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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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朝食の雑談





 翌朝7時過ぎ、地下20階のムーンストーン・シティにある食堂で、3つのギルドのマスターとサブマスターがひとつのテーブルに集まって朝食をとった。


 ギルド『紅の旅団』からはマスターの剣士ハートレスとサブマスターの神官シウ、付き添いの騎士ザック。

 所属メンバーはギルド協定からさらに1パーティ増えた総勢76人で、最初に戦士や盗賊を選択した前衛型が多い。


 ギルド『兎のお茶会』からはマスターの中級魔法使いアリス、サブマスターの神官モニカと狙撃手メイリン。

 所属メンバーは全員女性の21人で、最初に魔法使いや盗賊を選択した後方支援型が多い。


 ギルド『一角獣騎士団(ユニコーン・ナイツ)』からはマスターの騎士ジークフリート、サブマスターの騎士ゴードンと槍使いウィリアム。

 所属メンバーは27人で、『紅の旅団』と同じく前衛型が多い。



 初対面である『一角獣騎士団』のマスター達は基本的に女好きの青年たちだったため、ハートレスはあっさり受け入れられた。

 そして今のところお互いを敵視していない彼らは、あつかいの難しい攻略について話すことは避け、アリス率いる『兎のお茶会』ギルドのメンバーであるユーリの急な決断が話題に上った。


 昨晩PKに捕まりそうになったユーリが、いきなり「ギルドを抜けて地下1階のクリスタル・シティへ戻りたい」と言いだしたのだという。


「ユーリはリアルの友だちとこのゲームをプレイしていて、今の状況に巻き込まれたんですって。それであのデスゲーム開始宣言の後、ちょうどパーティを組んでいた人たちが先に進もうって言ったのについて行ったユーリと、こんなのは嫌だって状況そのものを拒絶してパーティから離脱した友だちで、別れることになったそうなの」


 お茶を飲みながら説明するアリスに、モニカが言葉を継いだ。


「システム・アナウンスが、攻略を放棄するのは自由だけど、何かの条件が満たされると生存可能なフロアが減って、居残るプレイヤーは強制的に死亡させられるって言ってたでしょう。ユーリはそれを心配して、とにかく先に進むことにしたのね。でもパーティに女性ひとりで入っていたから、どうも不安だったみたいで、アリスに声をかけられてからうちのパーティへ移って今まで進んできたんだけど。

 ここにきて、そろそろ本気で1階に居残っている友だちのことが心配になってきたらしいの。それで、戻って彼女を助けたいって言いだしてね」


 アリスは幼い顔立ちに気難しげな表情を浮かべて言う。


「新機能の解放は、シティに200名のプレイヤーが到達したところでくるでしょう。わたし達は生存可能なフロアの減少も、同じようにどこかの階へ一定数のプレイヤーが到達した時にくるんじゃないかと予想してる。あるいは時間ね。攻略期限が設定されているということは、主催者が想定するペースで攻略を進めさせたいんでしょうし。プレイヤー達を追いたてるのに生存可能なフロアの減少という手を使う可能性は高い。

 つまりプレイヤー達が先へ進めば進むほど、そして時間が経てば経つほど、上の階に残っている人たちは危険になる」


 現実では役者志望だという『一角獣騎士団』のギルドマスター、金髪青年のジークフリートが、芝居がかった動作で言った。


「それでなくとも今の1階がどうなっているかわからない! 混乱がおさまったのかどうかすら謎という危険な地に、友を案じて戻るとはなんという心優しき乙女!」

「ジーク、邪魔だから腕を振りまわさないで」


 そばに置かれていた黒杖を取って青年をべしっとはたき、慣れた様子でアリスが言った。

 よくあることなのか、誰も何も言わず驚きもせず、頭をはたかれたジークフリートはむしろそれがアリスからの愛情表現だと受け取っているらしい。


 この中級魔法使いはどうもシウに似た人だなと、ハートレスとザックは思い、アリスとモニカが話を続けた。


「とにかくユーリの決意は固いみたいでね、説得しようとしてもわたし達にはムリだった。それどころかもう一人、スバルって子が彼女に賛成してギルドを抜けたわ」

「スバルも知り合いがまだ1階に残っているらしくて、その子を助けたいと思っていたそうなの」


 それで『兎のお茶会』ギルドのメンバー数が昨日ユーリが言ったのより2人減っているのか、と理解したハートレスは、彼女達がどうして困った顔をしているのかよく分からなかった。

 しかしとくに興味もないので何も言わずみずみずしいサラダを味わっていると、隣のシウが言った。


「強制的にどこかへ閉じ込めて止めるわけにもいかないでしょうし、お二人はいつでも20階へ戻れる転移石をお持ちなのでしょう? 最悪の場合はそれで逃げてくるのではありませんか」

「まぁね。仕方がないのは分かっているの。ただこんなところでこの話をしたのはちょっと訳があって。ユーリはね、ただ助けに行くんじゃないのよ。“これがデスゲームではないと信じて、助けに行く”って言うの」


 デスゲームではないと信じて、助けに行く?


