タウン休憩
「センターの雑談掲示板に、攻略組のギルド名が上がりはじめている」
「ああ、やはりそちらに目を向ける人が増えましたか。対レイドボス用にプレイヤーを50人集めるには、すでにある程度の人数を集めているギルドに協力を求めるのが一番手っ取り早いですからね」
夕暮れ時、食堂で再会したベイガンの言葉に、シウが頷いて答えた。
ベイガンは「それだけではないだろう」と返す。
「上層のフロア崩壊直前まで救出活動をしたギルドとして、『紅の旅団』の名が一番多く上がっている。それに、レス」
「ん?」
名を呼ばれ、ハートレスが皿から顔を上げた。
カレーをつけたナンを美味しそうに食べている、自分よりだいぶ年若いギルドマスターに、ベイガンは苦笑気味に言う。
「上でなかなか派手に立ちまわったらしいな。『紅の旅団』ギルドマスターはおそろしくタフな女剣士で、反抗する者は容赦なくボス部屋に放り込むとか何とか、いろいろ言われているぞ」
「んー……? ……ああ、あれかな。一回うるさい人をボス部屋に放り込もうとしたけど、静かにするって言ってくれたから、やめた」
「そうか。その一回が誇張されて広まったのかもしれんな。まあ、おかげで冷酷な“女王”率いるギルドとして、ただの善意で低レベルプレイヤーを助けたのだとは思われていないようだが」
じゃあ何と思われてるんだ、とザックが訊くと、「『紅の旅団』は冷酷な女王率いる戦闘狂集団」で、「狂化キマイラと戦いたくてわざわざ戻ってきた酔狂な連中」だと思われているらしいという答えが返る。
シウはため息まじりにつぶやいた。
「当たっているような、間違っているような……」
確かに“渡し”専門の対ボス戦パーティは、狂化キマイラとエンカウントすることくらいしか楽しみがなかったので、当たるたびに騒いではいたが。
それにしても、そこまで言われるのはおそらくギルドマスターである女剣士の印象が、低レベルプレイヤー達にとってよほど強烈だったからだろう。
何となく皆がハートレスに視線を向けると、注目された彼女はまるで気にしたふうもなくベイガンに訊く。
「39階のレイドボスとエンカウントした人たち、勝てたかな?」
ハートレスはすでに終わった救出戦や他のプレイヤー達からの評価より、初めてのレイドボスに興味を向けていた。
その質問に「いや」と答えて、ベイガンも話題をコジロウというプレイヤー率いるパーティの話に移す。
「雑談掲示板の情報が正しければ、彼らは12人のユニオンでレイドボスに挑み、瀕死状態で30階のシティのポートへ戻ったそうだ」
「最高50人のプレイヤーを相手にすることを想定されたレイドボスに、たった12人で挑戦とはな。俺達と話が合いそうじゃねぇか。どんな奴らなんだ?」
そばにいたフェイが笑みを含んで言うのに、ベイガンが答える。
「詳しいことはわからんが、どうも全員剣士らしい。手にエンブレムは無し。ポートから離れると何も言わずに宿へ行って、それきり部屋にこもったまま出てこないと書かれていた」
「へたに姿をさらすと質問責めにあうでしょうし、当然の対応でしょうね。しかしレイドボスと戦っているなら、それなりの情報を得ているはず。何とかして聞き出したいものですが」
ふむふむとうなずきながら言うシウに、フェイが提案した。
「ダグラスが近くにいるだろ。シティに戻って接触してもらったらどうだ? ここまでギルド作らずに単独パーティで進んできた連中なら、一回やられたくらいであきらめるほどヤワじゃねぇはずだ。再戦を考えて戦力を増やすことを考えるだろ。そこへ情報提供と引き替えにレイドボス戦の突破に協力する、とか話持ってけばけっこう釣れるんじゃねぇか?」
「断られた場合は戻り損になるわけですが。得られるものならレイドボスの情報は欲しいですし、彼らにとっても悪い話ではないはずですね……。とりあえず、メールでダグラス達の現在地を訊いてみます」
シウがメールを書いている間、他のギルドメンバー達の話題は掲示板で名が上がったギルドのことに戻った。
今のところ『紅の旅団』のほか、ともに先の救出活動を行った『アークエンジェル・カンパニー』と『兎のお茶会』と『一角獣騎士団』、そして『兎のお茶会』の支援を受けているということでユーリ率いる『ビーバー・ファクトリーズ』の知名度が高い。
攻略組はまだ目立つようなギルドがあまり作られていないようで、左手に漆黒のサーベルタイガーのエンブレムを刻印した全身鎧の一団がいるという噂があるものの、彼らのギルド名や人数などの情報が無いのでどうにも不明瞭だ。
「全身鎧のプレイヤーは見たことあるが、エンブレムは気にしてなかったから、わかんねぇな」
「実力のあるギルドなら、進んでくうちに出くわすだろ。それよりギルド募集とかはないのか? 対レイドボスでプレイヤー集めにギルド作る連中が出そうなもんだが」
「ああ、それならもう大量に出ている」
雑談掲示板には新たに「ギルド員募集」というボードが作られ、対レイドボスから互助会的なものまで、様々な目的をかかげたギルドがメンバーを募集していた。
