りがこれは“眠れる獣”だと理解してくれたおかげで、とても静かに生活できるようになって、むしろ過ごしやすくなったくらいだ。



 ハートレスとザックの話を聞いていたシウは、ふぅと息をついて自分を落ち着かせ、話を戻した。


「性癖暴露大会はもうこれくらいでいいでしょう。それで、ハートレス。パーティについてはどうしますか?」

「私が入ってもいいのなら入れてほしい」

「一応確認しておきますが、わたしたちは誰かがクリアするのを待つ気はありません。積極的に攻略していきますよ。死なない程度に、ですが」


 うん、とハートレスは迷いなく頷いた。


「私も待つ気はない。せっかく1,000日もこの世界にいていいって言われたんだからたくさん戦いたいし、できれば地下100階のゲームマスターも自分の目で見て戦ってみたい」


 ザックとシウが見ていた通り、ハートレスは初見のモンスターでもまったく怯まず、むしろ楽しんで襲いかかっていけるタイプの戦士だ。

 しかしMMOのゲームというのは基本的に複数人でパーティを組んで攻略されることを前提に作られているものなので、怖れ知らずの戦士といえど単独(ソロ)で簡単にクリアさせてくれるほど甘くはない。


 たいていのMMOは少しでもプレイヤー人口を増やそうと序盤の難易度を低めにしてあるので、ここでも最初はソロで問題なく進めるかもしれないが、おそらく早々にレベルが上がらなくなって成長が頭打ちになるだろう。

 それは「よりプレイヤー達を仲良く遊ばせるため」に、パーティを組んだ方がメリットが多いよう作られている仕様の影響だ。


 たとえばパーティを組んだ方がソロより強い敵に勝てるので段違いの早さで経験値やお金を稼げたり、仲間内でうまくやりくりできればアイテムを集めるのも装備を調えるのもぐっと楽になったりする。

 システムの穴をついた攻略法に気づくか、運よく特殊なアイテムを手に入れたりすることができればソロでも進めるかもしれないが、ハートレスは自分がそれほど幸運でもなければ賢くもないと自覚していた。


 非社交的な性格であろうがなかろうが、攻略していくためにはいずれ誰かとパーティを組む必要に迫られるだろうし、他のプレイヤーと一緒に戦うというスタイルに慣れるためには早いうちに組んだ方がいい。

 だからその組む相手がテストプレイ中に遊んでくれたザックとシウなら、彼女には断る理由などなかった。



 そしていかにも戦闘狂らしいハートレスの返事を聞いたシウは、満足げに頷いた。


「やはりあなたなら一緒にこのゲームを楽しめそうですね。それでは最後の確認を。パーティを組んだら基本的にわたしかザックの指示に従ってもらうことになりますが、それでもいいですか?」

「うん。私は戦いたいだけだから、考えるのはシウにまかせる」

「おう? さりげなく外された俺の立場は?」

「シウがいなくなったらザックに従うけど、シウはザックが守るからそんな事は起きないと思う」

「そうですね。この男は防衛戦だけは異常に得意ですから、それでいいでしょう」


 つまりはハートレスもシウも、ザックがシウを守りきると考えているわけで、長身のゴツい男は「うーむ」とうなって苦笑した。

 前にパーティを組んだ時、「攻めるより守って戦う方が性に合っている」と言って回復役であるシウの護衛にまわったのは確かに自分だが、こんなふうに言われると何ともむずがゆいものを感じるな、と思う。


 そうしてザックがうなっている間にリーダーのシウが手を差し出して、万魔殿式のパーティ勧誘をした。

 ハートレスがその手をパンと軽く叩くと、ピコン、と音がしてハートレスの目の前に「パーティに加入しますか?:リーダー・シウ(魔法使いレベル2)/ドロップアイテム:ランダム分配」というメッセージが表示され、「はい」と「いいえ」のボタンが現れる。


 ハートレスは「はい」のボタンに触れてパーティに入り、ついでに二人とフレンド登録をした。

 フレンド登録をするには相手プレイヤーと握手し、その後に出る「シウ(魔法使いレベル2)とフレンド登録しますか?」というメッセージの選択肢から「はい」を選べばいい。


 ログアウト・ボタンが消えたように個人チャット・ボタンもメニューから無くなっていたが、フレンドメール機能は残っているので登録をしておけば遠く離れた場合でもメールで連絡が取れるし、ついでにメニュー画面のフレンドリストからの操作で行う、アイテムやお金を取り引きする交換(トレード)機能も使える。


