ギルド名
神殿へ戻った一行は、祝福の泉でハートレス以外の4人のランクアップに臨んだ。
結果、4人とも中級職へのランクアップに成功。
シウは神官、ザックは騎士で、リドも騎士、エディは義賊となった。
他のプレイヤーが入ってこず、モンスターもポップしない安全な領域である祝福の泉のそばで、シウがメニュー画面を開いてギルドの雑談掲示板を見る。
「同じ戦士でも、剣士と騎士に分かれましたね。ギルドの雑談掲示板には他に槍使いにランクアップした戦士もいるようですので、どうも装備している武器が影響している気がします。盗賊は今のところ義賊と蛮族と狙撃手の3種。狙撃手は弓装備の影響が考えられますが、義賊と蛮族は〈盗む〉の使用回数かモンスターの討伐数ですかね」
「義賊ってアレか、盗賊の中でも正義のミカタっぽいやつ?」
「オレ、セイギのミカタにランクアップ!」
「おー」
「おー」
ザックの言葉にエディが妙なポーズをとってはしゃぎ、ハートレスとリドが何となくパチパチ拍手する。
シウは彼らを放置して、雑談掲示板のコメント一覧にため息をついた。
「見事なまでに戦士と盗賊のランクアップ報告ばかりです。やはり戦闘狂の元には戦闘狂が集まるんですかね……」
「お前そこのサブマスターだぞ。立派に戦闘狂集団の一員だろ」
「わたしは“死なない程度に”攻略したいだけです。ひたすらに突撃したいだけの脳筋と一緒にしないでください」
「へいへい。でもまあ、まだ序盤だってのにこんだけ人が集まったのは僥倖だ。お互い持ちつ持たれつで行こうや」
「そうですね。その辺り、R18ゲームだったのが良かったのかもしれませんが、距離の取り方の上手い人が多いので助かります」
頷いて、そういえば、と話題を変える。
「先ほどベイガンからメールが送られてきたのですが、地下21階は雪山マップで、時間の経過とともに体力が減っていくほど寒いそうです」
「なんだそりゃ。回復しないと死ぬのか?」
「とあるアイテムで何とかなるようですが。それが無い場合、毒と同じように体力残り1で減少が停止するのかそのまま死亡するのか、ガイドブックには書いてありませんので、今のところ不明です」
「ガイドブック使えねぇな」
「確かに、書いてないことが多いですね。シティやタウンの他に、モンスターが出現するフィールドにセーフハウスという休憩所があると書かれていましたが、今のところ誰も見つけていないようですし」
「あると書かれているからにはあるんでしょうけど、いったいどこにあるんでしょうね?」
リドが首を傾げ、「見つけるのに何か条件がありそうだな」とザックが考えこむ。
シウはベイガンからの情報を告知掲示板に出す許可を貰ったそうで、「攻略情報」というボードを作り、彼がムーンストーン・シティの道具屋の主人から聞いた“火焔丸”というアイテムに対冷効果があるようだ、という情報と、それが売られている店についても書き込んだ。
そしてその途中、一行はいきなり祝福の泉の外にある回廊へと転移させられた。
「なるほど。一定の時間しか留まれないようになっているようですね。確かに、何時間もいられるならお金もかからず宿屋より安全ですし、皆ここに篭ることになりそうです」
「余裕だなお前」
いきなり自分のいる場所が変わったというのに冷静に分析するシウに、ザックが呆れた口調で言った。
シウが告知掲示板への書き込みを終えると、一行は神殿を出て近くにあった図書館へ入る。
神官へランクアップしたことで解禁された魔法書があり、シウは今までより効果の高い回復魔法と毒状態を解除する魔法を習得、〈魔法書作製〉スキルで白紙の本に呪文を書き記した。
その間、他のパーティメンバーはまた書棚の間を歩き回るリドと休憩スペースにたまる3人に分かれ、児童書コーナーで読み聞かせをする司書のお姉さんNPCの声を子守歌にザックとエディはうとうとまどろむ。
ハートレスは短くまとめられた童話を聞き、それが「めでたしめでたし」で終わって子ども達がいなくなると、次の童話を選ぶ司書に「これお願い」とシンデレラの絵本を渡したが。
「お待たせしました。次行きましょうか」
ちょうどシンデレラがガラスの靴を落としたところでシウが来たので、ハートレスは王子さまがシンデレラを見つける前に図書館を出ることになった。
