大戦準備
「連合軍という機能は、どうやらあまり高度な集団行動に向いたものではなさそうですね」
他の階にいるギルドメンバーや、協力してくれそうな他のギルドのマスター達と連絡を取りながら、シウは合間にガイドブックで連合軍の機能を確認した。
そうだな、と同じくガイドブックを見ながらザックが頷く。
「総司令官ができるのは副司令官二名の任命と変更、大戦の開始、連合軍に所属するプレイヤーへ声を届けることができる“大号令”のみ。連合軍に参加するプレイヤーの名前やらギルドやらを見ることはできるが、気に入らないからといって放り出すことはできんようだしな」
「まったく、お飾りもいいところですね。これならまだ副司令官の小隊編成機能の方が役立ちそうです。副司令官と小隊長に任命されたプレイヤーは、リンクピアスというアイテムで無線通信が可能になるようですし」
うん? とザックが首を傾げた。
「おい、それじゃあ副司令官は指揮できる奴に任せた方がいいんじゃねぇか? 牙なんてコミュ障の集まりのギルマスに任せたら、宝の持ち腐れだろ」
「いえ、それがですね。牙はうちよりも集団戦闘能力は高いようです。彼らの戦闘の様子を見たメンバーが教えてくれたんですが、一人で特出して戦おうとはせず、基本的に集団で対処しているようですから。うちみたいな個人プレーで無理やり突き進む系のギルドよりも使いこなせる可能性があります」
「うちじゃムリってか?」
「ザック。無線通信できるようになったからって、うちの戦闘狂たちが素直に戦い方を変えると思うんですか?」
「……ああ。それもそうだな」
はぁ、と二人そろってため息をつき、シウは隣でずっとモンスター軍を凝視しているハートレスに指示する。
「センリを連合軍の副司令官に任命する」
指示に従ったハートレスがそうメールで返答すると、ギルド『牙』マスターのセンリは、その日のうちに地下49階のボス・モンスターを倒して戦場階に現れた。
「大戦を始められるというアイテムは、それか?」
相変わらずまともにコミュニケーションをとろうという気のない男で、挨拶も無しにいきなり質問してくる。
シウはその無遠慮さに無言で顔をしかめたが、ハートレスは気にしたふうもなく答えた。
「そう。これが[金冠の雄鶏]。プレイヤー連合軍が100人以上になったら、“刻告げる声”っていうコマンドで大戦が始められる」
華奢な手首でしゃらりと揺れる、雄鶏チャーム付きの金鎖のブレスレットを見せて言う。
センリは頷き、次の質問をした。
「『万魔殿踏破軍』のギルドマスター、アスカムがそれを欲しがっている。譲る気はあるか?」
「無い」
ハートレスは何の迷いもなく即答したが、隣で目を丸くしたシウが慌てて声を上げた。
「ちょっと待ってください! あなたは破軍のギルドマスターと面識があるんですか?」
「フレンド登録してあるだけだ。面識があるというほどではない」
「……まさか、他のギルドマスターともフレンド登録を?」
「いや。私が登録しているのはハートレスとアスカムだけだ」
「それはまた、なんともピンポイントな……」
今や連合軍の総司令官となった『紅の旅団』ギルドマスターのハートレスと、現時点でメンバー数最多といわれる『万魔殿踏破軍』ギルドマスターのアスカム。
その二人だけが登録されたフレンド・リストというのは、すごい気もするが、あまりうらやましいとは思えない。
シウはあきれたような、感心したような顔でため息をついて、話を戻した。
「ご覧の通り、うちのギルマスは総司令官を他の誰かに任せる気はありません。あなたを副司令官にすることについては問題ありませんが、牙はそれでいいんですか?」
「我々は先に進むことを第一の目標としている。どこと組むかは問題ではない」
「しかし旅団と組むと、破軍と対立することになるのでは?」
「グリンカムビの譲渡を断られた場合、アスカムは手を引くと言っている。敵対することにはならないだろう」
シウは片眉を上げた。
