トラブル
「『紅の旅団』ギルドマスター、ハートレスさんかな?」
濃い金色の髪と薄い青の瞳をした美しい青年が、ハートレスだけを見つめて訊ねる。
しかし彼女が返事をするよりも早く、その向かいに座っている親衛隊リーダーのオズウェルが、手の甲に刻印された『紅の旅団』エンブレムを見せながら答えた。
「うちのギルマスは見ての通り、今から食事をするところだ。話がしたいのなら、待つか出直すかしてくれ」
食事が来るまでの間なら話をしてもよかったハートレスは、しかし自分の周りにいるギルドメンバーが声をかけてきた青年達に対して警戒している様子なのに気づくと、何も言わずオズウェルに任せることにする。
基本的に空気の読めない彼女だが、生粋の戦闘狂としての本能が、ギルドメンバー達の警戒心に含まれる戦闘前のような静けさを敏感に察知していた。
一方、それに対する金髪の青年は、愛想の良い笑顔を崩すことなく答える。
「そんなに邪険にしないでください。ちょっとしたお願いをしに来ただけなんですから」
彼はVRMMORPG『パンデモニウム』がデスゲーム化して容姿が現実のものになっているということを一瞬忘れそうになるほど、美しい顔立ちをしていた。
そして自分の容姿の良さを十分に理解している、そのどこか傲慢な態度が『紅の旅団』の男たちをイラつかせる。
彼女の右隣に座っているエディが「なんかヤなヤツー」と小声で言ってくちびるを尖らせ、その隣のリドが同じく小声で「聞こえるよ」と注意した。
ただ、この場で唯一の女性であるハートレスがまったくの無反応だったため、それ以上の反発は抑えられている。
「交渉事はサブマスの担当だ」
戦闘狂の集まりである『紅の旅団』の中でも、いくらか理性的な方であるオズウェルは表情を変えずに応じた。
「それに、さっきも言ったが、うちのギルマスはこれから食事なんだ」
だからさっさと帰れ、という言外の言葉を、しかし金髪青年はあえて無視する。
彼は自分を魅力的に見せると知っている笑顔を浮かべ、オズウェルではなくハートレスに視線を定めて近くのテーブルに座った。
「いいですよ。どうぞ、食事しててください。ボクが勝手に話しますから」
自信たっぷりの笑顔だったが、残念ながら相手もタイミングも悪い。
その時ちょうど運ばれてきた料理に、ハートレスの注意は一瞬にして奪われた。
「はいどうぞ! たーんと食べていきなァ!」
おばちゃんNPCがテーブルに並べたのは、山盛りのできたて串焼き肉が乗った皿。
久しぶりのタウンでの食事だ。
今のハートレスに、それを食べる以上の優先事項はない。
「いただきます」
さっそく手をのばしてテーブルに並べられた肉料理にかじりついた彼女に、いとも簡単に視界から外された金髪青年の笑顔がひきつり、それとは逆に『紅の旅団』ギルドメンバーたちは「ざまあみろ」という顔でニヤリと笑う。
ただ一人、オズウェルだけが面倒くさそうな顔をしてため息をついた。
「そんなに話したいなら、さっさと用件を言ったらどうだ? 必要だと判断すれば、後で伝えておいてやる」
「……伝えておいてやる、だって? なにその上から目線」
ハートレスに無視されたことが、よほど気に入らなかったのか。
テーブルに座ったまま足を組んで、いきなり態度や言葉づかいを一変させた金髪青年がバカにした口調で言った。
「『万魔殿踏破軍』ナンバー3のこのボクが、わざわざ出向いてきてやってるってのに。アンタら揃いもそろって失礼すぎるよねぇ?」
最初からピリピリとした緊張感の漂う彼らの間で、その発言は宣戦布告に等しかった。
ハートレス達『紅の旅団』側はエディとリド、オズウェル率いる親衛隊パーティで、合わせて八人。
金髪青年が連れてきている『万魔殿踏破軍』のギルドメンバーは十七人で、合わせて十八人。
