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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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飴玉と猫





 5時間の休憩を終え、左手首の腕輪のカウントダウンが残り2時間を切ったところで地下9階草原フィールドに戻ったハートレス達は、朝日がのぼって明るくなったというのに、昨夜より険しい表情をしたシウの警告で迎えられた。


「狂化モンスターがどんどん強くなってきています。キマイラも2回に1度は狂化したものが出現します。しかも上がっているステータスが一種類だけではないらしい」

「誰かやられた?」

「いえ、今のところ死者は出ていませんが。一戦に時間がかかるようになった上、高レベルプレイヤーでも対抗するのに4人必要になってきているせいで、なかなか渡せないんです」


 助けを求める低レベルプレイヤーの数は残り時間が6時間を切った頃が一番のピークで、シウはサポートする高レベルプレイヤーを3人に減らし、一度に2人渡せるようにして対応した。

 しかし残り3時間を切った頃から狂化キマイラの出現度が上がり、一種類以上のステータスが上昇したものが出てきたので、それに深手を負わされた者達を休ませ、急いでパーティ編成を4人に戻したという。


「8階から来るプレイヤーは減ってきていますが、まだ100人以上います。こちらも連戦につぐ連戦でだいぶ疲れがたまってきていますし、あと何人渡せるか」


 サポート希望者が並ぶ長蛇の列を見やり、シウは眉間にしわを作って重いため息をつく。

 (いつまでこれに付き合うつもりなんだろう? アリス達が合流してくるまでかな)と考えつつハートレスは頷き、休憩しているギルドメンバーに声をかけた。


「誰かうちのパーティに入ってくれる人、ひとりいる?」

「俺、戻る」


 ぱっと弓を手に立ち上がった狙撃手レイヴが応じ、それまで組んでいたパーティを抜けてハートレスのそばに来た。

 パンと手を叩いて彼をパーティに入れ、さっそくサポート希望者を連れて大扉を開くと、部屋の奥で白い眼のキマイラがのっそりと起きあがる。


「おぅ、いきなり当たりか。出現率上がりすぎだろ」

「全部のステータスが上がったキマイラって、どれくらい強いのかな?」

「さてなぁ。残り1時間切ったくらいには出るんじゃねぇの」


 のんびり話しながらキマイラを攻撃するハートレスとフェイに、二本の片手剣で爪撃を防いで後ろに跳びのいたオズウェルが叫んだ。


「二人とも余裕すぎです! 何でそんな普通に喋りながら戦えるんですか!」

「ふはははー! 俺はいつでも余裕だからな!」

「スピードが上がってても、動きそのものは普通のキマイラと変わらない。タゲの移動さえ気をつけてれば攻撃避けやすいよ」


 フェイはふざけて笑い、ハートレスは丁寧に解説して答える。

 その反応がやっぱり余裕すぎると思ったので、自分だけ必死なのが腹立たしい気がしてオズウェルは「もっと緊張感持ってくださいよ!」と文句を言った。

 彼らの後ろで低レベルプレイヤーのゲストを守りながら、レイヴはひとり無言で隙を見て矢を射る。


 そうして連続で3回渡しをすると、ハートレス達は大扉からすこし離れたところで5分間の休憩に入った。

 さすがに無傷でとはいかず、左腕をざっくりとやられて体力が1割ほど減っているので、ずきずきと痛むのに耐えながら回復薬の節約のため〈調息〉で回復する。


 しかし全快を知らせる音を聞く前に、「あのー、えと、ハートレスさん?」という遠慮がちな声がかかった。

 対キマイラ戦パーティが休憩しているのはサポート希望者から離れた場所だし、近くにポップするモンスターはルート確保パーティのメンバーが狩ってくれるので、いくらか安心してまぶたを閉じていたハートレスは慌てることなく〈調息〉を発動させたまま聞き覚えのない声へ応じる。


「何?」

「休憩中なのに、押しかけてきちゃって、すいません。わたしはジュードといいます。レベル4の戦士です」

「サポート希望者なら向こうの列へ」

「あ、いえ、そうじゃないんです。わたし、進むのあきらめたんで」


 体力が全快したことを告げるチリーンという音が鳴り、ハートレスはまぶたを開いて顔を上げた。


 三歩ほど離れたところに膝をそろえて座っていた栗色の髪に茶色い目をした青年は、「腕の傷、治りましたね。良かった」と自分のことのようにほっとした様子で微笑んだ。

 ハートレスは首を傾げる。


「進むのをあきらめた?」

「あ、はい。どうも、わたしにはこのゲームは向いてないみたいなので。あきらめることにしたんです。希望者の列に並んで皆さんが命がけでシティに渡してくださっても、わたしはその恩に報いるようなことが自分にできるとは思えなくて」

「『パンデモニウム』は武器か魔法で戦うゲーム。戦う気もなく遊びに来たの?」

「いやー、ログインした時は戦う気、あったんですけどね。それは閉じ込められて痛覚が解放される前の話で。実際にケガをして痛いとなると、ダメでした。もう怖くて怖くて、ちょっとケガしただけでパニクって、足が勝手に逃げちゃうんですよ」

「痛いのは一時だけ。回復薬か〈調息〉で体力を回復させれば痛みは消える。部位欠損は体力全快させても、ペナルティで10分間の再生制限がかかるけど、その時間が過ぎれば元通りになる」


