クリエイター予測
3つのギルドで朝食をとった後。
『紅の旅団』ギルドは16パーティのリーダーが集まって相談し、今度は先行攻略組と後方生産組の二つに分かれて行動しようということになった。
先行攻略組の中から「生産職メインでいきたい」と言いだしたものや、騎獣調達組から「攻略組へ入りたい」と希望するものが何人も出たので、それぞれが望むところへ入れるよう移動させる。
パーティの再編成が終わると攻略組は12パーティ59人、後方生産組は4パーティ17人となった。
攻略組のリーダーはギルドマスターのハートレスで、実質はサブマスターのシウ、生産組のリーダーは〈武器作製〉スキルのレベルがギルドで最も高いダグラス。
フェイはようやくハートレスのいる攻略組に入れたことに喜び、生産組のリーダーになるついでにサブマスターの地位を委任され、ギルド内のトレード統括者を任されたダグラスは「どうも大役を与えられたらしいな」と苦笑した。
しかし40代後半と思しきダグラスは後方生産組の中の最高齢プレイヤーで、血の気の多い『紅の旅団』ギルドでは比較的おだやかで思慮深い方だったので、「あんたがトレードを取り仕切ってくれるなら安心だ」と彼を知る皆が口を揃えてこの決定に賛成。
彼が慣れるまでフェイが補佐をすることで話がまとまると、先行攻略組は待ちくたびれていたハートレスを先頭に、迷宮探索を再開する。
そして先行攻略組となったグループは地下21階の雪山フィールドへ入り、地下20階に到達したばかりの者が多い後方生産組は一日休憩となった。
その日の夜。
ブルーハウンドで一直線に最短ルートを駆け抜けて22階の中ほどで野営することになったハートレスは、一通のフレンドメールを受け取ってシウに言った。
「アリスから、シウ宛てにメールきた」
「わたしに? ……万魔殿のシステムにはメールの転送やコピーの機能が無かったですね。レス、読んで教えてくれますか」
ハートレスは「うん」と頷いて読みあげた。
『件名:朝食楽しかったわ、また何か美味しいものを食べに行きましょうね』
『内容:モニカの調査にすこし協力してもらえると助かるわ。おもにあなたの参謀さんの意見を聞きたいらしいんだけど』
そんな言葉で始まるメールは、現実ではAI専門のカウンセラーだというモニカの考えについての話だった。
システム・アナウンスの言葉や口調、解放されていく新機能の種類、ガイドブックの内容から『パンデモニウム』を管理するAIについては“正常”と判断、NPCに搭載されているAIも“正常”に動作していると思われる。
AIの暴走という可能性はゼロに近く、匂いや料理の味のデータが組み込まれているという時点でこれはクリエイターによる“予定通りのデスゲーム”と考えられるが、本当にゲーム内の死を現実の死とするものなのだろうか?
クリエイターにとって、プレイヤーを死亡させるメリットは何だろう?
そしてもうひとつ。
不特定多数を殺傷しようとするものは昔から後を絶たないが、彼らはおおまかに「思想家タイプ」と「快楽主義者タイプ」に分けられる。
もしこれが本当に命を奪うものであるとするなら、このVRMMORPG『パンデモニウム』をデスゲームにした人物はどちらのタイプだろうか?
