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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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フロア崩壊




 カウントダウンが残り1分を切ったところで狂化キマイラを倒したハートレス達は、ぎりぎりで地下10階トパーズ・シティに辿り着いた。

 荒い息をつきながら大階段の前で休んでいると、間もなく左手首の腕輪に「00:00:00」の赤い数字が点滅し、背後から凄まじい音が響いてくる。


 振り向けば大階段が崩れ落ち、その向こうの草原フィールドも壊れていくのが見えた。


「おー。派手に壊れてくなぁ」


 さすがに疲れて座りこんだフェイが、ショーを見物する観客のような声で言った。

 その声とともに上層フロアが崩壊していく轟音を聞きながら、ハートレスはメニュー画面を開いてフレンドリストを見る。


 そこにはもう、レベル4戦士、ジュードの名はなかった。


 ハートレスはメニュー画面を閉じてベルトポーチから転移石ラピスラズリを取り出すと、地下10階トパーズ・シティに逃げのびたプレイヤー達が、ほうけたような顔で崩れ落ちていく大階段を見あげているのを眺めた。

 近くでへたりこんでいるアリスとユーリに訊く。


「これで良かったの?」


 ハートレスは、とくにユーリに訊きたかった。


「自分で歩くこともできない人を、生きのびさせて良かったの?」


 聞こえているのかいないのか、ユーリとニナは抱きあったまま大階段の崩壊を呆然と見あげていて、何も答えない。

 疲れきって石畳に沈みこむように座っているアリスも無言だ。


 ハートレスは反応のない彼女達に興味を失い、ほんの数秒ですべてが崩れ落ちてしまった大階段の方へと視線を戻した。

 万魔殿の最上層階の端は断崖絶壁となり、空中浮遊する島の端のように上も下も青空が広がっていて、白い雲が渡っていく以外は何も見えない。


 ピコン、と音がして目の前にメッセージが現れた。


「第一次狂化モンスター侵攻終了。地下1階クリスタル・シティの崩壊にともない、アイテム“転移石クリスタル”が消滅しました」


 そうしてフロア崩壊の結末を見届けたハートレスは、辺りを見回してトパーズ・シティにギルドメンバーが残っていないことを確認すると、フェイとオズウェルに声をかけた。


「戻ろう」


 二人は「そうだな」と頷いてそれぞれのカバンから転移石を取り出す。


 やってくれと頼まれたことはやったし、見るべきものは見ただろう。

 もうここに用は無い。



「リターン」



 白い光に包まれて、ハートレスと2人の男は黒い石造りの都市へ戻った。


「レス!」


 巨大なラピスラズリの浮遊する中央広場に現れた3人の元へ、近くのベンチに座っていたシウ達が走ってくる。


「すみませんでした。わたしが引き上げの判断をするのが遅すぎて」


 ハートレスはそばへ来たシウが早口に言うのをさえぎり、それ以上の言葉を封じるように言う。


「おつかれさま」


 シウは驚いたように目を丸くし、次いでどこか泣きそうに顔をゆがめるとうつむいて目元を手でおおった。

 かすかに震える声で言う。


「あなたも、お疲れさまでした……」


 やはり彼は繊細な人だ。

 撤退の時、先に行かせておいて良かった、と思いながら、ハートレスは「うん」と頷いて答えた。


「疲れたね。いっぱい戦えて面白かったけど、お腹すいた。どこかでご飯食べて、宿で休もう」


 平然と言うハートレスに、そばにいたギルドメンバー達は体から力が抜けるのを感じて深く息をつく。


「……そうだな。俺も何か食いてぇ。どっか美味いとこねぇか」

「オレも腹減った気がするっス。マスター何食べたい?」


 フェイやエディを筆頭にわいわいとまたいつものように騒ぎながら、『紅の旅団』ギルドは広場から出て食堂を探す。

 ハートレスはうつむいたまま動かないシウの手を引いて歩き、皆が選んだ店に入ると、先日食べて美味しいと思ったナン付きカレーを頼んだ。

 酒を飲んで狂化モンスターとの戦いについて話したりするギルドメンバーとともにのんびり食事をとると、表通りへ出て宿へ入る。


 いつも通り5人用を頼み、部屋につくと装備を布製の衣服に変えてごろんとベッドに寝転がり、「ふー」と満足げに息をつく。

 隣のベッドに座ったシウが、先ほどよりだいぶ落ちついた様子でメール確認画面を開いて言った。


「ベイガン達が35階のタウンを見つけたそうです。昼でも霧がかかって見通しの悪い陰気なタウンらしいですが、とりあえず工房があるので新素材で装備を作製中。階段までの最短ルートが分かりましたので、明日からは一気に35階まで進めそうですね」

