ギルド結成
地下19階のボスモンスターであるガーゴイルの討伐に成功すると、ハートレス達のパーティは一度20階のムーンストーン・シティに入り、サポートセンターで転移石を購入してから再び19階へ戻った。
レベル上げをしていた先行攻略組のパーティを集めて攻略法を話し、メンバーが5人に満たないパーティにはハートレスが助っ人として入る。
一度ボスモンスターを倒したプレイヤーはそれ以後、空のボス部屋を通り抜けて行き来することができるようになるが、パーティのメンバーが誰か一人でもボスを倒していない場合は再びボス戦に入ることになる、という仕様を利用しての協力だ。
この時、確実にボスに勝てるという状況にしてから、シウの指示によってボス部屋でのパーティ編成変更について、ガイドブックには載っていないことを実験した。
まずパーティからメンバーを脱退させても、ボス部屋から自動で出されることはなく、パーティから外されたプレイヤーが扉を開けて出ていくこともできないことを確認。
次に空けた枠へボス部屋の外にいるプレイヤーを加入させ、すでにボス部屋に入っているパーティのところへ合流できるかどうかを実験、新たに加入したプレイヤーがボス撃破済みだと空っぽの部屋に転送され、合流できないことを確認した。
(ボスを倒していないプレイヤーを加入させて後からボス部屋に入らせた場合、パーティに合流できずそのプレイヤーが一人でボスと対峙させられる状況になる危険があるため、これについては実験しなかった。)
ベイガン率いるパーティは、無事にボス戦をクリアするとシウに「先の様子を見に行く」と告げ、一団から離れた。
ガーゴイル戦の注意点と攻略法を他のパーティに伝え、メンバーの足りないところへハートレスを貸し出したシウは、そうした実験を行いながらザック、エディ、リドの3人とともに地下19階から地下20階へつながる大階段の前で後続を待つ。
そうしてなんとか死者を出さずに先行攻略組の全パーティが地下20階へ辿り着くと、時刻は11時を過ぎていた。
「今日はシティ探索と休憩を兼ねてここに留まりましょう。ではまた明日」
シウの号令で一団は一時解散となり、ほとんどのパーティは食堂へ直行する。
ガーゴイル戦を3回やって満足したハートレスもまたお腹を空かせていたので、シウのパーティも食堂へ行くことになった。
「メニュー変わってる! ヤキニク! スキヤキー!」
「やきにく食べる。“にく”だから、肉が出るはず」
エディが喜びに叫び、わくわくとハートレスが注文する。
もちろん焼き肉と一緒にステーキも一皿頼んだ。
地下15階から19階までの戦闘フィールドにいる間、ハートレスのご飯係を目指すエディはせっせと〈調理〉をしてスキルレベルを上げているが、調理師のプラス補正は他のサブクラスより〈調理〉の成功確率が上がるものの、なかなか美味しいものができないので皆また精神的に餓えている。
それでも他のサブクラスのプレイヤーの〈調理〉が4回中1回しか成功しないのに対し、サブクラスが調理師なエディの場合は2回に1回成功し、そのうえ成功した物のうち4個に1個くらいの割合で「美味しいステーキ」を作ることができるので重宝されていたのだが。
頼めば頼んだだけ美味しい料理が出てくる食堂のあるシティに着けば、当たり前のように全員そちらへ行く。
そうして一行が運ばれてきた料理を味わっていた時。
―――――― リン、リン、リン。
鈴の音が3回鳴り響き、どこからともなく穏やかな女性の声が告げた。
《 地下20階ムーンストーン・シティにプレイヤー200名の到達を確認、これより新機能を解放します。
ムーンストーン・シティ内の神殿が解放、“祝福の泉”で中級職への昇格が可能になりました。サポートセンターにギルド結成機能を追加、ギルドを結成することが可能になりました。新機能の解放にともないガイドブックが更新されました。 》
ピコンと音がして、目の前に「新着情報:新機能2種解放。ガイドブックが更新されました」というメッセージが出る。
《 以上、新機能の解放とご案内を終了いたします。
それでは皆さま、引き続き冒険の旅をお楽しみください。 》
はむはむとステーキを頬張り、よく噛んでからごくんと飲み込んだハートレスが言った。
「ギルドきたね」
「きたっスねー」