ふあ~、と大きなあくびをするザックとエディを連れ、一行は火焔丸を売っているという店に向かう。
そこはシティの端にある小さな薬屋で、ビン詰めにされた薬草や木の実、得体の知れない生きものの干物などが所狭しと並べられた薄暗い店の奥に、気難しそうな老人が座っていた。
年少組がやや店に入りたくなさそうな顔で身を引くのに、まるで気にしたふうもなくずかずかと入っていたザックが、「ここで火焔丸が買えると聞いた」と声をかける。
老人が無言で頷いたので、5人は小指の先ほどの大きさの赤い丸薬をそれぞれ5個購入すると、表に出てほっと息をついた。
メニュー画面からアイテム説明を見ると、「火焔丸:丸薬。寒い時にはこれが効く。一粒飲めば冷気を吹き飛ばすが、飲み過ぎると悪酔いする」と書かれている。
「飲み過ぎると悪酔いする薬……。飲みたくないっスね」
エディが飲む前から苦い顔をして「うえー」と嫌そうに言うのに、珍しくシウが同意した。
「できればわたしも口に入れたくないです」
しかしその考えは、地下21階の様子を見に大階段へ行くと一転した。
「寒い、寒すぎます。この感覚が無くなるなら怪しげな丸薬でも何でもいい」
「本当に寒いな。こりゃ体力も減るはずだ」
「おー! 雪だー! 山だー!」
「寒いー。でも真っ白でキラキラしてて、綺麗ですねー」
「ゆき。……綺麗」
大階段の先に広がるのは深く雪の降り積もった山、遥か遠くには白い峰の連なる山脈。
そしてそこから絶え間なく吹きつけてくる風は、凍えるように冷たい。
ちょうど一行が見おろしている間に18時半を過ぎたようで、太陽が傾き、斜陽が雪山を照らした。
吐く息は白く、山は緋色の光に染まって先とはまた違う色を含んで輝く。
それは思わず寒さを忘れて見惚れるほど美しい光景だった。
「絶景ですね。他に言葉が思いつかない……」
「どっかの登山家が山に登る理由を訊かれて、そこに山があるからだって答えたとかいうの、思い出すな。こんなものがいつでも見られるのが山なら、そこにあるからってだけで、登ってみたくなるのかもしれん」
年長組が感嘆し、懐古の情に沈むのに、年少組は日が暮れるという時間に反応する。
「ごはんの時間」
「うぃーっす。今度は何を食おうかなー」
「先に宿屋探して部屋とっとかないといけないんじゃない?」
こいつらには情緒とか趣とか、そういうものを理解する感受性が無いのか、と年長組は思ったが、口に出して言うのは面倒くさかったので、どちらもそれについては何も言わなかった。
「……そうですね。今日の宿を探して、食事に行きますか」
「そうだな」
一行はシティに戻って宿をとり、ハートレスが「ここにする」と指差した食堂へ入った。
「お、ここにいたか。さっきの連中に声かけてやれ。ギルマス見つかったぞー」
ハートレス達が食堂ですき焼きを食べ始めた頃、そんな声とともに先行攻略組のパーティがぞくぞくと集まってきた。
あっという間に席が埋まり、食堂は『ハートレス・ギルド(名前募集中)』のメンバーで満員状態になる。
ギルドマスターであるハートレス以外、全員男性プレイヤーなのでむさくるしいことこの上ないが、すでに日常風景と化しているのでとくに誰も気にしない。
「そういえば、ギルド名の募集ボードはどうなってる?」
「いつまでも名前募集中というギルド名では情けないですし、さっさと決めたいところですが。いろいろ案が出過ぎです。しかも皆お遊び系のろくでもない案しか出しませんし」
「こんなところでマトモな案出す奴の方が少数派だろ。戦闘狂集団に何期待してんだ。……お。『女王と愉快な下僕たち』がある。考えることは同じだなぁ」
「ハイハイ! 『女王さまにシバかれ隊』もあるっす!」
「却下」
「一言で終わったー!」
すき焼き鍋をつつきながらメニュー画面を開き、雑談掲示板の「ギルド名募集」ボードを見ながらわいわい騒ぐ。
ハートレスがその時の気分で選んだエンブレムについての可否を聞くボードはコメント数が少なく、「まぁギルマスが作ったのならコレでいいんじゃねぇの」という方向へ流れているので、とくに変更せずこのまま固定されそうだ。
「シウ、お前んとこ“かまくら”買ったか?」
「かまくら? それは何ですか?」
新たに食堂へ入ってきたパーティのリーダーが声をかけてきたので、周りの注目が掲示板からそちらへ移った。