「……ふむ。創作物の中では、主催者やクリエイターは快楽主義者タイプが多い気がしますが」
「思想家タイプはまずないよなぁ。“天才は何考えるか分かりません”的なオチが多かったような気がする。それか何かの実験をしてて、その方法がデスゲームだっただけ、とかいうやつ」
シウが考えこむようにつぶやき、近くで聞いていたザックが頷いた。
エディは「よくわかんねー」と首を傾げ、リドは黙って聞いている。
「考えても答えが分かるわけではないので、考えるだけムダな問いのような気がしますが。たまに考えてしまうことではありますね。現在進行形で閉じ込められているわけですし」
「まぁなー。ヒマになると、なんでクリエイターはこんなことしてんのか、ぼーっと考えちまうことはあるなぁ」
「大規模な心理実験、不特定多数の人間をVR空間に閉じ込めることによって現実の世界で何らかの主張をしている思想犯、できそうだったからやってみた快楽犯、変わりダネなら肉食を復活させたい者たちによる布教活動とか、いろいろ可能性はありますが」
「肉食復活キャンペーンは意外とアリな気がするなぁ。疲労度みてぇな空腹値が設定されてないって所で、主催者が意図したものじゃなさそうだとは思うが、結果的にそうなってる。俺はたぶん、現実に戻っても肉を食いたくなるだろうからな。そんな金ねぇけど」
うんうんと全員が頷いた。
シウも一緒に頷いてから、言葉を続ける。
「しかし、クリエイターの姿というのはその創作物から透けて見えることがあるのですが、このゲームから感じるのは、何と言えばいいのか……。無邪気に遊ぶ子ども、ですかね」
「あー」
何となくわかる、とザックが言った。
「VRMMORPGとしての枠を崩さずに、ログアウト不可でメニュー画面から自殺が可能。つまり遊びたくない奴はさっさと出ていけ、遊びたい奴はもっと遊ぼう、って言ってる子どものイメージだな」
「そうそう。案外クリエイターが閉じこもって遊びたいがためにデスゲーム化したんじゃないかと思えるくらい、プレイヤーがあまり不自由しない作りになっているというか。全プレイヤー共通の掲示板がサポートセンターでしか使えないのも、ある程度の情報や感情を共有させるツールを置きながら、それによってパニックの過剰な感染をさせないようにしているような。そのくせもっと遊びたい攻略組であっても死んだら終わり、というところが無邪気で残酷で幼い性質を感じさせます」
「大人より子どもの方がルールに厳しいからなぁ。死んだら終わり、って言ったら本当に終わりにさせてもおかしくはないか」
「もしクリエイターが幼い天才で、そういう思考の持ち主なら、本当のデスゲームにされていそうですね」
「そのかわり賞金100億、きっちり用意してそうだよな」
うむ、と頷きながらも、シウとザックはあまりその賞金にはこだわっていないようだった。
「あれば楽しいとは思いますが、個人的には賞金は実際には無い気がしますね。わたしは“できそうだからやってみて、プレイヤーに混じって一緒に遊んでいる天才型の快楽犯的クリエイター”に一票です。たぶん現実では誰も死なず、たとえ期限いっぱい遊んだとしても脳内時間の加速による経過で、目が覚めたらそれほど時間は経っていなかった、とかいうオチじゃないですか」
「そしてプレイヤー達が怒鳴りこんでもクリエイター陣は逃亡済み、機材は残っていたとしてもデータはすべて削除済みで、会社住所の部屋の持ち主は書類上での取引で一定期間貸しただけで自分は何も知らない、って言うんだろうな」
「ついでにVR規制法によってリンク・ギアには厳重なハッキング対策がしてあるはずですが、それをあっさり破られてこんなことになった以上、連合政府が対応に追われるでしょうね」
「あー、政府か。対応策ができるまでVR空間へのダイブ禁止とかされたら嫌だな」
「いえ、おそらくそれは無いと思います。連合政府は現実とVR空間を併用して暮らすことで、現実で消費される物資を削減しようという政策を推進してきてますし。それがだいぶ定着している今、VR空間の閉鎖などしたら現実でとんでもない騒ぎが起きるでしょうから」
「そうは言っても、さすがに何か対策せんとマズいだろ?」
「確かに、対応しているぞというところを見せるためのパフォーマンスは要るでしょうね。たぶん今回の首謀者を行方不明にして、延々と追いかける特務チームでも作って、たまに“現在捜査中です”とかいう続報流すんじゃないですか。なにしろ生命評議会を300年続けさせている、問題先送り政府ですし」
「ああ、あの永遠に終わらない水平線会議か……。そんな例もあったな」
年長組が話すのを聞いていたエディが、「せいめいひょうぎかい? って、何スか?」とハートレスに訊いた。
エディも学校で習っているはずなのだが、まったく覚えていないらしい。
ハートレスもそれほど勉強熱心な方ではないが、たまたま覚えていたので説明した。