「すごい。フェイさんの予想通りですね」
のんきに答えるエディや感心するリドとは真逆に、シウの機嫌は急降下していて、それに気づいたザックは思わず目をそらした。
「……わたしもいずれ来るだろうと予想はしていましたが、よりによってこのタイミングで来るとは。フェイの“俺が言った通りだろう”という顔が思い浮かんで今すごく何かを殴りたい気分です」
ぶつぶつと小声で言うシウに、彼の杖が届く範囲から逃げたそうに身を引く男3人。
唯一怯えていない女性1名は、何かを期待するようなはずむ口調で訊いた。
「21階に進んでモンスター殴る?」
早く進んで次なるモンスターと遊びたい女戦士は、シウが頷いたら本当に行くつもりだろう。
しかしさすがにギルド協定の先行攻略組のリーダーが、せっかく機能が解放されたというのに次の階へストレス解消に行くわけにはいかない。
シウは頭の中に浮かんだフェイのニヤリ顔を叩き潰してから、「いえ」と答えた。
「センターでギルド結成、その後に神殿でランクアップしてきましょう。たぶん何かの制限があるでしょうから、今のわたし達にそれが可能かどうかはわかりませんが」
「まあ、行ってみればわかるだろ。ほれ、お前ら早よ食え」
シウの言葉にさっさと話を流したいザックが言い、のんびり食べている年少組を急かして自分も皿に残っていた野菜を口の中へ放り込んだ。
食事を終えると表通りに出て、サポートセンターへ向かう。
システム・アナウンスは全プレイヤーに聞こえているようで、その間にもシウの元には大量のメールが届いていたが、とりあえず後で読むことにして混雑しているセンターへ入った。
先行攻略組がこのムーンストーン・シティに入ってからすでに半日が経っており、一行はすでにセンターでのクエスト処理も各店の新商品確認も終えているため、ここでの用件はギルド結成だけだ。
ゲームによってはギルドを結成する時にお金や特定のアイテムが必要になったりもするが、万魔殿では何も必要無いようだった。
カウンターが埋まっていたので端末装置でハートレスが申し込みをしたが、手続きの途中でふと手を止めて、後ろにいたパーティメンバーに訊く。
「ギルドの名前を入力しろって言われた。何て入れればいい?」
「結成から24時間以内であればいくらでも変更できるようですから、何でもいいですよ」
ガイドブックの『ギルドについて』のページを見ていたシウが言ったが、ハートレスが「思いつかない」というので、メンバーが案を出した。
「ネームレスは?」
「女王さまに踏まれ隊!」
「ハートレス騎士団とか」
「女王と愉快な下僕たちでいいだろ」
シウ、エディ、リド、ザックの順番で4人が言ってから、「おい」と一人に視線集中。
ハイ! と手を上げて元気よく「女王さまに踏まれ隊」を提案したエディは、きょとんとした顔で「何スか?」と訊き返し、「お前ひとりで結成しとけ」と一蹴された。
「ええー。絶対この名前イイと思うんスけど。きっとそう思ってるのはオレだけじゃないし」
「できればそんな人はギルドに入れたくないですね」
「そんなー! でもマスターのドレス作った人とか、一緒に写真撮ってた人とかは確実に同類だと」
「おいバカ、他のヤツまで巻き込むな」
ザックにべしっと頭をはたかれ、エディは「えー」と不満げな顔をしつつ、それ以上言うとまたはたかれそうだったのでしぶしぶ口を閉じた。
「それで、何にすればいいの?」
エディ以外の3人が話し合った結果、分かりやすいよう『ハートレス・ギルド(名前募集中)』にしておこうということになった。
「わかった」と頷いて、ハートレスは入力画面に文字を打ち込む。
◆ ギルド名 : ハートレス・ギルド(名前募集中)
◆ マスター : ハートレス(戦士レベル21)
◆ サブマスター : シウ(魔法使いレベル20)
◆ サブマスター : ザック(戦士レベル20)
サブマスターの入力欄が二つあったので、とくに考えることもなくフレンドリストからシウとザックの名前を選択して確定。
次なる選択画面になるとパーティメンバーを振り返る。
「ギルドの紋章を決めてください、に進んだ」
シウが『ギルドについて』のページでエンブレムについての項目を探すと、ギルドに加入するとメンバーの左手の甲へ自動で刻印され、見た目ですぐどこのギルド員かわかるようにするためのもののようだった。