パーティメンバーが空いている席を探して座りに行くのに、リーダーはひとりシウのそばに立ち寄って話す。
「さっき写真館へ現像に行ったやつが、雪で作られたドームの中に人がいる写真が飾られてるのを見つけてな。店員にこれは何だって訊いたら“かまくら”っていう名前で、雪山マップでの休憩所にできる物だって言うんだ。大階段なら火焔丸飲んで毛布に包まっとけば凍死はしなさそうだが、雪山マップ内で日が暮れるとヤバいかもしれんだろ。セーフハウスはまだ誰も見つけてねぇし」
「なるほど。戦闘フィールドで夜を過ごさなければならなくなった時の避難所ですか。進むごとにマップが広くなって、一日がかりでも大階段が見つけられなくなってきていますし、あるのなら手に入れておきたいアイテムですね」
「買える店も見つけてあるぜ。ふっふっふ。オッサンには負けねぇ!」
近くにいたベイガンを見て不敵に笑う男。
先に火焔丸を見つけて情報提供していたベイガンが、その視線に軽く酒杯を持ち上げて「よくやったな小僧」と褒めるのに、彼は「ありがとよオッサン」と返して話を続けた。
「使える情報だと判断したら告知掲示板に載せといてくれ。要らん遊び系アイテムって可能性もあるからな」
「21階の寒さはあなどれません。すくなくとも聞いた以上わたしは買いに行きますよ、かまくら」
「おう。そんじゃあ後は任せた」
「はい。情報ありがとうございます」
かまくらを売っている店についての話を伝えると、先に空いた席へ座ったパーティ仲間を追って、彼もシウ達のテーブルから離れた。
「かまくらって、どんなのだろう?」
「早く見てみたいっすねー!」
「雪のドームの休憩所って、いかにもファンタジーだね」
年少組がのんびり話している横で、年長組は次の相談に入る。
「雑談掲示板にアイテムのトレード板が作られてるな。これは放置でいいのか?」
「トレード板があること自体はむしろ歓迎なんですが、ある程度の制限が要るでしょうね。とりあえず信用取引は原則無しにして、金銭トラブルを未然に防いでもらわなければ。ボードを作った人にメールを送ります。ついでに生産スキルで作った装備品やアイテム関連の取引責任者は、魔獣調達組をまとめるフェイに一任しておきましょうか。基本的に生産メインでいきたい人は彼のところにいますし」
「お前それ、フェイへのしかえ」
「え? 今何か言いましたか?」
「……いや、べつに。いいんじゃないか。ついでにサブマスターを俺からフェイに変えてやれよ。ギルドメンバーの追放ができるようになるから、ちっとは箔がつくだろ」
「それはいい案です。レス、サブマスターをザックからフェイに変えてください」
彼らの話を聞いていたハートレスは、声をかけられるのに「わかった」と頷き、メニュー画面からギルドマスター権限でサブマスターの変更命令を出すと、「信用取引って何?」と訊ねた。
シウはメールを書いているので、自然とザックが答えることになる。
「あー。簡単に言うなら、相手を信用してあいまいに取り引きすることだな。たとえばすぐに金を払わずに物だけを先に受け渡す、とか。売り手は相手が後で代金を支払ってくれるだろうっていう信用のもと、物を渡すわけだ」
「ふぅん?」
「お前は今まであんまりギルド内の取引とか見たこと無さそうだな。MMOゲームのギルドで制限無しに取り引き可能にしておくと、物だけ受け取って代金を支払わない奴が出て、トラブルになったりするんだよ。そこまでいかなくても険悪な雰囲気になって遊びにくくなることはよくある。このゲームで今そんなトラブルが起きたら、最悪死人が出るかもしれんからな」
「ゲームなのに、お金のトラブルで殺し合いになるの?」
「ゲームの方が簡単に罵り合いやら殺し合いやらに発展するんだが。とにかく今はここが現実みたいなモンだろ。それに現実であれゲームであれ、金の恨みは怖いんだ。用心するに越したことはねぇ。よく覚えとけ世間知らず」
お金にも物にもあまり執着心の無いハートレスは、分かったようなよく分からないような様子で「うん」と頷いた。
現実でも金銭トラブルから起きる殺人事件は後を絶たないのだが、家族に衣食住を不足なく与えられて育てられた彼女には切羽詰まった経験が無いので、本当の意味で理解するのは難しい。