相手の方が頭数が多かったが、血気盛んな『紅の旅団』のギルドメンバー達がその程度で弱気になるわけもなく、「ヤんのかコラ」とでも言わんばかりの好戦的な目つきで金髪青年を睨む。
ただ、オズウェルは周りとは違い、怒るどころかむしろ不思議そうに答えた。
「俺たちがそんな安い挑発に乗ると思ってるのか? 破軍のナンバー3だか4だか知らんが、つまりはギルドマスターどころかサブマスターにもなれない、ただのギルメンだって自己紹介だろう。その程度で偉ぶっても、ただの恥さらしにしかならないと思うんだが」
緊張感が一気に消え、旅団のギルドメンバー達は目を丸くしてオズウェルを見た後、いっせいに笑い出した。
「そりゃそうだ!」
「なんだ、ただの勘違い野郎か!」
「良いところは顔だけなんて、むしろかわいそうなヤツだな!」
好き放題に言いながらの大爆笑だ。
当然、笑われる側が黙って引き下がるはずもなく、せっかくの整った顔立ちが怒りで赤く染まっていく。
「う、わー……。リド、オズさんのアレって、天然かな?」
大爆笑には加わらなかったエディがひきつった顔で言うと、同じく流れについていけなかったリドが「ううーん」とうなって答えた。
「わざとあんな挑発返しをするような人じゃないと思うけど……。アレが全部、無意識の返事だとしたら、それはそれで怖いような」
「なんか、うちのギルドってわりとスゲー人そろってんのかな? マスターとシウさんとフェイさんだけかと思ってたけど」
「そのマスターとシウさんのお気に入りなエディも、わりとスゴい気がするけど」
「ん? オレご飯係だから、マスターにはまあまあ気に入ってもらえてると思うけど。シウさんのお気に入りはリドでしょ?」
「えっ?」
「えっ?」
エディとリドがお互いにきょとんとして顔を見合わせていると、向こうから怒鳴り声が響いた。
「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! ボクを誰だと思ってるんだ! こう見えてもボクは『閃光のマ」
ようやく名乗ろうとしたらしい彼の声は、いきなりハートレスに向かって投げられた短剣が空の皿ではじかれる、耳障りな音にかき消された。
短剣を投げたのは金髪青年の仲間で、それを皿ではじいたのは彼女の隣に座っていたエディだ。
驚きに目を見開いた青年が「何してるんだ?!」と叫ぶと、仲間の男が次の短剣を抜きながら笑う。
「アンタ回りくどいんだよ! こんなやつら、さっさとぶちのめして身ぐるみ剥がしてやりゃあいい!」
システムからデスゲーム宣言を受けても怯えることなく迷宮を突き進むトップ・プレイヤー達の中でも、とくに戦闘狂集団として知られた『紅の旅団』のギルドマスターに対し、ここまであっさり攻撃をしかけてくる者がいるとは誰も予想していなかった。
そして、その攻撃を予想できず、防ぐこともできなかった親衛隊リーダーは静かにキレる。
「なんだ、ただの自殺志願者か」
ぼそりとつぶやいた声は永久凍土並みに冷たく。
「そういうことは、先に言ってくれ」
料理の並べられたテーブルから離れてゆらりと立ち上がった時、彼の両手にはもう抜き身の剣があった。
ダンッと床を蹴る鈍い音がして、オズウェル率いる『紅の旅団』ギルドマスター親衛隊パーティ五人と、金髪青年が連れてきた『万魔殿踏破軍』のギルドメンバー十七人の戦いが始まる。
「よくもうちの女王に攻撃しやがったな!!」
「なにが女王だ! アタマ沸いてんのかボケがぁ!」
「アァ?! ブチ殺すぞテメェ!!」
口汚く罵りあい、あちこちでテーブルやイスをひっくり返しながら繰り広げられるそれは、戦闘というより乱闘だ。
食堂の中という狭い空間に動きを制限されるため、何人かは開始早々に大きな武器を手放して拳で殴り合っている。
