キーパーズ
雑談掲示板で暴れているキーパーズって何、と訊かれたシウは、大元から語り始めた。
「始まりは数百年前に動植物を守ろう、という運動を起こし、世界規模でその活動を流行させた団体です。彼らは人間の経済活動によって絶滅に瀕した動植物を守るため、人の食事制限を提案した。肉や魚を食べるのはやめて、植物プラントで作られた野菜や人工食品を食べよう、と。
だいぶ後になってから、キーパーズは植物プラントを経営する企業が、売上アップを狙って暗躍したせいで巨大化した組織だった、という話が出てくるのですが。当時は彼らの主張が、異常なほどすんなり受け入れられ、支持された」
そしてただの環境保護団体だった彼らは市場から肉や魚を排除し、動植物を守るために人工食品と合成肉を食べようと呼びかけて“キーパーズ”の名で知られるようになり、その教えに従う人が増えると一種の国際的な宗教のようなものになっていった。
「わたしの曾祖父は彼らの影響を受けた最後の世代で、肉も魚も絶対に食べられないと言っていました」
「シウの大おじいちゃん」
ハートレスはパーティを組む時、シウが先祖代々ハゲていると言っていたのをふと思い出して訊いた。
「つるぴかの?」
「つるぴか? ……ああ。そういえばピカピカでしたね。わたしは幼い頃、曾祖父のそのピカピカの頭を触るのが大好きだったそうですが、記憶にありません」
シウは平然と答えたが、微妙な話題である。
それ以上つついてくれるなとザックは心の中で祈り、それが通じたのかハートレスは「ふぅん」と頷いたので、シウは説明に戻った。
「曾祖父は子どもの頃、どうして自分達は肉や魚を食べてはいけないのか、母親に訊いたそうです。昔は食べていたという記録が大量にあるので、なぜ今はそれが許されないのか、不思議に思ったんですね」
彼の母親は、優しく教えてくれたそうだ。
「昔の人たちはね、お肉やお魚を食べないと生きていけなかったから食べていたの。でも今は技術が進歩して、お肉を食べなくても生きていけるようになった。それなのにまだお肉を食べようとするのは、あまり良いことではないのよ。
……あら。こんなぼんやりした話ではよくわからない? そうね、じゃあちょっと考えてみて。お母さんがいきなり現れた動物に襲われてご飯にされたら、どう思う?」
そんなことを言われたら普通、子どもは母親が動物に襲われて食われるところを考えて「怖い」と怯える。
シウの曾祖父もそう思い、肉を食べるのは「なんだかよくわからないけど悪いこと」と刷り込まれ、後年、キーパーズが植物プラントを経営する企業の傀儡で、人工食品の売り上げをのばすための思考操作をする組織だったと知っても、肉も魚も食べられないままだったという。
「ちょうどわたし達の世代くらいまでだろうが、肉を食うというのは、自分の親を食うことと同じだ、という思いこみがある。今ではそれがキーパーズという組織によって行われた一種の洗脳によるものだとわかっているが、実際肉料理を出されると、とてもではないが食べられない。他の人のことは知らんが、わたしには無理だったし、これからも無理だろう」
彼はそう言って生涯肉も魚も口にすること無く、人生最期の日まで植物プラントで作られた人工食品を食べていた。
「それでもキーパーズの成り立ちに裏があることが知られるようになると、当然彼らの権威は失墜した。そこでわずかに残っていた畜産業の人々が力を取り戻してきて、いくらか市場にも出回るようになっていくんです。それがちょうど今ですね。
キーパーズの名はもうほとんど出ませんが、彼らの活動の影響で大多数の人々の主食は人工食品のまま。畜産業は一時全滅しかけるくらいにまで衰退しているので本物の肉や魚は出回る数が少なく、当然高価になるのでなかなか買えない。しかもキーパーズから派生した環境保護団体の力がまだ強い地域では、肉や魚の取引をしていると危ないので、そういったところにはいまだ合成肉しかない」
長い話にザックとエディはだいぶ飽きて、ほとんど聞き流していたが、ハートレスとリドは意外と熱心に聞いてふむふむと頷いた。
「今までずっと、肉や魚が高いからあんまり食べないんだと思ってた」
「あなたの住んでいる地域では、環境保護団体の影響力が弱いんでしょうね。まあ教育機関やマスメディアも、キーパーズの扱いについては慎重ですから。今はそんな組織があったことすら知らず、同じように考えている人が多いと思いますよ」
「どうして教育機関やマスメディアが、扱いに慎重になるんでしょう?」
リドが首を傾げると、「大人の事情というやつですね」とシウが答えた。
「わたしは曾祖父の話で興味を持って調べたので概要を知っているだけで、専門家ではありませんからあまり詳しくはわかりませんが。キーパーズの主張は、一時期は世界的な規模で大多数の人々に受け入れられたものだったんです。へたに若者がそういう騒動があったことを知って、“それは素晴らしい考えだから自分たちもやろう”と復活させると迷惑だからでしょう。
それに、今も大量の人工食品を作って供給し続けている植物プラントについてあまり踏み込むと、別の問題に発展する可能性があるんです。
これは一例ですが、プラント企業からキーパーズへの資金提供が明らかになって問題が発覚した当時、マスメディアがその責任を追及していたら、過激な連中がプラントを複数爆発させて大変な騒ぎが起きたとか。勿論、他の企業のプラントで作られた食品がすぐに送られましたし、貯蔵施設は無事だったので、実際に食べるものがなくて困ったという人たちはいなかったようですが。爆発が起きた時に偶然そこにいた現場の機器管理者が数名死亡し、それは企業の責任を追及しすぎたマスメディアのせいで起きたものだと、今度は報道側が叩かれました」
