魔獣使いの工房
食堂でステーキを2皿食べたエディは、それで条件を満たしたらしく店員NPCとの小イベントの後でレシピを取得した。
しかしついでに野菜スープのレシピも手に入れようとしたところ、そちらは10回以上の注文をして完食しても小イベントは起きなかった。
「野菜スープが好きなんだねぇ。いい食べっぷりだ」
店員はそう言っただけで去っていき、一行はどうしてレシピが手に入らないのだろうと首を傾げた。
「品名を含んだコメントをするということは、一応レシピ取得の条件を満たしたということのような気がしますが」
「ああ。注文回数と食べた量は足りた感じだな」
「〈調理〉スキルのレベル制限?」
「オレまだ〈調理〉やったことないから、レベル1っす」
「だからレシピが1種類しか手に入らない、ということかもしれませんね」
「ううー。いっぱい食べたのに……」
どれだけ食べても満腹にはならないが、しっかり味を感じるので大量に食べると精神的に胸やけしてくる。
他の4人が食後のお茶を飲むのに、テーブルに突っ伏してうめくエディの頭をよしよしと撫で、ハートレスが言った。
「野外調理器具を渡すから、〈調理〉のレベル上がったらまた来よう」
容赦ないなこいつ、という目線が集中したが、ハートレスは気づかない。
彼女のご飯係を目指すエディは涙目で、それでも頭を撫でられるのに幸せそうな顔をして「ハイー」と答えた。
食堂でトレードをして4人が薬草系アイテムをエディに渡すと、工房へ行って生産スキルで装備品を作る。
ハートレスは「鞍と手綱が作れるようになったら5人分お願いします」というシウの指示を受けて、魔獣使い用の工房へ入った。
素材アイテムを使いきったらまたサポートセンターで集合する予定だ。
どこか空いていないかな、と工房内の大部屋を見てまわっていると、ちょうどこれまで一緒に探索してきた他のパーティのメンバーが大部屋のひとつに集まっており、ハートレスの姿を見ると「スキルレベルどうなってる?」と声をかけてきた。
ふらりと入って「〈調教レベル4〉〈魔獣装備作製レベル3〉〈楽器作製レベル1〉〈演奏レベル1〉」と答える。
パーティの誰かが話したのか、ハートレスのサブクラスが魔獣使いであることはすでに周知されているらしい。
ここ座れよ、と呼ばれて空いていたイスに座ると、そばにいた男に訊かれた。
「楽器作ってんのか? お前は鞭で確定だろ」
「鞭の支援効果って、攻撃力アップだけじゃないの?」
ハートレスは小首を傾げた。
魔獣使いが装備できる鞭は隷獣の攻撃力を上げる支援効果を持つが、楽器の〈演奏〉スキルのようなものが無いため、どれだけ使っても一定の数値しか攻撃力を上げられないという欠点がある。
そのかわり楽器は攻撃力を上げる支援効果のある物がないのだが。
周りの男達はあっさり答えた。
「べつに気にしなくていいだろ。攻撃力上げさせて突撃させるスタイルが一番楽だし、似合うぞ」
「あー。さっきウチの奴が〈武器作製〉でアンタ用の鞭作るとか言ってた。後で献上されるだろうからソレ受け取って、〈楽器作製〉は捨てとけ。どの道〈魔獣装備作製〉と両方上げようとすると、どっちも中途半端になるし、何より素材が足りん」
「ぬおー。俺もだ。何をするにも素材が足りねー。あ、そういえば、ウチの細工師も布装備作るスキルのレベル10まで上げて、〈デザイン・カスタマイズ〉できるようになったら赤いドレス作ってあんたに着てもらうんだとか言ってた。赤が好きなんだろ?」
なんで知っているんだろう、と思いつつハートレスが「うん」と頷くと、別の男が彼に訊いた。
「それはもちろんハイヒールとセットだよな?」
「当たり前だろ。そのへんは分かってる男だ」
「地面ガタガタだが、あんなモンで歩けるのか?」
「さぁ。そのへんは知らんな。試しに履いて歩いてみたらどうだ」
「お前やめろ。思わずハイヒール履いた自分の姿が頭に浮かんじまっただろうが」