運悪く同じ食堂にいた他のプレイヤー達は、巻き込まれてはたまらないと、慌てて窓から逃げ出していった。
その中で一人、なぜか逃げずに食事を続けながらカウンターの奥へ隠れたプレイヤーもいたが。
「あわわわわ……! どうしようリド! シウさんかザックさんにメールしたほうがいいのかな?!」
誰もほめてくれなかったが、最初の短剣によるハートレスへの不意打ち攻撃を見事に防いだエディが、空の皿を両手に持ったままおろおろと言った。
リドは楯をテーブルに上げ、それでハートレスを隠すようにして守りながら、同じくらいおろおろと答える。
「ど、どどどど、どうしようね?! 破軍っていったら万魔殿で一番規模の大きいギルドなのに、そこのナンバー3だか4だかの人とトラブってるなんて、そんなの、どう報せればいいのか……!」
自分たちの失敗ではないのに、どう報せても眼鏡の神官サブマスターに厳しく叱られる未来しか思い浮かばず、エディとリドは途方に暮れた。
ちなみにそんな彼らに守られているハートレスは、料理が来たときからずっと、黙々と食べ続けている。
本来は切り分けて食べるものである大きな串焼き肉の串を、“力”極振りの恩恵を発揮している片手で持ち、カリッと香ばしく焼けた肉の表面に歯を突き立てるようにしてかぶりつくと、野生動物のごとくメリメリと食いちぎっていく。
できたての串焼き肉は熱かったが、食いちぎった肉を噛みしめるとこんがり焼けた表面がざくりと歯ごたえよく、その奥からあふれでてくるうまみたっぷりの肉汁が口の中に広がって、素晴らしく美味しかった。
あっという間に一本目を完食したハートレスは、周囲の様子など気にもとめず、テーブルの上に並べられた皿へ手を伸ばして二本目のシュラスコの串を握る。
ざくりと香ばしい表面に噛みついて、透明な汁のしたたる熱々の肉を食いちぎる。
「できるだけ早く報せた方がいい」
ひたすらに肉を頬ばるギルドマスターをエディやリドと一緒に守りながら、親衛隊の一員である弓使いのレイヴが言った。
「このままだとNPCの自警団が来て、全員捕まって牢に入れられるかもしれない」
「え~? 向こうから攻撃してきたのに? えっと、こーゆーのって何て言うんだっけ?」
「こーゆーの? ……ああ、正当防衛か?」
「おー! それそれ! それならこっちは捕まらないんじゃない?」
こくこく頷くエディに、レイヴが自分のパーティのリーダーを指差した。
ふだんは理性的な二刀流の親衛隊長は、今やその“り”の字もなく剣をふるい、彼の守るギルドマスターにいきなり短剣を投げつけた男の右腕を斬りとばしている。
「ぎやぁぁぁぁ! う、うで! オレの腕がぁぁぁぁっ!!」
「わめくな。そんなもの、後でいくらでも生えてくるだろう」
確かに、万魔殿の世界ではたとえ四肢を失おうとも、再生制限ペナルティの10分さえ過ぎればまた元に戻るが、だからといって腕を切られる痛みが無いわけではない。
激痛にのたうちまわる男を見おろして、無表情でオズウェルが言葉を続けた。
「次は左だ」
そしてまた、男の左腕に向かって容赦なく剣を振り下ろす。
周囲の乱闘騒ぎとはまったく違う、異質な空気が漂うその一角から二度目の絶叫が響き、思わず視線をそらした真っ青な顔のエディに、レイヴが訊いた。
「あれも正当防衛に含まれると思うか?」
エディは無言で首を横に振る。
さすがにアレを正当防衛などと言う度胸はない。
同じ光景を見ていたリドも同感らしく、覚悟を決めてメニュー画面を開いた。
「シウさんとザックさんにメール送るね。きっと怒られるだろうけど、これ以上のトラブルが起きる前に何とかしてもらわないと……」
エディもリドもレイヴも、オズウェル達がやられる心配はしていない。