その後もシウとザックの相談は続き、年少組はまた雑談掲示板の話題に戻った。
今一番の話題はやはりギルド名についてのボードで、まわりのギルドメンバー達も話している。
「一番多いのは騎士団とか旅団だな。あと女王とナントカ系」
「ギルマスがハートレスで、後は全員男だからなぁ」
「考えてみるとしょっぺぇギルドだ……」
「女が一人でもいるだけマシじゃねぇの。しかもレスだ」
「そうだな。唯一の女がレスならまぁいいか。ついでにいつもあのドレス姿ならなおイイんだが」
「お前バカだな。ああいうのはめったに見られないからイイんだよ。いつも見られるようになったらすぐ見慣れて飽きる」
「そしたらまた職人が別の服作るだろ」
「そんなこと言うとお前、その職人に刺されるぞ。あれ作るのめちゃくちゃ大変だったみたいだからな」
「え。いや、そんな真顔で言うなよ。怖いだろ」
話があちこちに流れるが、一巡してまたギルド名のことに戻る。
すき焼き鍋が空になると、それを聞いていたハートレスがぽつりと言った。
「騎士団か旅団なら、旅団の方がいい」
「そうっスか? 女王さまのギルドなら騎士団でもいいような気がするけど」
「騎士団は何かを守るイメージだけど、旅団は攻めに行くイメージ。私達は地下100階にいるゲームマスターを倒しに行くんだから、旅団の方が合ってる気がする」
「おー」
「おー」
珍しくハートレスが分かりやすいことを言ったような気がする、とエディとリドが驚いた。
近くのメンバー達がその流れに乗って掲示板へコメントを書き込む。
そうしてまず「マスターがそう言ったから」と『旅団』が決まり、それだけでは分かりにくいので頭に『紅の』がつくことになった。
ハートレスは赤が好き、という話がいつの間にか広まっていたので、『赤の旅団』でもいいんじゃないかという案も出たのだが、「ギルマスが“赤の女王”なら、ギルドは紅とか朱とか緋色でいこうぜ」というコメントで赤以外の色が選ばれた。
だいたい意見が出たところでベイガンが「試しに変えてみて皆の反応を見たらどうだ?」と声をかけ、ハートレスがギルドマスター権限でメニュー画面から変更すると、ピコンと音がして「ギルド名が『ハートレス・ギルド(名前募集中)』から『紅の旅団』へ変更されました」というメッセージが表示される。
「どっかのアニメに出てくる、噛ませ役の三流ギルドみてぇな名前だな」
ぼそりと正直な感想を言ってしまった男がいたが、基本的に名前など何でもいいというおおざっぱなものが多かったので、「そういえばそうだな!」と大笑いされて流れた。
いつまでも(名前募集中)を尻につけているより、いかにもそのへんにありそうなギルドらしい名前になった、という一点においてこちらの方がだいぶマシだ。
「ギルド『紅の旅団』結成! ギルドマスター、ハートレス! 我らが赤の女王に乾杯!」
酒杯を掲げてひとりの男が叫ぶと、あちこちで「乾杯!」という声とともに酒杯が上がる。
エディは記念撮影をしようと、カバンからカメラを取り出してかまえた。
「マスター! こっち向いてー!」
食事を終えて眠たそうなハートレスが「ん?」とエディの方を向き、周りに集まったギルドメンバー達が酒杯片手に騒ぐ様子とともにパシャリとその瞬間を撮られる。
ハートレスの隣にいて一緒に撮られたリドが「本当に写真撮るのが好きだね」と言うのに、エディは「大好きっス!」と即答。
そんな彼らにシウが「そろそろ行きましょうか」と声をかけた。
「皆さんもお金を使いすぎる前に宿へ戻って休んで下さいね。明日から地下21階の攻略です」
「ケチくせぇなぁ~。ギルド結成祝いくらい盛大にやろうぜぇ~!」
千鳥足の男がふらふらと近寄ってきてシウに絡もうとしたが、彼は容赦なく白杖で男の額を押さえて言った。
「ギルド機能が来たんですから、おそらく次はギルドハウスが来ますよ。こちらもギルド結成のように無料か、あるいはレンタルで安くしてもらえるならいいですが。金欠で建てられないのでは情けないですからね。各パーティのリーダーは適度に手綱を引いて、メンバーが散財しすぎないよう注意しておいてください。それではまた明日」
後ろから「サブマスの鬼~!」「鬼畜ー!」「ギルマスだけ置いてけ~」という声が上がったが、素知らぬ顔でシウはパーティ4人を連れて食堂を出ていった。