「そりゃありがてぇな。道が分かってりゃ何度も吹き戻されずにすむ」

「それと、盗賊系のクラスの方に朗報です。35階のタウンに入ると〈鍵開け〉のスキルを自動取得。そのスキルを使うのに必要な“盗賊七つ道具”がタウンの奥の方で売られているそうです」

「鍵を開けるような物ってーと、宝箱が出るのか?」

「はい。タウンから先にあるマップには宝箱が出て、銅の宝箱は誰でも開けられるようですが、銀の宝箱は〈鍵開け〉ができないと開けられないとか」

「おー! オレ大活躍の予感!」

「ただし、銀の宝箱は〈鍵開け〉に失敗するとトラップが発動。ベイガン達はさっそくモンスターハウスのトラップにかかったそうです」

「え。モンスターハウスって、いきなりモンスターが大量にポップしてくる、アレっすか?」

「ソレです。が、彼らは人数がある程度揃ってますし、戦闘職ばかりですからね。出てきたモンスターは1、2レベル下のものしかいなかったそうで、狩り放題の祭り状態になってドロップアイテムを大量入手したと、喜んでいるようです」

「さすが戦闘狂集団だな。モンスターハウスはむしろ当たりのご褒美か」

「ええー。モンスターハウスが当たりとか。ええー」


 シウとザックとエディが話すのを聞きながら、ハートレスはベッドの上で大剣を抱いてうとうととまぶたを閉じる。

 眠たげな様子に気づいて、シウが言った。


「寝ていいですよ、レス」

「うん……」


 半分眠りながら答えたハートレスに、「おやすみマスター」とエディが言う。

 しかしもう返事はなく、細身の女剣士は穏やかな眠りへ沈んでいた。





 ◆×◆×◆×◆





 翌日、目が覚めるとハートレスはアリスからメールが届いていることに気づいた。


『件名:わからない』

『内容:自分で動かない人が、こんなに重たいものだとは思わなかった。あなたの質問に答えられない。今のわたしには、自分達が良いことをしたという確信がない。でもギルドメンバーは増えた。助けた女性達はほぼ全員ソロだったから、ギルドに入れたの。『紅の旅団』へのお礼は今考え中なので、何か要望があったら教えてください』


 転んでもタダでは起きないタイプだなと感心し、ハートレスはシウに内容を知らせた。


「ふむ。けっこうな重労働でしたし、どんな報酬を要求しましょうかね」


 金髪の優男はメガネの奥で楽しそうに「ふふふ」と笑った。

 ザックは見て見ぬフリをして、エディとリドは「ひ~」と身を引く。


 ハートレスはひとり平和にふぁーとあくびをして柔軟体操をしながら、「そういえば、ダグラスは?」と首を傾げた。


「上で顔見なかったけど。アリス達と一緒にいたんじゃなかったの?」

「いましたよ。どうも、彼らが30階に到達してすぐ後にあのアナウンスが入ったらしいんです。それで責任を感じて、アリス達に一緒に戻ってくれと頼まれるのに頷いたようですね。転移石は持っていたので、あなたが戻ってくる前に30階へ戻しました。今はこのシティにいるはずです」

「じゃあ、合流して進む?」

「いえ、彼らはわたし達と一緒に行くにはレベルが足りません。まず、31階でレベル上げをしてから進んでくることになるでしょう」

「ああ。最短ルートで先に進むと、レベル上げが足りずに次の階のフィールドモンスター倒せなくなるから?」

「そうです。養殖すればすぐに下層へ連れていくことも可能でしょうが、わたしは個人的にそういった行為は好きではありませんし、戦うことが好きなプレイヤーばかりが集まっているウチのギルドには合わない手法ですから。ダグラス達には自力で頑張ってもらいましょう」


 シウが嫌う養殖とは、パワーレベリングとも呼ばれる低レベルプレイヤーの短期育成法だ。

 万魔殿の場合、「レベル差が5以内なら経験値が入り、自分よりレベルが上のモンスターを倒した場合はより多くの経験値が得られる」という仕様と、「パーティを組んでいる場合、戦闘に参加していなくても同じパーティに属するプレイヤーが倒したモンスターの経験値が得られる」という二つの仕様を利用すれば、高レベルプレイヤー4人か3人の中に低レベルプレイヤーを入れ、低レベルプレイヤーに経験値が入るぎりぎりの高レベルモンスターを高レベルプレイヤーが狩りまくって経験値を稼がせ、一気にレベルを上げさせることができ、これを養殖と呼ぶ。


 そして、たいていのMMOゲームで可能なこの短期育成法は、弱いプレイヤーが強いプレイヤーに寄生することになるし、効率を求めるせいで最も経験値を多く得られるモンスターを狙ってひとつのパーティが狩り場を長時間独占してしまったりするので、あまり好まれる手法ではない。

