地下49階ボス戦
マスター親衛隊の選抜トーナメントは、ギルドマスターであるハートレスの優勝で幕を閉じた。
しかし、彼女が自分の親衛隊に入るわけにもいかないので、親衛隊長を決めるために決勝で負けたフェイと準決勝で負けたオズウェルが対戦する。
(オズウェルと同じく準決勝でフェイに負けていたエディは、ハートレスのパーティメンバーなので除外された。)
その結果。
「くそっ! この×××野郎! お前みたいな変態とは二度とやらん!!」
「うはははははっ! お褒めにあずかり光栄のいたり、ってか? あっはっはっは!」
猛烈に毒づきながら辛勝したオズウェルが親衛隊長の座を死守し、ハートレスとの一戦でかなり消耗していたフェイが負けた。
が、勝ったオズウェルよりも、得意のフェイントを駆使した意地の悪い戦法でたっぷり彼をいたぶったフェイの方が満足げだ。
そうしてマスター親衛隊選抜トーナメントは、ギルドマスター・ハートレスに心酔するメンバーを増やし、ついでにフェイにトラウマを刻まれて恐怖するメンバーも増やして、ようやく終了。
ギルド『紅の旅団』はハートレスのトーナメント優勝を祝う宴会の後、翌日から迷宮攻略に戻った。
地下41階からのフィールドは森マップ。
いよいよ毒の状態異常を起こす虫系や獣系のモンスターが出現する。
魔法でそれを解除できるメンバーがシウしかいない『紅の旅団』先行攻略組は、オークションを活用しながら解毒アイテム作りをしつつ、先へ進んだ。
そして、その道のりでようやく他のギルドの姿も見かけるようになった。
よく目にするエンブレムは、おもに四つ。
地下39階のレイドボスを旅団に次ぐ二番手で突破したサーベルタイガーのエンブレム、沈黙の全身鎧集団『牙』。
第一次狂化モンスター侵攻の時に顔を合わせた、陽気な社長ガブリエル率いる天使のエンブレムの『アークエンジェル・カンパニー』(略称:カンパニー)。
楽器のヴァイオリンをエンブレムとする、楽器装備の魔獣使いの多い『聖オーケストラ』(略称:聖オケ)。
楯の前に剣と杖を交差させたエンブレム、現時点でもっともメンバー数の多いギルドと思われる『万魔殿踏破軍』(略称:破軍)。
牙はギルドマスターとの唐突な接触以降は何事もなく、カンパニーはガブリエル社長と顔を合わせてシウたちが雑談をしたが、聖オケと破軍とは、ギルドメンバーがたまたま顔を合わせた時に言葉をかわす程度で通り過ぎている。
「聖オケの連中、旅団のマスターはどんな人物か知りたがってましたよ」
「破軍はあんま話にならんかったなぁ。オレらが気に入らなかったみてぇで、エンブレム見たらいきなり睨んできたし。噂ほどの統率力があるとは思えねぇカンジだ」
「んんー? おかしいな。ウチんとこが会った破軍の連中は、わりと愛想良かったぜ。お前の顔がゴツすぎて、ビビらせたんじゃねぇの?」
「失礼なヤツだな! このオレのさわやかな笑顔を見てみろ!」
「やめろ。笑いながら近づいてくんな。まったく、その新種モンスターみたいな顔で“さわやか”とか、よく言えるもんだ」
「おいおい、キマイラの尻の蛇みてぇな顔のお前が言うなよ」
「そういうお前はイエティに似てるんじゃね?」
地下45階タウン。
ハートレス達が夕食をとる料理屋で、他のギルドの様子を話していたメンバーたちの会話は、途中から誰がどのモンスターに似ているかに脱線した。
よくあることなので誰も気にせず話が流れていったが、ふらりとそこから抜けたメンバーがハートレスに声をかける。
「女王。旅団のギルドマスターはどんなのだってよく訊かれるんで、なんかコメントもらっといてもいいっスか?」
ハートレスはちょうど夕食に頼んだシュラスコを食べているところだった。
鉄串に肉を刺し、荒塩をふってじっくり焼いたもので、肉料理が大好きな彼女にとってはこの上ないごちそうだ。
つまりは食べることに夢中で、口いっぱいに頬ばった肉をはぐはぐ噛みながら、深く考えることもなく答えた。