左手をおおうような装備をしていても、表へ浮かび上がるようにして出てくるので、隠すことは不可能らしい。
これもギルド名と同じで、24時間以内であればいつでも変更できるが、それ以降は固定され、どうしても変えたい場合はギルドを一度解散して再結成しなければならない。
「参考デザインはたくさんあるから、組み合せるだけで簡単に作れそうだけど、何を使う?」
基本的にメニュー画面の中身は開いたプレイヤーにしか見えないようになっているので、今ハートレスが見ている画面も他の4人には見えない。
手伝いようがなかったので、後で変更されるかもしれない、ということを前提に好きなように作れという指示が出た。
ハートレスはすこし考えて、ぴ、ぴ、ぴ、と選択。
ピコンと音がして、「ギルド『ハートレス・ギルド(名前募集中)』が結成されました」というメッセージが表示された。
それと同時にハートレスとシウ、ザックの左手の甲に大剣を×の形に交差させ、その中央には宝冠のシルエット、そして周りを丸く囲む茨の蔦、という赤いエンブレムが刻印される。
「……悪くはない。悪くはないんだが」
「ずいぶん刺々しいデザインですね……」
「すげーカッコいいっす! マスター、早くオレも入れてー!」
「おれもお願いします!」
ザックとシウが微妙な顔で自分の左手を見おろす中、エディとリドは前のめりに叫んでギルド勧誘を待つ。
ハートレスは左手首の青い腕輪から開くメニューにギルド・ボタンが追加されていたので、そこから彼らを勧誘した。
ピコン、と音がして「ギルド『ハートレス・ギルド(名前募集中)』加入:エディ(盗賊レベル20)」というメッセージが表示され、リドの加入メッセージも出る。
5人の左手の甲に同じエンブレムが刻まれると、混雑したセンターから出て巨大宝石のある中央広場へ行き、その周りにいくつか置かれているベンチへ座った。
「ギルドマスターをただのメンバーとして置いておくのはマズい気がしますので、一応パーティのリーダーもレスに変更しておきますが、気にしなくていいです」
「わかった」
「ではまず先行攻略組を片っ端から勧誘します。ザックもフレンド登録している人に勧誘を送ってください」
「へいへい」
シウからの“餌付け禁止令”によってハートレスは一緒に攻略してきたプレイヤー達とフレンド登録をしていないため、勧誘はサブマスター達に任せることになった。
プレイヤーをギルドに勧誘できるのはマスターとサブマスター2人、その3人のマスター達に任命されたスカウター5人という計8人で、他のギルド員に勧誘の権限は無い。
いつでも脱退することはできるが、一度外れると再度、その権限のあるプレイヤーから勧誘してもらわなければ戻ることはできない。
ついでにギルドメンバーになるとパーティメンバーと同じ扱いになり、プレイヤー間での攻撃が通じなくなってうっかり攻撃を当てても相手にダメージを与えないようになるので、混戦状態になった時の同志討ち対策になる。
加えてギルドに所属すると、視界の左上方に表示されているマップに水色の丸でギルドメンバーの位置が表示されるようになった。
そうしてシウとザックがせっせと勧誘してギルド員となったパーティリーダーをスカウターに任命、次々とギルド加入者を知らせるメッセージが出てくる中、年少組3人はメニュー画面のギルド・ボタンから使えるようになった機能を見ていた。
まずはギルドに所属するメンバーのリストで、これはプレイヤー名とメインクラスのレベル、メインとサブのクラス、現在所属しているパーティのメンバーリストが見える。
そしてもうひとつ重要なのが、全フィールドからの書き込みと閲覧が可能な掲示板だ。
「ギルド員専用の掲示板機能、全フィールドで使用可って書いてある」
「おおー、イイっすね! えーと、マスターとサブマスターしか書き込めない告知掲示板と、誰でも書き込める雑談掲示板があるんスねー。あ、この掲示板はどっちも書き込みした人の名前が自動で付くようになってる」
「そのほうが荒れにくいからいいと思う。ギルド員の専用掲示板で無記名コメントできるようにしたって、それで得られるメリットなんか思いつかないし。……そういえば、レス。せっかくギルドマスターになったんだし、告知掲示板にギルド員への挨拶でも書き込んでおいたら?」
