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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GUILD
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そばにはいない





 地下20階ムーンストーン・シティにいる先行攻略組と、地下15階タウンを拠点にブルーハウンド狩りをしている騎獣調達組の両方のメンバーへギルド勧誘を送り終わると、勝手に他のプレイヤーを加入させないようスカウターを解任して、シウはベンチから立ち上がった。


「お待たせしました。それでは神殿でランクアップに挑戦してみるとしますか」

「やったー! ようやくきたー!」

「勧誘お疲れさまです」

「ランクアップ、楽しみ」


 ふぃー、と息をついてベンチで寝転がりたそうな顔をしているザックを、早くランクアップを試したいエディが引っ張り起こし、5人はここもまたプレイヤーが大勢集まっている神殿へ入った。


「ようこそ、冒険者の皆様。わたしは祝福の泉を守る神官です。皆様に神々の導きがありますように」


 白髪で穏やかなおじさん神官NPCの挨拶の後、回廊の奥へ通されるが、そこはボス部屋と同じような作りになっているらしく、扉のない入り口をくぐってみると先に行ったはずのプレイヤーがいなかった。

 広い石造りの神殿の中央にある中庭のようなところで、綺麗な草花の咲き乱れるその中に、ちいさな泉がある。

 屋根はなく、空から燦々(さんさん)と降りそそぐ太陽の光があたたかい。


「ではまずハートレスからどうぞ」

「うん」


 戦うわけでもないのにエディとリドが「がんばってー!」と声をかけ、ザックに「何を頑張らせるつもりだ」と苦笑されていた。

 背後のやりとりは気にせず、ハートレスは濡れることもかまわずにざぶざぶと泉へ入る。

 泉の水は冷たくも熱くもないちょうどよい温度で、(そういえばしばらくお風呂入ってない)と気づいてそのまま水浴びしたい気分になったが、空中に表示されたメッセージを見るとすぐにそちらへ気を取られた。


「ランクアップしますか? っていうのが出た。メインクラスの中級職の“剣士”だって」

「他に選択肢はありませんか? ランクアップの条件は?」

「何にもない。剣士にランクアップしますか、っていうのだけ」

「それならとりあえず剣士にランクアップしましょう」

「わかった」


 ハートレスが「はい」を選択すると、パイプオルガンがエコーをまとって荘厳な「ランクアップおめでとう!」曲を奏で、空から雪のようにキラキラと光が降ってきて左手首の腕輪が輝いた。

 これまで青かった色が緑に変わり、次々とメッセージが出る。


「ランクアップ:中級職『剣士』」

「メインクラス『剣士』への昇格により、ステータスがアップしました」

「ランクアップ・ボーナス:5ポイント・取得」


 何にランクアップするのかの選択肢はなかったが、それなりに得るものはあるらしい、と思っていると、泉の外から口々に声をかけられた。


「おめでとう、レス」

「やったな」

「おおー! マスターがランクアップしたー! 嬉しいっスー!」

「おめでとうございます、レス」

「おめでとう、ハートレス」


 ボーナス・ポイントを振るのも「ありがとう」と答えることも忘れて、ハートレスは思わずメンバーの方を振り向いた。


 そこにいるのは最近見慣れた4人のパーティメンバー。

 でも声は5つ聞こえて、最後のひとつは絶対に聴き間違えることなどないと、断言できる人のものだった。



「ロキ!」



 体の奥からたくさんのちいさな泡が立ちのぼり、ぱちぱちと弾けていくような心躍る感覚と同時に、深い喪失感に切り裂かれるような痛みを覚えて息がつまる。

 確かに声が聞こえたのに、彼の姿が見えない。


「ロキ……?」


 ひどく動揺した様子であたりを見まわすハートレスが口にした名に、シウとザックは顔を見合わせた。

 ザックはうっかり口をすべらせた前科があるので、できるだけ穏やかな声でシウが訊く。


「レス、大丈夫ですか?」

「いま、ロキの声が、聞こえた」

「ロキの声が? わたしには聞こえませんでしたが」


 シウが見回すと、他の3人も首を横に振った。

 視線を戻し、かすかに震えているように見えるハートレスに言う。


「ここはパーティ以外のプレイヤーには入れないようになっているようですから、たぶん聞き間違えたんじゃ」

「違う!」


 シウの言葉をさえぎって叫び、ふるふると首を横に振って「ちがう」とかたくなに言う。


(だって、ロキの声だった。ハートレスって、呼んだ。おめでとうって、言ってくれた)


 それでも彼の姿はなく、“あの感覚”が今もまた告げる。





 ロキはそばにいない。





 ならばあの声は何だったのだろう?

 ハートレスはいてもたってもいられず泉から飛び出し、神殿からも飛び出して走った。


 まだ近くにいるかもしれない。

 自分が走りまわって何とか近くに行ければ、わかるかもしれない。


 そうしたら、今なら、会えるかもしれない。



 けれどパーティとはぐれ、複雑な構造のシティの中で、気がつけば人通りのないがらんとした街並みに息を乱して立っている自分がいた。



(何を、してるんだろう?)



 シウから、ザックから、エディから、リドから。

 メールの届く着信音が響き、触れれば確認画面が開けるボタンがそばに浮いていたが、今はそれを見る気にはなれなかった。


 ハートレスはふらふらと狭くて薄暗い路地に入り込み、いくつかの木箱が積まれた横に崩れ落ちるように座り込んで膝を抱えた。

 うつむくと黒髪が前へ流れ落ちて、彼女と世界の間に一枚の薄いカーテンを引く。


 そうして閉じた自分の世界のその中で、声には出さずつぶやいた。



(私、何を、してるんだろう)



 ロキはいないのに。

 近くにはいてもそばにはいないとわかっているのに。


 探さずにはいられなくて、走らずにはいられなくて。

 求めるまま探して探して走り回って、でも見つけられなくて、シウ達が送ってきたメールを開くこともできず、薄暗い影の中で膝を抱えている。


(おかしい。こんなの、おかしい)


 今までは現実でもゲームでも、こんなことは一度もなかった。

 だから理由がまったく分からないのだが、それでも今はどうしても動く気になれない。

 いきなりすべての骨を抜かれてしまったかのように全身から力が消えて、立ち上がることも、今どうすればいいのか考えることもできない。



 そうしてぼんやりと、どれくらいの間うずくまって座り込んでいたのか。

 感覚が遠ざかり、ただ息をしているだけのハートレスの耳にパタパタと軽い足音が聴こえて、それはすぐ近くで止まった。


 はぁはぁと息を切らせながら歩いてきて、その人はぴくりとも動かないハートレスに言う。



「こんなところにいたんですね、ハートレスさん」



 それは聞き覚えのある、優しい声だった。





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