その中でも目立ってギルドメンバーを増やしているのは、『アークエンジェル・カンパニー』と『聖オーケストラ』と『万魔殿踏破軍』の3つ。
しかしカンパニーとオーケストラがギルド加入の際に審査を行うとしているのに対し、破軍は加入審査なし、そのうえ後方組を支援すると言って二人のサブマスターをそれぞれ地下10階と20階シティへ送り出していることから、今後巨大なギルドに成長する可能性がある。
フェイはすこし驚いたように片眉を上げて言った。
「今この状況で、加入審査なし?」
ベイガンが頷いて答える。
「不用意に見知らぬプレイヤーを加入させるのは、メリットよりデメリットの方が大きい。通常のMMOならまだしも、今の万魔殿で無節操にギルドを巨大化させるのは、利口なやり方とは思えん」
「だよな。どう考えても厄介なことになる未来しか思い浮かばねぇ」
「単純に、頭数が増えれば採取要員が増え、入手できるアイテム数は多くなるが」
「そんなささやかなメリットでカバーできるデメリットだと思うか?」
「まあ、我々が気にする必要はない。その質問の答えは、未来の破軍が見せてくれるだろう」
フェイはふと笑って「そうだな」と頷いた。
今のところ自分達に火の粉がかかっているわけではないのだ。
のんびり経過を見ていればいい。
そんな話をしていると、連絡を終えたシウが顔を上げた。
「ダグラス達がシティへ戻り、レイドボスに挑戦したプレイヤーと接触してくれるそうです。野次馬に取り巻かれて宿に引きこもっている彼らと話せるかどうかは分かりませんが、まあ、やるだけやってみてもらいましょう」
「失敗して当然、成功したら儲けもの、ってことか」
「なにごとも、やってみなければ成功しませんからね」
「そりゃそうだ」
そうして「レイドボスの情報収集についてはダグラスにまかせ、こちらは攻略を続けよう」ということで話がまとまり、一団は食堂を出た。
先日のフロア崩壊時に救出活動に向かったハートレス達は工房へ、先に進んでいたベイガン達はタウン内の散策へ行くのに別れる。
今日はそれぞれの所用を片づけ、明日の朝からまた先行攻略組の皆で先へ進む予定だ。
ハートレス達はそれぞれのサブクラスの工房で手持ちの素材から作製できるものをつくり、サポートセンターで集合すると、装備やアイテムのトレードをして攻略の準備を整える。
そしてクエスト処理をすませると、35階タウンに入ることで〈鍵開け〉を自動取得したエディのために“盗賊七つ道具”を買いに行った。
「七つ道具なのに、一個しかないの?」
裏通りの怪しげな店から出ると、エディが購入した道具を見てハートレスが首をかしげた。
それは金属製の折りたたみ式ナイフのような道具で、確かに“七つ道具”と言うわりに一つしかない。
「や、なんか、仕掛けがあるみたいっす」
手の中でくるくるとその道具を回して見ていたエディは、答えながらナイフの刃を折りたたんで柄にしまい、不自然に出っ張っている部分を指先で押した。
すると仕掛けが反応してパチンと音が鳴り、ナイフの刃の反対側から奇妙な形の金属棒が飛び出してくる。
「おおー」
「なるほど。一本のナイフに七つの道具が隠されてるってことなんだね。おもしろいなぁ」
のんびり驚くハートレスの隣から、リドがエディの手元をのぞきこんで言った。
パズルを解くように、一本のナイフから次々と違う道具を飛びださせるエディはなかなか器用で、珍しくシウも感心する。
「意外と器用ですね、エディ」
「おー! シウさんに褒められたー!」
「ゲームにはあまり関係なさそうなところですから、何の意味もありませんが」
「うう、上げたら落とすシウさんのお約束……」
がっくりと肩を落として泣く真似をするエディをなぐさめようかと手をのばしたハートレスは、しかしちょうどアリスからのメールが着たのでそちらを開いた。
件名を見て、道の真ん中で「ん?」と立ち止まる。
『件名:ギルドハウス情報!』
『内容:ダグラスさんから聞いたんだけど、今35階タウンにいる? いるなら早くギルドハウス作った方がいいよ。ハウスができるとマスタールームっていうのが解放されて、“メンバー編成”でギルメンに役職を割り当てることができるようになるんだけど、なんとその役職がステータス上昇効果付き!
メンバー数に応じて何パーセントか上がるっていう方式みたいだから、人数多いレスのところはかなり有利になると思うし、さらにもうひとつ。24時間に1回しか使えないけど、メニュー画面に「ハウスに帰る」っていうボタンが出てくるんだよ!
だからうちのギルドは今、転移石で帰れるシティよりタウンに作れば良かったねって、後悔中なんだけど……』
ガイドブックには無かった情報だ。
立ち止まってメールを読むハートレスに、周りのギルドメンバー達が「どうした?」と声をかける。
それには答えずメールを読み終えると、ハートレスは顔を上げて言った。
「ギルドハウス作ろう」