リドに言われて「そんなの要るの?」と訊き返したハートレスに、会話を聞いていたシウがメニュー画面を操作しながら言った。
「そうですね。一言でいいので、何か書いておいてください。ついでにエディとリドは、雑談掲示板にギルド名募集とエンブレムの可否を確認するボードを作ってもらえますか」
「リョーカイ」
「はい」
エディとリドは頷いて、すぐに雑談掲示板にボードを作るべく操作を始める。
ちょうど新機能を使ってみたくてうずうずしていたところだったので、分担して行動するのも早い。
ハートレスはその横で、メニュー画面の告知掲示板の書き込み欄をじーっと見つめて考え、しばらく後、ボードを作ってコメントを書いた。
この文章で良いかどうかの確認画面のところで、「通常書き込みと緊急告知のどちらにしますか」と訊かれたので、通常を選ぶ。
緊急告知を選ぶとギルドメンバー全員へ即座に告知掲示板に重要事項が書き込まれたことを知らせてくれるようだが、今はただの挨拶だ。
ハートレスのコメントは何の音もなく告知掲示板に表示された。
『ボード名:あいさつ(マスター・ハートレス)』
『コメント1ハートレス:よろしく』
しばらくしてその次に、新たなボードが作られてコメントが書き込まれた。
『ボード名:追記 (サブマスター・シウ)』
『コメント1シウ:天は彼女に二物を与えました。三物目はあきらめましょう』
たちまち雑談掲示板に「マスターの初挨拶が4文字な件」や「サブマスの追記はフォローか否か」というボードが作られ、大量のコメントが書き込まれていく。
「おー。みんなわりとマスターに好意的。そしてシウさんがナチュラルに鬼扱いされるようになってきてる気が……。ま、いいかー。なんかにぎやかなギルドになりそうで楽しみだー」
「うんうん。楽しそうでいいね」
雑談掲示板を見ながらのんびりと話すエディとリドの横で、ひと仕事終えたハートレスはヒマそうに通り過ぎていく人々を眺めていたが、ふとギルド機能解放を予測していたアリスを思い出してフレンドリストを開いた。
コメントを書いたことで勢いがついたのか、珍しく自分からフレンドメールを送る。
『件名:ギルドマスターになった』
『内容:アリスのギルド入れない』
すぐに返答がきた。
『件名:ギルド結成、マスター就任おめでとう』
『内容:同じギルドになれなかったのは残念だけど、攻略組のギルドマスターがフレンドにいるなんて、とても心強いわ。知らせてくれてありがとう。わたしはまだ20階まで行けていないからギルドは作れていないけど、もうすぐ行けると思うから。そうしたらまたよろしくね。レイドボスか何か、大規模戦が来たらぜひ一緒にやりましょう。楽しみにしてる』
よくこんな長い文章を短時間で考えて書けるな、とハートレスは感心した。
自分にはとてもムリだ。
そしてメール確認画面を閉じると、顔を上げて言った。
「シウ。アリスが、レイドボスきたら一緒に行こうって」
「ああ、知らせたんですか。そうですね、一応知らせておいた方が良さそうな相手です。しかし、なんとも余裕な返事をくれる。口先だけなのか、あるいは力があるからこその余裕なのか。確か、黒杖装備の魔法使いでしたよね?」
「うん」
「魔法使いが魔法を発動させるには、それぞれの呪文をすべて正確に唱えなければならないんですが、呪文はとにかく暗記するしかないんです。魔法書を装備して読みあげることで発動させることも可能ですが、杖装備の時よりもはるかに効果が低くなる。つまり杖装備の魔法使いはある程度記憶力が良くなくてはならず、戦闘中に言い間違えないだけの訓練か精神力も必要になる」
「ふぅん?」
「しかも黒魔法は威力が強いかわりに呪文が長い。アリスというのがそれを使いこなしているプレイヤーなら、ぜひ一度お目にかかりたいものです」
「じゃあ、レイドが来たら遊ぼうって、返事しとく」
「はい。よろしく伝えてください」
「うん」
ハートレスはまたフレンドメールの画面を開いてアリスへ送った。
『件名:レイドがきたら』
『内容:よろしく』
アリスはまたすぐに返してくれる。
『件名:レイドが来なくても』
『内容:よろしくね』
ハートレスは小さく笑う。
まだ黒魔法使いとパーティを組んだことがないので、アリスと組むのが今から楽しみだった。




