ギルド協定
「まず確認だ。騎乗可能なモンスター、ブルーハウンドのレベルは15。今のところどのパーティもメインクラスのレベル上げを中心にしてきただろうから、レベル15のモンスターを〈調教〉できる魔獣使いは少ないと思う。どうだ?」
シウに「提案がある」と言った槍使いの男性プレイヤー、金髪に琥珀色の目をしたフェイが12人のパーティリーダー達に訊くと、皆同意して頷いた。
確かに、シウのパーティの魔獣使いであるハートレスも〈調教〉はまだレベル4で、レベル15のモンスターを手に入れるには大量の隷属の笛が必要になるだろう。
「そこで提案だ。魔獣使いを集中して育て、ブルーハウンドを手に入れるグループと、先に攻略を進めるグループに分かれて行動しないか?」
「なるほど。先行攻略組と騎獣調達組か。……いいな、それ。俺んとこは魔獣使いがいねぇんだ。先に行って得た情報と引き換えに、騎獣が手に入るんならありがてぇ」
「ウチはそこそこ魔獣使いが育っている。それでいくなら調達組だな。金属系や木材系の採取点が少ないせいで、隷属の笛を作る素材が足りんのが痛いところだが」
良い案だと賛成したリーダー達が言ったが、考えこむように沈黙するリーダーも多い。
フェイは「まぁ待て」と彼らを止め、話を続けた。
「これをやるには攻略組から調達組へ、今ある素材を渡してもらわなきゃならん。とにかく素材が足りん状況だからな。そして攻略組は後でブルーハウンドが確実に手に入るという約束を調達組が守ると信用する必要がある。
そこで次の提案だ。この契約を守った対価として、ギルド機能が解放されたらハートレスをマスターとしたギルドに入ることができることとする」
男達がざわめき、近くで話を聞いていたリーダー以外のプレイヤー達も反応した。
「あの嬢ちゃんのギルドならいいな」という好意的な歓迎の声があちこちで上がり、「本当にギルド機能がくるのか?」という疑問もはらんで話が広がっていく中、シウは元から細い目をさらに不機嫌そうに細める。
一方、ギルドマスターとして勝手に名を上げられたハートレスは、彼らから離れたところで先ほどから新装備“カマキリの大剣”の威力を試すべくモンスターと戦っていて振り向きもしない。
そのそばには片手剣と楯を装備してハートレスの背を守るリドがいて、彼らの近くに次なるモンスターがポップしてきたり、ワープホールなどのトラップが出現した時すぐに警告するため、ゴーグルによって常時〈分析〉発動状態のエディが回復役を兼ねて控えている。
そしてノコギリのようにギザギザな刃のついた凶悪な大剣を嬉々として振りまわし、舞うようにモンスターを屠るハートレスと彼女とともに戦う二人の青年の姿を見た男達は、彼女が自分達の先頭に立って戦う姿を鮮明に思い出した。
地下15階タウンを目指して戦いながら進み続けていた時、常に先頭に立っていたハートレス。
彼女は自分の手で戦うことを何よりも好み、どんなモンスターが出てきても引かず怯えず、自分から襲いかかっていった。
後ろから偉そうに指図するようなギルドマスターにはならないだろうし、むしろ後ろにいろと言われても勝手に先頭へ、最前線の戦いの場へと駆けていくだろう。
彼らは考える。
その背を追い、あるいはともに並び立って戦うのは、どんな気分だろう?