 ハートレスはすぐには意味が理解できず、さっぱりとしてコクのある胡麻ドレッシングのかかったサラダを食べながら不思議に思った。

 アリスはその顔を見ながらもうすこし詳しく説明する。


「今の段階でゲーム内の死が本当に現実の死になるのか、誰も確信は持てないと思うの。そこへ“信じたいことを信じて、やりたいことをやればいい”って、ある人に言われたんですって。だからユーリはこれがデスゲームではないと信じて、それでも何も後悔しないよう、友だちを助けに行くことにした、というわけ」


 ごくん、とサラダを飲みこんで、アリスの問いかけの視線に「うん」と頷いた。


「私が昨日ユーリに言った」

「やっぱりね。そうだと思ったわ……。あ、安心して。べつに責める気は無いから。ユーリはあなたに何も言われなくても、たぶんそのうち自分で友だちを助けに戻ることにしたでしょうし、彼女達はもう行ってしまったし」


 少々ふくみを持たせながらもフォローしたアリスに、ハートレスが訊く。


「ユーリとスバルはもう上に戻ったの?」

「ええ。新たに『ビーバー・ファクトリーズ』というギルドを作って1階へ向かった。今までとは別人みたいな行動の早さだったわ。とりあえず定期的にメールで連絡し合おうって話にしてあるから、向こうで落ちついたら様子を知らせてくれると思う」


 クリスタル・シティは今、どうなっているんでしょうね、とシウがつぶやくと、モニカは心配そうな表情になった。


「あまり多くのプレイヤーが残っていないといいんだけど。サポートセンターで見られる雑談掲示板を見ていると、先行するプレイヤーと動けないプレイヤーの間にどんどん溝ができていくのを感じるのよね」

「そうですか? わたしは思ったより攻略組を批難する声が少ないように感じましたが」

「それはたぶん、自称キーパーズが騒いでいるせいだと思うわ。彼らはボードを乱立させて他のボードを押し流すし、険悪な雰囲気になったところへ火に油をそそぐみたいに対立をあおって喧嘩へ発展させて、まともな話し合いをできなくさせている」

「無記名の掲示板ですよ。元からまともな話し合いができる場ではありません」

「確かにね。でも無記名だからこそ出てくる本音もある。その中には攻略組がどんどん先に進むわりに攻略掲示板にほとんど情報が載らないことに、怒っている人たちの声もあるのよ。今のところはバラバラで、ちいさな声がいくつか上がっているだけだけど。今この状況で先へ進んで攻略に行ける人は、はっきり言って少数派。大多数の人は、VR空間からログアウトできないという状況に適応するまで時間がかかる。けれどいずれ落ちついて彼らがまとまったら、一大勢力になる可能性があると思うの」


 シウは「確かに」と頷いたが、とくに表情を変えたりはせず淡々と答えた。


「その可能性はあるでしょうが、それまでにどれほど時間がかかることか。正直なところ、攻略組が命がけで得た情報を掲示板に無料で書き込むべきだと言う後方組の人は、頭おかしいんじゃないかと思いますし。あなたがその溝が原因で、先行攻略組と後方組との深刻な対立が起きる可能性を危惧してらっしゃるのは分かりますが。まずは後方組が生存可能なフロアの減少にどこまで耐えられるかで、勢力図は大きく変わるでしょう」

「それを見定めてから動きたい気持ちはわかるわ。でも攻略組の中でも、後方組を見捨てるか見捨てないかで勢力図はだいぶ変わってくると思うの」


 シウは目を細めて「ふむ」と頷き、アリスに訊いた。


「『兎のお茶会』は『ビーバー・ファクトリーズ』を通じて後方組を支援されると?」


 アリスは「ええ」と頷いた。


「わたし達に何ができるかはまだ分からないけど、できるだけのことはしたいと思ってる。単純に一度ギルドに入れたユーリとスバルを見捨てたくないという情もあるけど、彼らを支援することで得られるものもあると考えているから。

 たとえば〈採取〉。一ヶ所につきひとりが一日に採れるアイテムの量は限られているけれど、頭数が増えれば採れるアイテムも増える。人が多ければ多いほどオークションは活発になるし、お金が動けば取り引きされるアイテムも増えるでしょう?」