 ある程度のレベルがないと行けない場所もあるため、仲の良いフレンドと一緒に遊ぶために高レベルプレイヤーがパーティを組んで一番経験値の多いモンスターを狩り続けたり、遊ぶ時間があまりとれないプレイヤーを短期で育てるMMO内の仕事として請け負うプレイヤーもいるが、そういったことを何度もしていると知られると、他のプレイヤーから敬遠されることもある。


 ハートレスもその辺りのことは一応知っていたので、「うん」と頷いた。


 これが普通のゲームであれば、現実の勉強や仕事などに時間をとられるせいでレベル上げができない、という誰もが納得できる理由がある人もいるだろうが、今はログアウト不可のデスゲーム中。

 与えられている時間は皆同じなのだから、このような状況下で養殖しなければならないようなプレイヤーと一緒に進みたいとは思わない。



 そうして朝7時に日が昇って外が明るくなると、ハートレス達は食堂で軽く食事をとってサポートセンターへ向かった。

 今のところレベルが10上がるごとにクエストを受けられる数が1増えているので、パーティ全員がレベル30以上である現在、6つのクエストを同時に受けることができる。

 いつものようにクエスト処理をすると、昨日使ってしまった転移石を1個購入して補充し、集合場所へ向かった。



 集合時間の朝8時。


 地下31階へ続く大階段前に集まった後方生産組以外の『紅の旅団』ギルドメンバーは、昨日より4人増えていた。

 フロア崩壊の直前まで渡しを手伝ってくれていた高レベルプレイヤーのパーティ1組が、まだ自分達はどこのギルドにも属していないから入れてくれと声をかけてきたので、シウが他の主要メンバーと相談して加入を認めたのだ。


「中級魔法使いのいるパーティが入ってくれるとは、心強いです。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、思わぬところで攻略組のギルドに入れてありがたい。どうぞよろしく頼みます」


 そうして万魔殿の攻略組には珍しい魔法職ひとりを含むパーティ4人を加え、一団は攻略を再開。

 地下35階までは最短ルートが分かっているので、一日で33階まで進み、34階へ続く階段で夜を過ごした。


 その翌日、35階へ到達する頃に鈴の音が響く。



 ―――――― リン、リン、リン。



 今度こそ次のシティへ200人到達したのかと思ったが、彼らの予測はまた外れた。



《 リーダー「コジロウ」のパーティが地下39階レイドボスとエンカウントしました。これより同盟(ユニオン)機能が解放されます。 》



 「とうとう来たか」という声と同時に「うへぇ、公式(さら)しかよ」という声が上がった。


 MMOゲームではプレイヤー名を公の場で出す行為は、それが褒めるためであれ(けな)すためであれ“晒し”と呼ばれ、良識的なプレイヤーに嫌がられる。

 晒されたプレイヤーが良い意味であれ悪い意味であれ注目されるようになり、有名になるとそれだけでPKの標的にされたり、おかしな言いがかりをつけて喧嘩をしかけてくる者が出たりして、トラブルになりやすくなるからだ。


 ちなみに一般のプレイヤー間で名前が出されるものは“晒し”と言われ、運営会社や今のようなシステム・アナウンスでプレイヤー名が出されるのは“公式晒し”と呼ばれたりする。

 そして当然一気に知名度が上がるのは今のように全プレイヤーに聞こえるシステム・アナウンスで名を出される公式晒しなので、今回のアナウンスはこのレイドボスにエンカウントしたプレイヤー「コジロウ」にとって、青天(はれたひ)霹靂(かみなり)に直撃されたようなダメージになりかねない。



 しかしそんなことなど知ったことかと言わんばかりに今回も誰の言葉にも応えず、システム・アナウンスの女性の声は平然と、いつも通りの穏やかな口調で続けた。



《 特定の領域内にいるパーティでユニオンを組むことにより、5人以上の集団でレイドボスへ挑戦することが可能になりました。なお、レイドボスに対するユニオンの限度人数は50人となっておりますのでご注意ください。

 新機能の解放にともないガイドブックが更新されました。 》



 ピコンと音がして「新着情報:新機能1種解放。ガイドブックが更新されました」というメッセージが出た。



《 以上、新機能の解放とご案内を終了いたします。

 それでは皆さま、引き続き冒険の旅をお楽しみください。 》



 システム・アナウンスの声が消えると、シウが思わしげにつぶやいた。


「レイドボス“に対する”ユニオンの限度人数? ……どうも、レイドボス以外でもユニオンが必要になる時が来るような言い方ですね」

「嫌な予感しかしねぇな。まあ、今はとにかくタウンへ行こうや。どっかでメシ食って宿で休みながらガイドブック見りゃいいだろ」


 濃霧フィールドは長くとどまりたいところではないし、それでなくとも3時間経過すると問答無用でフロア入口の階段前へ吹き戻されるのだ。

 ザックの言葉に皆が賛成したので、一団は再びベイガン達のいる地下35階のタウンへ向かって進み、昼過ぎ頃に到達して合流した。





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