(……楽しそう、だ)
そこへ、発案者たるフェイがさらに言う。
「ギルド機能の解放が本当に来るのかと疑っている者もいるだろうが、今のところ全感覚接続とログアウト不可、メニュー画面からの自殺が可能という点以外、『パンデモニウム』は古典的なMMORPGの枠から外れていない。ならば当然、ギルドは来るはずだ。ついでにひとつのパーティでは倒せないような、強敵もな」
「レイドボスか戦争か。このまま順番に機能が解放されていくなら、確かにいずれ来るだろう。大規模戦闘こそMMOの花だ」
レイドボスは複数のパーティで挑むことを前提に作られた、通常のボスより遥かに強い敵のこと。
ソロや単独パーティでの挑戦など鼻で笑うような圧倒的攻撃力と防御力、どれだけ削ってもなかなか尽きない体力、という初見のプレイヤーに絶望を味わわせる化け物として登場するのが常だ。
たまに「もう一歩で倒せる!」というところで、それまでの彼らの苦労をあざ笑うように自己回復して体力を取り戻し、プレイヤーに「なんだとー!?」と悲鳴をあげさせるレイドボスもいる。
倒すことは難しく、だからこそ攻略できた時の喜びがあるわけだが、今は「ゲーム内での死は現実の死と同じである」とシステムから告げられているという異常な状況。
何度も死にながら攻略法を探っていく、というのが通常のレイドボスが出たら、倒すのは他のゲームとは比べものにならないほど難しくなるだろう。
「さて、これで俺からの提案は終わりだ。パーティのところへ戻って、今した話を伝えてくれ。意見がまとまったらハートレスのパーティリーダー、シウにメールで知らせるってことで、解散!」
フェイがパン! と手を叩いて言うと、レイドボスや戦争が来た時のことを考えて険しい顔になったリーダー達がばらばらと散っていく。
そしてその場に残ったシウとフェイは、お互い目が笑っていない笑顔で睨みあった。
「やってくれましたね、フェイ」
「いずれこうなったさ。今回はたまたま採取点を見つけて呼び集める口実を手に入れた俺がやっただけで、他の奴らも多少は考えてたはずだ。次は他に先を越されないよう頼むぜ、参謀」
「誰が参謀ですか。レスは自分にトップはムリだと言っていましたよ」
フェイはニヤリと唇のはしをつり上げた。
「そこを何とかするのはアンタに任せる。俺はあの嬢ちゃんが気に入ってんだ。どんなモンスターがきても大剣でバッサリ斬り捨てて、後ろなんぞ振り向きもしねぇくせに俺達がついてくるのが“当然”て態度で引き連れていきやがる。
あれは大規模ギルドのマスターになる器だ。現に俺のパーティは、あの子が行くって言うんならレイドボスでも戦争でも一緒に遊びに行こうってんで、あっさり意見が一致した」
低い声でのどを鳴らすように笑う。
「何だかんだ言ったって、これはゲームだ。楽しもうぜ」
その考えには同意するが、フェイのやり方は気に入らない。
シウは不機嫌に言った。
「これだから戦闘狂は」
フェイは軽く笑って「褒め言葉をどうも」と返し、自分のパーティの元へ戻っていく。
シウはその場に残ってしばらく考えていたが、メールの着信音に気づくとそれを開いた。
『件名:契約する』
『内容:意見がまとまった。騎獣調達組に入る。詳細が決まったら連絡くれ』
(いくらなんでも早すぎやしませんか)と心の中でぼやくが、何度読み返しても文字は変わらず、その間にもメールが3件届く。
面倒な役を押しつけてくれたものだ、とフェイの背を睨み、メール確認画面を閉じるとシウも自分のパーティの元へ戻った。
その夜、メールの着信音がして、ハートレスの前に「フレンドメール受信:発信者ヘル」という小さなメッセージが現れた。
メッセージに触れると確認画面が開く。
『件名:お元気ですか?』
『内容:今日はありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています。どうか気をつけて』
ハートレスはすこし考えて、返信した。
『件名:生きてる』
『内容:またね』
万魔殿には珍しい攻略組の女性プレイヤー達がそんなささやかな交流をしている間に、「ギルド機能が解放された後、ハートレスをマスターとしたギルドへ入る権利を得るもの」というフェイ提案の契約は“ギルド協定”と呼ばれるようになり、15パーティ71人という数の賛同者が集まっていた。
フェイの提案を聞いた12パーティの内1パーティが外れ、そのかわり「知り合いに話したら参加したいと言ってきた」と新たに4パーティが加わったものだ。
