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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
32/51

一時でも、幻でも





 優しい夢を見ている。

 こんなに優しい夢を見るのは、きっと生まれて初めてだ。


 ハートレスはベッドに横たわったまま、夢うつつに微笑んで訊いた。


「会いに来てくれたの?」


 窓辺に佇んで月明かりを浴びる彼は、その場から動かずに答える。


「会いたかった、ハートレス」


 なんて幸せな夢なんだろうと、ハートレスは真綿で首を絞められるような心地で思った。

 幸せすぎて息が苦しい。


「……私も、ずっと、会いたかった」


 心の奥にぽぅ、と、星明かりのようにかすかな光を灯した花が咲く。

 ちいさくて、あたたかい花。


「ぼくのこと、覚えててくれたんだね」


 ハートレスの言葉に、ロキはほっとした様子で言った。

 戦う時は自信満々で、ひたすらに突き進んでいくタイプなのに、その声はどこか頼りなげで胸をつかれた。


 戦っている時にしか働かない心が、とくん、とやわらかに鼓動するのを感じる。



(この夢がずっと続いてくれればいいのに)



 けれど夢はさめるものだ。

 分かっているから、ぼんやりした頭で必死に言った。


「私、ロキと一緒に遊びたくて、ここに来たの」


 ファントムの仮面をかぶっていても、彼が驚いたのを感じた。

 ハートレスは訊く。


「どこにいるの? ロキ」


 どこか泣きそうに、声がかすれた。


「どこに行けば会えるの?」



 お願い、教えて。

 会いたい。


 ロキ。



 ただひたすらにそれだけを求める声に、彼はひどく驚いたようだった。


 そして何を思ったのか、ふらりと一歩、ハートレスの方へ近づこうとして。



 動いた瞬間、煙のように消えてしまった。



「あ……」



 あまりに唐突に幸福な一時を取り上げられ、ロキの姿を見失ったハートレスは驚きに息をのんで。


 叫ぶ。





「ロキ!」





 悲鳴じみた声で叫びながら飛び起きたハートレスに、まだ真夜中の宿の一室で、見張り番のザックとエディが驚いた。


「どうしたんだ?」

「マスター!? どしたの? 何か悪い夢見た?」


 ハートレスは彼らの言葉には答えず、ベッドから飛び降りて部屋を見まわし、夢の中でロキが立っていた窓辺へ行くと、声もなく空を見あげた。

 まるく満ちた黄金の月が、宝石箱をぶちまけたように煌びやかに輝く星々を従えて、はるか天から静かに彼女を見おろしている。


(ゆめ……)


 体中から力が抜けて、ハートレスはへたりとその場に座り込んだ。

 背後で心配しているザックとエディに、「なんでもない」と答える。


「夢をみただけ。騒いじゃって、ごめん」


 振り向くことなく沈んだ声で言う彼女に、二人は顔を見合わせて、窓辺から視線をそらした。

 今は声をかけない方がいいだろう。



 何も言わずにほうっておいてくれる二人に、ハートレスはほっとした。

 そしてロキがそばにいないという凍えるような寂しさに、唇を噛んだ。



 ほろりと何かが頬をすべり落ち、ぽたりと膝に落ちる。



(なみ、だ……?)


 なぜ自分が泣いているのか、さっぱり分からなかった。

 けれどもうひとつぶ、透明なしずくが頬をすべり、ほたりと膝に落ちる。


 パーティメンバーに背を向けて座りこんだまま、ハートレスはファントムの仮面を外して、手の甲で目じりをぬぐった。

 鏡がないので本当に自分が泣いているのかどうかわからなかったが、ぬぐった手に湿り気を感じるのに、どうやら間違いないらしいと考える。


(なんで私、泣いてるんだろう)


 初めてのことばかり起きて、どうすればいいのか見当もつかない。

 けれどただひとつ、思うことがある。



(いい、夢、だったな……)