 部位欠損と聞いただけで、ジュードはぶるりと体を震わせておびえたような顔をした。


「それは分かってるんですけど、それでもどうにもムリそうなんで。ここらが幕の引きどころかなと思いましてね。今持ってるアイテムとお金を、全部あなたに渡せないかなーと思って、こちらのギルドの方にお願いしてここまで通してもらったんです」

「アイテムとお金を全部渡す? そんなことして、何をしたいの?」


 ジュードはハートレスと同い年くらいの若者だった。

 それなのにまるで老人のような目をして言う。


「わたしは縁もゆかりもない低レベルのプレイヤー達を、あなた方が命がけで助けてくださっていることが、とても嬉しくて。何かすこしでもお返しをしたいと思ったんです。アイテムは序盤の物ばかりでたいしてお役には立たないでしょうし、所持金もあまりないので申し訳ないのですが。

 どうか受け取っていただけませんか?」


 ハートレスはふるふると首を横に振って答えた。


「確かに私達は渡しをしているけど、その理由は純粋な善意からじゃない。すくなくとも私は。それに、まだ助からないと決まったわけじゃない。希望者の列に並んで順番を待ってみたら」

「いえ、それは。他にもたくさん希望してらっしゃる方がいるので、あきらめてしまったわたしが並ぶような空きは無いですよ。それより本当に受け取っていただけませんか? このままだとわたしと一緒に消えてしまうでしょうし、どうにももったいなくて」


 これがデスゲームであると考えていないのか、語る言葉通りであれば死を覚悟したジュードは、穏やかな声で残念そうに言う。

 彼がなかなか引かないのを見て、ハートレスは「わかった」と頷いた。


「ありがとうございます!」


 晴れやかな笑顔で言い、ハートレスと握手をしてフレンド登録をしたジュードは、装備していた鉄の大剣と鎧まで外してそれほど多くはない持ち物と所持金をすべて選択し、トレード画面に表示させた。

 武器は未装備、防具は初期装備のひとつである麻布の服だけという姿になった彼に、さすがに驚いてハートレスが訊く。


「本当にいいの?」

「はい」


 ジュードが穏やかな微笑みを浮かべたまま頷くので、ハートレスは自分もメニュー画面を操作してトレードを確定させた。

 けっこうな数のアイテムが送られてきて、カバンの空き枠を埋め、所持金の数字もいくらか増える。


 一方、ジュードもハートレスからひとつ送られてきたアイテムがあり、空になったはずのカバンからそれを取り出して「何ですかこれ?」と訊ねた。


「飴玉。お菓子なんだって。口の中に入れて、噛まずに舌の上で転がしてると、甘い味がするらしいよ」

「へぇ~。クリスタル・シティでは見なかったけど、もっと下の階ではこういうのが売られてるんですか?」

「図書館のNPCとの小イベントっぽいものでもらったの、今まで忘れてた。売っている店があるかどうかは知らない」

「ええ! じゃあ貴重品じゃないですか! なんでわたしなんかに渡すんです?」


 驚き、不思議そうに訊いてくるジュードに、ハートレスは答えた。


「あなたは自殺ボタンを使わなかった。他の人みたいに“早く助けてくれ”と言わなかった。それにここまで来たのに、自分で判断して止まることを決めた。

 だから、それ、あげる。何て言えばいいのか分からないけど。とりあえず、お疲れさまでした、かな?」


 ジュードはちょっと照れくさそうな顔をして缶のふたを開け、こんこんと振って中から一粒、薄紫色の飴玉を手のひらに落とした。

 「いただきます」と言って口の中に放り込み、頬をふくらませてもごもごと舌の上で転がすと、幸せそうな笑顔で「甘くておいしいです」と言って、ふたを閉じた缶をハートレスへ返す。


「わたしはひとつでじゅうぶんですから。珍しい物をいただいて、ありがとうございました」

「うん。……どこへ行くの?」

「猫は自分の骸をさらさないよう、死期を悟ると人前から姿を消すんだそうです。このゲームじゃプレイヤーもモンスターみたいに消えちゃうみたいですが、まあ、ちょっとわたしも猫を見習おうかなと」


 猫や犬は昔、一般家庭で普通に飼育されていたらしいが、現代ではVR空間でしか飼育するどころか触れることさえできない。

 このため猫の習性などまったくといっていいほど知らないハートレスは、ただ「そう」と答えた。


 何を言えばいいのか、何と思えばいいのか、わからない。


 ジュードは現れた時と同じように穏やかに微笑んで、「では」と一礼して去る。

 アイテムと所持金を渡すだけ渡して、後のことは地下100階ボスを倒せとも、頑張れのひとことさえも言わず、その背はしばらくすると木立の影に隠れて見えなくなった。


「もしこれが普通のゲームのままだったら、生産スキルとかで何かを作ってのんびり遊んでそうな人でしたね」


 隣で一部始終を見ていたオズウェルが言うと、ハートレスは飴缶をカバンにしまいながら「うん」と頷き、立ちあがった。


「5分過ぎた。次、行こうか」


 そばにいたフェイとオズウェル、レイヴの3人を連れ、サポート希望者をパーティに入れて再びキマイラ戦へ向かう。

 腕輪に浮かぶ数字は黄色から赤に変わっており、手首を見ると血のように赤い数字がカウントしている。


 残り「00:58:26」。


 いつの間にかフロア崩壊まで1時間を切り、秒単位でのカウントダウンが始まっていた。





 猫が「死期を悟ると人前から姿を消す」のは迷信だそうです。本当は「具合が良くなるまで静かなところでゆっくり休みたい」から姿を消すだけで、良くなったら戻ってくるつもりなんだとか。

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