正式サービス開始
VRMMOである『パンデモニウム』は基本的に「仮想空間でいろんな人と一緒に戦って、楽しんで、友だちも作れたらいいね!」というゲームだが、RPGでもあるので一応シナリオがある。
「大陸を蹂躙したモンスター達を、いにしえの戦士や魔法使いは長い戦いの末、神々が造り出したひとつの地下迷宮へ封じ込めることに成功した。しかし、最下層である地下100階にいるモンスターの神を倒さなければ、やがてまた大陸への侵攻が始まってしまう。
勇敢なる冒険者たちよ。
先人が築き、その子孫が維持するシティやタウンを利用しながら地下100階まである迷宮を踏破し、最奥にいるモンスターの神を倒してくれ!」
というわけで、この世界に降り立ったプレイヤーは地下100階へ辿り着いてモンスターの神を倒すことを目標に迷宮を攻略し、道中のシティやタウンで休みながらレベルを上げ、装備を整えたりアイテムを集めたりしていくことになる、というのが大筋だ。
そして大多数のMMOプレイヤーと同じように、ハートレスはRPG的なシナリオ部分にはとくに興味は無かった。
MMOにおけるRPG的シナリオは、非現実的な世界観をプレイヤーに見せるための仕掛けのひとつにすぎず、多人数同時参加型オンラインというゲームにとって一番重要な「他人とつながる」ための舞台装置であり、真剣に物語を追いたい人はそれに特化された個人用ゲームをプレイするのが普通だ。
ハートレスも物語を追いたいのではなく、ただリアルな非日常で戦って遊び、できればまたロキに会いたいだけ。
そこでまずは戦うことを目的にレベルを上げ、アイテムを集めて装備を整えようと動きだす。
ベータ版テストプレイ時のデータは残されていないので、装備品やアイテム、所持金は他のプレイヤーとまったく同じ初期状態だ。
『パンデモニウム』は“神々に造られた特殊な地下迷宮”という設定なので、地下1階であるはずの始まりの都市クリスタル・シティは上を見あげると青空に太陽が輝き、白い雲が渡っていくのが見える。
初めてここへ来たプレイヤーはまずそのことに首を傾げたり「空が広いー!」と感動したりするが、ハートレスは二度目なのでまったく気にとめず巨大クリスタルの浮遊する広場から出ると、さっそく声をかけてきた戦士風NPCによるチュートリアルのおつかいクエストを受けた。
シティの構造はテストプレイ時とまったく変わっていなかったので、「おつかいを引き受けてくれたお礼に港について説明しよう!」というNPCに必要無いと断り、迷うことなくサポートセンターへ行って“受付嬢に小包と手紙を渡す”というおつかいクエストをクリアして少額の報酬金を貰う。
ちなみに小包に添えられたこの手紙は戦士風NPCから受付嬢に宛てた恋文なのだが、攻略サイトの情報によると彼が報われることはないようである。
シティのメイン機能はクエストの受付所であり道具屋であり、“パーティ参加希望”登録をして歓談スペースでパーティを組む相手を探す機能のあるこのサポートセンターと、都市の中央広場にある巨大宝石のポートの二つだ。
地下1階のポートにあるのは巨大クリスタルで、都市中央にある広場の真ん中で常にふよふよと浮遊しており、「強力な魔法で守られている」という設定でプレイヤーは触れることも破壊することもできない。
このポートの利用法は、消費アイテム“転移石クリスタル”を手に持って「リターン」と言えば、いつでもどこからでもこのクリスタルのポートへ戻ることができる、というもの。
プレイヤーはログインするとまずポートのある広場に現れ、次のチュートリアルでポートの使い方を聞いておつかいを頼まれ、サポートセンターへ行って届け物の小包と手紙を受付嬢に渡すと、今度は彼女からセンターの機能について説明を受ける、という流れでこの二つの機能を教えられる。
ハートレスはセンターの説明についても必要無いと断り、桃色の髪と瞳をした可愛らしい受付嬢から緊急脱出用に転移石クリスタルを1個、小回復薬2個、薬草や木の実系アイテムを〈採取〉するための採取カゴ1個を購入。
次に序盤クエストの「キバウサギ6匹討伐」と「キバウサギの毛皮3個納品」、「ネリスの実3個納品」の3つを受けて外へ出た。
同時にクエストを受けられる数はプレイヤーのレベルとともに増えるらしいが、今のところ3つまでしか受けられない。
しかしクエストを受けてもすぐに地下2階へ行こうとはせず、歩くと自動で作成されていく視界左上の半透明な地図を見ながら、入り組んだ都市の片すみにある小さな店を探しだした。
テストプレイの時と同じ場所にあったその店でファントムの仮面を購入すると、すぐに装着する。
やはりこれをかぶっていると落ち着くと、ハートレスは無事に仮面を手に入れられたことに安堵した。
そしてテストプレイ中と同じく、なぜ自分が仮面を必要とするのかについては深く考えずにシティの最北端にある大階段へ向かった。
白い石造りの大階段は混雑していて騒がしく、さっそくパーティを組もうと呼びかけるプレイヤーの声があちこちから聞こえるが、仮面を購入したことで所持金がほぼゼロになってしまったので、今はとにかくクエスト報酬のお金が欲しい。
ハートレスは誰彼かまわず「パーティ組まない?」と呼びかけてくるプレイヤー達を無視して地下2階の草原フィールドに着くと、際限なく出現してくる序盤最弱モンスターのキバウサギを狩った。
他にも多くのプレイヤーが狩りをしているが、キバウサギはあちこちランダムにポップするので獲物には困らない。