「おにく、おいしい」
ある意味これ以上ないくらい、彼女のことをよく表しているコメント。
声をかけたメンバーは笑顔で「あざっす!」と答えて、満足げに自分の席へと戻っていく。
「……ああ。うちのギルドの評判は、いったいどこへ向かうんでしょうか」
ハートレスの向かいに座ってそのやりとりを見ていたシウが、頭痛そうにつぶやいた。
隣でザックが苦笑する。
「まぁ、レスはレスだからな。誤魔化したってしょうがねぇだろ」
それにしても他に何か言うことはなかったのか、とぶつぶつ不満げに言うシウを、のんべんだらりとザックがなだめるのも、旅団でよくある日常風景のひとつだ。
一方、彼らのやりとりなどまるで気にするふうもなくハートレスはシュラスコを頬ばり、その周りで誰がどんなモンスターに似ているかという話をしていたギルドメンバー達は、いつの間にか“誰が一番変な顔ができるか大会”を繰り広げている。
なぜそうなったのか、ハートレスの左右に座ったエディとリドも参加していて、いつの間にやら料理屋の中は爆笑の嵐だ。
不機嫌なシウだけがひとり、しぶい顔。
「うるさいです。ザック、なんとかしてください」
「そりゃお前の仕事だろ、サブマス。面倒くせぇからって押し付けんなよ」
「ほほう。強気ですね。わたしとしては貸しにしてある金額、今すぐ全部支払ってもらってもかまわないんですが」
先日の親衛隊選抜トーナメントでハートレスに全財産を賭け、見事に当てたザックはけっこう稼いだ。
しかし、調子に乗って必要なものや欲しいものを買いすぎ、稼いだ以上に散財した。
もちろん、同じパーティのシウは彼がいくら稼いで何を買ったのかまで把握している。
ザックはおもむろに席を立つと、パン、と手を叩いて言った。
「おい、野郎ども。レスが食い終わった。そろそろ行くぞー」
言い訳ではなく、本当にハートレスが食事を終えていたので、『紅の旅団』一行は料理屋を出て地下45階タウンの探索を始めた。
森フィールドの中にあるタウンは、木造の家が立ち並ぶ古い時代の田舎町のようなところだ。
天気は良く、気候も穏やかで、リゾート地のように過ごしやすい。
しかし、残念ながらゲーム・プレイヤー達が喜ぶような新施設は無かったため、一晩休むと再び先へ進むことになった。
「うっわぁ! スッゴイな、レイヴ! 今、飛んでる虫に矢が当たった!」
「あんな小さい動く的に、アシスト無しでよく当てられるねぇ」
森の中でモンスターと戦いながら進むのに、エディが驚きリドが感心する。
弓使いのレイヴは、フェイに勝って親衛隊長の座を守ったオズウェルとともに、引き続き親衛隊パーティに組み込まれている。
他の三人はトーナメント戦の結果を受けてメンバーが入れ替えられたのだが、レイヴだけはオズウェルと同じく実力を示して勝ち残ったのだ。
「動作パターンさえ読めれば、あとはその軌道上を狙うだけで当たる。そんなに難しいことじゃない」
エディやリドからほめられた物静かなレイヴは、いつもと同じ口調で淡々と言う。
実力があるのにそれを誇示するようなことはなく、むしろまだまだ力不足だと考えている様子で、返答を終えると彼は黙々と弓を引いて次の獲物を狙った。
「仕事人がいる……」
「だねぇ」
エディとリドは顔を見合わせ、自分たちも武器をとって先頭を行くハートレスのそばについた。
『紅の旅団』先行攻略組のレベル上げは、今日も順調だ。
元から好戦的なメンバーが多いので、毒持ちモンスターを最優先で狩りながら迷宮を降りていく。
そうして数日かけて地下49階の奥へ到達すると、彼らは目前にそびえ立つ黒扉を見あげた。
「黒か。てことは、普通のボスがいるってことだよな?」
「レイドボスの時は黄色だったからな。何か特別なボスがいるなら黒じゃないだろうし、普通のボスなんじゃないか?」
地下39階レイドボス、ヘカトンケイル戦の時のことを思い出しながらメンバーが話す。