「断られたら手を引く? 破軍のギルドマスターは、ずいぶんとあきらめのいい方のようですね」
「アスカムは目立つのが好きな仕切りたがり屋の若造だが、馬鹿ではない。今、彼が求めているのは、自分の名を知らしめることのできるイベントだ。ハートレスからグリンカムビを譲渡されて連合軍の総司令官となれば、大戦は彼にとってこの上ない自己アピールの場となる。しかし、それには“譲渡”でなければならない」
「強奪ではマイナスイメージが付くからですか? か弱い女性プレイヤーが相手ならともかく、うちの女王から強奪できたのなら、それはそれで武勇伝になりそうですが」
「それは強奪できればの話だ。アスカムはそれほど自信過剰ではないし、お前たちのギルドマスターの評判はそれなりに高い」
「なるほど。……なんとも、外面を気にする見栄っ張りくさいですね」
「そうとわかっていれば扱いやすいだろう」
それよりも、と今度はセンリが話題を変えた。
「アスカムにグリンカムビを譲渡しないのであれば、破軍からの大規模な参戦は見込めない。戦力のあてはあるのか?」
「正直なところ破軍を引きこむ気は最初からありませんでしたので、その点はかまいません。それで、大戦の参加者ですが。今のところ『牙』の他に『兎のお茶会』と『一角獣騎士団』、『アークエンジェル・カンパニー』が参加すると意思表明してくれています。これだけでもうプレイヤー100人は超えていますが、もう少し増やしたいところですので、他にも引き込めるギルドがないか探しています」
センリは「わかった」と頷いた。
「大戦の戦力調達についてはそちらに任せる。開戦する日が決まったら早めに知らせてくれ」
それだけ言って立ち去ろうとする彼を、ハートレスが止める。
「センリ。どこ行くの?」
「大戦の準備だ。お前たちはいいのか?」
立ち止まったセンリが、振り向いて訊き返した。
「アイテムの補充、隷獣の捕獲、装備品の更新。やっておくべきことは多い」
ハートレスはそれを聞いてぱっと立ちあがり、センリは今度こそ『牙』のギルドメンバーと合流して地下49階へ戻っていった。
「シウ」
その背を見送ることもなく、いてもたってもいられなくなったハートレスが呼ぶ。
戦場階に来てからというもの、あちこちに指示をとばすシウが動けなかったので、それに付き合ってずっとモンスターの大軍を眺めていたが、いいかげん飽きてきた。
先行攻略組はもう全員49階のユニコーンを突破して50階へ下りてきているし、そろそろ自分も動きたい、という彼女の言外の要求に、各所との調整に苦心していた彼は「やれやれ」とため息をつく。
「はいはい、わかりましたよ。わたし達も45階のタウンへ戻りながら、大戦の準備をしていくとしましょうか。協力ギルドはある程度目星が付きましたし、移動しながらでもメールはできますからね」
「うん!」
ハートレスは嬉しそうに頷くと、さっそく背の大剣を手に取る。
そうしてそのまま、ピクニックに出かける子どものように楽しげな足取りで、地下49階へと戻る大階段に向かった。
◆×◆×◆×◆
その後、『紅の旅団』先行攻略組は地下49階で大戦の準備に没頭した。
後方生産組が大戦に参加する為、しばらく先に進むこととレベルを上げることに集中する方針を固めたので、45階タウンへのギルドハウス移動は彼らに任せることになったからだ。
そうして後方生産組のタウン到達を待つ間、ギルドハウスを移動させたら一気に装備品の更新をしようと、先行攻略組はモンスター素材の収集にいそしみ。
「エディ、危ない!」
「にゅわっ?!」
時々、〈盗む〉でモンスターからアイテムを手に入れようとして前に出過ぎたエディがハートレスに怒られ、首根っこを引っ掴まれて後方へ放り投げられたりしている。
「うう、マスターに怒られたー……」
「この階のモンスターは動きが早いうえに攻撃力も高いから、心配してるんだよ。エディは紙防御だから、下手すると一撃でHP半分くらいもってかれるだろうし」