しかも群れないので狩りやすく、たまに剣がキラッと光るクリティカル攻撃 (通常より多くのダメージを与えられる)も出たので、あっという間に5体倒してレベルが2に上がった。
バイオリンのような音色の「レベルアップおめでとう!」曲が短く流れ、ステータスが上昇してボーナス・ポイントを1取得したというメッセージが表示される。
そこで初めて、視界の左上方にあるマップのそばに浮かんでいる体力と魔力の最高数値がレベルアップと共に上昇し、少し減っていた体力が全回復しているのを見て、レベルアップ回復があったのかと気づいた。
攻略サイトの「R18ゲームにしては甘い」という評価は正しいのかもしれない、と思いつつボーナス・ポイントを“力”に入れると、ハートレスはまたキバウサギ狩りに戻る。
『パンデモニウム』には攻撃行動アシスト機能があり、一度も武器を扱ったことのない人でも、脳の電気信号を受信したシステムが「その武器を使って何をしたいのか」を認識すると、実際の行動が「それらしく見える動作」になるよう援助してくれる。
初めて自転車に乗る人のために、透明な補助輪が付けられているようなものだ。
おかげで現実では大剣など持ったこともなく、剣術を習ったことのないハートレスでも、それなりの動きでモンスターを攻撃することができる。
それにテストプレイ中、パーティを組んでからはひたすらに戦っていたので大剣の扱いはある程度理解しているし、9階のボスモンスターを倒して10階のシティまで進んでいるのでこの世界にもいくらか慣れている。
レベルはすぐに3へ上がり、レベル2であるキバウサギから得られる経験値の数字が大幅に減った。
そろそろ頃合いだろうと見切りをつけ、近くにあった緑色のキラキラとした光が舞い飛ぶ採取点・草むらのそばへ行く。
手を空けるために大剣を背中の剣帯に触れさせると、磁石のようにぴたりとくっついて瞬間的に刃が鞘に包まれた。
柄から手を離し、腰に装備されているベルトポーチを開いてその中に手を入れ、「採取カゴ」と呼ぶ。
何かを掴んだ感覚があり、手を引き抜くと木の皮で編まれたカゴが出てきた。
ハートレスが草むらを舞い飛ぶ緑の光をそのカゴですくうと、「〈採取レベル1〉:ネリスの葉2個・取得」というメッセージが出た。
もう一度すくうと今度は「〈採取レベル1〉:ベルの花1個・取得」と出て、取得したアイテムは自動的にベルトポーチ型のカバンへ入る。
このベルトポーチの形をした初期カバンは99枠の容量があり、1枠に同じ種類のアイテムを99個まで収納することができるので、今はまだガラ空きだ。
ひとつの採取点で〈採取〉ができるのは1日3回までで、それ以上は「この草むらには何もない」というメッセージが出て空振りになった。
自動作成されたマップを見ると緑の逆三角マークがついている採取点・草むらが近くに4つあったので、あちこちにポップしてくるキバウサギを避けて歩きまわり、カゴですくって〈採取〉。
そうして近隣の草むらで3回ずつ〈採取〉すると、サポートセンターで受けた納品クエストに必要なネリスの実が3個以上採れた。
ハートレスはキバウサギがポップしなさそうな場所へ移動し、左手首にはめられている継ぎ目のない青色の腕輪を右手の人差し指でトントンと2回叩いて、メニュー画面を呼び出す。
クエストを受けるのはサポートセンターでしかできないが、討伐報告や納品をして報酬を受け取るのは全フィールドで可能だ。
ついでにメニュー画面でゲーム内時間と現実の時間を確認。
ゲーム内時間は8時54分で、現実の時間は19時57分。
VRゲームをプレイする時は、頭部に装着したリンク・ギアによって現実での1分がゲーム内時間での2分に引き伸ばされるので、現実では57分しか経っていなくても、ゲーム内ではすでに114分が経過していた。
ハートレスは(まだ遊べる)と思って意識をゲームに戻す。
メニュー画面の操作を続けて「キバウサギ6匹討伐」の完了を報告し、アイテムを納品して「キバウサギの毛皮3個納品」と「ネリスの実3個納品」のクエストもクリア。
ピアノのような音色の「クエスト・クリアおめでとう!」曲が短く流れ、3つのクエスト報酬のお金が入って所持金の数字が増えた。
万魔殿でお金を稼ぐ方法は、こうしてクエストをクリアするか、モンスターを倒した時にドロップしたアイテムをサポートセンターやNPCの商店で売るか、プレイヤー同士のトレードで取引するかの3種類だ。
モンスターを倒すだけでは、人間が使用するお金は得られない。
(シティに戻って基本アイテム揃えるか。ドロップアイテムいくつか売れば、もうすこしお金増えるだろうし。とりあえず素材系アイテムを取るのに必要な木こりの斧とツルハシ優先で、余裕があればハンマーと細工道具も買わないと)
ハートレスは考えながら採取カゴをカバンにしまい、大剣を手に草原フィールドを歩いて地下1階へ戻ろうと顔をあげる。
ちょうどその時だった。
―――――― リン、リン、リン。
どこからともなく鈴の音が3回鳴り響き、いきなり周囲の景色が変わった。
闇一色に塗りつぶされた広大な空間に数え切れないほど大勢のプレイヤーが立っていて、その周りには白い鉄格子がドーム状に張り巡らされている。
まるで檻に入れられているかのようだ。
そしていきなり異常な空間へ放り込まれたことに戸惑うプレイヤー達へ、天上から穏やかな女性の声が告げた。
《 正式サービス開始から1時間が経過しました。これよりVRMMORPG『パンデモニウム』はデスゲームとなります。 》