 一時でも、幻でも、久しぶりにロキに会えたのだ。


 涙をぬぐう手の下でふと息をつき、かすかに笑って。

 ハートレスは再びファントムの仮面を身につけると、ベッドに戻って毛布にくるまった。



 わけの分からない涙がこぼれたって、大丈夫だ。

 胸の奥に咲いた花はまだちいさな光を灯していて、とてもあたたかいから。





 ◆×◆×◆×◆





「建てるのに100万、現在のギルドメンバーは総勢76人。だいたい一人頭1万5千でいけますね。余った金額である程度の家具も買えるでしょうし」

「メンバー数多いとその点は楽だな。しかし今、ひとり1万5千か……」


 システム・アナウンスが入った翌日、朝食をとりながらシウとザックはメニュー画面からガイドブックを開き、ギルドハウスについてのページを見ながら話し合った。


「問題は移動ですね。シティからシティへの移動は可能でも、一度移動させるのに10万かかるというのでは、気軽には動かせません」

「確かにどこに建てるのかは悩みどころだが、ギルドハウスの休憩所としての機能はデカいぞ」

「そうですね。ギルドハウスさえ建てられれば、宿代が要らなくなる上にギルドメンバー以外立ち入り禁止の個室が手に入って、PKを気にせずに好きなだけ休める……。魅力的です」

「ああ。久しぶりに見張りたてずにのんびりゴロ寝してぇなぁ」


 はー、と息をつくのを見て「おっさんくさいです、ザック」とさっくり言い、シウはギルドメンバーのパーティリーダー達にメールを送った。


「とりあえず皆の意見を聞いてみます。ハウスの会議室を使うとギルドチャットができるようになる、とかいう機能も見逃せませんし」


 シティに到達した翌日は1日休憩となっているので、地下31階の攻略へ向かうのは明日の朝8時からの予定だ。

 朝食を終えるとシウとザックは久しぶりにVRゲーム仲間であるヴィクトール達とシティを見てまわることになったので、ギルドマスターのハートレスを含む年少組3人は護衛役パーティのオズウェル達5人とともに動くことになった。


「レス、どこへ行きたいですか?」

「次の階の様子を見に行きたい」


 オズウェルが訊くとハートレスは即答したが、護衛兼お守役の青年はシウから「勝手に攻略へ行かないように」と厳命されている。

 ひたすらにモンスターとの戦いを求める彼女の姿勢に、内心で(それでこそ『紅の旅団』ギルドマスター)と満足しつつ、オズウェルは丁寧に答えた。


「サブマスターからシティ内にいるよう言われていますので、他の場所でお願いします」


 残念そうに肩を落としたハートレスは、とたんに興味を失って「どこでもいい」と答える。

 その会話を聞いて、休養日に戦うはめにならなくて良かったと安堵の息をついたリドが「あのー」と手を上げて提案し、とりあえずやっておくべきことを済ませておこうと、サポートセンターと工房へ行き、武器屋と防具屋と道具屋を見てまわることになった。


 ブルーハウンドが全員分捕獲できてから素材アイテムを回収されることがなくなったので、作れる物が増えて生産スキルの経験値が多少稼ぎやすくなっている。

 センターでのクエスト処理の後、工房でのアイテム作りが終わると、エディは中回復薬を、リドは雪山フィールドで〈採掘〉によって手に入れた凍鉄(とうてつ)製の大剣と大太刀を、それぞれトレードでハートレスに渡した。


「すごい。この大剣、属性付きだ。氷属性って、斬った相手を氷らせるのかな?」


 さっそく青みを帯びた銀色の大剣を装備したハートレスは、ステータス画面を見ながらはずむ口調で言う。

 リドは首を傾げた。


「どうなんでしょう? 属性付きの武器が作れたのこれが初めてなんで、おれもよく分からないんです。凍鉄って、万魔殿のオリジナル金属らしいんですけど、これ使えば氷属性が付くのかと思ったら大太刀の方には付かないし。何でしょうね?」

「武器の種類の問題か、その時の運?」


 一緒に首を傾げたハートレスの言葉で、そういえばリドは幸運特化じゃなかったか、とエディが思い出した。


「幸運特化のプラス補正でたまたま付いたとか?」

「それありそう」

「おおー! やっと幸運特化の恩恵が?!」

「いやでもクリティカル攻撃けっこう出てるような気がするし、幸運特化って意外と強かったり?」

「え、いや、うーん。真っ向から聞かれると……。クリティカル出ても倒せないモンスター多いし」

「あー、元々の力のステータスが低いと、クリティカルでダメージ上がっても相手の体力の方が多いのか。それじゃあ素直に力に入れといた方が戦力安定するし、単純にそっちの方が強いっスねー」

「うん。力特化のレスの方が確実に強いね……」


 今のところ幸運特化の恩恵はどうも実感できておらず、オズウェル達のパーティメンバーもボーナス・ポイントを幸運に極振りしているプレイヤーはリドしか知らない、と断言した。