「うへー。そりゃ最悪だ」
何やらよくわからないが、時々笑い声を上げながら彼らの話は勝手に進んでいく。
ハートレスはパチンと指を鳴らしてクラス変更し、メニュー画面を開いて〈魔獣装備作製〉から隷属の笛を作りながら聞いていたが、そばに座っていた男がその作製ホログラフィを見て言った。
「最初は装備品を作った方がいいぞ。笛は必要な素材が少なくて作りやすいが、そのぶん入る経験値が少ないんだ。装備品作りでスキルレベルを上げてから笛を作った方が、成功確率が高くなって失敗で素材アイテム無くなる数が総合的に減る」
「それだけじゃないだろ。まずは〈魔獣装備作製〉のスキルレベルを5に上げて、鞍と手綱が作れるようになったらパーティの人数分作らねぇとマズい。さっきのお嬢ちゃんが、この近くに騎乗可能なモンスター出るって話してたからな。俺達にはそれを捕まえて乗れるようにしろって指示が来るはずだ」
「オレもう命令され済みだ。とりあえず5匹は捕まえねぇと、何言われるかわかんねぇ勢いだった」
「俺も言われたが、まあ当然だろうな。いいかげん歩き続けるの面倒くさくなってきた」
「こんだけ広い空が見えるとこ歩きまわるなんて、現実じゃできねぇからなぁ。最初はそれだけで楽しかったもんだが、延々続けば誰だって飽きるさ」
そうしてタウンを拠点にまずはスキル〈調教〉のレベル上げ、ブルーハウンドを従えられる確率を少しでも上げたら〈調教〉祭り開催だな、という話になる。
生産スキルを実行するとその結果が表示されるだけで、経験値がどれくらい入ったはわからないので、隷属の笛と装備品を作った時の経験値の差などハートレスは考えもしなかった。
彼がどうやってそれを調べたのかは分からなかったが、作りにくい物の方が多く経験値が入るというのはありそうなことだ。
「なるほど」と頷いて首輪などの装備品を作り、〈魔獣装備作製〉のスキルをレベル5に上げると鞍と手綱が作れるようになったので、5個ずつ作製。
素材が足りたから良かったが、先に隷属の笛を作りすぎていたら足りなくなっていただろう。
残りの素材で隷属の笛を作りながら、入る経験値の量に差があると教えてくれた男に「ありがとう」と声をかけると、彼は驚いた顔をして「あ、ああ」と頷く。
頭の固い効率主義者もたまには役に立つんだな、と周りが笑うと、彼は「うるせぇ突撃しかできねぇバカどもめ」と返して、一緒に笑った。
素材アイテムを使いきって大部屋を出ると、エントランスでエディが待っていた。
先日アリスに声をかけられたと聞いて「迎えに行けばよかった!」と叫んだのを実行したらしい。
一緒に出てきた男たちもサポートセンターへ行くというので、エディを加えて皆でどこの食堂の料理が美味しかったかとか、他愛のない話をしながら歩いていく。
センターへ着くと、ハートレスとエディ以外の3人はすでに揃っていて、歓談スペースのベンチに座ったシウが不機嫌な顔でメニュー画面を睨んでいた。
「シウ。どうしたの?」
「雑談掲示板で環境保護団体の狂信者か、そのフリをしている連中が暴れています。ボードが乱立してあちこちで罵詈雑言の嵐。おかげでそこそこまともに機能していたボードが押し流されて、たいへん迷惑です」
「キーパーズ?」
ハートレスは他の3人を見たが、彼らも「聞き覚えはある気がするけどよく知らない」という様子だ。
シウは「それは何なの?」と訊かれると、ふぅ、とため息をついてメニュー画面を閉じる。
そして、あ、なんか長くなりそう、という周りの予想にこたえて大元から語り始めた。
「始まりは数百年前に動植物を守ろう、という運動を起こし、世界規模でその活動を流行させた団体です。彼らは人間の経済活動によって絶滅に瀕した動植物を守るため、人の食事制限を提案した。肉や魚を食べるのはやめて、植物プラントで作られた野菜や人工食品を食べよう、と」