「ぬおー。そりゃわかってるんだけどさー。あー、もう! 距離感つかむのムズカシー!」
しばらく落ち込んだりわめいたりした後、リドになぐさめられて立ち直ったエディはまた前線へと戻っていく。
そして。
「邪魔すんな駄犬!」
「ぎゃうんっ!」
今度はフェイに捕まり、後方へ投げ捨てられる。
『紅の旅団』先行組の戦場は、盗賊に厳しかった。
それでも頑張っていればそれなりに成果は出るもので、数日後、後方生産組が地下45階へ到達してギルドハウス移転が完了する頃には、かなりの量のモンスター素材が溜まっていた。
「ギルドハウス帰還!」
叫ぶ必要もないのにエディが元気に声をはりあげ、メニュー画面の「ハウスに帰る」コマンドを押す。
先行攻略組が全員45階タウンへ移動したギルドハウスに帰ると、後方生産組との久しぶりの再会となった。
「よぅ、ダグラス。なかなか早いペースで来れたな」
「君たちがくれた攻略情報のおかげだよ。それにしても強行軍だったことは確かだから、明日は休みにするつもりだが」
「こっちもだ。このところずっとモンスターどもと遊んで転げまわってたからな。二日は休まねぇと動く気にならねぇよ」
後方生産組のリーダー、ダグラスとザックが話すのに、通りかかったシウが釘をさす。
「うちも休みは明日の一日だけですよ。あんまり休みすぎると逆に動けなくなりますからね」
周りからのうらめしげな視線など気にもとめず、シウは平然と自分の部屋へと歩いていく。
その背にハートレスが声をかけた。
「シウ。ごはん行ってくる」
「かまいませんが、まさか一人で行くつもりですか?」
すぐさまハートレスの隣から、「一緒に行きます」と親衛隊リーダーのオズウェルが答えた。
エディとリドも「いってきま~す」と並んで手を上げる。
「わかりました。タウンにモンスターはいませんが、PKが出る可能性がありますから、気を付けてくださいね。いってらっしゃい」
「ごはん食べたら戻るから、大丈夫。いってきます」
ザックもシウと同じく自分の部屋へ向かったため、ハートレスのパーティは珍しく分散して動くことになった。
しかしオズウェルのパーティが同行するので、人数的にはそれなりの集団となって食堂へ向かう。
その途中、見覚えのないプレイヤーがハートレスを指差して叫んだ。
「あ! “おにく、おいしい”の人だ!」
なかなかの大声だったので、周囲からの視線が集まる。
「マスター、有名人っすね!」
のん気なエディの言葉に、とくに有名人になりたいと思ったことのないハートレスは首を傾げて自分を指差したプレイヤーを見た。
エディと同じくらいの年齢の男性プレイヤーは、指差していた手を慌てて下ろしたかと思うと、何がしたいのか今度はその手をハートレスに向けて振った。
ぶんぶん、と音がしそうなほど勢いよく手を振っている。
どうすればいいのかわからないハートレスが、とりあえず軽く手を振り返すと、彼は真っ赤になって「ぎゃー! 応えてくれたー!」と叫びながらどこかへ走っていった。
「……あのひと、何がしたかったんだろう?」
「さあ? 有名人に会えて興奮したんじゃないんすか?」
「ふぅん?」
行動原理がさっぱりわからない。
ハートレスはもう一度首を傾げたが、考えてもしょうがないのでまた食堂に向かって歩き出した。
前に来た時に食べた串焼き肉のシュラスコが素晴らしく美味しかったので、あれをまた食べたいのだ。
「マスター、シュラスコお気に入りっすね」
「あれ美味しいよね。シンプルだからこその味というか」
「しかし、あれのおかげですっかり“おにく、おいしい”の人として定着してしまったようだな」
エディやリド、オズウェルと話しながら食堂に入り、みんなでまずはシュラスコを頼む。
そして料理が来るのを待っていると。
「『紅の旅団』ギルドマスター、ハートレスさんかな?」
ぞろぞろと仲間を引き連れて食堂に入ってきた青年が、明るい声でそう訊ねた。