「おー。……地雷」

「見事な地雷」

「いやはや、地雷職のないはずのゲームで、いさぎよい自爆っぷりですな」


 うんうんと周りの人々に頷かれ、リドは「うう。いつかきっと良いことある、はず……」とつぶやいて、しくしくとひとり肩を丸めた。


 しかし普通のMMOゲームで地雷と言われるプレイヤーは、パーティを組んだり一緒に行動したりするのを嫌がられるものだが、リドの場合はサブマスターであるシウの“お遊び”として認識されているので、口で言うほどとくに誰も気にしていない。

 リドの属するパーティでは力特化のハートレスが主戦力で、元から戦力としてはあまり期待されていないし、今では護衛役パーティが積極的に彼女のサポートにつくので、柔和な性格の彼は〈武器作製〉担当としているだけの状態になりつつある。


 それでも誰もリドと変わってハートレスのパーティに入りたいと言わないのは、新たなるシウの玩具にされたくはない、と思っているからで、神官サブマスターについてのギルドメンバーの認識がうかがえる一面だった。


「幸運特化がどんな効果を生むのか、たぶんステータスの検証の中では一番時間がかかる。シウは承知で許可してるんだろうから、リドが気にする必要はないと思う」


 氷属性付きの大剣を手に入れて機嫌の良いハートレスが無自覚にフォローしたので、リドは「うう、ありがとうございます」とよろよろしながら持ち直した。

 彼が先に提案した通り、次は武器屋と道具屋と道具屋を見てまわる。


「新商品無いっスねー。ほーんとに、自分たちで作れー! ってカンジ」

「そうだねー。おれたちはギルドが大規模だし、だいぶ先に進んでる方だからギルド内取り引きでなんとかなってくけど、ソロとか後方組の人たちは大変そう」


 店を出たエディとリドが言うのに、護衛役パーティの狙撃手レイヴが「このゲームでソロはムリだ」と頷いた。

 彼はベータ版のテストプレイヤーで、ソロで進んで地下9階ボスモンスター、キマイラに倒されたという。


「ソロで行けるのはキマイラの手前までだな。たいていのソロプレイヤーはあれを攻略できずにクリスタル・シティに戻されて、そこで入れるパーティを探すことになる」

「さすが“ソロ殺し”。攻略サイトでも言われてたっスねー」

「そういえばおれ、キマイラに殺されかけたんだった……」

「でも逃げのびたところをマスターに拾われたんだし、結果的にラッキー?」


 さすが幸運特化、と周りがのんびり感心するのに、「嬉しいけど嬉しくない」とリドは微妙な顔をしてまたよろりと傾いた。



 一行はその後、エディの希望で写真館へ行き、残った時間はハートレスの希望によって図書館で過ごすことになった。


 リドとレイヴが図書館の中をうろうろと歩きまわって本を読みに行くのに、興味のないその他5人の男は休憩スペースのベンチに座ったハートレスのそばでのんびり昼寝する。

 近くの児童書コーナーで子ども達に童話を読み聞かせる司書のお姉さんの優しい声が、いい子守歌になるのだ。


 その中でひとり起きて子ども達と一緒にお話を聞くハートレスは、前に結末を聞き逃したシンデレラの本を読んでもらい、次はヘンゼルとグレーテルの絵本を選んで司書に渡した。

 司書のお姉さんは絵本のリクエストに笑顔で頷き、優しい声でそれを読んでくれる。


 くかー、と熟睡する護衛役の男たちの中にちょこんと座り、ハートレスは毎回「めでたしめでたし」で終わってくれる童話を、飽きることなく聞いていた。

 すると4つのお話が終わったところで、司書のお姉さんは次の絵本を選んで「これお願い」と渡してきたハートレスの頭をよしよしと撫でて、「お話好きな良い子ね」と微笑んだ。


「図書館の中では食べちゃダメだけど、飴玉をあげましょう」

「あめだま?」

「お菓子のことですよ。図書館から出たら、口の中に入れて、噛まずに舌の上で転がしてごらんなさい。色によって味が違いますが、どれも甘くておいしいから」

「うん。ありがとう」


 どうやら小イベントだったらしく、ハートレスは司書のお姉さんNPCから、現時点ではどこにも売っていない缶入り飴をもらった。

 しかし現実では飴は子どもがのどに詰まらせると危険であるとして販売されておらず、一部の成人に医薬品の一種として提供されているだけの物なので、珍しくはあるがいまひとつ嬉しいと思えない。


 一応お礼を言って、振るとカラカラ音がする飴缶をカバンへしまうと、次のお話を聞く。

 そうして人魚姫や金太郎の童話を聞いている間に、飴のことは忘れてしまった。





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