しかしとにかく中に入ってみなければわからないので、常に先頭を行くギルドマスター、ハートレスのパーティが最初に挑むことになった。
オズウェルとフェイのパーティもレベル上げを終えていたため、同時に挑戦する。
「よーし、レス。どっちが先に50階へ着くか、勝負だ!」
「それはいいけど、フェイは勝負が好きだね」
「楽しいからな!」
ハートレスは「そうなの」と頷いて、料理屋へ入る時と同じ気軽さでボス部屋へ続く黒扉を開いた。
「また後でね」
「おう!」
「突っ込みすぎないよう気を付けてくださいね!」
フェイが応じ、オズウェルが心配そうに声をかけるのに、ハートレスはちいさく頷きながら背を向けた。
パーティが部屋に入ると、自動的に扉が閉まる。
「レベル49ユニコーンと、他、敵多数!」
ボス戦はいつもと同じようにエディの〈分析〉報告の声で始まった。
「おや。黒扉でボス以外にモンスターが出るのは、これが初めてですね」
「次の50階で、ちょうど100階までの折り返し地点だからな。いつもとまったく同じ、ってワケにはいかねぇんだろう」
シウとザックが顔をしかめ、彼らのそばで剣と楯をかまえていたリドが言う。
「40階以降に出てきたザコ敵を取り巻きに連れてる感じですね。シウさん、敵の数多そうだし、おれ、レスの補助にまわりましょうか?」
ボスであるユニコーンを見据えて大剣を構えたハートレスと、ゆっくり近づいてきつつあるザコ敵の種類や数を見て、シウが頷いた。
リドをハートレスの補助に出し、エディを下げてザックとともに自分の護衛に当たってもらう。
そして防御と攻撃アップの魔法を前衛二人にかけるため、呪文の詠唱を始めた。
「レス、ザコはおれが」
「うん。お願い」
シウの魔法でまず防御力が上がり、次に攻撃力が上げられた。
しかしユニコーンがなかなか前に出てこず、二人でザコ敵の相手をすることになったのだが。
「あっ?」
リドが驚きの声をあげる。
あと少しで倒せるところまでダメージを与えたザコ敵が、ユニコーンの額にある一角の輝きとともに回復したのだ。
「チッ。回復魔法か、面倒だな」
ザックが舌打ちし、シウがハートレスを呼び。
「レス! いったん下がってザコの数を減らし……、って、なんでそこで突撃するんですかあなたはーっ!!」
指示の声は、途中で悲鳴に変わった。
流れるような動作で群がってくるザコ敵を振り払い、一瞬あいたその空間を突っ切ってハートレスはユニコーンに飛びかかる。
しかし残念ながら“力”極振りの彼女ではスピードが足りず、攻撃は素早いユニコーンに軽々と避けられてしまった。
そして空振りに終わった攻撃の隙をつき、先ほど彼女に蹴散らされたザコ敵が後ろから迫って牙を剥く。
「マスター!」
エディが警告しようとしたが間に合わず、ざっくりと切り裂かれた細い腕から鮮血が散った。
ハートレスは腕をもがれそうなその攻撃による激痛で、一瞬、頭の中が真っ白になる。
「下がれ、レス!」
即座に回復魔法の呪文を詠唱しはじめたシウの代わりに、ザックが怒鳴った。
「部位欠損したら10分の再生制限だぞ! 片腕でその大剣あつかえると思ってんのか! 突っ込み過ぎんじゃねぇ!」
背後から烈火のごとく叱られ、ハートレスはリドに守られながらユニコーンの前から下がった。
間もなくシウの回復魔法が完成し、腕の傷がきれいに治る。
「どうすればいい? シウ」
近づいてきたザコ敵に大剣を叩き込みながら、苛立たしげにハートレスが言った。
「ここのボスは前に出てこない。ザコを攻撃しても、倒せそうになったところで回復される。突っ込むなって言われたら、いつまでもクリアできない」
わかっています、とシウが頷いて、新たな指示を出した。
「ザック、リドと交代。ザコ敵を減らしながらレスの突撃にあわせてサポートしてください。ただし、二人とも突撃後はすぐに戻ること。ユニコーンのそばでザコ敵に囲まれて、退路をふさがれるようなことになったら、一気に劣勢に追い込まれますから」