「300年くらい前に始まった、どこからどこまでが命なのか、どこまでの命に権利を認めるべきかを話し合う会議のこと。いろんな業界から賛成派と反対派と中立派をバランスよく集めて、一定期間ごとに人員交代しながらずーっと話し合ってる。たとえば現実での体が死んで、VR空間へ“移住”した場合、その人の発言を現実に影響させるべきか否か、とか」
「あれ? VR空間への移住って、ムリなんじゃないんスか?」
「学校ではそう教えられる。でも、技術的には可能だけど、移住させた後の人の扱いについて生命評議会が判断を決定していないからできないことになってるんだって、どこかで聞いたことあるよ」
「へー。希望する人多そうだけど。金は払うから永遠の命をー! みたいな」
「うん。希望する人が多いから生命評議会は300年も続いてるんだ、とか。でもいつまでも生き続けられると困る人も多いから、“皆の意見がまとまらないからできない”っていうのを引き伸ばすために会議があるんだ、とか。そういう説もあるらしいけど。生命評議会はいろんな人が関わっているから、そもそも会議がどうして開かれるようになったのか、どうしていつまでも決着がつかないのか、よく分からない部分が多いみたい。300年前なら当時の記録なんてたくさん残ってるはずなのに、ヘンな話」
「ナルホドー。オレじゃよくわかんねーことが分かったっス」
「それは良かっ、た?」
首を傾げたハートレスと感心しているエディに、途中から話を聞いていたシウが言った。
「生命評議会では他にも、AIに人権を認めるべきかとか、そういった議論も行われているんですよね」
「AIに人権? でも本物の人間っぽいAIって、あんまり無いんじゃないスか?」
「それはある程度スペックを落とすよう、作る段階で規制されていますから。ここのNPCはそのスペックの範囲内のAIなのか、この状況になると疑わしいです」
「あんまり高性能なAI作っちまうと、それと話した連中が感情移入して、この子に人権が認められないのはおかしい! とか言い出すだろうって昔から予測されてたからな。生命評議会が何らかの判断を下すまで規制され続けるだろうが、確かにここのAI、デスゲームで遊んで夜逃げ予定のクリエイターに、規定スペック越えで作られてる可能性高いな」
「変なところで細部までこだわって作られてますよね。レスが食いついたキバウサギの肉の味とか」
「お前それ思い出させるなよ……」
「しょうがないじゃないですか。なぜか忘れられないんです……」
それまで黙って話を聞いていたリドが、ぽつりと言った。
「そういえばモニカさんのAI専門カウンセラーって、おれ初めて聞いた職業なんですけど。そんなのあるんですか?」
ハートレスとエディは「知らない」と首を横に振り、ザックが「お前の得意分野だろ」とシウを見た。
わたしもあまり知らないんですが、と言いおいて、シウが答える。
「まっとうな研究者か、いわゆる裏稼業的なもののどちらかだと思います。今話していた通り、生命評議会の決議が出るまで一般的に使われるAIは低スペックに規制されているはずなので、カウンセラーが必要になるほど高度な問題はまず起きませんから。堂々と名乗るなら特別に高度なAIの研究が許された機関で働くスタッフで、こっそり匂わせるなら裏稼業の人ですかね。そもそもAI専門のカウンセラーという資格はないはずなので、どちらであっても“自称”でしょうが」
「特別な機関の研究者はまだ分かる気がしますけど、裏稼業で稼げるほど、AI専門のカウンセラーなんて需要あるんでしょうか?」
「AI関連は、執着する人はおそろしく執着しますからね……。大事にしている違法な高機能AIに異常が起きたら、口止め料を含む高額の報酬を支払ってでも修理を望む人がいるかもしれない、ということです」
どこかおどろおどろしい口調で言われて、リドが身を引いた。
「……シウさん、なんか、怖いんですが」
「ゲームにリアルを持ちこんでも良いことはありません。黙って察して口出ししないようにしておいた方が安全ですよ」
「ハイ……」
びくびくと頷くリドをたっぷり怖がらせてから、「まぁ」とシウは付けくわえた。
「出会って間もないわたし達にあっさり名乗るくらいなので、たぶん正式な研究者か、あるいは資産家の趣味人なんだろうと思いますが」
「……シウさん」
「嘘は言ってません。へたに口出しすると危ない種類のカウンセラーもいますよ」
うう、とヨロリかたむくリドの肩を、ぽんぽんとエディが叩いてなぐさめた。
話がひと段落したところでハートレスがシウに訊く。
「返事は?」
「快楽犯的なクリエイター、デスゲームではなくただのゲーム、賞金は無しに一票、ですかね」
メニュー画面を呼び出して、ハートレスは「もう一回」と言ってゆっくり繰り返されるシウの返事をフレンドメールに書き込み、アリスへ送信。
ひと仕事終えた気分になって、機嫌良く眠りについた。




