デスゲーム
《 正式サービス開始から1時間が経過しました。これよりVRMMORPG『パンデモニウム』はデスゲームとなります。 》
「なんだよこれ、サービス初日の記念イベントか?」「今ログインしたとこで意味不明なんですけど」「クエスト選んでるとこだったのにー」などと不満の声をあげる人々の中で、ハートレスも一緒にそれを聞いた。
先ほどログインした時、『パンデモニウム』へようこそ、と歓迎してくれたシステム・アナウンスの穏やかな女性の声が、異常事態の始まりを淡々と告げる。
《 外から新たにログインすることは不可となり、現在内部にいるプレイヤーのログアウトも不可となります。プレイヤーはゲーム内での体力がゼロになると現実でも死亡しますので、どうぞご注意ください。
……デスゲーム開始宣言が終了、攻略期限までのカウントダウン・クロック起動、システムのデスゲーム化を実行。
VR規制法による感覚接続の制限を解除、嗅覚と味覚と痛覚が解放されました。肉体を現実のものへ変更、性別および体型の変化に対応して各種装備品のデザインが変更されました。シティおよびタウン、セーフハウスの安全領域設定を解除、全フィールドでの対人戦闘が可能になりました。 》
全員の目の前に姿鏡が現れ、そこにゲーム中の装備をした現実の自分の姿を見たプレイヤー達は「やりすぎだろコレ!」「何してんだクソ運営!」「おまえ男だったのか!」とあちこちで声をあげる。
うるさいな、と仮面の下でかすかに顔をしかめながら、ハートレスも姿鏡の中の自分を睨んだ。
現実の姿に似せて作ったアバターだったので体型はさほど変わりないのだが、黒髪が腰まで届くほど長くなり、装備している鉄の鎧の一部が変形して、先ほどまでは無かった豊かな胸を包んでいる。
せっかく動きやすい男性アバターを設定したのにと、声はあげなかったが他のプレイヤーと同じく苛立った。
しかしいくら睨んでも鏡の中の姿は変わらず、システム・アナウンスは平然と説明を続ける。
《 ゲームのクリア条件は地下100階にいるモンスターの神、ゲームマスターを倒すこと。期限は1,000日です。ゲームマスターを倒した優勝者にはリアルマネーで賞金100億が与えられ、プレイヤー側の勝利として生存者全員が解放されますが、期限内にゲームがクリアされなかった場合は全員死亡となります。
またゲーム攻略を放棄し、他のプレイヤーがクリアすることを待つこともできますが、一定の条件が満たされると生存可能なフロアが減り、生存不可となったフロアに残留するプレイヤーは死亡します。 》
その頃になるとメニュー画面を呼び出してログアウトしようとしたプレイヤーが多数いた。
しかし彼らはログアウト・ボタンが無くなっていることに驚き、「本当に出られない!」と悲鳴じみた声をあげてパニックを引き起こす。
ハートレスも姿鏡から視線をはずして左手首の腕輪から自分のメニュー画面を開き、ログアウト・ボタンが無くなっていることを確認、ついでに「一時離脱」と「GMコール」と「規約違反者通報」のボタンも消えていると気づいた。
しかしふと、姿形は現実のものになったが、ステータス画面のプレイヤー名は「ハートレス」のままであることに違和感を持つ。
本名をさらされたいわけではないが、この世界を完全に“現実”にしたいならそこも現実のものにするはずだ。
それがゲームの設定のままだということは、ある程度リアルを感じさせながらプレイヤーをゲームで遊ばせたいという、VRMMOの在り方に沿っているように思う。
システム・アナウンスの声は穏やかで冷静そのものだし、説明はわかりやすいよう考慮されていることから、誰かが言ったように「正式サービス開始のイベント」にたまたま遭遇したような気分だ。
(でも、さすがに大人数を強制的にログアウト不能にしてVR規制法に違反して、「ただのイベントでした」では通用しない。主催者は何をしたいんだろう?)
姿鏡が消え、誰の声にも答えないシステムの一方的な説明が続いた。
《 ゲームでの死亡が現実の死亡になることをご納得いただけないプレイヤーの方々のために、最初に死亡したプレイヤー10名について、死亡時の映像をシステム・メールにて配信いたします。その他の詳細についてはガイドブック『デスゲームについて』のページをご覧ください。 》
ピコン、と気の抜ける音がして、目の前に「新着情報:ガイドブックに『デスゲームについて』のページが追加されました」というメッセージが出た。
続けて「新着情報:システムのデスゲーム化にともない、ガイドブックの内容が更新されました」。
なんだこれ、なんだこれ、なんなんだこれは!
デスゲーム化を着々と進めていくシステムに、パニックを起こした人々が叫ぶ。
しかしその中で冷静を保つごく一部の人間は、違う反応を見せた。
ハートレスもそのうちの一人。
いくら考えたって、ログアウト・ボタンが無ければどうにもならないのだから。
そんなことは考えなくても、いい。
「賞金100億のデスゲームか」
仮面の下でニィと笑う。
「楽しそう」
システムは混乱状態のプレイヤー達へ、そしてごく一部、ハートレスのようにこの事態に歓喜したプレイヤー達へ、穏やかな声で言う。
《 以上、デスゲーム『パンデモニウム』のご案内を終了いたします。
攻略期限24,000時間、残り23,999時間のカウントダウン・クロックを表示。これより常時お手元の腕輪でご確認いただけます。
それでは皆さま、どうぞ冒険の旅をお楽しみください。 》
ヴン、と小さな音を立てて、ハートレスの左手首の青い腕輪にも白文字で「23,999」と攻略期限の残り時間が表示された。
それと同時にいきなり視界が白く染まり、また唐突に周囲の景色が変わる。
現在地点は地下1階クリスタル・シティの路地。
白い石造りの街並みを見た瞬間、そのことに気づいたハートレスは人ごみの中をすり抜けて走りだす。
彼女と同じように動き出したプレイヤーは全体からすればごくわずかだったが、確実に100人を軽く超える数がいた。
彼らは「VR空間からログアウトできなくなった」という異常事態に混乱する人々から離れ、ひたすらに走る。
目指すのは地下2階へ続く、大階段。
「デスゲームきたぁぁっ!」
「賞金100億は俺のモンだ!」
「よっしゃぁ! 祭りじゃぁぁっ!」
混乱し、悲嘆にくれる人々を置き去りに、興奮した彼らは本能の赴くまま叫びながら、転がり落ちるような勢いで嬉々として大階段を駆けおりていった。