「叩いて逃げるの繰り返しだな。確かに、それしかなさそうだ」
ザックは気乗りしない様子で応じて、面倒くさいがしかたがない、と腹をくくった。
「よし、交代するぞリド。後ろでメガネと駄犬きっちり守れや」
すかさず“メガネ”と“駄犬”がそれぞれ抗議したが、ザックは気にせず前に出る。
交代で後ろに下がったリドは、苦笑いで「気をつけてくださいね」と前衛二人を見送った。
「突撃の合図は?」
じりじりと距離をつめてくるザコ敵を大剣で蹴散らしながら、前に来たザックを迎えてハートレスが訊く。
ザックはにやりと笑った。
「こりゃ珍しい。今日はまた、ずいぶん可愛いこと言うじゃねぇか。いちおうさっきの気にしてんだな、レス」
そして、それ以上何か言ってハートレスが機嫌を損ねる前に、「好きにしていいぞ」と言葉を続けた。
「突撃はお前の仕事だ。行けると思ったときに行け。退路は確保しておいてやる」
それを聞いてハートレスは損ねかけた機嫌を直した。
仮面の下でくちびるが微笑みのかたちになる。
「突撃は私の仕事?」
「そうだ。突撃がお前の仕事」
それはこの場でもっとも危険な役割だったが、何の迷いもなくクラス“狂戦士”を選んだ彼女にとっては、一番のごちそうをもらえたのと同じことだ。
ハートレスはふたたびユニコーンを見据えて、小首を傾げる。
「あの角うまく折れたら、お肉焼く串になるかな?」
あきれたザックはため息をついて何も言わず、迷いのない動きでユニコーンに襲いかかっていくハートレスの背を追った。
◆×◆×◆×◆
「や、やっと、終わっ、た……」
「うう。回復薬、ぜんぶ使っちゃった……」
叩いて逃げるという作戦上、避けられない結果として対ユニコーンは長期戦になった。
それでもなんとか勝利したハートレス達は、よろよろと地下50階へ降りる階段へ進んでへたりこむ。
「もうここから動きたくねぇ……」
「それは、動きたくない、じゃなく、動けない、の間違いでしょう。まあ、しょうがないです。しばらく、休憩」
さすがにシウも疲れきって、みんなと一緒に階段に座り込んだ。
誰も何も喋らず、そのまま数分が過ぎた頃、ようやくハートレスが沈黙を破った。
「……おにく」
ささやくように小さな声だったが、その一言で彼女のパーティメンバーは反射的に立ち上がる。
まだ疲れていたものの、歩ける程度には回復していたので、メンバーにつられて立ち上がったハートレスに、ため息混じりでシウが言った。
「行きましょうか」
他の三人も同じ状況だったので、「うぃっすー」や「はーい」や「おぅ、いくかー」など三者三様の返事をして歩き出す。
ハートレスはもう、次のシティではどんな肉料理が食べられるんだろう、という期待でいっぱいだ。
シウやザックは後続が来ないことを気にしていたが、とにかくまずは彼らの腹ぺこ女王の食欲を満たすべく、階段を下りていく。
しかし。
「赤い扉……? こんなの今までありましたっけ?」
「うへー……。なんか、すげーヤな予感がするっス」
「なんてこった。50階はシティじゃなさそうだぞ、おい」
「そろそろ何か起こりそうだとは思ってましたが。それにしてもあのユニコーンの後に持ってくるとは、万魔殿の設計者は鬼畜ですね」
リドとエディ、ザックとシウは、階段の終わりに立ちふさがる禍々しいほど赤い扉を前にして足を止めた。
そして、彼らの間をするりと抜けたハートレスが、その扉に触れる。
―――――― リン、リン、リン。
あの、いつもの鈴の音が響いた。
続いて穏やかな口調で女性の声が告げる。
《 リーダー「ハートレス」のパーティが地下50階、戦場階『ヴァルハラ』へ到達しました。 》
ゆっくりと赤い扉が開いていき、地下50階があらわれる。
そこにあったのは……
見渡す限りの、モンスターの海だった。