15パーティのリーダーはひとつの食堂に集まって会議を開き、その結果、ハートレスが所属するパーティのリーダーであるシウが先行攻略組8パーティ37人のリーダーとなり、発案者であるフェイが、地下15階のタウンを拠点とする騎獣調達組7パーティ34人のリーダーとなる。
そして前触れはあったものの、承諾していないのに未来のギルドマスターとして名を上げられたハートレスは、シウが心配したより意外なほどあっさり「わかった」と頷いた。
「人をまとめるのはシウ。そのサポートはザック。私は今までと同じ、先頭でモンスターと戦ってればいいんでしょ?」
いよいよ参謀役にされそうなシウと、さりげなくもきっちり巻き込まれていたザックはそろって深いため息をついたが、ここまでくると放り出して逃げるわけにもいかない。
それに、ギルドは地下100階まである万魔殿を攻略するための強力な武器となるだろう。
逃すにはあまりにも惜しい、魅力的な力だ。
シウは(何でこんな面倒なことに)と遠い目になりかける意識をどうにか現実に向け、ハートレスに答えた。
「まあ、あなたに具体的な指示を出して皆を仕切れ、とは言いませんが。それでもマスターとしての最低限の義務は果たしてもらいますよ?」
「最低限の義務?」
「メンバーの士気を高めることです。内容についてはその時に適したものを指示しますが、おそらく装備の変更と号令くらいでしょうかね」
「シウの指示した装備をして、必要な時になったら“行くよ”とか声をかければいいの?」
「他には何か相談しなければならない事が起きた時、その話し合いの場にいてもらいます。とくに高度な発言は求めませんので、“任せる”とか“それでいい”とか言ってもらえればいいです」
それくらいなら何とかできそうだ、と頷いたハートレスは、翌日さっそくその指示を受けることになった。
タウンで一夜を過ごし、翌朝。
魔獣使いが必要とする素材やハートレスが作った隷属の笛を、シウ経由で騎獣調達組のパーティへ渡す。
そのトレードで、ハートレスはなぜかサブクラス魔獣使い用の新装備を渡され、シウに「着てみせてあげてください」と言われたのだ。
「マスター似合うっす! すげーカンペキ! 職人最高!」
「うんうん! すごく似合ってます! おれもカメラ買っておけば良かったなー」
「おおぉー……。……何というか、由緒正しき悪の女王?」
「こんな遊びをする余裕があるなら、もっと他にやるべきことがあるでしょうに。しかしまあ、これで皆がやる気になるなら楽ですね」
年少組エディとリドは大喜び、年長組シウとザックは半笑い。
彼らの視線の先で、トパーズ・シティの写真館でカメラを購入していたプレイヤー達 (エディ含む)にパシャパシャ撮られているのは、豊かな胸とその谷間、細い腰を強調する赤一色のドレスをまとい、手には黒い革製の鞭を持ったハートレスだった。
ちなみにほっそりとして長い脚には黒いタイツをはいて赤いハイヒールを履き、彼女が動くとスリットの奥の太股に黒タイツを留めるレースのガーターベルトがちらりとのぞく、というこだわりの一品。
幸か不幸か作製者がチラリズム至上主義者だったためにそれほど露出が多いわけではないのだが、彼女が常時装着しているファントムの仮面とあいまって、どこのファンタジー映画に出てくる古典的悪役女王さまですか、という状態になっている。
「……シウ。もう、戦士に戻っていい?」
ハートレスは初期装備より性能が良く、シウに指示されたのでそれを装備したものの、周り中から視線を向けられたりカメラで撮られたりするという状況に不機嫌そうな声で訊いた。
履き慣れていないハイヒールはどうにも歩きにくいし、手元に鞭しかないのも落ちつかない。
しかもこの鞭は魔獣使いの装備品として楽器と同じ扱いになっており、ピシッ! と何かを打っても〈使役〉中の隷獣に対する攻撃力アップの支援効果が得られるだけで、武器としてはまったく使いものにならないのだ。
訊かれたシウはドレスの作製者が「よし……!」と天に向かって拳を突き上げたまま感極まって固まっている様子を遠巻きに眺め、鞭の作製者が「あれ俺が作ったんだぜ!」とはしゃいでいるのを横目で見て、カメラマン達に「撮りましたね?」と確認してから「いいですよ」と許可を出した。
ハートレスはすぐに指を鳴らしてクラス変更。
一瞬にして凶悪なカマキリの大剣とキマイラの骨鎧を装備した戦士へ戻り、ほっと安堵の息をついた彼女に、ギャラリーからは「ああぁー!」と残念そうな声があがった。
シウは面倒くさそうな顔で「うるさいです」と言って手近にいた男を何人か、白杖でモグラ叩きのごとくゴンゴンはたいて場を静め、先行攻略組8パーティ38人を率いてタウンを発つ。