「むずかしいですね……」
一気に言われてリドは戸惑ったように頷いた。
それで、とハートレスが話を戻す。
「ボードの炎上にはどうつながるの?」
「今説明したように、キーパーズはほぼ解散して表に出てこなくなりましたが、それでもその主張は正しいと信じてキーパーズを名乗る人たちがまだいるんです。彼らは動物を食べずとも生きていける今の自分たちこそ人類が正当に進化した先の存在であり、肉や魚を取り引きして食べる人は“退化した猿だ”と言う。そして“そんな猿は排除すべきだ”と主張しています」
ハートレスは不思議そうに首を傾げた。
「ここ、ゲームの中なのに?」
「わたしもそう思います。こんなところで動植物の保護など語られても、呆れることすらできないほど馬鹿らしいです。が、ボードを見てみてください」
言われるままメニュー画面を開き、雑談掲示板を選択してボードのタイトル一覧を見る。
「我らキーパーズ。文化の番人。肉食らう猿どもは皆殺し……?」
タイトルのひとつを読みあげたリドは、意味が分からない、という顔で訊く。
「これはゲーム内でも、肉を食べるものは殺す、という予告でしょうかね?」
「言葉通りの意味ならそうなります。これを書き込んだ者が本当にキーパーズの主張を正しいと信じ、その遵守のためにPKを宣言しているのか、それとも誰かがPKする理由に使おうとして書き込んでいるのか、単なる愉快犯なのか。可能性はいくらでもありますが、食堂へ行ったり他のプレイヤーのいるところで〈調理〉する時は気をつけた方が良さそうです」
エディが一言でまとめた。
「メンドくさいっスねー」
男4人はため息まじりに頷き、雑談掲示板を見ていたハートレスが悲しげに言う。
「“レシピどこ?”のボードが見つからない……」
初めて見たボードだったので何となく愛着があって、もう一度見たかったのだが、残念ながら雑談掲示板には検索機能がついていなかった。
シウのキーパーズ解説が終わると、一行はクエストを見にカウンターへ向かった。
サポートセンターの受付嬢は全員同じ容姿になっているようで、他のシティやタウンと同一人物のような桃色の髪と瞳をした可愛らしい女性が笑顔で迎えてくれる。
いつものように納品クエストを処理して所持金を増やし、討伐クエストを受けると、先にそれを終えていたパーティメンバーの元へ行く。
するとザックとリドが先ほど工房で作った新装備をトレードで送ってきてくれたので、さっそく装備を変更した。
刃がノコギリのようにギザギザになっているカマキリの大剣と、つるりと白いキマイラの骨で作られた鎧。
キマイラの骨鎧は地下9階のボスモンスターからのドロップアイテムで作られているおかげか、防御と一緒に敏捷もすこし上がるようになっていて、ハートレスは先の装備より体が軽くなったのを感じた。
しかし、その装備を見た他のパーティメンバーの表情はいまひとつだ。
「なんというか。外見が一気に凶悪化しましたね」
「うう。すいません。あの大剣が今作れる中で一番攻撃力高いんです」
シウが苦笑するのに、リドが申し訳なさそうに言った。
ハートレスは「大丈夫」と答える。
「攻撃力高くなるの、嬉しいから。ありがとう」
「まあ、本人がかまわないならいいでしょう。またすぐ次の装備に変わるでしょうし」
そういうシウも装備が灰色のローブから白のローブに変わっており、他のメンバーもザックやリドの作った装備品へと変更して、それぞれのステータスを確かめた。
「マスター! オレ、スコープからゴーグルに変わったっス! なんかこのゴーグル付けてると、オレ賢そうに見える気が!」
「気がするだけです。ようするに気のせいです」
「口開いたら終わりだな。もう永久に閉じとけよ。そうしたら賢そうに見えるかもしれん」
「えー。そんなのムリっす。ずっと口閉じてるなんて、オレ窒息して死んじゃうー」
エディの変化は盗賊の専用スキルである〈分析〉を使う時、スコープをのぞく、という動作が必要だったのが省略されるゴーグルという便利な装備へのランクアップだったのだが、中身は変わらないのでどこか残念感がただよった。
けれどこのパーティではすでに日常化しつつある光景なので、さして誰も気にせずシウが話題を変える。
「さて、ひと通りやるべきことが終わったところで、ちょうどタウンから近い場所に採取点がいくつか集まっている所があるという情報が入りましたので、新装備の性能確認も兼ねて取りに行きましょうか」
「おう。ちょうど金属系の素材が足りねぇんだ。〈採掘〉のできる採取点だといいが」
「どうも3種揃ってるらしいですよ」
「すごい。それはおいしいところですね」
話しながらシウの指示でタウンから出ると、しばらく進んで3つの分かれ道を曲がった先にあるその採取点には、すでに多くのプレイヤーがいた。
同じ情報源からメールで教えられたらしく、パーティリーダー達が彼の元へ声をかけにいく。
彼はそうして近くに来た者達をなぜか引きとめていて、ハートレスを見つけると、そのそばにいたシウを呼んだ。
「シウ、来てくれ。他のパーティのリーダーも頼む」
採取点の情報で意図的に皆をタウンの外へ呼び出したらしい。
これまで一緒に探索してきたパーティのリーダー達が集まると、それぞれのパーティを率いる12人の前で、彼は言った。
「提案がある」