「よろしくな、レス。まぁ難しいことはシウに任せて、俺たちはゲームを楽しもうや」

「死なない程度に遊んでいきましょう。これからしばらくよろしくお願いします」


 口々に言う二人に「うん」と頷いて、ハートレスは階段に座ったまま丁寧に一礼する。


「よろしくお願いします」


 戦士装備でそばに置いた大剣の柄から手を離さないところを抜きにすれば、それは礼儀正しいどこかの令嬢のような挨拶だった。


 この娘はやっぱりどこか奇妙だな、とザックとシウは無言で目を合わせたが、どちらも口に出して言うことはない。

 今こんなところで現実の事情について話をする必要はないし、へたに聞くと自分たちの事情まで話さなければならない状況になるかもしれないからだ。

 たまに話の種にするくらいならともかく、ゲーム内に現実を持ちこんでもあまり良いことは無い。


 パーティのリーダーであるシウが、話を進めた。


「それではさっそくですが、レス、サブクラスと持ち物を教えてください」

「サブはオカリナ装備の魔獣使い。持ち物は転移石クリスタル1個と小回復薬2個、採取カゴと2階に出るモンスターのドロップアイテムがいくつか」

「転移石1個は少ないですね。次のシティに着いたら最低3個は買うようにしましょう。回復は私の魔法と〈調息〉スキルで行うようにして、アイテムの消費は緊急事態に備えてできるだけ抑えるように。あと、ボーナス・ポイントは“力”に極振りですか?」

「うん」

「となると防御力が問題ですね。しかしあなたの戦闘スタイルだと、攻撃力を特化させるのが良さそうですし」


 ふむ、と考えるシウにザックが言う。


「俺のサブは鍛冶師だ。〈防具作製〉スキルを強化してレスの防具を優先的に作ろう。どの道スキルレベルを上げるには数作らないと、経験値稼げんからな」

「そうですね、とりあえずその方向で行きますか。あとは当面の目的地ですが、地下5階にあるはずのタウンを目指します。わたし達は全員採取カゴしか持っていないので、途中の木材系と金属系アイテムの採取点を捨てていかなければならないのが多少ひっかかりますが」

「木こりの斧もツルハシもカゴより高いし、最初はほとんど採取点が出てこないから買ってないんだよな。まあ5階のタウンで買えばいいだろ。今1階に戻るのは面倒くさそうだ」


 ザックの言葉に他の二人も同意して頷いた。

 地下1階のクリスタル・シティが今どうなっているのかはわからないが、あの混乱状態はすぐにはおさまらないだろう、というのが全員一致の予想だ。


「本物か偽物かは不明ですが、この状態が続くなら間もなく最初に死亡したプレイヤーの映像がシステム・メールで送られてくるでしょう。混乱が落ち着くとしたら、そのメールが10人ぶん終わった後でしょうね」


 それまでにどれくらい時間がかかるのかわからないし、5階でも買える木こりの斧やツルハシを手に入れるためだけに、のこのこ1階へ戻って混乱に巻き込まれたいとは思わない。


 意見がまとまったところで立ちあがり、地下3階の草原フィールドへ降りようとして、しかし後ろから猛スピードで階段を駆け下りてくる青年に気づくと3人はPKを警戒して身構えた。


 彼がハートレスを目指して一直線に走っていることに気づいて、ザックが一歩前に出る。

 PKなら戦うだけだが、もし違った場合、身の危険を感じたハートレスに大剣で叩き斬られるより、ザックの楯で殴られる方がまだマシだろう。


 しかし青年はザックの楯にぶつかることなく数歩手前で急停止し、目をきらきらと輝かせて言う。


「美人なお姉さん発見! お願いします! オレも一緒に連れてってください!」


 彼にとっての“美人”の基準は顔ではないらしく、その視線はハートレスの胸に釘づけだった。





 「PK」は「プレイヤー・キラー(プレイヤーを殺すプレイヤー)」の略と、「プレイヤー殺し」の略で使用します。単独で「PK」と出た場合は「プレイヤー・キラー」。「PKする・PKされる」などの使い方の場合は「プレイヤー殺し」という意味となります。

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