PKKとユーリ
ブルーハウンドと大太刀の相性はとても良かった。
青い毛並みの犬型モンスターに乗ってイエティを狩りまくるハートレスを見て、槍を持っていないギルドメンバー達が大太刀を欲しがったので、〈武器作製〉のスキルレベルを上げている鍛冶師はしばらく大太刀の作製に忙しくなりそうだ。
そうして日没までの1時間を遊んで過ごし、辺りが暗くなると食堂で夕飯を食べたギルド『紅の旅団』のメンバーは、今晩の宿を探して地下20階のムーンストーン・シティの表通りに出る。
ちょうどその時。
「ぎゃぁぁぁぁーっ!!」
野太い悲鳴が響き、何事かと近くにあった細い路地の方へ視線が集まった。
そこにいたのは足を鞭のようなもので縛られて路上に転がる女性と、胸に槍を突き立てられた男性、そして二人の間で槍の柄を掴んでいる黒い影。
槍で胸を貫かれた男は断末魔の悲鳴を上げてびくびくと体を揺らし、やがて動かなくなった。
その体はモンスターの死体のように、ぐずぐずととけて跡形もなく消える。
「PKか……?」
誰かがつぶやく声に反応して、槍を手にした黒い影が動いた。
目より下を黒い布で隠した青年だ。
ハートレスは月明かりの中、彼と視線が合った気がした。
彼が彼女を見たのは、反射的に大剣の柄に手をかけていたせいかもしれない。
しかし彼と目が合うと、ハートレスは大剣にかけた指から力を抜いた。
その目は何かに対してひどく怒っているようだが、同時にとても冷静に見える。
まるで氷の中で燃える炎を見ているかのようだ。
自分は彼の獲物ではないと感じ、ハートレスは大剣の柄を掴んでいた手をおろすことで、こちらに戦意は無いと伝えた。
青年はそれを見て、細い路地の奥へと姿を消す。
「うあー。あの人、青ドクロ付きッス。PKのみPKしてる、PKK。こんなゲームの中でもいるんスねー」
いつの間にかゴーグルを付けて〈分析〉していたエディが言い、ハートレスが「名前とクラスは?」と訊いた。
「名前はラギ。レベル22の槍使いっス」
「そう。ありがとう」
エディの返事に頷いて、ハートレスは路上に転がったままの女性プレイヤーに近づいた。
名前は忘れたが、見覚えのある顔だったので。
「アリスに連れて行かれた人?」
声をかけてみると、彼女はようやく我に返ったようだった。
慌てて足に絡みついた鞭をジタバタともがきながら外して放り捨て、ハートレスがアリスに見つかった工房で、彼女にがっちりと腕を掴まれていた女性プレイヤーは立ちあがって答える。
「はい! ……あの、ハートレスさん、でしたっけ?」
「そう。パーティの人とはぐれたの?」
「いえ、今アリスさんのパーティに入ってるんですけど、皆は宿屋にいるんです。わたし、センターへ行こうとして、近くだからひとりでも大丈夫だと思ったんですけど、足をコレで引っかけられて、捕まえられて」
「そこをあのPKKに助けられた?」
「みたい、です。わたしもよく分からなくて。どっちもいきなり現れて、戦い始めて、わたしを捕まえようとした人が……」
胸を槍に貫かれて消えた男のいた場所を見て、ぶるっと体を震わせる。
ハートレスは(どうする?)と問うようにシウを見あげた。
シウは、自分で自分を守るように両腕を体に巻きつけた女性の左手の甲に、シルクハットをかぶった兎が三日月の下でイスに座ってお茶を飲んでいるという、絵のような桃色のエンブレムが刻印されているのに気づいて言う。
「良かったら宿屋まで送りましょうか。ウチのメンバーと縁がある方のようですし、わたし達は宿を探しているところですので」
「え! ……あの、宿、ほんとに近くなんですけど。いいんですか?」
「かまいませんよ」
よほど怖い思いをしたらしく、シウが頷いて答えると女性は「ありがとうございます」とほっとした様子で答えた。
ギルドマスターの一行が彼女を送ることになったのを見て、護衛役のパーティを残し、他のギルドメンバー達は「また明日なー」と散っていく。
一軒の宿に入れる人数ではないので、近くの宿を探しに行ったのだ。
そうしてハートレス達と一緒に歩き出すと、彼女はもう一度お礼を言って自己紹介した。
「ありがとうございます。あの、わたし、ユーリっていいます。アリスさんのギルド、『兎のお茶会』でお世話になってます」
デスゲームの中で聞くにはずいぶん可愛らしい名前のギルドだったが、兎耳が似合いそうなユーリにはぴったりのギルドだなと男性陣は口には出さず思い、それぞれ自己紹介した。
ハートレスは名前を覚えられていたので、彼らの挨拶が終わると気になったことを訊く。
「アリスは女性プレイヤーだけでギルドを作るって言ったけど、何人くらい集まったの?」
「今のメンバーは23人です」
多いのか少ないのか、ギルドに入るということ自体初めてなハートレスには今ひとつわからない数字だ。
シウとザックの反応を見ると、「意外に多いな」とちょっと驚いていた。
ユーリが苦笑気味に説明する。
「ギルドマスターのアリスさんがとても積極的な方で、見かけた女性プレイヤーを片っ端から声かけて連れてきちゃうんです。警戒心を持ちにくい外見だし、押しが強いから、ハートレスさんみたいにスパッと断れる人は少数派ですよ。
それでそのまま他のパーティから引き抜いちゃうから、ちょっとトラブルになりかけることもあるんですが、毎回サブマスターのモニカさんが上手に仲裁されてて。
トラブルになりかけた男性パーティと協力して進むように調整されて、彼らはその縁で『一角獣騎士団』というギルドを作って、今では『兎のお茶会』ギルドの専属護衛みたいな感じになってます」
男性陣は専属護衛の話よりも、『一角獣騎士団』というギルド名に反応した。
(おい、俺たちよりハジけてる連中がいるぞ……!)