「そのぶんトラブルも増えそうですが」

「どんなことにも利点(メリット)欠点(デメリット)の両方がある。どちらを多くするかは状況にもよるけど、自分達の行動によっても変わるわ。わたしは後方組と手を組むことでユーリやスバルを助けたいし、メリットを多く得たい。けれどわたし達だけでできることは限られてる」

「そちらの『一角獣騎士団』の方々は?」

「我々はもちろん! 心優しき乙女の味方です!」


 ジークフリートが張りきって答えると、サブマスター二人も「できるだけのことはするつもりだ」と頷いた。

 彼らはすでに『兎のお茶会』ギルドとともに動くことを決めているらしい。


 シウはかすかに顔をしかめてアリスに訊いた。


「それでついでに近くにいたわたし達のギルドも巻き込んでおくかと?」

「巻き込むだなんて、人聞きの悪い言葉ね。そんなつもりは無いわ。ただわたし達と一緒に後方組を支援することでメリットを得られると判断したなら手伝ってほしいし、デメリットが大きすぎると判断したなら断ってくれてかまわない。断った場合も怒ったりしない。これはただの朝食の雑談だしね」


 ずいぶんと重たい雑談だ、とシウとザックはため息をつき、彼らの間に座ってのんびりお茶を飲んでいるハートレスを見る。

 いつも通りファントムの仮面を装備しているので表情は見えないが、この話題の発端となる発言をしたことを気にする様子は皆無で、今までの話し合い自体にもほとんど興味を持っていないことはたやすく察せられた。


 彼女の望みは戦うこと、より多くのモンスターを倒してレベルを上げ、先へ進むことだ。

 食べ物への執着をのぞけば、他のことにはほぼ無関心。


 しかし今のところ、一応シウの指示には従っている。

 おそらくアリスに協力することについても、シウが決めて指示したならさして抵抗なく動くだろうし、ギルドマスターである彼女が行くならノリの良いメンバー達もついてくるだろう。


 過去、ただのゲームだったMMOは、今も確かにただのゲームではあるものの、技術の発展とともに現実での直接的な人とのつながりを失いつつあった若者に対する、コミュニケーション能力の発育をうながすものとして成長してきた。

 「より多くの人とつながり、協力することで難関を突破できる」とか、「たくさんの人と協力してより良いものを手に入れられた」という経験をすることによって、プレイヤーに人とのつながりが良いものであるということを伝えるツールとして発達してきたのだ。


 このためレイドボスなどで多くのプレイヤーの協力を必要とする局面を作るのが定石で、万魔殿の前評判は「ものすごく古典的な王道RPGのMMO」。

 そして今のところログアウト不可などのデスゲーム化以外では、万魔殿は古典的なMMOゲームとしての枠から外れていない。


 今後、自分達のギルドだけでは力が足りない局面が来る可能性は高いし、MMOゲームの定石を考えるならアリスたちとのつながりを保っておくべきだ。


 シウが視線を向けると、ザックは軽く肩をすくめて応じた。

 対応を一任された『紅の旅団』サブマスターは、しかたなく慎重に言葉を選んで答える。


「ウチのギルドは基本的に前へ進むことにしか興味がありません。利益があると判断すれば手を組むこともあるでしょうが、継続的に支援することにはまったく向いていませんので、あまり期待しないでやってください」


 受けもしないが断りもしないその返答に、アリスは「なるほど」と頷く。


「つまり困った時にある程度の報酬を約束して頼んだら、助けてくれるかもしれないわけね?」

「ギルドマスターの気が向いて、メンバーがその気になれば、あるいは」


 あいまいな答えを崩さないシウに、アリスはハートレスの方を向いた。


「ハートレスさん」

「レスでいい」

「ありがとう。じゃあ、レス。また一緒にお茶しましょうね」


 にっこりと、無垢な美少女にしか見えない笑顔で言われ、ハートレスは無言でシウを見た。

 アリスは知らない人ではないが、どうも厄介な人物のようなので、彼女についていくのは良いのか悪いのか判断がつかない。


 これまでのやりとりで『紅の旅団』の実質的な管理者がシウであることを見抜いていたアリスは、「もちろん彼も一緒に」と付け加える。

 シウはハートレスのかわりに答えた。


「そうですね。機会があれば、またお会いしましょう。その時を楽しみにしています」


 そしてハートレスがお茶を飲み終わったのを見て「では、そろそろ時間ですので」と立ちあがり、近くのテーブルで待っていた他のメンバーと護衛役のパーティの一団を連れて、これ以上のトラブルに巻き込まれないうちにと足早に店を出ていった。





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