「さて、それでは行きますか」
先行攻略組が地下15階から19階のボス部屋へ到達するまでに、騎獣調達組は合流できなかった。
攻略組のスピードが速かったことと、魔獣使いのアクティブスキル〈調教〉を育てるのに素材が足りなかったのがその理由だ。
一緒に探索しているプレイヤーからの情報で、遠く離れたところにいてもフレンド登録さえしておけばトレードは可能だとわかったことから、攻略組が手に入れた金属系や木材系の素材アイテムを騎獣調達組に送ったのだが、それでも全員分のブルーハウンドを捕えるにはまだ時間がかかりそうだった。
シウは地下19階の崩れかけた宮殿マップの奥にある黒い大扉の前を見つけると、その近くで一団を止めてレベル上げに集中し、最もモンスターのポップ数が少ないところで一夜を過ごすよう指示した。
ちなみにレベル20になるとサポートセンターで同時に受けられるクエストの数がひとつ増えて5つになり、全プレイヤー共通のアクティブスキル〈使役〉で隷獣に「威嚇咆哮」を指示できるようになったが、今のところほとんどのプレイヤーが隷獣を持っていないのであまり意味はない。
彼らは焚き火をいくつか使い、交代で辺りを警戒しながら休息をとった。
そうして2回目のボス戦はそれぞれがじゅうぶんに休んだ翌日、朝から挑むこととなり、対ボス戦の準備が整うと地下19階、崩れかけた宮殿マップの奥にある黒い大扉の前でシウが言った。
「まずはメンバー全員のレベルが20に達している、わたしとベイガンのパーティが先にボス戦へ行きます。他の6パーティはその間、交代で回復休憩をとりながらレベル上げをしていてください。攻略に成功したらメールで連絡、失敗したら転移石で10階のシティへ戻って連絡します」
ベイガンが「お嬢ちゃんのいるお前さんたちは負けんだろう」と笑い、男達が「当たり前だぁ! 軽くひねってやれ!」と叫ぶので、うるさそうな顔をしたシウは「はいはい」とてきとうに頷いた。
「それではまた後で」
そうしてあっさり背を向けると、大扉の前で待機していたハートレスに頷き、他のパーティメンバーとともに彼女が押し開いた扉の先へと進む。
後から続いて入ったベイガン率いるパーティは別の部屋へ転送され、大剣を構えたハートレスを先頭に、5人は地下19階のボスモンスターと対峙した。
背後で大扉が勝手に閉じていき、ゴーグルで〈分析〉したエディが報告する。
「レベル19、ガーゴイル! 弱点は口!」
崩れかけて傾いた石柱が立ち並ぶ広い部屋で、唯一無事に真っ直ぐ立っている中央の大石柱の上に鎮座していた石像が、動いた。
爛々と光る緑の眼を開いて侵入者を見おろし、耳まで裂けた口でニタァと笑う醜悪な悪魔の姿をしたその石像は、鞭のような尾をくねくねと揺らしながら跳び、ズゥン! と地響きを轟かせて床へ降り立つ。
音が重い。
そして大剣を振りかざして突撃したハートレスは、ガーゴイルの長い腕に攻撃を当てたはずが、ガッと鈍い衝撃を受けて弾き返されるのにちいさく舌打ちした。
おそろしく固い。
しかも弱点が口という狙いにくいところでは、隙を見て何度も攻撃しながらじりじりと体力を減らしていくしかないが、その間にうっかり攻撃を受けると今度は自分の体力が危うい。
長い腕の先についた鋭い爪で肉を抉るようにひっかいてくるかと思えば、予想外のところから槍のように先の尖った尾が急襲してくる。
厄介な敵だ。
攻撃力と防御力と俊敏を上げる支援魔法をかけたシウが、もう少し下がって、リドと連携をとるようにと言ってきたが、ハートレスは無視した。
ガーゴイルは侵入者であるプレイヤーに対し、猫が鼠を追うように夢中で攻撃してくる。
一度下がってこちらが勢いを失ったら、後は防戦一方になるだろう。
ハートレスはガーゴイルの正面で遊ぶから、リドはその死角から隙を見つけて攻撃すればいい。
(おもしろい)
カマキリの大剣で爪撃を受け流し、くねる尾を叩き切ろうとして刃を弾き返される。
ハートレスは腕を振りまわすガーゴイルの攻撃をかわして側面に抜け、今度は下から斬撃を当てにいくが跳びのかれて避けられた。
(そう、もっと)
攻撃が当たらないことに苛立ちながら歓喜する。
フィールドモンスターでは簡単に決着がついてしまう。
こんなふうにじりじりとしたスリルを味わわせてほしいのに、設定された体力値が低すぎるから。
(おいで、おいで)
もっと、もっと、もっと。
いつしか仮面の下で人知れず微笑み、ハートレスは声には出さずガーゴイルをあおった。
もっと抵抗して、もっと暴れて、もっと私を
楽しませて。