旅団の中でも特に強い、精鋭揃いの親衛隊パーティは、たった四人で破軍のギルドメンバー十七人を相手に互角以上の戦いを繰り広げている。
旅団メンバーの方がレベルが上だったこともあるが、一番の理由は攻撃行動アシスト機能がオンになっているか、オフになっているか、という点だ。
全員がオンになっている破軍メンバーに対し、旅団メンバーは全員オフで、しかもその状態での戦闘にすでに慣れている。
マスター親衛隊選抜トーナメント以降、旅団の先行攻略組にとっては、もうアシスト機能オフが当たり前になっていたからだ。
その結果、破軍メンバーが融通のきかないアシスト機能でほんの刹那の瞬間、動きを制限されている間に、旅団メンバーは自在に動き回ることができ、そこにプレイヤーとしての個人技能の差が加わると、乱闘は数で劣る旅団側の方があきらかに優勢となっていた。
このまま放っておいてもオズウェル率いる親衛隊が数分で片を付けるだろう。
しかし、それまでに何が起きるかは誰にも分からない。
リドは急いでメールを書いた、のだが。
「おー? なんかおもしろそうなことしてんじゃねぇか、オズ。こういう宴会やる時はオレにも一声かけろや」
今、一番現れてほしくなかった『紅の旅団』“最凶”ギルドメンバー、フェイの声が入り口から響いた。
彼はひとりでこっそり逃げようとしていたらしい金髪青年を食堂の中へと蹴り入れ、リドの楯の向こうでひたすらに串焼き肉を食べているハートレスを見つけると、「おー、いたいた」と嬉しそうに笑う。
「フェイ。手を出さないでください。この連中は親衛隊の獲物です」
その言葉通り、餌食にしたばかりである両腕の無い男を足元の床に転がして、オズウェルが言った。
「もうすぐ片付きますから、ヒマならそれまでレスのところで食事でもしててください」
「こいつら破軍のギルメンだろ? おもしろそうなオモチャ独り占めするんじゃねぇ、と言いたいところなんだが。なーんかお前、キレてんな?」
「まさか」
「……ふーん?」
フェイと話している間も、オズウェルは攻撃の手を止めていない。
そしてまもなく、親衛隊パーティは攻撃を仕掛けてきた破軍のギルドメンバー全員を倒して床に転がし、それぞれ自分の武器を手にすると、いつでもトドメを刺せる体勢で動きを止めた。
パーティメンバーは、リーダーであるオズウェルを見る。
そしてオズウェルは、ギルドマスターであるハートレスを見た。
「レス。食事中すみませんが、ちょっといいですか?」
テーブルに運ばれていた七本の串焼き肉を一人で完食した後、満足げな顔で鉄串にくっついた肉片をカジカジしていたハートレスは、オズウェルに呼ばれて「ん?」と顔を上げる。
「なに?」
床に転がる男たちも、一部に広がる血の池も、まるで見えていないかのような平然とした態度で応じるハートレスに、オズウェルは訊ねた。
「こいつらの処分ですが、どうしましょう? 一番簡単なのは、今ここでおれがうっかり手をすべらせておくことだと思うんですが。こいつらから最初に攻撃されたのはレスですし、あなたがギルドマスターですから」
判断を任せます、と彼は言う。
そのそばで、後から来て様子を見ていたフェイは「レスが攻撃されただと?」と剣呑に目を細めたが、ひとまず彼女の判断を聞くために口を閉ざす。
シウとザックはここにいないどころか、まだ報告のメールすら届けられていない。
こういう時に駆けつけて、騒動を起こしたプレイヤーを拘束するはずの自警団NPCも、いっこうに現れる気配がない。
「戦ったのはオズのパーティなのに、私が決めるの?」
「はい。お願いします」
そうして、床でうめくギルド『万魔殿踏破軍』メンバー十八人の命は、思いがけずハートレスの判断に委ねられた。