『紅の旅団』の一員として、それなりにハジけている自覚のあった彼らはけっこうな驚きを覚えたが、興味のないハートレスは「ふぅん」と頷いただけだった。
上には上がいるものだと感心すればいいのか、下には下がいるものだと呆れればいいのか。
今ひとつ分からないものの、そこはかとない敗北感を味わった男性陣は歩みが遅くなったので、自然と一行の先頭に立つことになったユーリは、ちらりと後ろの男達を気にしながら小声で隣のハートレスに訊く。
「あの、ハートレスさん。ひとつ訊いてもいいですか?」
「レスでいい。私に分かることなら、いいよ」
「答えにくいことであればいいんですけど。女性プレイヤーで戦士の方ってほとんどいないんです。わたしも盗賊の弓使いですし。それで、えと、モンスターと剣で戦うのって、怖くないですか? 今はデスゲームとか言われて、体力がゼロになったら本当に死ぬかもしれないのに」
ハートレスは淡々と答えた。
「モンスターと戦うのが怖いと思ったことは、ない」
ユーリは驚いた様子で目を丸くして、確かめるように訊く。
「本当に死んじゃうかもしれないのに、ぜんぜん怖くないんですか?」
「戦うのは、楽しい。戦闘中たまに、一撃が重いボスモンスターと戦ってる時とか、これを避けられなかったら死ぬかもしれないと思うと」
「……思うと?」
仮面の下で目を細め、ハートレスは声を低めて笑うように言う。
「もっと楽しい」
この人は自分とはまったく違う種類の人間だと気づいて、ユーリはしばらくの沈黙の後、「はぁ」と戸惑ったように頷いた。
「他の方もそうなんでしょうか……」
困ったようにつぶやく声に、ハートレスは「よくわからないけど」と言って続ける。
「私のパーティの人は、実際に死んでみないとこれがデスゲームかどうか分からないんだから、それまでは信じたいことを信じて、やりたいことをやればいいって、言ってた」
「信じたいことを信じて、やりたいことをやる……?」
ユーリはその言葉に何かを感じたようで、ぽかんとして繰り返した。
そしてすぐに何かを深く考え込むような顔をして、「信じたいことを信じて、やりたいことをやる」ともう一度繰り返す。
ちょうどその時、通り過ぎかけた建物の2階にある窓から女性が顔をのぞかせ、「ユーリ」と呼んだ。
「宿を通り過ぎてどこへ行くの? あんまり一人で出歩いちゃダメって言ったでしょう。帰りが遅いからもうすぐ皆で探しに行くところだったんだから。……あら? そちらの方々はどなた?」
「あ、モニカさん」
しまった、という顔でユーリは慌てて謝った。
「ごめんなさい! 宿屋、ここでした。えと、あちらの女性は『兎のお茶会』のサブマスターのモニカさんです。モニカさん、わたしさっきPKされそうになったみたいで、こちらの方達はその後宿まで送ってきて下さったんです。こちらは『紅の旅団』ギルドのマスターの、ハートレスさん」
「ちょっと待って! PKされそうになったの?」
モニカは普通に紹介しようとしているユーリを止め、急いで降りてきた。
宿から出て一行のそばに来ると、ギルドメンバーを助けてくれてありがとう、と礼を言うので「助けたのはわたし達ではありません」とシウが事情を説明する。
緑の目に栗色の髪、二十代後半くらいの年頃の女性は話を聞いて驚き、ため息をついた。
「PKに遭遇してPKKに助けられるなんて。不運なのか強運なのか分からないわね、ユーリ。でも無事で良かった、本当に」
モニカがほっとしたところで、ユーリは双方を紹介した。
その間に2階の窓から『兎のお茶会』ギルドのもう一人のサブマスターが「どしたのー?」と顔を出したので、ついでに挨拶する。
「ワタシはメイリン。よろしくですー」
どうぞよろしく、と丁寧に挨拶したモニカとは対照的に、メイリンは明るい笑顔でフレンドリーに手を振る。
黒髪を両サイドでお団子にした童顔の女性で、このゲームにログインしているからには18歳以上のはずだが、アリスと同じく実年齢がよくわからない。
「今ウチのギルマスお休み中で、アイサツできなくてごめんなさいですー」
「いえ、お気になさらず。わたし達も部屋が取れたら休みたいところですので」
モニカが「あら、引きとめてごめんなさいね」と謝るのにも気にしないよう答え、シウは彼女が出てきた宿屋へ入って部屋をとった。
同じ宿に入ったオズウェルのパーティも5人部屋を借りる。
「明日の朝、良かったらマスターの挨拶もかねて一緒に朝食をとりませんか?」
別れ際、モニカが声をかけるのに、シウが「いいですね」と頷いた。
明日は朝8時に大階段前に集合して地下21階を進む予定なので、1時間前の7時頃に『兎のお茶会』のギルドマスター達と朝食をとることになる。
「『一角獣騎士団』のギルマスにも声をかけてみますので、どうぞよろしく」
モニカは何でもないことのように最後にそう付けくわえて、にっこり微笑んだ。
デスゲームの中で先に進むことを選んだ3つのギルドのマスターが揃っての朝食会になるようだと察して、シウはこちらも穏やかな微笑とともに返す。
「こちらこそ、明日を楽しみにしています」
なぜか寒気がするな、とそばにいた人々はちょっと身を引き、モニカとシウが「おやすみなさい」と礼儀正しく挨拶をかわすと、足早にそれぞれの部屋へ入っていった。




